12-17【本編最終話】そして世界は続いていく

 ウルクンツルの城内。騎士団長の執務室に、昼下がりの気だるげな日の光が差し込んでいる。
 大きなイスにもたれかかるように眠り込んでいた剣聖ザルバックが、突然がばっと跳ね起きた。

 慌てて自分の身体を見下ろし、そして室内を眺め、何かに化かされたかのように呆然とした表情を浮かべ、次の瞬間、笑い出した。その大きな笑い声はしばらくつづいた。

 同じ頃、海の向こうのアーク機工王国では、ランプの灯った夜の王城の回廊で、副団長のカトリーヌに抱きつかれているノートン機工騎士団長の姿があった。
 海洋王国ルーネシアの王宮では、テラスに佇んでいた三十路半ばを過ぎた女性、イリーシャ・マナベルが、穏やかな笑みをたたえて昇り来る朝日を眺めている。そこに伯父である国王パトリスがやって来てポンと肩を叩いた。

 遥かな海底にある人魚たちの国ミルラウスでは、神殿で多くの人魚たちが祈りを捧げていた。その最前列で祈りを捧げていた国王が誰かに呼びかけられたかのように不意に顔を上げた。

 ゾヒテの世界樹では、世界樹の巫女であるハイエルフのユーリ・カレルレンが、カレンの母とおしゃべりをしている。

 隠者の島では、小屋から出てきた三ツ目族の女性パティスが、肩に小鳥を載せて微笑みながら太陽を見上げていた。

 ヴァルガンドの世界の各地で、人々が覚醒し、夢から覚めたかのような表情を浮かべつつ、すぐに日常へと戻っていく。

 エストリア王国アルの街。修道院の一室で、窓の外を楽しげに見つめていた少女クラウディアが振り向いた。年老いた聖女ローレンツィーナがにこやかに、
「どうやら終わったみたいね」
「うん。お兄ちゃんたちがやることだから、心配していなかったけどね」
「あの人は流され体質だけど、正妻さんがしっかり者だから……」
「これで預言は成就!」
「はいはい。――いいこと、クラウディア」
「なあに」
「私は聖女を隠退するから、今日から貴女が聖女として表に立ちなさい」
「……うん」

 さっきまではニコニコしていたクラウディアだったが、途端にしょんぼりと不安そうな表情になる。その頭をローレンツィーナが優しく撫でた。「大丈夫よ。私もまだ寿命が来ているわけじゃないし」
 そんな2人の様子はお婆ちゃんと孫そのものだった。

◇◇◇◇
 吹き抜ける風を全身に浴びながら、俺は思いっきり背伸びをした。

 ようやく終わったんだ。

 ここは天空島ルネの、アカシック・レコードを安置していた神殿の前だ。……もっとも再生した後のだけど。
 その神殿の前で、ノルンたちが楽しげにおしゃべりをしている。彼女たちも厄介ごとが終わってすっきりした笑顔になっている。それを見ていると、自然と口角が上がる。

 これでようやく元の冒険者生活に戻れる。

「――じゃあ、あれはジュンに買ってもらう」「1ヶ月くらい楽園島で自堕落な生活を――」「1人3回ずつでいいんじゃないですか? なんでも言うことを聞いてもらう権利は」「え~。すごく大変だったから5回を希望します」

 ……きっと平穏な生活に戻れるに違いない。きっとね。

 その時、コホンと咳払いの音がして、慌てて振り返ると、そこにはニコニコしているシンさんたちがいた。

「やあ」
「シンさん……」

 右手を差し出してきたので釣られるように俺も右手を出して握手をする。

 世界の命運を左右するようなことに、俺を巻き込んでくれたのはこの人だ。そういう意味では言いたいことがある。
 だが一方で、この人のお陰でノルンたちと出逢えた。ヴァルガンドという魔法の世界に来ることができた。そのことには感謝している。
 まあ、世界の命運がどうとかも、もう終わったことだしな。

 やり遂げたという満足感に浸ったままで、にこやかなシンさんの顔を見ていると、
「じゃあ、そういうわけで。これからよろしく頼むよ」
「ええっと、それはどういうわけですかね?」
「うん? 嫌だなぁ。それが日本で言うところのボケってやつかい?」
「そういうつもりではないですけど」

 はて。よろしく頼むとは何のことだ? 話の先が見えないんだが。
 ……なんだろう。何だか嫌な予感がしてきたぞ。

「これからはヴァルガンドの管理、しっかり頑張りたまえ」

 ――――は? ナンダソレハ?

「いやあ、これで私たちもお役御免だから、何の気兼ねもなくこの世界を旅できるよ」

 そう言ってシンさんが向こうをむくと、トリスティア神は魔法使いの少女、セルレイオスは武道着、そしてウィンダリア神は翼を消してブレストプレートを来た女騎士の格好と、すでに冒険者の服装になっている3柱の神がいた。

「ねえねえ。主さま。私、最初はルーネシアがいいです。海が見たい!」
「ぬぅ。トリス。海はちょっとなぁ」
「ふふふ。セルレイオスは見慣れてるよね」

「まあまあ、時間はたっぷりある。旅行の計画はこれからじっくりと練ろう。それも楽しいからね」
「はい!」

 俺はワナワナと震えながらシンさんに尋ねた。
「あの、俺たちは……」

 するとこっちに振り向いたシンさんが、ニカッと良い笑顔でサムズアップする。
「君たちは忙しくなるぞ。大部分は精霊たちがやってくれるが、世界の運営はなかなかに手間がかかる。まあ人の身となって地上に戻る生活と、神域にて管理する生活とうまくバランスと取ってだな。ストレスを溜めすぎないように。でないと禿げるよ。コツはね――――」

 立て板に水を流すようにスラスラと話すシンさんの言葉が、俺の耳を通り抜けていく。

「あの、シンさん?」

 すると説明をピタッと止めたシンさんが、
「なんだい?」

「元はシンさんが造った世界ですよね」
「ああ。そして、今は君たちが再生した世界だ」
「まさか。世界の崩壊がどうのとかじゃなくて、最初から管理者の役割を交代させるために俺を――」
「あはははは。そんなことあるわけがないじゃないか! なあ、みんな」

 バンバンと俺の肩を叩くシンさんだが、まったくその言葉を信じることができない。

「じゃあ、私たちは行くよ。――さらばっ!」

 そう言って、慌ててどこかへ転移していくシンさんと3柱の神。後に残ったのはトウマさんとイトさんだったが、トウマさんは苦笑いを浮かべ、イトさんはにこやかに微笑んで手を振りながら、やはり転移をしていった。

 背中にノルンたちの視線が突き刺さっているのがわかる。俺は思わず叫んだ。
「ま、まじかー!」

 自分の声が虚しく響いていくのがわかったが、俺はしばらく空を仰いだまま動くことができなかった。

◇◇◇◇

 それから主観時間で1ヶ月が過ぎた。

 楽園島を俺たちの神域にした俺たちは、今どうしているかというと――。

 椅子に座って目の前の空間に浮かび上がった3つのモニターを見ていると、ノルンが紅茶をいれて持って来てくれた。
「どう?」

 俺は正面のモニターに映し出されている瘴気のパラメータを指し示し、
「ようやく安定してきたよ」
 美しい髪をかきあげて、ノルンがそのパラメータを見る。
「あれから1ヶ月、勝手もわからずにバタバタしてたけど……。これで少し余裕ができそうね」
「ああ、まったくだ」

 世界の管理なんてやったことがなかったから、完全に手探り状態だった。
 結局、日本にいた頃のシュミレーション・ゲームをベースに管理システムを作り上げたお陰で、随分と楽になったよ。
 もともとプログラマーってわけじゃないから知識は皆無だが、神力万歳。曖昧なイメージを元にどういうわけか創造することができた。

 ちなみに全体のバランスは俺とノルンとが担当し、みんなにもそれぞれ担当を決めて管理をしてもらっている。
 たとえば、離れたところで別のモニターを見ているのはサクラで、魔物や生態系の分布や発生率の調整を担当してもらっている。
 セレンとカレンには天候システム。ヘレンは魂魄、シエラは資源関係で、ゲームのパラメータ画面を参考にした管理UIがなかなか好評だ。

「とりあえず1年間やってみれば慣れてくるだろう」
「そうね」

 異世界に来たのに仕事に従事している気分になるが、まあそれも直に慣れる。異常が発生したときのアラーム機能や、自動調整システムなんかを――。

「あああ!」

 突然、サクラが大きく叫んだ。
「どうした? アクシデントか?」
 サクラはやっちまったという表情で怖々とした様子でこっちを見た。

「すみません。マスター。前からひそかにダンジョンクリエイトしていたんですけど……。うっかり、ウルクンツルの帝都近くに入り口を設置しちゃいました」

 それは慣れたらやろうと言っていたのに。サクラめ、待ちきれなかったな。

「何階層だ?」
「初期で100階層です」
「馬鹿っ。そんなでかいダンジョンを人口密集地に、サ~ク~ラ」 

 なにやってんだよ!

 あはははと|態《わざ》とらしく笑うサクラ。イライラしながらそれを見ていると、ノルンがぐいっと俺を抱き寄せた。
「いいじゃないの。折角、この世界の管理人になったんですもの。自由に、楽しくやりましょう」

 柔らかい胸の感触を頬に感じながら、やれやれと苦笑する。

 やがてアクシデントの発生に気がついたのか、他のみんなも部屋に入ってきた。「どうしたんですか?」「サクラがねぇ……」「ぷっ。サクラらしいわ」「本当ですね」

 ワイワイしながらサクラの周りに集まっているみんな。

「まったく仕方ないな」

 そうつぶやいて、俺は席を立った。
 あれこれ騒ぎながら、サクラの前のモニターを指さしているみんなの所に向かう。妙におかしさがこみ上げてくる。

 やや青みがかった美しい髪を頭の後ろで縛っているノルン。
 いまだに修道女の服を着ている赤い髪のヘレン。
 いつも明るく元気なネコマタ忍者のサクラ。
 何故かジャージを着ている竜人族のシエラ。
 サクラがやってしまったことを見て、戸惑いを隠せていない華奢なハイエルフのカレン。
 そして色っぽい目を細め、いたずらっぽく笑っている人魚族のセレン。
 いつしか真紅のフェニックス・フェリシアも飛び込んできて、近くのテーブルの上に舞い降りた。

 俺の半身。愛おしい伴侶たち。
 世界を管理する神とはなったとはいえ、きっとこれからも色んな出来事が起きるだろう。
 けれど、彼女たちと一緒なら楽しくやっていけるに違いない。それってとても素敵なことだし、幸せなことだろう。

 みんなが俺を見た。
「「ジュン(さん)!」」
「はいはい。それでどうしようか?」

 口々にそれぞれの考えを話す彼女たちに交ざりながら、俺は確かに幸せを感じていたのだった。

12-16 再生の光

 ゆっくりと俺たちの目の前に、邪神が残した聖石が漂ってきた。

 見慣れた八角柱の形。だが、その色は光を吸い込むような漆黒の黒だった。

 ソウルリンクを通して、一連の邪神とのやり取りを見ていたみんなから戸惑いの気配が伝わってくる。
 特にノルンとヘレンの2人は激しく混乱しているようだ。それはそうかもしれない。俺も混乱しているし、ヘレンはああ見えて修道女だから。

 その時、神竜王さまが教えてくれた。
「創造神が来たぞ」
「え? だって」

 邪神に取り込まれたんじゃ……。
 そう思ったのも束の間、目の前の空間が揺らぎ、そこには淡い光の結果に包まれたシンさんとトリスティア神ら3柱の神、そして、トウマさんとイトさんとが現れた。

「シンさん!」

 そう呼びかけるも、シンさんはいつもとは異なって静謐さを漂わせた表情で、
「ジュン。そして、ノルン。――そなたらはヴァルガンドを復活させたいか?」
と問いかけてきた。

「当たり前です」

 そんなことは聞かれるまでもないことだ。

 だが、俺の返事を聞いたシンさんはうなずいて、
「そうか。……私の作り出した世界を愛してくれているのだな」
と言い、満足そうに微笑んだ。

「生まれしものはいつか死ぬ。生ぜしものはいつかは壊れる。始まりには終わりがある。それが成住壊空の理だ。――世界そのものより生まれた創造神である私が、ヴァルガンド世界とつながっている限り、その四劫の理からは脱れることはできないのだ。故に崩壊は必然であった」

「それはつまり?」

「吾はアルファでありオメガである。あの邪神もまた吾の一面の姿である」

 そんな馬鹿なと言いたいところだが、今はそれが少しわかるような気がする。だが、それだと、あれだけ戦ってきた天災は……。

「当然、邪神でもある吾の使徒でもある。故に――ほら」

 俺の考えていることを読み取ったであろうシンさんがそう言うと、シンさん達から離れたところの空間に魔法陣が現れ、その上に倒したはずの天災たちが勢揃いしていた。

 信じられない思いでその姿を見るが、奴らは何も言わずにただ俺たちを見ていた。

「この世界を創造した私は、来たるべき崩壊の時の為に破壊の一面を彼らとともに封印した。そして、ずっとこの世界を観察してきたのだ。
 赤茶けた地面と溶岩、ガスと塵ばかりであったこの世界に、やがて海ができ、植物が生まれ、そして生き物が発生していった。初めは単純な生物が、そしてやがて大きな生物へと進化し、海から地上へと進出していった。
 ……変化はゆっくりではあったが、多種多様な生き物はなかなか興味深かった。だが、それにも増して面白かったのは、人類の誕生だった」

 ああ、こういう進化の仕方はヴァルガンドも地球と同じだったのだろう。

「彼らは見る見るうちに生活を改善していった。文明、社会といったものを形成し、変化は急激に、またそれまで以上に多様化していった。やがて私は彼らの社会を体験してみたくなった」

 なるほど。それで人間の姿を取って、アルの街に住んでいたりしたのか。

「彼らは面白い。世界そのものから生まれた私ではあったが、いつしか彼らを愛するようになっていた。――それで私には君が必要になったのだ」

「それはどういうことですか」

「四劫のくびきから、このヴァルガンドを解き放つためだ。世界から生まれた神である私ではなく、その存在自体が可能性そのものである人から生まれた創造神ならば、その可能性の因子をもって崩壊すること無き世界を作り出すことができるからだ」

 シンさんの話を聞いているうちに、妙な期待感で胸がドキドキしてくる。一体なぜだろうと疑問に思う間もなく、俺はさらに問いかけていた。

「もしかして――」
「今、君の前には3つの道がある」

 だが、俺の質問は遮られた。

「1つはこのまま別の世界に転移をする道。2つには創造神となり、まったく新たな世界を創り出す道。……そして新たなヴァルガンドの創造神となって世界を再生させる道だ」

「できるのですか?」
 世界の再生などということが。

「できる」

 おお……。
 なんだか急に希望が湧いてきた。期待感の正体はこれだったのか。

「そもそも成住壊空とは、虚空に帰して世界が終わりというわけではない。その後、再び世界創生の成劫へと戻る。破壊期にその世界にいた生命体は失われるわけではない。本来は一時的にだが、より高次の世界に避難するのだ。
 しかし、私はそこに一つ違う仕掛けを設置した。それがアカシック・レコードだ。万物の運命、あらゆる生命の軌跡と森羅万象を記録する装置を設置し、高次の世界へ避難させるのではなく、アカシック・レコードへ保全されるようにしたのだ」

 それはつまり、ハードディスクにバックアップを取り、そこから復元させるようなものだろうか。

「再び尋ねよう。――今、君の前には3つの選択肢がある。別世界に行くか、新世界を創造するか、……ヴァルガンドを再生するか。
 どれを選ぶ?」

 その問いにすぐに答えず、みんなの方に振り返った。ノルン、ヘレン、サクラ、シエラ、セレン、カレン。誰一人として、俺が選ぶ選択肢を疑っているものはいない。
 シンさんの方に向き直った俺は答えた。
「――ヴァルガンドンの再生を!」

 俺の答えに満足げな表情を浮かべたシンさん。
 改めて俺は邪神が残した聖石に向き直った。そのためには、この聖石の力を自分のものとしなければならない。

「ノルン」
「わかっているわ」

 2人で並んで手を漆黒の聖石に向かって掲げる。
 俺たちの身体から出た神力が邪神の聖石に触れると、それに反応したように、その聖石に込められた破壊の神力が光の筋となって俺とノルンに向かってのびてくる。
 避けることなくその光を受け止めるや、そこに込められた膨大な力の塊ともいえる神力が身体の中に流れ込んできた。
 今まで取り込んだセルレイオスたちの聖石とはまったく違う異質な神力。記憶には殆ど残っていないが、一番最初に、あの白い部屋で取り込んだ神力に近いのかもしれない。

 身体の中から爆発しそうなその神力を無理矢理抑え込み、少しずつ吸収していく。そして、同時に俺からノルン、ノルンから聖石、聖石から俺へと循環させ、馴染ませていく。

 荒れ狂うような力と思えば、ひどく黒く冷たいイメージの力となる。破壊とは死の力でもあるということか。
 静と動。光と闇。それまで俺たちが使っていた神力と、互いに相反するが、一方で互いに引き合うような力。だが、問題なく自分たちの力に変えていける。

