12-17【本編最終話】そして世界は続いていく

 ウルクンツルの城内。騎士団長の執務室に、昼下がりの気だるげな日の光が差し込んでいる。
 大きなイスにもたれかかるように眠り込んでいた剣聖ザルバックが、突然がばっと跳ね起きた。

 慌てて自分の身体を見下ろし、そして室内を眺め、何かに化かされたかのように呆然とした表情を浮かべ、次の瞬間、笑い出した。その大きな笑い声はしばらくつづいた。

 同じ頃、海の向こうのアーク機工王国では、ランプの灯った夜の王城の回廊で、副団長のカトリーヌに抱きつかれているノートン機工騎士団長の姿があった。
 海洋王国ルーネシアの王宮では、テラスに佇んでいた三十路半ばを過ぎた女性、イリーシャ・マナベルが、穏やかな笑みをたたえて昇り来る朝日を眺めている。そこに伯父である国王パトリスがやって来てポンと肩を叩いた。

 遥かな海底にある人魚たちの国ミルラウスでは、神殿で多くの人魚たちが祈りを捧げていた。その最前列で祈りを捧げていた国王が誰かに呼びかけられたかのように不意に顔を上げた。

 ゾヒテの世界樹では、世界樹の巫女であるハイエルフのユーリ・カレルレンが、カレンの母とおしゃべりをしている。

 隠者の島では、小屋から出てきた三ツ目族の女性パティスが、肩に小鳥を載せて微笑みながら太陽を見上げていた。

 ヴァルガンドの世界の各地で、人々が覚醒し、夢から覚めたかのような表情を浮かべつつ、すぐに日常へと戻っていく。

 エストリア王国アルの街。修道院の一室で、窓の外を楽しげに見つめていた少女クラウディアが振り向いた。年老いた聖女ローレンツィーナがにこやかに、
「どうやら終わったみたいね」
「うん。お兄ちゃんたちがやることだから、心配していなかったけどね」
「あの人は流され体質だけど、正妻さんがしっかり者だから……」
「これで預言は成就!」
「はいはい。――いいこと、クラウディア」
「なあに」
「私は聖女を隠退するから、今日から貴女が聖女として表に立ちなさい」
「……うん」

 さっきまではニコニコしていたクラウディアだったが、途端にしょんぼりと不安そうな表情になる。その頭をローレンツィーナが優しく撫でた。「大丈夫よ。私もまだ寿命が来ているわけじゃないし」
 そんな2人の様子はお婆ちゃんと孫そのものだった。

◇◇◇◇
 吹き抜ける風を全身に浴びながら、俺は思いっきり背伸びをした。

 ようやく終わったんだ。

 ここは天空島ルネの、アカシック・レコードを安置していた神殿の前だ。……もっとも再生した後のだけど。
 その神殿の前で、ノルンたちが楽しげにおしゃべりをしている。彼女たちも厄介ごとが終わってすっきりした笑顔になっている。それを見ていると、自然と口角が上がる。

 これでようやく元の冒険者生活に戻れる。

「――じゃあ、あれはジュンに買ってもらう」「1ヶ月くらい楽園島で自堕落な生活を――」「1人3回ずつでいいんじゃないですか? なんでも言うことを聞いてもらう権利は」「え~。すごく大変だったから5回を希望します」

 ……きっと平穏な生活に戻れるに違いない。きっとね。

 その時、コホンと咳払いの音がして、慌てて振り返ると、そこにはニコニコしているシンさんたちがいた。

「やあ」
「シンさん……」

 右手を差し出してきたので釣られるように俺も右手を出して握手をする。

 世界の命運を左右するようなことに、俺を巻き込んでくれたのはこの人だ。そういう意味では言いたいことがある。
 だが一方で、この人のお陰でノルンたちと出逢えた。ヴァルガンドという魔法の世界に来ることができた。そのことには感謝している。
 まあ、世界の命運がどうとかも、もう終わったことだしな。

 やり遂げたという満足感に浸ったままで、にこやかなシンさんの顔を見ていると、
「じゃあ、そういうわけで。これからよろしく頼むよ」
「ええっと、それはどういうわけですかね?」
「うん? 嫌だなぁ。それが日本で言うところのボケってやつかい?」
「そういうつもりではないですけど」

 はて。よろしく頼むとは何のことだ? 話の先が見えないんだが。
 ……なんだろう。何だか嫌な予感がしてきたぞ。

「これからはヴァルガンドの管理、しっかり頑張りたまえ」

 ――――は? ナンダソレハ?

「いやあ、これで私たちもお役御免だから、何の気兼ねもなくこの世界を旅できるよ」

 そう言ってシンさんが向こうをむくと、トリスティア神は魔法使いの少女、セルレイオスは武道着、そしてウィンダリア神は翼を消してブレストプレートを来た女騎士の格好と、すでに冒険者の服装になっている3柱の神がいた。

「ねえねえ。主さま。私、最初はルーネシアがいいです。海が見たい!」
「ぬぅ。トリス。海はちょっとなぁ」
「ふふふ。セルレイオスは見慣れてるよね」

「まあまあ、時間はたっぷりある。旅行の計画はこれからじっくりと練ろう。それも楽しいからね」
「はい!」

 俺はワナワナと震えながらシンさんに尋ねた。
「あの、俺たちは……」

 するとこっちに振り向いたシンさんが、ニカッと良い笑顔でサムズアップする。
「君たちは忙しくなるぞ。大部分は精霊たちがやってくれるが、世界の運営はなかなかに手間がかかる。まあ人の身となって地上に戻る生活と、神域にて管理する生活とうまくバランスと取ってだな。ストレスを溜めすぎないように。でないと禿げるよ。コツはね――――」

