14第八章 忍び寄る北の闇夜 ―ウルクンツル帝国編

 人気のない廃城となったコランダ大公城の大広間。

 その中央に祭壇が作られて、邪神の卵が鎮座している。

 祭壇の周りには、転移して戻ってきたモルドをはじめとする天災たちが並んでいた。

 西の方から漂ってくる瘴気が霞のように流れてきて、邪神の卵に吸い込まれていく。

 ドクン、ドクンと脈打つように内部が光る卵。

 やがて、ピシッと音がして殻にヒビが入った。

 それを見て一斉に平伏する天災たち。

 モルドが顔を上げて、喜色満面の笑みを浮かべて、

 「御誕生。おめでとうございます。我ら一同、謹んでお慶び申し上げます」

と言上し、

 「主にふさわしい館を用意いたしましたので、さっそくそちらへ参りましょう」

と言うとゆっくりと立ち上がった。

 卵の欠片がぽろりと落ちて、中から小さな触手が出てきた。

 天災たちは立ち上がり、モルドが進み出て卵をいとおしそうに抱える。

 背後に闇が渦を巻き、一つの門を作った。

 モルドは、先頭に立ってその門をくぐっていった。

 全員がくぐり抜けると、その門は空気にとけこむように消えていく。

 誰もいなくなった大広間だったが、柱にヒビが入り、突然天井が崩落していく。

 この日、コランダ大公城は完全に崩壊して瓦礫となった。

――――。

 砦の戦いが終わって一週間が経った。

 ウルクンツル帝国皇帝城の大広間。

 皇太子夫妻をはじめ多くの貴族が列席するなかで、コランダ大公の遺児セオドアと騎士団長のメリアが跪いている。

 二人の前に立っている皇帝が厳かに、

 「セオドアよ。そなたを公爵位に叙するとともに旧大公領を授ける。コランダの家名を継ぐが良い。

 コランダ騎士団長メリアよ。大公の遺児セオドアを守り通したそなたの功績に、伯爵位を授ける。セオドアを補佐し復興に尽力せよ」

 「「はっ。謹んでお請けいたします」」

 「それから、この度の戦乱で多くの人命が失われた。多くの入植者を募る必要もあろうし、ほとんど開拓するのと同じ労力が必要と予想される。そこで帝国として東部復興の支援を行うこととした。コランダ公爵領だけでなく東部の諸貴族家にも行うが、臨時に復興大臣を置く。宰相に兼任を命じたので後は宰相の指示にしたがうがよい」

 セオドア少年は皇帝陛下を見上げ、

 「はっ。ありがとうございます。必ずや復興を成し遂げます」

と緊張しながらも言上する。

 皇帝陛下はうなづくと、授爵証をそばにいた宰相より受け取り、それを二人に下付した。

 授爵の式典が終わった後の会食の途中で、セオドアとメリアは庭に面したバルコニーに出ていた。

 寒気が忍び寄り花など咲いてはいないが、所々に設置されたランプに木々が照らされている。

 セオドアが、

 「メリア。本当にありがとう」

と礼を言うと、メリアは沈んだ顔で、

 「いいえ。私は大公夫妻を守ることができませんでした。……多くの領民や騎士達を死なせてしまった」

 セオドアはメリアの手をぎゅっと握り、

 「メリアは僕を守ってくれた。あの悪魔の軍勢から……」

 「……セオドア様」

 「死んでしまったみんなに自慢できる領地にしよう。それが僕たちにできることだと思う」

 メリアは微笑んで、

 「いつの間にか。すっかり大人になられましたね」

 するとセオドアは少し恥ずかしそうに、

 「もう逃げないって決めたから。……メリア。これからも僕を支えて欲しい」

と言うと、メリアはうなづいた。

 そこへ夜空からちらちらと雪が舞い降りた。

 見上げる二人の上に、そして、すべての世界の穢れを浄化するかのように。

――――時間はさかのぼる。

 あの戦闘の後、すぐにトウマさんとイトさんが合流してきて、面倒に巻き込まれる前に俺たちは帝都まで転移した。

 さすがはイトさん。魔方陣を使わずとも、これだけの長距離転移ができるとはね。

 そう感心していると、ノルンが俺の耳元で、

 「今ので私も覚えたから」

とぼそっとつぶやいた。

 俺に「武神の卵」があるように、ノルンも目に見た魔法をすぐに覚えることができるのだ。

 ……あいかわらず頼もしいことで。

 転移先は帝都で俺たちが借りている家だった。

 中には明かりが点っているから、金色乙女たちが戻ってきているのだろう。

 「お二人もどうぞ」

と俺は言いながら、家の扉を開けた。

 「お、帰ってきたね」

 俺たちを出迎えてくれたのはシンさんだった。その向こうに金色乙女の四人に、炎扇のマオの姿も見える。

 「ただいま帰りました。シンさん」

 俺はようやくノルンたちをシンさんに紹介することができたのだった。

――――。

 「さてとジュンくんの婚約者にも会えたことだし、もう遅いから失礼するよ」

と言いながら、シンさんが立ち上がった。

 イトさんがシンさんのコートを持って来た。

 どうやらシンさんは、あれから諸国漫遊の旅に出ていると言っていた。次に会えるのはいつになるのかわからないが、俺は、

 「シンさん。俺たちはアルの街に拠点がありますので、是非よって下さい。歓迎しますよ」

と言って、シンさんと握手をした。

 シンさんは、にこりと笑い、

 「うん、是非今度よらせてもらおう。……そういえば、君たちは帰国した後はどうするんだい?」

と聞いてくる。

 みんなが聞き耳を立てているが、シンさんの耳元で、

 「そろそろ結婚の準備をしようかと思って。……手始めにミルラウスに行ってセレンの親に許可をもらおうかって」

と小声で言うと、シンさんは「なるほど」とうなづいた。

 俺の肩に手をぽんと置き、

 「いざその時は、必ずアルに行くよ」

とシンさんがウインクした。

 シンさんたちを見送った後、みんなを振り返ると、ノルンたちはうっすらと頬を染めながら、妙に近づいてくる。

 ノルンが腕を絡め、

 「ふふふ~。……なるほどねぇ」

と意味ありげに笑う。

 「聞こえてたか? まあ、そういうことでどうだ?」

とみんなに尋ねると、みんなは嬉しそうにうなづいた。

 その笑顔の向こうでは、遠巻きに金色乙女の四人が赤くなりながらゴニョゴニョとおしゃべりをしている。

 そして、ニヤニヤと俺たちを見ていたサクラの姉のマオさんが、寄ってくると、

 「じゃあ、私もみんなに報告しておくわ。……ね、義弟おとうとくん!」

と俺の顔を見上げた。

 サクラがうれしそうに、「お姉ちゃん」とマオと連れだって離れていった。

 食事の準備をノルンにお願いし、にわかに騒がしくなった室内。

 ふと窓の外を見ると気温が下がってきたこともあり、ガラスに映り込んだ自分の顔の向こうに、ちらほらと雪が降り始めていた。

 振り返って幸せそうにテーブルの準備をするみんなを見て、俺は微笑んだ。

 次の目的地はミルラウス。そして、みんなと式を挙げよう。

14第八章 忍び寄る北の闇夜 ―ウルクンツル帝国編

 ノルンが施した光の鎖の束縛をフンバは力任せに引きちぎる。

 そこへサクラと女騎士メリアに守られながら、セオドア少年が走ってくる。

 目の前で立ち上がったフンバの巨体に、セオドア少年が恐怖ですくんでしまった。

 「大丈夫だ。その宝剣ならできる! 俺たちも手伝う!」

と大声でセオドア少年に語りかけながら、俺は再びテラブレイドを抜いた。

 火炎舞闘を解除し、別の戦闘モード:氷華舞闘に切り替える。

 清廉な魔力が冷気となって俺の周りに漂う。

 「行くぞ! 凍てつく世界クライオクラズム

 無造作にテラブレイドを振るうと、その剣先から極寒の冷気が放たれて、地面を、森の木々を、そして、空気中の水分すらも凍てつかせる。美しい氷の華が大地や森に咲いていった。

 フンバの足から氷が伸びていき、腰から下までを完全に凍らせる。

 高速機動と立体機動スキルで、瞬時にフンバの頭上に飛び上がり、フンバを見下ろした。

 フンバは俺を見上げて、棍棒で殴りかかろうとする。

 しかし、下半身が動かずに満足に力など入らない。俺は左手一本で巨大な棍棒を受け止めた。

 右手で持ったテラブレイドを頭上に掲げて魔力を込める。

 手を離すとテラブレイドがクルクルと回転しながら、俺の魔力や冷気、自然界の魔力を吸収していった。

 ……そう。この剣も大地の化身たる地竜王ガイアの剣なのだ。

 「フンバよ。これで終わりにしよう!」

 俺はカッと目を見開き、回転しているテラブレイドを右手でガシッと握ると、そのままフンバの頭頂に振り下ろした。

 しかし、フンバは本能でわずかに首をかしげ、俺の剣は奴の首元から巨体を切り裂いていく。

 あたかも雷が大樹を真っ二つに切り裂くように、フンバを切り裂き、奴の頭は巨大な左腕と共に崩れ落ちていった。

 ズズズズゥゥゥン。

 ちょうどセオドア少年たちの目の前に崩れ落ちたフンバの頭だったが、今度は冷気に邪魔されて少しだけ復活に時間がかかっている。

 とはいえ、地面の氷が次々に溶けていき、残った奴の体からも湯気が出ている。

 俺はセオドア少年に、

 「早くとどめを!」

と叫んだ。

 セオドア少年はうなづいて、宝剣を抜いた。

 しかし、フンバの巨大な頭部を前に足が震えている。

 力が失われたフンバの一つ目がギョロッと動いた。

 ……やばいぞ。急げ! と思ったとき、メリアがセオドア少年と宝剣を握り、

 「セオドア様。大公閣下の仇です。一緒にとどめを!」

と叫ぶと、少年の震えが止まった。

 「うん! メリア、一緒に!」

と二人で剣を握ると、まっすぐにフンバに向かって突進していった。

 わずかにフンバの口が開き、そこから毒気が漏れた。

 毒のブレスを吐くつもりか!

 それを見た瞬間に俺はフンバの側頭部にテラブレイドを突き立て、奥の手の一つスキル時空戦闘を発動した。

 「完全なる停止世界フリーズ・ワールド!」

 フンバの動きがぴたっと止まる。

 俺の任意の対象の時間を止めるこのスキルは、封印術式を解除しない時では最強のスキルだ。

 ただ、膨大な魔力を使用するため、ノルンのように「マナ無限」を持っていない俺には使いどころが難しい。

 「「やあああぁぁぁぁ!」」

 フンバの時間を止めたとほぼ同時に、メリアとセオドア少年の持つ宝剣が、その一つ目に突き立てられた。

 その瞬間、「完全なる停止世界」を解除すると、フンバの目が強烈な光を放った。

 「うわあぁぁ」「きゃあ……」

 メリアとセオドア少年はその閃光に巻き込まれたが、即座にノルンが小距離転移魔法を発動して近くに引き寄せた。

 フンバの全身が振動しはじめ、端っこから少しずつ黒い塵のように崩れていく。

 やがて目玉も含めてフンバだった塵は一つに集まり、不気味にうごめいていたが、やがて渦を巻きながら地面の奥底に吸い込まれるように消えていく。

 すべての黒い塵が消え去ったその中央には、コランダ大公家伝来の破邪の宝剣が地面に突き刺さっていた。

 「……終わったな」

とつぶやきながらノルンのところに戻ると、ノルンが「まだよ。あれ」と言って、剣聖ザルバックと闘っている悪魔ブライトンの方を指さした。

――――。

 「ケヒャア」

 ブライトン侯爵だった悪魔は、傷を再生する度に人間性を失っていった。

 今も、地面に四つん這いになって獣のように剣聖ザルバックに突進して、すれ違いざまに斬られたところだ。

 セオドア少年とメリアをノルンとサクラに任せ、一足先に駆けつけた俺だったが、どうやらここの戦いももうすぐ決着が付きそうだ。

 フンバが倒れ、そのほかの魔物も漆黒の騎士たちもほぼ倒されて、残るはこの一匹の悪魔だけだ。

 フェンリル騎士団や、砦の防衛戦に参加していた冒険者たちが遠巻きにザルバックと悪魔の戦いを見ている。

 もはや手助けは無用と判断したのだろう。……いや、それより戦いながらも獰猛な嗤いを見せる剣聖ザルバックの邪魔などできないか。

 再生しつづける悪魔を相手に楽しそうに戦う剣聖。さすが剣聖と呼ばれるだけあって、次々に強力な剣技を放ち続けている。

 お陰で俺の方もすごいことに……。

――ピコーン。

 スキル「聖剣技」をマスターしました。

 スキル「暗黒剣技」をマスターしました。

 スキル「剣の極意」をマスターしました。

     ・

     ・

     ・

 「破邪聖光剣」を覚えました。

 「雷光突き」を覚えました。

 「エレメント・ソード」を覚えました。

 「カラミティ・ブレイク」を覚えました。

 「雷神剣」を覚えました。

 「音速剣」を覚えました。

 「水鏡の構え」を覚えました。

 ――――を覚えました。

     ・

     ・

     ・

 武闘大会の時もそうだが、「武神の卵」の称号のお陰で、剣聖の使う剣技を次々に覚えていく。

 あっ。俺の称号に「剣聖」が増えてる。

 一方で、悪魔の方は少しずつ再生のスピードが緩やかになっているようだ。

 俺の瘴気視によれば、この戦場で発生した瘴気を取り込んで再生していたようだが、ほぼ戦闘が終わり、発生した瘴気も帝国東部へと流れ込んでいっているため、この場の瘴気が薄くなってきているのだ。