 それと同時に、世界の再生のためにどうすればいいのかが何となくわかってきた。
 ハードディスクからのバックアップの復元とは言い得て妙だった。
 ヴァルガンド世界のすべてはアカシック・レコードに記録され、保全されている。それを復元すればいいが、復元ポイントはすでに設定されていた。
 ――あの空が紫に変化した異変の発生した時。あの時を基点としてヴァルガンド世界は復活する。その後の戦いで、はたまた邪神の力で死んだはずの生命もまた、元のように復活できるのだ。

◇◇◇◇
 光を放ち続けるアカシック・レコードの装置を挟んで、ノルンと向かい合って立つ。

 俺とノルンの周囲には等間隔で、ヘレン、サクラ、シエラ、カレン、セレンが立っている。彼女たち一人一人の傍には、授かった精霊珠の属性にしたがって、ヘレンにはサラマンデルが、サクラには時空を司るクロノが、シエラにはノーム、カレンにはシルフ、そして、セレンにはウンディーネが佇んでいた。

 さらに外側には竜王達がぐるっと囲んでいて、俺たちを守っている。その向こうではシンさんたちが、俺たちが|為《な》そうとしていることを見守っていた。

 ぐるりと見回してヘレンたちの様子を見る。ぶっつけ本番で練習などできないが、どうやら覚悟は決まったようだ。
 そして対面のノルンを見る。すでに神力を開放し、白銀の神衣をまとった女神。ほのかにラベンダー色の輝く長い髪をなびかせ、俺の合図を待っている。

「はじめよう。――アカシック・レコード、アクセス!」

 俺とノルンの間にある天球儀にも似た装置。ゆっくりと自転しながら動いていた3つの輪が、俺とノルンの神力を装置に流し込むことによってその回転を速めていく。
 ブワンッ、ブワンッと風斬り音が聞こえてきそうな駆動が、ますますその速度を上げていき、やがて輪の影が残像にしか見えないほど高速になった。

 つづいて対面にいるノルンが、
「精霊珠、起動」
と命じた。

 俺とノルンの足元から、神力が魔法陣を浮かび上がらせていく。白銀のラインが伸びていき、外側にいるヘレンたちを頂点とした五芒星を描き出し、さらに5人を繋ぐ円となった。
 神眼となった今なら、肉眼では見えない景色もよく見える。今、ヘレンたちの持つ精霊珠がそれぞれの属性の色に輝き、そばにいる精霊たちが歌をうたい始めた。
 光の精霊メーテルと闇の精霊アーテルは俺とノルンの頭上をぐるぐると回転しながら歌っている。
 それと同時に、神力で白銀に輝いていた魔法陣が様々な色を放ち始めた。

 俺とノルンとの間の神力が魔法陣を駆け巡って、みんなの所ヘ行き、また力が高められて俺のもとへ。
 かつてメギドの地へ向かう途中、みんなで神力を流しあった時のように、グルグルと神力が俺たちを繋ぎ、どんどんと出力が上がっていく。そして、流れる神力に巻き込まれるように精霊力も混ざり込んでいくのが感じ取れた。

 精霊力が動き出した。ならば次は……。

 俺はまっすぐに中央のアカシックレコードを見る。
「|業の風《サットバ・カルマン》よ。虚空を吹きわたれ」

 虚空にどこからともなく空気が揺らいで風となり、散らばる塵をぐるぐると動かし始めた。

 続いてノルンが言う。
「風輪よ。回れ回れ。万物を動かす力となれ」

 虚空の隅々から吹き込んでいた風が収束していき、俺たちの直下に巨大な風の輪となって塵を巻き込んでいる。

 俺が言う。
「水輪よ。回れ回れ。生命を生み出す力となれ」

 風の輪の上にどこからともなく水があふれ出し、それが巨大な輪となって動き出す。あたかも邪神が破壊した水輪と同じだけの大きさ。惑星の外郭にも匹敵するような壮大な水の輪がゴウゴウと回り続けている。

 そこへノルンの澄んだ声が響きわたった。
「金輪よ。回れ回れ。世界を造り出す力となれ」

 あふれる水の中から金色に光る小さい何かが浮かび上がり、水輪の上に同じように回転しながら巨大な輪となっていく。
 小さな粒子であった金輪が、やがて一体のリングとなった。

 俺たちの足元に、風輪・水輪・金輪の3つが動き、周囲の虚空に散らばっていた星と見まごうばかりの塵が跡形もなくなり、ただただ虚無の色ともいうべき暗闇が広がっているだけとなった。

――さあ、ジュン。行くわよ。
――ああ。神力を強める。

 俺とノルンを繋ぐ足元の魔法陣が、神力の充てんを受けてまばゆい光を放ち始める。もはやアカシックレコードを含め、俺とノルンの間は肉眼では閃光しかみえないくらいの光量で埋め尽くされた。

 俺とノルンの声が重なる。
「アクセス。データ・ロード。……精霊たちよ。竜王たちよ。祝福の歌を!」

 かつてヴァルガンドの創世期にみんながうたっていた歌。歌詞すらない旋律となって、ここから虚空へと響きわたっていく。
 神眼で見える。シンさんやトリスティア神たちも歌っている。そして、その歌声に導かれるように、激しく動いているアカシック・レコードから、下方の3輪に向かって次々に光の粒子がこぼれ落ちていった。

 やがて光の粒子は3つの輪に吸い込まれ、その中心に巨大なクリスタルが現れた。外部に光はなくとも、その内部から光を放ち、そうしている間にも、次々とアカシック・レコードから光の粒子がこぼれて行っている。
 やがて3輪の周囲に光が集まっていき、一瞬の閃光の後、そこには赤茶けた裸惑星が姿をあらわしていた。

 見る見るうちに惑星が自転を始め、それと同時にその大地の表層からマグマがあふれ出し、噴煙が雲となって覆っていく。
 やがて黒と赤のまだら模様となった惑星だったが、その雲が白くなっていくとともにマグマの赤も茶色くなっていき、さらに雲間から海の青がドンドン広がっていく様子が見えた。
 宇宙空間から見た地球のような姿になっていく惑星。それでもなお光の粒子はアカシック・レコードから降り注いでいく。

 やがて大陸には森や草原が広がっていく。惑星の周囲の虚空から、レイヤーを調整していくように星々が姿をあらわし、さらにどこからともなく月が飛んできて惑星をまわる周回軌道上で待機している。

 次々に変化をしているが、まだあのヴァルガンドの時は止まっているのだ。

 やがて目の前で激しく動いていたアカシック・レコードから出てくる光の粒子が止まった。

 まばゆい光を通してノルンを見る。俺と同じく全身から神力の光を輝かせているもう1人の創造神。
 その目が慈愛を湛えて俺を見ている。

 ――さあ、最後に宣言しよう。

「|ワールド《world》・|リバース《rebirth》!」

 最後の宣言とともに俺たちの神力が、世界の再生を祝福するように光となってヴァルガンドを、虚空を照らしていく。その最中、俺は、不意にかつて自分が受けた神託を思い出した。
 あれはそう。この世界に来て間もない頃、ローレンツィーナ様から告げられた予言。

――オメガの時、御霊を分かちし2つの魂あり。
  5人の眷属を従え、再生の光が世界を覆う。

 柔らかに微笑む聖女様の顔を思い出す。
 そうか、あの頃からすでに聖女様はこの時が来ることを知っていたに違いない。

 再生の光に包まれながら、思わず苦笑する。胸の内でつぶやいた。

 まったくもう、叶わないな。あの人には。

12-15 虚空に帰す世界

 ひゅおおぉぉぉと風が通り抜けていく。あたかも巨大台風が接近しているときのように雲が重々しく渦巻いている。

 フェリシアは俺たちを乗せたまま天空島にある神殿の前広場へと着地した。

 それと同時に、再び邪神の声が聞こえてきた。

 ――ことごとく燃え尽きよ。劫末の業火。

 ずっと空の向こうが赤く光り、眼下の地表を炎が絨毯のように広がっていく。世界が炎に包まれていき、その赤い光の中から現れたたくさんの光球がもの凄いスピードで飛んできて、俺たちを通り過ぎて神殿の中へと入っていく。

「こ、これは!」
 思わず俺は叫んだ。
 この光球は死んだ後に空に昇っていっていた光球だ。それが、この神殿の中に入っていくだと?
 まさかこの神殿は邪神がらみの何かの施設ということか?

 さらに続いて、

 ――万物よ。塵となれ。破壊の大風。

 コーと小さな音が聞こえる。まるで空の向こうに巨大な穴があるかのように雲が流れている。
 見たこともないような大きさの竜巻が雲を巻き込み、地表の建造物や森を、海を、そして大地をも巻き上げて行き、次第に音はゴゴゴゴゴと大きくなってきた。雷を纏った凄まじい風が吹き荒れ、眼下に広がる大地が少しずつ塵となって崩れていく。

 ルネの地面も少しずつ巻き上げられていくのを見て、俺は急いでみんなに神殿に入るように指示を出した。
 薄暗い石造りの神殿。柱が等間隔に並んでいるその間を、いくつもの色彩の光が飛び交っていた。
 この神殿はいったい何の神殿なのだろうか。

 外界の激しい風の音と、島全体が振動する中を俺たちは回廊を走った。すぐに中央の広間らしきところに出ると、中央に円形の祭壇があり、その上に設えられた台座に、大きな天球儀のような装置があった。回転軸を異にする3つの輪がゆっくりと動いていて、その中央に浮かんだ宝玉が不思議な光を宿していた。
 そして、外からなだれ込んでくる光球が、次々に中央の宝玉に飛び込んでいく。

 これはそう。――|この世のすべてを記録する装置《アカシック・レコード》だ。まさかこんなところに有ったなんて……。

 横を見ると、ノルンもこの装置を見て驚いていた。戸惑っている他のみんなにこれがアカシック・レコードだと教えるが、どうやらアカシック・レコード自体が何なのか理解できていないようだ。
 それもそうか。アカシック・レコードなど、俺の世界の神秘主義の話に出てくるものだから。

「アカシック・レコードとは、この世界の始まりからの、すべての事象、運命を記録している装置で、言ってみればこのヴァルガンドそのものだ」

 創世期にはゾヒテにあった大地のおへそに設置されていたが、そうか。天空島ルネに移し、結界を張っていたのだろう。

 背後に突然、邪神の気配が現れた。
 すぐに振り返って俺たちがやってきた入り口に向き直ると、そこから巨大な触手がこっちに伸びてくるのが見えた。

「ノルン! 結界を! 皆もこの装置を守るぞ!」

 剣を横に構えて、神力を全開に放出する。
 俺の指示を聞いたみんながアカシック・レコードを守るように囲んだようだ。ノルンの神力が結界となって俺たちを覆う。さらにシエラの神竜の盾・モードイージスが、みんなの魔力がノルンの結界を支える力となっている。

 がばっと邪神の触手が目の前で結界の壁に激突した。その衝撃に神殿に走り天井や壁が吹っ飛んでいく。
 一瞬だけ外が見えたと思ったら、どぱっと邪神の触手に結界ごと飲みこまれて何も見えなくなった。あっという間に光が遮られて真っ暗になるが、アカシックレコードと自分たちから出る神力の光だけが結界に守られた狭い範囲を照らしている。
 その光に照らされ、結界の向こうでうごめく無数の触手。しかしその見た目の気色悪さ以上に、この結界を破られたらと思うとぞっと怖気だってしまう。

 邪神のねらいは、このアカシックレコードか、はたまた俺たちか。

 いずれにしろ、今の状況に陥ったからにはどちらであっても、ほとんど状況は変わらない。そもそも邪神を倒すためには、こちらから攻撃に出たいのだが、最初からそれができないでいる。
 それがもどかしい。だが、先ほどトウマさんの一撃であってもダメージになっていないのを見たばかりだ。倒すためには邪神の攻撃の特性や弱点を探してからでなければ、トウマさんたちの二の舞になってしまうだろう。それでは意味が無い。やはり今は守りに徹するしかないのか。

 徐々に結界の外が墨を塗り込めたように真っ黒になっていき、俺たちの神力の光をも吸い込んで暗黒の暗闇に染まっていく。蠢いていた触手もすでに見えなくなっていた。
 やがてあれだけ響いてきていた風の音すらも遠くなっていき、やがて何の音も聞こえなくなった。

 結界を保持しながらも、嫌な予感が止まらない。このままではヴァルガンドが無くなってしまう。焦燥感が募り、何かできないか何かできないかと気が|急《せ》いてしまう
 このままでは何もできないまま終わってしまう。しかし、この結界が破られればアカシック・レコードが破壊されてしまう。直感ともいうべきものでわかる。それは最悪の結末につながると。

「くそっ」

 悪態をつく俺にノルンが、
「焦らないで。シンさんたちも何もできずに取り込まれてしまったのだから。まずは守れるものを守ること。あれを倒すのはそれからでないと、逆に私たちも取り込まれてしまうかもしれない。そんなのは絶対にダメよ」

 それは……そうだろう。だが、このままここでヴァルガンドが崩壊していくのを待っているしかできないと思うと、それもまた許せないんだ。
 いったい俺はなんのために神になっているんだ。シンさん。教えてほしい。俺に何をさせようとしていたんだ?

 確かにノルンが言うように、あのシンさん達のように邪神に取り込まれるのは御免だ。ノルンも、ヘレンたちも誰一人として失うようなことこそ許せない。世界の存続と比較するようなことではないが、それでも彼女たちを失うことは何よりも耐えがたい。

「見て!」
 ヘレンの声に顔を上げると、さっきまで暗黒に閉ざされていた結界の外の景色が変わっていくところだった。
 すうっと炭のような暗闇が透き通っていき、その向こうに星々の広がる宇宙空間が広がっている。
 虚空でもない。どこかに転移したような感覚も無かった。それに俺たちから離れたところに邪神がその不気味な笑みを湛えたままで俺たちを見下ろしていた。

「ヴァルガンドが――」
 うめくようなセレンの声。神殿の下に広がっていたはずの大地は、すでにどこにも無くなっていた。
 見えるのは、不思議な金色の巨大な輪とその下にある同じような大きさの水が集まってできた輪だ。直径が数千キロにもなるんじゃないかと思われる馬鹿でかいサイズの輪。あれは一体何なのだろう。
 だが、すでに大地が無くなっていた事実に、ぐっと歯をかみしめた。すでに時は遅すぎたのだ。

 その時、唐突に周囲に転移の気配があり、反射的に身構える俺たちの前に竜王たちが現れた。邪神に向かって、神竜王バハムートさまを中心に左右に広がる竜王たち。そこにさらに転移の反応があり、次々に姿を現したのは精霊たちだった。

 中央の神竜王さまが周囲を見て、
「――世界はすでに塵となったか」
とつぶやいた。
 改めて周囲を見てわかった。星々が広がる宇宙空間だと思っていたが、あれは違う。ヴァルガンドを構成していた岩石などが散らばって、星のように見えていたのだ。

 邪神が竜王たちを見て、
「ヴァルガンド世界の最期を見届けよ」
と告げた。

 その向こうでゆっくりと動いていた金色と水でできた巨大な輪の中央に、まばゆい光を放ちながら大きな氷のような結晶が姿を現した。
 しかし、現れたと同時にその結晶にピシピシとヒビが入っていき、やがてパリンと透き通った音を響かせて砕け散った。その破片が巨大な輪に降りかかっていくと、金色の輪にもヒビが入り、ぼろぼろと砕けてゆっくりと散らばっていった。水が集まって動いていた輪もその輪郭がぼやけて、少しずつ小さな水の水滴となって遠心力に任せて散らばり、その大きさを小さくしていった。
 その2つの大きな輪の下にあって、俺たちからは見えなかったが、なにやら巨大なエネルギーが同じように輪になってグルグルと回っていたようだが、その輪も動きを止め、急速にエネルギーを消失させていっているのが感じ取れた。

 大きな輪の正体はわからないが、それが何を意味しているのかはわかる。これで本当にヴァルガンド世界は崩壊してしまったのだ。

 虚空に邪神の言葉が響きわたる。

 ――万物は生まれ、留まり、変化し、そして滅する。
 同じくまた、世界も成立し、生物が住し、崩壊の時を迎え、そして虚空に帰する。これが大世界の定める法則である。
 ヴァルガンドもまた定められた順番にしたがって崩壊し、虚空に広がる塵となった。
 ……故に世界より生まれし吾もまた舞台装置としての役割を終えるものである。

 その言葉を聞いたとき、言いようもない怒りで頭が白くなった。食いしばった歯の間から絞り出すように、
「ふざけるな」
と言葉が漏れた。

 これで終わりだというのか。あれだけ天災と戦ってきて、それでこれが結末か。
 自分たちの力が足りなかった。そんなことはわかっている。だが納得などできるか!