 立て板に水を流すようにスラスラと話すシンさんの言葉が、俺の耳を通り抜けていく。

「あの、シンさん?」

 すると説明をピタッと止めたシンさんが、
「なんだい?」

「元はシンさんが造った世界ですよね」
「ああ。そして、今は君たちが再生した世界だ」
「まさか。世界の崩壊がどうのとかじゃなくて、最初から管理者の役割を交代させるために俺を――」
「あはははは。そんなことあるわけがないじゃないか! なあ、みんな」

 バンバンと俺の肩を叩くシンさんだが、まったくその言葉を信じることができない。

「じゃあ、私たちは行くよ。――さらばっ!」

 そう言って、慌ててどこかへ転移していくシンさんと3柱の神。後に残ったのはトウマさんとイトさんだったが、トウマさんは苦笑いを浮かべ、イトさんはにこやかに微笑んで手を振りながら、やはり転移をしていった。

 背中にノルンたちの視線が突き刺さっているのがわかる。俺は思わず叫んだ。
「ま、まじかー!」

 自分の声が虚しく響いていくのがわかったが、俺はしばらく空を仰いだまま動くことができなかった。

◇◇◇◇

 それから主観時間で1ヶ月が過ぎた。

 楽園島を俺たちの神域にした俺たちは、今どうしているかというと――。

 椅子に座って目の前の空間に浮かび上がった3つのモニターを見ていると、ノルンが紅茶をいれて持って来てくれた。
「どう?」

 俺は正面のモニターに映し出されている瘴気のパラメータを指し示し、
「ようやく安定してきたよ」
 美しい髪をかきあげて、ノルンがそのパラメータを見る。
「あれから1ヶ月、勝手もわからずにバタバタしてたけど……。これで少し余裕ができそうね」
「ああ、まったくだ」

 世界の管理なんてやったことがなかったから、完全に手探り状態だった。
 結局、日本にいた頃のシュミレーション・ゲームをベースに管理システムを作り上げたお陰で、随分と楽になったよ。
 もともとプログラマーってわけじゃないから知識は皆無だが、神力万歳。曖昧なイメージを元にどういうわけか創造することができた。

 ちなみに全体のバランスは俺とノルンとが担当し、みんなにもそれぞれ担当を決めて管理をしてもらっている。
 たとえば、離れたところで別のモニターを見ているのはサクラで、魔物や生態系の分布や発生率の調整を担当してもらっている。
 セレンとカレンには天候システム。ヘレンは魂魄、シエラは資源関係で、ゲームのパラメータ画面を参考にした管理UIがなかなか好評だ。

「とりあえず1年間やってみれば慣れてくるだろう」
「そうね」

 異世界に来たのに仕事に従事している気分になるが、まあそれも直に慣れる。異常が発生したときのアラーム機能や、自動調整システムなんかを――。

「あああ!」

 突然、サクラが大きく叫んだ。
「どうした? アクシデントか?」
 サクラはやっちまったという表情で怖々とした様子でこっちを見た。

「すみません。マスター。前からひそかにダンジョンクリエイトしていたんですけど……。うっかり、ウルクンツルの帝都近くに入り口を設置しちゃいました」

 それは慣れたらやろうと言っていたのに。サクラめ、待ちきれなかったな。

「何階層だ?」
「初期で100階層です」
「馬鹿っ。そんなでかいダンジョンを人口密集地に、サ~ク~ラ」 

 なにやってんだよ!

 あはははと|態《わざ》とらしく笑うサクラ。イライラしながらそれを見ていると、ノルンがぐいっと俺を抱き寄せた。
「いいじゃないの。折角、この世界の管理人になったんですもの。自由に、楽しくやりましょう」

 柔らかい胸の感触を頬に感じながら、やれやれと苦笑する。

 やがてアクシデントの発生に気がついたのか、他のみんなも部屋に入ってきた。「どうしたんですか?」「サクラがねぇ……」「ぷっ。サクラらしいわ」「本当ですね」

 ワイワイしながらサクラの周りに集まっているみんな。

「まったく仕方ないな」

 そうつぶやいて、俺は席を立った。
 あれこれ騒ぎながら、サクラの前のモニターを指さしているみんなの所に向かう。妙におかしさがこみ上げてくる。

 やや青みがかった美しい髪を頭の後ろで縛っているノルン。
 いまだに修道女の服を着ている赤い髪のヘレン。
 いつも明るく元気なネコマタ忍者のサクラ。
 何故かジャージを着ている竜人族のシエラ。
 サクラがやってしまったことを見て、戸惑いを隠せていない華奢なハイエルフのカレン。
 そして色っぽい目を細め、いたずらっぽく笑っている人魚族のセレン。
 いつしか真紅のフェニックス・フェリシアも飛び込んできて、近くのテーブルの上に舞い降りた。

 俺の半身。愛おしい伴侶たち。
 世界を管理する神とはなったとはいえ、きっとこれからも色んな出来事が起きるだろう。
 けれど、彼女たちと一緒なら楽しくやっていけるに違いない。それってとても素敵なことだし、幸せなことだろう。

 みんなが俺を見た。
「「ジュン(さん)!」」
「はいはい。それでどうしようか?」

 口々にそれぞれの考えを話す彼女たちに交ざりながら、俺は確かに幸せを感じていたのだった。

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