12-14 邪神降臨

「いいぞ。強くなったな」
 奴の鎧は大きく裂けていたが、足を踏ん張らせた奴は大きく息を吐いてそう言った。

「予定よりかなり早まるが……、まあ、いいか」
 そうつぶやいたゴルダンは、大剣を傍に突き立て、その柄に両手を添えた。

「何をするつもりだ」
 問いかけた俺に奴は、
「戦場整理さ」
と事もなげに言う。

 戦場整理?
 何をするつもりか知らないが、お前の思い通りにさせるものか。

 しかし再び奴の懐に飛び込もうとした瞬間、奴の大剣から黒光が迸った。あっというまにその光に飲みこまれ、気がつくと、俺はさっきまでのメギドの地ではなく、頭上に虚空が広がる見渡す限り平らな床の上にいた。
 さっきまでいた戦場が嘘のように静かで何も無い空間。

 目の前にいるゴルダンが、
「これで邪魔者はいなくなったな」
と言う。

 空間転移。それももしかしたら奴が作り出したかもしれないバトルフィールドへの転移。ここで決着を付けようというのか。だが、それは俺も望むところだ。

 しかし目の前に立っているゴルダンは傍らの床に大剣を突き刺し、その柄の部分に手をかけて俺に問いかけてきた。

「定めというものをお前はわかっているのか?」

 突然の問いかけに戸惑うが、奴の言っている定めとは今のヴァルガンド世界のことを言っているのだろう。

「滅びが定めだというのならば、俺は諦めはしない」

 ノルンと出会ったこの世界。ヘレンやみんなの故郷でもあり、院長様やギルドのみんなが住むこの世界が滅びようとしているのを黙って見ているわけにはいかない。
 もちろん、今さら世界の崩壊を止めることはできないのかもしれないという不安がある。既にアーク大陸もゾヒテも消滅した。すでに消滅した国は戻らないだろう。それでも、これ以上の滅びを受け容れるつもりはない。
 ……それはたとえ、俺たちは滅びを迎えた跡の世界でも生きていられるとしてもだ。

 だがゴルダンは予想外のことを言った。
「人間らしい答えだ。それでこそ使命ある者よ」
「俺が使命ある者だと?」
「なんだ、まだ気がついていなかったのか?」
「何を言っている」

 使命? そういえば、アークでピレトたちを撃破したときに、あいつらは使命を果たしたとか言っていたな。

「不思議ではないだろう。俺たちにも主から与えられた使命がある。神力をその身に宿している貴様らにも使命があると、なぜ考えつかない?」

 悔しいがゴルダンが言うとおりかもしれない。

「そもそもが、貴様がこの世界に来ることになったのが偶々だとでも思ったか?」
「俺がヴァルガンドに来たことには意味があるというのか?」
「……呑気な奴だ。そうに決まっているだろう」
「だが、誰からもそんな指示は受けてはいない。神託だって――」

 そこまで言いかけて、ふと黙り込んでしまった。思い出したのだ。……そういえば、俺には創造神の祝福という称号があった。あれはどうみても普通の称号ではない。
 まさか本当に何かの使命が俺に?

 ゴルダンは大剣を抜き、切っ先をこちらに向ける。
「ゆくぞ。若き神よ」

 だが俺は思考の海に執われていて一瞬、反応が遅れた。あわてて奴の切り下ろしを神剣で受け止める。グググと力が込められるのを利用して、受け流し、返す剣で奴に切りかかった。
 だが俺の斬撃は、戻ってきた大剣であっけなく受け止められた。

「破壊は逃れられぬ。それがこの世界の定めだ」
「だが、それは天災の最後の1人、お前を倒せば防ぐことができるはずだ」
「――はは、はははは。なるほど! そう考えたか」
「何がおかしい」

 目の前で笑い声を上げるゴルダンを見たとき、嫌な予感がした。とてつもなく嫌な予感が。そして、案の定、スッと笑うのをやめたゴルダンが冷静な声で告げた言葉を聞いて、その予感が正しかったことを知る。

「無駄だ」
「は?」
「無駄なんだよ」

 無駄? ゴルダンを倒しても、この世界の破壊は、滅びは止まらない。そう言いたいのか?

