10第5章 炎の記憶と暗躍する悪魔 ―機工王国アーク編―

 アーク機工騎士団の執務室で、団長のノートンがデスクによりかかって腕を組み、ソファに座っている副団長のカトリーヌを見下ろしていた。
「先ほど陛下より勅命が下った。魔族自治区内に異変はないか探れとのことだ」
 カトリーヌはノートンを見上げて、
「え? 自治区ですか?」
「ああ。例の呪印と関係があるのだと思うが、魔族内での異端分子、魔王復活の動きがないかどうかを探れということだ」
「魔王復活? そんなことが可能なのでしょうか?」
 ノートンは首をかしげて、
「さあな。だが、魔王じゃなくて過激派が暗躍している可能性はあるだろな……」
 それを聞いてカトリーヌはうなづいた。
「なるほど。たしかに魔王といっても一魔族のはずですものね。過激派の方が納得できます」
 ノートンはデスクからカトリーヌの対面に移動し、
「それでだ……。その役目をお前に頼みたい」
と言うと、カトリーヌはおどろいて、
「私ですか?」
とききかえした。
「そうだ。王都の状況もわかり、うまく魔族の自治区に入りこんで調査できそうな人材はお前しかいないだろう」
 カトリーヌは納得したように、
「ああ。確かに……。うちは暗部が育ってないですからねぇ」
「いても魔族を嫌ってやがるからな。偏見なくとなるとな」
 二人は同時にため息をついた。カトリーヌは、
「わかりました。……そちらの方面から犯人がわかるかもしれませんしね」
「いつも無理を言って悪いな。やり方はお前に任せるが、定時連絡用の通信機械は持って行け。……その間、こっちはこっちで犯人を探す。頼むぞ」
 カトリーヌは微笑んで、
「はい。……団長もあまり無理をしすぎないようにしてくださいよ」
というと立ち上がる。ノートンは苦笑しながら、
「そりゃあ、無理だな。……だから、早く戻ってきてくれ」
「ふふふ。……では」
とカトリーヌは一礼して、部屋から出て行った。それを右手を挙げて見送ったノートンは、深くソファに座り、しばし考えこんでいる。その口から、
「魔族か、何事もなけりゃいいが……」
とつぶやきが漏れたころ、
 コンコン。
 突然、部屋がノックされた。
「どうぞ」
 ノートンが声をかけると、ラウム大司教が中に入ってきた。それを見たノートンが慌ててソファから立ち上がって迎え入れた。
「これは大司教殿。このようなむさ苦しいところへ。……なにかありましたか?」
 ラウムは手を上げて、
「ちょっとおジャマするぞい」
と言いながら、ソファへ座る。その対面にノートンが座ったのを見て、
「実は、わしの部下が気になる人物を見つけてな。それで知らせに来たわけじゃ」
 その情報に、ノートンの目が真剣さを帯びる。
「気になる人物ですか?」
「そうじゃ、……真紅の髪を持つ女性じゃ」
「真紅の髪!」
 おどろくノートンを見て、大司教はニヤリと笑った。その時、大司教の目が一瞬だけ濃い紫色に光った。その目を見たノートンの目から光が失われ、ただ呆然と大司教の顔を見ている。大司教はゆっくりと、
「魔王復活の星見も出たことじゃし、その女性を捕らえるべきじゃろ? 真紅の髪の娘じゃ。犯人にちょうどいいじゃろう」
 その声に、ノートンは何かに魅入られたようにうなづいた。
「真紅の髪の娘……。つかまえる……」
とつぶやきながらノートンが立ち上がる。
 大司教は愉悦に笑っている。
「そうじゃ。魔王の娘じゃ、のがしてはならぬ」
「魔王……」
 ぶつぶつとつぶやく団長を前に、大司教は大きく指を鳴らす。乾いた音が執務室に響く。
 ノートンは、急に意識を取り戻したように、
「……はっ? 俺は、いま何を?」
と目を開いた。大司教は立ち上がり、
「さ、団長殿。逃げられる前に、早くいこうぞ」
と声をかけると、ノートンは力強くうなづいて、
「そ、そうでしたな。では騎士団を招集してきますので、先に失礼します」
と、一礼をすると急いで部屋を飛び出していった。
 後に残された大司教は、含み笑いをしながら団長の後を追いかけていった。

――――その頃、ジュンたちは街のレストランで食事をしていた。

 俺は両手を頭の後ろに組んで、
「それにしても。やっぱり魔道機械って高いな」
と言うと、ノルンが、
「くすっ。魔道具ならそこまででもないけれどね。さすがに機械になるとね……。っていうか、ジュンの欲しいってものはオモチャじゃない」
とあきれている。
「ノルン。そういうなよ。だってさ、あんな精密なギミックで、魔力を通せば動くなんてロマンじゃないか」
「それでからくり人形? ……そういえば何とかって言っていたわね。ええっと合体ロボとか、ロケットパンチとか」
 そこへヘレンが苦笑しながら、
「ふふふ、わからないではないわよ。……孤児院の男の子レベルだけど。まあ、私もあの魔道銃っていったっけ。あれはちょっと興味があったなぁ」
というと、ノルンは「子供と同レベルだよね」とうなづいている。
 そこへサクラが、
「マスター。私もあの人形が欲しかったです。おもしろそー!」
と言うと、シエラもうなづいて、
「あ、私も。面白いかなぁって」
と言ってくれた。俺は思わず腕で目をおおって、
「うううっ。俺の味方はサクラとシエラだけだ」
と泣き真似をすると、ノルンがはいはいといいながら、
「あんまりやると、ウザくなるわよ。そこまでにしたら?」
とグラスにビールをついでくれた。
 顔を上げて、「悪かったよ」と苦笑しながら、ビールを片手に乾杯した。
 ヘレンは聞かなかったふりをしながら、テーブルにあるナッツに手を伸ばした。
「それにしても、この街の食事も美味しいわね。このままここにいると太っちゃいそう」
 ヘレンがそういって腰回りを気にすると、ノルンもビクッとして、おそるおそる自分のお腹に手を当てる。
 俺はそれを見ながら、
 「ははは。ヘレン。心配しすぎだって。昨夜だって綺麗だったぞ。むしろ胸のサイズが……、へぐっ」
 俺がそういうと、ヘレンはギョッとして真っ赤になって、俺の頭を叩く。
 「こ、こんなとこで何言ってるの! は、恥ずかしいじゃない!」
 「わ、悪い。……ただなぁ、ヘレンにしろノルンにしろ、みんなもだけど、別に前より太ったってことはないから、安心しなよ」
と、慌ててフォローするが、みんなが冷めた目で俺を見ていた。
 ため息をついたノルンがほおづえをついて、上目遣いで、
 「ジュンったら。そういうのは部屋で二人きりの時にいってほしいな」
といえば、サクラとシエラが赤くなりながら、もじもじしはじめた
 「マスター。今晩は、私も確認して下さいね」「……いいなあ。サクラちゃん。私は明日かぁ」
 「あはははは」
 俺は思わず笑ってごまかした。そんな俺たちを周りの男たちが、嫉妬と羨望の眼差しで見ていた。

