9-22 6人の笑顔

 ここはヴァルガンドに隣接する亜空間。

 黒い黒曜石のような床がどこまでも広がっているような空間だが、薄暗くて遠くまで見渡すことはできない。

 時折、電子基板のように紫に光るラインが床を走る。

 中央に円形の祭壇があり、そこに四方を布で隠された玉座があった。もちろん中をうかがい知ることはできないが、時折、もぞもぞと何かがうごめいている。

 祭壇を囲むように6つの大きなイスが並んでいる。

 今、そこには天災の女性モルド1人だけが座っていた。

「ふふふ。ようやく最後の要石が破壊されたようね……」

 誰に聞かせるでもなく、モルドがつぶやく。

 その呟きに応えるように、背後の暗がりから大剣を持った天災ゴルダンが姿を現した。

「これで後は我らが主の完全復活を待つだけだな」

「ヴァルガンドも殻をむいたゆで卵みたいなもの。ふふふ」

 その時、一陣のかすかな風が二人の間を吹いていった。

「うん?」「む?」

 イスの一つから瘴気がシューッと噴水のように立ちのぼる。そのまま、上空に瘴気が雲のように広がって行く。

 それを見たモルドが立ちあがって見上げる。

 わき出す瘴気が止まると、瘴気の雲が中央の玉座に吸い込まれるように流れ込んでいく。

 玉座にうごめく何かの動きが激しくなる。

 それを見たモルドがうれしそうに、

「ふふふふ。そう……。フォラスが役目を終えたわけね」

 ゴルダンがその隣にならび、

「これはいい。奴らも順調に成長しているようだな」

「次にまみえるのが楽しみね」「そうだな」

 二人には楽しそうに、祭壇で一際大きくなった自らの主の姿を眺めていた。

――――

 あの戦いから3日。慰霊祭、戦勝の宴が終わり、ようやくミルラウスも落ちついてきた。

 この日、俺たちはようやく海竜王とゆっくりと話をすることができたのだった。

「ふむ。……大体はアーケロンが話したとおりだな」

 海竜王の人間形態は黒髪の精悍な男性の姿だった。セルレイオスのようなマッチョじゃないが、ほどよく引き締まった体つきをしている。

 海竜王はアーケロンよりも昔、それこそ創世記に近いころに他の竜王たちとともに創造神によって生み出され、この世界の治安を担ってきたという。

 創世記。創造神。

 またまた気になるワードが出てきたが、詳しくは教えてくれない。

「お主らはまだまだ聖石の力をものにできてはいない。これからは人目につくところ以外では常に聖石の力を解放した状態にしておいた方がいいぞ」

「え? 普段からですか?」

「少なくとも、あの光の衣がでない状態を維持できるまでな」

 ……確かにあれは無意識にもれでる力が形になったもの。それはつまりまだまだ使いこなせていないということか。

 海竜王は俺とノルンを見つめて、

「なにしろそなたらには更に2つの聖石との融合が待っている。今の聖石との融合率は7~8割といったところだから早く完全に融合した方がいい。

 そうすれば新たな聖石も苦労することなく自分のものにすることが――」

 ちょっと待ってほしい。「更に2つの聖石との融合」? 順当に考えれば、大地神トリスティアと天空神ウィンダリアの聖石だろうけど、別に望んでいるわけでは……。それに2柱の神の聖域へ行く方法もわからないぞ。

 思考の海に潜っていると、隣のノルンに突っつかれる。

「海竜王様が自然とそうなるから心配ないって」

「あ、すまん」

 あわてて意識を戻して海竜王様を見ると、シエラやヘレンたちに話しかけていた。

「シエラ、そしてそのほかの者たちもだが、そなたらにも役割がある。心しておくのだぞ?」

「「「はい」」」

 みんなの返事を満足そうにきいた海竜王は、再び俺の方を向き、

「当面の目標は各地の精霊珠を探して手に入れ、天災と戦うことになるだろう。……しかし、ジュン。その前に結婚式を挙げ、この者らと確固たる契約を交わすのだ」

「はい」

 確固たる契約、か。確かに結婚は、本来別々の家族、種族の者同士が結びつく、最も根本の契約といえるのかもしれない。

 ただ海竜王のニュアンスではそれ以上の意味もありそうだ。とはいっても、どっちにしろ帰ったら式をする予定だから、問題などなにもない。それに本格的に天災と戦う前に、彼女たちと式を挙げておきたいという気持ちもある。

「ジュン……」

「うん?」

 ノルンやみんながうれしそうだ。それもそうか……、セレンの親に許可を得ていないとして、待たせちゃったからなぁ。

 ――――そして、さらに2日後。

 いよいよミルラウスを出発する時が来た。

 テーテュースを大勢の人魚たちが見送りに来てくれている。

「お父さん。……行ってきます」

 オケアーノス王とハグをしたセレンが、寂しそうな笑顔を浮かべた。

 見ると、人魚たちもどこか寂しそうだ。

 国王が、

「式には行くし、またいつでも会える。……あとは孫が見たいところだが」

 すると王妃が笑いながら、

「あなた。それはまだ早いわよ」

「そうかな。……それと、婿殿。セレンをよろしく頼みますぞ」

 俺は一礼して、

「こちらこそよろしくお願いします」

と言う。

 セレンが隣にやってきて、指を絡めてきた。そして、人魚たちに、

「みんな! 今までありがとう! また来るわ!」

と大きな声をあげた。

 人魚たちからも、

「姫様も!」「どうかお幸せに!」「姫様。万歳!」……

と口々に声をあげた。

 そして、俺たちはテーテュースに乗り込んでゆっくりと発進させた。

 甲板に並ぶ俺の左右にはノルンとセレンが、そして、その向こうにはヘレンたちも並んでいる。

 小さくなっていくミルラウスに手を振りながら、セレンが、

「これでいよいよ結婚式ね!」

と腕を絡めてしなだれかかってきた。

 反対側からはノルンが……。

 すると当然、ほかのみんなも、

「あー! 私も!」とサクラがくっついてくると、ヘレンたちもやってきた。

「みんな。帰ったら忙しくなるぞ」

と言うと、みんなは幸せそうな笑顔でうなづいた。

 6人の、この笑顔を守りたい。

 俺は素直にそう思った。

9-21 思い出の部屋

 ミルラウスに戻った俺たちは盛大な歓迎を受け、その翌日には戦没者のための慰霊祭が行われた。

 亡くなった騎士とともにクラさん(クラーケン)も一緒に慰霊碑に名前を刻まれることとなった。シャロンさんもうれしそうだった。

 シャロンさんはセレンの妹のアシアーさんの隣で式典に参加していた。これからは王家の庇護下に置かれるというか、国王からは「父と呼べ」と言われており義理の娘の扱いにされるようだ。

