12-9 ヴァージ大森林の戦い

 腕の中のシエラが、感情がほとばしるままに泣いている。
 嗚咽をもらし、体を震わせ、それでも仇を討った彼女は、今まで背負っていたものをおろし、歳相応の女の子のように泣いている。

 よく頑張った。

 いつしか散らばっていたみんなも戻ってきて、俺の腕の中で泣きじゃくっているシエラを見て、温かい目で見守ってくれていた。

 みんなも、よくやってくれた。
 そう思いつつ見まわすと、誰もが〝わかってる〟とでもいうように、うなずき返してきた。
 さっき、最後に現れたギリメクさんと目が合った時、俺の耳にはあの人の声が聞こえた。

 ――シエラをよろしく頼む。婿殿。

 距離があったけれど、決して聞き間違いではない。
 行方不明になった幼子を探して、あまたの魔物を退けて1人であの洞窟に行った、あの誇り高い男から託されたのだ。
 もともとシエラを初めて抱いた時から、彼女と、またみんなと一緒に生きていくつもりではあったけれど、ああして彼女の実の父親から託されると、それが何よりも大切で尊い約束であるように感じられる。

 俺は、いまだ泣いているシエラの頭をぽんぽんと叩きながら、光球になったギリメクさんが飛んで行った方角を見た。

 どんよりしたデウマキナの上空。
 まるで台風が過ぎた後のように、雲がうごめき、その向こうから明るい空が見える。……ただし紫色の異界の空ではあるが。

 任せてください。ギリメクさん。俺はシエラとともに生きていきます。それに、みんなもいる。
 きっと笑顔があふれる人生を、彼女とともに歩いていきますよ。

 そう思いながら、空の向こうを見ていると、ぐいっと頭が引っ張られ慌てて我に返る。
 唇に柔らかい感触がして、俺はシエラにキスをされていた。

 一瞬驚いたものの、彼女の腰に腕を回して支えると、ぎゅっとしがみついてきた。
 涙でしょっぱい口づけだけれど、サクラとヘレンが「あー!」とか騒いでいるのを聞いて、シエラがほほを染めながら、してやったりとキスをしながら笑みを浮かべていた。

 ようやく離してくれたシエラは、にっこり笑ってサクラにピースサインをしていた。
 それを見て笑い出すみんなを見ていると、不思議と幸せな気持ちになる。

 ――さあ、これで残るはゴルダン1人だ。

 気が付くと、神竜王バハムートさまと風竜王タイフーンさまが、竜の姿でこっちに向かって来るのが見えた。

◇◇◇◇
 広大なデウマキナ山の西方。
 山裾から海までつづく広大なヴァージ大森林。
 この森林地帯を縦断する、エストリア王国とウルクンツル帝国を結ぶ街道を、いくつもの馬車が必死に南下を続けていた。

 北方、ウルクンツル側の玄関口にあるイストの街が陥落し、漆黒の騎士たち率いる魔物の群れが、ウルクンツルの王族と難民となったウルクンツルの住民たち、そしてそれらを護衛するフェンリル・ブレイブナイツを追いかけている。

 すでに多くの住民たちは、エストリア側から派遣された馬車に分乗して先を進んでいる。
 亡国の皇太子となったカールとその妻セシリアは、一般市民を追いかけるように続いているフェンリル騎士団の先頭にいた。
 ウルクンツルの王族として、超帝国の血を引く誇りある帝家の一員として民草を守らねばならない。もしもの時のために先に避難させた妹のトリスは、今頃はすでにエストリア王国に到着しているはずだ。
 もちろん自分たちもここで終わるつもりはない。
 追撃を防ぎ、エストリア王国に亡命する。死ぬつもりなど毛頭なかった。

 イストの街全体をつかった計略で追撃を遅らせることには成功したが、その稼いだ貴重な時間もすでになくなり、最後尾では|殿《しんがり》を務める|戈《ハルバード》・|斧《アクス》・|弓《ボウ》の3隊が巧みな布陣で敵の追撃を防いでいる状態だ。

 |戈《ハルバード》隊体長である白騎士オルランド・ザントワースは、今回こそ妹を先に行かせ、自らが殿となった。
 途中途中で、先行した部隊が追撃を防ぐための簡易陣地を築いていてくれるので、それを利用しながら被害を抑えつつ、順調に撤退していた。

 森の中の街道とあって、両側からは木々が迫っているが、どういう理由かわからないが、その森の方向から敵の魔物が襲ってくるようなことはなかった。
 襲ってくるのはあくまでも街道を伝ってであり、それが撤退戦での被害が少ない理由でもあった。