 ――滅びは不服か。

「当たり前だ!」

 そう叫ぶとともに神剣を構える。

 ――今さら吾と戦っても無駄なことだ。

「そんなことはわかってる。だがな……」

 ――それに役目を終えた吾は、間もなく消える。

「なんだと?」

 それじゃあ、本当に俺は何のためにここに……。

 ――しかし、後を来る汝ら若き神に道を示すのも、先を行く|神《もの》の役目。故に汝に我が聖石を授けよう。

「どういう意味だ? 何のつもりだ?」

 邪神が俺たちに聖石? それは神は神なんだろうから、その力の結晶たる聖石はわからないでもないが、その目的が見えない。

 ――創造と破壊は一対の力。片一方の力だけでは権能は使えぬ。故にそなたには我が破壊の力が必要となろう。

 わけがわからないでいるうちに、静かに邪神はその顕現した姿を透き通らせていった。

「まて! まだ話は終わっていない!」

 慌てて叫んだ俺の声が届いていないかのように、邪神はそのまま消えていった。
 だが、その巨大な顔が合ったところに、妙な威圧感のある何かがある。目をこらさずともわかる。邪神の残した破壊の神力の結晶たる聖石だろう。

12-14 邪神降臨

「いいぞ。強くなったな」
 奴の鎧は大きく裂けていたが、足を踏ん張らせた奴は大きく息を吐いてそう言った。

「予定よりかなり早まるが……、まあ、いいか」
 そうつぶやいたゴルダンは、大剣を傍に突き立て、その柄に両手を添えた。

「何をするつもりだ」
 問いかけた俺に奴は、
「戦場整理さ」
と事もなげに言う。

 戦場整理?
 何をするつもりか知らないが、お前の思い通りにさせるものか。

 しかし再び奴の懐に飛び込もうとした瞬間、奴の大剣から黒光が迸った。あっというまにその光に飲みこまれ、気がつくと、俺はさっきまでのメギドの地ではなく、頭上に虚空が広がる見渡す限り平らな床の上にいた。
 さっきまでいた戦場が嘘のように静かで何も無い空間。

 目の前にいるゴルダンが、
「これで邪魔者はいなくなったな」
と言う。

 空間転移。それももしかしたら奴が作り出したかもしれないバトルフィールドへの転移。ここで決着を付けようというのか。だが、それは俺も望むところだ。

 しかし目の前に立っているゴルダンは傍らの床に大剣を突き刺し、その柄の部分に手をかけて俺に問いかけてきた。

「定めというものをお前はわかっているのか?」

 突然の問いかけに戸惑うが、奴の言っている定めとは今のヴァルガンド世界のことを言っているのだろう。

「滅びが定めだというのならば、俺は諦めはしない」

 ノルンと出会ったこの世界。ヘレンやみんなの故郷でもあり、院長様やギルドのみんなが住むこの世界が滅びようとしているのを黙って見ているわけにはいかない。
 もちろん、今さら世界の崩壊を止めることはできないのかもしれないという不安がある。既にアーク大陸もゾヒテも消滅した。すでに消滅した国は戻らないだろう。それでも、これ以上の滅びを受け容れるつもりはない。
 ……それはたとえ、俺たちは滅びを迎えた跡の世界でも生きていられるとしてもだ。

 だがゴルダンは予想外のことを言った。
「人間らしい答えだ。それでこそ使命ある者よ」
「俺が使命ある者だと?」
「なんだ、まだ気がついていなかったのか?」
「何を言っている」

 使命? そういえば、アークでピレトたちを撃破したときに、あいつらは使命を果たしたとか言っていたな。

「不思議ではないだろう。俺たちにも主から与えられた使命がある。神力をその身に宿している貴様らにも使命があると、なぜ考えつかない?」

 悔しいがゴルダンが言うとおりかもしれない。

「そもそもが、貴様がこの世界に来ることになったのが偶々だとでも思ったか?」
「俺がヴァルガンドに来たことには意味があるというのか?」
「……呑気な奴だ。そうに決まっているだろう」
「だが、誰からもそんな指示は受けてはいない。神託だって――」

 そこまで言いかけて、ふと黙り込んでしまった。思い出したのだ。……そういえば、俺には創造神の祝福という称号があった。あれはどうみても普通の称号ではない。
 まさか本当に何かの使命が俺に?

 ゴルダンは大剣を抜き、切っ先をこちらに向ける。
「ゆくぞ。若き神よ」

 だが俺は思考の海に執われていて一瞬、反応が遅れた。あわてて奴の切り下ろしを神剣で受け止める。グググと力が込められるのを利用して、受け流し、返す剣で奴に切りかかった。
 だが俺の斬撃は、戻ってきた大剣であっけなく受け止められた。

「破壊は逃れられぬ。それがこの世界の定めだ」
「だが、それは天災の最後の1人、お前を倒せば防ぐことができるはずだ」
「――はは、はははは。なるほど! そう考えたか」
「何がおかしい」

 目の前で笑い声を上げるゴルダンを見たとき、嫌な予感がした。とてつもなく嫌な予感が。そして、案の定、スッと笑うのをやめたゴルダンが冷静な声で告げた言葉を聞いて、その予感が正しかったことを知る。

「無駄だ」
「は?」
「無駄なんだよ」

 無駄? ゴルダンを倒しても、この世界の破壊は、滅びは止まらない。そう言いたいのか?

「ならば邪神を倒してでも……」
「それは不可能だし、そもそも無駄だ」
「なぜだ! やってみないとわからないだろう!」
「馬鹿め。お前はまだ我が主の正体を知らぬ」

 正体も何も邪神は邪神。この世界を破壊しようという破壊神だ。それともその認識がまちがっているとでもいうのか?

「――ふん!」
とゴルダンが剣に力を込めて強引に俺の剣を流す。ひとまず俺は後ろに大きく跳んで距離を取るが、それを予測したゴルダンが切り込んできた。
 切り払いの一撃。それを今度は俺が神剣で受け止める。

「まあ、俺の口から説明をするつもりもない。せいぜい俺は俺の使命を果たすだけだ」
「ならば俺はここでお前を倒す。ヴァルガンドを守るために」
「すでに壊れかけの世界だがな」
「だまれ!」

 大剣を受け止めているところを支点にして、飛び上がり、回転しながら奴の頭上から遠心力たっぷりに剣を振り下ろす。それを奴はサイドステップでかわし、体制の崩れた俺に向かって大剣で切り上げてくる。
 その斬撃を床に突き立てた神剣で受け止め、そのまま奴のこめかみに回し蹴りを放った。左腕で防がれたが、そのまま剣から手を離して神力を纏わせた拳で幾重にも殴りつけた。

 奴も大剣を手放し、神力がこもった拳で殴りつけてくるのを躱し、カウンターで左の腹を鎧の上から拳で斜めに打ち上げる。神力を浸透させると、「ぐほっ」とうめいて奴は態勢を崩した。
 一歩踏み込む。力を足から腰、腰から胸、胸から腕へと練り上げながら伝達し、一気に拳に乗せて解放する。――神気崩拳。

 サクラとの訓練で身につけた技が、見事に奴の腹に決まった。俺の神力が奴の体を突き抜ける。一気に奴の神気が減った。

「やるな。……だがまだ神力の扱いは不十分だ」

 ゴルダンがそう言った途端、俺の身体が動かなくなった。
 嘘だろ? 金縛りなのか。それもこんな時に。
 ギリギリと歯を食いしばり、動かない手足に必死に力を込める。――動けぇぇぇぇ。
 悪夢を見ているときに、強引に目を覚まそうと無理やり身体を起こした時のように、体に絡みついた何かの力を引きちぎるように。……だが、どれだけ神力を練り上げようと、力を入れようと指先1つ動いてはくれない。

 眼球すら動かせない状態の俺の前にゴルダンがやってきた。
「ほらな。動けないだろう。神力は魔力の延長線にある力じゃないんだ。そんな使い方じゃいつまでたっても動かせやしない」
 次の瞬間、ゴルダンの拳が腹にめり込んだ。たったボディブロー一発で目の前がチカチカして意識が飛びそうになる。
「がぁぁ」
 知らず口からうめき声が、そして、腹が灼熱にやけているかのように熱い。

「ぶっとべ」
 耳元で奴が小さくささやいた。――気が付くと俺はトラックに跳ね飛ばされたかのように吹き飛ばされ、次の瞬間何もできないままに床に何度も叩きつけられた。
 頭に、体に衝撃が走る。やがて勢いは止まり床に投げ出された。
 すぐに自然回復のスキルが動き出し、痛みが消えていくが、奴に殴られたところだけは筋肉組織を破壊されたかのように激しく痛み続ける。

 痛みをこらえながら四つん這いになり、顔を上げると奴がゆっくりとこっちに向かって歩いてきていた。
 手が震える。なんだ? 異質な力が身体の中でうごめいて暴れてる。力が……、うまく入らない。

「滅びは世界が定めた摂理だ。神にまで昇りつめた貴様がなぜ世界の意思に逆らう?」

 奴の言葉に、俺の脳裏にヴァルガンド草創期の光景が蘇る。あの時、創造神であるシンさんは確かに言っていた。いずれ終わりの時は来るだろうと。
 だが俺たちは今、この世界に生きている。いずれ科学技術が発達して、原子力にしろ生物兵器にしろ、人類が自業自得で滅びるのならばまだわかる。けれど世界が滅びを定めたから受けいれろなんて、そんなこと認められるものか。

「俺たちは生きているんだ。確かに、この世界で。その生きる権利を、世界の意思などというものの勝手な都合で奪われるなど、断じて受けいれるわけにはいかない!」
「くくくく。これはおかしなことを言うもんだ。――貴様の眷属すら、すでに神に足を踏み入れている。たとえ世界が滅びようと、貴様とその眷属は死ぬことはないだろうに」

 それだけでは駄目なんだ。俺たちだけが虚空で死ぬこともなく生きつづけるなど、むしろそれは永遠の呪いでしかない。
 あのヴァルガンドの大地と、旅をしてきた俺たちが出会ってきた人々。そこにこそ、俺たちの生活がある。……ああ、そうだ。俺は愛しているんだ。この世界を。
 俺の中で暴れる力よ。静まれ。俺に宿る神力よ。俺に力を。動け、動け、動けぇ――っ。

「滅びさせなどしないっ。お前を倒し、止めてみせる!」

 全身で、身体で、心で叫ぶ。その思いに応えるように、身体の中で暴れていた異質な力が、神力によって吹き飛ばされたのを感じた。
 すぐさま飛び起きて、振り下ろしてきた奴の大剣を神剣で受け止める。

「うおぉぉぉ!」

 輝く神力が視界にほとばしり出る。神剣が輝き、奴の大剣を弾き飛ばした。

 その勢いのまま、俺は手にした神剣で奴を鎧ごとたたき切った。「ぐおぉぉぉ」斬撃の跡が光り輝く。極光が、奴の身体を斜めに走った。
 まばゆい光をあふれさせて、のけぞったゴルダンがそのまま後ろに倒れ込んだ。それと同時に周囲の空間が|透《す》けていき、元のメギドの戦場が浮かび上がり徐々に鮮明になっていく。
 奴の作り出したバトルフィールドが力を失ったのだ。

「ジュン!」
 ノルンたちがすぐに俺の周囲にやって来た。
 だがその時、仰向けに倒れたゴルダンがみずからの大剣を空に向けて突き出した。

「ふはははは! 
 見事だ! だが愚かな神よ。俺を倒したところで無駄だ。――主よ。世界に滅びをもたらす我らが神よ! 今こそ使命を果たし、御身のもとにまいる!」

 次の瞬間、奴の身体を中心に漆黒の光が柱となって天に向かって伸びていく。その黒い光の柱は空の一点で何かにぶつかったようにその勢いを止めたが、その周囲の空間に、まるで異変が起きたあの日のようにヒビが入り、パキンとその空間を突き抜けてどこかに消えていった。
 ピシパシと音が聞こえるような幻聴とともに、空に走ったひび割れが急速に広がっていき、まるで卵の殻を内側から破ってでてくるように、それが現れた。

 大地が揺れる。大気が揺れる。世界が、それの降臨に震撼した。

 はじめは様々な色をした不気味な触手だった。何本もの触手が空のひび割れを広げていき、さらにその先端からほとばしらせた光が大地を走ると、戦場の騎士たちを飲み込み、大量の光の球を浮かび上がらせた。
 ゾディアック・クルセイダーズの隊長たちも、フェンリルナイツも、俺たちのいた本陣の人々も、呆気なく光に飲みこまれていった。

「うわあぁぁぁぁぁ」という叫び声が聞こえる。

 その光景に、悔しさがあふれてきて歯を食いしばる。
 なんてことだ。なんてことだ。あれだけ守ろうと戦ってきた人々が、その想いなど関係なく、あんなに簡単に光に飲みこまれて消滅していく。肩を並べて戦ったことのある人々が、まるでホースでアリの群れを洗い流すかのように……。

 さらに太い1本の触手がゴルダンの放った黒い光の柱を飲み込みながら、真下に急速に伸びていき、ゴルダンが居たところを飲み込んで地面に突き刺さった。

「あ、あれが」
 声に恐怖をにじませてノルンがうめくように言った。
「――邪神」

 次に空から出てきたのは、何千、何万もの腕を持つ菩薩のような巨大な女性の姿だった。

 しかしその表情は人々を慈しむような菩薩のそれではなく、無機質で感情を感じさせない不気味なアルカイク・スマイルを浮かべていた。その背中からはまるで後光のように|数多《あまた》の触手が伸びていて、さらにその足元から黒い炎が生じて、その全身にまとわりついている。

 その姿を見ただけで、震えがおさまらない。全身を悪寒が襲っている。頭の中が飽和状態になったかのように思考がまとまらない。
 あれはダメだ。とにかくダメな奴だ。

「見て!」
 ノルンの声に、気が付いた。邪神の目の前に光に包まれた泡のようなものがあり、その中に数人の人影が見えることに。

 目をこらす。あれは――、シンさん? 創造神とトウマさんとイトさん? 光の泡のようなものは結界か。

 次の瞬間、トウマさんがこっちを見た。ひどく真剣な表情で。今ならわかる。あの2人も神の1柱だったと。
 トウマさんが腰の剣を居合い斬りのように抜き放った。次の瞬間、邪神の胸がザシュッと切り裂かれた。
 あの人たちも邪神と戦おうとしている。だが、その切り裂かれた胸もとから、ドバッと黒いスライムのような触手が勢いよく飛び出してきて、シンさんたちを結界ごと飲み込んだ。そのまましゅるるると身体の中に戻っていく触手。
 あっという間の出来事に、何も反応できなかった。

 馬鹿な。シンさんを飲み込んだ? この世界の創造神だぞ? それが何も出来ずに……。

 だが現実にシンさんたちは、|為《な》す|術《すべ》もなく飲み込まれた。信じられないが、創造神の力を取り込んだ証拠に、あの邪神の身体から、俺とノルンが封印解除したときのように白銀の神力があふれ出し、その身体にまとわりついていた黒い炎が、白く輝く神炎に変化していく。

 神々しい力を身に付けた邪神から、巨大な思念波が放たれた。神聖なる神力がアクティブソナーのように広がり、身体の中を通り抜けさらに世界へと広がっていく。

 ――我はアルファであり、オメガである。天と地の狭間に生きるものたちよ。時は満てり。

 その声は、思わず俺もひざまづきそうになるくらいの威厳に満ちていた。
 あんなものを倒そうなどと、俺たちにできるのか? 