 俺たちには何もしてやれないが、彼女の心の傷がいえることを祈りたい。そして、きっとアシアーさんたちなら彼女を優しく迎え入れてくれるだろう。

 夜。今俺はセレンに誘われて、彼女の部屋に向かっている。

 彼女が子どもの頃から過ごしてきた部屋を見せてくれるというのだ。

 鍵をぐるりと回して扉を開け、

「さあ、どうぞ。入って」

「あ、ああ。お邪魔するよ」

 高校生の時に当時付き合っていた彼女の部屋に入ったことはあるが、いつになっても女性の部屋に入るのには緊張するぜ。

 セレンが人化してから部屋の入り口のスイッチを入れた。

 ――ゴポゴポゴポ。

 部屋に空気の結界が生まれて充満していた水が排水されていく。天上から下がってきた水位が、俺たちの頭から肩、胸、腰と順番に下がっていく。

 普段は海水で充満している部屋。寝台もベッドのようなものではなく、ハンモックのようなロープで吊られていた。

 棚には綺麗な白い貝殻や真珠、紅サンゴで作られた置物などが飾られてあった。

 木製の人形が5体ある。ふと気になって棚に近づいて手を伸ばした。

 銀色の髪をした人魚の人形。

「それはね。わたしなのよ」

 いつの間にかそばに来ていたセレンが横から手を伸ばして、一番大きい男の人形を指さして、

「それでこれがお父さん。こっちがお母さんで、こっちの赤ちゃんがアシアーよ」

 最後の一体。男の人形は?

 そうきこうと思ったら、セレンがにっこりと笑って、

「これは……、貴方ね」

とその人形を手に取り、俺に渡してくる。

 手の中の人形は人魚の男性。ちょっと線は細いが、優しそうな眼をしている。

 セレンが腕を絡めて寄りかかってくる。

「私の王子様の人形よ。……人魚の姿だけどね」

 くすっと笑って俺の手から人形をとると元の棚に戻した。

 そしてそのまま首に腕を回してそっと目を閉じている。

 なんだろ。普段の「肉食よ」というのとは随分違う。これがギャップ萌え……。

 可愛いおねだりにそっとキスをすると、目を開いて照れくさそうに笑っていた。

 普段の大人の女性の表情ではなく、まるで少女のようなはにかむ笑顔。きっと自分の部屋にいるからだろう。

「あ、そうだ。……えっとたしかこの辺りに」

 急にセレンが棚の奥をごそごそと、何かを探し始める。

 上半身を棚の奥に突っ込んで、

「あった!」

と言った途端に、頭をぶつける音が聞こえてきた。

「いったぁ……」といいながら、頭をさすっているセレンは、反対の手で小さな小箱を持っている。

 目の前に差し出された小箱を受け取った。

 質の良い宝石箱のようで表面にキラキラした螺鈿らでんがはめ込まれている。

「これは?」

「ふふふ。あなたへのプレゼントよ」

 開けてみてとうながされて、慎重にふたを開けると――。

「宝石と手紙?」

 中にはうっすらとスカイブルーの色が透ける小さな宝石がぽつんと鎮座していた。

 セレンはちょっと恥ずかしそうに、

「ただの宝石じゃないわ。マーメイド・ドロップ人魚の涙よ」

 その宝石のそばに幼い字で「私の王子さまへ」と書いた手紙がある。

 まるで幼稚園生が書いたような文字でなんだか微笑ましい。

「人魚の涙がすべて宝石になるわけじゃないの。だから、いつか将来の夫となる人にって。……えへへ。ちっちゃい頃にね」

 やばい。笑顔のセレンがすごくかわいい。学生の時のようなときめきが……。

 その時、部屋のドアがノックされた。

 ノルンの声がする。

「ジュン。セレン。ここにいるんでしょ?」

 セレンは俺にウインクすると、

「はいはい。ちょっとまって」

と部屋のドアを開けに行った。

 中に入ってきたのはノルンとヘレン。ちゃんと結界が張ってあるから、開けた瞬間に水が流れ込んでくるようなことはない。

 ただ……、水中から空気の中に入ったために、ヘレンの修道服がピッタリと身体に張りついていてボディラインが丸わかりになってしまっている。

 自分の服を見下ろしたヘレンは俺をチラッとみて少し考え込んでいたが、ひとつうなずくと、

「ノルン。お願い」と言った。

「了解」

 ノルンの魔法でヘレンの周りに乾燥した空気が渦巻いて、濡れた服を乾かしていく。

 バタバタと修道服が太ももまでめくれ上がった。

 思わず視線が吸い込まれそうだ。

 ……いやいや。やっぱりさ。ああいうチラリはどうしても見ちゃうだろ? たとえ、もう幾度も身体を重ねていてもさ。

 ヘレンの服を乾かせながら、ノルンはゆっくりと部屋を見渡した。

「へぇ。ここがセレンの?」

 セレンが少し恥ずかしそうに、

「そうよ。ま、なんにもないけどね」

「そんなことないわよ。ほらあれなんかかわいいよ――」

 女子トークを繰り広げる3人を、俺は部屋にあったイスに座りながら眺めている。

 なんだかいいな。こういうの。……正直に言って、これだけ婚約者がいると、夫婦というよりも家族という意識の方が強い。

 小さい頃に死んだ父さんと母さんは今の俺を見たらどう思うだろうか?

 不意にヴァルガンドに転移した時に聞こえた両親の声が耳によみがえる。

 ――「純。どんなに困難なことがあってもくじけるなよ!」

 ――「そうよ。そして、愛してくれる素敵な女性と結婚しなさい」

 まあ、結婚相手が一人じゃないってところで怒られるかもしれないが、それでも俺は彼女たちを愛していると胸を張って言おう。

「ね。ジュンもそう思うでしょ?」

 ノルンの声に我に返る。

「あ、ああっと……。すまん。なんだったっけ?」

「だから。転移魔方陣をこの部屋に設置することだって」

 え? あ? ああっと、転移魔方陣っていうと俺たちのホームと各地を結んでいる奴か。

 ノルンの技術で転移する人を制限してあり、基本的にどこの魔方陣も結界の中だから安全といえば安全な設計になっている。

 たしか設置場所は……、俺たちの島「楽園島パラディースス」、海洋王国ルーネシア、機工王国アークの時計塔、魔族自治区の集落、ゾヒテの世界樹にあるハイエルフの集落、そして、ウルクンツル帝国の教会。

 今まで訪れた国々で転移場所を確保してはいる。だからミルラウスに設置するのはいいが、だがセレンの部屋でいいのか?

 セレンを見ると、ちょっと困ったような顔をしながらも、

「もう……、しょうがないわね。じゃあこの部屋は水を抜いた状態にしておけばいいのね?」

とノルンにいう。

「そうそう。目立たないようにするし、そこらへんは私がやるわ」

 俺が返事をする前にどんどんと話が進んで言っている。……いつものことだとは言わないでくれよ? そりゃ、事後報告の時も多いけどさ。

 ノルンがにっこり笑って、

「これで私たちの結婚式にセレンの家族も来られるでしょ?」

と言っているのを見て、セレンが苦笑いして、

「いやいや。だって式場はアルの修道院でしょ? そんなところにうちの両親が出て行ったら大騒ぎになるでしょ」

 ヘレンも困惑しながら、

「えっとノルン? それってゾヒテからはカレンの家族もってことよね?」

「私はそのつもりよ。ヘレンはどう思う?」

「い、いや。別に……。院長様は了解されると思うけど」

「でしょ? あ、でもセレンの場合、海神セルレイオスに誓うかたちの方がいいのかな?」

 俺たちの結婚式に話題がシフトして、3人が熱中している。

 でもそうか……、たしかにみんなの家族を招待しないといけないよなぁ。

 ガチャン!

