12-2 2人の帰還

 空を飛ぶ幻獣の島テラスでは、ヘレンたちがどうすることもできずに、ただ変わりゆく世界を見つめていた。

 空の高い所ということもあって強い風が吹きぬけていき、目の前に広がる雲海も見る見るうちに雲が流されていく。

 その雲の切れ間から下界を見下ろしていたヘレンが、ぽつりとつぶやいた。

「また1つ。街が消えた」

 ゾヒテやアーク大陸を飲み込んだ巨大な光よりは規模がずっと小さいけれど、いくつもの小さな光の柱が現れては、世界に穴を開けていく。
 決まって、その穴の向こうは虚無の空間が広がっているだけで、あの先に踏み込んだらどうなるのか誰にもわからなかった。

 そして世界各地から、まるで蛍が一斉に宙に舞いあがるように光球が浮かび上がり、そのまま天に昇っていき、一定の高度でどこかへと転移していくかのようにふっと消えていく。
 しかし、自分たちにはどうにもできない。できるのは、ただ、こうして指をくわえて見ているだけ。

 自分の故郷が消滅してしまったハイエルフのカレン、そして、仲間たちが光に飲み込まれほぼ絶望的と思われるサクラは、はじめその事実を現実のものとは思われずにいたが、次第に実感がわいてくるや、ひどく落ち込んでいた。
 もっとも今は、世界が次々に虫食いになって行くのを見て、それどころではないと気を張ってはいるが。

 一方で、まだ故郷は無事であるヘレンも、シエラも、セレンも、いつ自分の生まれ育ってきた街が消滅するか気が気ではない。それでも、ただ祈りながら下界を見ているしかできないのだ。

 重く苦しい空気。それは彼女たちの心を受け止めてくれる唯一の男がいないせいでもある。リーダーであり、行くべき道を示してくれるジュンがいないからである。

「ああ、こんな時にジュンがいてくれたら……」

 ヘレンのつぶやいた言葉が、吹き抜けていく風に乗ってどこかに消えていった。

 ――その時である。

 空から何かが、一条の光となって幻獣島に落ちてきた。

 島を打ち砕きかねない勢いで落ちてきたその何かは、土煙を巻き上げて島の中央にある森に墜落したようだ。

 予感めいたものを感じたヘレンが、
「みんな!」
と声を掛けるや、他のメンバーも同じものを感じたのだろう。
「ええ!」「うん!」と口々に返事をして、全員でその落下地点に走る。

 木々の間を駆け抜け、窪みを飛び越え、やがて駆けつけた一行が発見したのは、クレーターの底で倒れている2人の人影だった。

「ジュン! ノルン!」
「良かった。無事だったんだ」
「ちょっとサクラ。これのどこが無事かと」
「マスターなら大丈夫ですよ」
「そりゃ、そうでしょうけど」

 かまびすしく騒ぎ立てながら穴に降りて行く5人だったが、それは2人が戻ってきたことへの安堵の反動だったのだろう。

 しかし5人が近づいても2人は目を覚ませる気配がない。ぐったりと動かないその様子に、近づくにつれ焦っていく。
 セレンが叫んだ。
「ヘレン!」
「わかってる! 我がマナを糧に、癒やせ! エクス・ヒール!」
 聖女の弟子ヘレンの回復魔法の光が2人を包み込む。それとほぼ同時に、サクラが一足先にたどり着いて、ジュンとノルンのそばに膝をついて顔をのぞき込んだ。

「――やっぱり大丈夫です! 寝てるだけです!」
と大きな声をあげたサクラに、一同はほっと胸をなで下ろした。

 ヘレンが、「ま、そうよね。あんたたちをどうにかできる事なんて、そうそうないわよね」と言う。しかし、サクラが首をかしげた。

「でも、なんだか以前よりも、どこか様子が違うというか、オーラみたいなものが違うというか」
「ともかくここにいても仕方がないわ。上に運びあげましょう」
「あ、はい。そうですね」

◇◇◇◇

 冷たい風が吹いている。湿った土と草、森の匂いがする。
 頭が重い。まるで随分と長く眠っていたかのように。

 そっと目を開くと、頭上に木々の枝が揺れているのが見えた。その時、
「ようやくお目覚めかな?」
と声がかけられ、その方向を見るとノルンたちみんなが佇んで、俺を見ていた。

「ああと、おはよう?」
 ヘレンが笑って、
「なぜに疑問形?」
「いや、なんとなく」
「それはそうと、みんなずっと待っていたんだから、もう少し何か言うことがないの?」
「え、ええっとな……」

 わかっている。

 だって、そういうヘレンも珍しく少し涙ぐみながら、俺を見ているのだから。
 その隣にいるネコマタのサクラも、竜人族のシエラも、ハイエルフのカレンも同じだ。人魚族のセレンだって、王族で表情を取り繕うのは慣れているだろうに、先ほどは人差し指で目尻をぬぐっていた。
 目が合うと、少し恥ずかしそうに微笑んでうなずくみんな。

