12-15 虚空に帰す世界

 ひゅおおぉぉぉと風が通り抜けていく。あたかも巨大台風が接近しているときのように雲が重々しく渦巻いている。

 フェリシアは俺たちを乗せたまま天空島にある神殿の前広場へと着地した。

 それと同時に、再び邪神の声が聞こえてきた。

 ――ことごとく燃え尽きよ。劫末の業火。

 ずっと空の向こうが赤く光り、眼下の地表を炎が絨毯のように広がっていく。世界が炎に包まれていき、その赤い光の中から現れたたくさんの光球がもの凄いスピードで飛んできて、俺たちを通り過ぎて神殿の中へと入っていく。

「こ、これは!」
 思わず俺は叫んだ。
 この光球は死んだ後に空に昇っていっていた光球だ。それが、この神殿の中に入っていくだと?
 まさかこの神殿は邪神がらみの何かの施設ということか?

 さらに続いて、

 ――万物よ。塵となれ。破壊の大風。

 コーと小さな音が聞こえる。まるで空の向こうに巨大な穴があるかのように雲が流れている。
 見たこともないような大きさの竜巻が雲を巻き込み、地表の建造物や森を、海を、そして大地をも巻き上げて行き、次第に音はゴゴゴゴゴと大きくなってきた。雷を纏った凄まじい風が吹き荒れ、眼下に広がる大地が少しずつ塵となって崩れていく。

 ルネの地面も少しずつ巻き上げられていくのを見て、俺は急いでみんなに神殿に入るように指示を出した。
 薄暗い石造りの神殿。柱が等間隔に並んでいるその間を、いくつもの色彩の光が飛び交っていた。
 この神殿はいったい何の神殿なのだろうか。

 外界の激しい風の音と、島全体が振動する中を俺たちは回廊を走った。すぐに中央の広間らしきところに出ると、中央に円形の祭壇があり、その上に設えられた台座に、大きな天球儀のような装置があった。回転軸を異にする3つの輪がゆっくりと動いていて、その中央に浮かんだ宝玉が不思議な光を宿していた。
 そして、外からなだれ込んでくる光球が、次々に中央の宝玉に飛び込んでいく。

 これはそう。――|この世のすべてを記録する装置《アカシック・レコード》だ。まさかこんなところに有ったなんて……。

 横を見ると、ノルンもこの装置を見て驚いていた。戸惑っている他のみんなにこれがアカシック・レコードだと教えるが、どうやらアカシック・レコード自体が何なのか理解できていないようだ。
 それもそうか。アカシック・レコードなど、俺の世界の神秘主義の話に出てくるものだから。

「アカシック・レコードとは、この世界の始まりからの、すべての事象、運命を記録している装置で、言ってみればこのヴァルガンドそのものだ」

 創世期にはゾヒテにあった大地のおへそに設置されていたが、そうか。天空島ルネに移し、結界を張っていたのだろう。

 背後に突然、邪神の気配が現れた。
 すぐに振り返って俺たちがやってきた入り口に向き直ると、そこから巨大な触手がこっちに伸びてくるのが見えた。

「ノルン! 結界を! 皆もこの装置を守るぞ!」

 剣を横に構えて、神力を全開に放出する。
 俺の指示を聞いたみんながアカシック・レコードを守るように囲んだようだ。ノルンの神力が結界となって俺たちを覆う。さらにシエラの神竜の盾・モードイージスが、みんなの魔力がノルンの結界を支える力となっている。

 がばっと邪神の触手が目の前で結界の壁に激突した。その衝撃に神殿に走り天井や壁が吹っ飛んでいく。
 一瞬だけ外が見えたと思ったら、どぱっと邪神の触手に結界ごと飲みこまれて何も見えなくなった。あっという間に光が遮られて真っ暗になるが、アカシックレコードと自分たちから出る神力の光だけが結界に守られた狭い範囲を照らしている。
 その光に照らされ、結界の向こうでうごめく無数の触手。しかしその見た目の気色悪さ以上に、この結界を破られたらと思うとぞっと怖気だってしまう。

 邪神のねらいは、このアカシックレコードか、はたまた俺たちか。

 いずれにしろ、今の状況に陥ったからにはどちらであっても、ほとんど状況は変わらない。そもそも邪神を倒すためには、こちらから攻撃に出たいのだが、最初からそれができないでいる。
 それがもどかしい。だが、先ほどトウマさんの一撃であってもダメージになっていないのを見たばかりだ。倒すためには邪神の攻撃の特性や弱点を探してからでなければ、トウマさんたちの二の舞になってしまうだろう。それでは意味が無い。やはり今は守りに徹するしかないのか。

 徐々に結界の外が墨を塗り込めたように真っ黒になっていき、俺たちの神力の光をも吸い込んで暗黒の暗闇に染まっていく。蠢いていた触手もすでに見えなくなっていた。
 やがてあれだけ響いてきていた風の音すらも遠くなっていき、やがて何の音も聞こえなくなった。

 結界を保持しながらも、嫌な予感が止まらない。このままではヴァルガンドが無くなってしまう。焦燥感が募り、何かできないか何かできないかと気が|急《せ》いてしまう
 このままでは何もできないまま終わってしまう。しかし、この結界が破られればアカシック・レコードが破壊されてしまう。直感ともいうべきものでわかる。それは最悪の結末につながると。

「くそっ」

 悪態をつく俺にノルンが、
「焦らないで。シンさんたちも何もできずに取り込まれてしまったのだから。まずは守れるものを守ること。あれを倒すのはそれからでないと、逆に私たちも取り込まれてしまうかもしれない。そんなのは絶対にダメよ」

 それは……そうだろう。だが、このままここでヴァルガンドが崩壊していくのを待っているしかできないと思うと、それもまた許せないんだ。
 いったい俺はなんのために神になっているんだ。シンさん。教えてほしい。俺に何をさせようとしていたんだ?