「あ! ここにいた!」

 その時、サクラたちも部屋に入ってきた。

 シエラが困ったように、

「サクラちゃん。部屋に入る時はノックしないと」

と注意するが、

「え~。だってマスターが何をしているのか、サプライズの方が楽しいじゃん」

 ……おい。サクラ。それでこの前も突然部屋に飛び込んできたのか! おまえなぁ。

 額にぴきっと青筋が立っているのが自分でもわかる。

 俺の様子を見たカレンがあわてて、

「さ、サクラちゃん。それくらいで。せ、先生が……」

 カレンはいまだに俺を先生と呼ぶ癖がある。いや、まあ、不満があるわけじゃないんだ。ただ他人の目もあるからな。

 ますますかまびすしくなった室内だったが、そこへさらにセレンの妹のアシアーさんとシャロンさんがやってきた。

「なんだか楽しそうね!」

「……私たちの部屋まで声が響いているわよ」

 なんだかんだ言ってシャロンさんもミルラウスの社会に溶け込んでいけそうだ。

 シャロンさんのジト目をみながら、俺はそう思った。

「ね! ジュン! ちょっと結婚式の打合せだから来て!」

 ノルンが俺を呼んでいる。

 ……戻ったら本格的に式の準備をしないとな。

9-20 フォラスの最後

 光が消え去った後。そこにはヒュドラの姿は跡形もなくなり、瘴気だけがただよっていた。

やったか?

 しかし安心したのもつかの間、霧が渦巻くように瘴気がうごめきはじめた。

「まさか……」

 カッと光り、再びそこにはもとの9つ首のヒュドラが現れた。

 まったく効いていないだと……。とすると根本的に奴を倒す方法が間違っているのか?

 その時、セレンから念話が届いた。

(ジュン。今から結界を張ってフォラスの動きを封じるわ)

(了解だが、今の技で倒せないとなかったとなると……)

(核よ。海竜王様が核を破壊しろって)

 そうか!

 あれだけ姿形を変えられるのは瘴気を利用しているのだろう。どこかに奴の核があるってわけか。

 そこへテーテュースから誘導弾が次々に飛んできた。

 ノルンがすかさず、

「ジュン。今のうちにいったん離れましょう」

という。

 確かに、ここにいると頭上のセレンの邪魔になってしまうか。「わかった。急ごう!」

 セレンは胸に輝く水の精霊珠をかざしていた。

「やれ! セレン」

「ええ! 精霊珠よ。奴を封じるくさびとなれ!」

 その言葉と同時に奴の動きが止まる。

 セレンだけじゃない。5つの方角から強力な魔力を感じる。

 さらに頭上からはシャロンが歌をうたっていた。

「ジュン! ノルン! 核よ!」

 セレンの呼びかけに、気配、魔力、瘴気、あらゆる感知能力を駆使して奴の核を探る。

 ノルンが難しい表情をしている。

 眼下にいるヒュドラはブレスを四方八方に吐き散らし、結界の拘束をやぶろうとあがいている。

 その9対の目は油断なく俺たちを睨んでいた。

「このような拘束など無駄だ。我らを止めることなどできんぞ」

 その時、パリンっと音がして結界の一端が崩れた。

 すぐに結界が修復されていくが、奴はそこにブレスを集中しはじめた。

 まずいぞ。このままだと。焦りが募る。……どこだ。どこに奴の核が。

 ――ノルン様。奴の核は違う亜空間に隠れているのです。

 急に俺の頭に声が聞こえる。

「アーケロン。わかったわ……」

 そうつぶやくノルンの方を見ると、そのそばにボンヤリと光る霊魂のようなものが浮かんでいた。

 な、んだ? あれは? アーケロンの魂か?

 ――奴の核の位置をお二人にも見えるようにしましょう。

 アーケロンが何かをしたのか。脳裏に黒い八角柱のクリスタルの姿が浮かんできた。

――ピコーン。

 スキル「次元視」「異界視」「因果視」を取得しました。

 ナビゲーションが新たなスキル取得を告げる。

 イメージが心の中に浮かんでくるという独特の感覚に戸惑うが、そうか、あれが奴の本体か。

 ……場所は奴の体内なんだが、確かに微妙に世界軸がずれているというか。違う空間にあるようだ。

 異空間のものを切る。それにはやはりレベル7相当の剣技が必要だ。

 脳裏に一つの技が思い浮かぶ。レベル7剣技「ディメンション・ソード」。

 ――空間を飛び越えて攻撃できるノルン様と旦那様ならば、倒すことが可能です。そして、それ以外の皆さんも精霊珠の力を解放すれば……。

 アーケロンの霊魂がノルンのそばから離れ、セレンの胸に飛び込んでいった。

 びっくりしたセレンだったが、

「え? わ、わかったわ。こうね」

と内なる対話をしている。

 急にセレンの周りにウンディーネたちが姿をあらわし、次々にセレンに重なるように吸収されていく。

 セレンの髪が水色に輝きはじめた。

 俺のスキル:ナビゲーションがセレンに起きた変化を教えてくれる。

 ――ピコーン。

  セレンの半精霊化を確認しました。海神族への進化が開始されました。

 半精霊化。そして進化?

 ぶわっとセレンの周りを水がうねりはじめた。

 手の中の精霊珠が青く輝く。

 次の瞬間、レーザー光線のような細く鋭い光線が一直線にフォラスに放たれた。

 一呼吸置いて、ヒュドラがはじけ飛びもとの瘴気のもやになる。

 次元視でははっきりと見えていた。奴の八角柱の核が打ち抜かれ粉々に砕け散っていくのを。

 すごいな。……これが精霊珠の力か。

 瘴気が海上へとぐるぐると移動していく。

 海流に乗って拡散して……、いや、どこか決まったところに流れていくようだ。

 立ちこめていた瘴気がすべてなくなっても、俺たちはしばらく動けなかった。

「ノルン。これで終わったの……か?」

「そう、みたいね」

「なんかセレンの髪の色が変わってないか?」

「銀色から水色に変わったわね。種族も……」

「海神族って、セルレイオスの神域にいた人たちだよな」

「そうだけど。あなたとソウルリンクで結ばれているんだから……、人魚を辞めるのも今さらだとは思うわ」

「そっか。今さらか。はは、は」

「そうよ。今さら。ふふふふふ」

 海竜王が呆れたようすで、

「さっさと現実に戻ってこい。フォラスを倒したんだぞ」

 ……いや、それはそうなんだが、倒したのはセレン? になるのか?