 そのまま、お昼ごはんを食べていると、急に店の外が騒がしくなる。
 「なんだ?なにかあったのか?」
 そうつぶやいて、店の入口の方を見ると、ガチャガチャと音を立てながら、十人の騎士が店に入ってきた。その中の一人は他の騎士より立派な鎧を着ている。

 ――ノートン・デニーブ――
  種族:人間族 年齢:35才
  職業:アーク機工騎士団団長  クラス:マシンナイト・マスター
  称号:守護者
  加護:
  スキル:統率、気配察知、魔力感知、危機感知、直感4、鑑定3、機操術5、剣技5
  状態:魅了

 なるほど、彼がアーク騎士団の団長か。……って、おいおい。「魅了」されてるぞ?
 スキルとしては、剣技はわかるが、「機操術」という聞き慣れないものを持っている。それにクラスが「マシンナイト・マスター」という初めて見るクラスだ。
 やはり機工王国アークならではだろうと思うが、、機工騎士団の装備は魔道甲冑になっているらしい。きっと色々とロマンあふれるギミックが仕掛けてあるのだろう。ぜひ一度、戦っているところをみてみたいものだ。
 俺はノルンにアイコンタクトを送ると、ノルンはこっそりと状態異常回復の魔法を発動させた。
 ……おや? 教会の高位の司祭らしき老人が見ているな。気づかれたか?

 ――ラウム・ロッテンハイム――
  種族:人間族 年齢:62才
  職業:トリスティア教会大司教  クラス:大司教
  スキル:神聖魔法4、鑑定4、?眼

 む。ステータスの一部を見ることができないだと?
 それに何か違和感を感じるぞ……。
 ラウム大司教の姿をじっと見ていると、不意に目が合った。その瞬間、何かに締めつけられるような悪寒が背筋に走る。
 何ものだ?

 騎士たちは、店内を見回して俺たちを見つけると、まっすぐにやって来た。
 ラウム大司教が目の前で、ヘレンに向かって、
「ふふん。お主が真紅の髪の女じゃな」
と言い放った。その隣にいる騎士たちが俺たちを囲む。
 俺は苦笑しながら、ヘレンの前に立ちはだかり、
「ははは。どなたか存じませんが冗談きついですな。彼女の髪は美しい黒ですよ。……それにいったい何ごとですか?」
と聞き返した。
 大司教が、
「これは失礼した。そなたらは異国よりの旅人じゃったか。……儂は大司教のラウムじゃ」
「大司教さまでしたから。俺はエストリアのランクC冒険者のジュンです。それで俺たちに何の用ですか?」
 そういってまわりの騎士たちをゆっくりと見回した。……騎士団長はまだボウッとしている。ほかの騎士たちも魅了下にあるようだ。
 大司教はあわれむような表情で、
「ふむ。やはりとぼけるのかの?」
と俺を見る。
 何だ? まるで俺たちが何かをしでかしたかのような言い分だ。思わず、
「もう少し我々にわかる話をしてもらえませんかね。一体何用ですか?」
 その俺の言葉に、大司教はヘレンを指さした。
「わしらの用があるのはお主ではない。今、この街に不審死が連続しておる。その下手人が真紅の髪の女である。……そこの娘。わしらとともに来てもらおうか?」
 俺の頭は真っ白になった。今、大司教はなんと言った? ヘレンが犯人だと? 昨日、この国に来たばかりだというのに?
 俺は頭を振って、
「失礼ですが、ここにいる女性はすべて私の家族です。ヘレンもしかり。俺たちは昨日、この国に来たばかりです。……誰かとお間違えじゃないですか?」
 しかし、大司教は俺の言葉を無視して、杖を掲げた。
「このように真紅の髪を隠しても、我が目はごまかせぬぞ」
と言うと、杖から光がほとばしり、ヘレンの髪にかけられた魔法が無効化されていく。
 あらわになった赤い髪を見て、同じ店内のお客さんが「し、真紅の髪だ」などとつぶやいている。
 大司教はニヤリと笑い、
「拒否するならば、お主らごと力ずくで連れていくのみよ。……魔王復活など儂が防いでみせる」
 な、なんだと! 魔王復活? そんなことにヘレンは関係ないぞ!
 みんなもイスから立ち上がり、ヘレンを守るように囲んだ。ノルンが、
「一体なにを言ってるんですか! 昨日、この国に来たといったじゃないですか! 入国管理局でも問い合わせてくださいな」
と力強く反論し、サクラとシエラはヘレンの背後を守っている。
 ようやく魅了の解けた騎士団長ノートンは、俺たちをみて、大司教に提案する。
「大司教どの。彼らのいうことも一理ありますぞ。まだ犯人と決まったわけでもないでしょう。……おい! 誰か管理局に確認に行ってくれ!」
 しかし、誰もノートンの指示を聞こうとしない。その時、大司教がノートンを一喝した。
「たわけ! あの焼け焦げた死体に魔族の呪印、星見に、予言があるじゃろが! あきらかに爆炎の魔王が蘇るに決まっておる。ならばそやつに間違いなかろう! さっさと捕らえんと、
異端に認定するぞ! さっさとせい!」
 それを聞いてノートンは怪訝な表情を見せたが、異端認定とは穏やかではない。騎士たちが身構えた。
 その時、座っていたヘレンがゆっくりと立ち上がる。
「……問答無用というわけですね。大司教さま。私もトリスティア様に仕える修道女。異端認定は認めるわけにはいきません!」
 成り行きを見ていたヘレンは、そういうとゆっくりと立ち上がった。が、俺たちは慌ててヘレンの肩を押さえて無理やり抑える。
 が、ヘレンは、静かに宣言した。
「ありがとう。ジュン。わたしは……、一人で犯人を探す!」
 そういうといきなり自分の周りに結界を張り、身体強化をして出口に突っ込んだ!
 結界にはじかれて俺たちは尻餅をついた。走り去っていくヘレンに、
「「「「ヘレン!!!」」」」
と俺たちは叫んだ。が、すでにヘレンの姿は見えなくなっていた。
「あいつめ! 俺が守ってやるっていったのに……!」
 俺は思わず握りこぶしを握りしめてつぶやき、すぐにヘレンを追いかける。
 店を出る時、背後から、大声でノートンたちに指示を出す大司教の声が聞こえた。
「何をぼうっと見ておる! さっさと探さんか!」
 それを聞いたノートンの慌てて部下に指示を出す声がする。
「お前たち! とにかく先ほどの女性を手分けして探せ!」
「ふん! とにかく見つけられなければお主らの責任じゃぞ! しっかり探すんじゃ!」