 無理矢理に足に力を入れかろうじて踏みとどまるも、次の瞬間俺たちを光が包み込んだ。
 ふわりと浮かび気がつくとノルンたちとともに、先ほどのシンさんのように光の結界に包まれている。いつのまにかフェニックス・フェリシアが巨鳥となり、結界ごと俺たちをその背に乗せていた。

 眼下に広がるメギドの荒野に展開していたエストリア軍は、ほぼ壊滅していた。騎士たちも冒険者たちも、邪神の攻撃によってすでに生き残りは僅かだけしかいない。

 ――劫末の大水よ。来たれ。

 感情を感じさせない邪神のみ声。しかし、その言葉と同時に、天より莫大な水量の水が滝のように落ちてきた。あっというまに大津波となって地表を洗い流していき、僅かだった生き残りの人々も、陣地も、荒野も一切合切を飲みこんでいった。
 所々に渦を巻きながら、さらに見渡す限りに広がっていく大洪水。その水の中から幾つもの光の珠が浮かび上がり、さらなる天へと昇っていく。

(マスター。天空島ルネへと転移します)

 フェリシアの声と共に視界がすっと切り替わり、気がつくと大きな神殿を載せた空を飛ぶ島が目の前にあった。

12-13 終末戦争

 ヴァルガンドでは本来ならば雨がちになる|双子の月《6月》ではあるが、青空が失われてからは季節が失われてしまったようで、|金牛の月《5月》のような過ごしやすい気温ではある。
 しかしXデイとみられる6日が近づくにつれ、冒険者たちをも組み込んだエストリア軍全体の緊張が高まっていった。

 特殊部隊に選ばれた俺たちは、ゾディアック騎士団所属の魔道士と魔導技術者が戦地と想定されるメギドの丘のあちこちに設置型魔法陣を作るその護衛をしてきた。
 かつて王都の学園の卒業試験でベヒモスが出現した際に一緒に戦ったこともあって、騎士団の隊長クラスとは僅かながらも面識があり、時おり気安く声をかけられることもあった。

 そして、迎えた6日の朝。
 俺たちは臨機応変に指示が出されると聞いていたので、深夜からすでに武装して、指示されたとおり冒険者区の本陣そばに待機していた。
 ここからは広い範囲を眺めることができるが、空が明るくなってきた頃、陣地の西の方に広がる荒野の真ん中に1人の男が現れた。
 すぐに観測班がそれを発見し、本陣テントに報告が来たのを耳にする。

 じっと目をこらしてその男を見ると、そいつは天災ゴルダンだった。

 にわかに陣地が騒がしくなっていくのを感じながら、
「みんな。奴が来たぞ」
と声をかけると、ノルンたちにも奴の姿が見えていたようで、「ええ」という返事とともに緊張感がにわかに高まってきた。
 一人で現れ一体なにをするのかを注視していると、ゴルダンはゆっくりと歩いていたその足をピタリと止めた。

 エストリア軍が奴の姿を認識したのを確認したのか。まだかなりの距離があるというのに、奴の声が響きわたった。
「すでに第5の天使はラッパを鳴らした。人間どもよ。世界の終わりが来たぞ」

 奴の出現にざわめいていた陣地が、その声を聞くやシーンと水を打ったように静かになった。
 ゴルダンは背負っていた大剣を片手で悠々と持ち上げると、天高く掲げる。

「滅びを受け容れぬというなら抗って見せろ。その生存をかけて、我がカオスレギオンと戦うがいい!」

 その言葉とともに、奴の背後に広がる天地に幾つもの紫色の魔法陣が現れた。空に浮かんだ魔法陣からは影のように黒いドラゴンが、字面に広がる巨大な魔法陣からは黒騎士の軍隊や黒巨人の群れが、さらに空から光の柱が雷のように幾つも落ちて、そこには巨大なベヒーモスがその角に紫電をまとわせて現れた。

 荒野に広がるその人知を越えた終末の軍勢のその威容に、周りの冒険者たちは声を無くしていた。
 おおよそエストリア軍は総勢7万と聞いている。見た限りでは、ゴルダンの召喚したカオスレギオンもほぼ同じくらいの数のようだ。……奴め、おそらく数を調整したのだろう。

 しかし、この雰囲気のままでは一方的に蹂躙されかねない。どうする?

 そんな俺の杞憂を吹き飛ばすように、次の瞬間、エストリア軍の陣地を覆うように光の壁が現れた。
 つづいて拡声魔道具の力を借りたゾディアック・クルセイダーズの大将軍レオン・ロックハートの声が、響きわたった。

「諸君! 臆するな!
 今ここに終結しているのは、エストリアの我らゾディアック騎士団だけではない。ウルクンツルのカール皇太子殿下以下フェンリルナイツ、各貴族家私設騎士団、各国冒険者が、ともに肩を並べ、盾を並べ、剣を持って戦うことになる。

 中には人間族もいよう。獣人族もいよう。エルフも、人魚族も、竜人族の勇士もいる。
 だが種族の些細な違いなど関係ない。

 我らは共通の目的のために戦う。
 それも領土を求めてではない。利権を求めてではない。我らは我ら人類の生存と自由のために戦うのだ。このヴァルガンドの大地に生きる権利をかけて、黙示録の軍勢と戦うのだ。
 この戦いは神話の戦いとなろう。だが、我らは戦わずして滅びは受け入れない。勝利し、生存し続ける。
 この戦いに勝利すれば、永遠にこの日が、人類の勝利の日として記録されるのだ!
 盾を掲げよ! 剣を掲げよ! 我らは戦う! 生きるために!」

 レオ将軍の言葉に、人々が「うおおー!」と歓声を上げた。どの目にも絶望の色がなくなっている。
 確かに神話の戦いとなるだろう。厳しい戦いとなるだろう。だが、俺たちは負けるわけにはいかないのだ。
 気が付くと俺も気分が高揚し、知らずのうちに闘気が漏れていた。

 ゴルダンのカオス・レギオンが前進を始めた。黒騎士たちがゆっくりと進み、そのすき間から大きなウルフ型の魔物が飛び出してきた。

 空に空砲が鳴り響く。それを合図にエストリア軍の陣地のあちこちに分散配置された魔道士部隊から一斉に魔法が放たれ、弓兵隊からは火矢が打ち上げられた。
 次々に敵の魔物に着弾する火矢と魔法攻撃。さらに、事前に俺たちが仕掛けていた罠から垂直に巨大な火柱が立ち、黒騎士や魔物を飲み込んでいった。
 設置された巨大な魔導砲から幾つもの巨大な光の砲撃が放たれ、着弾地点が吹き飛んで土砂を巻き上げた。

 しかし、その土砂を突き抜けて、シャドウドラゴンとも言うべき魔物が飛んできて、エストリア軍の上空までやってくる。その数5匹。
 地上から、魔法や魔導砲が応戦するが、本物のドラゴン並の防御力があるようで、攻撃が弾かれている。
 その口からブレスが吐かれ、巨大な魔導砲の1基が爆発した。

「あれはマズい! ――ノルン!」
「了解」
 ノルンがすらりとした右手をドラゴンに向けて突き出した。「セイクリッド・サンダー・ランス」

 彼女の頭上に5本の光の槍が生まれ、まるでミサイルのように射出された。忽ちのうちに1匹のシャドウドラゴンの胴体に突き刺さるや、まばゆい閃光を放ち、そのドラゴンはボフッと塵になって消えた。

 その光景を見た、俺たちの周囲の冒険者が驚愕の声を挙げるが、サンダーランスの操作に集中しているノルンには聞こえていないようだ。
 ……俺たちがまっすぐにあいつの所へ突撃できればいいんだが、冒険者としての身分がそれを邪魔する。今回は1つの部隊に編入されてしまっているから、自由に動くことはできないのだ。それがもどかしいが、それほど遠くない時期に戦うことがあるはずだ。

 他のドラゴンは光の槍をかわそうと空を飛び交うが、残る4本の光の槍は追尾し続け、忽ちのうちに残る4匹をも消滅させた。

 空の戦いがひと段落するや、地上の方も新たな動きがあった。
 両翼より、騎士たちが出撃したのだ。魔法兵の援護を受けて、漆黒の海を切り裂くように突き進む騎士たち。その後ろには重装歩兵が続く。

 中央では一番大きな魔導砲が異様な圧を放ち始めている。おそらく魔力のチャージが完了したのだろう。
 次の瞬間、極大な光の奔流がその魔導砲から放たれ、正面に敵陣が綺麗に2つに割れた。

 しかし、突然何かにせき止められたように、光がはじかれ、凄まじい魔法攻撃がそこから空に向かって一直線に軌道を曲げた。

 エストリア軍本陣では、両翼と同じく、その魔導砲が切り開いた道に騎士たちが出陣し、真っ直ぐに敵陣の奥深くを目指していく。さらに歩兵が続き、敵軍の全体を押し返そうと乱戦に入っていく。

 魔導砲の光が消えた後、そこには大剣を持ったゴルダンがいた。たしかに奴ならば、あの攻撃を曲げてもおかしくはないだろう。見た目では計ることができない力を持っている。

 戦争の異様な空気に周囲の冒険者たちは飲みこまれ、固唾を呑んで戦況を見つめている。普段は強気で気性の荒い奴もいるが、戦場の空気、戦争の迫力は初めてなのだろう。怖じ気づいているものもいるかもしれない。

 だがその時、軍本陣から俺たちに指令が下った。
 右翼後方の歩兵支援。
 歩兵が敵軍を抑えている間に、土魔法使いをつかって敵軍側に陣地を広げる、つまり前進させるとのことで、その補助だ。

 リーダーのアリスさんの、
「行くぞ!」
とのかけ声とともに、俺たちは前線へと丘を下っていった。

◇◇◇◇
「ストーンウォール」

 背後から聞こえる詠唱の声を聞きながら、俺たちは戦域に向かって立っている。こうして陣地から出て戦場に立つと、その臨場感は段違いのものがある。
「来るぞ!」
 誰かの警告の声を聞くまでもなく、戦域から飛び出したシャドウウルフとでもいうべき黒い体毛の狼系の魔物が20匹、向かってきているのが見えた。
 体長は5メートルで大きい、……が脅威ではない。
 案の定、俺たちだけでなくこの場にいる冒険者の前にうっすらと光る壁が現れて、シャドウウルフの群れは次々に激突していった。
 シエラの神竜の盾。モード・イージスだ。

 俺の正面にいたウルフには、無造作に魔力剣を振って斬撃を飛ばし頭頂部から真っ二つに切り飛ばしてやった。途端にボフッと黒い霞になって消滅したところを見ると、やはり召喚生物の一種なのだろう。普通の魔物ではない。

 その時、大きな咆吼が音の衝撃となって戦場を駆け抜けた。
 威圧を含んだその吠え声に身体をこわばらせた冒険者もいるようだが、それを無視して咆吼が発せられた戦場の中央を見ると、そこには巨人種の魔物とおそらくゾディアック騎士団の隊長たちが戦っているようだった。

 一瞬にして、魔物の周囲の空間に幾つもの魔法陣が現れ、その魔法陣を足場にして閃光が飛び交った。おそらくあれはアクエリアス隊隊長のマリエンヌさんのランス攻撃だろう。
 続いて、上空高くに誰からが飛び上がり、クルクルと回転しながら巨人の頭にハンマーメイスをたたき込んだ。一拍おいて空から極太の雷が巨人の脳天から全身を貫くや、次の瞬間、その巨人は霞に消えた。
 同じ頃、別の巨人も隊長たちの攻撃を受けて順番に消滅していってる。さすがはゾディアック騎士団といったところか。

「――よし! 作業完了。騎士団が来たら、一旦撤退するぞ」

 今のところは順調か。だが、このままでは済むまい。
 そう思った途端、敵陣からベヒモスの群れがエストリア軍に向かって突進した。小山のような巨体に跳ね上げられた騎士たちが宙を舞い、地面に落ちるやその落ちたところから光球が立ち上る。または跳ね飛ばされた時点で死んでしまっただろう騎士たちが光となって消えていった。
 さらにベヒモスの背中に紫電が走ったと思うと、周囲に雷撃が降り注ぎ、騎士たちを打つ。さしもの隊長たちも、あの巨体の群れを止めきることは叶わなかったようだ。
 なかでも2体のベヒモスがエストリア軍本陣に突入している。あの様子だと、本陣の前から3陣までは破られただろうか。

 さらに暴れようとするベヒモスだったが、大魔導砲が至近距離からベヒモスを打ち抜いた。
 ほかの魔物と同じく黒い瘴気となって消えたベヒモスだが、その開いてしまった陣地の穴に騎乗した黒騎士たちが突撃していく。あっというまに陣地の中央が混戦になった。

 突然、パンパンと空砲が上がり、それを見たアリスさんが、
「緊急の指示だ。中央の混戦に突入するぞ。各自、続けぇ!」
と言い、自らは風魔法をまとって剣をかかげ中央に向かって走り出した。
「おお! ギルマスに続け!」

 誰かが大きな声で叫んだ。当然、俺たちも走り出した。前進させた陣地の詰めている騎士たちを残し、遊撃隊となって進む。
 前にはギルマスが、そしてすぐ後ろにはノルンたちが付いてきている。「――カルテッド・フィジカル・ブースト」

 ノルンの支援魔法が身体に宿る。だが、出し惜しみはしない。
(ノルン。封印解除だ)
(え? いきなり?)
(ああ。このままだと被害が大きくなるだけだ)
(わかったわ)

 ――|封印解除《リミットブレイク》。神武覚醒!

 神力の開放。白銀の光を身にまとう俺たちに、おそらく力の圧力を感じただろうアリスさんが、驚愕の表情で振り返った。
 俺たちの姿を見て何かを言おうとした彼女に向かって、黙って首を横に振ると、アリスさんは何も言わずに前を向いた。この力を説明する時間などない。それよりも今は、本陣に入り込んだ敵を倒す方が先決だ。

 前を走りながらアリスさんが剣をかかげ、呪文を詠唱した。
「――を資糧に敵を|穿《うが》て! |風の弾丸《ウィンド・バレット》」

 緑に光る風属性の魔力弾が、アリスさんの前に幾つも現れて一斉に真上に飛んでいく。その弾丸の軌跡を目で追うと、敵を追跡しているかのように打ち上がった魔力弾がその軌道を変え、俺たちが向かっている方向にむかって飛んでいき、空から地面に向かって次々に降り注いでいった。

 その卓越した魔力操作に感心する間もなく、俺たちは混戦状態になっている本陣中央に入り込んだ。

 どうやら黒騎士の方が優勢のようだ。騎士たちも複数人で1人の黒騎士と対峙するなどしているようだが、根本的に敵の方が強いせいで結局は1人たおれ、2人たおれとなっている。
 走り抜け様に騎士に止めをさそうとしていた黒騎士を切り捨てたところで、アリスさんから、「各自散開! 敵を倒せ!」と命令が下された。

 今がチャンスか。

「ノルン。みんなと一緒に、ここの敵を一掃してくれ」
「ジュンは?」
「俺はあそこに行ってくる」

 さっきからチリチリと見ている奴がいる。ゴルダンが誘っているんだ。早く来いと。それもあの空を飛ぶドラゴンに乗って……。

「マスター! 私が露払いを……」
「いや、不要だ」

 サクラの申し出を俺は断った。おそらく奴も1対1で戦いたがっているはずだ。
 俺は神力を錬り、一気に大地を蹴った。

 一直線にドラゴンめがけて飛んでいくと、近づいてきたドラゴンの背中にいたゴルダンが手の平を上にして、こっちに来いとハンドサインを送ってきた。

「わかってるさ。決着をつけよう」

 神剣天叢雲よ。行くぞ。

 神力を注ぎ込み、一気に加速。まっすぐに奴に切りかかった俺を、ゴルダンがその手の大剣で受け止めた。
 俺の神力と奴の神力がぶつかり合う。「ふはははは。その様子だとレベル7に届いたな」
「誰かさんのお陰でね」

 レベル7剣技。次元断。

 世界の境界ごと奴の剣を断ち切ろうと剣技を発動させるが、同時に奴も同じく次元断で対抗してきた。バチバチと手にした剣が揺れ動くのを力任せに押さえつける。
 神剣と打ち合えるとは、奴のも神剣相当の大剣か……。だが、ここからだ。

 力比べから2人同時に離れ、再び剣を振り上げる。袈裟懸け、切り上げ、薙ぎ払い。
 その都度、奴の剣に弾かれるが、その瞬間に俺の神力を奴の周囲に投げ放った。神気と魔力と気力を練り込み、全身に廻らせる。
「マナバレット・ストローク」

 右手で連続突きを行い、その拳の先から合気弾を次々に放つ。放射砲のごとく、次々に奴に降り注ぐ合気弾を、奴は自身の回りに張った障壁で防いでいる。
 だが、奴の乗っているドラゴンはそうはいかない。忽ちのうちに穴だらけとなり、瘴気の霞となって消えた。

「はああぁぁぁ」

 その霞を切り裂くようにして、奴に切りかかるが、この一撃も奴は大剣で受け止めた。
 そのまま地表めがけて落ちていく俺たち。
「ぐははは」
 全身を駆け抜けていく風に雑じって奴の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 剣技月輪。

 バッと奴から離れた瞬間、剣を振り抜き、その軌跡が円形の斬光となって奴に襲いかかった。それを大剣を横薙ぎにして切り裂いた瞬間、奴が地表に激突。

 そのまま練り上げた神力を宿らせた神剣を振り下ろし、シエラのドラゴンブレスのように、一気に剣に載せた神力をそのまま奴めがけて放つ。
 剣から迸る極光がゴルダンを飲みこむのが見えた。勝負はここだ。空を蹴って、神力光とともに奴に上から切りかかる。

「ぐおおぉぉぉ」

 奴が咄嗟に張った障壁を切り裂き、そのまま鎧の上から肩口から奴を切り裂く天の叢雲。
 その斬撃の跡から光が迸り、奴がのけぞって苦悶の声をあげた。

12-12 メギドの地

 アルの街を、総勢400人の冒険者が馬車に分乗し、一路メギドの地を目指して出発した。
 途中、王都エストリアで物資の補充と1日だけ自由休憩があり、再び街道を西へ。王都の冒険者はとっくに出発しているらしい。
 そしてさらに2日目の夜、俺たちはメギドまであと2日の位置にいて、街道脇で野宿をしていた。
 これだけの冒険者が揃っているため、夜警は持ち回りではあるが、魔物の襲撃はほとんどない。

