12-5 竜の聖地

 残念ながら竜人族の町から竜の聖地まで、テーテュースでひとっ飛びというわけにはゆかず、徒歩での登山となった。
 もっとも風竜王さまが先導なので道に迷うこともなく、もくもくと歩く続けることおよそ7時間。

 途中で何体かのドラゴンが空を飛んでいるのを見た。さらに体長15メートルほどのドラゴンがまるで道を守るかのように、うずくまって待機していた。
 俺たちの接近を感じては、その大きな頭を持ち上げ、風竜王さまの「待機していなさい」の指示で元のようにうずくまる。

 俺たちが今まで会ったドラゴンは、ワイバーンなどの翼竜のほかは竜王たちくらい。あとは天災との戦いだろうが、あれはドラゴンに似た別種と見た方がよいだろう。そんなわけで、成竜というのか、普通のドラゴンを見るのは何気に初めてだった。

 大きさは個体差があるが、だいたい竜王達よりも一回りか二回りほど小型。感じる力はまあ、比べものにならないくらい弱いが、それでも人間や他の魔物に比べて圧倒的な力を持っている。
 通りかかった俺たちを、は虫類独特の縦長の瞳でジロリと見てきたが、特に何をするでもなく再び目を閉じていた。

 ファンタジーの定番のドラゴン。確かに迫力があって、以前だったら腰が抜けそうになるかもしれない。……しかし6人の竜王と会ってきた今は、まあ、そこまででもないかな。
 すごいなとは思うけどね。

 それはともかく、そのドラゴンたちのところを通り過ぎると、俺たちの目の前に切り立った岩壁が現れ、その岩壁を大きく切り裂くような谷間があった。
 その谷間に多くの人々がいるのが見えた。竜人族の町に住んでいた人たちだろう。

 その姿を見たシエラが、
「あれぇ? 護衛隊の人ばっかりですね……」
 言われてみると確かに男性が多く、中には女性もいるが、全員が鎧を着て武装していた。
 疑問には思ったもののこんなご時世だ、何が起きてもおかしくはない。おそらく彼らの向こうに避難してきた人々がいるのだろう。

 谷間の入り口に到着すると、先導が風竜王さまだったこともあり、「おかえりなさいませ!」と元気な声で迎え入れられた。

「シエラ! 強くなったそうじゃないか」「結婚したんだって? こいつめっ」――。
 声を掛けられているシエラは、あははとごまかし笑いをしながら、それでもうれしそうだ。
 そんなにぎやかな光景に紛れるように、風竜王さまは報告があるからとどこかへ行かれてしまった。

 入れ替わるようなタイミングで、俺たちの到着を聞いた町長のトルメクさんが慌ててやって来た。
「シエラー!」
「おじさんっ。声が大きい!」
 喜びをみなぎらせてやって来たトルメクさんだったが、シエラの一言で切って捨てられた。
 俺は頭を下げて、「式の日はありがとうございました」と結婚式に参列してくれたお礼を言う。
「なんのなんの。婿殿。ギリメクの代わりとして、こちらこそありがとうございます」
 これ以上は婚礼の日のようにお礼に言い合いになるので、握手をして切り上げ、谷間の奥へと案内された。

 道すがら見た谷間は、難民キャンプのようにあちこちにテントが張られていて、その1つに案内されて中に入る。どうやらここはトルメクさんのテントらしい。ご家族は今は席を外しているとか。

 さっそく竜人族の町の状況を尋ねてみると、避難してから5日目らしかった。突然、町からここへ避難をすることになったのは、そもそもが風竜王さまの指示だったらしい。おそらく俺たちの所に来る前に寄られたのだろう。

 この谷間から既に聖域の範囲らしいが、さらに奥に大きな洞窟があり、その先が本当の聖域に当たるらしく、いかに竜人族とはいえ勝手に中に入ることはできないという。

 警備隊がいたのはその聖域の出入り口であり、避難キャンプ地の出入り口だ。もちろん聖域の外には竜もいるけれど、竜にとって小さい魔物は取りこぼすことがあるらしい。それはまあわかる。
 身体の小さい魔物と戦ったり察知するには、大きい身体は不便なんだろう。

 そこへ風竜王さまが戻ってきた。
「――シエラ。準備はいいですか?」
 問いかける竜王に、シエラは自分の手を見て、それから俺を見た。
 俺はニカッと笑い返してうなずき、拳を握ってシエラに向かってに突き出した。