10第5章 炎の記憶と暗躍する悪魔 ―機工王国アーク編―

 立派な身なりをした四十代の男性が、目の前の遺体を前につぶやいた。
「これで二十一件目か……」
 その表情には疲れが見て取れるが、まだまだ力のある目をしている。全身には無駄な肉などついておらず、動作からネコ科の猛獣のようなしなやかさが見て取れる。
 そのそばに控えている女性が、遺体を見て口を押さえている。
「ひどい……」
 ノートンはただ黙って遺体の状況を確認する。もうこれで二十一件だ。嫌でも慣れてきてしまっていたのだろう。
「火魔法か……、それとも魔道具か……」
 そういいながら遺体の隅々まで見ていると、マリーがトトトと走り寄ってきて、
「大司教さまがきたよ」
と言うと、ノートンは、
「わかった。……カトリーヌ。もし気分が悪ければ少し離れていてもいいぞ?」
とそばのカトリーヌに声をかけた。しかし、カトリーヌと呼ばれた女性は首を横にふって、
「いいえ。大丈夫です」
「そうか」

 そこへ白いローブを着た人物がやってきた。その人物を見て、ノートンが一礼する。
「ラウム大司教殿。わざわざ、すみません」
 ラウムと呼ばれた大司教は片手を上げて、頭を下げようとするノートンとカトリーヌを止めると、
「さっそくご遺体をみせてくだされ」
といい、マリーの頭をなでてから、勝手に遺体のそばにしゃがみこんだ。
 目をつぶって黙祷を捧げた大司教は、遺体を注意深く調べはじめた。

 その背後でノートンとカトリーヌが聞き込み情報の確認をしている。

「一体、この街に何が起きているんだろうな」
「そうですね……。それと、聞き取りを行いましたが、今までと同様です。昨夜の目撃情報はありませんし、近くの家でも物音一つしなかったそうです」
「ふむ。とすると、やっぱりお前が推測したとおり、殺害現場は別なのかもしれない。……何の目的で人を殺しているのかはわからないが、早く現場を押さえねばならないな」
「はい。……それと身元ですが、どうやら新市街の住人のようで、はっきりしたことはわかっておりません」
「それも今まで通りか……」
「はい」
 ノートンとカトリーヌとの間に気まずい沈黙が続く。よく見ると二人とも目の下にクマができていた。

「……おや?」
 その時、沈黙を破ったのは大司教だった。
 思わず身を乗り出すノートンとカトリーヌ。ノートンが、
「何かありましたか?」
 それをきいた大司教は、振り向くと遺体の手の甲を指さした。
「ここのところ、もう炭になっているからよく見えないが、魔方陣のようなものが描いてあるようじゃの。あるいは呪いの印か……。魔族の使う儀式にそんなのがあったじゃろ?」
 ノートンは、大司教の指さした手の甲を注視しながら、
「ふむ? 私どもは詳しくはありませんが、確認してみましょう。……ようやく見つかった手がかりかもしれませぬ」
 「ほっほっほ。早く解決すると良いのう。……では、わしはそろそろ帰らせてもらうとするぞい」
 大司教は、これで役目は終わりだと言わんばかりの様子で、軽く遺体に祈りを捧げると、現場から去って行った。
 あとに残されたのは、ノートンたち三人。そして、野次馬たちの喧噪だ。
 「……マリー、悪いが詳しく調べてくれ」
 「はあい」
 後に残されたノートンはカトリーヌに別の指示を出した。
 先ほどまでの疲れた表情はすでにない。ようやく見つけた手がかり。必ず犯人をつかまえる。その気魄がみなぎっていた。

――――。
 一ヶ月前から連続で発生している連続殺人事件。一向に手がかりさえもつかめないこの事件に、アーク王宮でも問題が起きていた。
 首都で発生している事件に、今のところ、王宮関係者に被害者はいないが、このままで王侯貴族の安全がはかれるのか、一時的に避難させるのか。そもそも犯人は何が目的なのか。
 一切が不明のこの事件に、今、玉座に座る一人の男性は頭を痛めていた。

 いかに魔道機械の技術の発展したこの国とはいえ、さすがに殺人事件をたちどころに解決する機械はない。
 今朝も、機工騎士団団長のノートンより宮廷魔術師の要請があり、魔術師のマリーがノートンとカトリーヌに連れられて出て行ったところだ。どうか事件解決の手がかりを見つけて欲しい。この願いも、もう何度目になるだろうか。
 ともあれ調査報告を、リヒャルト・マキ・アーク五十二代国王は、じっと待っていた。

 王国民も一ヶ月の連続事件、進まない調査、何も発表できない王国に不満と不安をいだいているようだ。街には魔王復活の呪いとのうわさもあり、これまた頭の痛い状況だ。

 ここアークは、一〇〇〇年前の人魔大戦の時に対魔族の最前線であった。世界各国から多くの騎士団がやってきて、ともに馬を並べ、魔族の中の反魔王派である協調派とともに、魔王と戦い。遂には魔王を倒し、魔族の強硬派を駆逐した。強硬派の魔族は逃げ隠れるように世界各地にちらばったが、各地で討伐対象となり生き残りはいないとされる。
 協調派の魔族は東部の魔族自治区で暮らしており、王国とも友好的関係をきずいてきた。
 そうした歴史の中で、魔王復活のうわさは幾度かあった。その内実は、反王国派のゲリラだったり黒魔術フリークであったりと、魔族とは関係のないものであったが、その都度、協調派である魔族を非難ししいたげる人々も多かった。
 社会の闇では、うら若い魔族の女性を捉えて奴隷として売買する組織もあるらしい。アークでも奴隷は認可されているが、どの奴隷も借金などの理由によるものであり、無理矢理にさらってきた奴隷は非合法として認めていない。もっとも抜け穴はいくらでもあるのだが……。

「陛下。ただいまぁ」
 宮廷魔術師のマリーが入ってきた。無邪気な少女のマリーではあるが、この国最高の魔術師だ。スキップしながら入ってきたマリーは、ちょこんとスカートのはしをつまんで一礼する。
 リヒャルト国王は、
「それで、どうであった」
と声をかけると、
「大司教のラウムが右手の甲に魔術印を見つけたよ~。呪いの印みたいあから、呪いで死んじゃったんだと思う」
と、まるで家族に話をするような軽口で説明をした。国王は不快に思うわけでもないようで、
「ふむ。ようやく手がかりか。……とすると、今までの遺体にも有った可能性が有るな」
「うん。そ~だね。その可能性は高いかもね」
「それでどのような呪いだ?」
「詳しくはわかんないよ。でも魔力の残りからいって、生命力を絞り取ってどこかに送っているみたいな気がする。……うわさどおり、魔族に伝わる呪印の一つかも」
 最後の言葉を聞き、リヒャルト国王の口からはうめき声がもれ出る。その場にいた大臣も同じく難しい顔をしている。
 国王は大臣に、
「どう思う?」
とたずねると、大臣はしばらく考えていたが、重い口を開き、
「陛下。まだ一件のみで速断はできません。しかし、今現在の魔族の内部に魔王復活の動きがある可能性を考慮にいれるべきかもしれません。ノートンに命じて調査させるのがよいかと」
 大臣の返事に、国王はしばし目をつぶり考え込んでいたが、
「そうだな。ではノートンに命じて、魔族内の状況。異端分子がいないかどうか。それと自治区だけでなく、王国内で魔王復活の動きがないかどうかを調……」
 そこまで言いかけた時だった。突然、扉が開くと灰色のローブを着た老女が走り込んできた。
「失礼します。陛下! 凶兆です! 東の空にまがつ星が現れました!」
 それを聞いた国王が腰を浮かべ、
「星見はなんと解読する?」
 老女は息を整えながら、
「はっ。……今までにもたらされた予言書と照らし合わせましたところ、『グレートキャニオンの空にまがつ星が赤く輝くとき、ふたたび大いなる戦が起きる。祭壇に血が流されしとき、いにしえの魔王が復活するだろう』との予言が合致するかと思われます」
 この世界では、時たま聖女の称号を持つ者に予言がもたらされる。その予言は、基本的に各国の神殿を通じて全世界で共有され、予言書としてまとめられているのだ。今の予言も、過去にもたらされた一節だ。
 国王は老女の言葉を口の中で反すうした。
「……まあ、よい。大臣よ。できることをするべきであろう。至急、魔族の動きを探るのだ」
「はい。かしこまりました」
 国王の指示を聞いた大臣は、一礼するとすぐに部屋を出て行った。