 いくつもの馬車が街道沿いに並び、その馬車に乗っていた冒険者たちが同じ焚火を囲んでいる。
 ギルドで用意された馬車はそれなりの大きさであったが、俺たちのチームは7人と人数が多いこともあって、俺たちのチームだけで1台の馬車を占有している。2人とか3人などの人数が少ないところは複数が集まって1台の馬車に割り当てられたらしい。

 配給された食料は、今のところ調理済みのものではなく食材そのものであったので、各自が自由に調理している。ただしメギドの陣地に合流したら調理済みのものが配給されることになるとのことだ。
 食事が終わると時間が空く。周囲がまだ明るいうちにと、簡単な戦闘訓練を行っているチームもいれば、配給されたお酒か自前のお酒を飲んでいる者も多い。

 同期のトーマスたちのチーム「草原を渡る風」はランクCの上位にまで来ていたが、離れたところの馬車に乗っている。休憩時間とかに偶に遊びにやってくるが、彼らも随分と成長し、すっかりベテラン冒険者となっていた。

 食後、焚火を利用してお湯を沸かし、そのお湯でノルンがハーブティーを淹れてくれた。みんな輪になって、カップに口をつけながらおしゃべりをしている。それを眺めながら、これからのことを少し考える。

 俺たちが過去を放浪していた間に、アーケロンから伝えられた初代聖女が受けたという預言がある。

 ――天より6人の災いが訪れ、世界を乱すとき、外の世界に封じられし邪神が降り立つであろう。
 何ものもその破壊に抗うことかなわず。なぜならば邪神は、創造と破壊の神なる故なり。

 1人目の天使は海で目覚める。
 2人目の天使は黒き龍となり空を翔ける。
 3人目の天使は双剣で大地を切り裂く。
 4人目の天使は炎の巨人となって世界を焼きつくさんとす。
 5人目の天使は終わりを告げるラッパを鳴らし、
 6人目の天使はその巨大な剣にてこの世界の礎を砕く。

 初代聖女、つまりパティスさんが創造神であるシンさんから受けた預言だ。おそらく1人目の天使は大海溝アハティオーラで倒したフォラスのことだろう。黒き龍はピレト、双剣の天使はモルド、炎の巨人はベリアス。5人目のラッパの天使はよくわからないが、シエラの倒したグラナダに間違いないだろう。
 残るは6人目の天使、巨大な剣を持つゴルダン。だが、すでに邪神もこの世界のどこかに降臨しているという。今は、いずこにいるのかわからないが、完全体に近づいているはずだ。
 創造と破壊の神。何ものもその破壊に抗うことかなわず――。果たして、俺たちはゴルダンを倒し、さらにその邪神を倒すか追放するか封印するか、できるのだろうか。

 だが……、負けるわけにはいかない。今のヴァルガンドにどれくらいの人々が生き残っているのかわからないが、俺たちは負けるわけにはいかない。
 おそらくだけれど、俺とノルンが聖石の力を授かってきたのも、きっと邪神に対抗するためだろう。ならば神々のその判断を信じるしかない。信じるしかないだろう。

 ……駄目だな。どうやら不安になっているようだ。
 だいたい姿かたちも見たことがない邪神がいわばラスボスなわけで、今のところはどう戦えばいいのかもまったく判断ができない。それでいて戦いはやり直しがきかない。きっとそれも不安の原因なのだろう。

「――――ジュン」
 呼びかけられる声に我に返ると、みんなが俺を見ていた。「あ、すまん。考えごとをしていた」

「まったくしょうがないわねぇ」とヘレンが呆れたように言い、
「院長さまがあれだけ落ち着いておられたんだから大丈夫よ」
と断言する。

 それはそうなんだがな。それでも不安なものは不安なわけで。

 竪琴を撫でていたセレンが、
「今ね。話していたのは、貴方とノルンは聖石を取り込む時に神力を2人のなかでグルグル回していたでしょ?
 あれを私たち全員でやる訓練をした方がいいんじゃないかって話をしていたのよ」
「いや、あれは。……だって神力だぞ。こんなところで封印解除したら」
と言い淀む俺にサクラが、
「マスター。それはわかっているので、とりあえず魔力で訓練したらいいんじゃないかって話してたんです」
「魔力で?」と言いながらセレンを見ると、こくりとうなずいた。

「たしかに、複数人で1つの魔法を完成させる儀式魔法ってのがあると聞くな」
 ところがシエラが、
「なんでもあれとは違うやり方だそうです」
「違うやり方?」
 説明してくれたのはノルンだった。
「儀式魔法は、専用の魔法陣にそれぞれが魔力を充填して発動させるの。けれど、あの循環させる感覚はそれとは違うわ」
「なるほど。やってみるか」

 左隣のカレンが俺の左手をすっと取り、右手は右隣のノルンの左手とつなぐ。それぞれが隣の人と手をつないで、焚火を囲んでサークルとなる。

「で、どうする? 一斉に魔力をというわけにもいかないだろ?」
 ノルンが、
「それもそうね。じゃあ、私からジュンへ、ジュンからカレンへと魔力を流していきましょうか」
と言う。
 すぐに右手を通じてノルンの魔力が流れて来たので、それを自分の体の中で循環させてから、俺の魔力を少し載せて左手からカレンに流す。

「わっ。これですね」
と声を上げたカレンに、ノルンが、
「魔力を感じたら、それを自分の体の隅々まで流して、それから自分の魔力を載せて次の人へ流す感覚でやってみて」
とアドバイスした。

 はいと言いながら、カレンが目を閉じて集中し、少ししてからその左隣のシエラが、
「あ、きました」
と言った。

 魔力視でカレンを見ると、どうやらうまくできているようだ。今までも魔力でさんざん身体強化を行ってきたこともあり、シエラもうまくできている。
 結果、サクラ、ヘレン、セレンとめぐってノルンにまで届き、魔力が一巡した。

 なんだかいろんな力が混ざって、溶け合って不思議な感覚になる。
 ノルンが、
「じゃあ、流れの方向は変えずに、それぞれが少しずつ魔力の量を増やして」
「いきなりで大丈夫か?」
「危険と思ったら、私が強制的に止めるから大丈夫」
「なら大丈夫だな」

 さっそくノルンから流れ来る魔力の量が増えた。俺もそれに合わせて増やしてからカレンに流す。
 次第に体の中を流れていく魔力の速度が速くなっていく。やがてとある時点から、もはや魔力が流れているというより、魔力があるというか、みんなと1つになっているような感覚になった。

 気が付くと、みんなの身体がほのかに光を浴びている。――って、これ他のチームから見たらまずくないか?

 俺の懸念を悟ったのか、ノルンが、
「大丈夫、隠蔽の結界を張ってあるから」
と教えてくれた。どうやら事前に準備はちゃんとしておいてくれたようだ。

「これ、気持ちいいわね」
「そうそう。ヘレンが言うとおり。言ってみれば、抱かれていて昇り詰めたときみたいな」
「セレンさん。例えが凄くえっちぃです」
「そう? でも、サクラだってそう思うでしょ」
「それは否定しません」

 じっと話を聞いていたシエラがキリッとした表情になった。
「たしかに。言われてみれば、そんな感じも……」
「ほらほら。シエラだってこう言っているよ。カレンだって赤くなってるし」
「セレン、そこまでにしなさいよ。たしかにあ、あの時みたいな、はじけ飛んでほわぁぁって沈み込んでいくようになってる感じに似てはいるわね」
「ヘ、ヘレンも聖職者なのに、結構きわどい言いかたをするわね」
「あらそう? ――あ、でもさ。ちょうど良い湯加減の温泉でぷかぷか浮いてて、あまりの気持ちよさに何も考えられなくなっているような感じもするかな。とろけていくような心地よさっていうか」
「ほほぉ。なるほど、確かにほんわか温かくて心地よい部分だけだとそんな感じもするけどさ。それって1人だからさ……」
「なるほど。セレンの言うとおりね。――深いなぁ」

 やり取りを聞いていたノルンが呆れたように、
「何を言っているのよ。みんな」
と締めくくっていた。

 そんなやり取りを見ていると、無性に笑いがこみ上げてきた。
「くくく……くく……」
 なんだか色々考えていたのが馬鹿みたいだな。
「あはははは」
 急に笑い出した俺を見て、みんなも互いに顔を見合わせてクスッと微笑み、笑い出した。「ふふふ」

 大丈夫だ。俺は1人じゃない。みんなと一緒なら何でもできるさ。
 そんな自信がこみ上げてきて、愉快な気持ちにさせる。俺は間違いなく今幸せだと思う。

◇◇◇◇
 次の日から再び出発し予定通りの日程で、俺たちはメギドの地に到着した。
 すでにゾディアック騎士団、フェンリル騎士団が大規模陣地を形成していて、あらゆる方向からの襲撃に対応できるようにしていた。
 その巨大な陣地の一角に冒険者部隊の区画があるらしい。陣地の入り口で先頭の馬車に乗っているギルマスのアリスさんが身分証を見せ、入口を通過。次々に馬車が中に入り込んでいき、俺たちの馬車の順番になった。

 騒がしい雰囲気の陣地。並べられた武器に、天幕の下に積み重なっている物資。
 騎士と従者、それと作業員らしき人たちが移動している。その光景を見ていると、おのずから戦地に来たんだという気持ちになる。

 メギドの荒野はかなり広く、俺たちがいるのはエストリア王都側だった。ゴルダンたちはおそらくウルクンツル側から来るだろうと想定しているような布陣のようだが、休憩するためのテント群は分散配置されているようで、俺たちのいる区画はそのうち右翼後方の騎士たちのテント区画よりさらに後方だった。

 1キロほどもありそうなエストリア軍の陣地を見るに、かなりの大規模動員がされていることがわかる。区画ごとに天幕についている旗の種類が違う。いくつもの物見やぐらに組み立てられた投石器、巨大な魔導砲の設置もされていて、人々が盛んに動き回っている。
 さらに中央の方には仮設の砦があって、そこにはゾディアック騎士団12隊の旗とともにゾディアック騎士団の旗が立てられていた。

 前の馬車に続いて進み、到着したのは広い荒野を見渡せる丘だった。大きな天幕があって、どうやらここが冒険者部隊の本陣となっているようだ。

 順番に降りた後はチームごとに点呼となり、その後、アリスさんが天幕に報告に行った。ほどなくして戻ってきたアリスさんから、配属や今後の詳しい話は夜にするということで、俺たちのために用意された区画に向かい、そこで各自が支給されたテントを張って自由時間となった。
 再集合は夕食の支給が終わってから一時間後に呼び出すとのことで、それまでには区画に戻っているようにとのこと。あと、まだ冒険者用の区画から外には出ないようにと注意があった。

 夕方、夕食の後に各冒険者チームの代表者だけが集合する通達があり、俺とノルンとで指示された天幕に行くと、そこにいたアリスさんが説明があった。

「さて、まずはわかっている情報から伝えよう。今、このヴァルガンド世界に何が起きているのかを――」

 ギルド間の長距離通信魔道具を利用した、アーク機工王国、ゾヒテ、ルーネシア、ウルクンツルの各国との通信が途絶えたということ。アーク、ゾヒテから帰還した冒険者、俺たちのことだ、からその2国が文字通り消滅したこと。

 国内でもある日突然、光の柱に町が飲み込まれ、消滅し、異空間が顔をのぞかせている事例があり、おそらく大陸全体が同じようになっていると推測されること。
 ウルクンツルからの亡命者がもたらした情報とあわせ考えれば、まず正体不明の勢力、黒騎士と黒魔獣が大群をなして国を襲い、その後、これまた原理不明の光の柱に国土が飲み込まれていること。
 ウルクンツルからは、かろうじて皇太子夫妻とその妹君、フェンリル・ブレイブ騎士団の一部とおよそ3000人の一般人が亡命。皇帝陛下と剣聖殿の安否は不明ながら、おそらく絶望的とのこと。
 追撃軍をヴァージ大森林の出口にて撃退したが、その際に、強烈な攻撃が国境防壁に加えられ、そこにメギドの地での戦争予告があったということが知らされた。

「ウルクンツルの観測隊やフェンリルナイツからの情報によれば、敵となる黒騎士、黒魔獣ともに、全身鎧の大剣使いが指揮を執っているとのこと。どのような者か不明だが、おそらくそいつが敵の総大将だ。
 我々は負けるわけにはいかない――」

 当日に、どのように戦うのかについては、まだ騎士団の上層部で軍議が続いているらしいが、ランクC冒険者は後方支援として兵站や医療チーム、連絡員などに従事、ランクAとBはチームごとに戦闘部隊として運用するそうだ。
 またギルドから選抜したチームで特殊部隊を組むとのことで、該当するチームには個別に声をかけるとのこと。
 予告があった期日までまだ10日ほどあるため、それまでの作業分担は別に割り当てがある。あとは騎士団も含めた陣地の説明、医療所や補給所、従軍商人の居場所についてなどが説明された。

 説明が終わり解散となり天幕を出ようとしたとき、ギルマスのアリスさんが、「ステラポラリスは残れ」と言う。

 どうやらさっそく俺たちは特殊部隊に選ばれたようだ。

12-11 修道院

 修道院では中に入れなかった人々が外にあふれていて、誰もがみな女神トリスティアに祈りをささげていた。
 やはりこんな異常事態だ。しかもメギドでの戦いの話も広まっているのだろう。亡びを前にしては、神様に祈らずにはいられないだろう。

 しかしこれでは正面から入ることは困難なので、ヘレンの案内で裏口から入ることにした。
 表とは違って静かな廊下を歩いて聖女ローレンツィーナさまの部屋にたどり着くと、ヘレンがドアをノックして、
「院長様。ヘレンです。よろしいですか?」
と声をかけると、ドアがガチャリと開いて、中から次代の聖女である少女クラウディアが顔を出した。
「お待ちしていました。どうぞ中へー」
「お邪魔します」
と言って、クラウディアの頭を撫でながらヘレンが中に入り、俺たちもそれに続く。

 部屋の中では窓際に立っていたローレンツィーナさまが、いつものように柔らかい笑みを浮かべて俺たちを迎え入れてくれた。
「お待ちしていましたよ。――とうとう神の一員へと昇られましたね」
「よくご存じで」
 驚いたけれど、この方ならお見通しであっても不思議はないか。

 ローレンツィーナは、そばに来たクラウディアの頭を撫でて、ちらりとヘレンを見る。
「あなたも昔はこんな風だったのにねぇ」
「院長さま。クラウディアも充分お転婆だと思いますよ」
「いや、だから貴女もそうだったでしょ。それなのに今は人妻、いや眷属神ですものねぇ」
「……返答に困ります」

 ヘレンのその返事に、ローレンツィーナさまとクラウディアは2人して笑った。
「さてと、それじゃあ、これからとある場所へと案内しましょうかね」

 その言葉にヘレンを見るが、首を横に振っているので彼女にもどこのことかわからないようだ。
「ふふふ。いかにヘレンでも知らない場所です。当代の聖女のみが知っている聖域ですが、今、そこに貴方たちを連れて行かねばなりません」

 聖女のみが知っている聖域。それがこのアルの街に?
 戸惑っている俺をよそに、ローレンツィーナさまはクラウディアと手をつなぎながら、ドアの方へと歩いていったので、俺たちもそれについていった。

 途中、廊下を進みながら、前を行くローレンツィーナさまから、
「来るときは驚いたでしょう」
「ええ。まさかこんなに多くの人が詰めかけているとは思いもしませんでした」
 そう言うと、前からくすりと笑ったような気配が伝わってくる。
「年始などでもなければ、これほど多くの人々が修道院に来ることはありませんからね。……ですが、どの人々も必死なのです。こういう危機の時には神にすがりたくなるものなのでしょう」
「その気持ちはわかりますよ。お二人はいつもどおりのように落ち着いているみたいですが」
 クラウディアがくるりと振り向いた。
「だって、怖くないもの」
「え?」

 思いがけない返事に、ちょっと言葉が出てこない。少しの間が空いて、院長さまが、
「人はいつか必ず死ぬが定め。
 神はしかし、定命ではありません。大きな力を持ち、人々を、あらゆる生きとし生けるものを慈しむ者。そのような神である故に、人々は感謝の祈りを捧げるのです」

 なんだ? いったい院長さまは何の話をしようとしているのだろうか。……何か大切な話ということはわかる。それに、どうやら、この方には俺たちに見えないものが見えているようだ。
 ……種族が神になったとはいえ、俺たちには過去を見る力もなければ、未来を見通す力もない。だがそうか。そんな俺たちに、何かの道を示そうとされているのか。

「――同時に神には権能による定められた限界があります。もっとも創造神さまならば、世界そのものであり、限界もないでしょうが」

 それっきり口を閉ざした院長さま。やはりこの方は何か知っていると確信したが、だが今おっしゃられたことの意図がどこにあるのかがわからない。
 思考の海に、1人、潜り込んでいると、再びクラウディアが振り向いた。
「つまりね。今の、終末だっけ? それはね。怖いことじゃないんだ」