 確かにノルンが言うように、あのシンさん達のように邪神に取り込まれるのは御免だ。ノルンも、ヘレンたちも誰一人として失うようなことこそ許せない。世界の存続と比較するようなことではないが、それでも彼女たちを失うことは何よりも耐えがたい。

「見て!」
 ヘレンの声に顔を上げると、さっきまで暗黒に閉ざされていた結界の外の景色が変わっていくところだった。
 すうっと炭のような暗闇が透き通っていき、その向こうに星々の広がる宇宙空間が広がっている。
 虚空でもない。どこかに転移したような感覚も無かった。それに俺たちから離れたところに邪神がその不気味な笑みを湛えたままで俺たちを見下ろしていた。

「ヴァルガンドが――」
 うめくようなセレンの声。神殿の下に広がっていたはずの大地は、すでにどこにも無くなっていた。
 見えるのは、不思議な金色の巨大な輪とその下にある同じような大きさの水が集まってできた輪だ。直径が数千キロにもなるんじゃないかと思われる馬鹿でかいサイズの輪。あれは一体何なのだろう。
 だが、すでに大地が無くなっていた事実に、ぐっと歯をかみしめた。すでに時は遅すぎたのだ。

 その時、唐突に周囲に転移の気配があり、反射的に身構える俺たちの前に竜王たちが現れた。邪神に向かって、神竜王バハムートさまを中心に左右に広がる竜王たち。そこにさらに転移の反応があり、次々に姿を現したのは精霊たちだった。

 中央の神竜王さまが周囲を見て、
「――世界はすでに塵となったか」
とつぶやいた。
 改めて周囲を見てわかった。星々が広がる宇宙空間だと思っていたが、あれは違う。ヴァルガンドを構成していた岩石などが散らばって、星のように見えていたのだ。

 邪神が竜王たちを見て、
「ヴァルガンド世界の最期を見届けよ」
と告げた。

 その向こうでゆっくりと動いていた金色と水でできた巨大な輪の中央に、まばゆい光を放ちながら大きな氷のような結晶が姿を現した。
 しかし、現れたと同時にその結晶にピシピシとヒビが入っていき、やがてパリンと透き通った音を響かせて砕け散った。その破片が巨大な輪に降りかかっていくと、金色の輪にもヒビが入り、ぼろぼろと砕けてゆっくりと散らばっていった。水が集まって動いていた輪もその輪郭がぼやけて、少しずつ小さな水の水滴となって遠心力に任せて散らばり、その大きさを小さくしていった。
 その2つの大きな輪の下にあって、俺たちからは見えなかったが、なにやら巨大なエネルギーが同じように輪になってグルグルと回っていたようだが、その輪も動きを止め、急速にエネルギーを消失させていっているのが感じ取れた。

 大きな輪の正体はわからないが、それが何を意味しているのかはわかる。これで本当にヴァルガンド世界は崩壊してしまったのだ。

 虚空に邪神の言葉が響きわたる。

 ――万物は生まれ、留まり、変化し、そして滅する。
 同じくまた、世界も成立し、生物が住し、崩壊の時を迎え、そして虚空に帰する。これが大世界の定める法則である。
 ヴァルガンドもまた定められた順番にしたがって崩壊し、虚空に広がる塵となった。
 ……故に世界より生まれし吾もまた舞台装置としての役割を終えるものである。

 その言葉を聞いたとき、言いようもない怒りで頭が白くなった。食いしばった歯の間から絞り出すように、
「ふざけるな」
と言葉が漏れた。

 これで終わりだというのか。あれだけ天災と戦ってきて、それでこれが結末か。
 自分たちの力が足りなかった。そんなことはわかっている。だが納得などできるか!

 ――滅びは不服か。

「当たり前だ!」

 そう叫ぶとともに神剣を構える。

 ――今さら吾と戦っても無駄なことだ。

「そんなことはわかってる。だがな……」

 ――それに役目を終えた吾は、間もなく消える。

「なんだと?」

 それじゃあ、本当に俺は何のためにここに……。

 ――しかし、後を来る汝ら若き神に道を示すのも、先を行く|神《もの》の役目。故に汝に我が聖石を授けよう。

「どういう意味だ? 何のつもりだ?」

 邪神が俺たちに聖石? それは神は神なんだろうから、その力の結晶たる聖石はわからないでもないが、その目的が見えない。

 ――創造と破壊は一対の力。片一方の力だけでは権能は使えぬ。故にそなたには我が破壊の力が必要となろう。

 わけがわからないでいるうちに、静かに邪神はその顕現した姿を透き通らせていった。

「まて! まだ話は終わっていない!」

 慌てて叫んだ俺の声が届いていないかのように、邪神はそのまま消えていった。
 だが、その巨大な顔が合ったところに、妙な威圧感のある何かがある。目をこらさずともわかる。邪神の残した破壊の神力の結晶たる聖石だろう。

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