10第5章 炎の記憶と暗躍する悪魔 ―機工王国アーク編―

 シーンは切り替わり、アーク軍らしい軍隊と、魔族、いやベアトリクスの戦いが映しだされる。
 ベアトリクスは雰囲気が変わり、ボディラインのわかる漆黒の鎧に身を包んでいる。
 周りは完全にアーク軍に囲まれている。
 しかしベアトリクスの周囲には、1メートル大の火球がざっと見えるだけでも三十個ほど浮かんでいる。

 アーク軍の兵士が遠くから一斉に弓を射る。弓から放たれた矢で空が陰るようだ。大量の矢がベアトリクスに襲いかかる。

 しかし、頭上に浮かぶ7つの火球がグルグルと回りだし、飛んできた矢を次々に黒焦げにしていく。
 お返しとばかりに、ベアトリクスが周りの兵士を見渡して右手を掲げると、火球が次々に回り出す。ベアトリクスの周りに火の壁を作り出す同時に、その壁から、次々に2メートルほどの火炎槍ファイヤーランスが撃ち出され、周りの兵士を次々に貫いていく。

 その時、側面から、青白い光の本流がベアトリクスを襲う。氷結魔法だろう。これだけの威力は、おそらく集団で唱えた儀式魔法だ。
 氷結魔法の青白い光とベアトリクスの周りの火の壁がしのぎを削る。周りには、蒸気が立ちこめ霧となり、なにも見えなくなる。
 と、突然、ベアトリクスを中心に、四方八方に雷光が走る。その光が、氷結魔法の飛んできた方向へ突き進み、一瞬の衝撃の後、ドドドンと地響きのような音が響き渡り、氷結魔法が打ち消されてしまった。

 ベアトリクスは、その場で、空へと浮かび上がり、前方へ飛んでいった。

 「すごいわね。ほとんど一人の力で、軍勢を殲滅しているようね」
 スクリーンを見ていたノルンが話しかけてきた。
 「そうだな。アーク軍もそれなりに強そうだが、まったく相手になっていないな」
 二人で話している間に、次のシーンへと変わった。

――――。
 おそらくアークと魔族の集落の間と思われる広い荒野に、一方には十万を超える大きな軍勢が、もう一方にはわずか二千名ほどの軍勢が陣を敷いている。
 画面は、十万の軍勢の方へクローズアップしていく。
 軍勢には、ブロックごとに色とりどりの旗が立てられている。
 軍の中央前面には、二十騎程の騎兵。それも一目見て、高位の人間たちと思われる人々がいる。
 年老いた老騎士がアーク騎士団長オファに尋ねた。
 「向こうはあれっぽちで戦うつもりか?」
 オファが苦笑しながら、
 「世界に名だたるウルクンツルのフェンリル・ブレイブナイツとはいえ、侮ってはなりませんぞ。我らは3万の兵で対抗しましたが、たった3百ほどの奴らにいいようにやられてしまいました。……情けないことですが」
 「ふむう。しかしな。この荒野でこれだけの戦力差はさすがに覆せないだろう。それとも奴らには秘策があるのだろうか」
 老騎士の問いかけに、オファは忌々しげに、
 「奴らを率いるのはベアトリクス。凄まじい火の魔法を使い、我々は爆炎の魔王と呼んでおりますぞ。3万の兵も、ほとんど奴一人によって、見分けのつかない炭にされてしまいました」
 会話をする二人の騎士に、二人の騎士が近寄る。美しい白銀の鎧に身を包んだ若い男性と女性の二人だ。
 「魔王ですか。一体どのような相手でしょう?」
 若い男性が老騎士の隣に馬を進めると、そのままオファに尋ね、会話に加わった。
 「ふむ。そちらは……、エストリアの召喚した勇者殿ですな。名は確か……」
 オファが少し考えこんだが、若い男が自ら補足する。
 「トウマです。こっちはイト。……しかし、一人で三万もの人を炭にかえるなど、確かに魔王と呼べるほどの脅威ですね」

 若い男の言葉を聞いて、俺は思わずサクラと顔を見合わせた。
 「トウマさんにイトさんか? ……どう思う?」
 「ええ。マスター。同一人物にしか見えないですよ」
 あらためて若い男の顔を確認する……。その顔は、確かに俺とサクラに剣技や体技を教えてくれた男のものだった。しかし、これは一〇〇〇年前のことだろ。そんな人が……いや。勇者補正か? そうすると、あのシンさんは一体……。それにあの三人はどこにいったんだ?
 疑問がいくつも浮かぶが、今は詮ないことか……。
 俺の疑問をよそにシーンは進んでいく。

 「あはは。今度は貴方たちがおりますからな、今日こそ奴らの野望を打ち砕きましょうぞ」
 オファの言葉に、トウマはどこか他人事のように返す。
 「そうですね。野望……を防がなくてはなりませんね。俺たちでどこまで行けるかわかりませんが、尽力いたしましょう」
 しかし、オファは気にした様子がない。

 「もちろん。今度は、勇者殿だけではありません。ウルクンツルもエストリアも合力いただいている。連合軍の力をもって、奴らの世界征服の野望を打ち砕きましょう!」

 トウマとイトは右手をあげて返事の代わりをすると、馬を引いて、自分たちの陣営に向かっていく。
 それを横に見ながら、オファはウルクンツルの老騎士にさらに話を続ける。
 「……それに今度は、魔族のうちでも仲間を裏切って、我らに味方するという奴らもおりますからな。戦の最中に裏切りが発生しては戦線など維持できまい」
 老騎士はそれを聞いて頷くと、馬をめぐらして自陣へ戻っていった。

 二人で馬を並べていくトウマとイト。
 「……イト。どう思う?」
 「そうね。本当に世界征服なんて考えているのかしらね」
 「確かに、あんな数では世界征服など無理だ。征服したところで維持できないだろう」
 「とすると、あんな数でも戦おうというわけは何かしらね?」
 「そうだな。考えられるのは……、全滅覚悟の復讐か、誇りか」
 「そんな“正義”のために召喚されたとなると嫌になるわね」
 「同感だ。しかも、魔王とやらがどんな人物か……。それ次第では、“正義”どころじゃないかもしれない」
 そういうとトウマは目を細ませた。イトも難しい顔をしている。
 トウマは馬を止め、はるか向こうの魔族の陣地を見やる。
 「人間は、どこにいっても同じ。腹黒いし、価値観の相違を受け入れることもなかなか難しいものさ」
 そういうと、二人は再び自陣へと向かって馬を歩ませた。

――次のシーンはすでに戦闘に入っているようだ。

 ベアトリクスが吼えている。
 「うおおおぉぉぉぉ!」
 その周囲には、火炎旋風が荒れ狂っている。
と、突然、炎の壁を通り抜けて光を帯びた騎士が飛び出した。
 ガキィィン!
 切りかかってくる騎士の白銀の剣を、ベアトリクスは手にした剣で受け止める。

 しばしの競り合いの後、タイミングを見て騎士が後ろに飛びすさった。
 次の瞬間、騎士の姿が三つに分身し、三方向からベアトリクスに襲いかかる。
 ベアトリクスは落ち着いて剣を掲げると、百以上もの火矢を川の奔流のように打ち出し続ける。
 火矢を受けた分身がそれぞれ後ろにふっ飛ばされると、そのうち二つの分身が消えていく。

 「アイスドラゴン・ファング!」

 イトの声がするどく響くと、光の騎士を飛び越えるように氷のドラゴンがベアトリクスに襲いかかる。
 ベアトリクスはとっさに左に飛びすさってよけると、巨大な火球を生み出して、氷のドラゴンの横っ面にぶち当てる。
 ジュジュジュジュゥゥゥ……。
 氷がそのまま蒸発するようなすごい音がすると、あたりを蒸気が立ち込めた。

 その蒸気の中から再び騎士がベアトリクスに突撃する。兜を脱ぎ、トウマの素顔があらわになっている。
 ベアトリクスは再び剣で斬撃を受け止めると、しばらくそのまませめぎ合った。
 そのままの姿勢で、トウマが、
 「お前が爆炎の魔王ベアトリクスか……。なぜ世界征服を企む。人は人、獣人は獣人、魔族は魔族。それぞれの領地で満足できないのか?」
 トウマの目は、じっとベアトリクスを見つめている。
 ベアトリクスの表情は眉間にシワがより、鬼気迫る表情だ。
 「たわけたことを! 我らの持つミスリルを狙って侵略を企てたのは貴様らの方だ! アークの犬どもよ!」
 その返事を聞いたトウマは、内心、やはりなと危惧していたことがあたっていたことを知る。
 周囲は先ほどの蒸気に包まれ、トウマとベアトリクスの会話を見るものは誰もいない。
 「では、アークが軍を引けば、お前も軍を引くか?」
 トウマの問いかけにベアトリクスは激怒した。
 「今さら何を言うか! お前らが我らから奪った族長たちの命を、そして、我が弟ソロネとその婚約者エクシアを返してくれるのか? 貴様らのした略奪と虐殺を都合よく忘れろというのか? ……我は審判の剣。復讐の炎を持って貴様らを焼きつくしてやる!」
 グググと拮抗していた剣と剣だったが、トウマがフッと剣を引き、そのまま後ろに飛びすさる。ベアトリクスはすぐに追いかけず、その場でトウマの様子をじっと伺う。

 トウマは、おもむろに剣を鞘に納めた。
 「なるほど。お前は勘違いしているようだが、俺はエストリアから来た。……どうやらこの戦は、俺の聞かされていない陰謀によるもののようだ。もう無駄かもしれないが、恨みは破滅しか産まないぞ」
 そういうとイトの転移魔法だろう。トウマとイトは光と共に姿を消した。後に残されたのは、ベアトリクスだけだ。
 「……ふん!」
 ベアトリクスは気をとりなすと、再びアーク軍に向かって進んでいった。

10第5章 炎の記憶と暗躍する悪魔 ―機工王国アーク編―

 三度目のシアタールームは、前とは雰囲気が異なっていた。

 今までのシアタールームが現代日本の映画館に非常によく似た作りになっていたのに対し、今回のシアタールームはイスこそ映画館のイスだが、壁や通路は大理石でできており、壁には一定間隔でギリシアのパルテノン神殿にあるような石柱が立っており、天井の高さもやや高くなっている。
 天井に明かり取りの窓だろうか、明るい光が室内に差し込んできており、厳かさを引き立てている。
 シエラが周りを見渡して、
 「なんだか雰囲気が変わりましたね……」
落ち着かなげに言った。確かにこれだけ変化していると、戸惑う気持ちもよくわかる。
 ノルンがゆっくりと歩きながら、
 「神聖な気が満ちているような気がする。聖域なのかもね」
 そう。俺も同じ意見だ。ここは聖域だと思う。

 「マスター。それはそうと、早く座りましょう」
 サクラは、どこでも変わらない様子だ。とはいえ、ぼうっとしていても仕方あるまい。

 俺たちが座ったと同時に、上映を知らせる合図の音が鳴る。
 ブブー。
 上映の始まる合図と思われる音が響くと、差し込んできていた光が消えて、ホール全体が薄暗くなっていく。

 スクリーンにふたたびクロノが映し出された。
 「お兄ちゃんたち、もう少しだよ。楽しんでる?」
 俺は思わず苦笑を浮かべた。
 まあ今までの行程を考えると、どのステージも精霊の試練って大々的なものというより、何らかのアトラクション的なものがあるな。
 「まあな……」
 俺の返事を聞いたクロノは、うれしそうな顔をしながら、うんうんとうなづいている。
 「これから第三部の上映になるよ。それが終わったら、最後の試練……。あともうちょっとだから頑張ってね」
 お、次のステージが最終試練か、っていっても今までのステージから考えると本当に試練になっているのか微妙だとは思うけど。
 「じゃあ……、第三部行くよ。隠された歴史」
 ふたたびフィルムがカタカタいうように、3、2、1と数字のカウントダウンが映しだされた。