 再生が遅くなっていることにはザルバックも気がついているようで、一端距離を取ると、

 「ふん。どうやらそろそろお前も終わりみたいだな」

とつぶやいた。

 悪魔ブライトンはすでに人間性を失っているようで、「グシャアア!」と獣のような咆吼をあげている。

 ザルバックは、手にした愛剣に魔力を注ぎ込み始めた。その魔力の量からトドメをさすつもりなのだろう。

 とその時、悪魔の後ろに一人の女性が転移してきた。

 「あいつは、モルド!」

 思わず叫んでしまったが、その女性は狡猾の天災モルドだった。

 モルドは、背後から悪魔の首根っこをつかんで持ち上げる。まるで金縛りに遭ったかのように、悪魔はブルブルと震えながらも動くことができないでいた。

 剣聖ザルバックはモルドを睨んで、

 「なんだ貴様は!」

と怒気を発した。

 とはいえ、邪魔をされたことを怒るよりも、あらたな不審人物の登場に警戒をしているようだ。

 空中に浮かんでいるモルドは、悪魔を捕まえながらも俺たちを見下ろしてニヤニヤと笑っている。

 「ふふふ。私は狡猾の天災モルド。そうね。この事件の黒幕ってところかしら? そろそろお祭りも終わりのようだから、わざわざ来てあげたのよ」

 ザルバックは剣に魔力をため込んだままで下段に構え、

 「なら俺が終わらせてやるから、そいつを放しな」

と言うと、モルドが首を横に振った。

 「それには及ばないわよ。……悪魔などという居もしない存在を神と崇めた哀れな男ですもの。こういう踊らされた男を惨めったらしく殺すのって、私の趣味なのよ」

とモルドが言いながら、その華奢な全身から普通の人の目にも見えるくらい濃密な瘴気を立ち上らせた。

 悪魔の足下から黒い炎が現れ、メラメラと燃え上がりながら悪魔を灰にしていく。

 最後に残った頭部をボールのように手のひらでぽんぽんと弄びながら、

 「さてと、そろそろ私たちの神が誕生するころだから、失礼するわね」

と言って、最後の頭部も燃やし尽くして両手の埃を打ち払った。

 そこへザルバックが、

 「よくわからんが、貴様を捕まえて吐かせればよかろう!」

とモルドに切りかかった。

 封印術式を解除しない状態の俺に迫るようなスピードだったが、ザルバックの剣が届くその直前でモルドはスッと姿を消した。

 「はははは。……せいぜい、我らが邪神様がこの世界を破壊するまで、元気に足掻きなさいな。楽しませてもらうわ!」

 虚空にモルドの笑い声が響き渡った。

 すとっと降り立った剣聖ザルバックは、振り返ってしばし無言でモルドのいた空を見上げた。

 そして、

 「はあはっはっはっ! あれが天災か! おもしろい。次は必ず切り捨ててやろう!」

と大笑いをした。

14第八章 忍び寄る北の闇夜 ―ウルクンツル帝国編

 戦場のどさくさに紛れて俺たちは防壁から下の地面に飛び降りた。

 セオドア少年はシエラに抱えてもらったわけだが、その表情は引きつっている。

 砦に攻め込んできている魔物も数が減っており、あとは悪魔となったブライトン侯爵とフンバをどうにかすれば鎮圧となるだろう。

 森の中をセオドア少年を守りながら走る。

 襲ってくる魔物や漆黒の騎士をすれ違いざまに切り捨てながら、ふと気がつくと、死体から濃密な瘴気が上空へと立ち上っているのが見えた。

 その事実に気がついた時、どうしようもない悪寒に背筋が凍える。

 ……早くフンバとあの悪魔を倒した方がいい。

 無性にそんな気にさせる虫の知らせのようなものを感じた。

 フェンリル騎士団の騎士と魔物が乱戦を繰り返している中を、俺たちはすり抜けるように走る。

 やがて目の前にフンバの巨体が近づいてきたが、あれ? さっきまでフンバの足止めをしていたはずのトウマさんの気配がない。

 ……あっ。いつの間にか砦の方に戻っているようだ。

 きっと砦の方が危険な状態だったのだろう。

 視線の先で悪魔と戦っている騎士の姿が見える。

 「破邪聖光剣!」

 騎士が大剣を振ると、悪魔の足下から巨大な魔法の剣がせり出して悪魔を貫いた。

 その痛みに悪魔がもだえながら、騎士に飛びかかった。

 長くのびた爪を大剣で受け止める。

 思いのほか強いなって思ったら、フェンリル騎士団の団長だった。それも剣聖の称号持ち。

 ……あっちは心配ないな。

 「先に行く!」

 俺はそう叫んで、早速、テラブレイドを片手に立体機動スキルを使用し、フンバに突撃した。

――――。

 「あぶない!」

 その声と共に、メリアは誰かに突進されて倒れ込んだ。

 フンバの棍棒が倒れ込んだ二人のすれすれの所を通り抜けていった。

 メリアが見下ろすと、抱きついているのはセオドアだった。

 「せ、セオドア様! なぜここに!」

と言いながら、すぐに立ち上がりセオドアを背中に守る。

 「お逃げ下さいと申し上げたはずです!」

と振り返らずに叫ぶと、セオドアも負けずに、

 「僕はもう逃げない! 決めたんだ!」

と叫び返した。

 そこへセオドアとともにやってきたヘレンが、

 「そこまでにしなさい! ここは戦場よ!」

と注意を促す。

 漆黒の騎士が手にした槍で突きを放つが、シエラが神竜の盾で受け流す。

 メリアが体勢の崩れた執行の騎士の首を刎ると、鎧から瘴気があふれて、漆黒の騎士は塵になって崩れていった。

 「そうだったな。すまない! ……殿下。私のそばから離れないで下さい」

 ヘレンが炎のムチを振り回しながら、右手を頭上に掲げ、

 「ドラゴンフレイム」

 その右手から炎が吹き出して、一匹の燃えさかるドラゴンとなり、周りの漆黒の騎士や悪魔ブライトンに襲いかかった。

 サクラの分身が神力を帯びたクナイを次々に投げ、また別の分身が両手の四神の忍者刀を構えて青竜牙突ドラゴンランスで複数の敵を同時に屠る。

 セレンやカレンも協力し合いながら戦っているところを見て、周りの漆黒の騎士と戦っているフェンリル騎士の紅騎士ミスカや白騎士オルランドがその強さに驚いていた。

 一方で、剣聖ザルバックはただ一人で悪魔ブライトンと戦い続け、圧倒し続けている。

 その戦いは剣聖の名に恥じない凄まじい技を次々に繰り出しているが、その都度ブライトンは体を瞬時に回復させ、ツメや魔法でザルバックに襲いかかっていた。

――――。

 「昇り竜!」

 俺は愛剣テラブレイドに魔力をためて、下段から切り上げるとともに魔力を解放する。

 解放した魔力が竜巻となってフンバを包んだ。

 「グフオオォォォ」

 フンバが苦悶の声をあげているが、そこへノルンの業火旋風の魔法が加わり、フンバの体を焼き尽くして炭にしていった。

 竜巻が収まった後には、全身が黒焦げになったフンバが呆然と立っていて、肩がボロンと崩れ、両腕がドシンと落ちた。

 しかし、足下に魔方陣らしきものが光るとフンバの体の中から新たな皮膚ができて、表面の焦げた皮膚がぼろぼろ崩れ、両肩から新しい腕がニョキッと生える。

 フンバは棍棒を拾うと、お返しとばかりに俺めがけて振り下ろしてきた。

 圧倒的な大質量の棍棒を俺はテラブレイドで無造作に振り払う。

 弾かれた棍棒は明後日の地面を叩き、フンバの体勢が崩れる。

 「滅破連城!」

 テラブレイドで、フンバの胸元に螺旋回転しながら突撃する。

 魔力が俺の全身を覆い、巨大な弾丸となってフンバの胸を切り裂き、突き抜けた。

 そして、フンバの背中に出たところで、その首に大剣スキル「大切断」をぶち込んだ。

 ズパンッと小気味のいい音がして、フンバの首がボロンと落ちたが、再び奴の足下が光ると、ビデオを巻き戻すように落ちた頭が浮かんで首に繋がっていく。

 「ちぃ! 面倒な奴だ!」

と毒づきながらノルンの隣に戻る。

 ノルンは長らく集中していたようで、俺が隣に来ると同時に、カッと目を開いた。

 「魔力封印マジック・シール!」

 結界魔法で大地の地脈とフンバのリンクを断ち切ろうというのだろう。

 不思議なことに奴の回復は大地の地脈を利用しているのみで、瘴気を取り込むようなことは一切していない。

 ……つまり、フンバは天災や瘴気の魔物ではなく、別系統の魔物。自然発生の恐るべき魔物ということだ。

 おそらく封印を解かれたときに、ブライトンらの命令を聞くように細工を施したのだと思う。

 とはいえ、敵のランクとしては、かつてのエビル・トレントと同じかそれ以上だろう。

 「……これもダメね」

とノルンがつぶやいた。どうやら魔力封印の魔法でもフンバと大地のリンクを断つことはできなかったようだ。

 「まったく面倒な奴だ!」

と俺は言いながらテラブレイドを納剣し、今度は戦闘モード「火炎舞闘」と起動する。

 全身にまとわせた魔力が魔法の火となり、俺の四肢やテラブレイドにまとわりつく。

 「はああぁぁ!」

 フンバの周りを立体機動で飛び回りながら、手足の炎を魔力とともにフンバに打ち込む。

 その都度、フンバの体内を俺の炎が焼き尽くし、俺の魔力が奴の体内で暴れる。

 フンバが口から紫色の血を吐き、膝を突いた。

 奴の背中から飛び上がり、クルクルと回転しながら、やつの巨大な頭にかかと落としを決めた。

 「グ! グフウゥゥ」

と言いながら奴は前のめりに倒れ、更にそのまま地面に埋め込まれていく。

 そのまま、練った魔力を正拳突きとともに奴の頭に叩きつけた。

 「炎虎発勁!」

 かつてサクラとその父との戦いで見た技。

 地面にめり込んだ奴の目や鼻、口、耳の穴から炎が吹き出た。

 すばやくノルンの隣にもどり、フンバを見るが、案の定、地面が光ると見る見るうちに傷が治っていく。

 「ああ。こりゃダメだ」

と言いながら、「どうする封印術式を解除するか?」とノルンに相談した。

 ノルンは光の鎖で起き上がろうとするフンバを縛り付けて妨害しながら、

 「今更だけど、あれって目立つのよねぇ。……この国で目をつけられたら面倒になりそうな気がするわよ?」

 そうなんだが、このままだと千日手になりそうだが……。

 思い悩む俺の背中の向こうから、鋭い光がフンバを貫いた。

 「ゴアアアァァ」

と痛そうにフンバがうめく。

 「なんだ?」と振り向くと、俺の視線の先には漆黒の騎士に向かって宝剣を抜いたセオドア少年の姿が見えた。

 宝剣から放たれた光は漆黒の騎士を貫き、さら真っすぐにフンバを貫いていた。

 それを見たノルンが、

 「あれよ。あの宝剣こそがフンバを倒すことができるのよ」

と言う。

 俺はうなづいて、サクラに念話を送る。

 (フンバを倒すのにセオドア様とあの宝剣が必要だ)

