12-7 神竜の騎士

 洞窟の奥にはテーブルのような巨大な平べったい石が鎮座していた。よく磨かれているが、周囲に6本の燭台のようなものが並んでいて、中央に魔法陣が刻まれている。魔法陣の上には、小さな宝珠が宙に浮かんでいた。

 たどり着いたシエラは、慎重にその石の祭壇にのぼり、おそるおそる魔法陣に足を踏み入れたが特に何の反応もなく、やすやすと宝珠を手に取ることができた。

「やっぱりこれ精霊珠みたいな……」

 手の中の宝珠を見てシエラはそうつぶやいた。
 仲間たちの持っている精霊珠と見た目も、雰囲気も、感じる力も同じだ。実はシエラのその想像どおり、その宝珠は土の精霊珠だった。

 ともあれ神竜王の指示だ。シエラはその宝珠を無くさないように仕舞い込み、来た道を戻り始めた。

 やがて入ってきた階段がシエラの目に見えてきた。暗い洞窟の中に外の光が射し込んでいて、まるでスポットライトが当たっているかのようだ。
 父との戦い。そして宝珠の入手。いま階段をのぼるシエラの顔は、誇りに満ちた騎士のそれであった。

「よくぞ戻った。シエラよ」
「はい」
「彼の者は強かったであろう」
「はい。……神竜王さま。父ともう一度会わせていただき感謝いたします」
「ギリメクの魂を空に送っていく際に奴より頼まれたのだ。今日、そなたと戦ったのも奴自身の願いである。その思いは受け取ったな?」
「はい」

 シエラが宝珠を取り出し、神竜王の前に捧げるように掲げた。
 その手のひらに載っている小さな宝珠を見て、
「ノームよ。そなたもこれでよいか?」
と神竜王が言うと、どこからともなく、
「うむ」と声が聞こえてきた。
 神竜王の足元の地面がずぼっと隆起して人型となる。土の精霊ノームが現界したのだ。

 ノームはのっぺりした顔でシエラを見つめ、
「我が与えたあの身体をものともせずに破壊したのだ。当然であり、これもまた定めのとおりである」
「ならば、……シエラよ。その精霊珠はそなたのものだ。ドラグニルと一緒に強化してやろう」

 期待していなかったとすれば嘘になるが、どうやら神竜王さまの試練を乗り越えたことで、ノームにも認められたようだ。
 シエラは促されるままに竜槍ドラグニルを両手で持って頭上に捧げ持った。

 神竜王が右手の人差し指を少し前に差し出すと、その鋭い爪の先から光のかけらがキラキラと零れ落ち、ドラグニルに吸い込まれていく。
 やがてふわりと浮かんだドラグニルと土の精霊珠は、シエラの手を離れ、バハムートの目の前まで浮かび上がっていった。
 下に向けていた指を返して、神竜王は手のひらを上に向けた。その手のひらの上からまるで竜巻があるかのように、どこから出てきたのかわからない水が巻上げられ、しぶきとなって下に落ちていく。その渦巻きの中にドラグニルが刃を下に向けて逆立ちするように入っていった。
 水が、それ自身が光を帯びて輝きだす。ドラグニルも光に変わった。そこへ精霊珠が近づいていき、光に溶け込んでいった。

「我が生命の水を取り込み、生まれ変われ。汝の名は神竜槍ドラグニル」

 厳かな命名の儀。より一層、舞い散る水が激しさを増し、やがてその光と化した1本の槍が輝きを増す。まるで圧力が高まっていくように、エネルギーをチャージするように、その光が強くなっていき――、やがて急速にドラグニルに吸い込まれていった。

 神竜槍と生まれ変わったドラグニルは、万物を穿つドラゴンの牙のような刃。その根元にドラゴンの模様が彫り込まれ、そのまま刃の根元の柄には、六大竜王を示す宝珠が埋め込まれ、赤や黄色、茶に青の光を宿している。
 柄には竜のウロコのような模様がびっしりと刻み込まれ、刃の反対側、|束頭《つかがしら》のほうには土の精霊珠がはめ込まれていた。

 ゆっくりと回転しながら、神竜王の手のひらから降りてくるドラグニル。やがてシエラの目の前まで来ると、その場に滞空した。
 シエラが手に取るのを待っているのだ。

「これが、神竜槍ドラグニル……」

 今までのドラグニルからも力強い何かが感じられたが、このドラグニルはそもそもの存在の核が違うような非常に強い力を感じる。しかし圧迫感はない。あたかも海のような、底知れぬ力がただそこに|佇《たたず》んでいるように感じられるのだった。

 おそるおそる手に取ると、本能的にわかった。この槍と自分とは不思議な力で結ばれている。そしてまたドラグニルを通して、竜闘気にも似た無尽のエネルギーが自分にも伝わってきていた。
 この場にジュンか、ノルンがいれば、ナビゲーションスキルでもっと詳しいことが分かったであろうが、2人がいなくてもシエラにはわかっていた。しかもこの槍は、いわば自分専用の武器であると。

 気が付くと、キラキラと輝く水が頭上から降り注いでくる。そうかといって濡れるわけでもない。まるで幻影のような光のシャワーに顔を上げると、神竜王のツメ先からその光が降り注いでいた。

 これが……生命の水。

 神竜王が、
「シエラよ。そなたは今から神竜王の騎士である。――ゆけ! |彼《か》の者を倒してまいれ!」

「はい!」

 気合の入ったシエラに応えるように、ドラグニルがキーンと鳴ったような気がした。

◇◇◇◇
 グラナダの体の一部ともいえる漆黒の水たまりの一部が、まるで触手のようにもたげてきてギュインっと槍のように伸びてくる。それも1本だけでなく、おびただしい数の漆黒の触手が槍のように一斉に突き上げてきた。

 空を翔けながらそれを躱し、神剣に乗せた神力で、こちらも遠距離から斬撃を飛ばすが、数本の触手を断ち切りはしたものの、あたかも水を切ろうとしているようにダメージを与えられていないようだ。
 切り飛ばした触手も液体状に戻って本体に合流している。

「――くそっ。面倒な奴だ」

 グラナダはシエラに討たせてやりたい。だから、せめて彼女が来るまでに少しでも奴を疲弊させておきたかった。

 無数の分身のサクラが次々にグラナダに襲いかかる。その間隙を縫うように、ヘレンの炎の鞭が、カレンの魔法の矢がグラナダに襲いかかるも、まるで意に介してはいないようにまともに攻撃を受けるグラナダ。

 この違和感。俺たちの攻撃を無効化しているカラクリが何かあるはずだ。

 力の高まりを感じて気配を探ると、離れたところにいるセレンが手にした|銛《もり》に神力と魔力を込めているところだった。おそらくかつて自分と戦った時に放った技、ネプチューン・ストライクを放つのだろう。

 彼女の周りに幻の海の水が浮かび上がる。
「ネプチューン・ストライク!」
 セレンの手から放たれた銛が海水をまとわせながらグラナダを貫いた。一瞬、姿勢を崩したグラナダ。その体を突き抜けてモリが奴の足元に広がる黒い液体に突き刺さり、そこから海水が竜巻のように渦巻きながら、その黒い液体を吹き飛ばしていく。

 さらにそこにサクラが、符を縫い付けたクナイを奴を囲むように放ち、四神結界を張る。その上空からノルンの神力魔法メギド・フレイムが落とされた。
 まるで極大の柱のような白銀の炎が四神結界ごと奴を飲み込んだ。

 俺は神剣天叢雲に練り込んだ神力をまとわせ、体を大きくひねって叩き付けるように奴に向かって、その神力を波動剣にして放つ。
 ノルンのメギド・フレイムと合わさり白く輝く光があふれて、一瞬俺たちの視界をも奪った。

 その光が消えた後、黒い液体に覆われていた岩肌の大部分が石だらけのその姿を見せていたが、奴はまだそこに立っていた。足元からするすると再び黒い液体があふれ出し、もとのように地面を覆っていく。

 ……あの液体。なんだ? 何か気になる。

 だが考えている暇はなかった。奴の周囲にプラズマ放電をまとったおびただしい数の黒い球体が現れ、一斉に俺たちに向かって放ってきた。

――スィンバニッシュ・スフィア――
瘴気に闇の魔力と邪神の神力を混ぜ合わせた消滅の概念を持つ魔力球。

 ナビゲーションが教えてくれた情報を、すぐさまソウルリンクとコントラクトを介した念話でみんなに共有する。

 神剣で迎え撃ち、いくつかを逆に消滅させるが、数が多すぎる。不規則に飛んでくる暗黒球を避けながら破壊していく。
 この数。俺たちはいいが、まだ戦いの経験が少ないカレンが心配だ。

 全身に神力をまとわせ、強引にカレンのもとへ行こうと顔を上げた時だった。

 離れていたはずの竜の聖域から、今まで感じたことがないほどの強い力を感じた。
 次の瞬間、何かが目にもとまらぬスピードで飛んできて、まさに逃げ道を塞がれそうだったカレンを抱きとめた。それと同時に、聞きなれたシエラの声が聞こえてくる。

「神竜の盾バージョン4。モード・イージス!」

 よくぞ帰ってきた。シエラ。

 気がつくと、俺の周囲も球形の結界が覆っていた。みんなにも同じように結界が張られていて、カレンのところではシエラがカレンを抱きとめ、その周囲をより強い光の結界が黒い球体を防いでいた。
 盾の姿は無いけれど、たしかに結界となっている。これが神竜の盾のバージョン4なのか?

 みんなが彼女の名前を呼んだ。
「「「シエラ!」」」
 いつもの様子で応えるシエラ。
「ただいま戻りました」
 変化したのは盾だけではないようだ。彼女の持っている竜槍ドラグニルもその形が変わっていた。

(シエラ。試練は無事に?)
(はい! 神竜王の騎士になりました。そして、土の精霊珠もドラグニルに……)
(よくやったぞ。シエラ! ――後は、ギリメクさんの仇を討つだけだが、奴は俺たちの攻撃でもダメージがないようだ。得体が知れない。充分に注意しろ)
(はい!)

 カレンを立たせ結界を分離させたシエラは、空から地表にいるグラナダを見下ろした。

「ようやくあなたを倒せる日が来た」
「クククク。随分といい表情をするようになりましたねぇ」
「私はもう、あの日の力ない小娘じゃない。――覚悟をしなさい」
「よいでしょう。ならば早いですが、私もみなを倣ってこの姿になるとしましょう!」

 高笑いをしたグラナダが一旦足元の黒い液体に沈み込んだ。
 途端に大きな沼のような大きさになっていたその液体が、不気味にうねり出す。まるでそこだけ局所的に|大時化《おおしけ》が来ているかのように。
 そうかと思ったら突然そのうねりが止まり、一切の変化が無くなった。だが一方で、じわりじわりと空気が重くなっていく。なにかの圧力が高まっていくのを感じる。

 思わず念話でみんなに警告をした。
(みんな。気をつけろ! 来るぞ!)
((はい))((ええ))

 いくつもの返事を聞きながら、俺は油断なく眼下を見下ろしているシエラを見た。
 その身体に俺から流れ込んでいる神力が増している。そして、彼女の身体は黄金色の竜闘気が覆っているが、その規模は今まで見たことがないほどのオーラだった。あたかも彼女から漏れ出る闘気が、天地を繋ぐ巨大な光の柱と見まごうほどの凄まじいオーラ。

 シエラはやる気だ。

 ならば、俺たちは彼女を徹底的にサポートすることにしよう。

(ノルン)
(わかってる)

 こっそりノルンにその旨を伝えようとしたが、どうやらノルンもすでに同じ判断をしていたようだ。

 その時、突然、眼下の黒い液体から、まるで火山が噴火したかのように、黒い液体がまっすぐに天に向かって吹き上がった。
 沼のようだった見た目の体積を完全に無視して、凄まじい量の黒い液体が吹き上がる。ゴゴゴゴと空気が揺れ、吹き上がった液体がそのまま空に止まり、不定形の姿に。

「――巨大なスライムか!」

 奴の変態は、あの黒い液体も、そうか。この|現世《うつしょ》における奴の体は、あの黒いスライムだったのだ。
 だがそれでも、俺たちの攻撃を無効化していた理由にはならない。それを解明しない限り、奴を倒しきるのは難しいだろう。

 鋭い目で、今度は俺たちより上空に増えつつあるブラック・スライムを見上げるシエラ。
「シエラ! 俺たちも戦う。恐れるな!」
「はい!」

 いい気合いだ。
 俺も負けてはいられない。
 自らの心の中に意識を向ける。奥底にある俺が俺としてある根源。魂と融合した3つの聖石の力。
 だが、それは彼我の区別を無意識のうちにしているせいで、あたかも便利な道具を使っているかのような感覚で力を引き出していた。
 3つめの聖石を取り込んだとき、一瞬、世界というものに触れた。

 我は世界である。世界は我である。
 聖石は神の力であると同時に、世界そのものの持つ力でもあり、それは所詮、俺の存在そのものなのだ。

 だから、その意識を塗り替える。比較相対の世界から、絶対なる神の感覚に自らを作りかえよう。

「はあぁぁぁぁぁ」

 ――変化は一瞬だった。今までにないほどの力が俺を駆け巡り、感覚がどこまでも広がっていく。
 見えないはずの景色が見える。最小のミクロの物質から、広大なデウマキナの空まで。水の粒子が、土の粒子が、空中に漂う様々な原子が、そして、愛すべきみんなの体と心が、自分の内にある。

 グラナダ。
 ――見えたぞ。お前の|理《ことわり》が。

12-6 最後の試練

 シエラは洞窟の暗がりを歩いていた。
 光源1つ無いけれど、今の彼女には暗闇は問題にならない。その身に神力を宿したその目には、この程度の暗闇を見通すことができるのだから。

 やがて向こう側に出口の明かりが見えてきた。慎重に歩みを進め、無事にその出口に到着。出口の向こうには大きな窪地になっていて、そこかしこに巨大な骨が転がっていた。そこは竜の墓場になっていた。

 薄暗い窪地にいくつもの竜の骨が転がっている。偉大なる竜たちの墓場。おびただしい年月を経たであろう骨。その光景を見たシエラはしばらく何も言うことができずにたたずんでいた。

 窪地の中央には神竜王バハムートが、シエラが来るのを静かに待ち受けていた。
「バハムートさま……」
 まだ彼我の距離があり届かないだろうと思われたつぶやきだったが、神竜王には聞こえていたようだ。
 厳かな声で、
「シエラよ。ここに来るがいい」
「はい」

 まだ試練が始まっているというわけではないことを感じ、シエラは少し警戒を解きつつも、すばやく神竜王のもとへと向かった。

 竜を信仰してきた自分たち竜人族。自分を待っているのは、竜を統べる竜王の、さらにその盟主である。
 かつての自分ならば、そのお姿を見ただけで平伏したくなったであろう。もっとも今は自分は竜王に認められた騎士であり、かつジュンの妻として神力を身に宿している。畏敬と尊崇の念こそあれ、その迫力に飲み込まれるようなことはない。

 神竜王の手前まで来て片膝をつくシエラに、
「よくぞ竜王達の試練を乗り越えた。そなたは我らの眷属であると同時に別なる神の眷属でもある。故にそこまで礼を尽くす必要はない。立つのだ」
「はい。……ですが、バハムートさま。私はそれでも竜王の騎士でもありますれば、礼を尽くすのは当然でございます」

 神竜王は楽しそうに少し目を細めた。

「ふっ。それもそうか。だがな、そなたの存在の核はすでに神の一員であり、我らと同列である。今後も精進を続け、そなたの愛する者たちと絆を深めよ」
「はい」
「……それでは試練をはじめるとしよう」

 その言葉と同時に神竜王のそばの地面に、ズゴゴゴと音を立てながら洞窟が口を開けた。入り口からは下に降りていく階段が見える。

「この洞窟の奥に祭壇がある。そこに祀られているものを持ち帰れ」

 祭壇に祀られているもの。それが何かわからないが、単なるお使いクエストであるわけがない。おそらくは守護しているなにかがいるのだろう。
 シエラは気合を入れなおして神竜王を見上げ、「はい」と返事をし、一つ大きく深呼吸をした。

「行ってまいります」

 その一言のみ残し、シエラは階段に足を踏み出した。

◇◇◇◇
 階段の下には普通の岩肌のある洞窟となっていた。どうやら分かれ道はなく一本道であるようだ。

 とはいえ、いつ何時、何が起こるのかわからないため、慎重に歩みを進めているうちに、次第に外の空気が遠ざかり、静寂に支配された空気になっていく。耳を澄ませるが、聞こえるのは自分の足音だけ。けれどその足音が妙に大きく聞こえる。

 幸いにというべきか、洞窟の幅はドラゴンが通れるほどの広さがあり、いざ戦いになったとしても十分な広さがある。しかし一方で、巨大な地底空間の底を1人歩いているような気分にもなった。

 何も起きないまま進んでいるうちに、少しずつ雑念が増えてきた。

 とうとう姿をあらわしたグラナダ。今までどこに潜んで何をやっていたのかわからないが、ああやって姿を現したということは、明らかに今度こそ自分との決着をつけるつもりなのだろう。

 だが天災を倒すためには精霊珠が必要だ。最後の精霊珠はデウマキナにあると聞く。もしかしたら祭壇に祀られているものが土の精霊珠であるかもしれないと期待をしている。

 けれども、この試練は精霊珠を得るための試練ではない。竜王の盟主たる神竜王の試練である。精霊による試練とはまた別であるはず。そうそう都合よくいかないことも覚悟しておいた方がいい。

 集中しつつ慎重に行かねばならない。それはわかっているが、シエラは雑念を止めることができなかった。
 やがて周囲に少しずつ霧が出てきた。シエラの目にもそれは映っていたが、雑念に執われている彼女は認識するのに時間がかかった。

 ――いつのまに。

 異変に気が付いたと同時に、サーっと霧が押し寄せシエラの周囲を覆いつくした。視界はおよそ5メートルといったところだろうか。

 くっ。あれほど集中しなきゃと思っていたのに。

 そう思いつつ、ギリッと歯をかみしめる。後悔はあとにしよう。おそらくこれが試練。ならばまずはこの目の前で起きていることに集中しないと。

 神経を張りつめるように周囲に注意を払っていると、周囲の霧の中に何かの影が表れ、高速で移動しはじめた。
 どこから攻撃されてもいいように、槍の切っ先を下げ、その影の気配を探っていると、突然その気配がフッと消えた。