10第5章 炎の記憶と暗躍する悪魔 ―機工王国アーク編―

 ……熱い。

 身を焦がす炎に囲まれている。
 炎の熱気に肌がちりちりと熱くなり、焦げ臭い黒煙の匂いが充満している。

 炎の向こうには、異形の鎧を着た多くの騎士の姿が見える。
 そして、その場で座り込む私の腕の中には、一人の男性の頭部があった。
 見覚えのない男性。私と同じく真紅の髪をした年若い男性。首を失った胴体は、ヒビが入って半壊した鎧を着てそばに転がっている。

 とてつもなく悲しい。そして、憎い。こんなことになった原因。こうするしかなかった自分。 この世の中のすべてが……憎い。
 私は男性を抱えながら、ただひたすらに慟哭の叫びをあげていた。

 その私の頭上から、
「お前らのようなゴミにも感情があるのか! あはははは」
あざけりの声はやがて耳障りな笑い声となって響き渡った。

 ここには苦痛しかない。悪意と炎に包まれた地獄。そのなかで私は――。

――――
 「おい! ヘレン、大丈夫か!」

 朝方、俺はうなされるヘレンを見て、すぐに揺らして起こそうとした。苦痛に耐えるような表情に全身にかいた脂汗。一体どうしたんだ?
 震えるようにヘレンの目が開いていく。ぼんやりした目が少しずつしっかりしてきて、俺の顔を見上げた。するとすぐにぎゅっと抱きついてきた。
 俺の胸に頭をすりつけるヘレンを抱きかえし、そのつややかな髪をなでる。

 「どうした? どこか具合でも悪いのか?」
 そうたずねると、胸の中のヘレンが首を横に振って俺を見上げた。
 「いいえ。大丈夫よ。……ちょっと悪夢を見ただけ」
 かすかに震えるヘレンの頬にキスを落として、俺はベッドから下りた。
 ヘレンもおずおずとベッドのシーツを身体にまいて、俺の隣に来る。俺はヘレンのシーツをそっと開いて、その美の女神のような裸体を抱きしめる。昨夜の熱が戻ってきそうになるが、ヘレンが俺の唇とついばむようにキスをすると、すっと離れ、
 「寝汗がひどいから、お風呂に行ってくるわ」
とシーツを床に落としてローブを羽織る。
 「俺も行くよ」と、俺もローブを羽織り、着替えを持ってヘレンと腕を組む。
 こうして仲良く一階の大浴場に向かった。

――――その頃、王都マキナクラフティの街角。
 制服を着た警備隊がロープを張って立ち入り禁止区域をつくり、その中でわらわらと動いている。
 そこへひときわ立派な制服を着た背の高い男性が、女性を伴って現れた。男性は栗色の短髪に濃い眉をしており、女性はふんわりとした金髪をして普段はやわらかい表情をしていることをうかがわせるが、今は厳しい表情で正面を見ている。
 男はアーク機工騎士団団長のノートン・デニーブ、女性はその副官のカトリーヌ・デュランだ。
 「たいちょー! こっちですよ!」
 そこへ気の抜けた声でローブを着た小学生くらいの女の子が声をかける。
 それを聞いたノートンが眉をしかめながら、
 「こら! マリー! もうちょっと緊張感をだな……」
と小言を言おうとするが、マリーと呼ばれた少女は、
 「そんなことより、ほらここですよぉ!」
と手を振る。
 ノートンは「……」と沈黙しながら、あきらめたように首を振って少女の所に行く。ノートンが来たのを見た少女は、足下の布にくるまれている何かのそばにしゃがんだ。
 少女は口調を変えて、
 「ガイシャはロッテンウルフ、88歳。近所のパン屋のご隠居です。ぼけていて夜中に徘徊することがあったようで……」
とどこかの刑事のようにきびきび言うと、カトリーヌがスコンッと脳天チョップをくらわせた。
 「ふつうに言いなさい! ふつうに」
 マリーは頭を抑えながら、
 「いつぅ。このおばさんは冗談もわからないなぁ」
とつぶやく。それをきいたカトリーヌのこめかみに青筋が浮かび上がり、
 「誰がおばさんですって? 私はまだ若いわ!」
 そこへノートンが、
 「カトリーヌ。よせ。……マリーも不謹慎だぞ」
と注意すると、カトリーヌはしゅんっとうな垂れたが、マリーはテヘッと舌を出すに止まった。
 気を取り直してノートンが足下の布をめくると、その舌からは全身が焼けただれ、炭と化した人の遺体が表れた。

――――
 翌朝、朝食の席でヘレンがみんなに、
 「みんなちょっといい? 前にも話したけれど、おそらくここアークで私に何かが起こると思うの。きっと厳しいものになるし、みんなにも迷惑をかけると思うわ。……本当はパーティーから離れた方がいいかもって思ってたの。だけど、お願い。みんな。私に力を貸して」
 ヘレンは、そういうと深々と頭を下げた。

 俺はみんなと目配せをして、
 「なにを当たり前のことを言ってるんだ? ってか、むしろ頼れ! みんなも、とっくにその覚悟はできてるさ」
と言って、ヘレンの肩に手を置いた。ヘレンが頭を上げる。
 「ありがとう、みんな。……これからも、よろしくね」
 そういってヘレンはにこりと微笑んだ。

 さて今日の予定は、もうちょっと魔道具の店を見て回りたいってのと、ギルドでおもしろそうなうわさや依頼が無いかのチェックといったところだ。
 さっそく朝食を終えて、昨日行っていなかった商店街へと足を伸ばすことにした。