 (了解です! マスター! 連れて行きます)

 これでフンバを倒す準備は整った。

 さあ、終わりにしよう。この瘴気まみれの祭りを。

14第八章 忍び寄る北の闇夜 ―ウルクンツル帝国編

 フンバの巨大な棍棒が砦の防壁を切り裂いていった。

 「うわあぁぁ」と騎士達が石とともに落とされていく。

 フンバが再び棍棒を振り上げた。

 そこへ防壁上へ転移したイトの雷球魔法が襲いかかった。

 よたよたと後退したフンバだったが、その間にも崩れた防壁の隙間から魔物が砦に侵入していき、内部で騎士達と激しい攻防を繰り広げている。

 転移におどろいたザルバックだったが、すぐに、

 「土魔法で防壁を補強しろ!」

と叫ぶ。

 魔法使いが何人か防壁上を走って行った。

 トウマが剣聖ザルバックに、

 「フンバの足止めは俺たちに任せろ」

と告げると、無造作に防壁から身を躍らせた。

 イトが慌てて、「ちょっと! 先に行かないでよ! もう!」と叫びながら、防壁をフンバのいる方向へ走り出した。

 ザルバックはそれを見て、「あいつら何者だ?」とつぶやくが、すぐに気を取り直して、すぐに周りの騎士に次々に指示を出し始めた。

――――。

 その頃、砦の一室で女騎士メリアが装備を確認していた。

 隣では大公の子息セオドアがすがるようにメリアを見ている。

 「……どうしてもいっちゃうの?」

 装備の確認を終えたメリアは、セオドアの前にひざまづいた。

 「申しわけありません。ですが、ここで奴らを引き留めます。……セオドア様は、すぐにここから帝都に向かってお逃げ下さい」

 「メリア。……やだよ。僕は君と一緒じゃないと嫌だ!」

 メリアは立ち上がって、セオドアを抱きしめた。

 「先ほど砦の防壁が崩されたそうです。このままではこの砦も落とされてしまうでしょう」

 セオドアの頭を両手で挟んだメリアは、その額にそっと口づけすると、

 「私の願いは、セオドア様。貴方様を守り抜くこと。コランダの血を絶やしてはなりません。……フンバを倒すことができるのは、貴方様に流れるコランダの血と、その宝剣だけなのです」

 メリアはそっとセオドアから離れ、扉の前に行く。振り返らずに、

 「どうかご無事で!」

と言うと、部屋の外へ出て行った。

 セオドアは「メリア……」とつぶやくきながら俯いた。

 外からは騎士たちの「急げ!」という声が聞こえてくる。地響きで天上から埃が落ちてきた。

 セオドアはしばらくそのままじっとしていたが、やがて、きっと顔を上げた。

 いつの間にか流れていた涙をきゅっと拭く。

 そばに立てかけてある宝剣を見つめると、宝剣が一瞬だけキラッと輝いた。

 「僕も、僕ももう逃げない! 破魔の宝剣ルミナスよ。先祖の英霊よ。僕に、僕に勇気と力を!」

 その瞳には決意に満ちて、力がみなぎっていた。

――――。

 一瞬の浮遊感の後、俺たちは見知らぬ砦の通路に飛び出した。

 「ここは?」とつぶやくと、ノルンが「おそらく東部の砦ね」と答える。

 まさか帝都からここまで、何の魔方陣も使わずに転移するとは……。シンさんも並外れた魔法使いのようだ。

 不意に脳裏にシンさんの言葉が響いた。

 「あー、あー。テステス。聞こえるかな? ……うん。大丈夫みたいだね。では、ジュンくん。指示を与えよう。――少年を導きフンバを打ち破れ。以上だ」

 少年? フンバ? 一体何のことだろう? それにこの言い方はまるで――。

 「予言みたいね」

とまるで俺の考えを読んだようにノルンがつぶやいた。

 シエラが「う~ん」と言いながら何かを考えこんでいる。

 俺はみんなに、

 「みんなはフンバってのは聞いたことがあるか? 思い当たるような少年とか?」

と聞いたが、シエラ以外が全員首を横に振る。

 「シエラは?」とたずねると、ようやくシエラは思い出したように、

 「そうだ。思い出しました! ほら、ノルンさん。フルール村に二人で行った時に……」

とノルンに話かける。ノルンは「えっ?」と怪訝そうな顔になるが、シエラはかまわずに、

 「宿で吟遊詩人が歌っていたじゃないですか。北の国でフンバと戦うコランダという旅人の話を」

 「え、え? っとそういえば……」

 俺は横から、

 「コランダ? それって攻め滅ぼされた大公の家がコランダじゃなかったか?」

と口を挟んだ。みんながハッとして俺を見る。

 ……そういうことか。

 俺は口を開いて思いついたことを言う。

 「もしかして、そのコランダ大公の子供がいて、その少年を助けてともにフンバを倒せってことか」

 その時、後ろから、

 「僕がその大公の子供です」

と若い少年の声が聞こえた。

 振り向くとそこには10才くらいの男児が、立派な剣を腰に下げて立っていた。

 少年は不安そうな表情を隠しながら、「お願いです! メリアを――」と話しかけてきた。

 セオドア少年は、自身を守ってくれた女騎士メリアを助け、さらに親の仇であるブライトン侯爵、今は悪魔大公を名乗っている、を倒したいという。

 俺たちはできるだけ協力することを約束し、砦の中に入り込んだフォレスト・コングや漆黒のシャドウ・ウルフを切り捨てながら、防壁の上へと急いだ。

 階段を駆け上り通路から外に出ると、防壁の上で空や地上の魔物に魔法や弓矢を放つ騎士たちがいた。

 強大な気配を感知して、そちらへむかって走ると、次々に魔物に向かって魔法を放っている女性の姿が見えた。

 「イトさんだ!」

 その背中の向こうに、驚くほど巨大な緑色の一つ目のトロールみたいな魔物の姿が見える。

 ――もしかしてあれがフンバか?

 よく見ると、フンバの周りに幾度も閃光が走り、その度にフンバが傷つきよろめいている。

 イトさんのところに駆け寄ると、まだまだ余裕のあるイトさんが、

 「ようやく到着ね。……フンバは今、トウマが足止めしてるわ」

と言って、先ほどの巨人を指さした。

 ふむ。かなりのスピードで周りの空間を飛び交いながら、フンバに攻撃。

 しかし、自己再生スキルだろうか? 瞬時にフンバの傷が治っていく。

 これは対策を立てなければ千日手になりそうだ。

――フンバ――

 世界の瘴気から生まれた怪人。大地の力を吸い取って自己再生する。基本的に森から出てこない。

 かつて破邪の宝剣ルミナスによって首を落とされ、そのまま封印されていた。

 大地の力を吸収……か。

 思案しているとセオドア少年が、

 「あっ。メリアがいた!」

と叫んだ。その指さす方を見ると、馬に乗って他の騎士と一緒に戦っている女性がいた。

 かなりの腕前のようで、一緒にいる赤と白の鎧の騎士は、おそらくフェンリルナイツの紅騎士ミスカと白騎士オルランドだろう。

 見ていると、メリアが突然何かに気がついたようで、その声に他の騎士達も同じ方向を見た。

 「何だ?」

 彼女たちが見ている先には二人の屈強な漆黒の騎士に守られた壮年の男がいた。

 セオドア少年がその男を見て、わなわなと震えながら「ブライトン侯爵」とつぶやく。

 おいおい。まさか首謀者がこんな戦場に?

 騎士達が隊列を整えて、悪魔大公ブライトンに向かって突撃をかけていく。

 それを見たセオドアが「メリア!」と叫ぶ。

 おそらくあっちは大丈夫だろう。しかし……。

 砦の近くにいたフンバが、急にきびすを返して離れていく。その行く先はブライトンとメリアたちが戦っている。

 やはり、ブライトンを助けに向かうか。

 俺はそう思いながら、

 「サクラ。セオドア様を頼む。俺たちはフンバを押さえる」

と告げて、防壁から飛び降りた。

 ノルンたちもつづいて降りてくるのを感知しつつ、フンバの元に走る。

――――。

 「悪魔大公ブライトン! この逆賊め! 覚悟せよ!」

 メリアはそう叫びつつ、前に立ちふさがる漆黒の騎士を打ち倒した。

 隣では、ひときわ大きな漆黒の騎士二人と、紅騎士と白騎士が打ち合っている。

 その間を通り抜け、メリアはブライトンに切りかかった。

 しかし、ブライトンはメリアが目の前に来てもおびえる様子はない。

 メリアの素早い斬撃がブライトンに迫った。

 「くっ?」

 その斬撃をブライトンは軽々と片手で受け止めた。

 鋭い剣の刃を素手でつかみ取るブライトン。それを見てメリアは、

 「なんだと?」

と驚くが、即座に反対の手でナイフを投擲した。

 そのナイフは避ける動作も見せぬブライトンの顔に突き刺さった。

 しかし、ブライトンはまるで痛みなど無いように、平然とナイフを抜き去る。

 そこへ紅騎士と白騎士も駆けつけた。

 三人の騎士を前に、ブライトンは笑い出した。

 「ククク……」

 突然その背中からメキャッと音を立てて、黒いコウモリのような翼が広がる。

 額から二本の黒い角が伸びてきて、瞳が赤く染まる。

 肌は黒くなり、爪は伸びていき、まさに悪魔そのものの姿に変化した。

 ぼう然とその姿を見ていたメリアは、変化している隙に自らの剣を引き抜いて距離を取った。

 紅騎士ミスカが、

 「人をやめたか! ブライトン!」

と弾劾すると、悪魔となったブライトンは口から火球を吐き出した。

 慌ててメリアたちは散開する。

 火球が当たったところから盛大な火柱が立ち上った。

 ブライトンが翼をはためかせて、静かに空に浮かんだ。上から騎士たちに向かって次々に火球を飛ばしている。

 思わずミスカが「くそったれめ!」と悪態をついた。

 高笑いしながら火球を放ち続けるブライトンだったが、突然、何かに貫かれたように吹き飛んで墜落していく。

 そこへ走り込んでいくのは騎乗した剣聖ザルバックだった。

 ザルバックは馬から飛び降りて、問答無用にブライトンに切りかかった。

 ブライトンは爪を伸ばしてザルバックの剣を受け止める。

 「ただ人ごときが、デーモン様の使徒の私に楯突くのか」

 「抜かせ! 悪魔退治は剣聖の役目だ」

 つばぜり合いをしたままで口から火球を吐いたブライトンだったが、ザルバックは後ろに飛びすさりながらその火球を切り捨てた。

 目にもとまらぬスピードで下段からブライトンを切り上げ、そのまま、次々に切りかかる。

 ブライトンは爪でその斬撃を受け止めるが、衝撃波は防げずに次第に体に傷が増えていく。

 一端距離を取ったザルバックは大剣を肩に載せ、

 「そんなもんか? デーモン様の加護ってのは?」

と言い放つ。

 ブライトンはニヤリと笑い、

 「デーモン様は、私を生まれ変わらせてくれた。ほかにもほら……」

と右手を挙げると、フンバがザルバックに棍棒を叩きつけようとしていた。

 ザルバックは大剣でその棍棒を受け流す。

 「……なるほど」

とフンバを見上げた。

 その頃、防壁の上ではイトとトウマが並んで戦場を眺めていた。

 「ちょっと適当すぎじゃない?」

とイトがトウマに言う。その口は不満げに尖っているが、それもそうだろう。何せフンバと戦っていたトウマが、突然中断して防壁に戻ってきたのだから。

 トウマが苦笑しながら、

 「いや、本命のジュンたちが来たからさ。足止めも必要も無いだろ?」

 「それはそうだけどさ」

 「……まだ俺たちの正体を明かすわけにはいかないし、有名になるわけにもいかないだろ。あとはジュンたちがあれを倒すのを確認して帰ろうぜ」

とトウマが気楽に言うと、イトはまだ不満げだったが、

 「しょうがないわね」

と納得した。

 トウマが指を指す。

 「ほら、始まるぜ」

14第八章 忍び寄る北の闇夜 ―ウルクンツル帝国編

 すっかり暗くなった道を、銀翼の人たちと一緒に聖女様の馬車を囲んで教会に向かっている。

 あれだけの戦いが終わった後、しかも天災の奴らと対面して邪神の存在を知った俺たちの周りには暗い空気が漂っていた。

 特に目の前で父の仇と再会しつつもまともな戦闘すらできなかったシエラは、普段のほんわか女子のような雰囲気とは異なり鬼気迫った表情をしている。

 普段の俺たちとは違う様子に、銀翼も金色乙女も気がついていて、わざと明るくおしゃべりをしてくれている。

 心配しているのはわかる。わかるんだが……。これから考えるべき事が多すぎるな。

 シエラを心配そうに見ていたノルンが、俺と目を合わせてうなづいた。

 (ジュン。シエラは任せたわ)