 静けさが漂うが、緊張は高まっている。
 ピンと張りつめた空気の中を、シエラの正面の霧の中に人影が現れた。

 ザッザッと土を踏む音が聞こえ、やがて影の中から意外な人物がシエラの前に姿を現した。

「……お、お父さん?」

 身長は2メートルほどの男性。シエラと同じ巻き角を持つ黄金色の髪。
 ――シエラの前に現れたのは、父であるギリメク・リキッドだった。

「シエラ。どうやら随分と立派になったようだな」
「ううん。そんなことはないよ」
「謙遜しなくてもいい。俺にはわかる。多くの経験を経て、様々な冒険を乗り越えてきたってことくらいな」
「……うん。でもどうして?」

 死んだ父がここにいるのだろう? もしかして幻影なのだろうか。

 しかしギリメクは笑った。
「ははは。ここにいる俺は俺自身だ。幻影ではないが、かといって本当の肉体でもない」
「どういうこと?」
「それは……、そうだな。俺と戦って勝てたら教えてやろう」

 そう言ってギリメクは腰の剣を鞘から抜いた。その身に、すでに竜闘気の輝きを帯びている。
 ギリメクの空気が変わったと同時に、シエラも戦闘態勢に入った。

 両腕に装着している神竜の盾がスッと分離するや、シエラの周りに浮かんでいる。竜槍ドラグニルを両手で構えた。
 同じく竜闘気を身にまとい、ドラグニルの穂先からその闘気がゆらりと立ちのぼった。

 ギリメクの笑みが深まった。
「行くぞ。シエラ。お前の力を見せてみるがいい!」

 閃光のごとき速度で降りぬかれたギリメクの剣から、竜闘気の光が放たれ、一直線に地面を破壊しながらシエラに迫る。
 しかし、飛んできた神竜の盾の片割れが、シエラの手前でそれを防ぐと、次の瞬間、シエラを囲むようにあちこちにギリメクの分身が現れ、一気にシエラに切りかかっていく。

 次の瞬間、シエラの竜闘気が爆発した。次々に襲い来るギリメクの分身に、ドラグニルの連続突きで対抗する。間隙を縫うように振り下ろされる剣を、時には神竜の盾で、時には槍で受け流し、また巧みなステップで交わしざまに鋭い突きで分身を貫く。

「なるほど強くなった!」
 そう言いながらギリメクの本体がシエラの周りをぐるっと走り、真っ向勝負とばかりに重たい袈裟懸けの一撃を放つ。
 それを防いだ神竜の盾が揺らぎ、盾を押しのけて切り上げの剣がシエラに迫る。しかし、その剣の軌道上に槍の穂先を置いて流し避け、ぐるっと回転させた槍の柄でギリメクを横薙ぎに殴りつけた。

 それを手に持つ剣で受け止めたギリメクだったが、踏ん張り切れずに弾き飛ばされる。

「さすがはお父さんだね」
 そういうシエラは、攻撃した一瞬の隙ともいえないほどの僅かな隙を突かれ、腹部にけりを叩き込まれてバランスを崩していた。

「そう簡単に娘に負けるわけにはいかないからな」
「今日こそは絶対にお父さんに勝つ!」
「やってみろと言いたいところだが、残念ながら俺自身の力ではお前には勝てないな。このまま続けてもシエラが勝つだろう」
「そういう冷静な分析もお父さんらしい」
「当たり前だ。――だがな。ここからはバハムートさまよりお預かりした力を開放する。乗り越えて見せろ!」
「いいわ。受けて立つ!」

 ギリメクの身体を覆う竜闘気の輝きに、神力にも似た白銀の輝きが混ざる。
「ドラゴン・ブレス!」
 上段から、一歩前に踏み出すと同時に振り下ろされた剣先から、金と白銀の色が混じった光が波動砲のように放たれた。圧倒的な力に洞窟が揺れる。

 ほんのわずかな時間が長く引き延ばされたように感じる中で、シエラも自らのうちより神力を引きずり出すと同時に、神竜の盾に強く「来て」と念じる。盾は2枚が接続して元の大盾に戻るや、シエラの前に立ちふさがり、その身を守ろうとした。
 そこへギリメクのドラゴンブレスが押し寄せ、神竜の盾もろともシエラはブレスの光に飲み込まれた。

 衝撃に耐えるために大盾の内側にある持ち手を両手で握りしめ、両腕をクロスさせて足を踏みしめ、耐え続けるシエラ。盾に守られた自分のすぐ外側はブレスの光に包まれてしまっている。
 さすがは神竜王の力もこもったドラゴンブレスだ。腕の中で暴れる盾を押さえつけながら、自らも神力を高め全身に巡らせた。

「はあぁぁぁぁぁ」

 気合のこもった声を挙げながら、自分の周囲に結界を張るように意識をする。少しずつブレスの圧力が軽くなり、気が付くとシエラは金色の光のドームに包まれていた。
 握っていたはずの神竜の盾が姿を消し、かわりに両腕の手首に白銀のブレスレットがはめられている。

 その時、脳裏に不思議な声が聞こえてきた。

 ――神竜の盾。最終バージョンを展開しました。

 シエラは知らなかったが、それはジュンやノルンのナビゲーションの声だった。神力と同じく、その魂の絆を伝ってナビゲーションが動作したのだ。

 これが神竜の盾の最終形? 盾というより、この結界が……。
 一瞬そう思ったものの。〝守る〟という意思が生み出すところとしてはふさわしいのかもしれない。

 ギリメクのドラゴンブレスが途切れた時、シエラの周囲、神竜の盾の範囲の地面だけが残り、その周囲は地面がえぐれているばかりか、シエラの背後の洞窟の壁までも見通せないほどの深い穴が穿たれていた。

 神力をまとわせたシエラを見たギリメクは、どこか納得したような顔でうなずき、改めて剣を構えた。
「シエラ。もはや技は必要ない。これから俺は再びドラゴンブレスを放つ。お前もその持てる力の全力でぶつかってこい。決着をつけよう」

 再び力を練りだすギリメクの全身からは、先ほどより一層、バハムートの神竜の気ともいうべき力があふれ出した。

 対するシエラも、自らの竜闘気、神力を体内で練り上げる。ドラグニルを構え、その先端にプラチナゴールドの光がまばゆく輝きだした。

「行くぞ」「行くよ」

 重なる声。そして、2人とも同時に、ギリメクは剣で、シエラは槍でドラゴンブレスを放った。

 2人の間でぶつかり合うブレスとブレス。
 シエラは灼けつきそうなほどのまばゆい光に包まれながらも、ただひたすらにその力をドラグニルに載せて正面に放ち続けた。
 ――はあぁぁぁぁ。
 力の限りに。

 ギリメクはブレスを放ちながらも、自らの身体が力の奔流に耐えきれずに崩れていくのを感じていた。
 光に包まれ、それでもなお正面に立つシエラを見つめる。その口元には笑みが浮かんでいた。

 強くなった。本当に強くなった。……お前は本当に、俺の自慢の娘だ。

 やがて拮抗していたブレスとブレスが、急速にギリメクの方に傾いた。ギリメクの放ったブレスのエネルギーまでも巻き込みながら、シエラの放ったブレスの光がギリメクに迫った。
 自らに近づいてくるすさまじい光を見つめながら、ギリメクは満足していた。

「ああぁぁぁぁぁ!」
 全力を出したシエラがブレスを放ち終えると同時に、放ったブレスがギリメクを飲み込んだ。

 すべての力を出し切り、肩で息をしながらブレスが通り抜けた跡を見るシエラ。そこには半透明になったギリメクが微笑みながらたたずんでいた。

「――見事だ。シエラ」

 すでにギリメクの肉体は消失し、そこには魂だけとなったギリメクが残っていた。

「お、父さん?」
「俺がすでに死んでいるのを忘れたわけじゃあるまい。この姿も、バハムートさまのお力だ」
「そう、なんだ」
「そして、身体は土精霊ノームさまの力を借りた。――シエラ。強くなったな」

 ギリメクから褒められたその言葉を聞いて、シエラの目に涙がにじんできた。
「うん。お父さん。あのね……」

 戦いが終わった。それならば父に話したいことが沢山あった。聞いてもらいたい話が。
 駆け寄ってくるシエラに、ギリメクは笑いながら、
「ははは。泣くな。シエラ。……残念だが私もいつまでもここにいるわけにはいかない。お前の話をじっくり聞きたいが、その時間は、ないんだよ」
「でもお父さん!」
「彼はお前を大事にしてくれているようだな」
「うん」
「幸せか?」
「うん。幸せだよ」
「そうか。……花嫁姿も見られなかったが、お前が幸せならばそれで俺は満足だ」
「お父さん!」

 抱き着こうとシエラは腕を伸ばしたが、すでに魂だけのギリメクの身体をすり抜けるだけ。それがひどくもどかしい。
 いつのまにかギリメクの目にも涙がにじんでいた。

「もう一度こうしてお前と会えてよかった。戦えてよかった。話をできてよかった。……これも神竜王さまのおかげだ」
「うん」

 ギリメクの身体から光の粒子がこぼれ始めた。時間が来たのだ。

「いいか。シエラ。彼ならばお前を任せておける。幸せになれ。誰よりも。お前は俺の、いや俺と妻との誇りだ。――行け! 愛する者とともにどこまでも」
「お父さん!」

 最後にギリメクはシエラを抱きしめるようにすると、そのまま光の粒子となって消えていった。「愛しているよ」との言葉をシエラに残して。

 ――お父さん。ありがとう。そして、さようなら。

 ギリメクが消え、光の粒子が消えた方向を見てしばしたたずむシエラ。

 やがて気を取り直すと、再び洞窟の奥に向かってゆっくりと歩きだした

12-5 竜の聖地

 残念ながら竜人族の町から竜の聖地まで、テーテュースでひとっ飛びというわけにはゆかず、徒歩での登山となった。
 もっとも風竜王さまが先導なので道に迷うこともなく、もくもくと歩く続けることおよそ7時間。

 途中で何体かのドラゴンが空を飛んでいるのを見た。さらに体長15メートルほどのドラゴンがまるで道を守るかのように、うずくまって待機していた。
 俺たちの接近を感じては、その大きな頭を持ち上げ、風竜王さまの「待機していなさい」の指示で元のようにうずくまる。

 俺たちが今まで会ったドラゴンは、ワイバーンなどの翼竜のほかは竜王たちくらい。あとは天災との戦いだろうが、あれはドラゴンに似た別種と見た方がよいだろう。そんなわけで、成竜というのか、普通のドラゴンを見るのは何気に初めてだった。

 大きさは個体差があるが、だいたい竜王達よりも一回りか二回りほど小型。感じる力はまあ、比べものにならないくらい弱いが、それでも人間や他の魔物に比べて圧倒的な力を持っている。
 通りかかった俺たちを、は虫類独特の縦長の瞳でジロリと見てきたが、特に何をするでもなく再び目を閉じていた。

 ファンタジーの定番のドラゴン。確かに迫力があって、以前だったら腰が抜けそうになるかもしれない。……しかし6人の竜王と会ってきた今は、まあ、そこまででもないかな。
 すごいなとは思うけどね。

 それはともかく、そのドラゴンたちのところを通り過ぎると、俺たちの目の前に切り立った岩壁が現れ、その岩壁を大きく切り裂くような谷間があった。
 その谷間に多くの人々がいるのが見えた。竜人族の町に住んでいた人たちだろう。

 その姿を見たシエラが、
「あれぇ? 護衛隊の人ばっかりですね……」
 言われてみると確かに男性が多く、中には女性もいるが、全員が鎧を着て武装していた。
 疑問には思ったもののこんなご時世だ、何が起きてもおかしくはない。おそらく彼らの向こうに避難してきた人々がいるのだろう。

 谷間の入り口に到着すると、先導が風竜王さまだったこともあり、「おかえりなさいませ!」と元気な声で迎え入れられた。

「シエラ! 強くなったそうじゃないか」「結婚したんだって? こいつめっ」――。
 声を掛けられているシエラは、あははとごまかし笑いをしながら、それでもうれしそうだ。
 そんなにぎやかな光景に紛れるように、風竜王さまは報告があるからとどこかへ行かれてしまった。

 入れ替わるようなタイミングで、俺たちの到着を聞いた町長のトルメクさんが慌ててやって来た。
「シエラー!」
「おじさんっ。声が大きい!」
 喜びをみなぎらせてやって来たトルメクさんだったが、シエラの一言で切って捨てられた。
 俺は頭を下げて、「式の日はありがとうございました」と結婚式に参列してくれたお礼を言う。
「なんのなんの。婿殿。ギリメクの代わりとして、こちらこそありがとうございます」
 これ以上は婚礼の日のようにお礼に言い合いになるので、握手をして切り上げ、谷間の奥へと案内された。

 道すがら見た谷間は、難民キャンプのようにあちこちにテントが張られていて、その1つに案内されて中に入る。どうやらここはトルメクさんのテントらしい。ご家族は今は席を外しているとか。

 さっそく竜人族の町の状況を尋ねてみると、避難してから5日目らしかった。突然、町からここへ避難をすることになったのは、そもそもが風竜王さまの指示だったらしい。おそらく俺たちの所に来る前に寄られたのだろう。

 この谷間から既に聖域の範囲らしいが、さらに奥に大きな洞窟があり、その先が本当の聖域に当たるらしく、いかに竜人族とはいえ勝手に中に入ることはできないという。

 警備隊がいたのはその聖域の出入り口であり、避難キャンプ地の出入り口だ。もちろん聖域の外には竜もいるけれど、竜にとって小さい魔物は取りこぼすことがあるらしい。それはまあわかる。
 身体の小さい魔物と戦ったり察知するには、大きい身体は不便なんだろう。

 そこへ風竜王さまが戻ってきた。
「――シエラ。準備はいいですか?」
 問いかける竜王に、シエラは自分の手を見て、それから俺を見た。
 俺はニカッと笑い返してうなずき、拳を握ってシエラに向かってに突き出した。

 お前ならできる。だから恐れずに行ってこい。

 言いたいことが伝わったようで、シエラはうなずき返してきた。その目には確かな力が宿っていた。

「よろしい。では付いてきなさい」

 そういう風竜王さまに続いて、シエラとともにテントを出る。

 テントが並んでいる中を、多くの竜人族の人たちや町に住んでいた他の種族の人たちが俺たちを見ていた。

 並んでいるテント、その間を駆け抜けていた子どもたちも立ち止まってこっちを見ている。ところどころに立っているのは警備隊のようだが、装備が不統一なところを見ると冒険者がここの警備に当たっているのだろう。

 その時、唐突にドラゴンの吠え声とともに、ドラゴンブレスが空を横切った。風竜王さまが前を向いたままで俺に告げた。
「婿殿たちも戦う準備をしておきなさい」

「はい」と返事はした。元よりいつでも戦えるように武具は装備しているが、今回の試練は俺たちもいっしょに戦うのだろうか。

 やがてテント群を通り抜け、奥の岩壁にあいている巨大な洞窟の前にやって来た。
 ドラゴンも中に入って行けるだろう大きさの洞窟。ここから先が本当の聖地。

 風竜王はその手前で立ち止まって振り返った。
「竜王の騎士シエラ。この奥で我らが盟主神竜王が待っています。ここから先は貴女が1人でゆきなさい」
 1人、前に進み出たシエラが「はい」と返事をした。両腕には分離した神竜の盾を、そして、右手には竜槍ドラグニルを、その身には先祖伝来のエイシェント・ドラゴンメイルをまとっている。
 すでに竜闘気がうっすらとその身体を覆い、黄金色の光がシエラを包み込んでいた。

 ――その時だった。

 突然、空から何かが降ってきて、この谷間一帯に張られていた結界らしきものにぶつかった。

 その衝撃に地面が揺れ、人々が何事かと上を見あげた。
 谷間を覆う結界の向こう。空を、結界を覆うかのように、黒い闇がヘドロのようにへばりついていた。そして、その真ん中に1つの白いお面が……。

 異様な光景に、夫婦で、子どもで抱き合う人たち。見上げたシエラがきっと歯をかみしめた。「……グラナダ」

 そのつぶやきが聞こえたのか。結界にへばりついていたグラナダがグインと飛び上がり、そのまま谷間の入り口の方に飛んでいった。
 一呼吸置いて、今度は入り口の方に何かがぶつかる衝撃音が聞こえてきた。

 俺はシエラに背を向けた。同時に意図がわかったのだろう。ノルンたちも一緒に衝撃音が聞こえてくる方向を向く。

「シエラ。俺たちが行く。――お前は試練を。奴を倒す力を手に入れてこい」
「ジュンさん!」

 ――封印解除。

 俺たちが奴を止める。だから、その間に必ず戻ってこい。あいつを倒すのはお前なんだから。

「そうよ。ここは私たちに任せなさい」
「あんたはさっさと試練を乗り越えればいいのよ」
「このサクラにお任せあれ!」
「そうです。私もがんばります」
「というわけで、まずは目の前のなすべきことに集中なさいね」

 俺とノルンの神力解放にともなって、魂の回廊を通じてみんなにも神力が顕現する。その背に白い翼がうっすらと見え、操作した魔力を体内で循環させる要領で俺たちはふわりと宙に浮かんだ。

「行け。シエラ。行くんだ!」

 そう言いながら俺は、一気にグラナダの居るところに向かった。

◇◇◇◇
 谷間の入り口では障壁にグラナダの漆黒の魔法攻撃が次々に叩きつけられていた。
 幸いに障壁は破られてはいないが、その内側では警備隊が戦闘の準備に入っていた。

「エストリア王国アルのランクAのジュンだ。――あのグラナダとは俺たちが戦う。だが他にも魔物の襲撃があるかもしれない。その時は任せる」
 さっき会ったばかりということもあり、空を飛んでいる俺たちを見て驚いていた警備隊だが、ランクAと言ったこともあり動揺は少ないようだ。

 リーダーらしき人が右手をサムズアップさせて突き上げた。わかった、健闘を祈るということだろう。

「行くぞっ、みんな!」

 俺は全身に神力をまとったままで結界をすり抜け、攻撃を加えているグラナダに突っ込んだ。
 まるで伸縮自在のゴムのようなグラナダの姿だが、その仮面めがけて神力をまとわせた拳を叩きつけると、そのまま後方に吹き飛んでいった。