「ならば邪神を倒してでも……」
「それは不可能だし、そもそも無駄だ」
「なぜだ! やってみないとわからないだろう!」
「馬鹿め。お前はまだ我が主の正体を知らぬ」

 正体も何も邪神は邪神。この世界を破壊しようという破壊神だ。それともその認識がまちがっているとでもいうのか?

「――ふん!」
とゴルダンが剣に力を込めて強引に俺の剣を流す。ひとまず俺は後ろに大きく跳んで距離を取るが、それを予測したゴルダンが切り込んできた。
 切り払いの一撃。それを今度は俺が神剣で受け止める。

「まあ、俺の口から説明をするつもりもない。せいぜい俺は俺の使命を果たすだけだ」
「ならば俺はここでお前を倒す。ヴァルガンドを守るために」
「すでに壊れかけの世界だがな」
「だまれ!」

 大剣を受け止めているところを支点にして、飛び上がり、回転しながら奴の頭上から遠心力たっぷりに剣を振り下ろす。それを奴はサイドステップでかわし、体制の崩れた俺に向かって大剣で切り上げてくる。
 その斬撃を床に突き立てた神剣で受け止め、そのまま奴のこめかみに回し蹴りを放った。左腕で防がれたが、そのまま剣から手を離して神力を纏わせた拳で幾重にも殴りつけた。

 奴も大剣を手放し、神力がこもった拳で殴りつけてくるのを躱し、カウンターで左の腹を鎧の上から拳で斜めに打ち上げる。神力を浸透させると、「ぐほっ」とうめいて奴は態勢を崩した。
 一歩踏み込む。力を足から腰、腰から胸、胸から腕へと練り上げながら伝達し、一気に拳に乗せて解放する。――神気崩拳。

 サクラとの訓練で身につけた技が、見事に奴の腹に決まった。俺の神力が奴の体を突き抜ける。一気に奴の神気が減った。

「やるな。……だがまだ神力の扱いは不十分だ」

 ゴルダンがそう言った途端、俺の身体が動かなくなった。
 嘘だろ? 金縛りなのか。それもこんな時に。
 ギリギリと歯を食いしばり、動かない手足に必死に力を込める。――動けぇぇぇぇ。
 悪夢を見ているときに、強引に目を覚まそうと無理やり身体を起こした時のように、体に絡みついた何かの力を引きちぎるように。……だが、どれだけ神力を練り上げようと、力を入れようと指先1つ動いてはくれない。

 眼球すら動かせない状態の俺の前にゴルダンがやってきた。
「ほらな。動けないだろう。神力は魔力の延長線にある力じゃないんだ。そんな使い方じゃいつまでたっても動かせやしない」
 次の瞬間、ゴルダンの拳が腹にめり込んだ。たったボディブロー一発で目の前がチカチカして意識が飛びそうになる。
「がぁぁ」
 知らず口からうめき声が、そして、腹が灼熱にやけているかのように熱い。

「ぶっとべ」
 耳元で奴が小さくささやいた。――気が付くと俺はトラックに跳ね飛ばされたかのように吹き飛ばされ、次の瞬間何もできないままに床に何度も叩きつけられた。
 頭に、体に衝撃が走る。やがて勢いは止まり床に投げ出された。
 すぐに自然回復のスキルが動き出し、痛みが消えていくが、奴に殴られたところだけは筋肉組織を破壊されたかのように激しく痛み続ける。

 痛みをこらえながら四つん這いになり、顔を上げると奴がゆっくりとこっちに向かって歩いてきていた。
 手が震える。なんだ? 異質な力が身体の中でうごめいて暴れてる。力が……、うまく入らない。