 最初のシーンは、族長とベアトリクスの二人の会話だ。
 「……父上。本当に大丈夫でしょうか?」
 「ベアトリクス。心配なのはわかる。……だが、彼らの力を考えると、我々が行かざるを得ないだろう」
 族長は、もはや半分諦めたような、思い切ったような柔らかい笑顔でベアトリクスを見つめた。
 ……一体何があったんだろう?
 スクリーンの中では、不安に駆られたベアトリクスが族長に詰め寄る。
 「ですが! どうもおかしいわ。……ハッサンがただ一人戻ってきて、結局、エクシアをさらった一団からは何も音沙汰がないうちに、アーク王国が軍勢を向けてくるなんて!」
 「ベアト……。だからこそ。話し合いが必要なんだ」
 族長は、自分の背と同じくらいのベアトリクスの頭をやさしくなでる。その不安をやわらげるように、慈しむように。その仕草には深い愛情が見て取れる。
 ベアトリクスはしばらく撫でられるままにしていたが、その瞳から涙があふれている。
 「父上。母上なく、ソロネも戻ってこない。その上、父上までいなくなってしまっては、……私は! 私は!」
 族長は頭を撫でていた手を下ろすと、ベアトリクスをやさしく抱きしめた。
 「我が愛する娘よ。心配ない。私は必ず戻る。……それにソロネも死んだと決まったわけじゃないぞ。今は苦境に立たされているが、皆も居る。だがな私にもしもの時は、お前が皆を導くんじゃ」
 「父上……」
 そのまま、しばらく二人は動かなかった。

 その姿にクロノのナレーションが入る。
 「ハッサンは、なんとか無事に戻ってきたんだ。だけど、それ以外の人は行方不明。お金も届かなかった。……しかも、エクシアをさらった一団からは、交渉の場の連絡どころか、一切の接触がなかった。
 そのまま三日すると、突如アークからの使者がやってきたんだ。エクシアと宝玉を強奪したのは魔族の策略と国王が断じていること。そして、アーク王国軍を魔族の都市に向かって進軍すること。……ただし、弁疏の機会を儲けるから、魔族族長、および各氏族の長たち、魔族の有力者勢揃いの上で、二日後に西部にある荒野の指定する場所に、大きな天幕を張っているからそこまでくるようにとのこと。
 ベアトリクスは、自分たちの周囲を悪意が充満していることを感じているんだよ。それで、話し合いにいく族長を心配している。
 結局、天幕に向かった彼らは二日たち、三日目になっても一人として戻ってこなかった」

 クロノのナレーションが終わると、スクリーンは真っ暗になった。暗闇の中、ベアトリクスの声がする。

 「父上! ……父上! 入りますよ!」
 相変わらず暗いなかで天幕をくぐったんだろう、がさがさと音がした次の瞬間。

 「いやあぁぁぁぁぁぁ!」

 ベアトリクスの叫び声が響いた。
 まるでまぶたを開けるように、画面に戦慄すべき光景が浮かぶ。
 ――天幕の中に、梁に吊るされた魔族、魔族、魔族、魔族……。
 どの顔も苦悶の表情を浮かべ、首を吊るされている。

 ベアトリクスは、叫びながら魔族の死体の間をかき分けるように、どこかに逃げるように走り回る。知らずのうちに涙がこぼれ、鼻水が出て、切羽詰まった表情だ。

 と、何かにつまずいたベアトリクスが地面に倒れこんだ。遺体からこぼれ落ちた、不浄の液体を顔や身体にまとわりつかせ、顔をあげたベアトリクスの眼に飛び込んできたのは……、吊るされた族長の遺体だった。

 「いやああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 先ほど以上の叫び声をあげたベアトリクスは、そのまま白目をむいて後ろ向きに倒れた。気を失ったのだろう。
 静けさを取り戻した天幕は、魔族の遺体の揺れるギシギシという音がいつまでも鳴っていた。

 ベアトリクスが目を覚ますと、どこかの洞窟にいた。

 汚れた顔は丁寧に拭かれ、汚れた衣服は清潔なローブに着替えさせられた状態で、平らな地面に引かれた毛布の上に横になっていた。

 「あれは夢? ……そうよね。あんなことあるわけないわよね」
 上半身を起こしたベアトリクスは、明るく照らされた洞くつのなかを見回す。唯一の出口から人々の声がする。
 「ここはどこかしら」
 そういうと、ゆっくりとベアトリクスは立ち上がったが、立ちくらみをして、よろよろと壁に手を付いて身体を支える。
 気を取り直すと、今度は慎重に出口に向かって歩き出した。

 そこは洞くつの広い広間だった。壁際にはいくつかのかがり火がたかれ、多くの魔族が集まっていた。

 ベアトリクスが出てきたのを気づいたんだろう。ハッサンが声をかけた。
 「おお! お嬢! 気がついたか!」
 そのハッサンの声に、魔族の視線がベアトリクスに集中する。

 「みんな……。ここは? 私はどうしたの? ……父上、族長は?」

 そのベアトリクスの問いかけに、誰もが下を向いた。よく見ると、どの魔族も疲れきって悲痛な顔をしている。

 しばらくすると沈黙に耐えかねたかのように、ハッサンがベアトリクスに説明をはじめた。その声は暗い。

 「お嬢。気をしっかりもってくださいよ。……族長は亡くなりました」
 「亡くなった? どうして? あれは……夢よね。私の悪夢」
 「悪夢じゃ、ありません、お嬢。……現実です」
 「え? 現実? そ、それじゃ」
 ベアトリクスはその場でへたり込んだ。じっと自分の手を見つめている。その表情は暗く、目からは光が失われている。
 そのベアトリクスの側にハッサンはゆっくりと近づいた。しゃがみこんだハッサンは、ベアトリクスの肩に手をやると、残酷な真実を突きつける。

 「お嬢。それだけじゃありません。やつら……、アークの軍勢がいきなり襲ってきました。俺たちの街だけじゃない、あちこちの集落も攻撃された。……ここにいるのは、なんとか生き
残ったのが闇の神殿に逃げこんできたんです」

 ベアトリクスは呆然と、「闇の神殿……」とつぶやく。その声には生気はない。
 「そうです。闇の神殿です。……どうやら最初っからアークの奴らの謀略だったみたいです。アークの奴ら、俺たちを無視して先に他の集落を潰しに行ってます。……お嬢。このままじゃ俺たちは滅亡だ」
 その時、ベアトリクスはものすごい勢いで顔をあげた。そして、そのまま立ち上がる。
 「させない! 絶対にさせません!」
 そのベアトリクスの脳裏には、族長の言葉が蘇っていた。「……お前が皆を導くんじゃ」

 瞳には光が蘇ってきているが、その表情は険しく鬼気迫るものがある。その感情はただ一つ。復讐だろう。
 「お嬢!」
 ハッサンは驚くが、お嬢の前に膝をついた。
 「ハッサン。皆をまとめて。……ここが闇の神殿っていったわね。私は、闇の精霊にこの身を捧げる。その力でやつらに復讐を!」
 「お、お嬢。身を捧げるって……」
 とまどうハッサンを置いて、そのまま返事をすることもなく、ベアトリクスは通路の奥に向かって進んでいった。

10第5章 炎の記憶と暗躍する悪魔 ―機工王国アーク編―

「……なんだか、見ていて気分が悪くなるわね」
 シアタールームで俺の隣に座っていたノルンが、吐き捨てるようにつぶやいた。
「ああ……。あれが過去の話だって事だが、人間の方がよっぽど黒いぜ」

 俺とノルンが会話をしている間に第二部の上映が終わり、部屋全体が少し明るくなっていく。
 イスから立って、思い思いに伸びをして体をほぐしていると、スクリーンが再び明るくなり、時精霊のクロノが映し出された。
「お兄ちゃんたち。真実を見つめるってことは、そういうことだよ。いずれにしろ、今はもう変えることのできない過去の話だからね。……次のステージも頑張ってね。」
 クロノの姿が消えると、前方のにふたたびドアが現れ、その隙間から光が漏れ出した。

 そう。クロノのいうとおり既に終わってしまった過去の話。一〇〇〇年前の人魔大戦の引き金となったエピソードなのだろう。
 ミスリルの利権、ソロネとエクシアの悲劇……。そして、ヘレンそっくりなベアトリクス。運命に翻弄される人たち。

 俺たちは気を取り直してドアに向かった。

――――。
 目の前にいくつもの踊り場がある。踊り場と踊り場ははしごでつながっており、踊り場にはいくつものドアが設置されている。
 サクラがうんざりしたように、
 「うっわぁ。もしかしなくても、あの中から正しいドアを見つけろってことですよね」
 「たぶんそうだな。で、失敗したらトラップが発動するパターンだろうな」
 「って、一〇〇枚くらいありますよね。……マスター。どうします?」
 「開けまくるしかないだろ? 気配感知も無効になっているだろうから」
 ため息をついたところでしょうがない。一つずつ開けるか……。

 一番近いところのドアの前に立つ。案の定、気配感知や魔力感知ではドアの向こうのようすはわからない。
 「サクラ。罠はわかるか?」
 サクラがドアを慎重に調べる。ドアの表面に手の平を当てて、神経を集中している。
 目を開けて、
 「……ダメですね。罠はないですが、このなかの様子はわからないです」
 「やっぱりか。俺の気配感知でもわからない」
 そうそう、うまくはいかないか……。
 シエラが神竜の盾を構え、
 「では予定通りですね」
と笑った。
 みんなが打ち合わせ通りの位置についたのを確認してから、俺はドアの横に行く。振り返ってみんながうなづくのを確認してから、
 「開けるぞ。3、2、1……」
 カウントダウンしてから勢いよくドアを開けた。

 「うん?」
 正面で盾を構えているシエラの変な声が聞こえる。見ると間抜けな表情をしていた。
 そうっと開けたドアをのぞくと……。

 そこは浴室だった。床も壁も水色のタイルが貼ってある。
 シャワーの音が聞こえる。浴槽でシャワーを浴びているのは……、女性型のブリキ人形だった。
 「ふんふんふ~ん。…………うん?」
 鼻歌を歌っていたブリキ人形が、ギギギと音を立てて振り返る。目が合うとそのままフリーズした。
 「…………きゃー! ちかんよ!」
 誰がだ! 
 俺が怒鳴り返す前に、サクラが、
 「失礼しましたぁ」
といってドアを閉めた。

 微妙な沈黙がただよう。
 「今のなに?」
 ノルンがつぶやいた。俺だって知らんよ。
 もしかして、俺たちのやる気をそぐトラップの可能性は……、無いな。
 サクラが、
 「どうやら必ずしも危険なトラップでもないと。なら二手に分かれます?」
ときいてきた。
 そうだな。さすがに一人ずつだと本当にトラップだった時にまずいが、二人ずつなら対処できるだろう。
 「そうだな。じゃあ俺とノルン、サクラとシエラで行こう。何かあったら大声を出せよ。すぐに行くから――」

 二手に分かれて、ばんばんとドアを開けて中を確認する。
 ある部屋では、開けた瞬間に鉄砲水が飛び出してきたり、ミラーボールの回転するクラブになっていたり、はたまたブリキ人形の家になっていたりする。
 倉庫では鋼鉄製のロングソードや動きをなめらかにする機械油を見つけたが、そのまま放置しておいた。
 見た感じではサクラとシエラのペアも、問題もなく順調に調査を進めているようだ。
 このままなら、それほど時間もかからないうちに、すべての部屋を調べることができるだろう。
 次のドアを無造作に開く。熱気が俺の顔をぶわっと撫で、おどろいて中を確認すると、そこは劫火の燃えさかる部屋だった。巨大なファイヤーボールが飛んでくる。
 やばっ! 気を抜きすぎたか。
 けれどすぐさまノルンが、
 「マナバリア!」
と魔法の障壁を展開する。ファイヤーボールが障壁にぶつかって四散していった。
 即座にドアを閉めると、ノルンが、
 「今のはちょっと危なかったわね」
 「ありがとう。ノルン。ちょっと気を抜きすぎていたよ」
 ノルンに礼を言うと、上の踊り場から、
 「マスター! ちょっと来てください!」
と俺を呼ぶサクラの声が聞こえた。
 ノルンと目を合わせてうなづく。いそいで上の踊り場に向かう。
 踊り場にのぼると、一枚のドアがあいていて、そこでサクラが中を指さしていた。
 「何があった?」
と言いながら近づいていき、部屋の中をのぞき込む。