 セレンも呆然としながら振り向いた。

 その身体から、すっと光の塊が抜け出てきた。

 光の塊はぼんやりと輝く生前のアーケロンの姿になった。

 ――フォラスは滅びました。ノルン様。旦那様。

 俺とノルンの死力を尽くした戦いは一体……。

 苦笑いを浮かべてしまったのは仕方ないと思う。

 それから海竜王が「フォラスを討ち取ったぞ!」と吠えると、別れていた人魚たちが歓声を挙げながら集まってきた。

 オケアーノス国王が、

「よくやった! よくやったぞ! セレン!」

とセレンをひしっと抱きしめていた。

 その喜びを見てようやくフォラスを倒した実感がわいてきた。

 そっか。ようやく天災の一人、海の悪魔フォラスを倒すことに成功したんだな。

 しかし、その犠牲も多かった。

 クラさんと呼ばれたダイオウイカ。そして、戦いで命を落とした人魚の騎士たちもいる。

 一人一人の遺体を運び、ミルラウスで葬送を行うことになるだろう。

 あ、ちなみにアーケロンは死してから、原因は不明だが幻獣として蘇ったそうだ。

 光り輝く姿は幻獣としての姿というわけだ。

 ただし……、

 ――だめよ。どっちにしろ私はもう一緒に暮らすことはできないのよ。

「なんでよ! だってよみがえったんでしょ! 私イヤだよ。母さんと別れて暮らすなんてできないよ」

 ――シャロン。こうしていられるのも奇跡なのよ。……幻獣には幻獣の暮らす場所が決まっているの。お願い。わかってちょうだい。

「やだ! やだやだ!」

 ――わがまま言わないの!

 アーケロンと言い合いをするシャロン。

 そう、アーケロンは幻獣となったからには今まで通りの海底に住むわけにはいかないそうで、これからは空に浮かぶ幻獣島で暮らすことになるらしい。

 そこらへんの事情はよくわからないが、シャロンにとっては母親代わりと友人を一度になくす結果になってしまった。

 ――寂しくなったらいつでも呼びなさい。ね?

「……うん。わかった」

 どうやらようやくシャロンも納得したようだ。

 ついでアーケロンはオケアーノス王の元へ行く。

 おそらくシャロンのことを頼みに言っているのだろう。

 会話は聞こえてはこないが、どんと胸を叩いている王の様子を見れば安心して良いだろう。

 そして、俺たちのところにやってくるアーケロン。

 ――ノルン様。旦那様。それでは幻獣の島テラスにてお待ちしております。

「ふふふ。これからもよろしくね」

 ――はい。……そして、セレン殿。あなたの持っている精霊珠にはあのような力が秘めてあります。そこに貴方たちの絆の力が加われば、御覧のように邪神のとはいえ、その眷属神を倒すことができるでしょう。