 お前ならできる。だから恐れずに行ってこい。

 言いたいことが伝わったようで、シエラはうなずき返してきた。その目には確かな力が宿っていた。

「よろしい。では付いてきなさい」

 そういう風竜王さまに続いて、シエラとともにテントを出る。

 テントが並んでいる中を、多くの竜人族の人たちや町に住んでいた他の種族の人たちが俺たちを見ていた。

 並んでいるテント、その間を駆け抜けていた子どもたちも立ち止まってこっちを見ている。ところどころに立っているのは警備隊のようだが、装備が不統一なところを見ると冒険者がここの警備に当たっているのだろう。

 その時、唐突にドラゴンの吠え声とともに、ドラゴンブレスが空を横切った。風竜王さまが前を向いたままで俺に告げた。
「婿殿たちも戦う準備をしておきなさい」

「はい」と返事はした。元よりいつでも戦えるように武具は装備しているが、今回の試練は俺たちもいっしょに戦うのだろうか。

 やがてテント群を通り抜け、奥の岩壁にあいている巨大な洞窟の前にやって来た。
 ドラゴンも中に入って行けるだろう大きさの洞窟。ここから先が本当の聖地。

 風竜王はその手前で立ち止まって振り返った。
「竜王の騎士シエラ。この奥で我らが盟主神竜王が待っています。ここから先は貴女が1人でゆきなさい」
 1人、前に進み出たシエラが「はい」と返事をした。両腕には分離した神竜の盾を、そして、右手には竜槍ドラグニルを、その身には先祖伝来のエイシェント・ドラゴンメイルをまとっている。
 すでに竜闘気がうっすらとその身体を覆い、黄金色の光がシエラを包み込んでいた。

 ――その時だった。

 突然、空から何かが降ってきて、この谷間一帯に張られていた結界らしきものにぶつかった。

 その衝撃に地面が揺れ、人々が何事かと上を見あげた。
 谷間を覆う結界の向こう。空を、結界を覆うかのように、黒い闇がヘドロのようにへばりついていた。そして、その真ん中に1つの白いお面が……。

 異様な光景に、夫婦で、子どもで抱き合う人たち。見上げたシエラがきっと歯をかみしめた。「……グラナダ」

 そのつぶやきが聞こえたのか。結界にへばりついていたグラナダがグインと飛び上がり、そのまま谷間の入り口の方に飛んでいった。
 一呼吸置いて、今度は入り口の方に何かがぶつかる衝撃音が聞こえてきた。

 俺はシエラに背を向けた。同時に意図がわかったのだろう。ノルンたちも一緒に衝撃音が聞こえてくる方向を向く。

「シエラ。俺たちが行く。――お前は試練を。奴を倒す力を手に入れてこい」
「ジュンさん!」

 ――封印解除。

 俺たちが奴を止める。だから、その間に必ず戻ってこい。あいつを倒すのはお前なんだから。

「そうよ。ここは私たちに任せなさい」
「あんたはさっさと試練を乗り越えればいいのよ」
「このサクラにお任せあれ!」
「そうです。私もがんばります」
「というわけで、まずは目の前のなすべきことに集中なさいね」

 俺とノルンの神力解放にともなって、魂の回廊を通じてみんなにも神力が顕現する。その背に白い翼がうっすらと見え、操作した魔力を体内で循環させる要領で俺たちはふわりと宙に浮かんだ。

「行け。シエラ。行くんだ!」

 そう言いながら俺は、一気にグラナダの居るところに向かった。

◇◇◇◇
 谷間の入り口では障壁にグラナダの漆黒の魔法攻撃が次々に叩きつけられていた。
 幸いに障壁は破られてはいないが、その内側では警備隊が戦闘の準備に入っていた。

「エストリア王国アルのランクAのジュンだ。――あのグラナダとは俺たちが戦う。だが他にも魔物の襲撃があるかもしれない。その時は任せる」
 さっき会ったばかりということもあり、空を飛んでいる俺たちを見て驚いていた警備隊だが、ランクAと言ったこともあり動揺は少ないようだ。

 リーダーらしき人が右手をサムズアップさせて突き上げた。わかった、健闘を祈るということだろう。

「行くぞっ、みんな!」

 俺は全身に神力をまとったままで結界をすり抜け、攻撃を加えているグラナダに突っ込んだ。
 まるで伸縮自在のゴムのようなグラナダの姿だが、その仮面めがけて神力をまとわせた拳を叩きつけると、そのまま後方に吹き飛んでいった。

 向こうの山肌に墜落したグラナダ。すぐにドラゴンたちも来るかと思ったが、どうやらすでに何体かは殺されてしまったようで、力なく横たわっている巨体がいくつかあった。
 天災が相手なら、さもありなん。