 「む?」

 空っぽの部屋の真ん中に台座があり、そこにスイッチが見える。

 振り返るとサクラが、
 「どうです? マスター」
とうなづく。……たしかにこのスイッチが、ドア出現のトリガーの可能性はあるな。
 「あせるな。まだそうと決まったわけじゃないからな」
と言いながらもスイッチに近づいていく。
 みんなが息をのんで俺の一挙手一投足に注目する。
 「行くぞ」
 一声かけてから、スイッチを押した。

 次の瞬間、ガラアァァンという音とともに、俺の頭にすさまじい衝撃が走った。脳天から体を貫く衝撃に思わず膝をつきそうになる。
 俺の足元に転がったのは、大きな金属製のたらいだった。
 ふたたび微妙な沈黙がただよう。

 「ドリフか?」
とタライを見下ろしながらつぶやくと、ノルンが、
 「ドリフ?」
と聞き返してきたので、手を振って「いや。なんでもない」と答える。
 俺たちの背後から、
 「やった! ひっかかった!」
と声がして、複数の人物笑い声がする。
 むっとしながら急いでドアから出ると、踊り場に三〇体ほどのブリキ人形が集まっていて、俺を指さして大笑いしている。
 こめかみに青筋が浮かんでいるのがわかる。
 俺は黙って両手に魔力を集めると、
 「うらうらうらうら!」
とラッシュを放つ。拳の魔力が弾丸となってブリキ人形に襲いかかる。
 次々にブリキ人形が踊り場から虚空に落ちていった。
 「ププププ……」
 なにも抵抗せずに、笑いながら落ちていくブリキ人形に、拳を握りしめて怒りを抑える。

 ドアから出てきたみんなが、気遣わしげに俺のそばにやってきて、たおやかな手で怒りに震える俺の拳を包むように握ってくれた。
 ノルンが、
 「落ち着いた? ……あなたのお陰で、ほら」
と言って指を指した先には、さっきまで無かったドアが現れていた。
 俺は深呼吸を三度繰り返して、力を抜いて拳を開く。ドアを見据えて、
 「どうやらここのステージもクリアのようだな」
というと、無造作にそのドアを開いた。

10第5章 炎の記憶と暗躍する悪魔 ―機工王国アーク編―

 シーンが切りかわる。

 もう夕方なのだろう。窓から入ってくる光も弱々しく、どこか薄暗い部屋。
 そこは族長とベアトリクスを前にして、ソロネとエクシアたちが並んで座っていた。

 「族長! ただいま無事に戻りました。……それと紹介します。エクシア様です」

 ソロネが、大きな声で報告する。その隣でエクシアは緊張して身を縮こまらせている。
 族長は、満面の笑顔でソロネとエクシアを見やった。
 「うむ。よく戻ったな。ソロネ」
 族長は、おもむろに立ち上がるとエクシアの前に座った。
 「エクシア様。話はとうに聞いております。……愚息をよろしくお願い申し上げます」
 そういうと深く頭を下げる。
 エクシアは、ワタワタとしながら、
 「ぞ、族長様。頭をお上げください。私の方こそ、よろしくお願い申し上げます」
 族長は、頭をあげエクシアと目を合わせると、それを合図に大きな笑い声をあげた。

 「はっはっは。これはめでたい! この後、すぐに宴を開かせていただきますぞ」
 その族長の言葉を聞いて、緊張していたソロネとエクシアは互いの顔を見ると、ホッとしたような表情を見せた。

 その時、族長の隣にベアトリクスがやってきて座り、エクシアの方を向く。
 「エクシア様。ソロネの姉のベアトリクスですわ。こんな弟ですが、よろしくお願いしますね」
 「あっ、はい! ベアトリクス様ですね。よろしくお願いします。……まさかソロネにこんなに綺麗なお姉さんがいたなんて……」
 そういうとエクシアは、思わず自分の胸を見下ろす。……うん。ベアトリクスは、ヘレンと一緒で立派な胸をしている。
 ソロネはそれに気がつかずに、
 「族長様。お父様より、皆様とアーク王国の友好の証として、国宝の宝玉をお預かりしております」
と報告した。それを聞いたエクシアが持参した木箱を取り出して、族長の目の前に置く。慎重な手つきで箱の蓋を開ける。
 箱の中には、光を放つ宝玉がビロードの台座に鎮座していた。宝玉の光が、部屋やそこにいる四人の顔を照らす。
 「おおお! なんと美しい輝きじゃ」
 族長は感動で声が続かない。ベアトリクスは、見入ったように光を放つ宝玉を見つめている。
 「私も、はじめて宝玉を見ましたので、びっくりしました」
 エクシアは、そういうと箱の蓋を閉めた。と、宝玉の光が収まっていき、部屋はもとの薄暗さに戻る。
 「このように大切な宝玉をお持ちくだされたとは……、我らには過分の宝よの」
 族長はつぶやいた。

 「お父様。そろそろ行きませんと、皆がまっていますよ?」
 ベアトリクスのその声に、族長はピクリと我に返る。
 「おお。そうであった。宴の準備ができておるんじゃ。行こうぞ」
 そういうと族長は立ち上がり、ついでソロネ、エクシア、ベアトリクスの順に、部屋から出て行った。

 画面が切り替わり、町外れの家の裏に二人の男の姿がある。
 「……手はずはよいな?」
 一人が問いかけると、もう一人は黙ってうなづいた。
 街の遠いところから、大きな歓声が聞こえてくる。
 二人の男は街の暗がりに消えていく。

 中央広場では、大きな篝火がたかれ、正面に一段高い席が設けられている。そこには族長、ベアトリクス、そして並んで座るソロネとエクシアの姿があった。

 広場に集まった人々は、端の方に並んだ露店や、あちこちに設けられたテーブル席に集まって騒いでいる。老若男女、みな料理を楽しみ、酒を飲み、思い思いに過ごしている。
 篝火の側に十人ほどの人たちが集まり、笛や太鼓などの楽器の演奏をはじめた。
 その音楽に誘われるように、若い男女が前に出てきて、篝火を囲むように踊りを踊る。伝統的な踊りなのだろう。躍動するようなリズムに、力強いダンスが生きる喜びを表しているようだ。
 激しいリズムの次は、哀愁の調べのスローテンポの曲となり、恋のバラードへと移り変わる。 その間に、数人の魔族が交代で族長やソロネたちに挨拶をしていた。

 曲が終わって小休止となったのだろう。今まで踊っていた人たちが、一度自分たちの席へと戻っていく。

 その時だった。突然、閃光が広場を包み、黒い服に身を包み剣や槍を手にした一団が広場に突入してきた。
 怒号や叫び声が起き、その場は騒然となる。
 「何ごとじゃ! 貴様らは何者じゃ!」
 族長の大きな声が響くが、それに答えるものはいない。
 慌てて近くにある物を持って何人かが立ち向かい、その間に、近くの自宅に戻って武器を取り、一団と戦う男たち。
 女たちは子どもたちを後ろに下げると、男たちを援護するように、魔法の壁を作ったり火矢を放ったりする。
 黒ずくめの襲撃者の一人が、杖を族長たちの席へと向けた。
 次の瞬間、族長たちの席を閃光が襲った。
 「うわ! なんじゃ!」「うわぁ!」「きゃあ!」
 閃光の中から叫び声がする。その声に、一団と戦っていた者たちの気がそれてしまった。後ろから大きな火球がかがり火を直撃し、火柱が夜空に立ち上る。思わず、周りの人たちが火柱から距離をとる。

 ……気がつくと、黒づくめの一団は撤退していた。

 「エクシア! エクシアがいない!」
 ソロネの叫び声が響く。

 「なに! ……男衆。奴らを追え! エクシア様がさらわれた! 取り戻すんじゃ!」
 続いて族長の鋭い声が響くと、村の若い男衆が広場から三々五々に走り、闇に消えていった。

 「ソロネ。お前はここにいろ。私が探しに行く」
 ベアトリクスがソロネにそう言うと、家に向かって歩き出す。と、ソロネが飛び上がって、ベアトリクスを追いかける。
 「姉さん! 俺も行く。エクシアを探さないと!」
 それを見ていた族長は、後ろから二人に指示を出す。
 「二人とも行け! わしはここで待っている」
 ベアトリクスとソロネは、後ろを振り向いてうなづくと、走って闇の中へ消えていった。

 残された族長が呆然とした表情で、広場の惨状を眺める。
 「なんということじゃ……。やつらは一体何者じゃ」

 映像が止まり、ふたたびクロノのナレーションの声がする。

「残念ながら、エクシアは連れ去られてしまったよ。それも宝玉と共に。
 魔族は三日間探したんだけど、遂に見つからなかった。四日目の朝。村の入り口の柱に一本の矢がつき刺さり、手紙が括りつけられているのが見つかったんだ。そこにはエクシアを返して欲しければ五億ディールを用意せよとあった。期限は一週間後」 

――――。
 「駄目だ! 王国に助けをお願いしよう!」
 ソロネがいきり立って叫んだ。

 そこは襲撃を受けた中央広場。多くの魔族が集まって相談している。

 族長は、ずっと眉間にシワを寄せて難しい顔をしている。
 「……ソロネよ。我らは守れなかったのじゃぞ? エクシア様と宝玉を。せめてエクシア様だけでも守り抜いておれば良かったのじゃが……」
 「ですが父上! このままでは、エクシアが!」

 その時、一人の魔族の若い男性が発言する。
 「族長。いずれにしろ遅かれ早かれ王国には伝わるでしょう。むしろソロネのいうように助けを求めたほうがいいでしょう」
 「じゃがな。それは我らと彼らの間に決定的な対立を生むかもしれんぞ」

 どうやら族長は、今回の事件が魔族と王国との間の亀裂になることを恐れていうようだ。三日間探しても見つからなかった襲撃者たち。かなりの手練であることは明白だ。まず魔族だけでは取り返すのは、ほぼ不可能だろう。

 族長が唸るようにいう。
 「せめて! せめて! エクシア様だけでも引き渡してもらった後でなら……」

 ソロネが我慢できないという様子で立ち上がった。
 「わかった。父上。五億ディール。国王様にでなく、宰相様に相談してみる。とにかく、そのお金でエクシアを助けよう! 国王様に助けをお願いするのは、それからにしよう!」

 族長は、それを聞いてまだ難しい顔をしているが、納得したようだ。

 「む……むう。そうじゃのう。五億ディールは次にミスリルを倍以上採掘すれば良いじゃろう。……すまぬな。ソロネ。我らに五億ディールのお金があれば、そのようなことをせずとも良いものを」
 「父上。俺だって自分たちのことはよくわかってる。不相応なお金は災いをもたらす……、だろ? 大丈夫。きっと宰相様なら上手くいくよ」
 族長はほかの魔族を見つめ、
 「みんなにも迷惑をかけるが、よろしく頼む。……ソロネよ。期限までに必ず戻ってくるんじゃぞ!」
 「ああ!わかってる」

 ソロネは、そういうとすぐにその場を退出していった。その後を、若い魔族の男性が二十人ほどついていく。きっといつもの交易メンバーだろう。

 シーンは変わって、王城の一室と思われる豪華な部屋だ。
 部屋に居るのは、執務机にいる宰相ピレトと、その向かいに立っているソロネの二人だ。
 「なんと!」
 ソロネの報告を聞いた宰相は驚きの声をあげたきり、考えこむ。と、その宰相の前に、ソロネが突然土下座をした。

 「宰相様! お願いがあります。どうか! 何も言わずに私に5億ディールをお貸しください」
 「……そのお金でエクシア様を取り戻す」
 ソロネが、床に正座したまま顔を上げる。
 「はい!」
 「宝玉はどうするのです?」
 「いずれにしろ、今回の事件は国王様のお耳に入るでしょう。ですから、先にエクシア様をお助けしてから、国王様に救援をお願いします」
 「ふむ。そして、五億ディールはミスリルでお返しするというわけですな。……よろしい。エクシア様の命がかかっていることです。すぐにお金を用意させます」

 宰相の言葉にソロネは平伏する。
 「あ、ありがとうございます。宰相様。必ずエクシア様を助けだしてみせます」

 「お願いしますよ。それから、このお金の件は陛下には内密に王国からの貸出とします。……エクシア様を救出したら、すぐにご報告するのです。こちらは騎士団の準備を内々に進めておきましょう」
 そういう言い放った宰相の顔は心配気であったが、ソロネを安心させるように優しいものであった。

 馬車の一団が荒野を走る。空には星が輝く夜だ。今日は月が欠けており、真っ暗ではないが明るくもない。

 「若さま。そろそろ一時休憩を取ったほうがいいです」
 先頭を走るソロネに、一人の魔族が馬を寄せて進言する。
 「……そうだな。ハッサンの言うとおりだ。では、あそこの大木の下まで行ったら少し休憩にしよう」

 一団は無事に大木の下にたどり着いた。誰もが責任と疲労とで口が重い。自ら少しの水を口にしたあとは、馬たちに水をやっている。

 「このペースだと明日には着くだろう。……どうにか間に合いそうだな」
 大木の幹に背中を預けていたソロネは、傍らに立っているハッサンと呼ばれた魔族に話しかけた。
 「そうですね。ですが、油断は禁物ですよ。若さま」
 「勿論だ。エクシアを取り戻すまでは……、油断などするものか!」
 ハッサンの言葉に頷くソロネ。月の光に照らされたその顔には、疲労の影が濃い。

 ヒュン! ヒュン! ヒュン!