「心配かけて悪かった。――今、帰ったよ」

 次の瞬間、真っ先に抱きついてきたのはサクラだった。「マスター! お帰りなさい!」
 そして、走り込んできたみんなにもみくちゃにされる俺。「悪かったじゃないわよ! この」「そうですよ。ジュンさん!」「ぬふ~この触り心地は間違いなくジュンね」「よかった。本当によかった」

 誰が誰の言葉かは秘密にしておこう。一部、いつもの印象が崩れているのもいるし。
 そう思いながら苦笑していると、ふと視線を感じた。顔を上げると、ノルンがそっと微笑んでいた。

「ああ、よかった。こうして帰ってこられて。本当によかったよ」
 自然とそうつぶやくと、その言葉が聞こえたのか、ノルンも微笑んだままでうなずいた。

 落ち着いてから話を聞いてみると、今俺たちがいるところは、なんとあの幻獣島のテラスだという。ごく偶に空を島が飛んでいるのを見かけることがあったが、世界に2つある空飛ぶ島のその1つだ。

 幻獣島という名称は知っていたが、事実、その通りにフェンリルなどの幻獣と、そして、あの大海溝アハティーオーラで別れたアーケロンと再会し、ひどく驚かされた。
 いや、それはいいんだ。

 どうやらヘレンたちも、アークやゾヒテで光に飲み込まれて気が付いたらこのテラスにいたらしい。それからここで世界が変わっていくのを見続けたという。

 俺とノルンとが合流するまで、丸々1週間ほどの時差があるらしいが、時精霊クロノよ、そこはもうちょっと調整してくれてもよかったんじゃないか?

 すまん。少し愚痴ってしまったようだ。

 なんでもアーク大陸もゾヒテ大陸も、光に包まれたその跡はぽっかりと何も無くなっていたという。文字通り、空間ごと切り取られたように虚空が広がっているとのことだ。
 そして、あれから規模はもっと小さい光の柱がいくつも、世界に穴を開けているそうで、確かに俺も、ここテラスから、小規模だけれど街だった場所にぽっかりと謎空間が顔を覗かせている光景を見た。
 SF映画でしか見ないようなあり得ない光景に絶句するしか無かった。

「それで一体どこに行っていたの?」
というヘレンに、今度は俺とノルンとで、それぞれがヴァルガンドの過去を旅してきたことを話した。

 1000年前の魔族大乱、小国家群戦争、そして超帝国ブラフマーギリー。
 俺の知らない時代もあったし、ノルンの知らない時代もあった。ただ言えるのは、俺たちの敵である天災はずっとずっと昔から活動し、いくつもの悲劇をもたらしていたということだ。

 まあ……、パティスさんが超帝国の姫君で初代聖女だったというのには俺も驚いたが……。
 そして、創世期。世界が生まれたときの荒々しい時代に、|この世のすべてを記録する装置《アカシツク・レコード》を起動していたシンさんと3柱の神。シンさんの正体は創造神だった。

「え? そ、創造神? そんな……」
と言ったきり絶句したのは、トリスティア教会に仕えている聖女の弟子・ヘレンだ。
 サクラも、自分と鍛えてくれたトウマさんとイトさんが1000年前の勇者だったと知り驚いている。

 さっきから黙っているのがセレンだ。隣に座っているノルンが、
「大丈夫?」
「――ええ。ちょっと、色々と考えなきゃいけないことが増えちゃって……。本当にパティスが超帝国の、それも初期の?」
「そうよ。たんなる長命種というだけでは説明がつかないくらい長生きよね」

 するとセレンが微妙な表情で苦笑いを浮かべた。
「あ~、まあ……その。名前は失伝してるけど、創造神さまの使命を帯びて世界を歩きつづける賢者の伝承がミルラウスにあったから、まあ、そういうことなのかな」
「へぇ」

 そうか。ノルンは言わずもがなだが、セレンも隠者の島でパティスさんと親交が深かったものな。

 かくいう俺は、あまり接したことはないけれど、それでもノルンの話を聞いて驚いている。
 超帝国初期から末期まで約2万年。大破壊からおよそ1500年。想像もできないほど長い長い時を、あの人は歩き続けてきたのか……。

 長命種である三ツ目族とは言っていたが、これは俺の予感だけれど、おそらく創造神さまの眷属神か、少なくとも半神半人になっているのではないかと思う。

 すごいなと思う一方で、すでに種族が神になってしまった俺とノルンにとっては他人事ではなく、……おそらく他のみんなにも影響が出ているはずで、その意味からは俺たちの偉大な先輩といえるだろうか。

「――で、結局どういうことなんですか?」
 サクラの指摘に、俺とノルンは苦笑いを浮かべた。

 そうだな。クロノの意図はわかったものの、今の状況と俺たちがどうするべきかは、俺たちで決めなければならない問題だ。

「まずはっきりしていることは、今、このヴァルガンドが世界の崩壊を迎えようとしていることだ」

 それも、あれだけ虫食いのように虚空が顔をのぞかせている以上、以前と同じ世界に戻ることは厳しいだろう。正直、どう対処すれば良いのかわからないが、亡くなった人は帰らずとも、創造神たるシンさんならば……。