 向こうの山肌に墜落したグラナダ。すぐにドラゴンたちも来るかと思ったが、どうやらすでに何体かは殺されてしまったようで、力なく横たわっている巨体がいくつかあった。
 天災が相手なら、さもありなん。

 墜落したグラナダは、地面に広がった正体不明の黒い水たまりの中央で、俺たちを見ていた。

「――あの娘はいないのですか?」

「答える義務はあるのか?」

 問いかけに対して問いかけで答えると、グラナダが「ケラケラケラケラ」と笑い出した。

「ですが、近くにはいるのでしょう?」
「そんなにもシエラに会いたいのか?」

 こいつの狙いはやはりシエラか。

「ええ。会いたいですねぇ。以前、お会いしたときの憎悪はなかなかのものでした」
「ならば安心すると良い。もう少しでここにやってくる。――お前を倒すために」
「クカカカカ。そうですか! ならば、それまでの間、お相手して下さるのでしょう?」
「どうせその気なんだろ?」
「しかり。……では始めましょうか」

 グラナダの周囲に広がっている黒い水たまりから幾つもの魔法陣がかがやいた。

 奴の魔法の発動を待たずに、俺は神剣を振り下ろし、まとわせた神力と魔力を衝撃波として放った。
 しかし突然、黒い水たまりの一部が風船のように膨張し、俺の攻撃を飲み込んだ。

 やはりグラナダも邪神の使徒。神力の使い方には向こうの方が慣れている。

 奴の魔法陣から色とりどりの魔力弾が次々に放たれる。あたかもどこぞの基地から対空射撃をされているようだ。
 それを|躱《かわ》しながら、奴の上空から幾条もの雷が雨となって降り注ぐ。ノルンの魔法だろう。さらにそこにサクラの闘気が東洋の竜の形となってグラナダに襲いかかった。

 奴の姿がフッと消え、黒い水たまりの別の場所にパッと現れた。
「ふははは。なかなかやりますな」

 どうやらあの黒い水たまりのようなものは、奴の|支配地《テリトリー》のようなものでもあるようで、あの範囲ならば奴は自由自在に移動できるようだ。

 キュイインと高周波の音がしたので、そちらを向くと、カレンの周囲に巨大な砲台のようなものが現れていた。
 彼女の肩にはゾヒテ六花の1つリンドウの妖精が浮かんでいる。「行くわよ! フェアリー・バスター!」
 妖精の声とともに、その巨大な砲台から波動砲のような巨大な魔力砲撃が飛び出した。

 グラナダの姿がその波動砲に飲みこまれ見えなくなる。

 これで倒せたとは思わないが、ある程度のダメージは与えられたであろうか。
 だが次の瞬間、「きゃっ」とカレンが悲鳴を上げた。見ると、彼女の下方の斜面より幾つもの黒い触手が伸び、その1本が彼女の足を捕まえていた。

「スプレッド・トルネード」

 玲瓏な声が響きわたり、その黒い触手が突如として現れた水の竜巻に吹き飛ばされる。
「――カレン。攻撃直後の隙は注意なさい」
 そう言うのは、三叉の槍を手にしたセレンだった。

 波動砲の光は消えているが、そこに広がっていた黒い水たまりは変わらず存在している。
 グラナダの姿は見えない。

 その中央に奴の仮面が浮かび上がってきた。そのまま仮面に引っ張られるように、黒い水たまりが伸びてきて人型となる。
「天にたゆたう|凶星《まがつぼし》よ。その力を以て地を打て。破壊せよ。破壊せよ。破壊せよ!」

 ……これは詠唱か? 天災が詠唱?

 スーッと辺りが暗くなり、紫色に変化していた空の一角に別空間の窓が広がった。その向こうには星空が見える。

「来たれ破壊の権化。メテオ・レイン」

 その星空にまたたく星々のいくつかが、突然赤く光った。急速にその光は大きくなっていく。

 ゴゴゴゴと大気が悲鳴を上げている。――まずい。これはまずいぞ。
「ノルン!」
「わかってる」

 炎をまとい、白く輝きながら隕石群が降ってくる。最初の一発が、俺たちの後方に着弾。
 ドオオォォンと大爆発を起こしたように土煙を噴き上げ、斜面を大きくえぐった。

「――ワームホール。ゲートオープン」

 ノルンがハルバードをスタッフのように両手で持ち、目の前でかかげた。
 俺たちの頭上から辺り一帯を覆うように、シルクスクリーンのような白い光の膜が張られた。

 そこに隕石が次々に突っ込んできて、そのままその結界のような膜に吸い込まれ、どこかへ消えた。ワームホールということは、あの隕石群をどこかに転移しているのだろう。

 次々に吸い込まれていく隕石群。さすがはノルンというべきか。

 グラナダもその光の膜を見上げ、
「ほう。そう来ましたか」
と楽しそうに言った。
「行き先はさしずめ、虚空ですかな。ふむ。なるほど。…………それでは第2ラウンドといきましょうかね」

12-4 無人の町

 ――竜人族の町への到着まで、あと2時間の予定です。

 テーテュースの艦内放送がアナウンスされたとき、俺は|甲板《デツキ》にいた。船体の周囲に張られた障壁の向こうは激しい嵐になっている。

 叩きつけられる雨、ひゅおおぉぉぉとうねる風に巻き込まれている雲が、ひっきりなしにテーテュースの障壁にぶつかり、障壁自体はびくともしていないはずなのに、振動がこっちに伝わってくるような、めまいにも似たそんな感覚になる。

 俺の隣でその光景を見ているのは、人化して女性体になっている風竜王タイフーンさまだった。

「……シエラは大丈夫でしょうか?」
そう尋ねると、タイフーンさまは俺をチラリと見て、
「あの娘は竜の血に連なるもの。問題はありません」
と断言する。「――ただ、心配ならば行ってみればよい。|番《つがい》の顔を見て安心することもあるでしょう」

 実はこうしてタイフーンさまに相談しているのには理由があった。
 幻獣島を出発してから、シエラが自分の船室に閉じこもりっきりになっていたのだ。

 かといって、部屋に行ってドアをノックすると扉を開けてくれるわけで、そういう意味では心配の必要は無いのかもしれない。
 けれど、自分からは外に出てこようとしないところに、やはりこれから最後の試練に臨む彼女の、緊張が伝わってくるようだった。

 他のみんなは船の後方にある食堂に集まっているはず。あそこから、きっと同じくこの外の光景を見ているのだろう。

 ギリメクさんか……。

 町の子ライムちゃんが行方不明になって、警備隊長だったギリメクさん指揮の下で、連日、その捜索が続いていたあの頃を思い出す。

 そういえばあの頃、シエラの称号は自宅警備員になっていたんだよな。いま思えば実に笑える話だ。

 ギリメクさんの家でちょこっと話したときには、普通の10代後半の女の子という雰囲気だった。それが、町を飛び出したギリメクさんを追い掛けて、自分も町を飛び出し、俺たちはそれを追い掛けた。
 ようやくシエラに追いついたときには、彼女はワイバーンの襲撃に遭い、1人で立ち向かっていたところだった。かろうじて間に合って、彼女を救出。そして、そのまま瘴気の痕跡を追い掛け、遂にライムちゃんがいる洞窟に到達した。

 中ではギリメクさんと天災グラナダが戦っていて、助太刀したんだが、シエラを守ってギリメクさんが殺された。
 そういえばその時、ノルンとも初めて出会ったんだ。

 俺と彼女、2人して神力封印を解除してグラナダを倒したが、ギリメクさんを救うことはできなかった……。

 あれからシエラは仇を討つために俺たちのチームの一員となって、デウマキナ山を降りたのだ。

 きっとシエラは感じている。最後の試練の終わり。それは仇を討つ時の到来でもあると。

◇◇◇◇
 久し振りにやってきた竜人族の町は、もぬけの殻となっていた。
 それほど大きな町では無かったけれど、みんな一体どこへ行ったのだろうか?

 人気のない故郷に降り立ったシエラが、問いたげな表情で風竜王さまを見る。風竜王さまは、
「安心なさい。全員、竜の聖地に避難をしているのです」
と教えてくれた。

 竜の聖地。それはデウマキナ山のここより高地にあると聞いたことがある。神竜王の許しを得た者しか入ることを許されない、文字通りの聖地だとか。

「最後の試練もその聖地で行いますから、今日はここで一泊し、明日向かうことにしましょう」
 そのタイフーンさまの言葉にしたがって、俺たちは人気の無くなった竜人族の町で一夜を過ごすことにした。
 泊まる家はもちろん、シエラの家だ。

 静けさに支配された町に、来るときほどではないが強い風が吹き抜けていく。避難するときにきちんと鍵を閉めていなかったのか、玄関のドアが風によってバタンバタンと音を立てている家があった。

 頭上にはどす黒い雲が覆っていることもあって、まるで廃墟となった町を歩いているかのような不気味さがあった。

 シエラの様子が気になって、彼女の隣を歩く。
 俺たちにとっても来たことのある町だが、彼女にとってはかつての日常そのものであるはずだ。人気の無い町ではあっても、どこを見てもそこで暮らしていた住民たちの姿を思い浮かべているのではないだろうか。

 こわばっている彼女の左手を握った。思いのほか驚いた様子でビクッとしていたが、俺が見ていることに気が付くとようやく肩の力が少し抜けたようで、どこかホッとした雰囲気をただよわせていた。

「シエラ。1人で抱え込むな」
 この子の場合、元の性格がやや内向的なこともあって、俺たちの知らないところで自分の感情を抱え込んでいることがある。いつもは気に掛けてくれているサクラとカレンも、案の定、心配そうな目でこっちを見ていた。
 ……大丈夫だ。俺がついているから。
 そう目で答えると、2人とも神妙な表情でうなずいていた。

 やがてシエラの家に到着し、鍵を開けて中に入る。
 ここに滞在したのはわずか1日ではあるが、それがひどく懐かしい。

 シエラがランプを点している間に、俺たちも手分けして家の中の明かりをつける。
「――シエラー、台所借りるよ」「お風呂の準備をしますね」
 みんながそう声を掛けて散らばっていった。
 長い間、封印されていたような家に命が吹き込まれていくように、たちまちのうちに生活感というか、日常の空気に満たされていく。

 それを実感したのだろう。シエラがくすりと笑った。
「……ジュンさん。みんなが居てくれるって、こんなに嬉しいことなんですね」
 しみじみとしたその言葉に、俺も微笑む。
「シエラだって、その1人だぞ」
「そうでした。ふふふ」

 普段はまだ若い女子学生のような雰囲気のシエラだけれど、こうして微笑んでいる顔は完全に若奥様のそれだった。
 ……さてと、これで少しは彼女の気持ちも落ち着けばいいんだが。

 俺はキッチンに残り、夕食の準備をしているシエラを1人見守り続けた。

◇◇◇◇
 夕食を終え、これから先はこんなに落ち着ける時間が無い可能性があるので、順番にお風呂まで入った。
 今みんなは、あたかも最終決戦前の一夜のように、緊張しつつも少しリラックスした様子でリビングでおしゃべりをしている。

 俺はそっとその場から抜け出して裏口から外に出た。もともと町の警備隊長であったギリメクさんの家だったこともあり、裏庭は訓練が出来るくらいの広さがある。

 かつて綺麗な星空が見えたこの庭ではあったが、今はどんよりとした雲で星明かり一つ見ることはできない。まるで漆黒の暗闇に覆われているかのように暗く、不穏な風の音が響きわたっている。
 そんな寂しい裏庭を、裏口に面した窓から漏れた明かりがうっすらと照らし出していた。
 近くに手ごろな石を見つけて、俺は腰掛けた。

 この暗闇でも、俺の目には風に流されていく雲が見える。もともと強い風が吹くところであるので、山肌にへばりついているような町ではあるが、以前よりも強い風が上空を流れている。
 テーテュースは小型化できるので、今はノルンのアイテムボックスの中だが、この風ではあの船でも障壁を張り続けないといけなかったろう。

 誰かが近づいてくる気配がして、ガチャとドアが開いた。ドアが開いたその向こうにはシエラが顔を覗かせていた。
「ここにいたんですか」
「まあな。……こっちにくるか?」
「そう、しようかな」

 みんなはおしゃべりを続けているようだが、きっとシエラに気を遣っているのだろう。そして、それを彼女自身もわかっている。
 裏口脇にあった踏み台らしきものをもって、俺の隣にちょこんと座ったシエラに、
「少しギリメクさんのことを話してくれないか?」
と尋ねると、さびしげに目を細め、少し考え込んでから、
「お父さんのこと……。そうですね。母を亡くしてから、男手1つで私を育ててくれました」
「すごいよな」
「ええ。警備隊長をやっていましたからねぇ。でもひどいんですよ」
「なにが?」
「どれだけ言っても、私を警備隊に入れてくれないんです」
「そりゃあ、この町で警備隊は騎士団みたいなものだから、心配だったんじゃないのか」
「多分そうでしょうけど、ずっとお父さんに鍛えられてきたんですよ。これでも」
「あ~、なるほど。……そういえば1人で戦っていたもんな。ワイバーン3匹と」
「あ、あれは相手が悪かったというか、1人で戦うような相手じゃなくて、逃げることもできなかったというか」
「それでも諦めずに戦っていた。だから、俺たちが間に合ったんだよ」
「結局、ジュンさんたちが来たら瞬殺してましたけどね」
「俺たちだって鍛えられたから。勇者に」
「そうでした」
「……思うんだが」
「ええ」
「シエラを警備隊に入れなかったのは、やっぱり心配だったんだろう」
「……」
「男ができるのを」
「えっ、そっち?」
「そうそう。そっち」
「お陰で、同年代のみんなからは自宅警備員なんて言われていたんですよ」
「ははは。そういえばそんな称号を持っていたな」
「少しは私を信用して欲しいですよ。まったく」
「あ~、どうかな。それは」
「どういう意味ですか?」
「だってさ、俺たちと一緒に旅をするようになって、結果さ……」
「ま、まあ、たしかに好きになっちゃって結婚しました」
「俺が言えることじゃないけどね。シエラを抱いてお嫁に来てもらったわけで」
「ストレートすぎますよ。その言い方」

 そういって可愛らしく口を尖らしたシエラに、
「だからと言ってはなんだが、俺は感謝しているよ。ギリメクさんに」
「お父さんに?」
「そう。……よくぞシエラを守り続けてくれましたってさ。お陰ですばらしい女性を嫁に迎えることができましたって」

 じわじわと赤く染まるシエラの頬を見て、くすりと笑う。
「シエラを託されたと俺は思っている。あの人は凄い人だ。あの最後の戦いだってそうだろ」
 ライムちゃんを救うために、あの正体不明の魔法を使うグラナダと戦っていた。全身から|竜闘気《ドラゴニック・バトルオーラ》をみなぎらせて。

 力は足りなかったが、あの不退転の闘志はまさに竜の血を引く竜人族の在り方そのものといえるだろう。
「あの力はシエラにもある。志もまた……。それに加えて俺の力もね」
「ええ」
「だから明日は、思いっきりやってこい」
「……はい」

 返事こそ小さかったけれど、ほどよく肩の力が抜けたようだ。かわりに闘気がみなぎり、心なしか上気しているようだ。

「ジュンさん」
「どうした?」
「覚悟しておいて下さい」
「うん? なにを」
「今から付き合ってください。この昂ぶりを鎮めてもらいます」
「ぶっ」

 あれ、おかしいな。こんなことを言うような性格じゃなかったはずだが……。
「と、とりあえず、模擬戦をするか」
 そういって逃げの一手を打つ俺に、シエラは嗤った。「やりましょう!」

 爛々とかがやくシエラの目から、思わず俺は視線をそらし、自分の剣に手をやった。

◇◇◇◇
 翌朝、目を開けると、先に起きていたシエラが俺を見つめていた。
 がっつり身体をロックされていて、全身に彼女を感じてそれが心地よい。

 昨夜はあれから3戦ほど、それも俺は神力解放、シエラは竜闘気解放状態で模擬戦を行った。
 はじめてからすぐに皆も外に出てきて観戦していたが、3戦目が終わるころにはすでに家の中に戻っていた。遅れてシエラと二人で裏口から戻ったんだが、なぜかどの部屋も内側から鍵を掛けられており、結局そのまま交代で風呂場でお湯をかぶってから、シエラの部屋で寝ることに。

 まあ、でも満たされたような雰囲気を漂わせている彼女を見ると、それで良かったと思う。俺も今は愛されているなって幸せを感じているし、昨夜何度もささやいたけど、こうして寝顔を見ていると愛おしさが胸の内からこんこんと湧いてくる。

「おはよう。シエラ」
「おはようございます。ジュンさん」

 すっと顔が寄ってきてキスをしてから、俺たちは離れた。ベッドから降りて、服を着る。
 シエラが困ったような表情でドアの向こうをチラチラ見ているが、俺にもわかる。人数分の気配があのドアの向こうにあることを。

 握りこぶしをシエラに向けてつきだした。
「思いのままに、精一杯やれ」
「はい!」
 元気に返事をしたシエラは、俺と拳をちょんとぶつけ合った。

 じゃあ、あとは恒例の……。

 並んでドアの前に立ち、そっとドアノブを握り――ガバッと開ける。「きゃっ」と言うみんなを見て、俺とシエラは一緒に「おはよう」と言った。

12-3 決死の戦闘

 エストリア王国へ脱出しようとしている帝都の臣民たち。もはや難民と化している人々が、あともうすぐで国境の町イストに到着するという地点で事態は動いた。

 とうとう帝国を侵略している黒騎士と統率された魔物に追いつかれそうになったのだ。

「急げ! 急げ!」
 人々が取るものも取りあえず、ひたすらイストに向かって走っている。男も、女も、青年も、老人も。子どもを抱き上げて走っている男女もいれば、すでに親と離ればなれになってしまい、挙げ句、後ろから走って通りすぎていく大人にはね飛ばされてしまっている子どももいる。
 泣き出す子供。しかし、その子供を気づかっている余裕は他の人々にない。誰もが必死でイストに向かって走っていた。

「きゃああ」「逃げろっ」「来るぞ」「死にたくない! 死にたくない!」「助けてぇ――」

 暴動のように人々が走って行く。ただただ、イストを目指して。

「ちぃっ、ガキが」
 ……とある男の冒険者が、泣いているその子を問答無用で抱き上げた。
「――ほれ、行くぞ」と言って、人の流れに乗ってイストに急ぐその冒険者は、さすがに一般市民よりも少しは余裕があったようだ。