 突如として風切り音が三度すると、ドタンと何かが倒れる音がした。

 慌ててハッサンは周囲を見回し、ソロネは馬車の方を見る。
 「馬が!」
 馬車を引く馬の頭に矢が尽き立ち、その場に倒れていた。

 「襲撃だ! 馬車を護れ!」
 ソロネは叫ぶと、自ら佩刀を抜き、馬車に向かって駆け出す。

 月の光だけでは弓矢の飛んできた方角がわからない。が、よく見ると大木から一〇〇メートルほど離れたところに、五〇人ほどの黒ずくめの騎馬団がこちらに突撃して来ている。
 「奴らだ! ちくしょう! 騎馬団か!」
 誰かの叫び声がする。

 「ハッサンの組は騎乗しろ! 後は馬車を中心に防御陣形だ!」

 ソロネの指示の声が通り、急いで馬に乗る者と馬車を囲む者とに別れる。

 再び、風切り音がヒュン! とすると、騎乗した魔族が五人ほど馬から落ちた。
 「くそ! 大木からもだ!」
 再び誰かの声がする。見ると大木の枝に何人かの黒ずくめの人影が見えた。

 まずいぞ。あそこから狙われたら防ぎようがない。
 ソロネがそう思ったが、その間もなく騎馬団が突撃してきた。

 そこかしこで剣と剣とが打ち合う音がする。何人かの人が倒れる音がする。はたして魔族か襲撃者か……。
 ソロネは、ハッサンが無事であることを祈りつつ大声で指示を出した。

 「ハッサン! 村へ行け! この襲撃を伝え……がふ!」

 しかし、その指示は途切れた。袈裟切りの斬撃を受けたのだ。肩口から血が迸り、口からも血が吹き出る。
 足から力が抜け、ソロネが崩れ落ちたその瞬間、ハッサンが叫び声をあげた。

 「くっくっくっ。予定通りだ」
 襲撃から少し離れた地点。襲撃を眺めていた一人の男が、顔を隠す黒い布を緩めてそう呟いた。
 月光に照らされたその顔は、アーク王国騎士団長オファのものだった。

10第5章 炎の記憶と暗躍する悪魔 ―機工王国アーク編―

 扉を開けると、そこはあの映画館のような大ホールだった。
 ふたたび席に座ると、目の前のスクリーンにクロノの姿が映し出された。
 「やっほー。順調に進んでいるねー」
 にこやかに笑顔で手を振るクロノに、俺たちは苦笑いを浮かべた。
 「まあな……。それで次は第二部の上映かな」
 それを聞いたクロノは、人差し指を立てて横に振る。
 「ちっちっち。せっかちだなぁ。……ちなみに、ここは外界と切り離してあるから、中でどれだけ時間がかかっても、外の世界の時間は進んでないからね。……安心してお話ししようね」
 「それはいいことを聞いた。……だが、それでも俺たちは、早くに探しに行きたいんだ」
 俺がそういうと、隣にノルンが俺の手を握りしめた。
 「ジュン。私も気持ちは一緒よ。でも、ここはあせらないで攻略した方がいいわ。……気持ちを落ち着かせて、ね?」
 柔らかいノルンの手の温かさに包まれる。
 「わかっているさ。……あせっては事をし損じるしな」
 ノルンがニッコリと笑って、
 「そう。ならいいわ」

 そんなノルンとの会話を待ってくれていたクロノが、待ちくたびれたように話し出した。

 「いい? 終わった?……いいなあ。お兄ちゃん。そんなに綺麗なお姉ちゃんたちに囲まれて。やけるよー。ひゅーひゅー!」
 「……クロノ。そんな白々しいひゅーひゅーされても……、困るんだけど」
 俺はそう言いながらも、照れて鼻の頭をかく。クロノは頭をかきながら、
 「あははは。わかっちゃった? えへへへ。……で、お兄ちゃんたちは人魔大戦、魔族大乱とかっていわれるけど、どこまで知ってるの?」
 「ほとんど知らない」
 俺は、堂々と言い放った。……あれ? よく考えたら、サクラとかシエラは知ってるかもしれないな。
 クロノは、スクリーンの中からジト目で俺を見る。
 「……お兄ちゃん。威張っていうことじゃないと思うよ」
 「ははははは。そうだな。はははは」
 「……今度は笑ってごまかす。で、お姉ちゃんたちは?」
 クロノの問いかけに、ノルンが首をかしげて、
 「う~ん、私もあんまりよく知らないのよね」
 「ま、もう一〇〇〇年前のことだもんね。あの戦争は、人族の間では魔族からの侵略戦争ってことになっているよ。で、主戦場はこのアーク大陸で、エストリア王国が召喚した勇者と各国からの軍隊がアークに集まって、アーク王国軍とともに魔族軍を破り、魔王を倒したってことになってる」
 「ことになってる?」
と俺が聞き返すと、クロノはうなづいて、
 「そういうこと。すべては映画をすべて見ればわかるよ。……で、魔族は人族よりも魔力が高く、強力な魔術をいくつもあやつり、身体能力も高くて一人一人が強いんだ。だけど人数がそれほど多くなくてね。結局、人族に負けちゃった。……お姉ちゃんを助けたいのなら、あの戦争の真実が何なのか。お兄ちゃんたちは、今、それを知らなければいけない」
 そういうとクロノの姿が消えていき、第二部の上映が始まった。
 ジジジジ。
 ホールの照明が暗くなり、映写機の光がスクリーンに当たる。

――――。
 最初のシーンはどこかの石造りの部屋のようだ。部屋といってもかなりの広さがあり、備えられた調度品はどれもが高級品に見える。

 部屋の中には三人の男性が見る。中でも壮年の一番偉そうな男性が、一人でソファに座り、老年の男性が対面して座り、その後ろに三十代後半と見られる大柄の騎士が立っていた。おそらく騎士団長だろう。

 ソファの男性が口を開いた。
 「で、調査の方はどうだ? ピレト」

 対面している老年の男性がうなづいて、
 「はい。陛下。……ようやくミスリル鉱脈の在処がわかりましてございます。やはり奴らの支配区域下にあり、どうやら今までで最大の規模のようです」
 どうやらあの陛下と呼ばれたえらそうな男性が、一〇〇〇年前のアーク国王のようだ。その正面のピロトと呼ばれたご老人は宰相かな?
 「ふふふ。そうか、鉱脈を見つけたか。……のう、ピレトよ?」
 国王がニヤリと笑ってピレトを見ると、ピレトもニヤリと笑い返した。その黒い笑みに陰謀の匂いがする。
 ピレトが、
 「陛下、わかっております。……そろそろ不幸な事件が起きますな」
と言うと、国王がうなづいてピレトの後ろにいる騎士に視線を送る。騎士はだまってうなづいた。
 国王は、
 「そうよな。いたわしいことよ。……オファよ。騎士団の準備を静かに進めるが良い」
というと、オファと呼ばれた騎士は、
 「はっ! すでに少しずつ進めております。……不幸な事件が起きるまでには間に合うでしょう」
とニヤリと笑ってみせた。
 それに満足した様子で、国王は、
 「ふふふ。これで忌々しい奴らより、言い値で買わずとも済むというものよ」
とつぶやくと、ピレトは、
 「陛下。ですが、よろしいのですか? エクシア様と奴らの一人が恋仲のようですが……」
と尋ねた。国王は、フンッと鼻をならして、
 「構わんよ。どうせ下賤の血の入った妾腹の子よ。……そうよな。我らの役に立ってくれればそれで良いな」
 ピレトは、ふふふと笑いながら、
 「……さすがは陛下。実によく大局をご覧になっておられますな。ふふふ」
 「お前ほどではないぞ。ピレト。はっはっは」
と、黒い笑顔で三人が笑いはじめた。

 密談のシーンを見ていると、隣に座っているノルンが、
 「ねえ、ジュン?」
 ノルンは不思議そうな表情をしている。……何か気づくようなことがあったか?
 「どうした? ノルン」
 「あのピレトって宰相だけど、なんとなくあの大司教に似てない?」
 ……えっ? 大司教って、ヘレンを捕まえろっていっていた奴か? そういえば似ているといえば似ているような気が……。
 ノルンは何かを考え込むように、
 「わからないけど、ちょっと気になるのよね。……なんだか嫌な予感がするわ」
 たしかに嫌な予感がする。きっとそこにクロノがこの映像を見せている理由もあるのだろう。
 だがな。俺はヘレンに誓ったんだ。守ってやるって。
 俺の胸の奥に暖かい力が湧き起こり、じんわりと熱を伝えてくる。ヘレンへの愛おしさと守ってやりたいという狂おしいほどの思いがつのる。
 「ノルン。……俺が、いや俺たちでヘレンを守ろう」
 ノルンが力強くうなづいた。

 スクリーンの中では、それから二ヶ月が経ったのだろう。
 再び王城と思われる場所で、ソロネとエクシアが談笑しているシーンが映し出された。

 「ねえ、ソロネ……」
 高台の公園で王都を見下ろしているエクシアが、ソロネの方を見て、何かをうながしている。

 ソロネは、緊張した面持ちで、表情がこわばっているが、一つうなづくとエクシアの前に膝をつき、両手で鞘に収められた剣を掲げる。

 「エクシア様。心から愛しております。この宝剣にかけて、必ず御身をお守りすることをお誓いします。どうか私めの妻になってください」

 エクシアはそれをじっと聞き、剣を受け取り、再びソロネに返す。
 「わかりました。これよりは私の夫として、私の騎士として、どうかお守りください」
 「はい! 我が命にかけて!」
 ソロネは立ち上がり、エクシアをそっと抱き寄せる。
 ソロネの腕のなかで、エクシアはニコニコしながら、ソロネの胸を小さく小突いた。
 「……40点ね。……でもいいわ。貴方の妻になってあげる」

 それを聞いたソロネが、困ったような何ともいえない表情でエクシアを見る。
 「う、これでも一生懸命考えたんだぞ」
 エクシアは可愛らしく笑いながらソロネの胸に顔をうずめると、ソロネはエクシアの背なかに手を回して抱きしめる。
 「うふふ。貴方らしい。……うれしいわよ」
 「それならいいけど」

 夕日のオレンジ色の光にまわりが染まり、抱き合う二人の影もそのなかに溶けこんでいくようだった。

 シーンが切り替わり、三人の男性が密談をかわしていた部屋になった。おそらく国王の執務室なのだろう。
 その国王の前に、ソロネとエクシアが並んで膝をついている。
 国王が微笑んで、
 「うむ。話はエクシアより既に聞いておる。……儂としては、そなたたちが我らの共存共栄の架け橋になってくれればよいと考えておる。まぁ、正式な発表は今すぐというわけにはいかんがな」
と言うと、ソロネが真剣な表情で、
 「……ありがとうございます。パイソン陛下。必ずやエクシア様を幸せにいたします」

 どうやらソロネとエクシアが結婚の許可を国王に願い出ていたシーンのようだ。けれど、あの密談からすると、この結婚の話も悲劇の種に繋がるのだろうか。

 「はっはっは。よいよい。そんなに畏まらんでも。それに今回もすまんな。……そなたの持ってくるミスリル鉱石は、我が国の発展になくてはならぬのだ」
 エクシアが満面の笑みで、
 「ありがとうございます。お父さま」
というと、国王は破顔しながら、手をよいよいというように振る。
 国王はエクシアの肩に手を乗せて、
 「エクシアよ。お前もいつの間にか大きくなったものだな。達者でおれよ。……まあ、まだ先の話であるか」