「もし元に戻せるとしたら、それは創造神であるシンさんだろうと思う。……ただ、それも確実いとはいえないかもしれない」

 なぜなら、この世界に起きている異変は邪神によるものだからだ。破壊を属性とする邪神は、想像神とは正反対の位置にある。

「次に異変を起こしている。世界を終わらせようとしているのは邪神と、その使徒である天災たち。その天災のうち4人は倒した。残るはゴルダンと、……シエラの父親の仇であるグラナダの2人だけだ」

 おそらくこの空の異変も邪神の力なんだろうな。
 ……だが、待てよ。
 そういえば、今、天災の2人は一体何を目的に活動をしているんだ?
 邪神はすでに復活しているのだろう。……もしかして、まだ完全体ではない? そのために人々を殺し、その命を捧げているのか?
 とすればだ……。

 そこまで考えたとき、ノルンが、
「ジュン。思念伝達でもいいんだけれど、ちゃんとみんなに口で説明しないと」
と苦言を呈した。いやまったくその通りだ。

「すまん。ノルン。そうだったな。今、考えていたのは――」

 俺はみんなに先ほど考えていたことを話した。
「つまりだ。まだ邪神は完全じゃないのではないか。もしそうであるならば、俺たちができることは、その完全体となるのを防ぐために、天災を倒すことじゃないだろうか?」
 推測を重ねすぎた都合の良い考えかもしれない。だが、いずれにしろ天災を放っておくわけにはいかない。現に、すかさずシエラが、「当たり前です!」と強い口調で言い放った。

「父の仇がまだ残っている。まだ私の仇討ちは終わっていないんです。――――あの、ジュンさん。今なら……、今の私ならグラナダに勝てるでしょうか?」

 その目には不安の色が見て取れた。不安な理由もわかっている。シエラはまだ精霊珠に認められていないのだ。

 精霊珠が無ければ、世界の壁を超えて天災たちの本体を攻撃できるスキルなり武器なりが必要だ。
 竜王たちの試練を順調にクリアしつつある彼女の竜槍ドラグニルは、その都度試練を乗り越えるたびに強化されてはいるが、世界を越えて攻撃することができるかどうかは未知数だ。

 残る精霊珠は土の精霊珠のみ。場所はたしか――。

 その時、どこからか女性の声が聞こえてきた。
「迎えに来ましたよ。シエラ。そして、皆さま方」

 気配感知に反応がない。ばっと声のする方を見ると、そこには1人の女性の姿があった。どこかで見たことがある……。

 ――風竜王タイフーン――
  種族:竜王 年齢:――
  ――――

 そのステータスを見た時、思い出した。
 そうか。そういえばかつてシエラを鍛えると言って、迎えにきた時にお会いしたことがあったか。

 目礼をすると、風竜王さまは微笑んだ。
「どうやら資格を得たようですね」
 それが何のことかわからず、
「資格ですか?」と尋ね返すと、黙って微笑み返してくるだけで何も教えてはくれない。

 まあいいか。それよりシエラを迎えに来たということは、やはり来るべき時がきたと竜王たちにも判断されたのか。

 タイフーンさまはシエラに向きなおると、シエラはその場でひざまずいた。

「顔を上げなさい。シエラ・リキッド・ハルノ。いよいよ最後の、神竜王様の試練を受けるべき時が来ました。その試練を乗り越え、真の竜王の騎士となった暁には、グラナダを滅ぼす力を貴女は得ることでしょう」
「タイフーンさま……」
「恐れることはありません。貴女の秘めた力は比類無き神の力。そして、鍛え上げたるは我らが竜の力。仲間を信じ、ここまで歩んできた自らの力を信じるのです」
「はい!」

 シエラの返事を聞いたタイフーンさまが俺を見た。
「それでは婿殿。――噂の神船を」
「え?」
「たまには私も乗り物で空を飛びたいのです。ましてや空を飛ぶ神授の船など乗る機会はありませんからね」

 もしかして、思ったより余裕があるのだろうか。そんなことを思いながらも、俺は了承した。

 アーク大陸が光に包まれたとき、神船テーテュースはどうなったのか心配だったが、海神セルレイオスが装着したマル秘機能により、一時的に異次元空間に待避していたようだ。
 マスターである俺たちがテーテュースのサポートリングを起動すると、テーテュースから応答があり、すぐにテラス上空に転移をしてきてくれた。

 ――マスター。テーテュース到着しました。

 サポートシステムの声を聞くと、なぜか再びこの時代に戻ってきたことという実感が湧いてくる。
 よく考えたら、随分とこのテーテュースにはお世話になっている。あの無人島で見つけたときから、ずっと……。
「いつもありがとうな」
となんとなくつぶやき、俺たちはテーテュースに乗船した。

 へ~、ほ~と甲板や船室を見て回っている風竜王さまをシエラに任せ、俺たちは船を発進させた。

 目的地はデウマキナ山中腹にある竜人族の町だ。