12-16 再生の光

 ゆっくりと俺たちの目の前に、邪神が残した聖石が漂ってきた。

 見慣れた八角柱の形。だが、その色は光を吸い込むような漆黒の黒だった。

 ソウルリンクを通して、一連の邪神とのやり取りを見ていたみんなから戸惑いの気配が伝わってくる。
 特にノルンとヘレンの2人は激しく混乱しているようだ。それはそうかもしれない。俺も混乱しているし、ヘレンはああ見えて修道女だから。

 その時、神竜王さまが教えてくれた。
「創造神が来たぞ」
「え? だって」

 邪神に取り込まれたんじゃ……。
 そう思ったのも束の間、目の前の空間が揺らぎ、そこには淡い光の結果に包まれたシンさんとトリスティア神ら3柱の神、そして、トウマさんとイトさんとが現れた。

「シンさん!」

 そう呼びかけるも、シンさんはいつもとは異なって静謐さを漂わせた表情で、
「ジュン。そして、ノルン。――そなたらはヴァルガンドを復活させたいか?」
と問いかけてきた。

「当たり前です」

 そんなことは聞かれるまでもないことだ。

 だが、俺の返事を聞いたシンさんはうなずいて、
「そうか。……私の作り出した世界を愛してくれているのだな」
と言い、満足そうに微笑んだ。

「生まれしものはいつか死ぬ。生ぜしものはいつかは壊れる。始まりには終わりがある。それが成住壊空の理だ。――世界そのものより生まれた創造神である私が、ヴァルガンド世界とつながっている限り、その四劫の理からは脱れることはできないのだ。故に崩壊は必然であった」

「それはつまり?」

「吾はアルファでありオメガである。あの邪神もまた吾の一面の姿である」

 そんな馬鹿なと言いたいところだが、今はそれが少しわかるような気がする。だが、それだと、あれだけ戦ってきた天災は……。

「当然、邪神でもある吾の使徒でもある。故に――ほら」

 俺の考えていることを読み取ったであろうシンさんがそう言うと、シンさん達から離れたところの空間に魔法陣が現れ、その上に倒したはずの天災たちが勢揃いしていた。

 信じられない思いでその姿を見るが、奴らは何も言わずにただ俺たちを見ていた。

「この世界を創造した私は、来たるべき崩壊の時の為に破壊の一面を彼らとともに封印した。そして、ずっとこの世界を観察してきたのだ。
 赤茶けた地面と溶岩、ガスと塵ばかりであったこの世界に、やがて海ができ、植物が生まれ、そして生き物が発生していった。初めは単純な生物が、そしてやがて大きな生物へと進化し、海から地上へと進出していった。
 ……変化はゆっくりではあったが、多種多様な生き物はなかなか興味深かった。だが、それにも増して面白かったのは、人類の誕生だった」

 ああ、こういう進化の仕方はヴァルガンドも地球と同じだったのだろう。

「彼らは見る見るうちに生活を改善していった。文明、社会といったものを形成し、変化は急激に、またそれまで以上に多様化していった。やがて私は彼らの社会を体験してみたくなった」

 なるほど。それで人間の姿を取って、アルの街に住んでいたりしたのか。

「彼らは面白い。世界そのものから生まれた私ではあったが、いつしか彼らを愛するようになっていた。――それで私には君が必要になったのだ」

「それはどういうことですか」

「四劫のくびきから、このヴァルガンドを解き放つためだ。世界から生まれた神である私ではなく、その存在自体が可能性そのものである人から生まれた創造神ならば、その可能性の因子をもって崩壊すること無き世界を作り出すことができるからだ」

 シンさんの話を聞いているうちに、妙な期待感で胸がドキドキしてくる。一体なぜだろうと疑問に思う間もなく、俺はさらに問いかけていた。

「もしかして――」
「今、君の前には3つの道がある」

 だが、俺の質問は遮られた。

「1つはこのまま別の世界に転移をする道。2つには創造神となり、まったく新たな世界を創り出す道。……そして新たなヴァルガンドの創造神となって世界を再生させる道だ」

「できるのですか?」
 世界の再生などということが。

「できる」

 おお……。
 なんだか急に希望が湧いてきた。期待感の正体はこれだったのか。

「そもそも成住壊空とは、虚空に帰して世界が終わりというわけではない。その後、再び世界創生の成劫へと戻る。破壊期にその世界にいた生命体は失われるわけではない。本来は一時的にだが、より高次の世界に避難するのだ。
 しかし、私はそこに一つ違う仕掛けを設置した。それがアカシック・レコードだ。万物の運命、あらゆる生命の軌跡と森羅万象を記録する装置を設置し、高次の世界へ避難させるのではなく、アカシック・レコードへ保全されるようにしたのだ」