 ま、そうなるよな。

 (わかった。他のみんなはノルンに頼む)

 (了解よ)

 短く念話を交わしたところで、ちょうど教会に到着した。

 闘技場の騒ぎを聞きつけたであろう大司教様たちが、教会の前で聖女様の帰還を待ち受けていたようだ。

 俺たちの姿を見て、ほっと安心した表情をする大司教様たち。

 馬車から聖女様が出てくると、口々に「よくぞご無事で!」と話しかけている。

 聖女様はにこやかにうなづいてから、俺たちに、

 「みんな、今日はここに泊まりなさい」

と勧めた。

 銀翼と金色乙女はすぐにうなづいたが、俺は迷っていた。できれば、あの借家に戻り、仲間だけで話し合いをしたい。

 そこへ男性の声がかかった。

 「お疲れのところ悪いけど、ジュンくんたちを借りたいんだが?」

 振り返るとそこにいたのは久しく見なかったシンさんだった。

 「「「シンさん!」」」

 俺とヘレンとサクラの声が重なる。……あれ? おかしいな。トウマさんとイトさんの姿が見えないぞ?

 シンさんはにっこり笑って手を振りながら近づいてきて、

 「やあやあ。久しぶりだね。活躍しているみたいでよかったよ」

と右手を差し出してきた。その手を握りかえし、丁度良いとばかりに、ノルンたちを紹介しようと振り向いた。

 しかしシンさんが俺の肩をつかんで止める。

 「悪いけど、それは後で。……すぐに東部の砦へ行ってもらうよ」

 その表情は、珍しくどこか焦っているようにも見えた。

 シンさんが少し離れ、腕にひっかけていたステッキで地面を軽く叩いた。

 すると俺たちの足下に金色の魔方陣が現れ、光り始めた。

 光の向こうのシンさんが、

 「向こうでトウマとイトの指示を受けてくれ。……じゃあ、頼んだよ!」

と言うと、魔方陣の光が強くなり、俺は体がふわっと浮き上がるのを感じた。

 ジュンたちが転移した後。魔方陣の光が消えると、ステラポラリスのメンバーのみが姿を消していた。

 聖女様がぼう然とした表情でシンさんを見つめている。

 「あ、あなた様は……?」

 シンは聖女様に微笑むと再びステッキで地面を叩き、自らもどこかへと転移していった。

――――。

 帝国東部の砦では、漆黒の騎士と魔物の混成軍とフェンリル・ブレイブナイツが激しい戦闘を繰り広げていた。

 正面の街道からは漆黒の騎士達、森の中や上空からは魔物が押し寄せ、特に巨人たちの攻撃で崩されつつある防壁もある。そういうところは土魔法使いが必死に修理を加えているが、崩壊するのも時間の問題だろう。

 防壁の上から空が暗くなるほど大量の矢が放たれ、森や街道に降り注いでいく。さらに魔法の火線が空に走り、上空を飛んでいる鳥の魔物を打ち抜く。

 防壁のわずかな凹凸を利用して猿の魔物が防壁を上り、上から弓矢や熱した油の攻撃を受けている。巨大なトンボの魔物の背中にゴブリンシャーマンらしき魔物が乗っていて、空から砦に向かって魔法を放っている。

 その魔法が着弾して爆発を起こすと、それに巻き込まれた騎士が「うわあぁぁぁ」と叫びながら下に落ちていく。

 大扉が開いて、剣聖ザルバックを筆頭に騎乗した騎士達が隊列を組んで、街道にいる漆黒の騎士に突撃した。

 「ははははは!」

 獰猛な笑みを浮かべながら、ザルバックが剣を振るうと、その度に巨大な真空波となって敵を切り裂いていく。

 複数の漆黒の騎士が槍衾を作って止めようとするが、鬼神のごときザルバックの攻撃でたちまちに破られた。

 両サイドの森から、複数のフォレスト・コングが飛びかかるが、ザルバックの後ろの紅騎士クリムゾンミスカと白騎士ホワイトオルランンドがたちまちに切り捨てた。

 しかし、その突撃は、森から現れた新たな巨大な魔物によって止められた。

 その場にいるどの巨人よりも巨大な人型の魔物が現れたのだ。

 体長15メートルもある緑色をした一つ目の醜悪な魔物。封印されていた伝説の魔物フンバだ。

 唐突にフンバが吠えた。その吠え声が衝撃波となって戦場を吹き抜けた。その途端に馬たちがおびえて狂ったように騎士達を振り落とそうとする。

 ザルバックは愛馬を両足で挟んで押さえ込み、目の前に現れた巨大なフンバを見上げた。

 「ふん!」という声とともにザルバックの身体から凄まじい覇気が放たれる。

 フンバの咆吼に恐慌状態に陥っていた騎士たちだったが、ザルバックの覇気で落ち着きを取り戻す。

 しかしそうした背後の様子を確認することもなく、ザルバックが馬の上からフンバに飛びかかった。

 閃光のようなスピードでフンバの胸を大剣で切り裂き、再び地面に着地するや、腰、腹、腕と空中を蹴りながら、次々に斬りかかった。

 その都度、フンバの体から緑の血が吹き出て、太い左腕が切り落とされて地響きを立てながら地面に落ちる。一連の攻撃を終えたザルバックが愛馬の隣に着地した。

 フンバの体のあちこちから血が流れているが、地面に落ちた腕が光の粒となって立ち上り、動画を巻き戻すかのようにフンバの傷が消えていく。

 それを見た騎士たちが、

 「ば、バカな……」

とつぶやいた。

 見る見るうちに傷が癒えたフンバが棍棒を振り回し始めた。

 ザルバックが大剣を構え、

 「退却だ! 行け!」

と叫びながらも、自らの大剣でフンバの棍棒を受け流していく。フンバもザルバックに集中的に攻撃を加え、騎士たちが砦の方へ走っていくのも無視している。

 フンバが一瞬のための後に、口から毒のブレスを吐こうと口を開いた。

 しかし、その口からブレスが吐かれる直前に、どこからともなく光の塊がフンバの横っ面に突き刺さり、フンバがよろめきながらも横を向いた。

 ブレスが明後日の方向に吐き出され、森の木々が見る見るうちに枯れていく。

 光の塊の正体はトウマだった。トウマはくるくるっと宙返りしながらザルバックの隣に着地する。

 それを一瞥したザルバックはフンバの方を見ながらも、

 「冒険者か? 確か大公殿下の子息の護衛だった……」

と言うと、「トウマだ」と答える。

 フンバが再び吠えるが、次の瞬間、天空より幾つもの光が槍となってフンバに襲いかかった。

 槍に貫かれて、再び腕が地面に落ち地面に倒れ伏した。

 その魔法の余波を受け、またフンバの下敷きになって多くの魔物がつぶされる。

 ザルバックが「すごいな」とつぶやくと同時に、トウマの隣にイトが空から降り立った。

 倒れ伏したフンバの体を光が覆い、再び傷を癒やしたフンバが何事も無かったように立ち上がった。

 それを見たイトが、

 「うわぁ。めんどくさ~」

と嫌そうにつぶやいた。

 トウマも苦笑しながら、「あいつら早く来ないかな」と言いながら、自らの刀を構えた。

 立ち上がったフンバが、三人を無視して大きく飛び上がった。

 その棍棒の振り下ろされる先には砦の防壁がある。

 ザルバックが、「まずい!」と言って、残っていた自分の愛馬に駆け寄ろうとした。

 トウマは冷静に「イト。転移を」と言うと、イトが「はいはい」と返事をする。

 何の前触れもなく、ザルバックを含めた三人と一匹の姿が消えた。

14第八章 忍び寄る北の闇夜 ―ウルクンツル帝国編

 皇太子カールは、結ばれたばかりの思い人のセシリアを左腕に抱きしめながら、目の前の戦いを冷静に見ていた。

 自らの後ろで同じように騎士団に守られている貴族たちは、恐怖に震えているばかり。

 しかし、それも仕方がない。貴族でも武門の者は東部の砦へと出陣しており、ここにいるのは文官貴族ばかりだからだ。

 腕の中のセシリアはカールに寄り添いながらも、カールと同じように戦いを冷静に見ている。その目に恐怖の色はなく、むしろ戦っている騎士を心配しているようだ。

 カールが、「……セシリア」と声をかけると、セシリアが顔を上げた。

 「私たちも戦おう。私と君となら奴らに勝てる」

 「わかりましたわ。……確かに貴方と私なら誰が相手でも負ける気はありません」

 カールはセシリアにそっとキスをして腕を緩める。

 セシリアが腰に差した魔法杖を手に取り、詠唱をはじめる。

 ほのかな光が二人を覆い、カールがゆっくりと腰の宝剣を抜いた。

 「私も打って出る!」

とカールが言った瞬間、セシリアの杖の先端がまばゆく光った。

 その光が爆発するように膨張し、貴賓席を覆っていた漆黒の結界にヒビが入り、ボロボロと崩れていく。

 その光景に仮面の男があっけにとられていたが、即座に後ろにいる生気のない6人の冒険者、轟雷のなれの果てに、

 「お前たちも行け!」

と命じた。

 すると元・轟雷だった6人の体が、グニャグニャと波打ちながら膨らみ、ガーゴイルにも似た黒い翼の悪魔へと変貌していく。

 ゾディアック騎士団パイシーズ隊隊長のフランク・ブノワが、聖剣デュランダルで目の前の漆黒の騎士を切り裂いた。霞と消えていく騎士を無視して、即座に魔力をまとわせる。

 「聖剣技:聖竜旋風!」

 体の周りに聖属性の風をまとわせて正面の敵を切り捨てながら、悪魔の一匹に切りかかった。

 悪魔は瞬時に黒い槍を空中から作り出して、聖剣を受け止める。

 しかし、聖剣がまとった聖気が幾つものつむじ風となって、悪魔たちに襲いかかった。

 「ギョエエェェェェェ!」

 自分たちの瘴気が、つむじ風によって切り裂かれたところから浄化されていく。その苦しみに、悪魔たちは絶叫した。

 その間にもフランクは悪魔の間合いに入ったままで聖剣を下段に構える。

 すると床すれすれの聖剣の切っ先から、二筋の光の線が現れ、目の前の一匹の悪魔を囲む円を描く。

 「セイクリッド・フレイム」

と、フランクが言いながら剣を振り上げると、悪魔の足下の円が魔方陣となり、白銀の炎で円内の悪魔を焼き尽くした。

 仲間の悪魔が一匹消滅させられたのを見て、残る5匹の悪魔が奇声を上げながら老騎士フランクに襲いかかった。

 その鋭い爪が届くより前に、フランクの目の前で、皇太子カールの宝剣で次々に斬られていく。

 半ば体の動きがぼんやりと透けて見えるほどの高速剣術。

 魔法剣のように魔力をまとわせているわけではないが、宝剣のもともと持つ破邪の力により、あっさりと悪魔たちが斬られていった。

 その様子を見ていた仮面の男が悔しげに舌打ちをする。

 「ちっ。……こうなれば」とつぶやき、残る青白い表情の女性に「転移だ」と命じた。

 無表情にうなづいた女性が、懐から透明な宝玉を取りだしておもむろに足下に投げつけた。

 そこへセシリア王女の雷撃魔法が襲いかかったが、転移の方が一瞬早く発動した。

 「ふふふ。残念だったな」

と含み笑いを残して、仮面の男と女性は姿を消した。

 皇太子カールは忌々しげに消え去った二人を見ていたが、すぐに気を取り直し、

 「残りを殲滅せよ!」

と騎士たちに命じ、自らも近くの漆黒の騎士に切りかかった。

――――。

 救護所の奥の扉がガタンと開き、そこから銀翼の女性たちが入ってきた。

 「「聖女様!」」「「お母さん!」」

と言いながら、聖女ローレンツィーナの周りにやってきた。

 リーダーの弓士リーナが、聖女のそばのヘレンたちに礼を言う。

 「ありがとう。ヘレン。さすがは私たちの妹! 君たちもありがとう!」

 救護所では、アリーナとの出入り口でシエラとカレン、そして炎扇のマオが戦い、ヘレンとセレンが聖女の側にいながら結界や歌魔法で支援をしていた。

 世界樹装備に身を包んだカレンが六花の妖精を召喚して、木魔法の矢を雨のように降らせるなど大活躍している。マオは両手の扇子から炎を吹き出しながら、踊るように華麗に戦っている。