 ところどころに馬に乗った騎士が、とにかく「急げ!」と人々を必死で声を掛けている。騎士たちが見ている先には、草原に横に広がる簡易の陣地を作り上げた工兵たちと、その陣地に集結しているフェンリル・ブレイブナイツの姿があった。

◇◇◇◇

 一足先にイストの街に入った皇太子カールは、自らの武具を身につけて馬に乗っていた。
 その隣には、軍馬のひく戦車に乗った皇太子妃セシリアの姿もある。

「本当にゆかれるのですか?」
と尋ねるのは、特に皇太子夫妻の護衛を命じられていた紅騎士〝剣〟ミスカ・レイナードである。
 カールは遠くで迫り来る黒騎士と魔物から人々を守ろうと戦っているフェンリルナイツの姿をじっと見ながら、はっきりと答えた。

「行く。ここで彼らを失うわけにはゆかぬ」

 現在、しんがりで戦っているのは、フェンリルナイツが誇る三騎士の1人、白騎士のオルランド・ザントワースと、その妹である7番隊隊長〝|槍《ランス》〟のコーネリアである。

「〝|斧《アクス》〟〝|短剣《ダガー》〟〝|弓《ボウ》〟の3隊は、我が妹トリスを守れ。いざというときには、必ずエストリアへ脱出させろ」
「「「はっ」」」
「他の者どもは行くぞ! 我らが臣民を救え! 窮地にある我らが仲間を見捨てるな!」
「「おお!」」
「我は皇太子カール。帝国ウルクンツルの皇太子なる。我が剣は飾りにあらず。敵を屠り、民を守るための剣ぞ! ――いざ出陣!」

 国境の砦としての機能も有しているイストの門から、カールから先鋒を命じられたフェンリル騎士団副団長テオドラらを先頭に、馬に乗った騎士たちが飛び出した。
 先鋒のやや後ろには皇太子カールとセシリアの姿もあった。

 最後尾の防衛戦をすり抜けて、イストに向かって走っている人々に今にも襲いかかろうとした黒騎士がいたが、次の瞬間、テオドラに切り捨てられた。
 助かったと顔を上げた人々の前を、決壊したダムの水のようにカール率いる騎士たちが次々に走り抜けていく。

 最前線と化した一帯では、さすがに帝国の誇る筆頭騎士団として善戦していた騎士たちではあったが、倍以上の敵の数には劣勢を余儀なくされていた。
 先ほどまでは、工兵の魔道士たちが即席で作り上げた防壁を巧みに利用しつつ戦っていたが、それも遂に打ち破られ、野戦、それも混戦となっていた。

「コーネリア!」
「兄さん!」

 すでに満足に指揮を執れる状態ではない。一番の激戦区で敵に囲まれながら、オルランドとコーネリアのザントワース兄妹は互いに背中を預けながら戦っていた。
 とっくに死ぬ覚悟はできている。だが、最後の最後まで戦いつづける覚悟もまたできていた。

 兜の中で汗がひたいを伝って流れ落ち、長時間の戦いで息が上がっている。だがそれでもオルランドはハルバードを握りつづけた。
 コーネリアの武器はランスだ。本来は突進攻撃の武器であるが、そこは旧世界の遺産である。貫通力のあるマナブリッドのようないくつもの魔導砲弾を飛ばし続け、弾幕を張っていた。
 ……が、しかし、ランスではさして広い範囲を攻撃することはできない。それをオルランドのハルバードがフォローしていたのだ。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 オルランドが持っていたマナポーションはすでに使い切った。武器に取り付けていた魔力補充用のユニットもすでに空になっていた。そして、それはコーネリアも同じ状態である。
 いよいよか、と思ったときだった。

 ズガガガガ――と周囲の敵を空から降り注ぐ雷が貫き、なぎ払っていった。

 これは魔法。それもこれだけの威力の魔法は……と息をのんだオルランドの耳に、援軍の声が聞こえてきた。
「2人とも無事か!」

 その声とともに、まるで団長ザルバックの剣技のような強力な斬撃が衝撃波となって通り抜けていった。

 振り返るとそこには皇太子夫妻の護衛に付いていたはずの紅騎士ミスカと、その配下の〝剣〟隊が居た。

 その時、空に火球魔法が打ち上がり、突然はじけた。それは撤退の合図だった。

「先に行け! 次は私たちが踏ん張る番だ」
 そう言って剣を抜き放ったミスカに、オルランドとコーネリアは礼を言った。
「見せてやろう。帝国の誇る剣である我らの力を!」

 圧倒的な魔力の高まりを背中に感じながら、オルランドとコーネリアは崩れ落ちそうになる足腰に力を入れ、ただひたすらイストを目指した。
 同じように自分たちの部隊員が這々の体で急いでいる。ある者は斬られて血のにじむまま、またある者はびっこを引きながら。その姿をみて唇をかみしめる2人。

 よくやったぞ。……だが、まだこれからだ。

 イストの街には既に立派な外壁が築きあげられている。その向こうにはヴァージ大森林の深い森が、目指すエストリア王国はその更に向こうにあるのだ。
 なんとしても殿下たちを、臣民を送り届けねばならない。

 死を覚悟した身ではあるが……。

 オルランドは隣を必死で歩くコーネリアを見た。

 まだまだ力尽きるわけにはゆかん。この命、最後まで燃やし続け。願わくば、お前をも無事に向こうに送り届けてやる。

 その決意を表すかのように、雲間から顔を覗かせた太陽の光で、彼のハルバードの穂先がきらめいた。

◇◇◇◇
 幾度か部隊を波状的に繰り出して、出馬と撤退を繰り返しつづけ、どうにか全ての部隊をイストの外壁の中へと到達させることができた。

 外壁上ではフェンリル騎士団の騎士たちに加え、ここイストの冒険者たちの連合軍が交代で陣取っている。敵の軍勢はイストに近づいた時点で足を止め、およそ700メートルほど先から近寄ってこない。
 その理由はわからないが、ウルクンツル側としては、防衛戦で受けたキズを癒やし、マナポーションなどの物資を補給する貴重な時間となっていた。

 帝都の帝国民、またイストに住んでいた住民は、すでに馬車に乗ってヴァージ大森林内の街道をエストリア王国に向かって順次脱出させている。
 盟友エストリア王国からも、脱出のための馬車がひっきりなしに来ていると同時に、物資の補給が続けられていた。

 さらに撤退を支援するために、エストリア王国筆頭騎士団ゾディアック・クルセイダーズの1隊・パイシーズ隊がやってきていた。その隊長は、昨年の騒動の時もフェンリルナイツと共闘したフランク・ブノワ伯爵である。

 街の中の物資保管所は複数に分かれていて、その1つの警備と管理に1組の冒険者のチームが就いていた。
 イストを本拠地として活動している金髪の4人の女性。「金色乙女」である。
 街から出て行く馬車の群れを見ていたリーダーのローラが、保管所管理のギルド側担当者として配置された受付嬢のシェルティに、
「まさかこんな時が来るなんて、思いもしなかった」
というとシェルティもそれにうなずいて、
「私もです。いつまでもあの日常が続くとばかり思っていましたね」
と神妙な表情になった。「ですが……、これで帝国は終わったとしても、まだエストリア王国があります。かの国にも旧時代の遺産はあるし、魔導技術が発達している。私たち人類はそう簡単に滅びはしません」

 意外に熱いものを持っているんだなと、ローラは思いつつ、一緒にいる3人の仲間たちを見た。
 お団子頭の盾役アン、ストレートの髪のヒーラーのミラ、そしてツインテールの剣士クリス。
 今もおしゃべりに興じている気の合う仲間たちを見ては、こんなところで死ねないと思った。

「――あ~あ、どこかにいい男いないかなぁ。格好よくなくてもいいから、優しくて尻に敷いても文句言わない人」
「ちょっ、クリス。そんなこと言っているとマゾ男くんが来るわよ」
「そういうミラもひどいよね。マゾ男くんだなんて言葉。|聖職者《クレリック》なのに」
「くすっ。でもさ、重度のマザコン男並にあり得ないって」

 クリスとミラの会話を、アンがたしなめた。

「まあまあ、2人とも。そこまでにしなさい」
「は~い」「はいはい」

 普段のかまびすしい会話。しかし、ここにいる誰もが絶対に言わなかった。
 もう世界の終わりが来てしまっているのではないか、どこに逃げても無駄なのではないかとは。

◇◇◇◇
 その次の朝から、敵の漆黒の騎士と魔物の攻撃がはじまった。しかし幸いなことに、イストではすでに一般人の待避は済んでいた。あとは撤退するだけだ。

 指揮を執っているのは紅騎士ミスカである。街中に幾つもの炸薬を仕掛け、さらに全体が火の海になるように、そして長時間燃え続けるように、たっぷりと油を染みこませた木材をあちこちに積み上げてある。

 すでに街の北門はおろか、街中からもほとんどの部隊の撤退が済んでおり、ミスカたちは南門から貴重な使い捨て転移魔道具を持たせた監視員のみ残し、すでに街道を南下していた。
 監視員は、街に仕掛けた罠が作動したのを確認してから脱出することになっている。

 普通に街道を行けば、エストリアまで3日ほどかかる。できるだけ長く放棄したイストの街で敵を足留めをしておきたかった。

 2列になって馬を走らせるミスカたち|殿《しんがり》部隊。
 街道にはすでに敵の追撃を邪魔するようにバリケードが設置されている。そのわずかに残された隙間を次々に通り抜け、最後の一人が通り抜け様に土魔法でその隙間を埋める。

 こうして幾つものバリケードを予定通りに通り抜けていく。やがて、ずっと背後になった街から火柱が立った。

 ゴウッと空気が揺らぎ、すぐにモクモクとした黒煙が立ちのぼる。
 ミスカはそれを見て、これからが時間との勝負だと気を引き締めた。

12-2 2人の帰還

 空を飛ぶ幻獣の島テラスでは、ヘレンたちがどうすることもできずに、ただ変わりゆく世界を見つめていた。

 空の高い所ということもあって強い風が吹きぬけていき、目の前に広がる雲海も見る見るうちに雲が流されていく。

 その雲の切れ間から下界を見下ろしていたヘレンが、ぽつりとつぶやいた。

「また1つ。街が消えた」

 ゾヒテやアーク大陸を飲み込んだ巨大な光よりは規模がずっと小さいけれど、いくつもの小さな光の柱が現れては、世界に穴を開けていく。
 決まって、その穴の向こうは虚無の空間が広がっているだけで、あの先に踏み込んだらどうなるのか誰にもわからなかった。

 そして世界各地から、まるで蛍が一斉に宙に舞いあがるように光球が浮かび上がり、そのまま天に昇っていき、一定の高度でどこかへと転移していくかのようにふっと消えていく。
 しかし、自分たちにはどうにもできない。できるのは、ただ、こうして指をくわえて見ているだけ。

 自分の故郷が消滅してしまったハイエルフのカレン、そして、仲間たちが光に飲み込まれほぼ絶望的と思われるサクラは、はじめその事実を現実のものとは思われずにいたが、次第に実感がわいてくるや、ひどく落ち込んでいた。
 もっとも今は、世界が次々に虫食いになって行くのを見て、それどころではないと気を張ってはいるが。

 一方で、まだ故郷は無事であるヘレンも、シエラも、セレンも、いつ自分の生まれ育ってきた街が消滅するか気が気ではない。それでも、ただ祈りながら下界を見ているしかできないのだ。

 重く苦しい空気。それは彼女たちの心を受け止めてくれる唯一の男がいないせいでもある。リーダーであり、行くべき道を示してくれるジュンがいないからである。

「ああ、こんな時にジュンがいてくれたら……」

 ヘレンのつぶやいた言葉が、吹き抜けていく風に乗ってどこかに消えていった。

 ――その時である。

 空から何かが、一条の光となって幻獣島に落ちてきた。

 島を打ち砕きかねない勢いで落ちてきたその何かは、土煙を巻き上げて島の中央にある森に墜落したようだ。

 予感めいたものを感じたヘレンが、
「みんな!」
と声を掛けるや、他のメンバーも同じものを感じたのだろう。
「ええ!」「うん!」と口々に返事をして、全員でその落下地点に走る。

 木々の間を駆け抜け、窪みを飛び越え、やがて駆けつけた一行が発見したのは、クレーターの底で倒れている2人の人影だった。

「ジュン! ノルン!」
「良かった。無事だったんだ」
「ちょっとサクラ。これのどこが無事かと」
「マスターなら大丈夫ですよ」
「そりゃ、そうでしょうけど」

 かまびすしく騒ぎ立てながら穴に降りて行く5人だったが、それは2人が戻ってきたことへの安堵の反動だったのだろう。

 しかし5人が近づいても2人は目を覚ませる気配がない。ぐったりと動かないその様子に、近づくにつれ焦っていく。
 セレンが叫んだ。
「ヘレン!」
「わかってる! 我がマナを糧に、癒やせ! エクス・ヒール!」
 聖女の弟子ヘレンの回復魔法の光が2人を包み込む。それとほぼ同時に、サクラが一足先にたどり着いて、ジュンとノルンのそばに膝をついて顔をのぞき込んだ。

「――やっぱり大丈夫です! 寝てるだけです!」
と大きな声をあげたサクラに、一同はほっと胸をなで下ろした。

 ヘレンが、「ま、そうよね。あんたたちをどうにかできる事なんて、そうそうないわよね」と言う。しかし、サクラが首をかしげた。

「でも、なんだか以前よりも、どこか様子が違うというか、オーラみたいなものが違うというか」
「ともかくここにいても仕方がないわ。上に運びあげましょう」
「あ、はい。そうですね」

◇◇◇◇

 冷たい風が吹いている。湿った土と草、森の匂いがする。
 頭が重い。まるで随分と長く眠っていたかのように。

 そっと目を開くと、頭上に木々の枝が揺れているのが見えた。その時、
「ようやくお目覚めかな?」
と声がかけられ、その方向を見るとノルンたちみんなが佇んで、俺を見ていた。

「ああと、おはよう?」
 ヘレンが笑って、
「なぜに疑問形?」
「いや、なんとなく」
「それはそうと、みんなずっと待っていたんだから、もう少し何か言うことがないの?」
「え、ええっとな……」

 わかっている。

 だって、そういうヘレンも珍しく少し涙ぐみながら、俺を見ているのだから。
 その隣にいるネコマタのサクラも、竜人族のシエラも、ハイエルフのカレンも同じだ。人魚族のセレンだって、王族で表情を取り繕うのは慣れているだろうに、先ほどは人差し指で目尻をぬぐっていた。
 目が合うと、少し恥ずかしそうに微笑んでうなずくみんな。

「心配かけて悪かった。――今、帰ったよ」

 次の瞬間、真っ先に抱きついてきたのはサクラだった。「マスター! お帰りなさい!」
 そして、走り込んできたみんなにもみくちゃにされる俺。「悪かったじゃないわよ! この」「そうですよ。ジュンさん!」「ぬふ~この触り心地は間違いなくジュンね」「よかった。本当によかった」

 誰が誰の言葉かは秘密にしておこう。一部、いつもの印象が崩れているのもいるし。
 そう思いながら苦笑していると、ふと視線を感じた。顔を上げると、ノルンがそっと微笑んでいた。

「ああ、よかった。こうして帰ってこられて。本当によかったよ」
 自然とそうつぶやくと、その言葉が聞こえたのか、ノルンも微笑んだままでうなずいた。

 落ち着いてから話を聞いてみると、今俺たちがいるところは、なんとあの幻獣島のテラスだという。ごく偶に空を島が飛んでいるのを見かけることがあったが、世界に2つある空飛ぶ島のその1つだ。

 幻獣島という名称は知っていたが、事実、その通りにフェンリルなどの幻獣と、そして、あの大海溝アハティーオーラで別れたアーケロンと再会し、ひどく驚かされた。
 いや、それはいいんだ。

 どうやらヘレンたちも、アークやゾヒテで光に飲み込まれて気が付いたらこのテラスにいたらしい。それからここで世界が変わっていくのを見続けたという。

 俺とノルンとが合流するまで、丸々1週間ほどの時差があるらしいが、時精霊クロノよ、そこはもうちょっと調整してくれてもよかったんじゃないか?

