12-8 呪縛の終わり

 奴は俺たちの攻撃を無効化しているのではなかった。
 ただ一瞬で回復しているんだ。

 もともと天災の奴らは、本体が隣接する異空間にあって、こっちに顕現した身体はいくらダメージを受けようと、すぐに回復していく。だがグラナダは、その速度がほとんど瞬時にといえるほどだということだ
 おそらく、それを可能にしているのが、エネルギーを捕食するあのスライムの身体だろう。回復源になっているのが世界そのものの持つエネルギー。言葉を換えれば、精霊たちから力をかすめ取っているというわけだ。

 特に地脈の濃いところでは、継続的に膨大な地脈エネルギーが流れ込んでくるわけで、突然、巨体になったのもデウマキナに流れる地脈の力を捕食し、自らの身体に変換していたせいだ。あの水たまりのような液体の下では地面ふかく触手が根を張っている。
 この世界に現界したあいつの身体は、この世界の法則に縛られているということ。となれば、エネルギー補給経路を断つことが必要。その上でここにある奴の身体を削り、同時に精霊珠の力で隣接空間にあるはずの核を砕くのみ。

 だがグラナダは悪巧みをしているようだ。それを防がねばならない。

(カレン! そして、ヘレンとセレンは竜の聖地へ行け!)
(いいけど、どうして?)
(いいか。奴が地中に触手を伸ばし、竜人族のみんなを人質に取ろうとしている。カレンの森魔法で、お前のテリトリーに変えるんだ。そして、ヘレンとセレンはそれをサポートしてくれ!)
(わかりました!)(了解!)

 そして次は、
(みんな聞け! 奴はあの液体状の身体でエネルギーを吸収し、瞬時に回復させている。俺とノルンとで奴を世界から切り離す。サクラは奴の周囲を空の精霊珠で空間ごと断絶させろっ」

 空を蹴って、いまだに地上から空に向かって吹き上げている奴の身体のところへ飛び込んだ。

 応えろ。神剣天叢雲。
 天と地をつなぐ奴の身体を世界の壁ごと断ち切れ。

 ――レベル7剣技。ディバイン・ブレード。

 断ち切る。ただそれだけを強く念じ、一気に剣を振り抜く。光を帯びた神剣が柱のごとき奴の身体を通り抜け。その軌跡が空間を切り裂いた。

 上下に分かれた奴の身体が、一瞬、ドクンと脈打つ。そこへノルンが極大魔法陣を展開。下方に沼となって広がる奴の身体を灼き尽くす極光が降り注ぎ、その光が当たったところから奴の身体が消えていくのが見えた。

(シエラ! やれっ)

 念話を送った瞬間、シエラの闘気が爆発した。

◇◇◇◇

 シエラは上空にあって、片手に構えたドラグニルをグラナダの方に向けていた。その目はするどくグラナダの様子を見ている。

 ジュンさんの攻撃で、増大しつづけていた奴の力が止まった。
 みんなで私を支援してくれているんだ。

 ……なんて私は幸せなんだろうとシエラは思う。
 もしあの時、ジュンと一緒に行くことをしないで、1人で仇討ちをしようとしていたら、きっとここまでの高みには昇ることができなかっただろう。

 ドラグニルに竜闘気と神力を流すと、そんなシエラの思いに応えるかのようにキーンという音を響かせはじめた。

 グラナダは捕食の力で周囲の空間からエネルギーを吸い取り、自らの身体や力に変換しているらしい。
 だが、それならそれで好都合だとシエラは思う。――だって、何度でもぶちのめすことができるのだから。

 まっすぐに上空にただよう奴が、不定形の液体のままで不敵に笑った気がした。

 だが不思議と心は凪いでいて、いらだつこともない。

 お父さん、見ていて! ジュンさん、みんな、私に力を貸して!