 セレンはうなずき、

「ええ。お世話になったわ。本当にありがとう」

と礼を言う。

 ――それではそろそろテラスに参ります。……シャロンをよろしくお願いします。

 その言葉を最後に蛍が散らばるように光の粒子となって消えていった。

 ノルンがその光を見送りながら、

「待っててね。会いに行くから」

とつぶやいた。

 余談だが、アーケロンは召喚契約をノルンとシャロンと結び、シャロンには加護を与えている。

 だからシャロンもこれからミルラウスで暮らすことになっているけど、寂しい時にはいつでもアーケロンと会えるはず。

 それから俺たちは、アーケロンの住処での生活用具などをノルンのアイテムボックスに収納し、シャロンと一緒にテーテュースに乗り込んだ。

 さあ、ミルラウスへ戻ろう。

9-19 フォラス戦い4 破壊の権化

――――一方、テーテュースの操縦室。

 床に寝かせられていた人魚のシャロンが目を覚ました。

「う、ん……」

 固定していたベルトが自然にほどけ、上体を起こしてぼんやりと周りを見回している。

 普段は大きな尾びれになっている下半身も、船の中は水がないので人化しており、毛布の裾からすらりとした足がのぞいて見える。

 ヘレンが、

「あ、気分は大丈夫かしら? まだ戦闘中だから、急いでイスに座って」

と声をかけるが、シャロンはまだぼうっとしているようだ。

 カレンが心配そうに、

「まだ意識がはっきりしていないのでしょうか?」

とつぶやいた。

 それも無理はない。二人はそう思った。

 自分の育ての親が無残な姿になってしまったのを、その目で見てしまったのだから。

 ぼうっとしているのも一種の自己防衛本能なのだろう。

 その時、シャロンが何かに気がついたように立ち上がり、おぼつかない足取りでフラフラと歩き出す。

 まるで何かに呼び寄せられているかのような表情だ。

 ヘレンがあわてて、

「ちょ、ちょっとどこに行くの?」

と声を掛けるが、その声は聞こえていないらしい。

 シャロンはブツブツと、

「――うん。わかった。今行くね。お母さん」

とつぶやきながら、ロックされているはずの操縦室の扉を開けて外に出ていった。

 カレンが驚いて、

「ちょっと。システムさん!」

と声を上げるが、システムからは、

「原因不明のエラーです。現在はロックされています」

と返事が来て、扉を開けることができない。

 あわててカレンが扉を叩きながら、

「ロック解除して! 行かないと!」

と言うが、システムが

「ロック解除不能。エラー。エラー。エラー」

と繰り返す。

「そんな!」と言いながら、カレンは拳を叩きつけている。

 ヘレンは眉をしかめながら、スクリーンを見つめる。とにかく状況を整理しないと……。

 船の周りだけでなく、海域一帯ではフォラスの呼び出した軍勢とオケアーノス国王たちが戦いを繰り広げている。

 その最中を、ゆっくりとシャロンが泳いでアーケロンのいる方向へ向かっている。

 まるで夢遊病者のような様子に、ヘレンは、

「もしシャロンに危険が近づいていたら、即座に対処して」

とシステムに命じる。

「了解です」

 それを聞いたカレンが、

「え! それはエラーが出ないのですか?」

と釈然としない様子だ。

「カレン。座って。きっとこれも何かの力が働いているのよ。私たちがどうこうできることじゃないわ」

「……はい。そうですね」

 二人が見守る中、シャロンは戦場のなかをゆっくりと泳いでいく。

 黒い魚がその襲いかかろうとするが、テーテュースからレーザーが発射され海に沈んでいく。

 スクリーンにはまるで静かな海を行くように泳ぎ続けるシャロンの姿が映し出されている。

 やがてアーケロンのもとへたどり着いたシャロンは、その大きな顔のところで何かを話しかけている。

 最後の会話だろうか。

 シャロンがうなずくと、そこからゆっくりと離れて静かに歌をうたいはじめた。

 亡くなった人を送るような葬送の歌ではない。むしろ神々をたたえるような厳かな歌が聞こえてくる。

 すると、はるか頭上から一条の光がアーケロンを照らした。

 暗い深海をのなかを、傷ついたアーケロンの巨体がまるで月光のスポットライトに照らされているかのようだ。

 アーケロンの身体がキラキラと光の粒に覆われるように輝き始めた。身体の端っこから、すこしずつ砂となっていくかのように光の粒になって崩れていく。

 やがてすべてがキラキラした光の欠片になり、シャロンの周りを見守るようにゆったりと集まっていく。

 シャロンが歌いながらも、光の粒を抱きしめるような仕草をとった。

 ふと歌を止めて、

「うん。お母さん。……ずっと一緒だよ」

とつぶやいた。

 その手元に光の粒が集まっていきシャロンに何かを話しかけると、すっと海流に乗ってその場を離れていく。

 シャロンはそれを見送りながら住居だった大穴の中に入っていった。

 一連の様子をスクリーンで見ていたヘレンとカレンは、静かに状況を見守っていた。

――――リュビアーの影と戦っていたシエラは、今まさに最後のとどめを刺そうとしていた。

「はあぁぁぁ」

 竜闘気ドラゴニック・バトルオーラを影に叩きつけた。

 ついに力つきたのか。影が黄金色の光に包まれてちりぢりに消えていく。

「よくやった。シエラよ」

 海竜王の言葉に頭を下げるシエラ。

「お前はそのままジュンの元へ行け。我はこのぶんぶん泳いでいる小者どもを一掃してしよう。……もうあまり残っていないみたいだがな」

「はい」と返事をして、ジュンの元へ行こうとすると、突然、海中にまばゆい光が輝いた。

 シエラが振り返ると、今まさにジュンとノルンがハルバードを握って、眼下に現れた巨大な怪物に攻撃を加えるところだった。

「なにあの化け物? まさか天災ってあんな化け物なの?」

 シエラがつぶいたのには理由がある。

 それは父の仇もまた天災だからだ。「――もっと力をつけないと」

 拳を強く握りながら、ジュンとノルンをサポートしていたサクラとセレンの元へ急ぐ。

 その向こうでいくつもの光の刃が生まれ、ヒュドラの首が次々に断ち切られていく。

 思わず「すごい……」とつぶやくシエラ。

 サクラはうなずいて、

「マスターとノルンさんだからね」

と言うが、セレンが2人をたしなめた。

「――油断したらダメよ。嫌な予感がするから」

 その言葉がトリガーになったのだろうか。

 ヒュドラの様子が変わった。次々に新しい首がニョキニョキと生えていく。

 無作為にブレスを放っては周囲の崖を壊していくヒュドラ。

 まるであの様子は――。

 その時、3人の背後に海竜王がやってきた。

「暴走状態だ」

 周りはオケアーノス国王らミルラウスの人魚たちも集まっていた。

 国王は厳しい表情でヒュドラを見ながら、おそるおそる、

「海竜王様、あれはいったい?」

「王よ。あれが天災なのだ。かつての帝国を滅亡に追いやった破壊する意思だ」

「ですが、これは私たちでは……」

「案ずるな。かつてとは違う。この者らがいる。――そうであろう? シエラよ」

 呼びかけられたシエラだったが、その表情はすぐれない。

 なにしろ、想像以上の化け物なのだ。どのように戦うことができようか。

「は、はい。ですが、あの化け物……」

 言いよどむシエラに、海竜王は、

「見ろ。あの二人はあきらめてはおらぬぞ。3人ともあの者の翼になるのであろう?」

「「「はい」」」

「テーテュースも来たようだ。我らも力を貸そう」

 海竜王はそう言うと、人魚たちに5つの集団に分ける。

「セレンの持つ精霊珠を核に結界を張れ。奴の動きを封じた上で奴の核を打ち砕くのだ」

 その命令にしかし王が戸惑っている。

「結界となりますと、その基点になるものが必要かと。それはいかがしましょうか」

「案ずるな。すでにアーケロンが用意しておった。……ほら」

 海竜王の視線の先には、小さな箱を手にやってくるシャロンの姿があった。

「シャロンよ。わかっておるな?」

「はい。海竜王様。……お母さんからこれを使うようにと」

 そういってフタを開けるシャロン。その中には、5色の小ぶりな宝玉が鎮座していた。

 人魚の騎士たちが1つずつ宝玉を受け取って、海竜王の指示にしたがって散らばっていく。

――――ジュンとノルンは次々に増殖する首をの間を駆け抜けながら、戦いつづけている。

「くそっ! きりがないな!」

 テラブレイドを振り回し、光刃を飛ばし続ける。

 俺のすぐ脇をノルンの神力弾が飛んでいく。

「ジュン。少し時間を稼いで!」

「了解だ!」

 神力を剣に乗せて一閃する。

 俺を中心に円形の光刃が広がっていく。数本の首が断ち切られるが、そこからさらに新しい頭が生えてくる。断ち切った頭は瘴気にもどって奴の身体に吸収されていく。

 さっきまでと変わらない状況だ。すさまじい再生力。……いや、プログラムの増殖バグのようにどこかおかしい増え方だ。

 会話の成立していたはずのフォラスも今は意思があるのかもわからない。破壊の本能にしたがって狂っているようにみえる。

 剣を納め、両の拳から魔力連弾マナバレット・ストロークを放つ。

 魔力弾が乱舞し、いくつもの首を打ち据えていく。

 増殖し続けるなら、頭を切り離すことに意味は無い。

 それならばノルンと同時に大技を打ち込んだ方がいいだろう。

 鞘に入った剣を頭上で回転させ、身に宿る神力や周囲の魔力を吸収させる。

(行くわ!)

 ノルンの背中の翼がひらく。光背が輝きをましていく。

 初めて見る魔法。恐らくレベル7の神魔法だろう。……俺もそうだが、自然と力の使い方が頭に入ってくるときがあるんだ。

 ならば俺も。

 周りに浮かぶ光のかけら。すべてを頭上のテラブレイドに込める。

「神威光翼波」

「ジャッジメント・バスター」

 ノルンの翼から光弾が雨のように降り注ぎ、世界すら切り裂く斬撃を奴のみを対象に放つ。

 光の柱が俺たちをも飲み込んだ。

9-18 アーケロンの死

――――ノルンは、セレンと一緒に傷ついたアーケロンの元へと急いだ。

 いけない! 目に光がないわ。

「エクスヒール!」

 急いで回復魔法をかける。魔法の光がアーケロンを包むとかすかにその口が動いた。

「アーケロン!」

「ノルンさ、ま……」

 良かった。

「待って、すぐに。……エクスヒール」

 再び回復魔法をかける。アーケロンはぼんやりした目で私を探しているようだ。

 ……しかし、その目に生気がない。

 なんてこと! 死の、死の気配がする。

「もう。いいのです。これ、も……さだめ」

 何度も何度も最上級回復魔法を唱え続ける。涙で、視界が、にじんできた。

「エクスヒール! エクスヒール! ――」

 しかし、いくら魔法の光がアーケロンを包んでもまったく回復する気配がない……。

 だめよ!