 シエラは黄金色のオーラをまといつつ、ドラグニルを縦横無尽に振り回して強めの魔物を次々に撃破していた。

 その戦いに目を丸くした銀翼の一同だったが、すぐにリーナの指揮で防衛線を引き、ヘレンに、

 「貴女たちは行くところがあるでしょ? ここは私たちに任せなさい!」

と言った。

 ヘレンはうなづいて「わかったわ。あ、ありがとう」というと、どこがツボに入ったのかわからないが、魔法使いのリットリオがもだえるように、

 「くうぅぅぅ。も、萌えだわ。……妹分が可愛すぎる」

と身をよじる。その頭へ聖騎士シンディがパコンとチョップを降ろした。

 それを横目に見ながら、ヘレンとセレンはアリーナへと飛び出す。

 ヘレンの全身から赤い魔力が陽炎のように立ち上る。覚醒した前世の力を解放したのだ。

 即座にその手に炎のムチが生じ、自ら生きている大蛇のように、周りの魔物に襲いかかる。

 そうして、炎の結界を作りながら、シエラとカレンと合流。カレンのテイム獣と一緒にジュンたちの戦っている方向へ、魔物の海を一直線に切り開いていった。

 アリーナの外側、観客席では、

 「がはははは。アックス・ボンバー!」

 破壊王ウースの強烈なショルダータックルが魔物の群れを塵に変える。

 「波動竜王拳!」

 流浪の拳士ベルーガの正拳突きから、闘気が竜の形となって魔物を駆逐していった。

 警護役の騎士たちや出場していた選手たち、冒険者たちが力を合わせて魔物と戦い、通路へと押し込めて行っていた。

――――。

 「ジュン! 離れて!」

 ノルンの叫びに、狡猾の天災モルドとつばぜり合いをしていた俺は、バックステップして距離を取る。

 すると、モルドの周りに5つの魔方陣が次々に現れ、そこから今まで遭遇した天災たちが姿を現した。

 そこへ丁度ヘレンたちが合流してきた。

 一列に並んで対峙する俺たちと、天災たち。

 「ぐ、グラナダぁ!」

 父の仇を見たシエラが怒りのままに突撃した。――まずい! あわててシエラの所へ俺も突っ込んでいく。

 シエラの死角から振り下ろされたゴルダンの大剣を、ちょうどシエラの目の前で受け止めた。

 「ジュンさん!」

 「シエラ! 冷静になれ!」

 そこへグラナダが闇の槍を放ってきた。

 が、俺たちの目の前でヘレンの結界がそれを防ぐ。

 突然、パンパンと手を打ち鳴らす音がして、モルドが、

 「は~い。止め止め! そろそろ時間が無くなるわ」

と告げると、ゴルダンが物足りなそうに、

 「うむぅ。……仕方ないか」

と大剣を背中に納めた。

 ノルンが、

 「ジュン。シエラ。ひとまず戻って」

と言うので、俺はシエラの手をつかんで無理矢理引き戻した。

 対峙していたモルドがフフフと含み笑いをして、

 「まあ、お楽しみは今後に取っておきましょうよ。……いずれ貴方たちの絶望と命を、我らが主、邪神様に捧げてあげる」

 俺は冷静に、

 「邪神だと?」

と問い返すと、

 「まだこの世界に召喚したばかりで卵の状態で力を蓄えてらっしゃるわ。でも……、そうね。東部での戦いが終われば孵化するぐらいの瘴気は集まるでしょうね。楽しみ!」

と無邪気に笑った。

 俺はテラブレイドを構える。ノルンたちもすぐに攻撃できるように身構えた。

 「邪神だか何だか知らないが、お前たちを倒せば終わりだろう! 行くぞ!」

と一気にモルドに切りかかる。

 しかし、テラブレイドが振り下ろされた瞬間にモルドたちは姿を消した。

 むなしく振り下ろされたテラブレイドだが、剣に乗った力がそのまま延長線上にいる魔物を消滅させ、アリーナの地面をも破壊していった。

 姿を消したモルドの笑い声が空中に響く。

 「ふふふふ。また会いましょうね! 今度は最後まで殺し合いましょう!」

 くそっ。逃げられたか!

 歯をギリッとかみしめながらも俺はすぐにシエラをなだめるべく駆け寄った。

――――。

 太陽が沈み次第に暗くなっていく中、闘技場の戦いは、次第に帝国側が優勢になり、今では闘技場の通路で最後の殲滅戦にはいったところだ。

 貴賓席の方からは皇太子やガンロック率いるフェンリル騎士団8番隊、フランク・ブノワ率いるゾディアック騎士団パイシーズ隊が通路の安全を確保しながら魔物を屠っている。

 幸いに闘技場の外の街には魔物の出没は無いが、逃げ出した多くの観客で騒然としていた。

 そんななか、人気の無い闘技場の裏口の一つ。その暗がりに仮面の男と女性が隠れていた。

 男は仮面を取り外した。その顔は金色乙女を誘拐し生け贄にしようとしていたジロンド・デストン子爵だった。

 ジロンド子爵は、焦ったように、「まだか、まだか」とつぶやいている。その隣では相変わらず無表情の女性がたたずんでいる。

 やがて、柱の影の一つから、御者だった男が現れた。その姿を見た子爵が待ちわびたように、

 「おお! 早く我らも悪魔大公様のところへ連れて行け!」

と命じた。

 その時だった。

 何の前触れもなく、御者だった男の首がぽろりと落ちた。プシューと血が吹き出て子爵の顔や服を染めていく。

 「な、なにが?」

と呆然とした様子の子爵だったが、何かに気がついたように、

 「追っ手か! どこだ!」

と叫びながら左右を見回した。

 そこへ別の柱の陰から、ロングコートを身につけた一人の男が現れた。

 お茶屋のタットだ。

 タットは、お店にいたときとは違う、表情を無くした顔で、

 「ようやく見つけたよ。エイミさん」

と無表情の女性に声をかけた。

 ジロンド子爵は、

 「誰だ貴様は!」

と女性の腕を引っ張って距離を取りながら問いただした。

 タットは両手を広げて、

 「しがないお茶屋さ。……行方不明だったその女性を探してたんだ。引き渡して貰おう」

というと、ジロンド子爵は、

 「お茶屋? 知るか! それにこいつは最早エイミだとかいう女ではない! 単なる俺の人形だ!」

 それを聞いたタットは、ちょこんと首をかしげて、

 「人形?」

と聞き返した。

 「そうだ! こんな風にな。……あいつをやれ!」

 子爵の命令を聞いたエイミは、やはり無表情で背中から大ぶりのナイフを抜いて逆手に持ち、上位冒険者もかくやと思われるスピードでタットに切りかかる。

 しかし、タットの目の前で金縛りに遭ったかのように動きを止めた。

 もしここでCTスキャナをすれば、エイミの全身にミクロン単位の針が打たれ、神経を押さえていることがわかったであろう。

 子爵はうろたえて、「貴様、何をした!」と叫ぶ。

 タットは、突然声音を変えて、

 「何をした? お前が言うのか? この子はどうやら、もう死んでいる・・・・・・・みたいで手遅れじゃないか」

と言うと、眉根を寄せて右手を振った。

 すると、操り人形の糸が切れたように、エイミがその場にドサッと倒れた。

 タットは振り返りもせずに子爵の方を向き、

 「ちなみにお前らが生け贄を捧げていたあの密室も、貴様の屋敷も、貴様の仲間もすべて、私が破壊したよ。……本当の黒幕は彼ら・・が倒してくれるだろうが、ここに残るは貴様だけだ」

と告げる。

 子爵はわなわなと震えていたが、きびすを返して走り出した。

 「お、俺はこんなところで終わりになどならん! デーモン様、万歳!」

 しかしそのセリフを叫びながら、数本の柱を通過したところで、子爵の体はふっと力が抜けてそのまま崩れ落ちた。

 タットは振り返り、

 「あ~あ、ウメさんに何て言おう……」

とのんきに言いながら、エイミに歩み寄っていった。

14第八章 忍び寄る北の闇夜 ―ウルクンツル帝国編

 アリーナに突然現れた女性が宙に浮かぶ。

 ドレス姿の美しい女性だが、その全身から瘴気を吹き出しており、一目見て普通の人間じゃないとわかる。

 ――狡猾の天災モルド――

 種族:?? 年齢:??

 称号:邪神の使徒

 加護:邪神の加護

 スキル:???????????

 「あいつは天災だ!」

 俺は叫んでアリーナに飛び出そうとしたが、思いとどまり後ろを見る。

 ……ここには聖女様や金色乙女がいる。どうする?

 しかし、俺が迷っている間にも事態はどんどん進行していく。

 モルドが右手を挙げて、

 「さあ! カーニバルの始まりよ! 出てきなさい! 邪悪なる軍隊カオス・レギオン!」

と叫んだ。

 するとその下の地面から、黒い闇が影のように広がっていく。

 まるで漆黒の沼のように、その影の中から次々に異形の人型モンスターが現れた。オークとゴブリンが合体したような、真っ黒なオーガ、そして、腐肉のこびりついたスケルトンなどだ。

 観客たちが目の前に出現した魔物の軍勢に驚いて、あわてて通路に殺到していった。

 モルドが笑いながら、

 「一人残らず、邪神様へその命を捧げなさい」

と言うと、その右手から空に向かって漆黒の光が延びていく。上空でまるでこの闘技場を覆うように紫色の膜が広がっていく。空が異界ともいえる不気味な色に染まった。

 それと同時に、観客席の通路からも魔物が現れた。

 観客席を警備する騎士たちが魔物の前に立ちはだかり、戦っているが、その後ろから逃げようとする観客が押し寄せて、思うようにいかないようだ。

 やがて、一際大きい複数の叫び声がしたかと思うと、ダムが決壊したように一部の観客席に魔物があふれ出した。

 魔物に蹂躙される観客。阿鼻叫喚の地獄絵図が描かれている。

 一方、アリーナに残った優勝者の超能力者ロックが、モルドに向かって雷撃を放つ。

 雷球がバチバチと音を立てながらモルドにせまり、モルドの体を透過して、そのままアリーナの壁にぶつかった。

 それが合図となってアリーナに充満している魔物がロックに向かって歩き始める。

 その時、「急げ!」と選手の入場口から声が聞こえて、そこからファントム騎士団と警備隊の騎士たちがアリーナに流れ込んだ。

 激しい戦いがアリーナで始まった。

 ……そういえば。

 アリーナに一歩出て貴賓席を見上げると、貴賓席自体が闇に覆われてしまっている。皇太子夫妻は無事なのか心配だが、救護所へも魔物が押し寄せてきた。

 「俺とサクラ、ノルンは出るぞ。後のみんなはここの防衛だ」

 俺の指示のとおりに、俺の右には四神の忍者刀を構えたサクラ、左には白銀のハルバードを構えたノルンが並ぶ。フェニックス・フェリシアにはアリーナ上空で状況を見てもらう。