 さて、このアーク機工王国は、魔道具開発が盛んで、ヴァルガンド世界の発展に寄与している。うわさでは自律駆動の馬車やオートマタ、マナエンジンなどの開発がされているという。
 うわさの真偽はともかく、科学技術ならぬ魔道技術の進歩した国だ。

 道行く人々があちこちのお店をのぞいているが、その身なりからして旅人や商人のようだ。
 しばらく歩いていると、ノルンが急に俺の左腕をひっぱった。
 「ね。あそこ魔道具のお店見てみたいんだけど、いい?」
 指を指した方を見ると、看板に「魔道具のタイラック」と書いてある。
 せっかく機工王国まで来たんだ。たしかに俺もこの国の魔道具を見てみたい。
 「よし。行ってみようぜ」
 ――カラン、カラン。
 ドアを開けるとベルの音が鳴り響いた。店内では20代くらいの女性店員がはたきのような導具で商品のほこりを落としていた。
 ドアベルの音に振り向いた女性店員が振り返って、
 「いらっしゃいませ。……すみません。掃除中だったもので」
というので、「いえいえ。ちょっと見させてください」と言って、みんなそれぞれバラバラになって魔道具を見させてもらうことにした。
 俺は目の前に並んでいる棒を手に取った。金属だが見た目より軽く、直径3センチメートルに長さが20センチメートルほどだ。先端が少し細くなっていて、そこに赤いガラス質の石がはめ込まれている。
 女性店員さんが、
 「それは火付けの導具ですよ。ハイブリッド式で、魔力操作ができる人ならご自分の魔力で火を点けることができますし、魔力操作ができない人には蓄魔力を利用して火をおこします。蓄魔力はおおよそ3千回分で、オリジナルの技術で自然界の魔力を自動的に取り込んで充填します。もちろん、当店で充填することもできますよ」
 ほほぉ。ハイブリッド式ねぇ。俺たちには不要だが確かにあると便利だろうね。
 「一般の製品と違うところは耐環境性と自動魔力充填機能ですね」
と店員さんはニッコリ笑い、横目でノルンやヘレンを見て、
 「まあ、お客様には魔法使いの方がいらっしゃるようなので不必要かも知れませんが……」
と言う。俺は笑いながら、
 「いや。ありがとう。……なかなか良い品だね」
と言って火付け魔道具を棚に戻し、別の品を順番に眺めることにした。
 ふと店内を見渡すと、シエラが首をかしげながら手にした商品を見ている。
 気になった俺はシエラの所に行って何を見ているのか手をのぞき込んだ。シエラが見ているのはやや平べったい卵形の石のような魔道具だ。触ってみると突起はなくて不思議とソフトなさわり心地だ。
 「何でしょうかね?」
というシエラに俺はナビゲーションで鑑定してみる。

――女性用振動機
 数種類の振動パターンが登録されており、一人寂しい夜のお供。

 あわてて途中で説明を読むのを止めて顔を見上げると、不思議そうなシエラと目が合った。
 そこへノルンがやってきて、シエラの手にある振動機を見るとニヤリと笑って、
 「あら。シエラ。それあなたには必要ないわよ。……必要なときはこっそりジュンにお願いしなさいよ」
と言う。シエラは何を言われているのかわからないようだったが、ノルンが俺を見ながらシエラの耳元でごにょごにょと説明している。
 シエラの顔が瞬時に真っ赤になって俺を見つめた。ノルンが離れぎわに、
 「ね? 私たちには不要でしょ?」
と言うと、シエラはこくこくと首を縦に振って、商品を棚に戻した。
 俺も素知らぬ風に振り返って他のメンバーのところへ行こうとすると、俺とシエラをじぃっと穴が開くように見つめている女性店員さんと目が合った。
 店員さんは、気まずさに目を伏せながら、
 「……見た目と違って、すごいのかしら?」
とぶつぶつとつぶやいている。

――――。
 ノルンのお願いでミスリル鉱石を20個ほど買って、お店を出たとき、通りの先の方に人だかりがあるのが見えた。
 サクラがワクワクした声で、
 「あの人だかりは何でしょうかね?」
といってくる。ああ。あの目は、実演販売か何かしているのを期待している目だ。
 まあ実演販売ならあり得なくはないだろうけど……。あれって進入禁止の黄色い規制テープじゃないか。日本の常識だと、あれは事故や事件現場で使われるものだ。
 そばに行ってみると、野次馬の向こうに制服を着た男たちがなにかの作業をしている。……まるで刑事ドラマのワンシーンのようだ。かすかに何か嫌な匂いがする。
 ふと気がつくと、俺の後ろでサクラが鼻を押さえていた。振り返って、
「大丈夫か?」
と顔をのぞき込むと、サクラが少し顔色悪くなっていて、
「ううぅ。この匂いはいやです。マスター」
と涙目だ。ノルンがだまって風魔法を使い、俺たちの周りの空気を換気する。
 よく見ると、野次馬の中には、青い顔をして壁により掛かっていたり、付き添いの人
に背中を撫でてもらったりしている人もいるようだ。
 嫌なら見なきゃいいだろうに。そう思いながら、野次馬の一人に聞いてみた。
「失礼。何があったんですか?」
 どうやら同業の冒険者の男性のようだ。三十代後半のひげずらで、鉄の胸当てをしている。

「うん? ああ。同業者か。別に敬語はいらんぞ? ……今朝になって変死体が発見されたんだよ。体のほとんどが炭になっていたようでな。犠牲者のほか、まわりにも被害がないらしい。火の魔法だとしたら、よっぽど強力でピンポイントでやられたんだろうって話だ」
「変死体。こんな街中で火の魔法かよ……」
「ああ。……お前さんたちは、外から来た冒険者だろ?」
「ええ。エストリアのランクCのジュンだ。昨日の船便で到着したばかりさ
「そうか。俺はここの冒険者のハインツだ。同じくランクCだ。よろしくな。それで、そういうことなら最近の事件をよく知らないだろうから、注意した方がいい。……同じような事件が、ここ一ヶ月で二十件も発生している」
 なに? 一ヶ月に二十件? おいおい。それってほぼ毎日誰かが殺されてるってことじゃないか!
 驚いている俺を見て、ハインツがだまってうなづいて、
「それと関連があるか不明だが、別に東側の街の門の外に新市街があるんだが、そこでは一ヶ月前から疫病が発生している。東門は今、通行禁止だ」
 門の外の新市街? 疫病? それってもしかしてスラム街か? いやそれよりも……、
「王国側とか警備隊では調査とかはどうなんだ?」
「ああ。調査はしているらしいが、同一犯かグループかも不明。痕跡もなく、朝になると炭化した遺体がどこかに発見されるという具合らしい。……じきに夜間外出禁止になるんじゃないかってうわさだよ」
 ということは、いまだに手がかりゼロってことだろうな。……やはり王都から避難した方が良さそうだ。俺は、情報をくれたハインツに礼を言う。
「なるほど。ありがとう。ギルドで会ったときはよろしく」
「ああ。こっちもな。……と、そうだった。事件と並行して、魔族否定派の活動が活発になっているらしいから、それも注意してくれ」
 ええっと、魔族否定派? いや、ここでは人の耳がありすぎるか……。
「すまない。感謝するよ。では」
俺は再び礼をいって、ハインツから離れた。