 墜落したグラナダは、地面に広がった正体不明の黒い水たまりの中央で、俺たちを見ていた。

「――あの娘はいないのですか?」

「答える義務はあるのか?」

 問いかけに対して問いかけで答えると、グラナダが「ケラケラケラケラ」と笑い出した。

「ですが、近くにはいるのでしょう?」
「そんなにもシエラに会いたいのか?」

 こいつの狙いはやはりシエラか。

「ええ。会いたいですねぇ。以前、お会いしたときの憎悪はなかなかのものでした」
「ならば安心すると良い。もう少しでここにやってくる。――お前を倒すために」
「クカカカカ。そうですか! ならば、それまでの間、お相手して下さるのでしょう?」
「どうせその気なんだろ?」
「しかり。……では始めましょうか」

 グラナダの周囲に広がっている黒い水たまりから幾つもの魔法陣がかがやいた。

 奴の魔法の発動を待たずに、俺は神剣を振り下ろし、まとわせた神力と魔力を衝撃波として放った。
 しかし突然、黒い水たまりの一部が風船のように膨張し、俺の攻撃を飲み込んだ。

 やはりグラナダも邪神の使徒。神力の使い方には向こうの方が慣れている。

 奴の魔法陣から色とりどりの魔力弾が次々に放たれる。あたかもどこぞの基地から対空射撃をされているようだ。
 それを|躱《かわ》しながら、奴の上空から幾条もの雷が雨となって降り注ぐ。ノルンの魔法だろう。さらにそこにサクラの闘気が東洋の竜の形となってグラナダに襲いかかった。

 奴の姿がフッと消え、黒い水たまりの別の場所にパッと現れた。
「ふははは。なかなかやりますな」

 どうやらあの黒い水たまりのようなものは、奴の|支配地《テリトリー》のようなものでもあるようで、あの範囲ならば奴は自由自在に移動できるようだ。

 キュイインと高周波の音がしたので、そちらを向くと、カレンの周囲に巨大な砲台のようなものが現れていた。
 彼女の肩にはゾヒテ六花の1つリンドウの妖精が浮かんでいる。「行くわよ! フェアリー・バスター!」
 妖精の声とともに、その巨大な砲台から波動砲のような巨大な魔力砲撃が飛び出した。

 グラナダの姿がその波動砲に飲みこまれ見えなくなる。

 これで倒せたとは思わないが、ある程度のダメージは与えられたであろうか。
 だが次の瞬間、「きゃっ」とカレンが悲鳴を上げた。見ると、彼女の下方の斜面より幾つもの黒い触手が伸び、その1本が彼女の足を捕まえていた。

「スプレッド・トルネード」

 玲瓏な声が響きわたり、その黒い触手が突如として現れた水の竜巻に吹き飛ばされる。
「――カレン。攻撃直後の隙は注意なさい」
 そう言うのは、三叉の槍を手にしたセレンだった。

 波動砲の光は消えているが、そこに広がっていた黒い水たまりは変わらず存在している。
 グラナダの姿は見えない。

 その中央に奴の仮面が浮かび上がってきた。そのまま仮面に引っ張られるように、黒い水たまりが伸びてきて人型となる。
「天にたゆたう|凶星《まがつぼし》よ。その力を以て地を打て。破壊せよ。破壊せよ。破壊せよ!」

 ……これは詠唱か? 天災が詠唱?

 スーッと辺りが暗くなり、紫色に変化していた空の一角に別空間の窓が広がった。その向こうには星空が見える。

「来たれ破壊の権化。メテオ・レイン」

 その星空にまたたく星々のいくつかが、突然赤く光った。急速にその光は大きくなっていく。

 ゴゴゴゴと大気が悲鳴を上げている。――まずい。これはまずいぞ。
「ノルン!」
「わかってる」

 炎をまとい、白く輝きながら隕石群が降ってくる。最初の一発が、俺たちの後方に着弾。
 ドオオォォンと大爆発を起こしたように土煙を噴き上げ、斜面を大きくえぐった。

「――ワームホール。ゲートオープン」

 ノルンがハルバードをスタッフのように両手で持ち、目の前でかかげた。
 俺たちの頭上から辺り一帯を覆うように、シルクスクリーンのような白い光の膜が張られた。

 そこに隕石が次々に突っ込んできて、そのままその結界のような膜に吸い込まれ、どこかへ消えた。ワームホールということは、あの隕石群をどこかに転移しているのだろう。

 次々に吸い込まれていく隕石群。さすがはノルンというべきか。

 グラナダもその光の膜を見上げ、
「ほう。そう来ましたか」
と楽しそうに言った。
「行き先はさしずめ、虚空ですかな。ふむ。なるほど。…………それでは第2ラウンドといきましょうかね」