 救護所の入り口では神竜の騎士シエラが竜闘気ドラゴニック・バトルオーラの黄金色の光を帯び、竜槍ドラグニルを構えている。

 ヘレンとセレンは聖女のそば、そして、カレンは不思議な動物園ファンタスティック・ズーから、自らのテイムする銀狼シルバ、白熊グリム、大虎ティスの三匹を呼び出した。

 まるで軍隊蟻の大群のように押し寄せる雑多な魔物の軍勢。

 相手が天災ならば遠慮は無用だ。

 「「封印解除リミットブレイク」」

 俺とノルンが自らにかけている制限を取り除き、神力を身にまとう。

 白銀の神力の衣に身を包むと、俺とのコントラクトを通じて、仙猫となったサクラにも光の衣が現れた。

 その時、観客席から救護所へ誰かが飛び込んできた。

 「マオ姉?」

 サクラが呼びかけたとおり、その女性は炎扇のマオだった。

 「なはは! 助けがいるかと思ったけど大丈夫そうね」

とマオは立ち上がりながら、サクラをしげしげと見つめる。

 たたんだ扇子を頬に当てながら、

 「ふぅん。父さんから聞いてはいたけど……、それがサクラの身につけた力なのね?」

 「えへへへ。マスターとの絆の力、かな?」

 「あ、こいつぅ。デレデレしやがってぇ!」

 状況を無視して暢気な会話をはじめた二人に、さっきまでの緊迫した空気がかき消されてしまった。

 気を取り直して、

 「悪いけど、マオさんも聖女様を守って欲しい」

とお願いすると、

 「了解! サクラがどれだけ強くなったのか、ここから見させてもらうわ」

と力強い返事をくれた。

 「……では早速、覚えた魔法を応用しようかしら」

とノルンがつぶやく。ノルンの周囲にいくつもの魔力球が出現した。

 ……あれは、銀翼のリットリオの魔法。いや、神力球といえるか。

 次々に現れる光の球は、すでに100を超えている。

 ノルンは右手を魔物の軍勢に向け、

 「バーストショット」

とつぶやいた。すると光球が一斉に魔物の軍勢に向かって飛んでいった。

 神力の魔力球は次々に魔物の体を貫通していく。貫かれた魔物がその場で煙のように消えていった。

 「……む?」

 思わず声が出たが、ノルンの攻撃でかなりの魔物を屠ったはずだが、一向に数は減る様子がない。

 サクラが、

 「あれです!」

と指を指す方を見ると、アリーナの地面を覆う黒い影から、次々に魔物が生まれていた。

 なるほど。ならば、

 「ノルン。俺とサクラが殲滅するから、浄化を頼む」

 あの影は瘴気の塊だろう。浄化をすれば生まれる魔物のペースも減るだろう。

 「モード:神装舞闘」

 両の拳に神力を纏わせ、魔物に突撃した。

 右手を振ると、半月状の光の刃となって魔物を切断していく。その後ろを走って追いかけながら、次々に拳を振るうと、まるで遠当てのように光の弾丸が飛んでいく。

 まるでかつてエビルトレントに犯された魔の森の時のように、光の弾丸の奔流が絨毯爆撃のように目の前の魔物や、それを生み出す影をも浄化していった。

 両サイドから、黒い身体のオーガが飛び出して、俺目がけて大剣を振り下ろそうとした。

 俺が反応するより早く、サクラの分身体がその後ろに現れて、さくっとオーガの首を落とし、さらに腕、上半身を輪切りにしていった。

 サクラの分身体の一つがクナイを乱れ打ちすると、それが光の尾を引いて流星となって敵を討つ。

 そして、俺とサクラが切り開いた道の後ろから、ノルンの浄化魔法が波動のように広がっていく。

 地面に広がった影にヒビが入り、まるで頑固な汚れが浮き上がるように、宙に浮かんで塵のように消えていく。

 そのまま突撃していくと、天災のモルドが楽しそうな笑顔で、俺たちを待ち受けていた。

 一気に踏み込んでモルドにテラブレイドで斬りかかる。

 しかし、その斬撃をモルドが手にした一本の扇子で防がれた。衝撃がズバンッとまわりに広がり、魔物を吹き飛ばす。

 目の前のモルドはニヤリと笑いながら、

 「さすがね……。みながいうだけのことはあるわ」

――――。

 一番最初に異変が生じた貴賓席。

 闇のように黒い結界に覆われて通路から外へ出ることもできないし、外の音すら伝わってこない。

 その場にいた護衛のフェンリル・ブレイブナイツの「棍棒メイス」ガンロック・タイタニーと、エストリア・ゾディアック騎士団のフランク・ブノワ伯爵率いる両騎士団員が、貴賓席の中央に皇太子夫妻や貴族を集め、その周りを守っている。

 やがて結界の壁を透過するように、1人の仮面を貴族らしい男、そして、その後に続く妙に青白く生気のない1人の町娘と6人の男の冒険者が現れた。

 ただ一人仮面をつけた男が、

 「さあ、お迎えに上がりましたよ。皇太子さま。皇太子妃さま。……いさぎよく我らが神、悪魔デーモン様への生け贄になっていただきましょう」

と慇懃に一礼した。

 騎士に守られている貴族の中から、「ふざけるな!」などの罵声があがるが、不思議と騎士も皇太子夫妻も冷静に周りを見ている。

 仮面の男が含み笑いをしながら、指をパチンと鳴らすと、周りの黒い結界壁から次々に漆黒の全身鎧を着た不気味な騎士が現れた。

 「ゆけ!」

と男が指示を出すと、その騎士たちがゆっくりと剣を抜いた。

 ガンロック・タイタニーが、

 「命に書けても殿下たちを守れ!」

と声をかけ、目の前の敵の騎士を手にしたポールメイスで吹っ飛ばした。

 「「応!」」

とのかけ声とともに漆黒の騎士団と両国の騎士団が戦いを始めた。

 あちこちで剣と剣がぶつかり火花を散らす。

 仮面の男の甲高い笑い声が響き渡った。

14第八章 忍び寄る北の闇夜 ―ウルクンツル帝国編

 空を覆う雲の切れ間から、朝の光が砦に射し込んでいる。

 風もなく、静寂が支配する時間。

 監視塔の騎士がじっと帝国東部へと続く街道の先を監視している。

 街道の脇に広がる針葉樹の森林には霞がかかっていて、その上空には大きな鷲が旋回しながら飛んでいる。

 ありふれた初冬の森の姿だが、どことなく張り詰めた空気が広がっていた。

 防壁の上を哨戒している騎士が互いにすれ違った。

 「異常なし」

 「異常なし」

 防壁の下、砦の内側では駐屯している騎士達のテントが広がっており、そのあちこちから朝食を作っている煙が立ち上っている。

 今、この砦には精鋭のフェンリル騎士団をはじめ、その下部にあたる帝国騎士団が駐屯しており、その総数は10万にも及ぶ大軍勢が集まっている。

 砦の一室では、早速、朝の打ち合わせが行われていた。

 剣聖ザルバックが地図を前にして両腕を組んでいる。

 その隣に座った髭もじゃの男、副団長のテオドラが、

 「で、斥候の報告は?」

と向かいに座っている若い細身の男、「ボウ」のミュートに尋ねた。

 ミュートは金色の巻き毛を掻き上げて、

 「それがね。魔獣の集団との接触、怪しげな騎士の目撃地点が、日によってまちまちなんだよね。敵の本軍というか、どういう風になっているのか分析に時間がかかっている」

 テオドラが、

 「近くの農村は?」

 「すでにほとんどが焼き払われている。助け出せた人々は砦に向かい入れてあるけどね」

 「ということは、敵の本隊はその農村か……」

しかし、ミュートが首を横に振り、

 「そうとも言えない」

と言って、地図に書かれた農村を指さして一つ一つ説明する。

 「ここは昨日は誰もいなかったけど、その前日には騎士団らしき目撃があった。……こっちはずっと焼き払われたまんま。……ここでは魔獣の巣窟になっていたけど、昨日は一匹残らずいなくなっている」