 変死体の連続殺人事件か……。こりゃ何かのフラグだな。裏で事件が進行しているのだろう。巻き込まれなきゃいいが……。
 そんなことを考えながら、俺たちは商店街に向かった。

――――。
 立ち去っていくジュンたちの姿を、路地裏からローブの人物が見つめていた。
 「見つけたぞ。……真紅の髪の娘よ」
 そうつぶやいたローブの男の口元は、ニヤリと歪んでいた。

10第5章 炎の記憶と暗躍する悪魔 ―機工王国アーク編―

 街の入り口に立って、街並みを眺める。
「へぇ。これがアークの王都マキナクラフティか……」

 目の前には、三~四階ぐらいあるような背の高い建物が続いている。今までの街では二階建てまでの建物が多く、四階以上の建物にはお目にかからなかった。それを考えると、アークの建築技術が高く、なおかつ一般に普及していることがわかる。
 どの建物も、通りに面しているからか、一階部分は何らかの店舗になっており、二階以上が居住空間になっているようだ。
 道行く人々は秋の服装をしている。俺たちの正面のストリート沿いの左右に様々なお店が並んでいる。ずっと奥には噴水広場が見えるが、さっき検問の時に聞いたところ、ギルドはあの噴水広場に面してあるらしい。
 時間にして午前11時といったところだから、きっと今頃はギルドもすいているだろう。
 とりあえずギルドに入国の連絡を入れ、そこでおすすめの宿を教えてもらう予定だ。

 広場の中央の噴水は、男女十人ほどの人々の彫像が中央に鎮座している。岩場で水浴びをしている彫刻で、その上部から水が湧き出している。
 広場のあちこちにベンチや出店が出ており、人々の憩いと活気の場となっている。
 ぐるっと見回すと、この広場から四方に向かって大通りがのびている。俺たちはその西側の大通りを来たわけだが、北側の大通りは王城に続いているようで衛士の詰め所が隣接してあった。

 「王都だけあって綺麗な街ね。活気もあるし、人も多い……」
 町並みを見ていたノルンが、感想を口にする。
 「ああ。そうだな。といっても、エストリアでも王都に行ったことがないから、あんまり比較はできないが、アルと比べると都会って感じだな」
 「私は、王都エストリアにいったことあるわよ。……そうねぇ。エストリアの方はもっとコテコテした装飾のお屋敷とか多かったかしら。建築技術はこっち、美術様式は向こうといった感じかなぁ」
 ベンチに座ったヘレンが、右手で頬杖をつきながら思い出すように言った。
 「ふうん。ヘレンは行ったことあるのか……。今度、王都エストリアにも行ってみたいな」
 すると頬杖をついたまま、
 「オッケー。ジュン。案内してあげるわよ」
と流し目で俺を見た。
 そのとき、ぐぎゅるるぅと音がした。振り返ってみると、シエラが少し赤くなりながら、もじもじとしていた。
 「ジュンさん。早く宿に行きませんか?……そのう。おなか空いちゃって」
 そのとなりのサクラも、
 「え、えっと。マスター。私もおなか空きました」
と空腹を訴える。……たしかに、そろそろお昼か。
 えへへと可愛らしくサクラは舌を出した。

 さっそくギルドに寄ってから、おすすめの宿に向かう。
 「ええっと東側の大通りを真っ直ぐ行って……」
とつぶやきながら歩くと、ヘレンが、
 「右側よ。ストラトフォードとかいう名前っていっていたわ」
 ふむふむ。ストラトフォード、ストラトフォードとつぶやきながら歩いて行くと、まわりの建物より一つ大きな建物が見えてきた。そこの看板には「ストラトフォード」と書いてある。
 オレンジ色の石作りの建物で、ところどころに黒く塗った木材が組んであり、玄関そばには大きなサボテンのプランターが置いてある。ちょっとモダンなイメージの外観だ。
 ギルド情報では食事自慢のお宿だそうで、しかもうれしいことにお風呂完備らしい。
 さっそくドアを開けて中に入る。

 カランカランっ。
 「あ、いらっしゃい」

 おっ。ここの娘さんも綺麗だな。歳の頃は十七、八だろうか。黒髪のおさげで白いシャツに黒いシンプルなエプロンをしている。
 「どうも。部屋は開いてるかな?」
 「あ、はい。大丈夫ですよ」
 「じゃあ取り敢えず一週間頼むよ」
 先に一週間分の支払いを済ませ、鍵を受け取る。
 「はい。……丁度いただきました。お部屋は三階ですね。お風呂は、そちらの扉の奥に行きますと男女に分かれています。掃除の時間以外はいつでも入れますので、ご利用ください」
 「ありがとう。……えっと、もう部屋は入って大丈夫かな?」
 「大丈夫ですよ」

 娘さんに断って先に部屋に行く。今日は俺とヘレンが同室の順番だ。夕方に集合時間を決めてそれまで自由としたが、みんなお風呂に行きたいという。
 昨日も神船テーテュースで入ったはずだが、お風呂はいくら入ってもいいようだ。まあ俺もここの大浴場に興味があるけどね。
 さっそく着替えを持って大浴場に向かう。
 入り口の前でヘレンがニヤリと笑いながら、
 「ジュン。残念ね。混浴だったら良いのに」
と言うので、
 「ははは。でもまあ。いつもみんなと一緒に入っているからさ。今日くらいは一人で入るさ」
と言って、一人で男風呂の方に入っていった。

 ドアを開け中に入ると、フルール村の露天風呂を思い出すほどの広い大浴場だった。
 湯船に近づいてそばに置いてある手桶で湯をくみ、身体にかけて汗とほこりを流す。
 そっと足から湯船に入り、肩までつかる。少し冷えてきた季節だから、ちょと熱めのお湯が心地よい。
 「ふぅぅ」
と息をはいて天井を見あげた。
 魔道具のオレンジ色のやわらかい光りが浴室を照らしている。この時間はお客が一人もいない。
 ふふふ。アルの街にある俺たちのホームにしろ、神船テーテュースにしろ、この前にお風呂に一人でゆっくり入れたのはいつごろだろう?
 久しぶりの開放感に気分もゆったりとしながら目を閉じた。湯気に包まれ、お湯が注ぎ込む水音に耳を澄ませる。
 「ああ……、癒やされ、る?」
 台詞の途中で一瞬だけ、妙な感覚がしたが気のせいだろうか。うん? さっきまで浴室には俺一人だったはずだが、いつのまにか複数の人の気配がする。
 ゆっくりと目を開けると、
 「のわー! なんで女風呂に!」
 思わず叫んで湯船の中で立ち上がる。目の前にはニコニコと俺を見ているチームのみんながいた。
 ノルンが素知らぬ風におほほほと笑っている。
 ヘレンがニヤリと笑い、
 「さすがはソウルリンクね。結ばれた相手ならいつでも転移魔法で呼び出せるのね」
 ノルンがえっへんと胸を張り、
 「すごいでしょ!」
 俺はフリーズした頭で会話を聞き流し、はっと気づいてノルンの頭にチョップを落とした。
 「なにしてんだよ!」
 「いた!」
 「おいおい。誰か来る前に戻してくれよ!」
と必死にノルンに取りすがると、ノルンが笑って、
 「転移は無理よ。基点が無いから。……でも大丈夫。誰か来たら幻影魔法で女の子にしちゃうから!」
 「そういう問題じゃない! あ、あほかー!」
 俺はあわててタオルで股間を隠しながら、女風呂から飛び出て見つからないように男風呂ににげこんだ。