 丹田に込めた力を一気に解放するように、シエラは吠えた。
「あああぁぁぁぁぁー!」

 それはドラゴンの咆吼だった。

 シエラの周囲にただよう黄金色のオーラが凝縮し、シエラを囲む球体となった。次の瞬間、ドンッと空気の壁を突き抜けて、シエラが飛び出した。

 不気味に脈動する漆黒のスライムに激突し、その瞬間、閃光が走った。まばゆい光がスライムの身体を食い破るように焼き尽くし、はじけ飛んだ液体が、その飛んだ先から消滅していく。

 だが、スライムの身体ががばっと広がり、突っ込んできているシエラをそのオーラごと飲み込んだ。
 黒い液体を通して、中でシエラのオーラが光っている。あたかも暗い海面を通して、海中の光を見ているかのようにユラユラと揺らめいて――、その光が再び爆発した。

 たまらずはじけ飛ぶスライムの身体が、周囲の地面に散らばり、少ししてから合流しようと1つ1つの液体が触手を伸ばし始めた。

 爆発と同時に真上に急上昇したシエラが、ドラグニルを横凪ぎに一閃した。その軌跡からいくつもの光弾が激しい雨のように降り注ぐ。
 合流しようとしたスライムの破片を打ち抜く光弾たち。だが、その時、シエラの上空に突如として魔法陣が現れた。

 そこから漆黒の極大雷がシエラに向かって落ちていった。

「――無駄ですよ」

 だがその雷撃は、シエラを守る神竜の盾の結界に阻まれて、むなしく表面を撫でるだけだった。

 その時、
「なるほど。強くなりましたね」
と声がした。
 シエラが顔を向けると、そこには何も無い空の真ん中に、グラナダの白い仮面だけが浮かんでいる。

「グラナダ……」

 そう呟いたシエラの声に、その仮面からギュルルと黒いスライムの身体が飛び出して、人型となった。

「では、こういうのはどうでしょうか?」

 その言葉が終わるや、宙に浮いているグラナダが分裂した。次々に増えていくグラナダが、しかもその姿を剣を持ったギリメクの姿に変化させていった。

 だがシエラは冷静だった。
「愚かです。――父とはすでに戦っている。そんな出来そこないに動揺したりなどするはずがない」

 そして、自ら数十にもなったギリメクのなかへ突進していった。
 正面の一人を、竜闘気をまとわせた槍で突き、四方八方から切りかかってくる剣を躱したり受け流したりしながら、一瞬たりとも同じ場所に留まらず。あたかも光が霞の中を駆け巡っているかのように、次々にギリメクとなったグラナダの分裂体を消滅させていった。

 だがグラナダもさすがである。シエラの槍を受ける前に自ら分裂するなど、通常の人間体ではありえないような回避をしつつ、至近距離から剣で切りつけたり、その目から魔力弾を放つが、そのことごとくをシエラは回避していた。

 その上空に現れた元の姿のままのグラナダが、戦っているシエラと自らの分裂体を見下ろしつつ、両手を下にかざした。

「消滅しなさい。――|壊金《えこん》の破風」

 黒い風が竜巻のように渦巻きながら、分裂体ともどもシエラを飲みこんだ。吹き荒れる暴風の中、分裂体はあっという間に塵となり、神竜の盾の結界に守られているシエラではあったが、その結界が黒く染まっていく。

 この攻撃はいったい……。

 改めて今度はジュンから流れてくる神力を結界に込めると、黒の侵食は止まるが、かえってシエラは身動きが取れなくなってしまった。

◇◇◇◇
 一方で、竜の聖地に向かったカレンたちが見たのは、結界の内側にいたはずの竜人族の警備隊の人たちが、結界の外で黒い十字架に磔になっている光景だった。
 地面から突き出ている十字架。あれはグラナダの身体が変化したものだ。

「幻の海よ。満たせ!」

 セレンが竪琴を空に放り投げた。さざ波の竪琴が激しく音を奏でる。
 その音に導かれるように周囲一帯の空気が薄青く変化し、幻の海が現れる。
「海流よ。渦巻く力に!」
 そのたおやかな手を横に振るうと、竜人族の人々を縛り付けている黒十字が根元から切られ、宙に浮かんだまま渦を巻く海流に運ばれるようにグルグルと周囲をただよいだした。

 その真ん中にヘレンが舞い下りた。
 既に火の精霊珠の力で、その全身をいくつもの火の粉が周囲を舞っている。
「神炎よ。浄化を。――燃やしなさい」
 その言葉が終わるや、人々を縛り付けていた黒い十字架の根元から白く輝く火が現れ、その十字架だけを燃やしていった。
 解放された人々がドサッと地面に落ちた。振り向いたヘレンがカレンにむかって叫んだ。
「――今よ。カレン! 世界樹の巫女としての力を使うのよ!」