 すまん。少し愚痴ってしまったようだ。

 なんでもアーク大陸もゾヒテ大陸も、光に包まれたその跡はぽっかりと何も無くなっていたという。文字通り、空間ごと切り取られたように虚空が広がっているとのことだ。
 そして、あれから規模はもっと小さい光の柱がいくつも、世界に穴を開けているそうで、確かに俺も、ここテラスから、小規模だけれど街だった場所にぽっかりと謎空間が顔を覗かせている光景を見た。
 SF映画でしか見ないようなあり得ない光景に絶句するしか無かった。

「それで一体どこに行っていたの?」
というヘレンに、今度は俺とノルンとで、それぞれがヴァルガンドの過去を旅してきたことを話した。

 1000年前の魔族大乱、小国家群戦争、そして超帝国ブラフマーギリー。
 俺の知らない時代もあったし、ノルンの知らない時代もあった。ただ言えるのは、俺たちの敵である天災はずっとずっと昔から活動し、いくつもの悲劇をもたらしていたということだ。

 まあ……、パティスさんが超帝国の姫君で初代聖女だったというのには俺も驚いたが……。
 そして、創世期。世界が生まれたときの荒々しい時代に、|この世のすべてを記録する装置《アカシツク・レコード》を起動していたシンさんと3柱の神。シンさんの正体は創造神だった。

「え? そ、創造神? そんな……」
と言ったきり絶句したのは、トリスティア教会に仕えている聖女の弟子・ヘレンだ。
 サクラも、自分と鍛えてくれたトウマさんとイトさんが1000年前の勇者だったと知り驚いている。

 さっきから黙っているのがセレンだ。隣に座っているノルンが、
「大丈夫?」
「――ええ。ちょっと、色々と考えなきゃいけないことが増えちゃって……。本当にパティスが超帝国の、それも初期の?」
「そうよ。たんなる長命種というだけでは説明がつかないくらい長生きよね」

 するとセレンが微妙な表情で苦笑いを浮かべた。
「あ~、まあ……その。名前は失伝してるけど、創造神さまの使命を帯びて世界を歩きつづける賢者の伝承がミルラウスにあったから、まあ、そういうことなのかな」
「へぇ」

 そうか。ノルンは言わずもがなだが、セレンも隠者の島でパティスさんと親交が深かったものな。

 かくいう俺は、あまり接したことはないけれど、それでもノルンの話を聞いて驚いている。
 超帝国初期から末期まで約2万年。大破壊からおよそ1500年。想像もできないほど長い長い時を、あの人は歩き続けてきたのか……。

 長命種である三ツ目族とは言っていたが、これは俺の予感だけれど、おそらく創造神さまの眷属神か、少なくとも半神半人になっているのではないかと思う。

 すごいなと思う一方で、すでに種族が神になってしまった俺とノルンにとっては他人事ではなく、……おそらく他のみんなにも影響が出ているはずで、その意味からは俺たちの偉大な先輩といえるだろうか。

「――で、結局どういうことなんですか?」
 サクラの指摘に、俺とノルンは苦笑いを浮かべた。

 そうだな。クロノの意図はわかったものの、今の状況と俺たちがどうするべきかは、俺たちで決めなければならない問題だ。

「まずはっきりしていることは、今、このヴァルガンドが世界の崩壊を迎えようとしていることだ」

 それも、あれだけ虫食いのように虚空が顔をのぞかせている以上、以前と同じ世界に戻ることは厳しいだろう。正直、どう対処すれば良いのかわからないが、亡くなった人は帰らずとも、創造神たるシンさんならば……。

「もし元に戻せるとしたら、それは創造神であるシンさんだろうと思う。……ただ、それも確実いとはいえないかもしれない」

 なぜなら、この世界に起きている異変は邪神によるものだからだ。破壊を属性とする邪神は、想像神とは正反対の位置にある。

「次に異変を起こしている。世界を終わらせようとしているのは邪神と、その使徒である天災たち。その天災のうち4人は倒した。残るはゴルダンと、……シエラの父親の仇であるグラナダの2人だけだ」

 おそらくこの空の異変も邪神の力なんだろうな。
 ……だが、待てよ。
 そういえば、今、天災の2人は一体何を目的に活動をしているんだ?
 邪神はすでに復活しているのだろう。……もしかして、まだ完全体ではない? そのために人々を殺し、その命を捧げているのか?
 とすればだ……。

 そこまで考えたとき、ノルンが、
「ジュン。思念伝達でもいいんだけれど、ちゃんとみんなに口で説明しないと」
と苦言を呈した。いやまったくその通りだ。

「すまん。ノルン。そうだったな。今、考えていたのは――」

 俺はみんなに先ほど考えていたことを話した。
「つまりだ。まだ邪神は完全じゃないのではないか。もしそうであるならば、俺たちができることは、その完全体となるのを防ぐために、天災を倒すことじゃないだろうか?」
 推測を重ねすぎた都合の良い考えかもしれない。だが、いずれにしろ天災を放っておくわけにはいかない。現に、すかさずシエラが、「当たり前です!」と強い口調で言い放った。

「父の仇がまだ残っている。まだ私の仇討ちは終わっていないんです。――――あの、ジュンさん。今なら……、今の私ならグラナダに勝てるでしょうか?」

 その目には不安の色が見て取れた。不安な理由もわかっている。シエラはまだ精霊珠に認められていないのだ。

 精霊珠が無ければ、世界の壁を超えて天災たちの本体を攻撃できるスキルなり武器なりが必要だ。
 竜王たちの試練を順調にクリアしつつある彼女の竜槍ドラグニルは、その都度試練を乗り越えるたびに強化されてはいるが、世界を越えて攻撃することができるかどうかは未知数だ。

 残る精霊珠は土の精霊珠のみ。場所はたしか――。

 その時、どこからか女性の声が聞こえてきた。
「迎えに来ましたよ。シエラ。そして、皆さま方」

 気配感知に反応がない。ばっと声のする方を見ると、そこには1人の女性の姿があった。どこかで見たことがある……。

 ――風竜王タイフーン――
  種族:竜王 年齢:――
  ――――

 そのステータスを見た時、思い出した。
 そうか。そういえばかつてシエラを鍛えると言って、迎えにきた時にお会いしたことがあったか。

 目礼をすると、風竜王さまは微笑んだ。
「どうやら資格を得たようですね」
 それが何のことかわからず、
「資格ですか?」と尋ね返すと、黙って微笑み返してくるだけで何も教えてはくれない。

 まあいいか。それよりシエラを迎えに来たということは、やはり来るべき時がきたと竜王たちにも判断されたのか。

 タイフーンさまはシエラに向きなおると、シエラはその場でひざまずいた。

「顔を上げなさい。シエラ・リキッド・ハルノ。いよいよ最後の、神竜王様の試練を受けるべき時が来ました。その試練を乗り越え、真の竜王の騎士となった暁には、グラナダを滅ぼす力を貴女は得ることでしょう」
「タイフーンさま……」
「恐れることはありません。貴女の秘めた力は比類無き神の力。そして、鍛え上げたるは我らが竜の力。仲間を信じ、ここまで歩んできた自らの力を信じるのです」
「はい!」

 シエラの返事を聞いたタイフーンさまが俺を見た。
「それでは婿殿。――噂の神船を」
「え?」
「たまには私も乗り物で空を飛びたいのです。ましてや空を飛ぶ神授の船など乗る機会はありませんからね」

 もしかして、思ったより余裕があるのだろうか。そんなことを思いながらも、俺は了承した。

 アーク大陸が光に包まれたとき、神船テーテュースはどうなったのか心配だったが、海神セルレイオスが装着したマル秘機能により、一時的に異次元空間に待避していたようだ。
 マスターである俺たちがテーテュースのサポートリングを起動すると、テーテュースから応答があり、すぐにテラス上空に転移をしてきてくれた。

 ――マスター。テーテュース到着しました。

 サポートシステムの声を聞くと、なぜか再びこの時代に戻ってきたことという実感が湧いてくる。
 よく考えたら、随分とこのテーテュースにはお世話になっている。あの無人島で見つけたときから、ずっと……。
「いつもありがとうな」
となんとなくつぶやき、俺たちはテーテュースに乗船した。

 へ~、ほ~と甲板や船室を見て回っている風竜王さまをシエラに任せ、俺たちは船を発進させた。

 目的地はデウマキナ山中腹にある竜人族の町だ。

12-1 剣聖の死

 空を覆うどす黒い雲から降りつづける雨が、大地を、建物を、激しく打ちつづけている。時おり、薄闇を切り裂くように閃光が走り、雷の音がゴロゴロと鳴り響いていた。

 激しい風の音を切り裂くように不意に角笛の音が通り抜けた。

「下がれ! 撤退だ!」

 雨に打たれ泥だらけになりながらも、迫り来る黒騎士と戦っていた騎士団。ウルクンツルの誇るフェンリル・ブレイブナイツが一隊、〝|双剣《ダブル》〟のバルバネスの率いる双剣隊が撤退をはじめる。

 敵の黒騎士たちが1人でも多くの騎士を討ち取ろうと迫るが、そこへ城壁から放たれた何種類もの攻撃魔法、カタパルトで射出された砲弾によって阻まれた。
 しんがりを務めていたバルバネスは背後の様子を気にしながら門をくぐり、即座に鉄格子と大扉が落とされる。それでも3人の黒騎士たちが侵入を果たしたが、内側に待機していた帝国騎士によってすぐさま討ち取られ、その身体を黒い霞に変えていった。

 肩で息をしている騎士たちが警固の騎士たちの案内にしたがい、疲れた体を引きずるように待機場所へと歩いて行く。息を整えながらもその姿を見るバルバネスの目には、いつもの軽妙な様子はない。

 その時バルバネスに、外壁の上から声が掛けられた。

「よくやった。バルバネス!」
 兜を脱いだバルバネスが顔を上げ、
「だがよ。団長! このままじゃ、じり貧だ」
と声を張り上げた。
 その顔に泥混じりの濡れた髪がべったりと張り付いている。
 上から声を掛けたのは、フェンリルナイツ騎士団長のザルバック、世界で唯一の剣聖の称号を持つ最強の騎士だった。

 いいから上がってこいという指示に従って、城壁沿いの階段をのぼっていくバルバネス。その姿を確認してから、ザルバックは再び城壁の外に視線を移した。

 ここは帝都ウルクンツル。
 かつて東部砦で戦った漆黒の騎士と魔物たちが、あの時以上の数で押し寄せ、とうとうここまで追い込まれてしまったのだ。

「厳しいな。……だが、攻め手を緩めるわけにはゆかん」

 銅鑼が鳴り、攻撃隊のうちいくつかが控えの組と交代する。剣聖の背後に広がる帝都は、建物こそ並んでいるものの、がらんとしていて人の気配がなく広大な廃墟のようになっていた。

 攻め手を緩めるわけにはいかない。何故ならば、帝国の臣民はすでに皇太子夫妻とともに帝都を脱出し、エストリア王国に向かっているからだ。
 できるだけ多くの敵を、できるだけ長く、ここに引きつけねばならない。
 ここに残っている騎士たちは、誰もが同じ使命を持ち、そして死ぬ覚悟はできていた。士気は充分にあるし、幸いに備蓄も充分すぎるほどある。

 ――そう易々とやられはしない。

 少しでも長く、自分たちが生き延びて戦い続ければ、それだけエストリアに向かっている自分の家族たちが守られるのだ。

 再び眼下に広がる敵の黒騎士たちを見る。ザルバックは何かを探るように神経を研ぎ澄ましていく。誰が指揮を執っているのか、つまり一番強い奴はどこにいるのかを探っているのだ。

「……そこか。大将は」
 感知した途端、背筋に冷や水を浴びせられたような悪寒が走る。と同時に、闘志がこみ上げてきた。ザルバックはまごうことなき戦闘狂でもあった。

 思いのほか、敵軍の中でも前線に近い位置で佇んでいる一際大きな全身鎧の騎士。
 その騎士は、見つけられなかったのが不自然なくらいの異様な空気をまとっていた。ザルバックは名前を知らなかったが、それは天災の1人ゴルダンだった。

 いかにして奴を討つか。

 その時、ザルバックの視線を感じたのか、ゴルダンが背中の大剣をばっと抜くと、まっすぐザルバックの方向へと突き出した。
 それを見てザルバックはにやりと嗤った。「向こうもやる気か。はは。こりゃいい」

 もし1対1の決闘が叶うのならば、願ったりだ。

◇◇◇◇
 ウルクンツル帝国からエストリア王国へ抜けるには、国境の街イストからヴァージ大森林を縦断する街道を使わねばならない。

 帝都を脱出した皇太子カール・パルス・ウルクンツルと、その妻にしてエストリア王国の第一王女だったセシリアは、人々の先頭にたって国境の町イストを目指していた。

 周囲には皇族の護衛としてフェンリル・ブレイブナイツの三銃士が1人、|紅騎士《クリムゾン》〝|剣《ソード》〟ミスカ・レイナードが控えている。
 皇太子夫妻に続いてカールの妹トリス・パルシット・ウルクンツル、そして、貴族たちの馬車、臣民たちと続き、長い長い列となっていた。

 避難民の周りには、人々を守るために筆頭騎士団のフェンリル・ブレイブナイツや帝国騎士団が配置されており、一番最後尾には白騎士〝|戈《ハルバード》〟オルランド・ザントワースと〝|槍《ランス》〟コーネリア・ザントワースの率いる2隊がいた。
 さらに前後左右の広範囲に、ミュート・ドルトー率いる〝|弓《ボウ》〟隊が斥候を放っており、魔物を察知したらすぐさま工兵隊が防御陣地を形成し、遅滞戦闘を行いながら臣民を避難させる手はずになっている。

 皇太子カールは馬車の窓を開け、後ろに延々と続いている人々の列を見た。
 一刻も早くイストに、そして、ヴァージ大森林の街道を抜けてエストリアに脱出しなければならないが、このスピードではいつ黒騎士たちに追いつかれるかわからない。
 一刻も早くという焦りがつのるが、今は帝都で陽動戦を行っている騎士たちを信じるほかはなかった。

 東部のコランダ領に再び黒騎士と魔物の大群が現れた時点で、国内の警戒レベルを上げていたが、前回は防いだ東部砦があっというまに陥落し、ただちに帝国中部西部にも避難指示が出されたのだった。
 ここにいるのは帝都の臣民である。ほかの東部・中部・西部に住む国民たちにも避難指示が出ているが、彼らが今どのようにしているかはわからない。

 空が紫色に一変したあの大異変の日を境にして、まるで世界の終わりが迫りつつあるかのような状況。
 いったい何が起きているのか。なぜこんなことになったのか。

 皇帝に後を託された者として、じくじたる思いにカールは唇をかみしめた。苦悩に力がこもっているその手に、セシリアがやさしく自らの手を重ねる。
「カール……。考えてもどうにもならないことはあるわ。今はとにかく脱出することを考えましょう」
「わかっている」

 そう、わかっている。いざとなれば、臣民を捨て置いてでも自分たちは生き延びねばならないと。
 血を絶やしてはならない。それがブラフマーギリー帝国の血を引くウルクンツル帝国の帝室に定められた鉄の掟だ。帝国の血を引く皇室。その誇りは皇室をいただく国民の1人ひとりにも行き渡っており、その血と強力なフェンリル騎士団の存在が熱狂的な支持を受けているのだ。

 だからそう、父である第55代皇帝デードリッヒも、自らは2人の妻とともに帝都に残ることを決めたかわりに、カールたちには是が非でも生き延びてエストリア王国に行くことを厳命していたのだ。

 ――カール。私たちは帝都と運命をともにする。お前たちは何としてもエストリア王国へ行け。決して我が帝室の血を絶やすな。

 そうカールに命じた父の表情も左右に控える正妃と側妃の表情も、不思議な穏やかさをたたえていた。それは迫り来る死を受け入れた者のそれだった。

 ――ふはは。なんだその顔は。帝都はそう簡単には落ちぬ。ここにはザルバックの奴も残るからな。
 ――あなたたちは安心してエストリアに行きなさい。
 ――カール様。トリスをよろしくお願いします。

 馬車の窓を通してみる外の風景。行く先もまた暗雲が立ちこめている。
 不吉な予感がする。しかし、決して諦めるわけにはいかない。カールは拳を難く握り、ただただトリスティア神に祈らずにはいられなかった。

◇◇◇◇
 帝都の防壁に接近した身長10メートルほどの巨人が、その手にした棍棒を振り下ろそうとしたとき、防壁上に設置されていた魔導大砲が火を噴いた。

 巨大な顔が爆発に飲みこまれ、そのままズズンと後ろに倒れた巨人が地面に溶けるように姿を消す。
 倒した魔物はこうして姿を消し、死体は残らない。そのことから、この黒騎士を含めた軍勢そのものが、何らかの儀式か魔法によって召喚された魔法生物と見られている。

 もう防衛戦がはじまってからどれくらいの時間が経ったろうか。
 騎士も兵士も交代で戦い続けているが、誰の顔にも疲労の色が濃く限界が近いことをうかがわせていた。

 閉ざされた城門の内側で、馬用の特殊な防具に身を包んだ巨大な愛馬に、聖鎧を身につけた剣聖ザルバックが跨がっている。
 その背後には、ザルバックが手ずから鍛え上げた精鋭中の精鋭。フェンリル・ブレイブナイツの双剣隊と棍棒隊の面々が静かに待機していた。

 味方の増援の見込みがない防衛戦である。しかも敵である黒騎士たちは倒しても倒しても湧いて出てきて、一瞬たりとも攻撃の手がゆるめる気配はない。

 これは人ではない。召喚されたなにか、または魔法で作られたなにかである。
 となれば、この場にいる敵軍の大将らしき全身鎧の男を倒せば、その他の黒騎士も魔物も消滅、あるいは撤退する可能性が高い。
 様々な状況からそう判断し、まだ余力のあるうちに勝負を決めようとしているのだ。

 ザルバックが騎乗した騎士たちに振り返った。
「世界最強の騎士は誰だ?」
「ザルバック・リュミニオン殿であります」
「ならば、ここにいるお前たちはなんだ?」
「世界最強の騎士団であります!」
「今、外にいる奴らはなんだ?」
「ワラワラとわき出る黒いゴミ虫であります」
「そうだ! 諸君! ゴミ虫だ! だがな無限に湧いてくる厄介なゴミ虫だ。……ボスを叩きつぶす。一番でかい黒いゴミ虫をつぶす。そのことだけを考えろ!」
「「おお!」」
「行くぞ! フェンリル・ブレイブナイツ。出陣!」

 ザルバックの気合いの入った出陣宣言と同時に、彼の全身から闘気がゆらりと立ち上った。
 それに呼応するかのように、防壁の上部から魔法の集中攻撃が城門前に放たれ、さらに巧みにコントロールされたカタパルトや魔導大砲によって、ザルバックが狙っているゴルダンまでまっすぐに道を作るように攻撃が加えられていく。

 城門の内側にいるザルバックにもその激しい攻撃の音が聞こえてきた。
 門扉を開ける役目の騎士たちが上からザルバックを見下ろしている。ザルバックは彼らに向かって黙ってうなずいた。

 開いていく城門。その向こうの光景が見えた途端、ザルバックが剣に闘気をのせて振り下ろした。
 剣先から放たれた闘気が、空いたすき間を通り抜け、さらにむこうに群がる敵を切り裂きながら進んでいく。剣聖の闘気剣。それをこうし矢にして、そのすぐ後を追いかけるようにザルバックたちが馬を駆った。

 漆黒の海を切り開く一本の道ができた。黒騎士たちが行く手を遮ろうとするが、ザルバックの剣が振られるや、|真空の衝撃波《ソニック・ブーム》が一度に10人も20人もなぎ払う。さらに後続の騎士たちに攻撃を加えようとしても、その要所に配置された黒騎士・双剣のバルバネスの剣が、また棍棒隊隊長のガンロックの持つメイスから大砲のような魔力弾が放たれ、迎え撃つ。

 フェンリル騎士団の隊長クラスが装備している武器はどれもが大破壊前からの伝わる強力な武具で、まさに他とはケタが違う威力を秘めていた。
 騎士団の通り道から、いくつもの光弾や衝撃波に吹き飛ばされる漆黒の鎧と魔物たち。
 一本の矢のように突き進み、とうとう剣聖ひきいるフェンリルナイツのその先端が天災ゴルダンの元に届いた。

 馬の上から飛び上がったザルバックが、上から一気にゴルダンに斬りかかった。
 たっぷりと遠心力のかかった一撃だが、それをゴルダンは自らの大剣を掲げて真っ正面から受け止める。
 ぎゃりぎゃりと音を立てながらも互いに一歩も譲らない。至近距離でザルバックと、兜越しのゴルダンの視線がぶつかり合った。