 いや、余計にわからないから。
 そうは思ったものの、この子も院長さまと同じだ。さすがは次代の聖女といったところか。

「さて、入り口につきましたよ」
 院長さまが足を止めたのは、修道院の図書室だった。
 さっそく中に入り、さらに奥に進んでいくと本の閲覧スペースがあった。その壁にリビングボードのような石の台座が設えてあり、そこに少女姿の天使の像が祀られていた。
 短く祈りを捧げる院長さまとクラウディアに倣って、俺たちも祈りを捧げる。

 振り向いた院長さまはいたずらっぽく微笑んで、
「ジュンさんならば、この像に見覚えがあるのではないですか?」
と質問してきた。よく見てみるが、たしかにどこかで見覚えがあるようでもあるし、無いようでもある。
 その時、ふと、ノルンの肩の定位置にいるフェリシアの、
(あの像は……)
というつぶやきが念話で伝わってきた。
「フェリシアは知っているのか?」
と問いかけた時に思い出した。そういえばヴァルガンド創世期にいたあの少女がそうだ。

 そうか。これは女神トリスティアの像だ。大聖堂にある大人の女性の姿のではなく、本当の女神の姿を、ここの修道院ではきちんと伝えているということか。

 そんなことを考えている俺をよそにして、聖女様がその像の足元にある台座のシンボルマークに手をかけてクルリと右に回した。そして何かを小さくつぶやいた。
 すると足元から何かが動く音が聞こえ、台座の下の床に地下へと降りていく階段が現れた。

 ヘレンの驚きで固まっている。
「こんな仕掛けがここにあったなんて……」
 この修道院で修道女として暮らしてきた彼女にとっては、驚天動地の光景なのだろう。

 ノルンが光明の魔法を唱え、俺たちは再び院長さまの後に続いてその階段に足を踏み出した。

 それほど長い階段ではなかったが、その終着点は天然の洞窟のようになっており、さらに奥に人口の小部屋が作られていた。
 部屋に入って驚いた。

 その部屋の中央にある台座の上に輝いているのは、見覚えのある八角の聖石だったのだ。
「これは!」
 よく見ると、その聖石の前に、上の台座にあったのと同じ翼をもつ少女の像が安置されている。
 院長様とクラウディアがその台座の前で振り向いた。

「この少女のような御姿こそ、地神トリスティアさまの本当の御姿なのです」
「……え、ええー!」
 まっさきに驚きの声を挙げたのはヘレンだった。

 いや、さっきの少女像の姿が本当の姿だよ。

 院長さまが驚いているヘレンを見てクスクスと笑い、俺たちに説明してくれた。
「あの神像は、トリスティアさまからあのような御姿で作るように内々に神託があって、それで作り上げたものです」

 そんな見栄を張るような女神がいるのかと思ったが、よく考えたら何らかの意図があるのかも知れない。たとえば、人々の尊敬を受けるのには大人の姿の方が良いだろうと判断されたとか。

 ……いや、それはないか。
 自分で深読みして、自分で否定する。
 なにしろ海神セルレイオスなども、非常に人間味あふれる神だったわけだし、単純に見栄を張るために作らせても不思議はない。

 その時、院長さまの隣に急に光が集まりだし、すっとほっそりした女性が姿を現した。長い金色の髪。この気配は精霊か。
 サクラがその姿を見て、
「あっ、メーテルさんです。光の精霊の」
と教えてくれた。

 光の精霊。最後の精霊だ。メーテルはサクラを見て、
「ああ、あの時の」と言いつつも、その視線を俺とノルンに向けた。
「あの時はクロノの代理でしたが、今はトリスティアさまから命じられて、この場に顕現しました。――若き神よ。あなたたちは最後の聖石を取り込み、その力を自らのものとしなければなりません」

 聖石を見たときから、そうなるとは思っていたが、女神トリスティアの意図が見えない。けれども、これからゴルダンと戦わねばならない俺たちにとって、この聖石の力を手に入れることは願ってもないことだ。

「行きましょう。ジュン」
「ああ」

 院長さまとクラウとメーテルが壁際に寄った後で、俺は聖石を挟んでノルンと向かい合って立った。

 目の前の聖石は天地海3柱の神の最後の1柱のもの。もし聖石に属性があるのなら大地属性ということになるだろうか。

 封印解除、神力解放。

 たちまち湧き出てくる神力の放出を押さえ、体内に循環させる。ヘレンやサクラたちにも神力が流れていくが、今はそちらに意識を向けないようにして目の前の聖石とノルンを見た。
 ノルンの方もすでに準備はできている。アイコンタクトでうなずき合って、神力で聖石に触れた。

 パスがつながったと思ったら、聖石の持つ力が勢いよく流れ込んできた。その力を身体全体に馴染ませるように循環させ、ノルンの方へと流していく。聖石から俺へ、俺からノルンへ、ノルンから俺へ。神力の流れが光の流れとなり輪を作る。

 今までと同じようなつもりで聖石の力を吸収しているうちに、認識できる感覚が広がっていくのがわかった。思念の中で微細な何かが見えるような、五感とは違う別の感覚器官がそなわっていることに気がついたかのような不思議な感覚だ。

 やがて世界と自身との境界が曖昧になっていき、周囲の空気や事物から自分自身の気配が感じられ、自分の中にもあらゆる世界があるように感じられる。遍満する自我は世界でもある。……グラナダとの戦いでも感じたこの不思議な感覚。

 ――ピコーン。
 陸・海・空の聖石の融合を確認しました。

 ナビゲーションが何かを教えてくれる。

 ――3柱の神の力が揃ったことにより、創造神への道が開かれました。

「……うん?」
 創造神への道? ちょっと何を言っているのかわからないな。だが、それでも以前とは違う。それはわかる。
 手をグーパーグーパーして調子を見る。身体の感覚も少し変わった気がする。どこかで慣らした方が良いかもしれない。

 そんなことを1人でやっていると、院長さまが、
「すべての準備は整いました。
 これから貴方たち2人の役目は重大です。ですが……、ヘレンたちもいますし、まあ心配はいらないでしょう」
「はい。任せて下さい。必ずやゴルダンを倒し、たとえ邪神が降臨しようとも、諦めずに勝利をもぎ取って見せます」

 クラウディアが院長さまに向かって、どうする? と言いたげな表情になったが、院長さまは微笑み返し、それから俺たちに言った。
「その時になれば、おのずと自らの|為《な》すべきことがわかるでしょう。世界の理を乗り越えられるのは人の意志。人の持つ可能性こそが必要なのです。そのことを|努努《ゆめゆめ》お忘れなきように」
「はい。院長さま、ありがとうございました」

 いつの間にか光精霊のメーテルは元の精霊界に戻っていったようで、姿を消していた。トリスティアさまにお礼を伝えてもらうことはできなかったが、クラウディアが祈ればいいのよと言うので、目の前の少女の姿のトリスティアさまに祈り、俺たちは秘密の通路を戻った。

 院長さまの部屋に戻り、メギドの地での戦いに参加すること。その出発が5日後であることを伝え、俺たちは修道院を辞したのだった。

12-10 終末戦争に向けて

 窓から見えるアルの街は、かつてのエビルトレント事件の時のような殺伐とした雰囲気になっている。昼間だというのに、道行く人々の表情は暗く、どこかおびえた様子だった。

 それも無理はないだろう。何しろ空の色が紫になるという異変が起きてから、考えられないような異常事態がこの世界を襲い、否応なくこの先に自分たちも死ぬことになるだろうと想像がつくのだから。

 とはいえ、俺たちはデウマキナ山脈から戻ってきたばかりで、このあとギルドや修道院に行って詳しい状況を聞かせてもらう予定にしていた。

「あー、もう! 次から次へと、少しはゆっくりさせて!」
 珍しくノルンのいらだった声に振り変えると、武装した格好のままでダイニングのテーブルに突っ伏しているノルンとサクラとヘレンの姿があった。

「ですねー」
と突っ伏したまま力なくサクラが同意し、ヘレンがゴロンとこっちに顔を向けて、
「ジュン~、ジュン~、エリクサーちょうだい」
「ないよ、そんなもの」

 するとリビングスペースにいるシエラから、
「あ、そういえば実家にあった|竜の血《ドラゴン・ブラッド》ならありますよ」

 いやいや。あれは未加工だし、スッポンじゃあるまいし……。
 案の定、エリクサーを所望したヘレンも「血はいやぁ」とつぶやいて、顔の向きを反対側に変えた。

 さすがにここまで戦いずくめだった影響が出ているか。

 苦笑しながらリビングスペースの方を見ると、シエラが苦笑していた。
「まあまあ、仕方ないですよ。終わった後もゆっくりできませんでしたし……」

 仇討ちを終えて、どこがどうとはいえないが、シエラの雰囲気が変わったように思う。すべての竜王の試練を乗り越えたせいもあるのか、どことなく落ち着いた大人のような雰囲気になっている。
 その向かい側では人魚族のセレンが長い足を組んで、優雅に紅茶を飲んでいた。

 ちなみにハイエルフのカレンは、別室でテイム獣たちにブラシを掛けているはずだ。

 久しぶりのホームだからなぁ……。早めにギルドや修道院に行きたいが、もう少しだけゆっくりするか。
 そう思いながら、あれからのことを俺は思い返していた。

◇◇◇◇
 仇討ちを終えたシエラを連れて、竜の聖地に戻った俺たちを、竜人族の人たちとともに神竜王バハムートさまと風竜王タイフーンさまが出迎えてくれた。

 さっそく2人の竜王に仇討ちの報告をするシエラに、
「よくやったぞ。シエラよ」
とバハムートさまから声を掛けられたが、続く言葉には驚いた。
「お前たちのお陰で残る天災はゴルダン1人となったが、終末の時もまた、すぐそこまで来ている」

 その終末を防ぐためにも、俺たちはゴルダンを倒さねばならない。こんな風に穴だらけになった世界を元通りにする方法があるのかどうかも探さないといけないが、こっちはまあ、シンさんを探せばどうにかなるだろう。……何しろ創造神なんだから。

「……我らはゆかねばならぬ所がある。お前たちはアルへ急ぎ帰還せよ。使命はまだ終わってはいない。聖女ローレンツィーナに会うがいい」

 アルへと?
 そうか。ゴルダンの居場所は、きっと聖女ローレンツィーナさまが知っているのだろう。

 了承の返事をするや、そのままホバリングするように上空に浮き上がる2人の竜王様は、俺たちや人々が見守るなかを、「また会おう」の一言を残していずこかへと飛んで行った。

 竜王たちが行かなければならない場所、か……。

 ともあれ、それから族長のトルメクさんたちにも報告をし、俺たちはテーテュースを呼び出して竜の聖地を出発したのだった。
 なんでも竜人族の人たちは、このまま竜の聖地に留まるよう命令が下っているようで、竜王さまたちが戻るまでは、そこで待機するらしい。
 すべて終わったら、またゆっくりとお墓参りに行くことにしよう。

 そんなわけでアルの街に戻ってきたわけだが、街に入る時に門番の兵士から厳戒態勢になっていることを聞いて驚いた。中に入ると、たしかにどこか物々しい雰囲気で、俺としてはまっすぐギルドに行って情報を入手したかったんだが、みんなの希望を聞いて、先にホームに戻ってきたというわけだ。

 カレンがダイニングに戻ってきたところで、
「みんな疲れているようだから、俺一人で行ってこようか?」
と声をかけると、なぜか全員がガバッと顔をこちらに向けて、
「「全員一緒です!」」
と異口同音に言われた。
 その勢いにちょっとビビったが、考えてみたら、しばらくみんなと離れ離れになって歴史の彼方に飛ばされていたわけで、しばらくはどこに行くにも全員でという気持ちも、まあわからないではない。
 ……いや、みんなの気持ちをもっと慮るべきだったか。

 けれど、俺の一言で置いていかれてはマズイと思ったのか、みんな立ち上がり、休憩はそこまでとなった。玄関の鍵をかけて、まずはギルドへ、そしてその次は修道院へと向かうことに。

 歩きなれた通り。いつしか見慣れてしまった紫色の空。いつもよりも兵士の数が多いようだが、防犯のための巡回をしているわけではないようで、忙しそうにどこかに向かって足早に歩いていっている。

 ようやくギルドの建物が見えてきて、さっそく中に入ると、夕方が近いということもあってか、思いのほか多くの冒険者がいた。

「あら? ジュンさん?」

 受付から声をかけてきたのはエミリーさんだ。一時は俺と付き合っているという根も葉もない噂が流れて、ひどい目に遭ったが、あの表情は少しやつれているか。
 隣にはいつものように、もう1人の麗しの受付嬢マリナさんがいて、並んでいる冒険者の用件をさばいていた。
 エミリーさんの前にも列ができていたが、その人たちには「ちょっと待って」と言うや、俺に向かって、
「悪いけど、今ギルマスを呼んでくるから、そこで待ってて」
と言い、そのまま奥の部屋へと足早に向かっていった。

 並んでいた冒険者の恨めしそうな視線に、両手を合わせ、
「すまん。俺たちも久しぶりに帰還して、何が何だかわかっていないんだ」
と言うと、顔見知りの奴らが片手をあげて、気にするなとハンドサインをしてくれた。

 すぐに奥の通路からギルマスであるエルフのアリスさんがやってきた。
「ランクAチームのハーレ、じゃなかった、ステラポラリスはこっちに来てくれ」

 ……おいおい。ギルマスまでがチーム名を言い間違いそうになるとは。隣にいるエミリーさんが吹き出しているじゃないか。
 クール美人であるギルマスに思わずジトっとした目を向けそうになるが、肝心の相手が気にしていないようなのでため息をつきつつ、ギルマスの後ろに続いて会議室に向かった。

 会議室に入ると椅子をすすめられ、すぐに、
「帰還が遅くなったのはまあいい。――で、現在の状況をどこまで知っている?」
と言ってくるギルマスに、
「世界のあちこちの国が消滅しているということくらいです」
「ほう。……では、ウルクンツル帝国とも連絡が取れなくなっていることは?」
「え? ウルクンツルも?」
「そうだ。皇太子カール殿下とセシリア殿下、そしてその妹姫トリス殿下は、無事にエストリアに脱出されている。フェンリル騎士団は剣聖ザルバック殿といくつかの部隊は絶望的とは思われるが、その大部分はカール殿下とともにエストリアに来ている」

 そんな馬鹿なとは言わない。あり得ないことではないからだ。だが……、そうかウルクンツルもか。デウマキナ山脈とも国土が接しているが、ずっと雲が立ち込めていたからな……。

「アーク、ゾヒテに続いて、ウルクンツルも消滅、か」
 そうつぶやく俺に、ギルマスは眉をしかめ、
「そうか。やはりウルクンツルも、アークも、ゾヒテも、エストリア国内の消え去った町のようになったんだな? ルーネシアも連絡が取れないが、何か知っているか?」
「アークとゾヒテは消滅しました。ルーネシアはわかりません。うまく言えないんですが、空間ごと切り取られたというか、何にもない別の空間が口を開けているような状態ですね。そういった情報は入っていなかったんですか?」
「ああ。長距離連絡用の魔道具の反応がなくなったから、何らかの異常が起きたと考えられていたんだが、フェンリル騎士団からもたらされたウルクンツルの状況から、同じような状態になったのかもしれないとは思っていた」

 アリスさんは、ハイエルフのカレンを見た。
「姫もお辛いでしょう」

 エルフであるアリスさんにとって、ハイエルフのカレンは王族のようなもの。そして、ゾヒテが消滅したということは、世界樹も消滅したということを意味するのだから、予想はしていたとしてもアリスさん自身もショックを受けているはずだ。
 カレンはうなずいて、
「ですが、私は世界樹の種を託されています。だからまだ、終わりではありません」
と言う。世界樹の巫女としての言葉は、その責任感からか、ひどく大人びて聞こえた。

 うなずきかえしていたアリスさんだったが、表情を再び引き締めると、
「ウルクンツル帝国から皇太子カール殿下たちが脱出する際に、不気味な漆黒の鎧に身を包んだ騎士の軍隊と、ウルフ系、人鬼系を主体とする全身真っ黒な魔物の群れに追撃されたそうだ」

 それはカオスレギオンだ。間違いない。とすれば、召喚したのは天災ゴルダンだろう。
 ……そうか。俺たちがデウマキナにいる間に、奴はウルクンツルに出没していたのか。

 アリスさんの説明は続く、
「ヴァージ大森林を抜けたところで、ゾディアック騎士団が砦と防壁を作り、その追撃を防いだらしいが、その時、何者かによる強烈な遠距離攻撃によって防壁の一部が大破したという」
 驚いた様子を見せない俺たちを見て、アリスさんはふむと言うと、
「追撃者たちの集団は、その攻撃の後できれいさっぱりと姿を消したらしいが、その防壁にメッセージが書かれていた」
「メッセージ?」
「ああ。――30日後、メギドの地にて邪神の軍勢は現れん」
「メギドの地」
「古い地名だ。現在の地図でいえば、王国北西部。ヴァージ大森林から王都エストリアに向かう途中にある広い荒野に当たる」

 そういわれてみると、俺たちもウルクンツルに行ったことがあるから、だいたいの場所はわかる。たしかに荒涼とした平地であったが、あそこに邪神の軍勢が現れるとしたら王都が危ないだろうな。