 ゾヒテ六花の妖精たちが、カレンの周囲を舞う。その妖精たちに励まされ、カレンはその唇を開いた。
「精霊たちよ。聞け。我が身を縛る楔はすでに抜かれたり。世界樹よ。――私に力を」
 その身体を緑の風が優しく覆う。
「ここは我が庭。精霊の森。――|小さな私の精霊の森《マイ・リトル・フォレスト》」

 周囲が一変した。ゴツゴツした荒れ地だった竜の聖地に、見る見るうちに、そのあちこちから植物が芽を出し、どんどん大きくなって空に向かって伸びていき、その幹を太くしていく。
 幻海の青い光りの中を、巨大な木々が立ち並ぶ、あたかもゾヒテのごとき森が出現した。

 木々の間をゾヒテ六花の妖精たちが飛んでいく。その森のエリアが広がるにつれ、どこかからうめき声が聞こえてきた。

 地面が揺れ、森の一角が盛り上がり、漆黒のスライムが姿を現した。苦悶の声を上げ、わななくように身体を震わせるスライム。突然、そのスライムから鋭いトゲが伸びて、地面に投げ出された竜人族の人たちに襲いかかった。

 町長であるトルメクも力の入らない身体に、強引に力を込めて顔を上げると、自分に向かって伸びてくるトゲを見た。まずいと思ったのもつかの間、突然自分の身体を木々の芽が押し上げ、空に向かって伸びていった。
 その木の幹をトゲになったスライムの触手が貫くが、その触手を幻の海の水と炎が渦を巻いて飲み込み、水と火の渦が通り抜けた後には何も無くなっていた。

 本体の分体であるスライムも同じように飲み込んだセレンの水とヘレンの火は、青と赤の激しい竜巻となって巻き上がる。やがてグラナダの分裂体であるスライムを浄化し尽くした。。

 終わった後で、カレンの元に舞い下りたセレンとヘレンだったが、その2人にカレンが言った。
「まだです。まだグラナダはここへの侵入を試みています。竜人族の人たちも体力を吸い取られていたみたいです。――ヘレンさんは回復魔法を。セレンさんは癒やしの歌をお願いします」
「わかったわ」
「私も。カレンはこの森を維持してね」
「了解です」

 カレンをそこに残し、離れていく2人。3人が3人とも同じことを思っていた。

 ――こっちは私たちが守る。だから、思いっきりやりなさい。シエラと。

◇◇◇◇
 黒い瘴気が渦を巻いて、グラナダの手元から地表に向かって強く吹き付けていた。
 その黒い風に当たった岩や地面は、瞬く間に色を失い、白い灰となって崩れ落ちていく。

 シエラは自らを守る白と金色に輝く結界のなかで、冷静に上空のグラナダを見上げていた。

 今も神竜の盾の結界では、すべてを塵に変える黒い風がヒュオオオォォーと吹き荒れていて、結界を浸食しようとする風とそれを防ごうとする神力とがせめぎ合っている。
 その風から抜け出そうと思えば抜け出せる。しかし、シエラはその場に留まり、その風の中からグラナダを見上げているだけだった。

 頭上に、自分を包み込んでいる黒い風。その先に光がぼうっと浮かび上がる。いくつもの弧状の斬撃が闇を切り裂いているのが透けて見えた。
 時おり赤い火球のようなものが膨らんでいるが、あれはノルンさんの魔法だろうか、それともジュンさんの剣技バスター・プロミネンスだろうか。

 あれほどの猛攻を受けているというのに、この黒い風は少しも弱くなることはない。だが、今、ひしひしと時が近づいているのを感じた。

 ――その一瞬のために力を練れ。
 いかなる敵であろうと雄々しく立ち向かい、そのブレスで、その牙で敵を倒す偉大なるドラゴンのように。

 シエラはそっと目を閉じた。意識を自らの内に広げていくと、逆に見えないはずの周囲の様子が瞼の裏に見えてきた。

 グラナダはすでにノルンが作り上げた巨大な立体魔法陣に執われている。それでも奴の足元から、この悪寒が走る黒い風だけは止まらずに吹き続けているが、そのグラナダに向かって果敢にジュンが攻撃を加え続けていた。

 その時、ふとシエラの耳にジュンの声が聞こえてきた。

 来い。シエラ。
 お前が得たその力ならば、一瞬でけりを付けられるはずだ。

 わかっています、と心の中で返事をする。手にしたドラグニルに極限まで竜闘気と、湧いて出てくる神力をひたすら込めて、ぐっと身体をかがませた。
 ゆっくりと目を開けると、その眼は金色に輝き、瞳はドラゴンのように縦長になっていた。闘気は衰えていない。あたかもドラゴンが、今まさに敵をかみ砕こうとしているかのような迫力があった。
 シエラの目には見えていた。上空のグラナダに重なるように、異空間にいる奴の核ともいうべき本体の姿が。

 ドラグニルから漏れた光の粒子がシエラに集まっていく。シエラは待っていた。グラナダに一撃を与えるべき時を。

(シエラ。今よ!)