 にこやかな三人の姿に、この先に悲劇が待つと知りながらも幸せを祈らずにはいられなかった。

――――。
 再びの帰国の道。

 ソロネは意気揚々としていた。その傍らには同じく馬に乗り、フード付きのコートをかぶったエクシアがいる。

 「……それにしても、エクシアが乗馬もできるなんてね」
 ソロネはからかうようにエクシアに話しかけた。
 「だって、あなたに付いて行こうと思ったら、馬くらい乗れないとしょうがないでしょ?」
 それを聞いたソロネは、うっと小さく声を出すが、その表情はデレデレだ。

 「……ありがと。エクシア」
 エクシアはそれを聞いて笑顔になるが、道の先を見て表情を引き締める。
 「このまま無事について欲しいわね。……例の物もあるし」

 エクシアはそういうと後ろの馬車を見つめた。その表情はどこか不安げだが、ソロネはその不安を吹き飛ばすように笑う。

 「大丈夫だって。俺たちがいるし。さんざん通り慣れた道さ。……まあ、エクシアは街の外に出たことがないだろうから、不安かもしれないけど。あと二日もすれば到着するよ」
 その言葉に、エクシアは明るい表情を取り戻した。
 「そうね! ……ちゃんと私を護ってね。旦那様!」
 「はははは。任せとけって。エクシアも例の物も、守り抜くさ」
 馬に乗りながら笑いあう二人のシーンが突然止まる。

 と、頭上からクロノのナレーションの声が聞こえてきた。

 「この時ね。エクシアはソロネの両親と魔族の人たちに挨拶をするために同行したんだ。そして、アーク王国と魔族の共存のためという名目で、アーク王国の国宝である宝玉が魔族に貸与されることになったんだよ。
 今、ソロネたちの後ろの馬車には、宝玉を納めた箱が乗っているんだ。まあ、僕が初代国王にあげた宝玉なんだけどね」

10第5章 炎の記憶と暗躍する悪魔 ―機工王国アーク編―

 扉を開いた第二ステージは、同じように果てしなく広い空間のなかに、階段が入り組んで迷路となって浮かんでいた。まるでエッシャーのだまし絵のように、どこまでも階段が続いているばかりでなく、階段と階段が複雑に交差したり、からまるように続いている。
 それを見たサクラがうんざりしたように、
「うわあ。なにこの迷路は……」
とつぶやいた。
 ノルンも、
「……ねえ。これって何かのアスレチックかしらね?」
とつぶやいている。
 どこまでも続くような階段。さっそく目の前には二つの階段がある。
「どっちにしろ、俺たちには進むしか道がないさ。……とはいったものの、さてどうするか」
 俺は腕を組んで考える。
 二手に分かれるか? いや、この先も分岐があるだろうし、合流できる保証がない。よくある左手の法則も時間がかかりすぎるし、この不思議空間だとループしている可能性もある。
 むむむとうなりながら、周りを見回すと、ノルンの肩にいるフェリシアが目に入った。
 そうか。フェリシアがいるじゃないか。先にゴールになる出口を探してもらえば……。

 フェリシアを見つめている俺に、ノルンが、
「ジュン。それはダメよ」
「え? まだ何も言っていないけど……」
「考えていることくらいわかるわよ。フェリシアに先に出口を見つけてもらおうって考えていたんでしょ?」
 そりゃそうか。ソウルリンクしているノルンなら、俺の考えなどお見通しだろう。……でも以前よりつながりが太くなっている気がする。
 ノルンは得意そうに胸を張り、
「何かのトリガーが条件になって出口が現れるタイプだと、いくらフェリシアでも無理よ。ここは私にまかせて」

 ああ、確かにそのタイプだとスイッチとか特定のボスを倒すとかしないと出口が出てこないから、いくらフェリシアを先行させても無理だ。だがまあ、ここは視界が見通せない場所が多い。この迷路はどうも不思議な力が働いていて、俺の気配感知がいつもよりぼんやりとしている。それに注意が散漫になる可能性がある。
 「フェリシア。悪いが、俺たちの頭上から周辺の警戒を頼む」
 (はい! マスター・ジュン)
 フェリシアはノルンの方から飛び上がると、そのまま少し高いところを旋回しはじめた。これで奇襲はかなり防げるだろう。
 ノルンがハルバードを杖のように持つと、
 「じゃあ、私が先導するわ。行きましょう」
と、右側の階段を登りはじめた。
 ううむ。俺にはルートがよくわからない。ノルンに任せよう。

 階段の幅はおおよそ二メートル。左右に手すりや壁はなく空中を歩いているような錯覚を覚える。こんなに狭いところで襲われたら、かなり危険だ。
 そのまま二十分ほど階段をのぼって踊り場に出ると、今度は三つに分岐していた。
 さらに登る階段が二つ、下に降りていく階段が一つ。さて……、とっとと? ノルンが迷いなく真ん中の登る階段に足を進めた。
 「ノルン。行き先がわかるのか?」
 ノルンは振り返って微笑んだ。
 「あら? まだ気がつかない? ……ナビゲーションよ」
 「あっ」
 思わず間抜けな声が出てしまった。忘れてたよ。さっそく心の中で、「探索ナビゲーション 出口」と念じる。
 ピコーン。視界の端っこで方位磁針がぐるぐると回る。青い矢印がたしかにノルンの選んだ階段を指し示していた。残念ながら距離は「?」となってはいるが……。

 それから三つの踊り場を何事もなく通過したところで、シエラが、
 「この登り降りをあと何回繰り返さなきゃならないのかなぁ」
とつぶやく。苦笑しながらシエラの方を振り向こうとしたとき、
 (マスター!)
と、するどくフェリシアの警戒が聞こえた。
 左手の上方から何かが飛来する。
 ヒュン! ヒュン! ヒュン!
 あわててよけながら、武器をかまえた。
 俺の目の前に落ちてきたのは……、ブリキの兵隊だった。
 ガチャンと音を立てて、立ち上がったブリキの兵隊が槍を構える。
「……お覚悟!」
と言いながら、三体の兵隊が槍を突き込んでくる。
 シエラが神竜の盾をかまえて踏み出し、兵隊の槍を受け流す。体勢を崩した兵隊がたたらを踏んだ。
 すかさず、サクラが目に止まらぬスピードで飛び出し、忍者刀で右の兵隊に斬りつける。
 「十文字斬り!」
 兵隊に十文字の傷が刻まれると、そのまま足場から落下していった。
 俺は左側の兵隊の槍をすかさず掴んで、そのまま力任せに兵隊ごと槍をふっとばす。
 「あわわわわ……」
 左の兵隊は、そのまま足場から虚空へと落ちていった。
 残された一体の兵隊が悔しそうにうなった。
 「うぬぬぬ! お主らやるな!」
 ふたたび槍をかまえる兵隊の頭上に閃光が走る。雷撃が兵隊に襲いかかる。
 「アガガガガ……」
 全身から煙を出した兵隊が、よろよろと後ろにさがり、そのまま階段から落ちていった。
 振り返るとノルンがハルバードをかまえて、ニッコリ笑っていた。
 「どうやらこのステージにもちゃんと敵がいるみたいね」

 俺は剣を納め、頭上の暗い空間を見上げた。一体どこからブリキの兵隊は落ちてきたのか?
 見上げてもそこには虚空と、いくつかの階段が見えるだけ。
 「今みたいに、上から落ちてくるなら、いくら警戒しても無駄かもな」
 (すみません。マスター。今のは対応できませんでした)
 (いいさ。フェリシア。連絡貰っても、その頃にはもう戦闘に入っているだろう。……気づいたことがあれば教えてくれ)
 フェリシアをなだめ、ふたたび階段を登った。

 次の踊り場は奥行きが三十メートルほどあって、その真ん中にテーブルセットが用意されて三人ほどの人影が見える。
 警戒をしながら近づいていくと、カチャカチャと音が聞こえてくると同時に、人影の正体がわかった。
 テーブルでお茶会をしていたのは、夫人の姿をした三人のブリキ人形だった。
 「ねぇねぇ。奥様。お聞きになりました? ……ですってよ」
 ピンク色のドレスを模した人形がそういうと、紺色のドレスの人形が、
 「ああ。先ほど聞きましたわ。なんでも……だそうですわね」
 すると三体目の赤いドレスの人形が、驚いたように口に手をやる。
 「ええ! そうなんですの! 私。全然知りませんでしたわ」
 三体の人形の前のテーブルにはティーカップがそれぞれ用意され、白いティーポットとクッキーの入った皿が見える。どうやら優雅にお茶会をしているようだ。
 というか、これは一体なんの茶番だ? 

 五メートルほど手前まで近づいた俺たちは、警戒しながら話しかける。
 「失礼。ここを通っていいかな?」
 俺の声が聞こえたのだろう。三体のブリキ人形が一斉に俺の方を向いた。
 「おや? どうやら冒険者の方のようですわよ」
 「そのようでございますわね」
 「……ですが、私どもには関係ございませんわね。ね。奥様?」
 三体の人形は順番にそういうと、興味をなくしたように再びお茶会を始めた。
 ……ふむ。どうやら、敵対するわけではなさそうだな。
 「お邪魔したようで、失礼」
 俺はそう声をかけると、警戒はゆるめないままに次の階段に向かう。ノルンたちも頭を下げながら、こそこそとお茶会をよけていく。
 俺たちの背後で人形がちが、
 「……ふふふ。奥様。そろそろ頃合いでございますわよ」
 顔をわずかにうつむかせた紺色の人形が、ピンクの人形につぶやいた。
 「……そのようですわね。……では、がんばって行ってらしてネ」
 ピンクの人形はそう呟くと、密かに右手をテーブルの下に取り付けられたスイッチに伸ばす。

 ガコン!
 階段の手前まで来た俺たちの足元から、気になる音が聞こえた。
 「みんな気をつけろ! 何かおかしいぞ!」
 あわてて注意をうながし、ノルンを中心に俺とサクラとシエラで警戒をする。
 ところが、急に俺たちの足元の足場がせり出して、俺たちは問答無用に高いところに押し上げられていく。
 「おわわわ……」「きゃ!」「ほわわ」「ふへえぇ」
 上に押し上げていく圧力が、ふいに消えた。どうやら二十メートルくらい押し上げられたところで止まったようだ。
 下を見下ろすと、さっきまでいた踊り場が小さく見える。これは容易に飛び降りることができるような高さではないぞ。
 シエラが、
 「うっわ~。高っ!」
と下をのぞき込んでつぶやいた。
 フェリシアがあわてて飛んできて、ノルンの肩に停まる。降りる相談をする間もなく、不穏な気配が近寄ってきた。
 ガチャガチャ。
 どこかからブリキが鳴る音が聞こえてきた。
 「今度はなんだ?」
 俺のつぶやきに呼応するように、周囲をブリキの鳥が上から降りてきて俺たちの周りを旋回する。その背中にはロープがついているところをみると、どこかからか吊されているのだろうか。

 「きます!」
 シエラの声とともに三羽のブリキの鳥が、こちらに向けて口を開く。カっとその口が光って、ファイヤーボールが飛んできた。
 剣に魔力をまとわせ、迫ってくるファイヤーボールを両断する。左右に分断されたファイヤーボールはすぐに霧散していった。
 シエラは神竜の盾でふせぎ、サクラは妖気をまとわせたクナイを投げて、ファイヤーボールを打ち消す。
 「……私の出番がない」
 中央にいるノルンがつまらなさそうにつぶやいた。
 「じゃあ、あの三匹は頼む」と言うと、ノルンはハルバードをトンっと足元に軽く打ち付ける。
 次の瞬間、三匹のブリキの鳥は、一瞬のうちにピキンと凍りついて、眼下に落ちていった。