「現在、ギルドの長距離連絡網を駆使しても、連絡が通じる大国は我が国のほかには無い。おそらく30日後に現れる邪神の軍勢との戦いに敗れれば、我が国も消滅することになろう。
 ――それはつまり、人類が滅亡するということ。もしくはこの世界が滅びることを意味する」

 つまり、そのメッセージは予告であり、終末戦争にそなえろということ。天災のゴルダンの性格を考えると、考えうる最強の軍勢を用意して戦えということか。
 そして、それは俺たちに対するメッセージでもある。そこで雌雄を決しようというのだろう。……ゴルダンめ。

「決して引くわけにはいかん。エストリア王国は全騎士団の出動を命じ、我ら冒険者ギルドもランクC以上の全冒険者に強制依頼を出すことを決定した。騎士団の指揮下に入り、我らも戦う。――もし依頼を受けないというのであればギルドから除名する。できればランクAの君たちには引き受けてもらいたいが」
「わかっています。俺たちにも戦う理由がある。引き受けますよ」
「食料や移動の足はこちらで用意する。野営道具は普段自分たちが使っているものを使え。騎士が使っている量産用の武具でよければ支給しよう。期間中、騎士団が用意した医師団にも診てもらえる。ポーションも一定量を支給してもらえるようになっている」
「了解です」

 ようは騎士団員と同じ扱いということだろう。ほとんど問題はないが、騎士団の指揮下に入るということは自由が利かない可能性が高い。……だが、まず問題にはならないだろう。奴の目的は戦いを楽しむことだから、どのタイミングかはわからないが、必ず俺たちと戦おうと向こうからやってくるはずだ。

「集合は5日後の朝、街の西門の外に集合。詳しくはエミリーにでもマリナでも確認してくれ」
「はい」
「君たちは、うちの所嘱の冒険者の中でも随分と活動範囲が広い。さっき言った戦う理由については聞かないが、何か要望などはあるかね?」
「さて……、俺は特にないですが、みんなからは何かある?」

 すると、ノルンが、
「私たちはチーム単位で活動します。現地で分散することは認めません」
「そうか。聖女の弟子殿には医療チームに入ってほしかったが……」
 そういうギルマスに、ヘレンは首を横に振った。
「駄目ですね。うちはこのメンバーがいてこそ、戦う時に真価を発揮するから」
「確かに連携が確立しているならば、それを崩せばバランスも悪くなるか……、よしわかった。それは守ることにしよう」

 さすがはノルンだ。それは確約してもらわないといけない。
 他に要望はないかと尋ねるアリスさんに、みんなからももう無いようだったので、ギルマスの要件はそれで終わった。

 ギルドホールに戻ると、マリナさんもエミリーさんも受付の応対をしながらこちらを見たので、軽く手を挙げて挨拶がわりとして俺たちは外に出た。
 5日後に出発。メギドの地にて人類の存亡を賭けた戦い。
 アークで戦ったときには、俺の本気は奴には通じなかった。レベル7剣技ディメンション・ブレイドの使い手。
 あれから過去に飛び新たな聖石の力を手に入れたが、そんな貰いものの力だけでは奴は倒せないだろう。俺は拳をギュッと握った。
 もっと技が、もっと修練が、もっと覚悟が必要だ。

 だが、次は奴を倒す。何が何でも奴を倒す。メギドの地での戦いは、絶対に負けられないのだ。

12-9 ヴァージ大森林の戦い

 腕の中のシエラが、感情がほとばしるままに泣いている。
 嗚咽をもらし、体を震わせ、それでも仇を討った彼女は、今まで背負っていたものをおろし、歳相応の女の子のように泣いている。

 よく頑張った。

 いつしか散らばっていたみんなも戻ってきて、俺の腕の中で泣きじゃくっているシエラを見て、温かい目で見守ってくれていた。

 みんなも、よくやってくれた。
 そう思いつつ見まわすと、誰もが〝わかってる〟とでもいうように、うなずき返してきた。
 さっき、最後に現れたギリメクさんと目が合った時、俺の耳にはあの人の声が聞こえた。

 ――シエラをよろしく頼む。婿殿。

 距離があったけれど、決して聞き間違いではない。
 行方不明になった幼子を探して、あまたの魔物を退けて1人であの洞窟に行った、あの誇り高い男から託されたのだ。
 もともとシエラを初めて抱いた時から、彼女と、またみんなと一緒に生きていくつもりではあったけれど、ああして彼女の実の父親から託されると、それが何よりも大切で尊い約束であるように感じられる。

 俺は、いまだ泣いているシエラの頭をぽんぽんと叩きながら、光球になったギリメクさんが飛んで行った方角を見た。

 どんよりしたデウマキナの上空。
 まるで台風が過ぎた後のように、雲がうごめき、その向こうから明るい空が見える。……ただし紫色の異界の空ではあるが。

 任せてください。ギリメクさん。俺はシエラとともに生きていきます。それに、みんなもいる。
 きっと笑顔があふれる人生を、彼女とともに歩いていきますよ。

 そう思いながら、空の向こうを見ていると、ぐいっと頭が引っ張られ慌てて我に返る。
 唇に柔らかい感触がして、俺はシエラにキスをされていた。

 一瞬驚いたものの、彼女の腰に腕を回して支えると、ぎゅっとしがみついてきた。
 涙でしょっぱい口づけだけれど、サクラとヘレンが「あー!」とか騒いでいるのを聞いて、シエラがほほを染めながら、してやったりとキスをしながら笑みを浮かべていた。

 ようやく離してくれたシエラは、にっこり笑ってサクラにピースサインをしていた。
 それを見て笑い出すみんなを見ていると、不思議と幸せな気持ちになる。

 ――さあ、これで残るはゴルダン1人だ。

 気が付くと、神竜王バハムートさまと風竜王タイフーンさまが、竜の姿でこっちに向かって来るのが見えた。

◇◇◇◇
 広大なデウマキナ山の西方。
 山裾から海までつづく広大なヴァージ大森林。
 この森林地帯を縦断する、エストリア王国とウルクンツル帝国を結ぶ街道を、いくつもの馬車が必死に南下を続けていた。

 北方、ウルクンツル側の玄関口にあるイストの街が陥落し、漆黒の騎士たち率いる魔物の群れが、ウルクンツルの王族と難民となったウルクンツルの住民たち、そしてそれらを護衛するフェンリル・ブレイブナイツを追いかけている。

 すでに多くの住民たちは、エストリア側から派遣された馬車に分乗して先を進んでいる。
 亡国の皇太子となったカールとその妻セシリアは、一般市民を追いかけるように続いているフェンリル騎士団の先頭にいた。
 ウルクンツルの王族として、超帝国の血を引く誇りある帝家の一員として民草を守らねばならない。もしもの時のために先に避難させた妹のトリスは、今頃はすでにエストリア王国に到着しているはずだ。
 もちろん自分たちもここで終わるつもりはない。
 追撃を防ぎ、エストリア王国に亡命する。死ぬつもりなど毛頭なかった。

 イストの街全体をつかった計略で追撃を遅らせることには成功したが、その稼いだ貴重な時間もすでになくなり、最後尾では|殿《しんがり》を務める|戈《ハルバード》・|斧《アクス》・|弓《ボウ》の3隊が巧みな布陣で敵の追撃を防いでいる状態だ。

 |戈《ハルバード》隊体長である白騎士オルランド・ザントワースは、今回こそ妹を先に行かせ、自らが殿となった。
 途中途中で、先行した部隊が追撃を防ぐための簡易陣地を築いていてくれるので、それを利用しながら被害を抑えつつ、順調に撤退していた。

 森の中の街道とあって、両側からは木々が迫っているが、どういう理由かわからないが、その森の方向から敵の魔物が襲ってくるようなことはなかった。
 襲ってくるのはあくまでも街道を伝ってであり、それが撤退戦での被害が少ない理由でもあった。

「よし! この陣地も捨てる。撤退だ!」
 今もまた街道を塞ぐように築かれた1つの陣地を罠に利用し、撤退を始めさせるオルランド。
 精鋭であるフェンリル騎士団の面々も、すでに汚れ切っている鎧を手入れする余裕もなく、馬を駆って陣地南口から飛び出した。
 自分も行くかと馬の頭を巡らしたところで、突然、空から|大きなワシの魔物《シャドウ・イーグル》がオルランドに襲い掛かった。

 ――しまった。

 疲労がピークに達していたせいか、反応が一瞬遅れた。次の瞬間、シャドウ・イーグルの翼から、何枚もの羽根が手裏剣のように放たれた。
 武器であるハルバードを回転させて、防ぐが、そのうち何枚がオルランドの手に刺さった。

 途端に武器を取り落としてしまったオルランドは、力なく馬から地面に崩れ落ちた。
 舌打ちして、震える右手を左手で抑える。……どうやら羽根に即効性のマヒ毒が含まれていたようだった。

 その時、討ち捨てた陣地の一角が破壊され、追撃の魔物たちがなだれ込んできた。

 くっ。ここまでか。

 そう観念したが、「隊長!」と付き添っていた2人の騎士のうち、1人が馬から降りてオルランドを抱え上げた。
「……俺を捨てて、撤退しろ!」
「できません!」
「早くっ。せめてハルバードだけでも持っていけ!」

 しかしそうは言うものの、オルランドを見捨てることができない2人。
 地響きを立ててながら魔物の大群が迫り、1人がオルランドをかばうように前に出た。

 ――その時だった。
 突然、オルランドたちを守るように地面から土の障壁がせり出した。その障壁を囲むように風の結界が生じ、包囲していた魔物を不可視の刃で切り刻む。

「くそっ……」
 味方が戻ってきたのかと思う一方で、自分を助けるために来やがって馬鹿野郎が、とオルランドは唇をかんだ。

 しかし、それは撤退した部隊が単に戻ってきたのではなかった。
 一帯に、角笛のブオオォーという音が響き渡った。それも1つではない。いくつもの角笛が鳴り響く。

「こ、これは……」

 ウルクンツルには戦いの場で角笛を鳴らすことはない。となれば、これはエストリア王国の援軍だ。

 周囲の空に、多数の魔法陣が一斉に浮かび上がり、その魔法陣から色とりどりの攻撃魔法が魔物の群れに降り注いだ。

 そこへ街道から騎馬の一団が走り込んできて、その先頭にいた若い騎士が、
「白騎士オルランド将軍とお見受けいたします。――我らはエストリア王国ゾディアック騎士団カプリコーン隊です」
「おおっ。ゾディアック・クルセイダーズの……」
「隊長のクリストフ・モンタールと申します。さあ、戦馬車を用意しました。すぐに撤退しますので、騎乗を!」
「すまん。助力に感謝する」

 戦馬車は4頭の馬が牽く、立派なものだった。御者の騎士が1人すでに乗っており、中には弓や槍なども用意されていた。
 オルランドは2人の部下と一緒にその戦馬車に乗る。その間にも魔法攻撃は続いていた。

「よしっ。では、ゆくぞ!」
 クリストフの指揮で部隊は出発した。オルランドは、戦馬車に乗りながらも魔物たちに降り注いでいる魔法を注視していた。
 戦馬車と並走している騎士の誰かが、
「将軍。あの魔法攻撃はトーラス隊によるものです。――思いのほか国境は近いですぞ」
と教えてくれた。

 うむと返事をしたが、オルランドはまだ魔法攻撃を見続けている。
 魔法の色は間違いなく属性を示すものだろう。いかに国境は近いとはいえ、これだけの離れた距離で、あれだけの攻撃魔法を放ち続けられるとは。
 戦い方がウルクンツル帝国とは違うとはいえ、その戦闘力、いや防衛力と言うべきか、には驚かされる。

 だがオルランドは砦に到着するまでに、さらに驚くことになる。
 というのも、砦まで3つのポイントで、街道と森の中まで光の障壁が張られており、それが事前に森の中まで設置していた魔法陣による浄化結界であるというのだ。

 ともあれ、追撃してきた魔物たちはこの浄化結界によって、広範囲にわたって弱体化、もしくは追撃自体をあきらめることになるだろう。

 こうしてカプリコーン隊とともにオルランドたち3人は、無事に国境の砦に撤退することができたのだった。

◇◇◇◇
 そのころ、街道を北にさかのぼり両国の中間地点のあたりでは、街道両脇の森の中から、いくつもの植物のツルが鞭のように飛び出して、魔物を拘束し、さらに網のような緑の壁を作り出して飲みこんでいた。
 あたかもハイエルフであるカレンの森魔法マイ・リトル・ガーデンのように、撤退を終えた街道、あるいは森の中に侵入してきた黒騎士や魔物を、次々に植物たちが拘束していく。やがて森が広がって街道を飲みこんでいった。
 迫っていた魔物も為す術もなく、大きくなっていく木々に巻き込まれ、その幹に飲み込まれていく。

 そこから離れたところにある小高い丘の上に、ワンピースを着た1人の幼女と1人のエルフがいた。

 2人の目の前の空間に1枚のスクリーンが映し出されており、そこにはカプリコーン隊が撤退する様子が映し出されていた。

 エルフが目の前に手で|庇《ひさし》をつくって街道の様子を見たり、スクリーンを見たりしていたが、
「どうやら~、無事に~、逃げられたようですね~」
と妙に間延びをして言う。そして、幼女の方を見て、
「フレイさまが、ああして干渉するとは~、何があるんです~?」

 その幼女は妖精王フレイだった。
「お前な! 昨日も説明しただろうが!」
と吐き捨てるように言ったが、どうみても悪ぶっている幼女にしか見えない。
 眼下でどうにか撤退しゆく騎士団を見て、|眦《まなじり》を少しゆるめ、ようやくフーッと息を吐いた。
「いいか。ナターシャ。終末の時が来たんだ」
「フレイさま。終末ってなんですかぁ?」
「うん。やっぱ、お前はそのままでいいや」
「え~っ、そんなのひどいです」
「……」
 無言でナターシャの頭をぽかりと叩くフレイ。「あつぅぅぅ~」
 頭を押さえてしゃがみこんだナターシャの襟首をつかみ、
「行くぞっ」
「え? どこに?」
「どこでもいいだろう」
「それってど、――ひゃわああぁぁぁ」

 瞬時に2人の足元に魔法陣が現れ、問答無用でフレイは転移魔法を発動。シュンッと2人の姿がその場から消えた。

◇◇◇◇
 国境の砦を森の向こうに遠く眺める地点で、黒い鎧を着た騎士たちを引き連れ、全身鎧を着た天災ゴルダンが面白そうに光の結界に手を触れたり離したりしていた。

「おもしろいことをするなぁ。エストリア王国は」

 森の中にまでいくつもの魔法陣を仕込んでいる。その魔力源は地脈であり、起動のキーは砦からの魔法によるシグナル。発言する魔法は浄化魔法となっているのは、今回、ゴルダンがウルクンツルで活動を始めた早い段階で、設置を始めたのだろう。
 だとすれば、随分と用意周到であり、相当の情報分析官がいると見た方がよい。

「こいつらを強化すれば突破も簡単だが、それじゃ面白くないか」
 そう言いながら遠くの砦を見る。
 う~ん、どうすっかなぁとつぶやいていたが、しばらくして何かを思いついたようだ。

「はははは。そうだ。決戦の場所を日時を伝えてやろう。本気の奴らと戦う方が面白いし、この世界の最後にふさわしい決戦になる。ははは。それがいい。是非やろう! 運命の舞台を整えてやろうではないか!」

 ゴルダンは背中の大剣を抜き、おもむろに砦の方を向いた。その全身から黒い瘴気がゆらゆらと立ちのぼる。
「お、ら、よっ」

 無造作にその大剣を振り下ろすと、ゴルダンの足元から地面が割れ、その割れ目から岩石の列柱が次々に地面を突き上げて飛び出してきた。
 すさまじい音を響かせながら、その斬撃とも魔法ともいえない一撃が森を割り、木々を吹き飛ばし、そして、砦の防壁を破壊した。はために地面から飛び出た列柱の連なりが巨竜の背中のようにも見えたかもしれない。

 砦の本体から少し外れた所をわざと狙って放った攻撃だったこともあり、砦本体にはダメージはないが、防壁の一部が完全に吹き飛んだ。

「これで宣戦布告、いや攻撃予告はいいだろう。――俺たちも撤退だ」

 ふりかえったゴルダンがそういうと、目の前に整列していたおびただしい数の黒騎士と影のように黒い魔物の身体がファサっと黒い粒子に分解し、どこかへと消えていった。
 残されたのはゴルダンただ一人。

「人間よ。楽しみにしてるぜ。|ハルマゲドン《終末戦争》まで1か月の猶予をやる。せいぜいあがいてみせろ」

 そう言い置くと、いずこかへと転移した。

 ゴルダンが転移した後、ウルクンツルだった領土を邪神の光が飲み込んだが、それを目撃した者はもはや誰もいなかった。

12-8 呪縛の終わり

 奴は俺たちの攻撃を無効化しているのではなかった。
 ただ一瞬で回復しているんだ。

 もともと天災の奴らは、本体が隣接する異空間にあって、こっちに顕現した身体はいくらダメージを受けようと、すぐに回復していく。だがグラナダは、その速度がほとんど瞬時にといえるほどだということだ
 おそらく、それを可能にしているのが、エネルギーを捕食するあのスライムの身体だろう。回復源になっているのが世界そのものの持つエネルギー。言葉を換えれば、精霊たちから力をかすめ取っているというわけだ。

 特に地脈の濃いところでは、継続的に膨大な地脈エネルギーが流れ込んでくるわけで、突然、巨体になったのもデウマキナに流れる地脈の力を捕食し、自らの身体に変換していたせいだ。あの水たまりのような液体の下では地面ふかく触手が根を張っている。
 この世界に現界したあいつの身体は、この世界の法則に縛られているということ。となれば、エネルギー補給経路を断つことが必要。その上でここにある奴の身体を削り、同時に精霊珠の力で隣接空間にあるはずの核を砕くのみ。

 だがグラナダは悪巧みをしているようだ。それを防がねばならない。

(カレン! そして、ヘレンとセレンは竜の聖地へ行け!)
(いいけど、どうして?)
(いいか。奴が地中に触手を伸ばし、竜人族のみんなを人質に取ろうとしている。カレンの森魔法で、お前のテリトリーに変えるんだ。そして、ヘレンとセレンはそれをサポートしてくれ!)
(わかりました!)(了解!)