「はは、ははははは。来たな! 剣聖」
「会いたかったぜ! お前みたいな奴とよ」

 反動を付けて距離を取る両者。今度はゴルダンが一気にザルバックに迫る。振り下ろされた大剣をザルバックが受け止める。
 しかし、ザルバックは力比べに入らずに、すぐにゴルダンの腹を蹴って距離を取った。

 大剣から左手を離して、ひらひらと振るザルバック。
「ひやっとしたぜ。まさか衝撃剣とはな」
 ゴルダンは追撃をすることなく、自らの剣を肩にのせた。
「貴様も返してきたじゃないか。……誇りな。俺が技を返されたのは指で数えるくらいしかないぜ」

「へっ。そいつはどうも!」
 ザルバックの身体がぶれ、8つ身の実体ある分身となり、うち6人がゴルダンに襲いかかる。控えとして2人のザルバックが、その両手の剣を振り下ろすと、そこから巨大な闘気剣の衝撃波がゴルダンめがけてのびていった。

 衝撃波と6人分身による突撃攻撃。剣聖ならではの集中攻撃だが、その一つ一つをゴルダンはひらり、ひらりと交わしながら分身体に攻撃を加えていく。
 切られた分身が消え去り、残り3人目となったところですべての分身が消え、再び1人のザルバックとなった。

 しかし攻撃をしのいだと思われたゴルダンの兜が、ピシッと2つに割れた。その下からは黒髪の精悍な男の顔が現れる。
「案外、普通の顔だな」
「そうか? ナイスガイだろ?」

 だが、平然と立っているゴルダンを見て、ザルバックは唇の端をわずかに上げた。

 ――こいつ。俺より強え。

 だが、それがいい。生死の境で戦うことこそザルバックの欲することだ。
 ……ただ、そう。
 帝都で防衛戦を繰り広げている仲間や、帝城で最後の時を待っている皇帝陛下には、悪いと思うが、それでもこいつを倒せば少なくとも戦況はこっちが有利となるだろう。

 剣を構えなおす。
「行くぜ」「来い!」

 再び剣と剣をぶつけ合う2人。戦いは激しさを増していき、その戦いの余波で黒騎士も、魔物も近寄れなくなった。
 フェンリル騎士団は、ザルバックから撤退命令が出たが、それでもその戦いを支援しようと残り続けて周囲の敵と戦い、やがて1人、2人と倒れ、光の玉となって空へと飛んでいった。

 やがて、一番激しく戦っているはずのザルバックだけが残った。バルバネスも、ガンロックもやられてしまった。

「はあ、はあ、はあ、はあ……」

 激しく息を切らせるザルバックに、対峙するゴルダンは当然のように平然としている。
だが、その口から出る言葉は賞賛に満ちたものであった。

「まさか人の身でそこまで強くなるとはな。超帝国の騎士どもとも戦ったが、あの時代の剣聖にも劣らないぜ」

「はは、超帝国の騎士ときたか」

 息を整えながらもザルバックは笑った。

 こりゃあ、俺たちの|埒外《らちがい》の存在だ。強いわけだぜ。
 むしろここまで細かいキズで済んでいるのが不思議なくらいだ。
 ……やはり、勝てないな。俺では。どうあがいても。

 こうして息を整えていられるのも、相手がまだ自分と殺し合いたがっているからだ。しかしそれは、それだけの力の差があるということを意味している。向こうはまだ手を抜く余裕があるのだ。

 ザルバックはちらりと帝都の方角を見た。

 すみません。陛下。

 自分が負けては、もはや守り切ることは難しいだろう。|乾坤一擲《けんこんいってき》の賭けは自分たちの負けになりそうだ。
 だが――。

 ザルバックはスッと短く息を止めると、おそらく最後になるだろう気力を奮い立たせた。
 静かに息を吐いたときには、あれだけ乱れていた呼吸が平静に戻っていた。

 うれしそうに笑っているゴルダンを見て、自らも笑みを浮かべる。
 おそらく相手もわかっているはずだ。次が最後の打ち合いだと。

 悔しいことに自分は勝てない。絶対に。
 ……それでも、意地を見せてやる。剣聖の、人間の意地を!

「はあぁぁぁぁぁぁ!」
 闘気がみなぎり、それに呼応するように天地にただよう魔素がザルバックに吸い寄せられていく。
 取り込まれた魔素が丹田に集められて魔力となり、そこから渦巻き状に身体の中を駆け巡る。
 ゴルダンは気負う様子もなく剣を構えた。

 これが最後だ。もってくれよ。俺の身体――。

 ザルバックが再び8つ身分身となり、一気にゴルダンに迫った。
「またその技か」
とゴルダンが、一番先頭のザルバックを切り捨てようと剣を振り下ろしたが、その剣はあっさりと受け流された。
 目を丸くするゴルダンを見て、四方八方から分身たちが斬りかかっていく。
 そう。一番先頭のザルバックが本体だったのだ。

 分身たちが幾重にも切りかかっている、今度はその後ろに回ったザルバックの斬撃が、わずかにゴルダンの膝に当たった。

 ――ここだ。

「ぬ?」
「うおおぉぉぉぉ」

 技も何もない。ただの突き。だがそれが剣聖ザルバックの生涯最高の一撃だった。
 ゴルダンがその突きを上へ受け流そうと、剣で受け止める。しかし、その突きの勢いは止まらない。
 気が付くとゴルダンも声を上げていた。「ぬおぉぉぉ」と。

 剣聖の突きはゴルダンの頬に一筋の傷をつける。しかし、剣聖の攻撃はそこまでだった。 次の瞬間、ゴルダンの切り下ろしがザルバックの身体を切り裂いた。

 ……ここまでか。
 ザルバックは最後にそうつぶやくと、光の球となる。そのまま空へとまっすぐに昇っていった。

 ゴルダンはそれを最後まで見送りつづけ、小さくつぶやいた。
「見事だ。剣聖」

◇◇◇◇
 防壁に護られた帝城の一番最上階では、ウルクンツル帝国の皇帝デードリッヒが、正妃キャロラインと側妃ルシーダとともに、眼下に広がる帝都、そして、その外側でいまだに戦いを続けている防壁を見つめていた。

 やがて1つの光球が空へと昇っていき、それと入れ替わるかのように、雲に切れ目が生まれ、そこから巨大な眼がすき間を覗いているかのように顕現した。

「どうやら、あれが邪神とやらのようだな。ザルバックは逝ったか」
「陛下……」

 デードリッヒは2人の后の腰に手を回し、3人ともにその巨大な眼を見上げていた。

 ルシーダが心配そうに、
「殿下たちは無事に脱出できたでしょうか?」
と言うと、デードリッヒは笑って応える。
「あの3人ならうまくやるだろう」
 キャロラインも微笑んで、
「そうですわね。……ルシーダ。心配ないわよ」
と言うと、ルシーダもうなずいた。

 その時、空に現れた巨大な眼から一直線に大地に突き刺さるように光の柱が生まれた。
 ゴゴゴゴと大気の振動が伝わってくる。
 見る見るうちにその光の柱が膨らみ、やがて光の波となって帝都を飲みこみ、どんどん押し寄せてきた。

 ギュッと固く抱きしめあう皇帝たち。最後にデードリッヒが迫り来る光を前に、
「さらば帝国。だが、人の世は終わらぬぞ」
とつぶやき、次の瞬間、何もかもが光に飲み込まれていった。

11-22 ヴァルガンド創世期

 光が消えると、そこは何もない空間だった。光さえもなく、見えるのは星々の姿。そして眼下に見える、黒雲と赤茶けた大地と、灼熱の輝きが複雑な模様を描いている星だけ。

「ここは……」
 どこ? とクロノに尋ねようと思って振り向くが、そこには誰もいなかった。
「フェリシア?」
 いない。一緒にいるはずのフェリシアの姿がない。あわててフェリシアに念話を送ったけれど、返事は何一つ無かった。
 頭の中がからっぽになった。愕然とただ目の前の星を見つめる。

 フェリシア……。どこに行ったの? ここはどこなの?

 まさか一人だけ転移座標がズレたのだろうか。冗談じゃない。

「クロノ。あなたなのね。また何かやったんでしょう? どこ! どこなの?」

 心の底から叫んだ声は、あっという間に別の音に吸収されていく。――くっ。

 再びクロノを召喚しようと召喚魔法陣を練り上げようとするが、恐るべきことに魔素がまったく動かなかった。
 こんなことは初めてだ。どうする? どうしたらいい?

 ――その時だった。
「ノルン?」

 背後から、私を呼ぶ声がした。ぴしりと身体がかたまった。
 この声……。

 胸の鼓動が激しくなる。気がつくと神竜のペンダントがうるさいくらいに共鳴していた。
 全身が燃えさかるように熱を帯び、ただ振り返るだけなのに、それがやけにゆっくりと、もどかしい。

「――ジュン」

 そこにいたのは、ずっと探していた人だった。

 定められたる私の片割れ。分かたれし魂の相方である愛しい男。
 最後に見た時のままの服装だけれど、よほど苦労してきたのだろう、どこかヨレヨレになっている。
 それでも、あの穏やかな眼差しが、いつも私の心を満たしてくれるあの優しい瞳が、今まっすぐに私を見ている。

 会えた。やっと会えた。

 気がつくと私は泣いていた。目からぽろぽろと涙がこぼれ落ち、複雑な感情に胸が一杯になる。
 どれくらいの時間を離ればなれになっていたのだろう。長かった。ただひたすら長かった。

 足を踏み出せないでいる私に、ジュンがゆっくりと近づいてくる。一歩、また一歩と虚空を歩いて。
 目の前にやってきたジュンがそのまま止まらずに私を抱きしめてくれた。
 抱かれるままに胸もとに顔を押しつけると、彼の匂いにつつまれた。背中に回された腕が、もう二度と離さないとばかりに強く私を抱き留める。そっと私も彼の背中に腕を回した。

「ノルン」と声を掛けられ、顔を上げると、息が掛かるくらい近くに彼の顔がある。じっと見つめる瞳に、泣いている私の顔が写り込んでいた。
 そっと微笑む。

「ジュン。――ずっと会いたかった」
「俺もだ」
 そう言ってくれて、私の匂いを嗅ぐように顔を首もとにすりつけてくる。
 ずるい。私もしたい。
 思わず身体を強く抱きしめて、身体をすりつけた。

 ああ、幸せだ。こうして一緒にいられるだけで、もう充分だ。不安もなにも、消え去ってい……。

「ちゃんと再会できたみたいだね」
(おめでとうございます。マスター)

 そんな声がして、ジュンとほぼ同時に空を見上げると、そこには私たちを見下ろしているクロノとフェリシアの姿があった。

「――それで、そろそろ説明してくれるんだろうな?」
 思いのほか、その声に迫力があった。やっぱりジュンにも思うところはあるのだろう。
 いきなり転移つづきだったのだもの。

 クロノが苦笑いをしながら、ゆっくりと降りてきた。

「もちろん。でもその前に……」
 その言葉と同時に私とジュンの身体がほのかな燐光を帯びた。見るとクロノとフェリシアも同じように燐光を帯びている。

「これは?」
「うん。この時代に起きていることを見てもらうには必要な処置だよ」
「どういうこと?」
「すぐわかる。――さあ、行くよ」

 その声と同時に、私とジュンはクロノたちと一緒に、眼下に見える星に降りていった。

 見渡す限りの大地のあちこちから溶岩が噴火し、ガスと熱気が大気に充満していた。
 まるで世界自身の鼓動のように荒々しくも力強い振動が、大地を、大気を振るわせている。
 溶岩の赤い光が、上空に立ちこめる暗雲にも写り込んでいて、世界は赤と黒で塗り尽くされていた。

 炎と黒煙とが渦巻く世界を、クロノに連れられた私たちは空を飛び続ける。地表には見渡すかぎり溶岩が渦巻いていて、森も川も海もなかった。
 いや、ある意味ではこの溶岩が海なのだろう。

 不意に凄まじい熱風が渦巻きながら通り抜けていった。どこかで火山が爆発したかのような音が衝撃となって伝わってくる。

「この時代はね。ヴァルガンドが誕生した時なんだ」
 ジュンが驚いて、
「創世の時代か!」
「そう。だから今から連れていってあげる」
「どこへ?」
「――創造神さまのところへ」

 世界創造。そして創造神。
 クロノは私たちに何を見せようというのだろう。

 やがて溶岩の海の上空を飛びつづける私たちの前に、1つの大きな岩が見えてきた。
 クロノが言う。
「あれが大地のおへそだよ」

 それは、あのゾヒテの聖地にある巨大な一枚岩のことだろうか。
 形は見覚えがあるような気がしないでもないけれど……。

 その大岩の頂上に不思議なオブジェがあり、その前に4人の人影があった。そして、その4人を囲むように各属性の精霊たちと、6体の竜王たちの姿がある。

 あの中央のものは何かの魔道具だろうか。3つの輪っかが組み合わさり、その中央に大きな宝玉のようなものが光り輝いているところを見ると、すでに発動しているようだけれど。

 代表者らしき1人の男性が、なにやらそのオブジェを操作し、ほかの3人はひざまづいて、その作業が終わるのを待っているようだ。

 荒れ狂う大気を通り抜けて、その男性の声が聞こえてきた。
「よし。これで|この世のすべてを記録する装置《アカシツクレコード》の設定はすべて終了した」

 そう言って振り返った男性は、シンさんだった。

 ――え?

「おめでとうございます。主さま」
 そういってひざまずいているうちの1人、大柄の男が顔を上げた。あれは海神セルレイオスだ。……けれど、私の知っているセルレイオス神よりも、どこか声が固く、表情にも乏しいように思う。
 自らの主神を前にしているからだろうか。

「おめでとうございます」「主よ」

 他の2人も顔を上げた。1人は――、いや1柱は天空神ウィンダリア、そしてもう1人は無表情の少女の姿をした誰か、おそらくは地神トリスティアだろう。……随分と、アルの修道院で祀られた美女の姿とは相違があるけれど。

「3柱の我が眷属神よ。精霊たちよ。竜王たちよ。これよりは、それぞれの役目を果たせ」
 シンさんがそういうと、その場に集まった一同が「はっ」と|応《いら》えを返した。

 けれども私にとって、今、目の前にいるシンさんには強く違和感を覚える。
 まるでここにいるシンさんは、感情が無いような、機械か人形のような雰囲気だ。私たちの知っているシンさんはもっと違う。どこかいたずらが好きそうな、そんな男性だった。

「いずれこの世界にも命が生まれる。多くの知的生命体が生まれ文明を築いていくだろう。
 彼らは世界から生まれた神である私をも、きっと楽しませてくれるにちがいない」

 ああ、そうだったんだ。この世界を創造した神とはシンさんだったのか。そして、あの3柱の神がシンさんの従属神。
 そうか。
 真実を知ってみると、なぜか素直に納得してしまえる。今までにもそれを匂わせるようなことはあったのだ。

「――だが、私が世界そのものから生まれた神である以上、私は個にして完結せる者。この世界は|成住壊空《じょうじゅうえくう》の理を免れえない。遥かな未来のことに属するが、いずれ終わりの時は来るだろう」

 トリスティア神が顔を上げて尋ねた。
「主様よ。主様が造った世界の終わりなど考えたくはありません」
 セルレイオス神が続く、
「どうあっても終末を回避することはできないのでしょうか?」

 シンさん、いや、創造神は無機質な眼で3柱の神を見る。
「ウィンダリアも同じ意見か?」
 話しかけられた翼を持つ女性の姿のウィンダリア神も、どこか無機質な声で答えた。
「はい。そのとおりでございます」

「破壊といってもそれは無に帰するわけではないし、世界を存続させる方法も無くはない。だがそれには複数の因子が必要となる。
 それにだ。自らが創造した世界とはいえ、今のところ、そこまでの思い入れはない。故に生まれた者たちが、いかに生き、いかに死のうと、特に心を動かされることはないだろう。
 ――ただ、そうだな。もし遠い未来に、私自身に感情が生まれ、この世界を愛するようになったら……。その時はその時に判断することとしよう」

 シンさんはこちらを見上げた。
「せいぜいが、早くに破壊の使者が目覚めないことを祈ろう」

 私たちが居ることに気が付いている?