 ううむ。相変わらず、さすがの魔法の腕だ。
 サクラがほれぼれと、
 「さすがはノルンさんです」
 次は何が来る? それにどうやってここを降りようか……。
 そう考えながら警戒を再開したとき、ガクンと音がして、せり上がった足場が少しずつ下にさがりはじめた。
 うむ。どうやら下の踊り場に戻るようだ。たいした罠じゃなくてよかった。
 ……そう思っていた時期がありました。
 「ちょ、ちょっとマスター。下にブリキの兵隊がむっちゃいますよ!」
 サクラの指摘に見下ろすと、降りていく先にブリキの兵隊がひしめき合っているのが見えた。
 ブリキの馬に乗ったブリキの将軍が俺を見上げて、
 「ふっふっふ。今度こそ。やっつけるぞ! ……皆のもの! 油断するな!」
と勇ましく命令をしていた。ブリキの兵隊たちが「おおー!」といらえを返している。
 ノルンがそれを見て、
 「面倒だからやっちゃうわね」
と言って、ハルバードを下に向けた。
 「ウインドバースト・ブレッド!」
 ハルバードの先から風が渦巻く球が現れて、次々に下のブリキの兵隊にむかって打ち込まれた。
 風球があたったところが瞬間的な爆発をおこして、そこにいたブリキの兵隊たちを吹っ飛ばしていく。
 何隊もの兵隊が踊り場から虚空へと落ちていった。
 サクラもクナイに札を縫い付けて投擲すると、次々に爆発が起きた。
 「のわわー」チュドーン。「ひえぇぇ」
 爆発音にまぎれて、落ちていく兵隊のなさけない声が聞こえる。……あ、将軍も馬ごと吹っ飛んでいった。
 「ぬううう。次こそは! 次こそはあぁぁぁ」

 俺たちが下の踊り場に戻ったときには、すでに兵隊は一体もいなかった。
 ……一瞬あせったけど、こいつらも敵になりえないな。
 「……見て。あそこよ」
 ノルンが指を指す先を見ると、すでに誰もいなくなったテーブルセットの向こうに、一枚の扉が出現していた。

10第5章 炎の記憶と暗躍する悪魔 ―機工王国アーク編―

――――。
「帰ってきたか? ソロネ!」

 街に入り、一番立派な建物の前で、ソロネを迎えたのは真紅の髪をした女性だった。
 その顔を見て、俺たちは思わず叫んだ。
 「「「「ヘレン!」」さん!」」
 そう。その女性はヘレンだった。……いや。これは過去の映像なら、別人なのか? そっくりどころの話ではないぞ。声も含めて、まったくの同一人物じゃないか!
 驚きに目を開いていると、目の前のスクリーンの中で、
 「ただいま! 姉さん!」
と、ソロネが馬を下りてヘレンの側に歩いて行く。
 「姉さん」……か。とするとやはりそっくりなだけで、ヘレン本人ではないということ。むしろヘレンがこの女性の子孫なのだろう。
 女性は、ソロネの後ろにいる護衛の人たちにも、ねぎらいの声をかける。
 「そなたたちも、よくぞ無事で帰ってきた」
 こうして聞いてみると、この女性は尊大な口調で、聞き慣れたヘレンの口調とは違う。正直いってすごく違和感がある。
 護衛の人たちも馬から降りると、にこやかに女性に挨拶をした。
 「ベアトリクス様。今回も滞りなく、万事うまくいきましたよ」
 なるほど。ベアトリクスというのか……。
 ヘレンと瓜二つの女性がうれしそうにうなづいている。
 「うむ。それは有難いことだな。……さあ、父上が待っている。早く報告に行くが良い」
 「はい。姉さん。また後ほど」
 ソロネはそういうとベアトリクスの前を通り過ぎ、護衛の人たちも一礼して通り過ぎていった。
 それを見送ったベアトリクスは、安堵した様子で、
 「あの子も、もう一人前ね。……次期族長さんか」
とつぶやくと、一行の後をついていくのだった。

 次のシーンは、一人の老人の前に、ソロネをはじめとする一行が並んでいるシーンだ。老人の隣にはベアトリクスが控えている。
 老人の目はどことなくベアトリクスに似ている。きっとこの人が、ベアトリクスとソロネの父親なのだろう。
 老人は鷹揚おうように、
 「ソロネよ。よく戻った。……で、首尾はどうだったのだ?」
 尋ねられたソロネは、笑顔を見せながら族長に報告する。
 「はい。族長。こちらから持っていたミスリル八〇〇キロは、こちらの言い値で引き取ってもらいました。合計で八億ディールです。その金額で、こちらで必要な食料などの物資を購入して戻りました。次は二ヶ月後に向かう予定です」
 それを聞いた族長は、
 「うむ。よくやった。これで今年も無事に過ごせそうだ」
と、安心して大きくうなづいた。その表情は明るい。
 「皆のものもご苦労だった。今日はゆっくり休むがいい」
 族長がそう声をかけると、ソロネの横に座っている人々がうれしそうに返事をして、部屋を退出していく。
 部屋に残ったのは、族長とベアトリクス、ソロネの三人だけだった。

 三人だけになると、ソロネが族長に話しかける。
 「実は、父上。……折り入ってお願いがありまして」
 老人は、さきほどまでの族長としての顔から、父親としての顔になり、
 「どうした?」
とたずねると、ソロネが言いずらそうに、
 「ええっと、その……。実は以前よりお付き合いをしている女性がおりまして」
と言うと、族長はベアトリクスと顔を見合わせて嬉しそうな表情になった。
 と、ベアトリクスが横から、
 「知っているわよ。アーク第三王女のエクシア様でしょ?」
と口を挟むと、ソロネは恥ずかしそうに、
 「ううっ。やっぱりご存知でしたか。……そのう。こ、この度、エクシア様に結婚を申し込みたいと考えております」
と告白した。
 それを聞いた族長とベアトリクスは、しばし顔を見合わせる。
 「……」
 「……」

 えっと……なんだ? この沈黙は?
 見ている俺の方が心配になってくるが、スクリーンの中のソロネも沈黙に耐えられずに、おそるおそる何かを言おうと口を開いた。
 そのとたん、
 「はっはっはっは!」「うふふふふ!」
 族長とベアトリクスは大笑いをし始めた。ぽかーんとするソロネ。その顔を見て、ますます腹を抱えて笑い出す二人。目からは涙が出ている。
 ベアトリクスが、何とか息を整えて、絞り出すように声を出す。
 「ひーひー。……ようやく報告ってわけね」
 族長もすぐに、
 「くくく。あぁ、苦しい。……そうだな。やっと言ってきおったか」
 そういってソロネの背中をばんばんと叩いた。
 叩かれたソロネは、はじめはぽかんとしていたが、徐々にあきれた表情になっていく。
 ソロネは不機嫌な声で、
 「あのねぇ。……そんなに笑わなくてもいいじゃないか!」
 そういうと口をとがらせて、明後日の方向を向いた。ベアトリクスはまだ笑いをこらえながら、ソロネをなだめる。
 「まあまあ。ソロネいい? ……私とお父様は、ずっと待ってたのよ。あなたがお付き合いの報告をするのを。それなのにあなたったら、お付き合いの報告どころか、いきなり結婚の承認がほしいって言ってくるんだもの」
 「ベアトの言うとおりだ。くっくっくっ。私もな、いつお前が言ってくるかとな。ベアトと二人で楽しみに待っておったんじゃぞ」

 二人の話を聞いて、ソロネは機嫌を直したようだ。族長が、表情を真剣な物にかえて再び口を開く。
 「ソロネ。いいか。お前も知ってるとおり、人族から我らは魔族と呼ばれておる。それは我らが人族よりもはるかに高い魔力を持ち、強力な魔法を伝承しているからだ。
 だが、我らは隣国のアークとは長年の協調体制を築いてきた。ミスリルと引き替えに日常物資を交易し、互いに利益を得てきたのじゃ。……アーク国王はミスリルの安定供給のために、お前とエクシア様の結婚をお認めになるだろう。だがな、そんな政治的なことは置いておいたとしても、父親としてワシは、お前とエクシア様の結婚を祝福しよう。人族と魔族の新しい絆じゃ」

 そこまでいうと、族長は傍らのベアトリクスを見ていう。
 「それにベアトは、まだまだ結婚するつもりはないようじゃしな。……ワシは早く孫の顔が見たい。というわけで、お前の嫁さんの顔も早くみたいのう」
 ベアトリクスは、それを聞いて一瞬むっとするものの、同じように笑顔になって、
 「そうよ。私だって義理の妹の顔は早く見たいわね」

 親子のあたたかい会話を見て、俺は、
 「そうか。彼らが魔族か……。こうしてみると、俺たち人族と何ら変わらないじゃないか」
と、つぶやいた。そのつぶやきが聞こえたのだろう。頭上からクロノの声が聞こえてきた。

 「そうだよ。どっちも毎日あくせくと働き、日々の糧を得て生活をする。違いなんて些細なものさ。……でもね。ちょっとの違いが色んな差別を生んだりするんだ。馬鹿だなぁって思うけど。いつまでたっても、そういう争いは無くならないんだよ……」
 どことなく寂しげな声音。きっと長い時の流れの中で、クロノはそういう争いを際限なく見つめてきたのだろう。
 そんな寂しそうなクロノの声が終わると、スクリーンの映像は終わり、シアタールームの承明が明るくなった。
 スクリーンの右側にドアが現れ、光を放っている。

 「次に行けってことだな」
 そのドアを確認して、ゆっくりと観客席から立ち上がった。

10第5章 炎の記憶と暗躍する悪魔 ―機工王国アーク編―

 扉の中は、半円状の広い部屋で中央に行くに従って低くなっている、まるでコンサートをするような大ホールとか映画館のようだ。
 低い位置にある中央のステージに向かって、たくさんのイスが並んでいる。
 もしかして日本に戻ってしまったってことはないか。そう思いつつ、慎重に室内を見回した。
 「……なんだか不思議な部屋ですね」
 サクラがそんなことをいっている。
 こういう屋内のホールは、ヴァルガンドに来てから初めてだ。王都エストリアとかに行けばあるのかもしれないけれど、珍しいものかもしれない。
 そのとき、クロノの声でアナウンスが流れた。
 「ブー。上映をはじめますので、早くお好きな席にお座りください。ちなみに敵は出てきませんので、安心して座ってね!」
 するとステージの上からゆっくりと大きなスクリーンがおりてくる。
 なるほど。映画の上映をするってことか。……でも何の映画だろう?
 俺の腕をぐいっとサクラが引っ張る。
 「ほらっ。マスター! 行きましょう。どこがいいんでしょうか?」
 「わかったから引っ張るなって。……好みがあるけど、最前列の真ん中でいいんじゃないか?」
 「了解です!」
 サクラとシエラに手を引かれながら、俺は最前列の席に向かった。ノルンがフフフと笑いながら後ろからついてきている。
 席に座ると、目の前の大スクリーンにクロノの姿が映し出された。
 人差し指を立てたクロノが、ニッコリ笑い、
 「お兄ちゃんたち、無事に第1ステージはクリアしたわけだね」
と言い、ぐいっと顔をアップにすると、
 「ポップコーンはいるかな? ドリンクとか自分たちで用意してね。これからちょっと長い映画を上映するよ」
 するとサクラが手を上げて、
 「はい! 質問!」
 スクリーンのなかのクロノが指を指して、
 「どうぞ。サクラお姉ちゃん」
 「うん。映画ってなあに?」
 「あ~。そっか。……まあ始めればわかるかな」
 あっ、説明するのが面倒になったな。サクラが頬をふくらませて「ぶー」って言ってるぞ。
 「では第一部を上映します。……これは過去のこと。過ぎ去りし話。もうどうにも変えることのできない物語です。はるか一〇〇〇年前の悲恋の物語――」
 シアタールームの証明が暗くなっていく。
 カタカタカタカタとフィルムが回る音がして、ジジジとカメラのランプの音がする。
 正面の大スクリーンに、大きく5、4、3、2、1と数字が順番に映し出される。

 始まりは一人の男性の笑顔だった。
 その男性の髪はヘレンと同じく真紅の赤い髪。スポーツマンのように短髪でイケメンだ。歳は二十代半ばで細身だが、ひょろひょろした感じではなく、猫のようなしなやかさを感じる。