――――
 夕方になり、少し早めに食堂に向かう。
 「では、お好きな席へどうぞ」
 娘さんに言われて選んだのは窓際のテーブルだ。
 窓の向こうには夕方になり斜陽に染まる街と家路をいく人々がみえる。
 すぐに娘さんが注文を聞きにやってきた。
 「とりあえず人数分のビールとおつまみを先に。それからは、お任せで人数分たのむわ」
 ノルンが娘さんにいくらかのお金と一緒に頼んだ。娘さんが、
 「あ、そっか。エストリアから来たばっかりでしたっけ? ……よし。では私が適当に見つくろいましょう」
と自信満々の笑みで厨房に入っていった。「お父さーん」
 すぐに娘さんは人数分のビールを持ってくる。
 「はい。ビール。それとこれはウインナーとチーズの盛り合わせ。そして、ヒヨコ豆のトマト煮と揚げた豆の盛り合わせになります」
 「ありがとう」
 ビールをまわしてみんなの手に渡ったところで乾杯する。
 ビールに口をつけて驚いたが、今まで店で飲んだビールは、たいていが冷えていなくてぬるいビールだったが、ここで出されたビールはキンキンに冷えている。泡もクリーミで東京で飲んだビールとそん色がないぞ。
 早速、ウインナーにフォークをさして一口かじると、ぷりっとした食感と共に肉汁が口の中に広がった。チョリソーみたいに辛いけれど、それがまたビールに合う。
 ヘレンが目を細めて、
 「くぅ。この冷えたビールが旨い!」
と言う。シエラが揚げた豆をポリポリと食べながら、
 「ビールを冷やす魔道具とかあるのかな?」
とつぶやくと、娘さんがニッコリ笑って、
 「ええ! だからうちのビールは人気なんですよ! それにそっちの豆も魔道具で揚げてあるんです」
 ほお。フライヤーみたいのかな? 調理具としての魔道具が普及しているところをみると、さすがは機工王国といったところだろう。
 しばらくすると他の冒険者たちも入ってきて、だんだんと食堂の中が混雑してきた。この宿では新顔の俺たちだが、それなりに旅人も多いようで特に絡まれることもなかったが、なぜか男性からは嫉妬のこもった視線を、女性からは哀れみの目でみられている気がする。
 厨房から背の高いおやじさんが、
 「おう。お待ち!」
と言って、牛肉のステーキ、豚のあぶり焼き、パエリア、牛テールのスープの皿を並べた。
 「今日は大皿で取り分けて食べれるように、あらかじめステーキは切ってある。まあ楽しくやってくれ」
 おやじさんはそう言うと、俺の方を見て親指を立て、
 「すっげえ美人ばっかだな! ……うちは防音もばっちりだから安心してくれ!」
と言って、がははと笑いながら厨房に戻っていった。
 みんながヘレンをじっと見ていると、ヘレンは照れて赤くなった。
 「な、なによ。一週間いるんだから、みんなだって順番でしょ?」
と言うと、みんなも苦笑いを浮かべた。
 豚のあぶり焼きこそ塩と胡椒のシンプルな味付けだが、ぱりぱりの皮が香ばしく。とてもおいしい。ステーキはハーブをきかせた独特のソースがかけられており、魚介の旨みのしみたパエリアに、ほろほろととろけるようなテールスープ。ギルドおすすめの食事自慢のお宿の評判通りだ。
 「うまー!」
とサクラが声を上げると、シエラも肉をほおばりながら、
 「本当だね! サクラちゃん」
ともりもり食べていた。
 大満足の夕食を終えて、俺たちはそれぞれの部屋に戻った。

――――
 戻り際にノルンから、
 「やっぱりヘレンが不安に思っているみたいだから、よろしくね」
と酒瓶を渡された。ノルンは今晩中に、ヘレンのための幻影の魔法陣を刻んだ腕輪を作るそうだ。

 部屋に戻り、さっそく窓際にイスを置いて、ヘレンと並んで外の景色をながめる。
 秋の澄んだ夜空に星がきらめき、眼下では街のあちこちに魔道具の明かりがほのかに光っている。その様子だけを見れば、まるで東京の電信柱の街灯のようだ。
 通りはちょうど飲み屋や宿屋の並んでいるらしく、夜は冷えてきたというのにもかかわらず、あちこちで酔っ払いが肩を組んでフラフラと歩いている。
 ノルンが渡してくれたお酒はちょっと甘口のワインだった。
 「なあ、ヘレン」
 「うん? どうしたの?」
 窓の外を見ていたヘレンが俺を見る。その目を見ながら、
 「……無理しなくていいんだぞ」
というと、ヘレンは、ぱちくりと瞬きをしてそっと息を吐くと、
 「お見通しか……。うん。ありがと。そのさ。何かが起きるのを待つしかないってのがちょっとね」
と俺に身体を寄せてきた。俺はそっとその肩に手を置いて、正面からヘレンの顔をのぞき込み、
 「俺がお前を守る。それにノルンたちもお前の味方だ。みんなでお前をささえるさ」
と言うと、照れたように微笑んで抱きついてくると、
 「ジュン。私を抱きしめて。……私を守って」
と耳元でささやいた。

10第5章 炎の記憶と暗躍する悪魔 ―機工王国アーク編―

 「……次の目的地は、アークだったな?」
 男性の問いかける声が聞こえる。

 そこは不思議な空間だった。あたかも夢の中のような、明るいとも白いともつかない空間。どちらが上で下か、右か左か、方角さえも広いのか狭いのかもわからない。
 今、その空間に一人の若い女性がたたずんでいる。
 女性は、中空を見上げながら笑顔で問いかけに答えた。
 「ええ。シン様。その通りでございますわ」
 問いかける声は面白そうに、
 「その様子だと、気づかれずに上手くいったようだな」
 女性は首をかしげながら、
 「ふふふ。それはどうでしょうかねぇ。案外、ノルンは私の正体に気がついているかもしれないですよ?」
 男性の声は感心したように、
 「ほう。なかなかの目をしているというわけか」
 「だって、あの子は一緒に生活してましたからねぇ」
 どことなくほのぼととした雰囲気がただよっている。
 しかし次の男性の言葉で、急に剣呑な雰囲気に変わった。
 「……それはそうと、いよいよ始まるぞ。お前も心しておいた方がいい」
 女性もそれを聞いて、真剣な表情になる。
 「はい。……では、また御指示があれば遠慮なく申しつけ下さい」
 女性はその場で深く頭を下げた。
 「うむ。それではまずは――――」