 心の中でそう叫ぶ。

 アーケロンは今にも力尽きそうな声で、

「瘴気……、打ちこま……。申しわけ……。要石を守ってきまし、たが、奴に」

「いいのよ。そんなこと! だから、もう休んで」

「か、要石のへ、やに、ある箱を。……あの子に」

「わかったわ! もうしゃべらないで! エクスヒール!」

「ふふふ。……さい、ごに会えて、ほんとうに、よかっ。あのころの、よ、う…………」

 ふっと力が抜けるように動かなくなるアーケロン。

 頭が真っ白になった。

「あ、アーケロン! くうぅぅぅぅ……。あーー!」

 気がつくと叫んでいた。拳を握って、何度もアーケロンの顔を叩いていた。

 お願い! 目を覚まして!

 不意にがしっと誰かが私の拳を掴まえた。振り返るとセレンが痛ましそうな目で私を見ている。

「ノルン。アーケロンはもう……」

 実は、目の前で知り合った人が死ぬのを見るのは初めてだった。胸に迫るこの思いをどうしていいのかわからない。

 ああ。セレン。……思わず抱きつくと頬に衝撃が走った。

 セレンが右手を振り抜いている。

「ダメよノルン! 悲しむのは後よ。……ジュンが、みんなが、戦っているわ!」

 ぐっと詰まる。

 その時、どす黒い瘴気の波動が駆け抜けていった。

 ……海溝の底に充満していた瘴気が減っている。この気配。フォラスだ。

 どうやらセレンの言うとおり、悲しんでいる余裕はないようだ。

 何かが、起きようとしている。

 突然、不気味な咆吼ほうこうがあちこちから聞こえ断崖のあちこちから火柱が立ち上った。

 まるで火山が連鎖的に噴火しているようだ。

 あらたに崖の一角が吹き飛び、巻き上げられた土埃が視界を遮る。

 一帯にフォラスの笑い声が響き渡る。

「ふふふ。この世界の者どもにこの姿を現すのは初めてのことだ」

 海溝の底の瘴気の澱みのなかから、次々に鱗を持った竜の姿が現れる。

 ……大きい。それにあれは、ヒドラ?

 9つの首が海溝の底に溜まったよどみを吸い込んでいく。

 その目が不気味に赤く光り、ジュンたちを見上げていた。

 神話の怪物のような迫力にセレンが絶句している。

 この存在感。かつてルーネシアの空中で戦ったムシュフシュ以上だと思う。

 ちらりと振り返って力尽きたアーケロンの顔を一瞥いちべつする。

 短いあいだのやり取りだったけれど、私と出逢ったことを泣いて喜んでいた。

 気むずかし屋なんて言われながらも、捨て子の人魚シャロンさんを育てていた。きっとシャロンさんをかつての自分と重ねてみたのだろう。

 慎ましい日常を、奴が、破壊した。

 いまだかつてない怒りが私の心の中で渦巻いている。

 ……シエラ。今なら、父を殺されたあなたの気持ちがよくわかるわ。

「真魔覚醒!」

 神力の発動。そして、いつものように光の衣が私を覆う。

 でもだめ。これではまだ足りない。フォラスを完璧に滅するのには。

 胸の前で印を結む。パティスに教わった魔力の循環法。

 これを神力に応用する。

「アーケロン。よくがんばったわ。後は、ゆっくり休みなさい。……あなたの仇。私が討つ」

 ――聖石の力よ。私に力を。

 私の祈りに応えるように、お腹の奥からかつてない力が湧いて出てくる。

「ノルン。せ、背中に……」

 セレンの声に振り向くと、背中に輝く白い翼が目に入った。

 ……驚くのも後。今は、フォラスを倒す!

 セレンの方からも精霊の力を感じる。

 彼女の胸で揺れる水精霊珠のペンダントが青く輝いていた。光は強くなっていき、彼女に宿るジュンの神力と混ざりはじめる。

「え? これって」

 とまどうセレンだったが、私にはわかる。ウンディーネの力だ。

「行くわよ! セレン!」

 私の力と呼応して巨鳥になったフェニックス・フェリシアがテーテュースから飛ぶように泳いできた。

 その背中に乗り、

(フェリシア!)

(了解です!)

(飛んで!)

 ゴウッと今までにない速度で、一気にジュンの前に飛び出した。

 ハルバードを掲げる。

円封封神セイクリッド・サークル

 円形の魔方陣がいくつも飛んでいき、巨大なヒュドラとなったフォラスの首を固定していく。

 目の前に神力で2つの魔方陣を組み上げ手を添える。

 背後からジュンが、

「アーケロンは?」

と聞いてきたが、私は振り向くことなく首を横に振る。

「……そうか」

 背後のジュンからも神力のほとばしりを感じる。

 ソウルリンクを通して、ジュンの神力が流れ込んでくる。

 太くなった魂の回廊。私の神力も彼に。

 ……まるでかつてムシュフシュと戦ったときのように、私と彼の力が共鳴をはじめた。

 ヒュドラの首の一本が私を見上げ、

「その力。ようやく8割の融合率といったところか。予想より遅いな」

と言った。

 ……融合? 奴はいったい何を言っているの?

「――まあよいだろう。まだ間に合うからな」

 そんなことより、浄化の白銀の炎よ。奴を滅ぼせ!

 魔力に神力を載せ、目の前に二つの魔方陣を浮かべ、そこに手を添える。

 その二つの魔方陣をスライドして一つに重ねる。

冷炎神雷アフームザー

 蒼く輝く冷気の光の奔流が一気にヒュドラを貫き、そのまま海中に巨大な氷柱を作り出す。奴を貫いた氷柱が激しくスパークしはじめ、やがてすうっと消えていった。

「――クククッ。8割にしてこの威力。……これが共鳴か」

 ……なに? 圧力が高まっていくようなこの感覚。

 あの口の光。ブレスが来る!

「ナイン・マイアズムブレス」

 9つの口から放たれた紫のブレスがらせんを描く。

 視界一杯に紫の光が飛び込んでくる。

「ノルン!」

 私の前にジュンが飛び込んできた。

 ここで避けると、上で戦っている海竜王とシエラや人魚たちが危ない。

 だからここで受け止めるしかない。

 ハルバードに魔力を神力を混じりあわせ、神力結界魔方陣の多重展開。そして、積層化。

 神力には限りがあるけれど、無限に近い魔力を魔方陣に流し込む。

 目の前に現れた直径200メートルはある巨大な円形魔方陣が、グルグルとダイヤルと回すように回る。

 そこへフォラスのブレスが正面からぶつかってきた。

 ぐうぅぅ。なんて圧力なの。

 手がブルブルと震える。少しでも気を抜くと奴のブレスが魔方陣に侵食してくる!