 どうやら男性は一人の女性と話をしているようだ。恋人同士だろうか、見ているこちらの気持ちが温かくなるようなほんわかした様子が伝わってくる。
 女性はブロンドの長い髪を頭の後ろでまとめている。歳の頃は男性と同じくらいで、ややほっそりした体型で、ぱっちりした目がチャーミングだ。美人というより可愛いという言葉が似合う。ピンクを主体にしたドレスを着ており、いかにもいいところのお嬢さんという雰囲気だ。

 どうやら男性の名はソロネといい、女性の名はエクシアというらしい。

 「ねえ。ソロネ。もう帰っちゃうの?」
 「ああ。ピレト様のところに納品が終わったからね。……持って帰る品もあらかたまとまったから……、明日にはアークを出発するよ」

 「そう、あ~あ、寂しいなぁ。……今度はいつ来てくれるのかしら?」
 「ははは。まあ、そういうなよ。エクシア。俺だって一緒にいたいんだ。……そうだなぁ。次は二月後かな」
 エクシアは唇をとがらせて、
 「二月も……。いい加減、迎えに来て欲しいなぁ。でないと、また縁談が来ちゃうよ」
 女性はそういって恨めしそうな目を男性に向ける。ソロネは気まずそうな表情を見せる。

 「う、うん。……でも、いいんだろうか。だって君は……、第三王女じゃないか」
 「またそれをいう!いいのよ。どうせ身分違いの妾の子よ。兄が次の王になるのは決まってるし、お姉様方も、もうそれぞれ嫁いで行っているわ。お父様も、私のことなんか気にかけてはいないわよ。……それにね。貴方のところに行けば、ミスリルの安定供給にも繋がるわ。だから、政治的にも旨味があるのよ」

 ソロネはうなづきながらも気弱な笑顔で、
 「で、でもさ。それでも王女様を嫁にもらうのは緊張するというか……」
 「ええい! もう! はっきりしないわね。……それで私のことが好きなの? 愛してくれてるの?」

 どうやら煮え切らないソロネの態度に、エクシアが苛立っているようだ。エクシアにつめられて、ソロネがビクビクしている。

 「う、うん。エクシアのことは、ずっと好きだったよ。……愛してるよ」
 それを聞いたエクシアがニッコリと笑って、
 「じゃあ、いいじゃないの! ……いい機会だわ。お父様に話を通しておくから、次に来た時は覚悟しておいてね」
 どうやらこのエクシアも、ノルンたちのようにぐいぐいと男を引っ張っていくタイプのようだ。すでにソロネが尻に敷かれるすがたが目に浮かぶようだ。
 「え? えええ? ……よ、よし! わかったよ。次に来た時はプロポーズと挨拶……、のつもりでくるよ」
 「まったくねぇ。そういうことは男の方からどんどん進めて欲しいなぁ。っていってもしょうがないか。……そんな貴方を好きになったのは私だしね」
 そういうと、二人は見つめ合って軽やかに笑い合うのだった。

 なんだかラブストーリーの映画を見ているようだ。甘酸っぱい関係に、見ている俺の胸がくすぐられているようだ。
 隣に座っているノルンが、
 「何だかあのソロネっていう人、貴方に似ているわね」
 「え? そうか? どこらへんが?」
 「気づいてなかった? ジュンって、色恋の一番大事な時ってヘタレるじゃない」
 えっと……。それを言われると何だか男としてどうなんだろうと思う。それに俺ってそんなにヘタレてるか?
 ノルンが苦笑しながら、
 「でも、一線を越えちゃうと平気になるのよね。……うふふ。私もそんな貴方を好きになったから。そんなこと気にしなくていいわよ」
と言うと、サクラとシエラが、
 「私たち・・、ですよ。ノルンさん」
と補足した。ノルンが微笑みながらうなづいた。
 いや。俺はあそこまでヘタレっぽくはないぞ? と一人で憮然ぶぜんとした表情をしていると、三人がクスクスと笑い始めた。
 「おいおい。シエラまで……。って、まあいいか。愛されてるなぁ、俺」
とつぶやいた。
 まあ。それだけ愛されているってことでいいよな。今さら恥ずかしがる必要もないし。

 そんなふうに、イチャイチャしていると、スクリーンは次のシーンに移ったようだ。

 ソロネは眼深にフードをかぶり、馬に乗って荒野を進む。その後ろには三台の馬車と十五人ほどの護衛が同じように馬に乗ってついてきている。
 砂塵が一向に吹き付けるが、一行はお構いなしに馬の歩みを進める。周りには灌木が点々と生え、ようくみると灌木の影にはオオトカゲ、遠くの丘にはジャッカルらしき姿も見える。

 ソロネの隣に護衛の一人が並んだ。二人は並んで、会話をしながら進んでいく。

 「若様。あともう少しですね。……今回もアークとの取引は上手く行きました。お父上や姉君も心待ちにしているでしょう」
 「ああ。そうだな……。ただ、個人的にはちょっと緊張しているよ」
 「ははは。エクシア様との事ですな。……案じなされるな。若様とエクシア様が相思相愛なのは、お父上も姉君もすでにご存知なれば、後はケジメをつけるだけですよ」
 「父上も姉上も知ってるのか? 俺とエクシアの事を?」
 「えっ? ご存じなかったのですか? ……こうして戻る度に、若様とエクシア様はどうだったと根掘り葉掘り尋ねられましたよ?」
 護衛の言葉にソロネは愕然がくぜんとした表情で、
 「し、知らなかった……。で、お前はどこまで話したんだ?」
 「それはもう、あることないことすべてを……」
 その瞬間、ソロネはぶっと何かを吹き出した。
 「おいおい! プライバシーなんてあったもんじゃないな。っていうか、無いことって何を話してくれてんだ?」
 「はっはっはっ。大丈夫ですよ。せいぜいお二人が情熱的に抱きしめ合って、とろけるようなあつい口づけを交わしたとか。その程度の話ですからな」
 それを聞いたソロネがあきれたように、
 「だから、それは! ……ちょっと待てよ。かえって好都合なのか?」
と文句を言いかけて考えこんだ。
 護衛の男は笑いながら、
 「若様のことですからな。そういうケジメはご自分からなかなか言い出せないタイプということは、わかっております! 不肖ふしょう。私めが少しばかりのお手伝いをさせていただいたまでですよ」
 「余計なお世話だ! ……といいたいところだが、そう言われると怒るに怒れん……」
 ソロネが憮然ぶぜんとした表情でそういうと、護衛は大声で笑うのだった。
 ソロネはそれを無視するように馬のたづなを握りなおし、
 「さあ、休憩は終わりにしよう。帰るぞ、俺たちの国に。そして、父上……族長殿にこの度の取引の報告だ」

 ソロネは声高らかに宣言すると、その後ろに続いていた護衛たちが、
「「「おう!」」」
と大きな声で返事をした。

 一行の進む道の先。砂塵で霞むその先には、素朴だが大きな街が遠くに見える。
 ソロネは、帰還のはやる気持ちを抑えつつも、着実に馬の歩を進ませるのであった。

10第5章 炎の記憶と暗躍する悪魔 ―機工王国アーク編―

 扉をくぐると真っ黒な空間にぽっかりと浮かんだ正方形の小ステージの上だった。
 はるか頭上高くよりスポットライトのような明かりが、ステージ上を照らしている。
 不意に、
 パラパラ、パッパッ、パーン
とラッパの音が鳴った。
 目の前の空間に、クロノが現れた。
 うやうやしく一礼すると、
「お兄ちゃんたち。時の精霊の試練へようこそ!」
 時の精霊だと! それって精霊の中でも上位の存在じゃないか?
 隣を見ると、ノルンもおどろいてポカンとした表情をしていた。……これはこれでレアだ。
 俺が見ているのに気がついたノルンが、あわてて口を閉じる。
「お、お兄ちゃん。つづけてもいいかな?」
とクロノの声に、あわてて正面を向く。
 クロノはコホンとせき払いをして、
「この時の精霊の試練を通り抜けたら、ヘレンお姉ちゃんの運命と行き先について教えるよ」
「ちょ、ちょっと待て。ヘレンの運命?」
と聞き返すと、
「うん。それを知らないと助けられないよ。絶対にね」
「そうか……、わかった。クロノ、待っててくれな」
「うん。じゃ、がんばってね」
 陽気な声を残してクロノの姿が消えると、小ステージの正面に、水平方向に回転している大きな歯車がいくつも浮かび上がった。カタカタカタカタと音が聞こえてくる。
 ……まるでどこかの配管工のアクションゲームの3Dステージみたいだ。金色のボックスとか、キノコとかカメのモンスターが出てこないだろうな。
 背後のサクラが、
「うわぁ。おもしろそう!」
というと、その隣のシエラが、
「ちょ、ちょっと不謹慎だよ。……私はちょっと怖いけど」
とステージの下をのぞき込んでいた。
 ノルンがやさしく、
「大丈夫よ。シエラ。その時はフェリシアがつかまえてくれるわよ」
というと、シエラが両手を合わせて、
「よろしくお願いします。フェリシア様」
とノルンの肩のフェリシアに向かって拝んでいた。
 ……どうやら、ヘレンがいなくなって、みんなも余裕がない様子だったが、少しは精神的に落ち着いてきたようだ。
 どれだけこの試練の突破に時間がかかるかわからないが、大陸横断鉄道とはいえ、神船テーテュースの飛行モードならば、十二分に追いつけると思う。それよりむしろ問題は目的地、ヘレンがどこの駅で降りるかだ。……というのも、デウマキナでは探索ナビゲーションができなかったわけで、何らかの原因でナビゲーションが効かなくなる可能性があるからな。
 みんなの方を振り向いて、
「さてと、行くしかないな。……みんな、大丈夫か?」
 ノルンが腰に手を当て、
「もちろんよ」
 続いてサクラがキランッといい笑顔になり、
「はい! マスター! いつでも行けます!」
 そして、シエラが両手を握って、
「行きましょう! ヘレンさんを迎えに!」
 どの顔も力のこもった目をしている。俺は、一つ大きくうなづいた。
「よし! では、ミッションスタートだ!」
「「「おお!」」」

 俺は早速、一つ目の歯車に飛び乗った。すぐにほかのみんなも続いて飛び乗ってくる。
 歯車はゆっくりと回転していき、次の歯車を通り過ぎていく。……これは、ずっと乗っていると目が回りそうだ。
 「マスター。目が回りそうですね」
 「そうだな。サクラ。どんどん行ったほうがいいな」
 目の前には、同じように横方向に回転する大きな歯車が十個ぐらい続き、その先で縦型に回転する歯車に突き当たっている。どう見ても配管工のステージに見えるのは気のせいでは無いと思う。

 慎重に、2つ目、3つ目と歯車を渡っていき、4つ目に飛び乗ったとき、
「危ない!」
とシエラが小さく鋭く叫ぶと同時に、盾を手に俺の前に飛び出した。
 ボフンっ
 何かが盾にぶつかって破裂したようだ。……危なかった。完全に気を抜いていた。
 シエラに礼を言おうとしたとき、
「……くしゅん! は、は、はっくちゅん! ごほっごほっ……」
 シエラの様子が変だ。あわててサクラがシエラに近づいていくので、俺は敵を警戒しながらシエラの前に立ちふさがった。
 背後から、サクラが、
「シエラちゃん大丈夫?」
「は、鼻がムズムズして……、くしゃみが……」
 そこへノルンが、
「どれどれ。これは……、こしょう?」

 その時、俺の目の前に大きなブリキの人形が歯車の上に飛び乗ってきた。
 ブリキ人形のボディは部位ごとにカラフルにペイントされていて、笑いながら、かついでいた大きな袋を足下に置いた。
「うふふ。こしょう爆弾。成功!」
 どこか抑揚の欠けた声を出すと、次に見た目どうみても漫画に出てきそうな黒い爆弾を取り出した。ご丁寧にドクロマークがついていて、長い導火線にはすでに火花が散っている。
 あれはマズイ。この歯車の上で爆発に巻き込まれるのは碌なことにならないだろう。
「次はこれ! そうれ!」
 気の抜けそうな声と共に爆弾が投げつけられた。
 俺は、自ら爆弾に近づき、剣を一閃。火花を残して導火線が切り取られる。
 歯車の上に着地した俺が左手を上に向けると、そこに丁度おさまるように爆弾が落ちてきた。
「ふぅ。危なかった。っていうか、お前は敵か?」
 ブリキ人形は笑顔のまま、続いて袋の中からナイフを取り出した。
「侵入者! 侵入者!」
と叫びながら、ナイフを横に払うように切りつけてくる。
 ナイフをよけながら、
「問答無用か。じゃあ悪いが行かせてもらおう!」
 俺は、ナイフの一閃をはじき飛ばすと、そのまま袈裟斬りの一撃をお見舞いする。
 体を切り裂かれたブリキ人形は、歯車から落ちていった。
「むきー! 次は負けないぞ!」
とプンスカと怒っている声を上げながら……。