 しかしすぐにシンさんは視線を3柱の神たちに戻した。
「それでは奏でよう。創世の歌を――」

 次の瞬間、まるで世界が引き延ばされたように歪む。私たちは別の空間に強制的に跳ばされようとしているのだ。
 それと同時に、不思議な歌が聞こえてきた。3柱の神、精霊たち、そして竜王が歌っている厳かな旋律が――。

 その創世の歌を聞きながら、私たちはどこかに跳ばされた。

◇◇◇◇

「――はっ。ここはっ。ジュンは!」

 あわてて飛び起きて周りを探そうとしたところを、後ろから抱きすくめられる。
「ここにいるよ」
 前に回されたジュンの腕に、ほっと落ち着きを取り戻し、しずかに自分の手を添えた。

「はいはい。イチャイチャするのは全部終わってからにしてね」

 私は声の主の少年をうらめしく見つめる。

「クロノ? もう少しジュン成分を補充させてよ」

「ごめんね。でも、この場の滞在は僕の力でも限界があるから、早くして欲しいんだ」

 そういってクロノは部屋の中央を指さした。そこには台座に安置された八角形の聖石がある。

「ウィンダリア様の聖石だよ。――さあ、許可は出ている。早く取り込むんだ」

 許可は出ているって……。ご本人はなぜここにはいらっしゃらないのだろう。
「あ、ご本人は手が空かないから来られないってさ」
 ああ、そうですか。でも、まだもうちょっと、こうしていたいな。

 「う~ん」というと、ジュンが苦笑いしながら、
「ノルン。――俺もべったりしたいけど、ここは我慢しよう」
と言い、私の耳元に口を寄せてささやいた。「全部終わったら、滅茶苦茶にお前を抱きたい」

「うひゃう!」

 思わず変な声が出たのを誤魔化すように、私はジュンの手を引いて聖石の前に向かう。

 クロノとフェリシアは、そんな私とジュンを見守っていた。

 かつてセルレイオス神の聖石を取り込んだときのように、目の前の聖石を挟むようにして向かい合った。

「始めよう。ノルン」
「ええ。始めましょう。ジュン」

 封印解除。――神衣光輪。

 向かいではジュンが同じように封印解除を行った。
 私たちの神力があふれだし、漏れた神力が光の衣となる。いつみてもジュンの神力はまばゆい輝きに満ちている。

 2人同時に両手を聖石に向ける。
 使い慣れた神力を循環させ、その流れをジュンの流れと繋げる。やがて私の神力とジュンの神力がつながって、1つの大きな流れなり、私の、そしてジュンの身体を駆け巡り始めた。

 そっと目を閉じると、このジュンの力と共鳴しているときだけに聞こえる旋律が、私の体の中を通り抜けていく。

 向かいのジュンと目が合った。――やるぞ。――ええ。
 あうんの呼吸で、意識を目の前の聖石に集中せる。ウィンダリア様の聖石は、わずかに青を帯びた輝きをたたえていた。

 私とジュンの間の神力の流れに、聖石を繋げる。聖石の輝きがどんどん強くなり、やがて目がくらむほどの光となった。
 循環する力の流れに新たな聖石の力が加わり、激流のような力の流れとなっていく。その奔流に、髪が、神衣が激しくはためいた。

 すべてが終わり、力の放出を止めたとき、目の前の聖石は跡形もなく無くなっていた。

そして、向かい合っているジュンに変化が……。

――ジュン・ハルノ――

  種族:神
  年齢:26才 職業:冒険者
  クラス:――
  称号:当選者/聖石を宿せし者/分かたれし者/妖精と語らう者/殲滅者/響き合う者/愛をもたらす者/へたれ/ハーレムの主/ノルンの伴侶
  加護:シンの祝福
  ソウルメイト:ノルン・エスタ
  眷属神:サクラ、ヘレン、シエラ、カレン、セレン
  スキル:――――

 種族が、完全に神さまになってる――。それでも職業は冒険者なのね。すごくミスマッチだけど。たぶん私も同じステータスになっているのでしょう。

 ああ、不思議なことがある。
 前よりもジュンを強く、そして|傍《そば》に感じるのだ。

「ノルン。感じるか?」
 ええ。あなたの言おうとしていることはわかるわ。今なら、今の私たちなら――、
「時間を跳躍できる」

 ただ感覚的にだけれど、私たちがいた時代より未来のヴァルガンドには行くことも、知ることもできなさそう。
 そういう意味では、いまだ不完全といえるだろうか。
 それでも、そう、今ならできるのだ。みんなの元へ帰ることが。

 ジュンがやってきた。
 そして、これからやろうとしていることを感じたのか、フェリシアも飛んできて、定位置である私の左肩に停まる。
 ジュンと手をつないでクロノに振り返った。

「……クロノ。あなたが説明をしようとしていたことが、今なら何となくわかる。だからお礼を言っておくわ。
 ありがとう」

 時代を遡ってきた私の|来《き》し|方《かた》を思うと、それは天災の活動を追い掛ける旅でもあった。
 小国家群戦争、そして1000年前の魔族大乱、ブラフマーギリー帝国初期と。まあ超帝国のは天災がこのヴァルガンドにはじめて登場した経緯を見せること。そして見て来た歴史そのものが1つのことを指し示していると、ようやく気が付いた。

 ――世界の終わり。
 それがもうまもなく訪れようとしているのだ。

 まあ他にも、初代聖女の誕生、若き頃のパティスやアーケロンとも出会えたのは良かったと思う。

 ただ、その旅の果てにヴァルガンド創世を見た。それが意味することは、まだよくわからない。
 確かにシンさんが、名前を失伝している創造神だったことには驚いたし、世界創造を見ること自体に意味があったのかもしれないけれど……。

 私の手をジュンが握ってくれた。
 話すべきことは多い。そして、聞かせてもらうべきことも多い。
 それでも彼の瞳は私に語りかけていた。――まず、みんなの所に戻ろう、と。

 ジュンの目を見て、私は黙ってうなずいた。
 奇しくも言葉が重なった。
「「帰ろう」」と。

 もはや魔法陣は要らない。ただ神力を操作し、私たちを時の彼方に運ぶだけ。感覚を未来に広げ、ヘレンたちがいる時代をマーキングする。

 今、帰るよ。みんな。――――|時間跳躍《タイム・ジヤンプ》。

 

 


第11章 流浪の2人おわり

11-21 光の回廊

 包み込んでいた光がおさまると、私は幻想的な光のトンネルの中を、まるで重力などないかのように浮かび漂っていた。

 光から透けて見える外側の空間は暗く、上下左右ともに果てのない広大な空間が広がっている。ここは一体どこなのだろう?

 すぐ傍で、フェリシアも私と同じように空間を漂っている。
「今度はどこかしらね」
(マスター。おそらくですが、ここは時空回廊ではないかと)
「時空回廊?」
(ええ。……管理者は時精霊クロノです)

 フェリシアがそう言った途端、明るい声が響きわたった。
「正解!」

 それと同時に、私たちの前方に光が集まって少年姿の時精霊となる。
 ……ため息が出るのは仕方がないと思うんだ。ようやくのお出ましというわけね。

 ニコニコとした笑顔で、
「久しぶり。お姉ちゃん」
というクロノに、自然と据わった目になってしまった。

「……久しぶりね、クロノ。今まであちこちの時代に行かされたのは、あなたの仕業よねぇ?」

 特に凄んだわけじゃないけど、クロノが頬をひくつかせている。
「ええっとね。前の召喚にもすぐに行けなかったんだけど……。色々と忙しくてさ」
「ふうん。色々と。……貴方たち精霊ってさ、個にして全、全にして個の存在だったわよね」

 クロノっていっても同時に複数人の姿で顕現できるわけでしょ? 忙しかったなんてウソよね。

「あ、はは……。あはは。怒ってる?」
「ええ」

 右手に電撃魔法をまとわせて、わざとスパークさせると、クロノは「ひええぇぇ」と叫んで頭を下げた。「ごめんなさい!」

 まあ、これからの私に必要なことなのだろうと薄々感じてはいたので、すっと魔法を引っ込めるけれど、それでもねぇ。何も説明もなしに、あちこちの時代に跳ばされたモヤモヤは収まらない。

「ちゃんと説明しなさい」
「はいぃ! ――あ、でも、もうちょっと待って」
「あなたねぇ……」

 再び魔法を発動しようとしたら、クロノが慌てたように両手を身体の前に突き出している。

「いや、ホント。お兄ちゃんがもうすぐでここに来るから!」

 え? お兄ちゃん?
 ――ってジュンのことよね? ここに来るの?

 ふふ、ふふふふ。……そう。来るの。じゃあ仕方ないわね。少し待ちましょうか。

「……お姉ちゃん。顔がでれてるよ」
「不可抗力よ」
「いや、そりゃあ、抗えない力かもしれないけど」
「それでジュンは今どこにいるの?」
「まだ大変な状況だと思うけど……、見る?」
「ええ! もちろん」

 しょうがないなぁと言いつつ、クロノが光のトンネルの側面に手を当てた。するとちょうど私たちがいる所の光の壁が四角いスクリーンとなって、そこに映像が映し出された。

 初めに映し出されたのは海だった。空は真っ黒な雲に覆われていて、どうやら大きな嵐のまっただ中のようだ。
 空には何かが光の尾を引きながら跳んでいる。あれは何だろう。

「今ね。お兄ちゃんはあの乗り物に乗っているんだよ」
「……あれはなに?」
「魔導飛行機。時代はね。ブラフマーギリー帝国の末期。大破壊の時代」
「は?」

 大破壊の時代? なんでそんな時代に……。まさかジュンも私と同じように?

「ほら。堕ちてくる」
 クロノの言葉が終わるかどうかというときに、突然飛行機の上空から、巨大な龍が現れ、その長い尻尾の一撃で飛行機が真っ二つになった。

「あ、あああ。あ、ジュ、ジュン――!」
 いや! 死なないで!

 知らずのうちに私は神力を解放していた。座標は……
「ちょっと待った! 大丈夫。大丈夫だから、時空間に干渉しないで!」

 真剣にスクリーンに見入っていた私の目の前に、クロノが慌てて飛び込んできた。

「大丈夫だから。――ほら、ご覧よ」
 クロノに促されてスクリーンを見ると、空に散らばる機体の破片の中でキラキラと光を放つ何かがある。「彼の神力だ」

 一筋の光が天地を真っ直ぐに結んだ。その細い光の直線を中心に、その周囲が時間を止めたように、飛行機の破片などが宙に滞空していた。そして、ゆっくりと時計回りに回転しながら下に降りて行く。

 雲間から現れた黒龍。……あれはピレトだ。第2形態となった。
 ということは大破壊ってもしかして……。

「うん。そうだよ。あの天災6人によって引き起こされたんだ」
「でもそれっておかしくない? 大破壊でそれまでに培ってきた文化とか壊滅状態になるまで、ほぼ絶滅に近い破壊があったんでしょ? 人々の絶望や死の恐怖、苦しみで膨大な瘴気が発生したと思うんだけれど、それで邪神が復活しないなんて……」
「答えは1つだよ。まあ、彼らもわかっていて引き起こしたみたいだけどね」
「答え……」
「そう。時が来ていなかったんだ」

 時? ただそれだけなの?

「そうだよ。そして、それは決定的な理由なんだ。だから、この時、邪神の卵はまだ封印の中から顕現はしていない」

 ということは、私たちの時代で邪神が復活しているのは、何かのトリガーとなることがあったということ?

(マスター。動きがあります)

 フェリシアに教えられて我に返り、再びスクリーンを見る。

 ゆっくりと降下していった破片や、乗客らしき人々が海に着水するや、ジュンの放っていた光が消えた。
 クロノがスクリーンの映像をジュンのところまで近づけてくれる。

 あの人は気を失っているようで、波間にただよっていて、そしてそこに人魚が現れた。男性の人魚に抱き留められるジュン。
 ジュンの力に護られた乗客だった人たちも、人魚に助けられ、そして、全員が一斉にある方向に向かって泳ぎだした。

「あの先には水の神殿があるんだ」
 水の神殿といったら、あの海底に沈んでいた……。そういえば、聖女コーラルさんが命がけで結界を張ったのだったか。
「そう。それがこれから」

 やがて見えてきた水の神殿は、海へ突き出た岬の上に建っていた。しかも物々しい雰囲気が見て取れる。
 何かの襲撃に備えているのだろう。神殿騎士らしき男たちが海沿いに詰めていて、さらにその外側に急ごしらえらしき石の防壁が築かれていた。

 そんな神殿騎士たちの前に、海の中から姿を現した人魚たちが、ぐぐっと迂回をするように泳いでいき、救助した人たちを水の神殿の近くの浜辺に運んでいった。その中にジュンの姿もあるが、砂浜に横になった時点で、目を覚ましたようだ。
 そりゃそうよね。自然回復スキルがあるもの。

 そこへ神殿に勤める女性たちが現れ、介抱を始めた。おそらく騎士たちから報告を受けていたのだと思う。

 あ、ジュンだけが立ち上がって、去って行こうとしている人魚と何かを話している。
 やがて話し終えて、去って行く人魚を見送ったジュン。人々を介抱してっくれている女性たちを見て、そして神殿を見上げた。

 その時だ。突然、大きな地震が発生してようだ。激しい揺れに立つことができず、必死の形相で地面にうずくまる人たち。石壁が崩れ、せっかく積み上げた防壁の一部が崩れ落ちた。

「少し神殿内を見ておこう。当代の聖女がいるから」
 クロノがそう言って、スクリーンの映像を神殿内のものに切り替えた。

 神殿内の中央にある泉では、その中央に作られた台座のから、コンコンと水が湧いて出ていた。
 そして、その中央には小さな宝珠、――水の精霊珠が神秘的な青い輝きを宿していた。

 神殿に勤める10人の女性たちが泉を囲むようにしてひざまづき、一身に祈りを捧げている。
 そしてただ一人の女性だけが、泉の中に入り込んで祈りを捧げていた。

「あれが聖女コーラルだよ」
 教えてくれたクロノだけれど、私にはわかっていた。この女性が、かつて海の底で出会った聖女だと。
 たしか、大破壊の時代に神託により、その命を水の精霊珠に捧げ、その対価として水の神殿を守るための結界を張ったといっていた。
 今、目の前のスクリーンでまさにその時の様子が映し出された。
 ふっと力が抜けるように、泉の中で聖女が倒れ、それに続くように他の女性たちもその場に崩れ落ちていく。やがて中央の精霊珠が輝きを増し、そのゆらめくような青い輝きが精霊珠から広がって、神殿内を覆い尽くしていった。

 ここで再びクロノがスクリーンを外に切り替えた。神殿の周囲の海では、海の水がさあっと引いていき、普段は見えない海底が丸見えになっている。
 これは一体どうなっているのだろうか。

 遠く水平線の方で、突然海が盛り上がった。山なりにどんどん大きくなっていく海面。そのような高波が、次々に海岸に押し寄せてくる。
 よく見ると、その波の上に躍り出た魔物が、走ったり飛んだりしているのが見えた。

 しかし、その津波と魔物の大群から神殿を守るように、神殿の敷地の際から青い光が立ちのぼり、神殿を覆うドーム状の光の結界となっていく。
 津波が激しくその結界に激突し、さらに魔物たちが襲いかかっていった。だが、結界はビクともしない。
 それはそうだろう。あれは神託によって指示された、聖女コーラルたちの命と引き替えに発動した結界なのだから。
 だが守るだけではいつまで経っても魔物たちを倒すことはできない。津波が次々に押し寄せている状況ならば、あの中の人が外に出ていくことは不可能だ。

 その時、ジュンがある一点を見ているのに気がついた。その視線の先をたどって見ると、結界の手前で佇んでいる何者かの姿がある。周囲の魔物はひっきりなしに結界を攻撃しているけれど、その誰かだけは波の上にただ黙って立っているだけ。

 突然、再びの地震が起きた。ジュンがバランスを崩す。そして、次の瞬間、神殿のある一帯が、大陸が、ゆっくりと海に沈んでいった。同時に魔物たちも不規則に渦巻く海の水に飲みこまれていく。

 結界は津波は防いだものの、沈下していくことで押し寄せる海の水は防げなかったようで、結果以内に海水が流れ込んでいき、結界内の人々をも飲みこんでいった。叫び、逃げ惑う人たちの姿が見ていられない。
 そして、その波はジュンをも飲みこんだ。

「ジュン!」

 頭が真っ白になった。すぐに助けないとっ。
 焦りのままに封印解除をし、すぐさま転移座標を探る。しかし、その私の目の前にクロノが飛び込んできて、
「だから大丈夫! 大丈夫だから、その力は抑えて! お願いだから、時空間を乱さないでぇっ――」

 さっきもそんなことを言っていたけど、そんなことよりジュンがっ。あの人がっ。

 焦りのままにスクリーンを直視する私の目に、ある光景が飛び込んできた。

 海中に没したジュンが浮かび上がってきたのだ。その身体を燐光が覆っている。そしてなんとその傍に、別のクロノがいた。
「ほらっ。僕が助けに行ったから。大丈夫だから。ね? ね?」

 クロノが何か言っているが、そんなことよりジュンは本当に無事なのかどうかの方が心配でならない。
 そりゃあ、自然治癒スキルとかあるよ。けれどね。それで心配しないということはないわけで。

 燐光に覆われたクロノとジュンは、そのまま空高くまで浮かんでいき、そこから海に沈んでいく水の神殿を見下ろしていた。
 激しい波しぶきを上げながら、神殿の柱が、屋根が波間に消えていく。

 いや、神殿ばかりではない。
 空の暗雲からは幾度も稲光が走り、2人の眼下、いや私たちが見ている角度からも、黒い波に飲みこまれていく大地、突如として噴火する火山が見え、あたかも世界の終わりのような光景が広がっていた。

「これが大破壊――」
 思わずそうつぶやきが漏れた。

 私はまだ、このスクリーン越しだからいいけれど、ジュンは現実に人々が死んでいくのを、また天変の凄まじさを肌で感じていることだろう。
 だが、これでも邪神の卵の封印は解けなかったのだ。ならばこの時、命を落とした人々には、どんな意味があったのだろう。

 もちろん、すべての人々が意味のある死を迎えなければいけないとか、迎えるべきだとは言えない。人の死の価値を私が自分の思いを基準に、意味があるとか無意味だとかいうのは、あまりにも傲慢に過ぎる。
 死は等しくあらゆる人にでも訪れるのだから。

「もうすでに知っているだろうけれど、聖女コーラルが命を捧げて発動した結界は、海底に潜った君たちが訪れ、水の精霊珠を継承することで終わりを告げる」

「このあと世界はどうなったの?」
「うん。今は津波のところを見たけれど、他の所では火山が連鎖して大爆発を起こし、あるところでは幾つもの巨大竜巻に蹂躙され、またあるところでは魔物のスタンピードによって国そのものが消滅したりした。
 生き残った人類は、人魚族を除いておよそ10パーセントほどにすぎない。そして、都市の設備から魔導技術やらは軒並み失われてしまったんだ」
「……なんてこと」

「この時、邪神が顕現していたら、間違いなくこの世界は滅んで無に帰していたね」
「それでも時は来ていなかったと……」

 あのパティスの時代に、悪魔信仰者たちの勘違い魔法陣から現れた奴ら。きっと長い年月、様々な方法で人々を苦しめてきたのだろう。それが大破壊に繋がり、そして大破壊後も……。
 ヘレンの前世であるベアトリクスをはじめ、多くの悲劇があった。それに今は、邪神の卵が顕現している。いよいよ世界の終わりが近づいているんだ。

 はたして自分たちに彼らを倒すだけの力があるのだろうか。この聖石の力でもまだ足りない気がする。まだ自分たちが全ての力を引き出せていないのかもしれないけれど。

 そんなことを思っていると、スクリーンの中の2人の姿が小さくなっていき、そこで映像が終わった。

「……」
 私とは違うヴァルガンドの過去を、ジュンは見て来たのだろう。おそらくは、天災が活動してきたそれぞれの時代を。

 はたしてクロノはどのような理由で、私たちに過去を体験させたのか。私たちがヴァルガンドの過去を、天災のやって来たことを見届けることに、何の意味があったのだろう。

 物思いにふけっている私を、クロノが黙って見守っていた。
 その視線に気がついて顔を上げると、ひどく大人びた眼で、あたかもすべてを超越し、あらゆる物事を知り尽くしているかのような穏やかさをたたえた顔で、クロノが私を見ていた。