「滅びは世界が定めた摂理だ。神にまで昇りつめた貴様がなぜ世界の意思に逆らう?」

 奴の言葉に、俺の脳裏にヴァルガンド草創期の光景が蘇る。あの時、創造神であるシンさんは確かに言っていた。いずれ終わりの時は来るだろうと。
 だが俺たちは今、この世界に生きている。いずれ科学技術が発達して、原子力にしろ生物兵器にしろ、人類が自業自得で滅びるのならばまだわかる。けれど世界が滅びを定めたから受けいれろなんて、そんなこと認められるものか。

「俺たちは生きているんだ。確かに、この世界で。その生きる権利を、世界の意思などというものの勝手な都合で奪われるなど、断じて受けいれるわけにはいかない!」
「くくくく。これはおかしなことを言うもんだ。――貴様の眷属すら、すでに神に足を踏み入れている。たとえ世界が滅びようと、貴様とその眷属は死ぬことはないだろうに」

 それだけでは駄目なんだ。俺たちだけが虚空で死ぬこともなく生きつづけるなど、むしろそれは永遠の呪いでしかない。
 あのヴァルガンドの大地と、旅をしてきた俺たちが出会ってきた人々。そこにこそ、俺たちの生活がある。……ああ、そうだ。俺は愛しているんだ。この世界を。
 俺の中で暴れる力よ。静まれ。俺に宿る神力よ。俺に力を。動け、動け、動けぇ――っ。

「滅びさせなどしないっ。お前を倒し、止めてみせる!」

 全身で、身体で、心で叫ぶ。その思いに応えるように、身体の中で暴れていた異質な力が、神力によって吹き飛ばされたのを感じた。
 すぐさま飛び起きて、振り下ろしてきた奴の大剣を神剣で受け止める。

「うおぉぉぉ!」

 輝く神力が視界にほとばしり出る。神剣が輝き、奴の大剣を弾き飛ばした。

 その勢いのまま、俺は手にした神剣で奴を鎧ごとたたき切った。「ぐおぉぉぉ」斬撃の跡が光り輝く。極光が、奴の身体を斜めに走った。
 まばゆい光をあふれさせて、のけぞったゴルダンがそのまま後ろに倒れ込んだ。それと同時に周囲の空間が|透《す》けていき、元のメギドの戦場が浮かび上がり徐々に鮮明になっていく。
 奴の作り出したバトルフィールドが力を失ったのだ。

「ジュン!」
 ノルンたちがすぐに俺の周囲にやって来た。
 だがその時、仰向けに倒れたゴルダンがみずからの大剣を空に向けて突き出した。

「ふはははは! 
 見事だ! だが愚かな神よ。俺を倒したところで無駄だ。――主よ。世界に滅びをもたらす我らが神よ! 今こそ使命を果たし、御身のもとにまいる!」

 次の瞬間、奴の身体を中心に漆黒の光が柱となって天に向かって伸びていく。その黒い光の柱は空の一点で何かにぶつかったようにその勢いを止めたが、その周囲の空間に、まるで異変が起きたあの日のようにヒビが入り、パキンとその空間を突き抜けてどこかに消えていった。
 ピシパシと音が聞こえるような幻聴とともに、空に走ったひび割れが急速に広がっていき、まるで卵の殻を内側から破ってでてくるように、それが現れた。

 大地が揺れる。大気が揺れる。世界が、それの降臨に震撼した。

 はじめは様々な色をした不気味な触手だった。何本もの触手が空のひび割れを広げていき、さらにその先端からほとばしらせた光が大地を走ると、戦場の騎士たちを飲み込み、大量の光の球を浮かび上がらせた。
 ゾディアック・クルセイダーズの隊長たちも、フェンリルナイツも、俺たちのいた本陣の人々も、呆気なく光に飲みこまれていった。

「うわあぁぁぁぁぁ」という叫び声が聞こえる。

 その光景に、悔しさがあふれてきて歯を食いしばる。
 なんてことだ。なんてことだ。あれだけ守ろうと戦ってきた人々が、その想いなど関係なく、あんなに簡単に光に飲みこまれて消滅していく。肩を並べて戦ったことのある人々が、まるでホースでアリの群れを洗い流すかのように……。