 まるで爆弾が手の中で爆発しているかのようだ。

 魔方陣を支え、暴風のようなエネルギーを力尽くで押さえ込む。

「俺も手伝おう」

 ジュンが一緒にハルバードを支えてくれる。

 彼の神力がソウルリンクだけでなく、ハルバードからも伝わってきた。

 あれだけ暴れていた圧力が、ふいっと軽くなる。

 ……ふふふ。さすがは私のパートナー。

 ジュンが力強く、

「同時に行くぞ。ノルン」

「ええ。わかったわ」

 私とジュンの神力が、キュイイイインと高い音をあげながら共鳴する。

 増幅に増幅。波紋が幾重にもかさなり、いくつもの光の輪が私たちの周りに浮かび上がる。

 その輪をよくみると何かの方程式のような複雑な術式がきらめいている。

「はああぁぁぁ」

「あああぁぁぁ」

 二人で紫のブレスを切り裂きながら突っ込む。

 ブレスを真っ正面から切り裂き、突き抜けて、そのままフォラスの胴体にハルバードを突き立てた。

 私たちの周囲をぐるっと衝撃が円形に走り抜け、奴の身体を吹き飛ばしていく。

 ジュンがハルバードから手を離しテラブレイドをなぎ払う。一振りするたびに半月状の光刃が飛んでいき、奴の首を落としていく。

「いかんっ!」

 ジュンの声がしたと思うと、私たちは抱きかかえられて離脱していた。

 どうしたの?

 そう言おうとして私は絶句した。

 首を落としたはずのフォラスの胴体から、狂ったように何本もの首がニョキニョキと生えてきたのだ。

「な、なにあれ?」

「わからん。……サクラたちの元へ戻るぞ」

 まるで生命の法則が狂ったように増殖を続けるヒドラの首。それは異様な光景だった。

9-17 フォラス戦2 初代王リュビアーの影

 青白いオーラを出しているフォラスが不気味に俺たちを観察している。

 フードの奥から見える幽鬼のような顔。……この圧迫感。さっきまでとは雲泥の差だ。

 奴の体がゆらっとぶれたと思ったら、次の瞬間、俺の目の前に転移していた。

 フォラスの黒い棍の一撃をテラブレイドで受け止める。

 くっ。

 水中では踏ん張りがきかずに吹き飛ばされた。しかし途中で足の裏に魔力で足場をつくり、奴に切りかかる。

 ガキィィン。

 俺のテラブレイドと奴の棍がギリギリと競り合っている。

 奴のフードがはらりとめくれ、突然、目が赤く光りそこから2条の光線が飛び出してきた。

 げっ。

 あわててのけぞって攻撃をかわし、そのまま奴の頭を蹴り飛ばす。

 さらに右手に力を込めて奴の腹を打ち抜く。

 衝撃が奴の背中に抜ける感覚。……さっきとは違い、今度は攻撃が通る。

 いけるか?

「ふ、ふふふふ。ははははは! ……いいぞ。こうでなくては戦いは面白くない。さあ、もっと本当の力を出させて見ろ!」

「もとより貴様を倒すつもりだ!」

 奴の突きを擦りあげて肘打ちをたたき込み、そのまま剣で切り上げた。

 しかし奴がすっと下がり、その鼻先を剣が通り過ぎていく。

 追撃をしようとして不意に身体に異変を感じる。

 なんだ? 何かが身体に絡む……。

 魔力視から瘴気視に切り替えると、俺の身体に幾重にも糸のような瘴気が絡んでいた。

 奴が両手で印らしきものを組む。糸を通して瘴気が俺の身体に流れ込んでくる。

「耐えられるかな? ――呪糸妖縛陣」

 身体に激痛が走る。心に瘴気が流れ込む。

 なんだこれは?

 俺の脳裏に恨みを抱きながら、死んでいった人々の記憶が流れ込んでくる。

 ――くっ。こんなところで。……フラン。ごめん。生きて戻れそうにない。

 ――いやあぁぁぁぁ! 行かないで! 私を捨てないで!

 ――どこ? 私のヨハンは。どこにいったの?

 ――ゴーダめ! よくも。よくも俺たちをはめやがったな! くそ! 死ぬな。レヴィーン!

 周りの者への恨みが。憎しみが………………。視界が白黒に反転していく。

 憎い! 憎い憎い。 

 ああああああああーー!

「「だめ」です!」

 誰だ?

 色を失った視界に黄金色の髪が動いている。

 身体を縛り付けていた拘束が解けたと思ったら、俺の腹に衝撃が走った。

「白光仙掌!」

 ぐはっ。

 打ち抜かれた腹部から、全身に灼熱の仙気が広がる。

 黒い心が打ち抜かれ、すうっと消えていく。

 さっきまでの憎しみが薄れていった。

 気がつくとサクラが心配そうに俺を見つめ、その向こうではフォラスに向かって連続突きを放つシエラの姿が見えた。

「サクラ、か……」

「マスター。大丈夫ですか?」

「サンキュ。もう大丈夫だ」

 頭をぽんぽんと叩くと、不満そうに、

「……終わったら修行のやり直しですよ」

 ぐっ。何も言い返せない。

 さっきの攻撃も瘴気を流し込まれたとはいえ、今は神力を解放している状態だ。あんなにあっさりと精神攻撃にはまるとは……。

 邪神の眷属としての力は、まだ奴の方が上なのかもしれない。

「きゃ!」

 シエラの声だ! いかん! 例の黒い稲妻がシエラに襲いかかっている。

 幸いに神竜の盾の結界で防いでいるようだが、すぐに行かねば。

「サクラ。同時に行くぞ」

「了解です。マスター」

 剣に神力をまとわせ、一気にフォラスの懐に入り込む。

「む?」

 シエラから気をそらさせて斬りかかる。……ふりをして即座に飛び上がる。

「水遁。氷海波!」

 サクラの両手から仙気と妖気を練り合わせた青白い冷気が、海水を凍らせながらフォラスを飲みこんだ。

 今だ!

 振りかぶったテラブレイドとともに奴めがけて突っ込む。

 おおおおお!

 神力の白銀の輝きを帯びながら、氷と奴の胸を貫く手応え。

「ふんっ!」

 テラブレイドを通して神力を流し込むと、奴の目や口から光があふれ出した。

 最後に奴を海溝の底に向かって蹴り飛ばし、そこへ神力を込めた魔力弾を撃ち込む。

「これで最後だ!」

 10メートルにもふくれあがった神力エネルギーのかたまりが奴を打ち据えた。

「ぐわあぁぁぁぁ」と苦鳴をあげながら奴が小さくなっていき、一瞬の後、海溝の底がピカッと閃光を発した。

(マスター。さすがです! ……やりましたかね?)