 そして次は、
(みんな聞け! 奴はあの液体状の身体でエネルギーを吸収し、瞬時に回復させている。俺とノルンとで奴を世界から切り離す。サクラは奴の周囲を空の精霊珠で空間ごと断絶させろっ」

 空を蹴って、いまだに地上から空に向かって吹き上げている奴の身体のところへ飛び込んだ。

 応えろ。神剣天叢雲。
 天と地をつなぐ奴の身体を世界の壁ごと断ち切れ。

 ――レベル7剣技。ディバイン・ブレード。

 断ち切る。ただそれだけを強く念じ、一気に剣を振り抜く。光を帯びた神剣が柱のごとき奴の身体を通り抜け。その軌跡が空間を切り裂いた。

 上下に分かれた奴の身体が、一瞬、ドクンと脈打つ。そこへノルンが極大魔法陣を展開。下方に沼となって広がる奴の身体を灼き尽くす極光が降り注ぎ、その光が当たったところから奴の身体が消えていくのが見えた。

(シエラ! やれっ)

 念話を送った瞬間、シエラの闘気が爆発した。

◇◇◇◇

 シエラは上空にあって、片手に構えたドラグニルをグラナダの方に向けていた。その目はするどくグラナダの様子を見ている。

 ジュンさんの攻撃で、増大しつづけていた奴の力が止まった。
 みんなで私を支援してくれているんだ。

 ……なんて私は幸せなんだろうとシエラは思う。
 もしあの時、ジュンと一緒に行くことをしないで、1人で仇討ちをしようとしていたら、きっとここまでの高みには昇ることができなかっただろう。

 ドラグニルに竜闘気と神力を流すと、そんなシエラの思いに応えるかのようにキーンという音を響かせはじめた。

 グラナダは捕食の力で周囲の空間からエネルギーを吸い取り、自らの身体や力に変換しているらしい。
 だが、それならそれで好都合だとシエラは思う。――だって、何度でもぶちのめすことができるのだから。

 まっすぐに上空にただよう奴が、不定形の液体のままで不敵に笑った気がした。

 だが不思議と心は凪いでいて、いらだつこともない。

 お父さん、見ていて! ジュンさん、みんな、私に力を貸して!

 丹田に込めた力を一気に解放するように、シエラは吠えた。
「あああぁぁぁぁぁー!」

 それはドラゴンの咆吼だった。

 シエラの周囲にただよう黄金色のオーラが凝縮し、シエラを囲む球体となった。次の瞬間、ドンッと空気の壁を突き抜けて、シエラが飛び出した。

 不気味に脈動する漆黒のスライムに激突し、その瞬間、閃光が走った。まばゆい光がスライムの身体を食い破るように焼き尽くし、はじけ飛んだ液体が、その飛んだ先から消滅していく。

 だが、スライムの身体ががばっと広がり、突っ込んできているシエラをそのオーラごと飲み込んだ。
 黒い液体を通して、中でシエラのオーラが光っている。あたかも暗い海面を通して、海中の光を見ているかのようにユラユラと揺らめいて――、その光が再び爆発した。

 たまらずはじけ飛ぶスライムの身体が、周囲の地面に散らばり、少ししてから合流しようと1つ1つの液体が触手を伸ばし始めた。

 爆発と同時に真上に急上昇したシエラが、ドラグニルを横凪ぎに一閃した。その軌跡からいくつもの光弾が激しい雨のように降り注ぐ。
 合流しようとしたスライムの破片を打ち抜く光弾たち。だが、その時、シエラの上空に突如として魔法陣が現れた。

 そこから漆黒の極大雷がシエラに向かって落ちていった。

「――無駄ですよ」

 だがその雷撃は、シエラを守る神竜の盾の結界に阻まれて、むなしく表面を撫でるだけだった。

 その時、
「なるほど。強くなりましたね」
と声がした。
 シエラが顔を向けると、そこには何も無い空の真ん中に、グラナダの白い仮面だけが浮かんでいる。

「グラナダ……」

 そう呟いたシエラの声に、その仮面からギュルルと黒いスライムの身体が飛び出して、人型となった。

「では、こういうのはどうでしょうか?」

 その言葉が終わるや、宙に浮いているグラナダが分裂した。次々に増えていくグラナダが、しかもその姿を剣を持ったギリメクの姿に変化させていった。

 だがシエラは冷静だった。
「愚かです。――父とはすでに戦っている。そんな出来そこないに動揺したりなどするはずがない」

 そして、自ら数十にもなったギリメクのなかへ突進していった。
 正面の一人を、竜闘気をまとわせた槍で突き、四方八方から切りかかってくる剣を躱したり受け流したりしながら、一瞬たりとも同じ場所に留まらず。あたかも光が霞の中を駆け巡っているかのように、次々にギリメクとなったグラナダの分裂体を消滅させていった。

 だがグラナダもさすがである。シエラの槍を受ける前に自ら分裂するなど、通常の人間体ではありえないような回避をしつつ、至近距離から剣で切りつけたり、その目から魔力弾を放つが、そのことごとくをシエラは回避していた。

 その上空に現れた元の姿のままのグラナダが、戦っているシエラと自らの分裂体を見下ろしつつ、両手を下にかざした。

「消滅しなさい。――|壊金《えこん》の破風」

 黒い風が竜巻のように渦巻きながら、分裂体ともどもシエラを飲みこんだ。吹き荒れる暴風の中、分裂体はあっという間に塵となり、神竜の盾の結界に守られているシエラではあったが、その結界が黒く染まっていく。

 この攻撃はいったい……。

 改めて今度はジュンから流れてくる神力を結界に込めると、黒の侵食は止まるが、かえってシエラは身動きが取れなくなってしまった。

◇◇◇◇
 一方で、竜の聖地に向かったカレンたちが見たのは、結界の内側にいたはずの竜人族の警備隊の人たちが、結界の外で黒い十字架に磔になっている光景だった。
 地面から突き出ている十字架。あれはグラナダの身体が変化したものだ。

「幻の海よ。満たせ!」

 セレンが竪琴を空に放り投げた。さざ波の竪琴が激しく音を奏でる。
 その音に導かれるように周囲一帯の空気が薄青く変化し、幻の海が現れる。
「海流よ。渦巻く力に!」
 そのたおやかな手を横に振るうと、竜人族の人々を縛り付けている黒十字が根元から切られ、宙に浮かんだまま渦を巻く海流に運ばれるようにグルグルと周囲をただよいだした。

 その真ん中にヘレンが舞い下りた。
 既に火の精霊珠の力で、その全身をいくつもの火の粉が周囲を舞っている。
「神炎よ。浄化を。――燃やしなさい」
 その言葉が終わるや、人々を縛り付けていた黒い十字架の根元から白く輝く火が現れ、その十字架だけを燃やしていった。
 解放された人々がドサッと地面に落ちた。振り向いたヘレンがカレンにむかって叫んだ。
「――今よ。カレン! 世界樹の巫女としての力を使うのよ!」

 ゾヒテ六花の妖精たちが、カレンの周囲を舞う。その妖精たちに励まされ、カレンはその唇を開いた。
「精霊たちよ。聞け。我が身を縛る楔はすでに抜かれたり。世界樹よ。――私に力を」
 その身体を緑の風が優しく覆う。
「ここは我が庭。精霊の森。――|小さな私の精霊の森《マイ・リトル・フォレスト》」

 周囲が一変した。ゴツゴツした荒れ地だった竜の聖地に、見る見るうちに、そのあちこちから植物が芽を出し、どんどん大きくなって空に向かって伸びていき、その幹を太くしていく。
 幻海の青い光りの中を、巨大な木々が立ち並ぶ、あたかもゾヒテのごとき森が出現した。

 木々の間をゾヒテ六花の妖精たちが飛んでいく。その森のエリアが広がるにつれ、どこかからうめき声が聞こえてきた。

 地面が揺れ、森の一角が盛り上がり、漆黒のスライムが姿を現した。苦悶の声を上げ、わななくように身体を震わせるスライム。突然、そのスライムから鋭いトゲが伸びて、地面に投げ出された竜人族の人たちに襲いかかった。

 町長であるトルメクも力の入らない身体に、強引に力を込めて顔を上げると、自分に向かって伸びてくるトゲを見た。まずいと思ったのもつかの間、突然自分の身体を木々の芽が押し上げ、空に向かって伸びていった。
 その木の幹をトゲになったスライムの触手が貫くが、その触手を幻の海の水と炎が渦を巻いて飲み込み、水と火の渦が通り抜けた後には何も無くなっていた。

 本体の分体であるスライムも同じように飲み込んだセレンの水とヘレンの火は、青と赤の激しい竜巻となって巻き上がる。やがてグラナダの分裂体であるスライムを浄化し尽くした。。

 終わった後で、カレンの元に舞い下りたセレンとヘレンだったが、その2人にカレンが言った。
「まだです。まだグラナダはここへの侵入を試みています。竜人族の人たちも体力を吸い取られていたみたいです。――ヘレンさんは回復魔法を。セレンさんは癒やしの歌をお願いします」
「わかったわ」
「私も。カレンはこの森を維持してね」
「了解です」

 カレンをそこに残し、離れていく2人。3人が3人とも同じことを思っていた。

 ――こっちは私たちが守る。だから、思いっきりやりなさい。シエラと。

◇◇◇◇
 黒い瘴気が渦を巻いて、グラナダの手元から地表に向かって強く吹き付けていた。
 その黒い風に当たった岩や地面は、瞬く間に色を失い、白い灰となって崩れ落ちていく。

 シエラは自らを守る白と金色に輝く結界のなかで、冷静に上空のグラナダを見上げていた。

 今も神竜の盾の結界では、すべてを塵に変える黒い風がヒュオオオォォーと吹き荒れていて、結界を浸食しようとする風とそれを防ごうとする神力とがせめぎ合っている。
 その風から抜け出そうと思えば抜け出せる。しかし、シエラはその場に留まり、その風の中からグラナダを見上げているだけだった。

 頭上に、自分を包み込んでいる黒い風。その先に光がぼうっと浮かび上がる。いくつもの弧状の斬撃が闇を切り裂いているのが透けて見えた。
 時おり赤い火球のようなものが膨らんでいるが、あれはノルンさんの魔法だろうか、それともジュンさんの剣技バスター・プロミネンスだろうか。

 あれほどの猛攻を受けているというのに、この黒い風は少しも弱くなることはない。だが、今、ひしひしと時が近づいているのを感じた。

 ――その一瞬のために力を練れ。
 いかなる敵であろうと雄々しく立ち向かい、そのブレスで、その牙で敵を倒す偉大なるドラゴンのように。

 シエラはそっと目を閉じた。意識を自らの内に広げていくと、逆に見えないはずの周囲の様子が瞼の裏に見えてきた。

 グラナダはすでにノルンが作り上げた巨大な立体魔法陣に執われている。それでも奴の足元から、この悪寒が走る黒い風だけは止まらずに吹き続けているが、そのグラナダに向かって果敢にジュンが攻撃を加え続けていた。

 その時、ふとシエラの耳にジュンの声が聞こえてきた。

 来い。シエラ。
 お前が得たその力ならば、一瞬でけりを付けられるはずだ。

 わかっています、と心の中で返事をする。手にしたドラグニルに極限まで竜闘気と、湧いて出てくる神力をひたすら込めて、ぐっと身体をかがませた。
 ゆっくりと目を開けると、その眼は金色に輝き、瞳はドラゴンのように縦長になっていた。闘気は衰えていない。あたかもドラゴンが、今まさに敵をかみ砕こうとしているかのような迫力があった。
 シエラの目には見えていた。上空のグラナダに重なるように、異空間にいる奴の核ともいうべき本体の姿が。

 ドラグニルから漏れた光の粒子がシエラに集まっていく。シエラは待っていた。グラナダに一撃を与えるべき時を。

(シエラ。今よ!)

 周囲を包んでいた黒い瘴気を突き抜けて、上空に閃光が走る。
 次の瞬間、シエラが自らの持つ竜闘気と神力をチャージしたドラグニルを手に、吹き下ろす黒い風を切り裂く一筋の光の矢となった。

 ――ドラゴン・ブレス!

 ドラグニルにはめ込まれた土の精霊珠も黄色に輝き、その力を発動している。
 莫大な力をただ敵を穿つ力に変え、シエラは突き進んだ。父の仇を。世界の敵を。ただ討つ。
 ただそれだけを思い、すでに不思議と恨みはなかった。

 ああああぁぁぁ――!

 次の瞬間、そのグラナダの体をシエラの槍が貫いた。
 そのまま奴を縛り付けていた立体魔法陣を突き破り、さらに上空へ昇っていく。

 槍の一撃はこちらのグラナダの身体を貫き、かつ隣接する空間にある核ともいうべき本体をも確かに穿った。
 グラナダが狂ったように笑い出した。

「素晴らしい! あの時の娘がこのような力を得たとは! さすがは我らが主が見込んだ者たちだ!」

 シエラの持つ槍に縫い付けられながら、その身体の端から塵になっていくグラナダ。笑い続けるそいつを、シエラは至近距離で見つめながらも冷静で、表情すら変えていない。

「これにて私の役目も終わりです。フフフフフ」

 その声を最後に、グラナダは全身が霞のように散った。その黒い霞は風に巻き取られるようにどこかへ飛んでいく。

「やった……。やったよ。お父さん……」

 知らずのうちにシエラの唇から言葉が漏れる。一度、言葉が漏れるや、成し遂げた安堵だろうか、言葉にできない感情が胸からこみあげてきて、いつしか涙がぽろぽろとこぼれだした。

 ――お父さん。私、やったよ。

 万感の思いを込めて、心の中でそうつぶやく。手にしたドラグニルから次々に光の粒子が飛び出してきて、シエラのそばで人の形となった。
 そこに現れたのは父、ギリメクだった。

「ああ、あ……」

 言葉にならないシエラに、ギリメクは優しく微笑み、その大きな手を伸ばしてシエラの頭を撫でた。

 ――本当に強くなったな。シエラ。

「お父さん。お父さん。私ね――」

 ――わかっているよ。お前が旅をしてきた道のりを誇りなさい。

 ギリメクはシエラを抱きしめると、その耳元で、
 ――よくやった。私の最愛の娘よ。

 父を前にして、それでもどこか我慢していたシエラの涙腺が決壊した。次から次へと涙がこぼれていく。
 抱きしめられたままで、ぽんぽんと頭とたたくギリメクは、

 ――だが、シエラ。私がお前を見守ってやるのもこれで終わりだ。
 それを聞いたシエラが首を横に振った。
 困ったような表情になったギリメクだが、ふと空の一点を指さして、シエラの身体をそちらに向けさせた。

 ――お前とともに歩く男は、あそこにいるじゃないか。

 その先には、こっちに向かってくるジュンの姿があった。

 ――私はお母さんのところに行くよ。だから、シエラ。お前は幸せになれ。

 やってくるジュンを見つめながら、シエラは黙ってうなずいた。
 その頭をもう一度撫でたギリメクは、やがてシエラのもとから少しずつ浮き上がり離れていく。

 思わず手を伸ばしかけたシエラだったが、その差し伸べた手を震えながら握りしめて下した。
 そして、ギリメクに向かってほほ笑んだ。涙にぬれている、けれどにっこりと微笑んで見せた。

「お父さん。――ありがとう」

 最後にフッとほほ笑んだギリメクの周囲が光り輝き、一つの光球となった。そのまま、すうっと空に昇り、幾多の人がそうであったように、急にスピードを上げてどこかに飛んで行った。

 空の果てに飛んでいく光球。
 シエラは最後まで笑顔でそれを見送り、やがて駆け付けたジュンに抱きしめられた。