「今のは、一体なに?」
 戦闘を見ていたノルンが俺に尋ねる。
「そうだなぁ。試練の敵のようだ。あの口調だと破壊してもすぐに復活できるような雰囲気だな」
 なんだか力の入らない敵だが、この足場で爆弾攻撃とはなかなか厄介だ。
 サクラやシエラも同じ意見のようで、
「マスター。でもあの爆弾はやばそうですよ」
「私は、……わけのわかんない攻撃を受けました」
と言ってくる。
「ああ、シエラ、あれは胡椒が詰まった胡椒爆弾だ。衝撃で割れると、中に詰まった胡椒が辺りに振りまかれるんだ」
 俺の言葉にシエラが愕然とした表情になった。
「こ、胡椒。……大盾の弱点を思い知った気がします」
 そりゃ、粉物は防げないよな。しかも危険なものじゃないから結界も無理だろう。
 ノルンが周りを警戒しながら、
「ただ進むだけじゃなくて敵がいるってわけね。……フェリシアも警戒を」
(はい。了解です。マスター!)
 ただっぴろい広大な空間だから、どこから襲われるかわかったものではない。しかもどういうわけか、俺の気配感知の範囲も通常より狭い範囲しかわからない。
「うんうん。警戒しないとね」
と、俺の隣にいつの間にか一体のブリキ人形が現れて、腕を組んでうんうんとうなずいている。
「おわぁ! 何だお前!」
 俺はびっくりして飛びすさった。と、それを見たブリキ人形もびっくりして、
「うひゃあ! なになに!」
と言いながら後ろにジャンプした。ブリキ人形の飛びすさった先は、歯車の外の虚空だ。
「あ……」
 ブリキ人形は、ジャンプの勢いのまま歯車から踏み外して落ちていった……。
 俺は、歯車の端によって落ちていくブリキ人形を見ながら、ちょっとビビる。
「おいおい。こりゃあマジで油断も隙もないぞ。……少しずつでいいから進んでいこう」
 ノルンが、賛同する。
「そ、そうね。その方が良さそうね」
 こうして俺たちは歯車の上を、時間を掛けて慎重に進んでいった。

 そうして、十個目の歯車に来ると、次は縦回転の歯車が目の前にある。そして、その歯車の側面には大きな台座がついていて、そこに飛び乗れるようだ。大きさは俺たち全員が乗れるくらい。
 次のルートを探すと、どうやらこの台座に乗って上まであがり、その先の出っ張りに飛び乗らなければ行けないようだ。
 空からフェリシアに警戒をお願いし、サクラに先行してもらう。
「では、行ってきます!」
と明るくサクラが、タイミングよく台座に飛び乗った。そのまま台座が上に行くまで待機。ぐんぐんと台座が高く上がっていき、出っ張りに近づいたタイミングでサクラがひょいっと飛び移っていった。
 少しして出っ張りからサクラが顔をのぞかせて手を振る。
「マスター! 大丈夫みたいですよ!」
 俺も手を振り替えして、
「じゃあ、順番に行こう。……シエラが行くか?」
とシエラ、ノルンと、一人ずつ順番に台座にのって上の出っ張りに飛び乗っていく。
 最後の俺の番だ。みんなが上から手を振っている。それを苦笑しながら見上げたとき、唐突に手が止まった。
 なんだかあわてたように後ろを指さしている。
 「なんだ?」
 不思議に思って振り返ると、……は?
 「ジュン! 急いで!」
ノルンの叫びが聞こえる。
 俺の背後、今まで来たルートでは、順番に歯車が支えていた軸ごと倒れていく。
 「やばっ!」
 あわてて台座に飛び乗る。後ろを見ると、すでに六つ目の歯車が倒れて、七つ目の歯車がグラグラと揺れている。
 「はやく! はやく!」と上からノルンたちが騒いでいる。七つ目が倒れ、八つ目……。台座がもう少しで歯車の一番高いところにさしかかった。
 「もうちょっと。……もう最後の歯車が落っこちたわ。はやく!」
とノルンが叫んだとき、この台座のある縦回転の歯車がグラグラと揺れだした。
 「ジュン! 飛んで!」
 「おお!」
 グラグラと揺れる台座の端から、助走をつけてノルンたちのいる出っ張りに向かってジャンプした。それと同時に歯車がガコンッと外れ、下の虚空に落ちていく。
 「のわあぁぁ」
と叫びながら出っ張りに転げ込むと、手を伸ばしていたノルンを押し倒していた。お約束どおり、俺の顔は二つの柔らかい膨らみに突っ込んでいる。
 そのまま、顔を上げた姿勢で息を整える。おそるおそる背後を見ると、この出っ張りを残してすべての歯車が下に落っこちていた。
 出っ張りの端っこにフェリシアが降りてくる。
(危機一髪ですね)
とフェリシアの念話にだまって親指を立ててみせた。
 「今さら嫌じゃないけど、そろそろ降りてよ」
と俺の下でノルンが言う。
 「いやあ、柔らかくて思わず……」
と言いながら、軽くキスをして立ち上がった。
 「うん?」
 視線に気がついて顔を上げると、サクラとシエラが頬をふくらませて、
 「ずるいですよ! マスター、私にもキスを要求します」
 「え、え~と、私も心配したし、キスして欲しいかなぁ……、なんて」
 苦笑しながら、サクラ、シエラと順番にキスをすると、サクラが、
 「あそこのドアが出口ですよ。たぶん」
と出っ張りの先に見えるドアを指さした。
 改めて装備を確認し、扉の前でみんなの顔を見回す。
 「よし。じゃあ、行くぞ」
 全員がうなずくのを確認して、俺は扉を開いた。

10第5章 炎の記憶と暗躍する悪魔 ―機工王国アーク編―

 店を飛びだした俺は左右を見渡した。が、すでにヘレンの姿は見えない。
 「くそ!」
 ノルンがサクラとシエラに指示を出す。
 「いい? サクラは私と、シエラはジュンと! 何かあったら念話で連絡! フェリシアは空から探して!」
 「はい!」「わかりました!」(了解です! マスター!)
 二手にわかれて俺たちは町の中へと駆け込んでいく。

 それから一時間ほど、必死に声をかけながら走る。
 「ヘレェン! どこだ!」
 その時、ノルンの念話が届いた。
(ジュン……。見つかった?)
(いいや。駄目だ。ノルン。そっちも駄目か……。フェリシアは?)
 上空のフェニックス・フェリシアは、
(申しわけありません。これだけ人が多いと……)
 だめか……。くそ! なぜ! こんなことに!
 悪態をついたとき、頭にひらめいた。
 「あ! そうか! ナビゲーションだ!」
 なんで大事なときに忘れていたんだ。慌てて、
 「探索 ヘレン」
とつぶやいてユニークスキルのナビゲーションを起動する。
 脳裏にピコーンという音が鳴り、目の前に青い矢印が表れた。距離は……。は? 1キロメートルからどんどんと離れていく。
 視界の端に映るヘレンのいる方向を示すナビゲーションの表示を見ると、どんどんと左手の方へと移動している。かなり早い。……乗り物か!
(ノルン! ナビゲーションだ! 何か乗り物に乗っているみたいだ)
(あっ! その手があったわ! なんで気がつかなかったのかしら。……本当ね)
 俺は上空を飛ぶフェリシアを見上げた。
(フェリシア、11時の方向。急速に離れている乗り物を探してくれ!)
 指示を出すと、すぐにフェリシアから、
(ここから見えるのは、10台くらいつながった細長い鉄の箱の乗り物が見えます。東へむかっていますね)
 「それだ!」
 俺の声が叫ぶと、ノルンの念話が重なった。
 (大陸横断鉄道だわ!)
 そうか。とにかく捕まってはいないようだな。俺たちもすぐに追いかけなければ……。
 俺はすぐに大陸横断鉄道の駅の近くにある、大きな時計台の下で集合するように伝えた。

――――。
 王都マキナクラフティにある時計台は、ロンドンのウェストミンスター宮殿にあるビッグベンのように、王都を代表する建築物だ。
 塔を見上げると、大きな時計盤の上に展望台が有り、そのさらに上に大鐘がつるしてあるそうだ。
 まずは駅で路線を確認し、ヘレンの行き先や様子を聞き込み調査をし、それから追いかけるつもりだ。
 そこへ一度、宿へ戻って宿泊をキャンセルしたノルンとサクラが合流した。
 どの顔もヘレンを心配しているのがありありとわかる。
 俺はみんなを見回して、
「ヘレンは大陸横断鉄道に乗った可能性が高い。まずは駅でそれを確認するともに、行き先を確認する。そして――」
 その時、突然、脇から、
「お兄ちゃん! ちょっといいかな?」
と一人の猫人族の男の子がやってきた。ハーフパンツにベストをしていて、頭にはベレー帽にゴーグルをしている。
 あまり余裕のない俺は、
「なんだ? 悪いけど、今は「だから、そのことだよ」……え?」
 みんなが男の子を見る。男の子は、
「僕はクロノ。お兄ちゃんたち。赤い髪のお姉ちゃんを探してるんだよね?」
 俺は思わず、
「知ってるのか?」
と、乱暴にその小さな肩をつかんだ。クロノは苦笑しながら、
「うわっ! びっくりさせないでよ。知ってるといえば知ってるのかな?」
「クロノ。頼む。そのお姉ちゃんは大切な人なんだ。……きっと、今ごろ一人で色々抱え込んで困っているはずなんだ。……今こそ、俺たちが助けてやんなきゃいけなくって、どんなことでもいい。知っていることを教えてくれっ」
 クロノはつぶらな瞳で俺の目をじっと見て、うなづくと、
「お兄ちゃん。綺麗な目をしているね。うん。わかったよ。……僕に、ついてきてくれる?」
と言った。
 俺は思わずクロノを抱え上げて立ち上がった。
「ありがとう。クロノ、案内してくれ。どこに行けばいいんだ?」
 クロノは時計台を指さすと、
「あそこから時計台に入って」
と言う。
「時計台? ヘレンはそこにはいないはずなんだが……」
「知ってるよ。……でもね。今、お兄ちゃんたちがあそこへ行くことが必要なんだよ」
 まるで禅問答のようなクロノの言葉に、ノルンが、
「ジュン。言うとおりにしましょう」
と背中を押す。そして、俺の耳元で、
「だって、この子。……精霊よ」
とささやいた。
 「えっ」と驚いて、クロノの顔を見ると、クロノはいたずらっぽく笑うとうなづいた。
「さあ、時間がないんでしょ? 早く中に入って!」
と俺の腕から飛び降りると、時計台の入り口に走り込んでいった。

 念のため、上空のフェリシアも呼んで、みんなで時計台に入る。
 中に入ると、十畳ほどの広いホールになっていた。正面の壁には大きなスリットが入っていて、その向こうに時計を動かすための大きな歯車がいくつも見えた。
 そして、妖精クロノは、その正面にある一枚のドアの前に立っていた。この子、いったい何の精霊なんだろう?
 俺たちの姿を見て、クロノは、
「このドアの向こうにボクの試練がある。それを乗り越えたら、お姉ちゃんを救う手がかりがあるよ。……だから、がんばってね」
と言うと、ゆっくりとドアを開けた。その向こうは異空間になっているみたいだ。
「救う手がかり? だが、そんな時間は……」
と言いよどむが、ノルンが、
「さあ、行くわよ! ヘレンを助けるんでしょ?」
と、俺の背中をばんっと叩いた。
 そうだな。精霊がこういうってことは、今すぐにヘレンを追いかけるよりも、この向こうの手がかりとやらを手に入れることが、結局はヘレンを救うことになるのだろう。
 「みんな! 行くぞ!」「「「はい!」」」
 俺たちは意を決してドアの中に足を踏み入れた。