――――。

「ふひぃ~。やっと着いた」

 ネコマタの美少女サクラが、ぐったりとした様子でタラップを歩いている。
 白く輝く美しい船と港をつなぐタラップには、主人公のジュン、薄紫がかった白銀の美しい髪を持つ美女ノルン、真紅の髪をして大きな胸を修道服に隠したグラマー美人のヘレン、同じくダイナマイトボディをドラゴンメイルで包み大楯を背中に抱えた竜人族の美女シエラが続いて歩いている。
 もう一人の仲間、人魚族のセレンは、今は海竜王リヴァイアサンの指示で故国ミルラウスへ戻っている。
 季節はもう天秤の月10月から白蝎の月11月になろうとしている。この季節特有の高い空にうっすらと筋雲が出ている。
 全員がタラップを降りたところでノルンが手をかかげると、船はみるみるうちに小さくなり、そのままノルンの手元で姿が消えた。アイテムボックスに収納したのだ。
 不思議な光景に周りの人々は目を丸くしているが、それに気がつかないかのように一行は港湾事務所に向かう。

――――。
 俺が、
「結構な長旅になったな」
と言うと、あきれたようにヘレンが、
「ジュン。あなたが今回は転移魔方陣を使わないでのんびりクルーズしようって言ったのよ?」
 俺は苦笑しながら、
「でもよ。その分、いちゃいちゃできただろ?」
というと、ヘレンが少し赤くなりながら、
「それはそうだけど。……私、今日はお肉が食べたいわ。よろしく」
とそっぽを向いた。
 そこへサクラが後ろから飛びついてきて、
「マスター! 私もです! ってか、ここの名物って何ですかね?」
と元気に言うと、シエラが形の良いあごに指を当てて、
「う~ん。ルーネシアでの情報だと、牛肉とかでもシンプルな味付けの料理が多いって話でしたね」
 そうそう。確かにステーキでも塩、胡椒にガーリックくらいだとか。これが本拠地にしているエストリアだと手の込んだソースがかかったりする。

 港に面した赤レンガ倉庫を見ながら通りすぎて、3階建ての港湾事務所に入港と入国手続きのために入る。入港入国カウンターに行くと、茶色のボブカットをして眼鏡をした女性が、
 「入港と入国の手続きですね?」
 「はい」
 「ではどうぞ」
 女性の前のイスに座り、俺たちの船、神船テーテュースの入港手続きを行う。
 「え? 船は停泊しない?」
 驚いた女性の顔を見ながら、俺の横にいるノルンが、
 「ええ。ミルラウスの最新鋭の船です。自在にサイズを変えられるから自分たちで持参しますわ」
 女性は下がった眼鏡をもとの位置に直す。
 「ミルラウス船籍ですか……。それならありうるのでしょうね」と言いつつ、眼鏡の奥の目がキランッと輝く。
 「自在にサイズを変えられるとは! いい一体どういう技術なのでしょうか? 素晴らしい! 是非、その船を拝見させてもらえませんか?」
 女性の鼻息が荒い。ノルンに目配せをしてアイテムボックスから出してもらう。
 それを見た女性のテンションが異常なほど上がっている。
 「おおお! こ、これが……。すごい! これならマジックバックに入りますね。ほおおぉ。……ぜ、是非、この技術を知りたい!」
 両の拳をぎゅっと握りしめる女性だったが、その視線がふっと後ろのヘレンに行くと怪訝な顔をした。
 「そちらの女性は染めてられるのですか?」
 興奮状態がまるでリセットして何も無かったかのように冷静な女性におののきつつも、ヘレンが、
 「え? 私の髪? ええっと地毛ですけど……」
 すると女性が険しい顔をする。
 「地毛? ……失礼ですけど人間族ですよね? ギルドカードを確認しても?」
 「ええ。いいわよ。はい」
 ヘレンがギルドカードを女性に渡すと女性がしげしげとカードを眺めた。不安になった俺が、
 「ヘレンに何かあるのですか?」
と尋ねると、女性はカードをヘレンに返しながら、
 「いえ。……確かに人間族ですね。珍しいこともあるものです」
と言い、言葉を潜めて、
 「失礼ですが、この国に滞在されている間、ヘレンさんはローブで髪を隠していただいた方がいいでしょう。ヘレンさんがどうというわけではなく、その真紅の髪はこの国では忌むべきものとされています。いらぬ事件に巻き込まれる可能性が高いですよ」
と説明してくれた。
 ノルンが、
 「それって理由をおうかがいしても?」
と言うと、女性は、
 「一〇〇〇年前の人魔大戦でかの魔族の王は燃えるような真紅の髪をしていたと伝えられています。そもそも赤い髪は魔族以外ではありえませんし、今の魔族の方々も他の種族との混血が続いて赤い髪の子が生まれることは100年に一度あるかどうかというところです」
 なるほど。たしかにこっちの世界に来たときに、紫とか銀色、水色などの髪は見かけたが赤い髪は見たことがない。ファンタジー世界なのに珍しいなぁと思っていたが……。
 気がついてみると、この港湾事務所の中の職員たちがヘレンを見ていた。ヘレンが気まずそうに髪を隠した。
 「忠告、感謝するわ」
 ヘレンが女性に礼を言うと、女性がにこっと笑って、
 「いえいえ。では手続きは終わりましたので、よいご旅行を」
と俺たちを見送ってくれた。
 俺たちは礼をいって出口に向かうが、外に出る前にノルンがヘレンに、
 「ヘレン。ちょっとまって。ずっとそれじゃ大変だからさ」
と言って、ヘレンの頭の上に手を当てて、
 「ミラージュ」
とつぶやいた。
 「さ、これで大丈夫よ。外に行きましょう」
 ノルンはそう言ってドアを開けた。
 俺はそっとヘレンの顔をのぞき込んだら、ヘレンの髪の色がきれいな黒い髪になっていた。
 「おおぅ! これは新鮮だな」
とつぶやく。ヘレンが、
 「え? なに?」
 俺はそっと「髪が黒くなってる」とささやくと、ヘレンは納得したように、
 「さっすがはノルンね」
と言ってノルンに続いて外に出て行った。

 港湾事務所を出て、さっそくヘレンがローブのフードを下ろす。みんなそれを見て驚くが、サクラが、
 「わっ! ……ヘレンさんじゃないみたいですね。なんだかマスターのお姉さんみたい」
と言うと、ヘレンはふっと笑って、俺にいたずらっぽい表情で、
 「あら。それもいいわね。……確か今晩は私の番だったわよね。そういう設定にする?」
と笑いかけた。
 俺は微妙にひきつりながら、
 「いらんっつうの」
と言うが、ヘレンは機嫌良さそうに鼻歌を歌い出した。