 それはつまり、ハードディスクにバックアップを取り、そこから復元させるようなものだろうか。

「再び尋ねよう。――今、君の前には3つの選択肢がある。別世界に行くか、新世界を創造するか、……ヴァルガンドを再生するか。
 どれを選ぶ?」

 その問いにすぐに答えず、みんなの方に振り返った。ノルン、ヘレン、サクラ、シエラ、セレン、カレン。誰一人として、俺が選ぶ選択肢を疑っているものはいない。
 シンさんの方に向き直った俺は答えた。
「――ヴァルガンドンの再生を!」

 俺の答えに満足げな表情を浮かべたシンさん。
 改めて俺は邪神が残した聖石に向き直った。そのためには、この聖石の力を自分のものとしなければならない。

「ノルン」
「わかっているわ」

 2人で並んで手を漆黒の聖石に向かって掲げる。
 俺たちの身体から出た神力が邪神の聖石に触れると、それに反応したように、その聖石に込められた破壊の神力が光の筋となって俺とノルンに向かってのびてくる。
 避けることなくその光を受け止めるや、そこに込められた膨大な力の塊ともいえる神力が身体の中に流れ込んできた。
 今まで取り込んだセルレイオスたちの聖石とはまったく違う異質な神力。記憶には殆ど残っていないが、一番最初に、あの白い部屋で取り込んだ神力に近いのかもしれない。

 身体の中から爆発しそうなその神力を無理矢理抑え込み、少しずつ吸収していく。そして、同時に俺からノルン、ノルンから聖石、聖石から俺へと循環させ、馴染ませていく。

 荒れ狂うような力と思えば、ひどく黒く冷たいイメージの力となる。破壊とは死の力でもあるということか。
 静と動。光と闇。それまで俺たちが使っていた神力と、互いに相反するが、一方で互いに引き合うような力。だが、問題なく自分たちの力に変えていける。

 それと同時に、世界の再生のためにどうすればいいのかが何となくわかってきた。
 ハードディスクからのバックアップの復元とは言い得て妙だった。
 ヴァルガンド世界のすべてはアカシック・レコードに記録され、保全されている。それを復元すればいいが、復元ポイントはすでに設定されていた。
 ――あの空が紫に変化した異変の発生した時。あの時を基点としてヴァルガンド世界は復活する。その後の戦いで、はたまた邪神の力で死んだはずの生命もまた、元のように復活できるのだ。

◇◇◇◇
 光を放ち続けるアカシック・レコードの装置を挟んで、ノルンと向かい合って立つ。

 俺とノルンの周囲には等間隔で、ヘレン、サクラ、シエラ、カレン、セレンが立っている。彼女たち一人一人の傍には、授かった精霊珠の属性にしたがって、ヘレンにはサラマンデルが、サクラには時空を司るクロノが、シエラにはノーム、カレンにはシルフ、そして、セレンにはウンディーネが佇んでいた。

 さらに外側には竜王達がぐるっと囲んでいて、俺たちを守っている。その向こうではシンさんたちが、俺たちが|為《な》そうとしていることを見守っていた。

 ぐるりと見回してヘレンたちの様子を見る。ぶっつけ本番で練習などできないが、どうやら覚悟は決まったようだ。
 そして対面のノルンを見る。すでに神力を開放し、白銀の神衣をまとった女神。ほのかにラベンダー色の輝く長い髪をなびかせ、俺の合図を待っている。

「はじめよう。――アカシック・レコード、アクセス!」

 俺とノルンの間にある天球儀にも似た装置。ゆっくりと自転しながら動いていた3つの輪が、俺とノルンの神力を装置に流し込むことによってその回転を速めていく。
 ブワンッ、ブワンッと風斬り音が聞こえてきそうな駆動が、ますますその速度を上げていき、やがて輪の影が残像にしか見えないほど高速になった。

 つづいて対面にいるノルンが、
「精霊珠、起動」
と命じた。

 俺とノルンの足元から、神力が魔法陣を浮かび上がらせていく。白銀のラインが伸びていき、外側にいるヘレンたちを頂点とした五芒星を描き出し、さらに5人を繋ぐ円となった。
 神眼となった今なら、肉眼では見えない景色もよく見える。今、ヘレンたちの持つ精霊珠がそれぞれの属性の色に輝き、そばにいる精霊たちが歌をうたい始めた。
 光の精霊メーテルと闇の精霊アーテルは俺とノルンの頭上をぐるぐると回転しながら歌っている。
 それと同時に、神力で白銀に輝いていた魔法陣が様々な色を放ち始めた。