「さあ、最後の目的地に連れていくよ」

 その声とともに、私は転移の光に包まれた。

11-20 目覚め

 廊下が騒がしくなった。室内に控えていた騎士の1人、他の人の態度からおそらく近衛騎士団長だと思われる、が険しい表情をしながら外に出ていった。
 あっちは任せて、できたばかりの腕輪をパティに渡した。

「空気中からマナを集め、内部に刻まれた継続回復の魔法陣を発動させる腕輪よ。……ただし体力回復に特化しているから、怪我とかまでは回復できないけれど、呪いに対抗するにはこっちの方がバランスが良いでしょ」

「ノルン。ありがとう。――私はあなたに返せるものが何もないわね」
「将来に返してもらうから大丈夫。……それより早く、それを」

 着けてあげてと言おうとしたところで、外の様子が変わった。
「大臣! これは一体どういうことだ!」
 先ほど出て行った騎士が怒鳴る声が聞こえてきた。と同時に、今まで感じたことのない気配が生まれるのがわかった。

「――パティ。早くそれを皇帝陛下に。……フェリシアはアーケロンとここにいる人々を守って」
 本来は私のガーディアンだけれど、状況の変化を感じ取ったのだろう、素直に引き受けてくれた。
(わかりました)

 アーケロンは何が起きているのかわからない様子だけれど、水球をそのままの位置で固定しておき、こっちを見ているパティとルザミアにアイコンタクトを取ってから、私は部屋の入り口に向かった。

 とたんに誰かが吹き飛ばされてきた。部屋の中にいる医師たちや、近衛、神殿両騎士たちが驚いている。あわててこちらに向き直る騎士たちの気配を感じながら、壁に激突して崩れ落ちた騎士の姿を見た。
 鎧が切り裂かれている。その断面から僅かながら瘴気の残滓が見えた。

「騎士団、前へ。元貴族だろうと構わん。謀反である。奴らを誅せよ!」

 その声を聞きながら外を覗くと、そこには部屋を守るように陣形を組んでいる騎士たちと、その背中越しに何体もの異形の悪魔の姿が見えた。

 あの姿、雰囲気。とてもヴァルガンドにあるような気配ではなく、ひどく歪で異質。それなのに、どこかで感じたことがある気配。
 ――これは。

「悪魔ね。確かウルクンツルで……、天災モルドが引き連れていた……」
 知らずつぶやきが漏れるが、それを気にしている人はいなかった。

 なぜなら、すでに戦いは始まっていたからだ。
 前列の騎士たちが盾を構えて通路を塞いだままで前進し、悪魔とぶつかり合っている。腕が四本の悪魔や、翼を広げた悪魔、ゴツゴツした触手のようなものを生やした悪魔が騎士たちに襲いかかる。

 鋭い爪の攻撃、口から吐き出された炎。一転して戦場となった廊下であるが、騎士たちの武具も相当のものらしく、盾で攻撃を防ぐことができていた。

「フィジカル・グロウ・アップ」

 そんな騎士たちに、さらに身体強化魔法をかける。同時に悪魔たちの攻撃を防ぐためにマナバリアの障壁を張ることにした。

 騎士たちの指揮を執っているのは、さっき外に出て行った男の騎士だった。やはり近衛騎士団長のようだ。
 その彼は、自らのいかにも特別な宝剣と思われる武器に魔力を通し、一番近くにいる悪魔に襲いかかっていった。

 あの動き。私の身体強化魔法の影響もあるけれど、さすがは近衛騎士の団長といえる動きだ。技だけならば、ジュンとも互角に打ち合えるんじゃないだろうか。
 ……あくまで人の範籌の力に制限した場合は、だけど。それに相手も人ではなかったようだ。

「ぐわぁっ」
 腕が細長い剣のようになった化け物の一撃を受けた騎士が、一直線に横に吹っ飛び、仲間を巻き込みながら壁に激突した。
 さらに青白い肌の女性型悪魔のような化け物が、その目を光らせると、その足元から何本もの氷の柱が突き出て、まるで津波が迫るように襲いかかってきた。
 吹き飛ばされる騎士たちを横目に、私は前に飛び出すとハルバードを床にドンと突き立てた。
 魔力を流し込み魔法陣を構築。瞬時に結界を張った。

 光の壁が私たちを囲んだ瞬間、突き上げる氷柱の津波が激突してくる。
 ズガガガガッと凄まじい音を立てて、次々に地面から延びた光の柱が結界を貫こうとぶつかっては砕けていった。
 私の背後にいる騎士達が息を飲んで固まっている。

 ハルバードを支えながら、左手を化け物たちに向ける。
「|聖なる鎖にて縛れ《セイクリツドチェイン・バインド》っ」
 さらに魔法陣を正面に展開する。「貴方たちからは見覚えのある瘴気がみえる。――天災に魅入られたのね」

 周囲の空間から延びた光の鎖に身体を縛り付けられる悪魔たち。そのリーダーらしき男が笑った。

「天災など知らぬわっ。我らが神はデーモンさまのみ。――こんな鎖などっ」

 デーモンさま。その言葉も聞き覚えがある。そう。ウルクンツルで。しかも天災モルドが言っていた。居もしない悪魔だと。

「ようやく統一されたこの世界で、なぜそんなものを……」

「知れたことよ! 永遠の命を得て、栄光を我らのものとしつづけるのだ」
「哀れな人……。欲望には果てなどないのに。貴方たちは、自分たちの欲望によって破滅を向かえるのよ」

 そこへ誰かが走って出てきた。この気配。パティだ。
「もしや貴方たちの仕業なの? 今までの事はすべて!」
 血がほとばしるような問いかけの叫び。その声に、多くの感情が込められているのを感じる。

「そうだ! 皇太子を暗殺したのも。皇帝を、バローラムもニンバスも殺したのも、我らの手の者だ。だが喜べ! 彼らの流した血と無念の思いが我らに神への道を開いてくれたのだ」

 興奮している彼らのその声ともに、縛り付けていた私の鎖の魔法が消えていく。

「ふはははは。そのまま我らを縛り付けるつもりだったのだろうが、デーモンさまの加護を得た我らには時間稼ぎにしかならぬ」

「いえ……、違うわ」

 ――封印解除。神威解放。神衣光輪。

 可哀相な人たち。せめてこの力で浄化してあげましょう。

 白銀の光がほとばしる。神力が白銀の衣となって私を覆う。その間にもいくつもの攻撃魔法が私に殺到するが、自働展開された結界に傷をつけることすらできない。

「鎖は自分で解いたのよ。瘴気に犯され、その姿になってしまった貴方たちは、もう元には戻れない。デーモンなどありもしない悪魔に取り憑かれた貴方たちにはもう居場所はない。ならば、せめてこの力で送ってあげましょう」

 彼らの足元に彼ら全員を納めるほどの魔法陣を構築する。何人かの異形の悪魔がその魔法陣を破壊しようと執拗に攻撃を加えている。けれど無駄。

「浄化なさい。詠唱も祈りもなく。光よ。聖石よ。彼らを救いたまえ」

 無意識のうちに言葉を紡いでいた。
 多くの戦乱があったことでしょう。沢山の犠牲の果てに統一された世界。ようやくこれから長い安定の時を迎える。それを彼らの欲望で破壊させはしない。

「これから帝国は2万年にも及ぶ統治の時代を迎える。平和のうちに人々がかつてない繁栄をむかえる。――あなたたちの願ったようにね。だから安心して眠りなさい」

 魔法陣から猛烈な光が吹き上がった。彼らの身体がその光に飲み込まれる。
「ぐわあぁぁぁ。なんだこの光は! で、デーモンさま。そのお力を我らに!」
「無駄です。そのような悪魔など存在すらしないのだから」

 けれど私の声はすでに届いていないようだ。光に飲み込まれた彼らはすでに影となって踊っているようにしか見えない。
 やがてその影も少しずつ薄くなっていき、やがて完全に光に飲み込まれていった。

 光が消えた魔法陣を前に、私も神力を再び封印する。
 振り返ってパティを見ると、彼女は両の眼からぼろぼろと涙を流していた。「ノルン……」

 許せないという無念の思いが伝わってくる。私は彼女の身体を抱き寄せた。
「まさかあの化け物たちが……、兄を……」
「パティ」
「……悔しい! とても、悔しい!」
「もう終わったのよ。だから泣いていい」
「ごめんね。でも、ルザミア姉には聞かせられないから。今だけお願い」

 その言葉の途中から、彼女は我慢できずに嗚咽を漏らし始めた。
 近衛騎士たちは気を遣ってか、何人かは部屋の扉を閉じ、また何人かは倒した悪魔の痕跡を調べに散っていった。
 残ったのは近衛騎士団長らしき人だけ。

 パティを支えながらその人を見上げると、その人は右の拳を自分の胸に当てて頭を下げた。
「感謝する。殿下たちの仇を討ってくれて」
「本当はあなたが自分の手で仇を取りたかったでしょうに。すみません。出しゃばってしまって」
「いや、あのままだと深刻な被害が出ていたし、俺たちは第一に陛下や殿下を護るのが使命だ。私怨は二の次にすぎぬ。……正直にはそういう気持ちが無いではないけれど、それでも感謝している」

 どうやら本当に近衛騎士団長だったらしくテオドアさんというらしい。副団長たちも操られていたらしく、近衛騎士団内も混乱しているという。

「統一したからと安心していたツケが回ってきた。次は内なる敵を警戒すべきだったのだ」

 そういってテオドアさんは皇帝陛下の元へ戻っていった。化け物は退治したが、黒幕のことは今は伏せておいてくれるらしい。彼もわかっているのだ。ルザミアさんにショックを与えてはいけないことを。

◇◇◇◇
 パティスが落ち着いてきた頃、突然、彼女に神託が降りた。

 ――目覚めの時は来たれり。彼の屋敷にて彼らと出会うであろう。

 その神託を受けて、パティは神殿騎士を引き連れて財務大臣ダリウスの屋敷に行くというので、私もそれに着いていくことにした。
 予感があった。どうしても行かねばならないという。

 そんな私の気持ちをわかってくれたようで、パティはルザミアさんと話して、敵を倒したこともあって護衛依頼は終了としてくれた。

「パティ。お願いがあるの」
 何があるかわからないので、直接大臣の屋敷に転移をすることはしない。そのため馬車に乗って移動しているその最中に、私はとあることをパティにお願いしておいた。きっと必要になるから――。

 そう思いながら傍にいるフェリシアとアーケロンを見る。
(マスター)
 念話を送ってきたフェリシアにはわかっているのだろう。私はアーケロンに言った。

「アーケロン。これから先には危険な敵が待ち受けている。私と同じくらい強い敵が待ち構えている。だから……じっとしていなさい。私の魔法を、よく見て。いずれ、遠い未来にあなた自身も使いこなせるように」
(はい?)

 何のことかわかっていないだろうアーケロンに手を伸ばす。その小さな手を触り、これから彼女が辿るだろう運命を思う。
 その瞬間にも、馬車はダリウス大臣の屋敷へ近づいていった。

 かなり大きな屋敷だ。この空飛ぶ帝都の限られた土地で、ここまでの広さの屋敷を持っているというのは、さすがは大臣といえるだろう。
 そして、屋敷の中からは人の気配が感じられない。それを感じ取れていないパティたちが慎重に陣形を組んでいる。待って、危険だと止められたけれど、私は一番先頭で入らせてもらうことにした。

 神殿騎士に護られたパティが、
「本当に大丈夫なの?」
「ええ。――行くわよ」
 私はそう言って玄関の扉を無造作に開け放った。その瞬間、中から血の臭いがただよってきた。
 玄関ホールにすでに大臣保有の騎士団や帝国魔道士団のものと思われる死体が転がっていた。
 それを見た途端、後ろから誰かが息を飲んだのがわかった。

 凄惨な死の空気。まるで同士討ちをしたかのようで、どの遺体にも切り傷や魔法攻撃の跡が見える。
 遺体をまたぎながらホールを進み、正面にある階段を登って2階にあがる。左右に道が分かれているが、内なる感覚にしたがって左の扉を開け、、廊下を進んでいく。
 騎士たちはホール、そして1階の探索に半分ほど残してついてきた。パティもこっち側だ。

 やがてひときわ立派な扉を見つけた。
「そこは高位貴族用の応接室だったはずよ」
「来たことがあるの?」
「ええ。バローラム兄が結婚するときに」
「そう。――いい? 覚悟しておいて。この先に何があろうと、そこで立ち止まっている時間は無いと思うから」
「どういう意味?」
「おそらく扉を開ければわかる……」

 そう言い置いて、扉を開けた。その途端、パティが「兄さん! 義姉さん!」と叫んだ。
 部屋の中にはやはり既に事切れた遺体があった。それもどこかパティに似た男性と、この凄惨な場にそぐわない女性の遺体が。
 おそらくこれがパティの兄とその妻だった人なのだろう。

 やり方はわからないけれど、あの化け物の口述の通り、皇太子の死から始まる一連の事件に大臣たち悪魔信仰の一派がいたことはほぼ間違いないだろう。
 おそらく近衛騎士団、帝国騎士団、帝国魔道士団、更には第3皇子と第4皇子の派閥にも食い込んでいて、いいように踊らされ、その結果がこの部屋の惨状なのだろう。

 だがそれよりも……。
 私は部屋の一角、本棚に開いている隠し通路を見た。暗くぽっかりと開いているその入り口から重々しい空気が這い出している。
 あの奥だ。

 男女の遺体のそばに行っているパティに、
「この奥よ」
と声を掛ける。振り向いた彼女の指がかすかに震えていた。 
「――まだ事件は終わっていない。それを確認しに行かないといけない。わかってるよね」
「ええ」

 その返事を待って、私は自分たちの周りに障壁を張る。それも物理、精神、魔法の3種の障壁を。
「アーケロン。あなたはパティの傍に」
 そういって水球をパティの傍に移動させ、私はフェリシアを肩に停まらせたままで、その秘密の通路に足を踏み入れた。

 まるで地下室のようなヒンヤリとした空気と暗闇に包まれる。ハルバードの先に魔法の光を点す。廊下はすぐに階段になった。
 コツコツと私の立てる足音。後ろからついてくる騎士たちの装備の立てる音。誰もが息を潜めていた。

 果てしないように思われた階段が終わると、そこには部屋があった。緊張しながらそっと扉を開く。次第に高まっていく何かの圧力。

 だが、その部屋は応接室のようだった。部屋にはランプが点いていて、ソファなどの調度品を見る限り、ここが悪魔信仰者たちのたまり場だったことが容易に想定できる。

 さらにドアが2つあり、1つは転移魔法陣の部屋だった。おそらく、世界各地の悪魔信仰者達が利用していたのだろう。

 となれば……、残る扉は1つだ。

 私は扉を開いた。中は集会場のようになっていて、その中央に不気味な魔法陣が稼働していた。
 濃密な瘴気。普段は目に見えないはずの瘴気が、普通の肉眼でも認識できるほどの濃密な濃さの霧がただよっていた。

「なに、この部屋……」
「しっ」

 あの魔法陣の中央に人影がある。6人分の大小様々な人のシルエット。
 そう。それはとても見覚えのある人たちだ。

 魔力を練る。私の周囲に幾重もの魔法陣が現れ、ぐるぐると回転しながら形を変え、大きな球形の立体魔法陣となる。

 右手をその人影に向けた。
「――はっ」
 短い呼気とともに魔法を放つ。無数の光の弾丸が魔法陣から全方位に放たれ、すぐにその軌道を変えて霧の中のシルエットに殺到していく。

 バチュン、バチュンとその光弾が弾ける音が続く。攻撃は緩めない。だが、その時、女性の声が聞こえた。
「随分な挨拶よね。……けれど無駄ね。そんな普通すぎる魔法は、私たちにはきかない」

 その間にも光弾の攻撃を続けながら、私は口元に笑みを浮かべた。
「知っているわ。こんな魔法では貴方たちにはダメージを与えられないなんてことは」

 どうせここで本格的に戦うわけにはいかない。ただ単に、悪魔信仰者たちが呼び出したのは何かを確認に来ただけ。神託といい、天災がこの世界に顕現したという予感を確かめただけ。

「天災モルド、ゴルダン、グラナダ、ベリアス、フォラス、そしてピレト。邪神の使徒たち――」
「へえ。私たちを知っている。創造神様の使いか何か?」
「それは私じゃなくて後ろにいる彼女ね」
「なるほど」

 霧が急速に晴れていく。目の前の人たちに吸い込まれていったのだ。
 全身鎧の大男、ゴルダンがモルドの肩に手を置いた。
「もう少し状況を楽しみたいところだが、我らは目覚めたばかり。やらねばならぬことが多い。――もうゆこう」
「そうね。……また会うことがありそうだし」

 唐突に風が吹いた。屋内だというのに猛烈な瘴気の風が部屋の中に渦巻き、私たちの視界を奪う。
 私の障壁を突き抜け、それでも視界をふさぐ以外の効果は無い風。吹きすさぶ風に包まれながら、彼らの気配が消えていくのを感じた。
 耳元で「またね」というモルドの声が聞こえ、唐突に風が止んだ。
 ……風が止んだ後には力を失った魔法陣だけが残され、彼らの姿はきれいさっぱり消え去っていた。

 沈黙が戻った部屋。
 私は振り向いた。いまだに警戒している騎士たちの向こうにいるパティを見る。

 私の周囲にぽつりぽつりと小さな光がいくつも現れた。
 どうやら時間が来たようだ。

「パティ。お別れよ。……アーケロンをお願い」
 騎士たちのすき間を通り抜けてパティが前に出てきた。

「どういうこと? お別れなんて」
「大丈夫、また会える。未来の私をよろしくお願い。……アーケロンも、しっかり大きくなるのよ。魔法の訓練を怠けないように」

 どんどん舞い上がる光の粒が増えていく。それと同時に私の周囲でクロノの力が高まっていった。
(そろそろ行くよ)

 おや? 今度はちゃんとクロノが言葉をかけてくれたわ。
 見ていないかもしれないけれど、私は1つうなずいた。

「もう時間だわ。じゃあ――」

 元気でねと言いかけたとき、閃光が視界を埋め尽くし、私はその場から次元跳躍をしたのだった。

 浮き上がる身体。光の中をどこかに運ばれていく。
 これが天災の目覚めだったのか。

 それはきっととても大切な歴史の1つだったのだろう。深刻な出来事なのだろう。……でも、気がつくと私は微笑んでいた。

 パティ。またね。