 その説明によれば、斥候が調査する度に敵がいたりいなかったりということだ。

 横で聞いていた紅騎士ミスカ・レイナードは、

 「さっぱりわからない状況。……ということは下手に進軍できないわね」

と言う。副団長のテオドラが、

 「そういうことだ。ここへの襲撃も警戒しておかないとまずいか」

 ずっと話を聞いていた団長のザルバックが、

 「面白くねえな。やるならやるで、さっさときやがれってんだ」

と吐き捨てると、ミスカは苦笑しながら、

 「でた。この戦闘狂」

とつぶやいた。

 その時、外で何かが爆発する音が響いた。

 途端にテオドラ以下の騎士団長が立ち上がる。

 誰かが走ってくる音がして、一人の騎士が飛び込んで来た。

 「森の中から火柱がたちました! 何かが暴れている様子です!」

 テオドラが、

 「第一種警戒態勢に移れ! 戦闘の準備だ」

と指示を出すと、その騎士は「はっ」と短く返事をすると部屋から飛び出していく。

 ザルバックが不敵に笑いながら、

 「くくく。ちょうどいいタイミングだ」

と立ち上がった。

 防壁に出たザルバックたちが見たのは、森のあちこちで立ち上る火柱と獣の吠える声、そして、街道を進んでくる黒づくめの騎士団だった。

 地響きが伝わってきて、ちらほらと背の高い森の木々が倒れていくのが見える。

 ミスカが、

 「あれを!」

と叫んで指を差す。

 そこには森から街道に飛び出して、この砦に向かって走ってくる4人の男女の姿があった。コランダ大公の息子セオドアの一行だ。

 一拍おいて、その4人を追いかけるように大きな狼、フォレスト・ウルフの群れが森から街道へと飛びだしてくる。

 遅れがちなセオドアの手を女騎士のメリアが必死で引っ張る。飛びかかろうとしたフォレストウルフがトウマの目に留まらぬ斬撃に切られていく。

 「あの4人をたすけろ!」

 ザルバックが鋭く指示を出すと、一人の伝令が急いで走って行った。

 防壁の上には次々に騎士たちがのぼってきて、これからの戦いの準備を始めている。

 ザルバックの真下にある砦の大扉が開き、そこから馬に乗った騎士の一団が飛びだしていく。

 その先頭は、フェンリル騎士団三銃士の一人、白騎士オルランド・ザントワースだ。

 美しい白の鎧を身につけた騎士の一団が、ハルバードを手に馬を走らせる。

 それと同時に、森の奥から身長8メートルの巨人たちが姿を現した。

 目はうつろで口から腐臭を吐き、棍棒を引きずりながら砦に向かって歩いてくる。

 それを見たザルバックが、

 「いったいどこから巨人なんて出てきやがった」

とつぶやきながら、

 「カタパルトと大弩の準備を急がせろ!」

と次々に指示を出していく。

 それを受けて、ザルバックの周りにいた隊長たちがそれぞれの持ち場に散っていく。

 するどく目の前に近づいてくる敵の軍団を見ながら、ザルバックは獰猛に嗤った。

――――。

 「お前、メリアか!」

 逃げてきた4人の近くにきた白騎士オルランドが、少年の手を引く女騎士を見て驚きの声を上げる。

 メリアは、

 「オルランド! よかった。セオドア様を!」

と言い、少年をオルランドの前に出した。

 4人がそれぞれ騎士の後ろに乗る。それを確認したオルランドが馬を砦に向けて走らせる。

 後ろに続く部下の後ろにいるメリアに、

 「あとで状況を聞かせろ!」

と叫ぶと、メリアはうなづいた。

 救出に出た騎士たちが砦の大扉をくぐると、すぐに大扉が閉まっていき、さらにその前に巨大な鉄格子の落とし戸がガラガラっと下りていった。

 すぐに馬を飛び降りたメリアは、オルランドの後ろのセオドアを降ろすと、

 「大公殿下の子息、セオドア様だ! 急いで救護所へ!」

と叫ぶ。オルランドはうなづいて、

 「案内しろ! メリアは状況を説明してからだ」

と言う。

 2人の騎士がセオドアに近寄る。セオドアは不安そうな表情でメリアを見るが、メリアは、

 「よくここまで我慢されました。殿下。私も後から参りますが、先に救護所へ! ……そなたたちも一緒に殿下をお守りしてくれ」

とセオドアに言うとともに、トウマとイトにも少年の警備を依頼した。

 それにうなづいたトウマとイトが、セオドアとともに騎士の案内で駐屯地のテント群に入っていった。

 それを見送ったメリアはオルランドに向き直ると、

 「コランダ大公領が滅ぼされたことはもう知っているはず。……助け出せたのはセオドア様だけよ」

と悔しげに告げた。

 馬から下りたオルランドはメリアの肩に手を置き、

 「……よくやった。お前でなければセオドア様を守り通せなかったろう。元紅騎士メリア・バラーム」

とメリアを励まして、

 「すまぬが敵軍について団長に報告をしてくれ」

 「わかっている。……ただ私だけではセオドア殿下を守れなかった。あのトウマとイトの二人。この戦いの戦力になるわ」

 オルランドはうなづいて案内の騎士を呼ぶと、メリアを団長のところへ送り出した。

 部下に命じて再びの出陣に備えるオルランドは、防壁を見上げ、

 「メリアよ。後は我らに任せるがいい。我ら帝国の剣に」

とつぶやいた。

 不思議なことに巨人や魔物たちは、砦から一定の距離の所で立ち止まり、砦を見ている。

 巨人の足下から黒づくめの騎士団が現れた。

 騎士団は、ブライトン侯爵の紋章を旗に掲げて、身長に弓矢の届かないギリギリのところまでくると、先頭の一人が、

 「この砦より東は、悪魔デーモン様の国となった! 代官悪魔大公様の命により、貴様らの命をデーモン様に捧げるため、ここに戦線を布告する! ……せいぜい苦しんで死ね」

と大きな声で防壁を見上げながら宣言した。

 拡声の魔法のように、不思議とその声が砦の隅々にまで届いた。

 防壁の上から、ザルバックが、

 「悪魔デーモンなど知らぬわ! ここより東は大陸の果てまで、我ら帝国の領土。皇帝陛下の神聖な土地を荒らす貴様らを、これから殲滅する! 覚悟せよ!」

と剣を抜きはなって宣言した。

 その剣を前方に掲げると、それが合図となって、カタパルトから巨大な鉄塊が飛んでいった。

 こうして砦では、いよいよ悪魔大公の異形の軍勢とフェンリル騎士団の戦いが幕を開けた。

――――。

 一方、遠く離れた帝都ウルクンツルの闘技場コロッセウム

 超能力者のロックが決勝戦の死闘を制し、人々の大歓声を浴びていた。

 閉会式の準備のためにスタッフが動き回り、皇太子が褒美を与えるためにアリーナに下りようと席を立ったとき、突如として爆発音が響き渡った。

 あちこちの観客席で小爆発とともに顔を隠した人々が武器を手に現れ、皇太子夫妻のいる貴族席にも襲撃者が飛び込んできた。

 「何やつ!」

と叫び、護衛の騎士が襲撃者に斬りかかった。同時に別の護衛の騎士が皇太子夫妻を守るように周りを囲む。

 下のアリーナでは、優勝となったはずのロックが状況を飲み込めずに呆然としている。その目の前に、ドレス姿の若い女性が空間転移をして現れた。

 その女性はフフフと嗤いながら、右手を高く上げた。

 「さあ! カーニバルの始まりよ! 出てきなさい! 邪悪なる軍隊カオス・レギオン!」

14第八章 忍び寄る北の闇夜 ―ウルクンツル帝国編

 翌日のコロッセウムに、ウルクンツルの皇帝デードリッヒが訪れた。

 試合前に貴賓席から民衆に手を振り、魔道具の拡声器を使用して人々に重大な事実を告げた。

 「みなの者、我が息子カールとセシリアの祝いに集まってくれてありがとう。本日の試合が始まる前に重大な事実を告げねばならん」

 そういうと騒がしかった観客席が、まるで波が引いていくように静かになっていく。

 「帝国東部のコランダ大公領が、悪魔を信仰する者らに占領された。奴らは勢力を増しつつ支配領域を拡大している。

 ……我が精鋭のフェンリル騎士団を討伐に差し向ける。また同胞のエストリア最強騎士団の一隊、パイシーズ隊も帝都の治安維持に協力してくれることになっている。

 ……この状況下において、この武闘大会に出場している騎士団員は一部を除いて出場を取りやめとする。次の武闘大会を楽しみにして欲しい」

 皇帝陛下はそう言うと右手を挙げ、

 「勇敢なる騎士に! トリスティア様のご加護がありますように! 帝国に栄光あれ!」

と大きな声を上げると、観客が一斉に、

 「「帝国に栄光あれ!」」

 「「帝国に栄光あれ!」」

と歓声を上げた。

 その歓声を背に皇帝陛下は席から退出していった。

 司会の男が、

 「今、この時をもって帝国東部への通行を禁止する。商人は商人ギルドの指示に従うように!

 ……トーナメントの組み合わせを変更し、本日から準決勝となる。

 まず第一試合はゾヒテの勇猛なる獅子人族の戦士エルザ対、アーク機工騎士団のピッグスだ!」

とアナウンスし、早速、二人の選手が入場した。

 一人は獅子人族のエルザ。なかなかスタイルの良い20代半ばの女性だが、両腕につけたガントレットをガシンと打ち鳴らして獰猛に嗤っている。

 対するピッグスは、これもまたアークで見たような機工騎士団独特の魔導鎧を身につけている。

 両手を構えたエルザが試合開始の合図とともに飛び込んでいく。

 ピッグスも円を描くように移動しながら、両手に……あれは銃か?

 二丁の銃から次々に火球が連射してエルザに襲いかかった。

 すごいな。あの銃撃を、エルザは野生の勘のみで避けている。さすがはゾヒテの戦士。

 ゾヒテの聖地で一緒に戦った戦士たちを思い出し、思わずエルザを応援してしまう。

 一気に走り寄ったエルザが、ピッグスに襲いかかった。足下から襲いかかるエルザの蹴りをピッグスは銃をクロスして受け、衝撃を殺せずに後ろに吹っ飛んだ。

 しかし、くるっと宙転しながら見事に着地し、逆にエルザに回しげりを放った。

 エルザはしゃがんで避けて、そのまま斜め下から掌ていを放つが、それを片手でいなしたピッグスはエルザの懐に入り込み、華奢な腹に銃口を当ててトリガーを引いた。

 今度こそ避けられずに火球を腹に受けたエルザがはね飛ばされる。

 再び距離を取った両者。エルザが益々と獰猛な笑みを深めると、それを見たピッグスが頬を引きつらせる。

 「はは、はははは! いいぞ!」

 嗤うエルザにピッグスは舌打ちして、

 「っこの戦闘狂め!」

と言い放ちながら、銃身のスイッチを切り替えた。

 「これでも喰らえ!」

とトリガーを引く。

 銃口から先ほどの火球より一回り大きな光球がプラズマを帯びながら飛んでいった。

 エルザはそれを避けるが、光球はぐぐっとカーブを描くと再びエルザに向かって飛んでいく。

 後ろから迫る光球に、エルザは手に闘気を込めると後ろも見ずに光球を裏拳で殴った。

 パアン! と高い音が鳴って光球がはじけた。

 それを見たピッグスが冷や汗を流しながら、

 「ちぃ。なんだあいつは!」

と悪態をつきながら、次々にトリガーを引く。いくつもの光球がエルザに向かって行った。

 「はははははは」

 エルザは笑いながら、手足に気をまとい、次々に光球に殴りつけていく。

 すごいな。エルザは。単純な戦闘力ならゾヒテ九鳳にも届きそうだな。

 そう思いながら見ていると、ピッグスの着ているアーク機工騎士団の甲冑が、独特の魔力の光のラインを帯びていくのが見えた。

 光球と遊ぶかのようにはじいているエルザに向けて、ピッグスが両手を向ける。

 「プラズマキャノン」

 ピッグスの両肩から新たな銃身ががガコンと飛び出し、魔力をチャージして銃口がほのかに光る。

 兜から片目を覆うバイザーが出てきて、照準を合わせているようだ。

 「発射!」

 肩の銃身からそれぞれビームのような光線がエルザに向かって飛んでいった。

 プラズマキャノンの光線をエルザは両腕をクロスして受け止めた。

 が、次の瞬間、踏ん張りきれずにそのままはじき飛ばされ、アリーナの外壁に叩きつけられた。

 そこへ二丁拳銃からの光球がいくつも殺到する。

 ガガガガ……

 土埃が舞ってエルザが見えなくなる。

 ああ、あれは勝負が決まったかも。

 やがてピッグスが銃口を下げ、静けさが戻る。風が土埃を消していくと、エルザは倒れて気絶していた。

 「勝者! ピッグス!」

――――。

 準決勝第二試合。

 アリーナの中央で対峙しているのはウルクンツル帝国のランクA冒険者ロックと、炎扇のマオだ。

 サクラが俺のとなりにやってきて、試合を心配そうに見ている。

 相手のロックは、あの竜人族の流浪の武闘家ベルーガを打ち破っている。

 ナビゲーションが教えてくれるが、彼は……、超能力者だ。

――ロック――

  種族:人間族 年齢:21才

  職業:冒険者 クラス:エスパー

  スキル:肉体強化、気配感知、鑑定4、体術4、生存術4、超能力5

 一体どんな戦いをするんだろうか、非常に気になる。

 俺の隣では、サクラが自信満々の表情で炎扇のマオを見つめている。聖女のそばにいたノルンがやってきて、

 「ねえ。私、エスパーって初めて見たんだけど。ジュンは知ってる? 」

と聞いてきた。

 「俺も初めて見たが、魔法とは違うんだが魔法みたいな力だ。普通の人でも詠唱が必要ないんだけど、精神力か何かによって強さが違って、考えていることを読んだり、手に触れずに遠くの物を動かしたりできると思う」

 たぶんね。……俺はせいぜいTVのなかでスプーン曲げを見たくらいしか記憶にないし、ほとんど偽物だったと思うが。

 サクラがネコ耳をぴくぴくさせながら、

 「それって強いんですか?」

ときいてきた。

 「う~ん。どれだけ強い超能力を使うかだよなぁ」

 漫画とかアニメの中だったら、ものすごく強いんだけどな。こっちの世界には魔法があるから、相対的に見てどうなんだろ? 強いのか?

 炎扇のマオが両手に扇子を広げた。

 対するロックの両の拳がかすかに光を帯びている。

 「試合はじめ!」

 マオの身体がぶれたように見えて、次の瞬間にロックのそばで回しげりを放っていた。

 ……俺の目では動きが見えるが、ほとんどの観客には見えないスピードだろう。

 っと、マオの右回しげりがロックの身体を通り抜けた。……幻か?