 さらに太い1本の触手がゴルダンの放った黒い光の柱を飲み込みながら、真下に急速に伸びていき、ゴルダンが居たところを飲み込んで地面に突き刺さった。

「あ、あれが」
 声に恐怖をにじませてノルンがうめくように言った。
「――邪神」

 次に空から出てきたのは、何千、何万もの腕を持つ菩薩のような巨大な女性の姿だった。

 しかしその表情は人々を慈しむような菩薩のそれではなく、無機質で感情を感じさせない不気味なアルカイク・スマイルを浮かべていた。その背中からはまるで後光のように|数多《あまた》の触手が伸びていて、さらにその足元から黒い炎が生じて、その全身にまとわりついている。

 その姿を見ただけで、震えがおさまらない。全身を悪寒が襲っている。頭の中が飽和状態になったかのように思考がまとまらない。
 あれはダメだ。とにかくダメな奴だ。

「見て!」
 ノルンの声に、気が付いた。邪神の目の前に光に包まれた泡のようなものがあり、その中に数人の人影が見えることに。

 目をこらす。あれは――、シンさん? 創造神とトウマさんとイトさん? 光の泡のようなものは結界か。

 次の瞬間、トウマさんがこっちを見た。ひどく真剣な表情で。今ならわかる。あの2人も神の1柱だったと。
 トウマさんが腰の剣を居合い斬りのように抜き放った。次の瞬間、邪神の胸がザシュッと切り裂かれた。
 あの人たちも邪神と戦おうとしている。だが、その切り裂かれた胸もとから、ドバッと黒いスライムのような触手が勢いよく飛び出してきて、シンさんたちを結界ごと飲み込んだ。そのまましゅるるると身体の中に戻っていく触手。
 あっという間の出来事に、何も反応できなかった。

 馬鹿な。シンさんを飲み込んだ? この世界の創造神だぞ? それが何も出来ずに……。

 だが現実にシンさんたちは、|為《な》す|術《すべ》もなく飲み込まれた。信じられないが、創造神の力を取り込んだ証拠に、あの邪神の身体から、俺とノルンが封印解除したときのように白銀の神力があふれ出し、その身体にまとわりついていた黒い炎が、白く輝く神炎に変化していく。

 神々しい力を身に付けた邪神から、巨大な思念波が放たれた。神聖なる神力がアクティブソナーのように広がり、身体の中を通り抜けさらに世界へと広がっていく。

 ――我はアルファであり、オメガである。天と地の狭間に生きるものたちよ。時は満てり。

 その声は、思わず俺もひざまづきそうになるくらいの威厳に満ちていた。
 あんなものを倒そうなどと、俺たちにできるのか? 

 無理矢理に足に力を入れかろうじて踏みとどまるも、次の瞬間俺たちを光が包み込んだ。
 ふわりと浮かび気がつくとノルンたちとともに、先ほどのシンさんのように光の結界に包まれている。いつのまにかフェニックス・フェリシアが巨鳥となり、結界ごと俺たちをその背に乗せていた。

 眼下に広がるメギドの荒野に展開していたエストリア軍は、ほぼ壊滅していた。騎士たちも冒険者たちも、邪神の攻撃によってすでに生き残りは僅かだけしかいない。

 ――劫末の大水よ。来たれ。

 感情を感じさせない邪神のみ声。しかし、その言葉と同時に、天より莫大な水量の水が滝のように落ちてきた。あっというまに大津波となって地表を洗い流していき、僅かだった生き残りの人々も、陣地も、荒野も一切合切を飲みこんでいった。
 所々に渦を巻きながら、さらに見渡す限りに広がっていく大洪水。その水の中から幾つもの光の珠が浮かび上がり、さらなる天へと昇っていく。

(マスター。天空島ルネへと転移します)

 フェリシアの声と共に視界がすっと切り替わり、気がつくと大きな神殿を載せた空を飛ぶ島が目の前にあった。

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