「よし! この陣地も捨てる。撤退だ!」
 今もまた街道を塞ぐように築かれた1つの陣地を罠に利用し、撤退を始めさせるオルランド。
 精鋭であるフェンリル騎士団の面々も、すでに汚れ切っている鎧を手入れする余裕もなく、馬を駆って陣地南口から飛び出した。
 自分も行くかと馬の頭を巡らしたところで、突然、空から|大きなワシの魔物《シャドウ・イーグル》がオルランドに襲い掛かった。

 ――しまった。

 疲労がピークに達していたせいか、反応が一瞬遅れた。次の瞬間、シャドウ・イーグルの翼から、何枚もの羽根が手裏剣のように放たれた。
 武器であるハルバードを回転させて、防ぐが、そのうち何枚がオルランドの手に刺さった。

 途端に武器を取り落としてしまったオルランドは、力なく馬から地面に崩れ落ちた。
 舌打ちして、震える右手を左手で抑える。……どうやら羽根に即効性のマヒ毒が含まれていたようだった。

 その時、討ち捨てた陣地の一角が破壊され、追撃の魔物たちがなだれ込んできた。

 くっ。ここまでか。

 そう観念したが、「隊長!」と付き添っていた2人の騎士のうち、1人が馬から降りてオルランドを抱え上げた。
「……俺を捨てて、撤退しろ!」
「できません!」
「早くっ。せめてハルバードだけでも持っていけ!」

 しかしそうは言うものの、オルランドを見捨てることができない2人。
 地響きを立ててながら魔物の大群が迫り、1人がオルランドをかばうように前に出た。

 ――その時だった。
 突然、オルランドたちを守るように地面から土の障壁がせり出した。その障壁を囲むように風の結界が生じ、包囲していた魔物を不可視の刃で切り刻む。

「くそっ……」
 味方が戻ってきたのかと思う一方で、自分を助けるために来やがって馬鹿野郎が、とオルランドは唇をかんだ。

 しかし、それは撤退した部隊が単に戻ってきたのではなかった。
 一帯に、角笛のブオオォーという音が響き渡った。それも1つではない。いくつもの角笛が鳴り響く。

「こ、これは……」

 ウルクンツルには戦いの場で角笛を鳴らすことはない。となれば、これはエストリア王国の援軍だ。

 周囲の空に、多数の魔法陣が一斉に浮かび上がり、その魔法陣から色とりどりの攻撃魔法が魔物の群れに降り注いだ。

 そこへ街道から騎馬の一団が走り込んできて、その先頭にいた若い騎士が、
「白騎士オルランド将軍とお見受けいたします。――我らはエストリア王国ゾディアック騎士団カプリコーン隊です」
「おおっ。ゾディアック・クルセイダーズの……」
「隊長のクリストフ・モンタールと申します。さあ、戦馬車を用意しました。すぐに撤退しますので、騎乗を!」
「すまん。助力に感謝する」

 戦馬車は4頭の馬が牽く、立派なものだった。御者の騎士が1人すでに乗っており、中には弓や槍なども用意されていた。
 オルランドは2人の部下と一緒にその戦馬車に乗る。その間にも魔法攻撃は続いていた。

「よしっ。では、ゆくぞ!」
 クリストフの指揮で部隊は出発した。オルランドは、戦馬車に乗りながらも魔物たちに降り注いでいる魔法を注視していた。
 戦馬車と並走している騎士の誰かが、
「将軍。あの魔法攻撃はトーラス隊によるものです。――思いのほか国境は近いですぞ」
と教えてくれた。

 うむと返事をしたが、オルランドはまだ魔法攻撃を見続けている。
 魔法の色は間違いなく属性を示すものだろう。いかに国境は近いとはいえ、これだけの離れた距離で、あれだけの攻撃魔法を放ち続けられるとは。
 戦い方がウルクンツル帝国とは違うとはいえ、その戦闘力、いや防衛力と言うべきか、には驚かされる。

 だがオルランドは砦に到着するまでに、さらに驚くことになる。
 というのも、砦まで3つのポイントで、街道と森の中まで光の障壁が張られており、それが事前に森の中まで設置していた魔法陣による浄化結界であるというのだ。

 ともあれ、追撃してきた魔物たちはこの浄化結界によって、広範囲にわたって弱体化、もしくは追撃自体をあきらめることになるだろう。

 こうしてカプリコーン隊とともにオルランドたち3人は、無事に国境の砦に撤退することができたのだった。

◇◇◇◇
 そのころ、街道を北にさかのぼり両国の中間地点のあたりでは、街道両脇の森の中から、いくつもの植物のツルが鞭のように飛び出して、魔物を拘束し、さらに網のような緑の壁を作り出して飲みこんでいた。
 あたかもハイエルフであるカレンの森魔法マイ・リトル・ガーデンのように、撤退を終えた街道、あるいは森の中に侵入してきた黒騎士や魔物を、次々に植物たちが拘束していく。やがて森が広がって街道を飲みこんでいった。
 迫っていた魔物も為す術もなく、大きくなっていく木々に巻き込まれ、その幹に飲み込まれていく。