 マオがすぐに頭上をキッとにらみつけ、扇子を一閃した。

 炎弾が空中に飛んでいき、なんにも無いところで何かにぶつかって破裂した。

 炎が四散した後には光の球体に守られたロックの姿があった。

 「バリヤーにサイコキネシスか……」

とつぶやくと、サクラが、

 「??」

という表情をした。

 「マナバリアみたいな力と、遠くの物を動かす力で自分を空中に浮かべているんだよ」

と説明すると、「なるほど」と空中に浮かぶロックを見つめる。

 マオが足に妖力を込め、空中を駆け上った。

 それを見たロックが驚きに目を見張る。

 さらにマオが忍術影分身を使って、何人にも増えていき、空中のロックに襲いかかった。

 観客が、

 「おおおおおお!!!」

と大歓声を送る。

 ロックを包む光球の光が強くなり、そこへ何人ものマオが殺到した。

 殴りつける音や爆発する音、いくつもの炎がバリヤーにぶつかっていく。

 強力な閃光がほとばしったと思ったら、何人ものマオが地上に落っこちていった。

 あれは雷撃だな。しびれたんだろう。

 地上に落ちたマオを追いかけるように、ロックも地上に降りていく。

 ロックの右手が雷撃を帯び、それがやがて一本の光の剣に形を変えていく。

 ああいう超能力もあるのか。驚いてみていると、急にロックの後ろにマオが現れてロックに再び回しげりを放った。

 今度の回しげりは防ぐ暇もなく、ロックは左手に吹っ飛んでいく。

 しかし、ふっとんでいくロックの姿が突然消えたと思ったら、再びマオの前に現れた。

 ……今度は短距離転移か。確かにやっかいな能力だし強いな。

 アリーナの中央で再び対峙する二人。

 マオは本気を出すらしく、今まで以上の妖力を身体に纏う。とはいえ、普通の人には妖力を見ることができないから、単に気合いを入れているようにしか見えないだろう。

 しかし、ロックは注意深くマオを見つめている。

 サクラが、

 「うん。さすがはマオ姉。あの妖力はお父さん並みね」

 俺はうなづいて、

 「確かにな。……でも今はサクラの方が上だろ?」

と言うと、サクラは首を振って、

 「純粋な妖力はマオ姉の方が上ですよ。でも、私にはマスターとの愛の絆コントラクトがありますからねー。その分、私の方が強いかなぁ」

とニッコリ微笑んだ。

 ああ、確か妖怪横丁での試練で、サクラの妖怪の核に俺の神力が流れ込んで、変質しちゃったんだよな。

 そんなことを思いながらサクラの頭を撫でて、ネコ耳をモフっていると、ノルンが、

 「ほら、試合が動くわよ」

とあきれたように言った。

 マオが炎を纏わせた両手の扇子を投げると、二つの扇子がクルクルとマオのまわりを飛び交った。

 まるで拳法の演武のように身体を動かしながら、妖力を練り、一気にロックに襲いかかった。

 次々に襲いかかるマオのクンフーを、ロックは紙一重で避け続ける。

 すごいな。ランクAとはいえど、常人にあれが避けられるとは思えないぜ。

 いや、まてよ。テレパスか? マオの心を読んで避けているのだろう。でもそうだとすると、あのクンフーが昇華すると無我の境地に……。

 ズバンッ

 俺がそう思った瞬間に、ロックの顔に裏拳がめり込み、さらにマオが一歩踏み込んで震脚で力を貯めた。……あれは崩拳の動きだ。

 ロックの腹にマオの炎虎崩拳が決まり、衝撃がロックの身体を貫通して背中から虎の形になった炎が飛び出した。

 サクラがうんうんとうなづきながら、

 「決まりましたね。マオ姉の炎虎崩拳。……うん?」

とつぶやきかけて、怪訝そうな声を上げた。

 なぜなら、崩れ落ちたのはロックではなくマオの方だったからだ。

 ロックの姿がぶれて消えたと思ったら、マオの腹にカウンターでボディーブローをめり込ませているロックの姿が現れた。

 マオの全身から雷撃のパチパチッというスパークが見えた。

 ゆっくりと崩れ落ちたマオは意識を失っていた。

 「勝者ロック!」

 観客の大歓声を背にロックが退場していく。俺とサクラが救護所から飛び出して、スタッフより先にマオのそばに駆け寄った。

 サクラが、

 「いやあ、まさかマオ姉が負けるとは……」

と驚きながら、ロックの入っていった入退場口を見つめた。

 俺は意識のないマオを背負いながら、救護所に急ぎながら、

 「駆け引きは相手の方が上だったな」

 あの戦い方はサクラの戦い方と似ている。まっすぐで技と技の応酬を楽しむような戦い。駆け引きは苦手なんだろう。

 それはそうと、お前の姉さん、意識を取り戻してるだろ。気を失ったふりして俺の首元のにおいを嗅いでやがるぞ?

14第八章 忍び寄る北の闇夜 ―ウルクンツル帝国編

 破壊王ウースの退場の後も、観客の熱気がコロッセウムに充満している。

 運び込まれたジーグは聖女が診察してから、備え付けのベッドに運んでいるが、いまだに目を覚ます様子はない。

 ジーグの剣は使い込まれているものの、上質なミスリルの長剣だった。

 壊れたアリーナの壁だったが、不思議なことにジーグを引っ張り出した後、かげろうのように揺らめいたとと思ったら元の通りの石壁に修復されていた。きっとあれも古代技術なのだろう。

 司会が、

 「さあて、まだ熱気も冷めやらないが、次は女性同士の注目の一戦だ!」

とアナウンスすると観客の歓声が再び沸き起こった。

 「エストリア王国ランクA冒険者チーム銀翼。かの聖女さまの弟子。魔法使いリットリオ!」

と司会の紹介とともにリットリオが入場してくる。

 不敵な自信に満ちた笑みで観客の歓声に応え、救護所の俺たちに向かってウインクした。

 それに聖女が手を振っている。

 「続いて対するはミルラウス代表の騎士ニンフ! 滅多にお目にかかれない人魚の戦いに注目だ!」

 拍手とともに入ってきたのは竪琴をもち、ビキニトップ型の銀色の胸当てをした女性だ。髪が長く、スタイルがいい。

 隣でセレンが、

 「ふふふ。きっと驚くわよ」

と期待しながらアリーナを見つめる。

 アリーナの中央で距離を取って対峙する二人。

 司会が、

 「試合はじめ!」

と叫ぶと、二人は互いに円を描くようにゆっくりと歩き出した。

 リットリオの口が細かく動いていて、長めの呪文を詠唱している。

 対するニンフは竪琴を鳴らしながら歌をうたっている。

 さきに呪文が発動したのはリットリオの方だ。リットリオの周りの空中に強い魔力の込められたソフトボールくらいの光珠が次々に現れた。

――魔力球――

 強い魔力を込めた光珠で、使用者の思うとおりに移動し、魔力発動体として魔法の行使を補助する。

 なるほど。たしかに、リットリオの周りをゆっくりと回っていて追随している。

 一方で周りの空気がうっすらと青みを帯びた。

 「うん?」と思いつつ見ていると、ニンフの竪琴が光り出している。ニンフが竪琴をそっと空中に差し出すと、竪琴が浮かび上がって独りでに曲を奏で始めた。

 空気がどんどんと青みを帯びていき、なんとアリーナ全体を幻影の海が覆った。

 二人の戦っているアリーナはさながら海の底。観客席の中程ぐらいに海面の幻影が見える。

 これが人魚の地上での戦い方なのだろうか。

 セレンが横で、

 「歌魔法の幻海よ。あの中でなら、海中と同じように人魚の本領が発揮できるわ」

と解説してくれた。

 なるほどね。これは驚いた。

 観客達もある意味幻想的な光景に息をのんでいるようだ。

 その中でニンフの下半身が魚の姿に戻り、幻の海の中を泳ぎ始めた。右手を高く掲げるとそこからトライデントが現れる。

 どうやらこれで二人とも戦いの準備はできたようだ。

 まるで互いのタイミングを計ったように、ニンフがトライデントをひと薙ぎすると、海水が大きなウミヘビとなってリットリオに襲いかかった。

 リットリオが左手を前に出すと、リットリオの周りの魔力球がギョイッと動いて、魔力球を頂点とする多面体の結界を張った。

 さらに一部がぐるぐると動いて五芒星を描く。

 「行けっ」

 リットリオの気合いと共に、その五芒星が魔方陣となって、そこから火球が飛び出した。

 それを見ていた観客が、「おおおっ」と歓声を上げた。

 ノルンが、

 「なるほど。ああやって無詠唱を実現してるんだ」

と感心したように言う。

 まあ、ノルンはもともと無詠唱だから関係はないだろうけど、魔法使いとして攻防一体の戦い方といえる。……やはりランクAは伊達ではないということだ。

 火球がウミヘビに襲いかかり爆発した。

 続いてリットリオが走りながら両手を左右に伸ばした。多面体の結界の両サイドの魔力球がぐるぐると動き、五芒星を描いたと思ったら、その五芒星がぐるぐると回転しはじめた。

 五芒星から激しく炎が吹き出て、多面体の結界が炎で覆われる。

 それを見て、ニンフはトライデントを構え直すと歌をうたう。ニンフの背後の幻の海がぐるぐると渦を巻きはじめた。

 リットリオの結界から炎が竜巻となって渦を巻きながらニンフに襲いかかる。

 一方、ニンフもトライデントを突き出すと、背後の渦が渦巻く海流となって炎の竜巻と正面からぶつかり合った。

 試合を見ていた聖女様が、

 「リットリオったら腕を上げたわね」

としみじみとつぶやく。

 ただ、俺の見立てではニンフの方がまだ余力がありそうだ。

 次の瞬間、炎の竜巻を貫いて、ニンフの放った渦巻き海流がリットリオの結界に押し寄せた。

 途端にすさまじい水蒸気が立ち上る。

 ニンフがゆっくりと地面に下りてきて、再び人族の同じ足に変化し、注意深くリットリオの方を見ている。

 幻の海が消えていき、竪琴がニンフの所に下りてくる。

 一塵の風が吹いて水蒸気が晴れた後、そこには気絶しているリットリオがいた。

 「すごい! 幻想的な魔法戦を制したのはミルラウスの騎士ニンフ!」

 勝者宣言に観客が沸き立った。

――――。

 その頃、城の会議室では皇帝や騎士団長が詰めかけて会議をしていた。

 テーブルの上には帝国全土の地図が広げられており、東部地域にはいくつものピンが立てられている。

 会議室には、客人であるゾディアック騎士団のフランク・ブノワ伯爵も列席している。

 ゾディアック騎士団長・剣聖ザルバックが、

 「調査の結果、ブレイトン侯爵が隣接するコランダ大公領に攻め込み、さらに悪魔大公を名のって支配地域を広げている。いくつもの街や農村が住民虐殺となり、亡ぼされているのが確認されている」

 それを聞いて、帝国の大臣の一人が驚いたように、

 「虐殺? 一体何のために」

とつぶやいた。

 宰相が、

 「ブレイトン侯爵の私軍はそんなに強いのか? 勢力や同盟、内通者はいるのか?」

と尋ねると、騎士団長が腕を組んで、

 「まずうちの諜報部によればだが、前から懸念となっていた悪魔信仰が今回の背景にある。つまり、ひそかに悪魔信仰にとりつかれている馬鹿な貴族は敵だと思った方が良い」

 それを聞いて宰相が、うぬぬと唸った。

 「それより問題なのは侯爵軍だ。黒い色の全身甲冑を着た騎士の軍隊らしいが、今回は大型犬や巨人など魔獣の類いを使役しているそうだ」

 魔獣を使役――。その場の人々が驚きでどよめく。

 黙って話を聞いていた皇帝が、

 「コランダ大公はどうなったのだ?」

と口を開いた。

 ザルバックは姿勢を正して、

 「そこまで諜報部を進入させることはできませんでした。が、状況から生存は絶望的かと」

と答えると、皇帝の眉間の皺が深くなった。

 皇帝は、

 「……ザルバックよ。フェンリル騎士団の1番から7番隊まで出陣を命じる。悪魔大公軍を殲滅せよ。8番隊は帝都の守護、諜報部には貴族たちの監視に当たれ」

と命じると、ザルバックは胸に手を当てて、「はっ」と返事した。

 そこへフランク・ブノワ伯爵が、

 「恐れながら発言をよろしいか?」

と申し出ると、皇帝が、

 「うむ。ブノワ伯爵よ。祝儀の間にこのような不祥事となって申し訳ない。エストリア王家にも謹んで申し上げてもらいたい」

と言うと、ブノワ伯爵は、

 「はい。それは私も状況がわかっておりますれば、確かにお伝え申し上げます。……その上でですが、我がゾディアック騎士団パイシーズ隊も帝都の守護の協力をいたしましょう」

 それを聞いたザルバックは、

 「よいのか?」

と念を押すと、ブノワ伯爵は、

 「かまわぬ。姫様のお祝いに反乱を起こした者どもには、我らも腹を立てておるのだ。鎮圧までは留まろう」

 皇帝はうなづくと、

 「あいわかった。しかし、客人を内乱の洗浄に出すわけには行かぬ。申し出の通り帝都の守護を願いたい」

と言う。

 ブノワ伯爵は、

 「ありがとうございます。では、詳細は後ほどザルバック騎士団長と打ち合わせさせていただきます。……ああ、それと、もしかすると今回の事件の裏に、悪魔信仰などより天災と名のる一派が暗躍しているかも知れません。ゆめゆめ油断なされぬよう」

とこたえると、騎士団長が、

 「うむ。東部戦線は我らに任せよ。天災など我が剣で切って捨ててやろう」

と獰猛な笑みを浮かべつつ、自然とその全身から闘気が吹き出した。

 皇帝は苦笑いしつつザルバックを見てうなづいた。

――――。

 一方、東部の山の中の木こり小屋に数人の男女の姿があった。

 ベットの中にはコランダ大公の遺児セオドア。そして、その側で毛布をかぶって休んでいるのはコランダ大公騎士団の団長メリアだ。

 疲れ切った二人はぐっすりと眠り込んでいるが、悪夢を見ているのであろうか、セオドアが時折うなされているようだ。その度にメリアは目を覚まして、セオドアの頭を撫でる。

 小屋の外ではトウマとイトが並んで座り込んでいた。

 イトが小屋の中を気にしながら、

 「うなされているみたいね」

と言いつつ、右手の平を上に向け、そっと息を吹きかけた。

 すると小屋の中の二人の頭上に光の輪が生まれ、セオドアもメリアも深い眠りに落ちたように静かになった。

 トウマが寒空を見上げながら、

 「あの少年も宿命を背負っているな」

と憐れむように言うと、イトが「そうね」とつぶやいた。

 どんよりとした雲が空を覆っている。止んでいた雪が、再びちらちらと舞いだした。

 動物の気配の無くなった森は不気味に静まりかえっていた。