 俺とノルンとの間の神力が魔法陣を駆け巡って、みんなの所ヘ行き、また力が高められて俺のもとへ。
 かつてメギドの地へ向かう途中、みんなで神力を流しあった時のように、グルグルと神力が俺たちを繋ぎ、どんどんと出力が上がっていく。そして、流れる神力に巻き込まれるように精霊力も混ざり込んでいくのが感じ取れた。

 精霊力が動き出した。ならば次は……。

 俺はまっすぐに中央のアカシックレコードを見る。
「|業の風《サットバ・カルマン》よ。虚空を吹きわたれ」

 虚空にどこからともなく空気が揺らいで風となり、散らばる塵をぐるぐると動かし始めた。

 続いてノルンが言う。
「風輪よ。回れ回れ。万物を動かす力となれ」

 虚空の隅々から吹き込んでいた風が収束していき、俺たちの直下に巨大な風の輪となって塵を巻き込んでいる。

 俺が言う。
「水輪よ。回れ回れ。生命を生み出す力となれ」

 風の輪の上にどこからともなく水があふれ出し、それが巨大な輪となって動き出す。あたかも邪神が破壊した水輪と同じだけの大きさ。惑星の外郭にも匹敵するような壮大な水の輪がゴウゴウと回り続けている。

 そこへノルンの澄んだ声が響きわたった。
「金輪よ。回れ回れ。世界を造り出す力となれ」

 あふれる水の中から金色に光る小さい何かが浮かび上がり、水輪の上に同じように回転しながら巨大な輪となっていく。
 小さな粒子であった金輪が、やがて一体のリングとなった。

 俺たちの足元に、風輪・水輪・金輪の3つが動き、周囲の虚空に散らばっていた星と見まごうばかりの塵が跡形もなくなり、ただただ虚無の色ともいうべき暗闇が広がっているだけとなった。

――さあ、ジュン。行くわよ。
――ああ。神力を強める。

 俺とノルンを繋ぐ足元の魔法陣が、神力の充てんを受けてまばゆい光を放ち始める。もはやアカシックレコードを含め、俺とノルンの間は肉眼では閃光しかみえないくらいの光量で埋め尽くされた。

 俺とノルンの声が重なる。
「アクセス。データ・ロード。……精霊たちよ。竜王たちよ。祝福の歌を!」

 かつてヴァルガンドの創世期にみんながうたっていた歌。歌詞すらない旋律となって、ここから虚空へと響きわたっていく。
 神眼で見える。シンさんやトリスティア神たちも歌っている。そして、その歌声に導かれるように、激しく動いているアカシック・レコードから、下方の3輪に向かって次々に光の粒子がこぼれ落ちていった。

 やがて光の粒子は3つの輪に吸い込まれ、その中心に巨大なクリスタルが現れた。外部に光はなくとも、その内部から光を放ち、そうしている間にも、次々とアカシック・レコードから光の粒子がこぼれて行っている。
 やがて3輪の周囲に光が集まっていき、一瞬の閃光の後、そこには赤茶けた裸惑星が姿をあらわしていた。

 見る見るうちに惑星が自転を始め、それと同時にその大地の表層からマグマがあふれ出し、噴煙が雲となって覆っていく。
 やがて黒と赤のまだら模様となった惑星だったが、その雲が白くなっていくとともにマグマの赤も茶色くなっていき、さらに雲間から海の青がドンドン広がっていく様子が見えた。
 宇宙空間から見た地球のような姿になっていく惑星。それでもなお光の粒子はアカシック・レコードから降り注いでいく。

 やがて大陸には森や草原が広がっていく。惑星の周囲の虚空から、レイヤーを調整していくように星々が姿をあらわし、さらにどこからともなく月が飛んできて惑星をまわる周回軌道上で待機している。

 次々に変化をしているが、まだあのヴァルガンドの時は止まっているのだ。

 やがて目の前で激しく動いていたアカシック・レコードから出てくる光の粒子が止まった。

 まばゆい光を通してノルンを見る。俺と同じく全身から神力の光を輝かせているもう1人の創造神。
 その目が慈愛を湛えて俺を見ている。

 ――さあ、最後に宣言しよう。

「|ワールド《world》・|リバース《rebirth》!」

 最後の宣言とともに俺たちの神力が、世界の再生を祝福するように光となってヴァルガンドを、虚空を照らしていく。その最中、俺は、不意にかつて自分が受けた神託を思い出した。
 あれはそう。この世界に来て間もない頃、ローレンツィーナ様から告げられた予言。

――オメガの時、御霊を分かちし2つの魂あり。
  5人の眷属を従え、再生の光が世界を覆う。

 柔らかに微笑む聖女様の顔を思い出す。
 そうか、あの頃からすでに聖女様はこの時が来ることを知っていたに違いない。

 再生の光に包まれながら、思わず苦笑する。胸の内でつぶやいた。

 まったくもう、叶わないな。あの人には。

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