 そこから離れたところにある小高い丘の上に、ワンピースを着た1人の幼女と1人のエルフがいた。

 2人の目の前の空間に1枚のスクリーンが映し出されており、そこにはカプリコーン隊が撤退する様子が映し出されていた。

 エルフが目の前に手で|庇《ひさし》をつくって街道の様子を見たり、スクリーンを見たりしていたが、
「どうやら~、無事に~、逃げられたようですね~」
と妙に間延びをして言う。そして、幼女の方を見て、
「フレイさまが、ああして干渉するとは~、何があるんです~?」

 その幼女は妖精王フレイだった。
「お前な! 昨日も説明しただろうが!」
と吐き捨てるように言ったが、どうみても悪ぶっている幼女にしか見えない。
 眼下でどうにか撤退しゆく騎士団を見て、|眦《まなじり》を少しゆるめ、ようやくフーッと息を吐いた。
「いいか。ナターシャ。終末の時が来たんだ」
「フレイさま。終末ってなんですかぁ?」
「うん。やっぱ、お前はそのままでいいや」
「え~っ、そんなのひどいです」
「……」
 無言でナターシャの頭をぽかりと叩くフレイ。「あつぅぅぅ~」
 頭を押さえてしゃがみこんだナターシャの襟首をつかみ、
「行くぞっ」
「え? どこに?」
「どこでもいいだろう」
「それってど、――ひゃわああぁぁぁ」

 瞬時に2人の足元に魔法陣が現れ、問答無用でフレイは転移魔法を発動。シュンッと2人の姿がその場から消えた。

◇◇◇◇
 国境の砦を森の向こうに遠く眺める地点で、黒い鎧を着た騎士たちを引き連れ、全身鎧を着た天災ゴルダンが面白そうに光の結界に手を触れたり離したりしていた。

「おもしろいことをするなぁ。エストリア王国は」

 森の中にまでいくつもの魔法陣を仕込んでいる。その魔力源は地脈であり、起動のキーは砦からの魔法によるシグナル。発言する魔法は浄化魔法となっているのは、今回、ゴルダンがウルクンツルで活動を始めた早い段階で、設置を始めたのだろう。
 だとすれば、随分と用意周到であり、相当の情報分析官がいると見た方がよい。

「こいつらを強化すれば突破も簡単だが、それじゃ面白くないか」
 そう言いながら遠くの砦を見る。
 う~ん、どうすっかなぁとつぶやいていたが、しばらくして何かを思いついたようだ。

「はははは。そうだ。決戦の場所を日時を伝えてやろう。本気の奴らと戦う方が面白いし、この世界の最後にふさわしい決戦になる。ははは。それがいい。是非やろう! 運命の舞台を整えてやろうではないか!」

 ゴルダンは背中の大剣を抜き、おもむろに砦の方を向いた。その全身から黒い瘴気がゆらゆらと立ちのぼる。
「お、ら、よっ」

 無造作にその大剣を振り下ろすと、ゴルダンの足元から地面が割れ、その割れ目から岩石の列柱が次々に地面を突き上げて飛び出してきた。
 すさまじい音を響かせながら、その斬撃とも魔法ともいえない一撃が森を割り、木々を吹き飛ばし、そして、砦の防壁を破壊した。はために地面から飛び出た列柱の連なりが巨竜の背中のようにも見えたかもしれない。

 砦の本体から少し外れた所をわざと狙って放った攻撃だったこともあり、砦本体にはダメージはないが、防壁の一部が完全に吹き飛んだ。

「これで宣戦布告、いや攻撃予告はいいだろう。――俺たちも撤退だ」

 ふりかえったゴルダンがそういうと、目の前に整列していたおびただしい数の黒騎士と影のように黒い魔物の身体がファサっと黒い粒子に分解し、どこかへと消えていった。
 残されたのはゴルダンただ一人。

「人間よ。楽しみにしてるぜ。|ハルマゲドン《終末戦争》まで1か月の猶予をやる。せいぜいあがいてみせろ」

 そう言い置くと、いずこかへと転移した。

 ゴルダンが転移した後、ウルクンツルだった領土を邪神の光が飲み込んだが、それを目撃した者はもはや誰もいなかった。

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