 周囲を包んでいた黒い瘴気を突き抜けて、上空に閃光が走る。
 次の瞬間、シエラが自らの持つ竜闘気と神力をチャージしたドラグニルを手に、吹き下ろす黒い風を切り裂く一筋の光の矢となった。

 ――ドラゴン・ブレス!

 ドラグニルにはめ込まれた土の精霊珠も黄色に輝き、その力を発動している。
 莫大な力をただ敵を穿つ力に変え、シエラは突き進んだ。父の仇を。世界の敵を。ただ討つ。
 ただそれだけを思い、すでに不思議と恨みはなかった。

 ああああぁぁぁ――!

 次の瞬間、そのグラナダの体をシエラの槍が貫いた。
 そのまま奴を縛り付けていた立体魔法陣を突き破り、さらに上空へ昇っていく。

 槍の一撃はこちらのグラナダの身体を貫き、かつ隣接する空間にある核ともいうべき本体をも確かに穿った。
 グラナダが狂ったように笑い出した。

「素晴らしい! あの時の娘がこのような力を得たとは! さすがは我らが主が見込んだ者たちだ!」

 シエラの持つ槍に縫い付けられながら、その身体の端から塵になっていくグラナダ。笑い続けるそいつを、シエラは至近距離で見つめながらも冷静で、表情すら変えていない。

「これにて私の役目も終わりです。フフフフフ」

 その声を最後に、グラナダは全身が霞のように散った。その黒い霞は風に巻き取られるようにどこかへ飛んでいく。

「やった……。やったよ。お父さん……」

 知らずのうちにシエラの唇から言葉が漏れる。一度、言葉が漏れるや、成し遂げた安堵だろうか、言葉にできない感情が胸からこみあげてきて、いつしか涙がぽろぽろとこぼれだした。

 ――お父さん。私、やったよ。

 万感の思いを込めて、心の中でそうつぶやく。手にしたドラグニルから次々に光の粒子が飛び出してきて、シエラのそばで人の形となった。
 そこに現れたのは父、ギリメクだった。

「ああ、あ……」

 言葉にならないシエラに、ギリメクは優しく微笑み、その大きな手を伸ばしてシエラの頭を撫でた。

 ――本当に強くなったな。シエラ。

「お父さん。お父さん。私ね――」

 ――わかっているよ。お前が旅をしてきた道のりを誇りなさい。

 ギリメクはシエラを抱きしめると、その耳元で、
 ――よくやった。私の最愛の娘よ。

 父を前にして、それでもどこか我慢していたシエラの涙腺が決壊した。次から次へと涙がこぼれていく。
 抱きしめられたままで、ぽんぽんと頭とたたくギリメクは、

 ――だが、シエラ。私がお前を見守ってやるのもこれで終わりだ。
 それを聞いたシエラが首を横に振った。
 困ったような表情になったギリメクだが、ふと空の一点を指さして、シエラの身体をそちらに向けさせた。

 ――お前とともに歩く男は、あそこにいるじゃないか。

 その先には、こっちに向かってくるジュンの姿があった。

 ――私はお母さんのところに行くよ。だから、シエラ。お前は幸せになれ。

 やってくるジュンを見つめながら、シエラは黙ってうなずいた。
 その頭をもう一度撫でたギリメクは、やがてシエラのもとから少しずつ浮き上がり離れていく。

 思わず手を伸ばしかけたシエラだったが、その差し伸べた手を震えながら握りしめて下した。
 そして、ギリメクに向かってほほ笑んだ。涙にぬれている、けれどにっこりと微笑んで見せた。

「お父さん。――ありがとう」

 最後にフッとほほ笑んだギリメクの周囲が光り輝き、一つの光球となった。そのまま、すうっと空に昇り、幾多の人がそうであったように、急にスピードを上げてどこかに飛んで行った。

 空の果てに飛んでいく光球。
 シエラは最後まで笑顔でそれを見送り、やがて駆け付けたジュンに抱きしめられた。

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