 サクラからの念話。しかし、

(サクラ。人、それをフラグという……)

 感じるぞ。奴が海底で何かをしている。

 どんどんと奴の存在感と不気味な気配が大きくなっているぞ。

「警戒を緩めるな!」

 サクラとシエラに叫ぶ。

 しかし、次の瞬間、上の方から海竜王の苦悶の声が聞こえてきた。

 即座にシエラが、

「ジュンさん! 私は海竜王様のもとへ!」

と言い、返事をする前に飛ぶように浮上していった。

――――

 海竜王は影のように黒い人魚と対峙していた。

「リュビアー。……の影か」

 その人魚は初代ミルラウス国王であったリュビアーの姿をしているらしい。

 海竜王はいらだたしげに、

「フォラスめ。我が友の影を使うか。……失せよ!」

と言うと、その周囲の海域におびただしい数の氷の槍が現れた。

 ヒュン! ヒュン!

 氷槍がリュビアーの影の周囲を旋回しながら次々に攻撃をしていく。

 しかし、影はそのことごとくを避けながら、海竜王にトライデントを投げつけた。

 ごう

 周囲に渦を巻きながら、そのトライデントが海竜王のうろこを突き破り貫通していく。

「ぐわあぁぁぁぁ」

 まさか自分のうろこが破られるとは予想もしていなかったのだろう。

 海竜王が痛みに吠えるとその頭上に影が移動し、海竜王の鼻先に右の拳を叩きつけた。

 衝撃で海竜王が吹き飛ばされる。

「ぐぬぬ。この攻撃力。まさにリュビアーと同じというわけか」

 海竜王の身体がほのかに黄金色のオーラを帯びた。

 竜が本気を出す時に現れる竜闘気ドラゴニック・バトルオーラだ。

「行くぞ!」

 海竜王は吠え、リュビアーの影に襲いかかった。

 白い牙が影の肩を貫き、かみついたままで影を断崖に叩きつける。

 地響きを立てる崖に、海竜王が容赦なくブレスの連射攻撃を放った。

 ドゴゴゴゴゴ……。

 まるで流星雨が地上に落ちたように、ものすごい衝撃と地響きを立てて崖が崩れていく。

 10秒、20秒とブレスの攻撃が続き、ようやく海竜王は攻撃の手を止めた。

 砂が煙のように舞い上がる崖。

 海竜王は尻尾でその煙を吹き飛ばした。

 しかしその一瞬に、煙を突き抜けてリュビアーの影が飛び出して、そのまま海竜王ののど元にトライデントを突き刺した。

「ぐうぅぅ」

 影はトライデントが抜けないようにしっかりと押さえ、その全身から紫のオーラが立ち上らせてトライデントを媒介にして海竜王の体内に流れ込ませていく。

 激しく身をよじって苦しむ海竜王。

 そこへ応援に来たシエラがリュビアーの影に攻撃を仕掛けた。

 吹き飛ばされた影。シエラは突き刺さっているトライデントをつかむとグイッと引き抜いて捨て去る。

 竜槍ドラグニルを構え、影を見据える。

 リュビアーの影には、どこからか新しいトライデントを握っている。

 浮遊する神竜の盾を両肩の上に浮かべ、シエラが竜闘気を強める。黄金色のオーラがぶわっとふくらむ。

 退治する影もトライデントを構え、その全身から吹き出した瘴気を集めていく。

 海竜王が口から血を流しながらもシエラに、

「シエラか。そやつは強いぞ」

「わかっております。ですが、私も竜王の騎士。神竜王さまより拝領したこの盾にかけて負けるわけにはいきません」

「……よかろう。ここに我の力をそなたに授ける」

 海竜王から濃紺の光が一直線に伸びて、シエラの身体に取り込まれていく。

 ここにジュンかノルンがいれば、シエラのステータスに変化があったことがわかるだろう。

 クラス:竜王の騎士風・水・海new!

 海竜王の口から一本の十字槍が飛び出して、幻像のようにシエラの持つ竜槍ドラグニルに重なりスウッと消えていった。

 竜槍ドラグニルが輝きを増す。

 ドラグニルの口金にある緑と水色の宝玉に、新たに濃紺の宝玉が増えていた。

「こ、これは……」

――真竜槍ドラグニル――

竜王の力の込められた槍。竜王の力を合わせることにより強化する。

現在:風、水、海

 海竜王がシエラに命じる。

「シエラよ。竜王の騎士よ。リュビアーの影を倒せ」

「は!」

 リュビアーが口を開けて吠える。その口から瘴気がブレスとなってシエラに襲いかかる。

 しかし、神竜の盾が障壁を張ってシエラを守る。

「無駄です」

 シエラが瘴気のブレスを切り裂きながらリュビアーに迫る。

 ドラグニルとトライデントが幾度も交差し、そのぶつかり合う音が響き渡った。

9-16 フォラス戦1

 黒い稲妻が迫る!

 しまった! 今はノルンがいない。防護魔法が……。

 衝撃にそなえる俺の目の前に、神竜の盾が飛び込んできた。

 ナイスだ! シエラ!

 奴の稲妻がバリバリバリと盾の周りをスパークして、海水に散っていく。

 俺たちにもピリピリと伝わってくるが、魔法耐性が強化されている今はダメージはない。

 ブオンッという音とともに、シエラが竜闘気ドラゴニック・バトルオーラを身にまとった。

 竜槍ドラグニルを構え、

「神竜の盾バージョン3! モード・イージス」

と言うと、周囲に浮かぶ2つの盾を中心に、光る障壁が現れて俺たちを囲んだ。

 神竜王バハムートから授けられた盾。

 今では、2つに別れた盾を自由自在に浮遊させて敵の攻撃を防ぐという、ヴァージョン3まで使いこなしている。

 さらにエリア防御のモード・イージスを発動していため、この防御を突き破るには余程の力がいるだろう。

 ……ただ、その力がフォラスにはあるだろうから油断はできない。

 フォラスは忌々しげに、

「竜騎士の小娘がこしゃくなまねを」

 テラブレイドを握り、フェイントをまぜながら再びフォラスのところに飛び込み。突きを放つ。

 しかし、ゆらりと奴の身体が揺れたと思ったら、幻のように奴の身体を突き抜けてしまった。

 そのまま奴の身体を突き抜けて、反対側の四神結界を蹴って再びフォラスに突きを放つ。

 くそっ。また突き抜けた。

 この手応え。奴の身体はいったい……。

「回天竜牙撃!」

 吠える竜をかたどったエネルギーがフォラスに襲いかかった。

 が、その攻撃もフォラスを突き抜けていく。

 バリンッ!

 そのままシエラの回天竜牙撃はサクラの四神結界を破壊して飛んでいった。

「ああ!」

 サクラの声がする。

 くそっ。やはり海中戦は経験不足か。こんなとき、ノルンがいてくれたら……。

 目の前で分身を作りだしているフォラスを見て、テラブレイドを握りしめる。

 ――その時だ。

 俺たちの頭上から、数多くの光の槍がフォラスに降りそそいだ。

 奴の分身体が次々に煙のように消え去っていく。

 見上げると、そこには武装した人魚たちと、海竜王リヴァイアサンがたたずんでいた。

 フォラスが障壁を張りながらリヴァイアサンを見上げる。

「海竜王よ。今ごろ来たか」

「……どうやら貴様にまんまと出し抜かれたようだな」

「ああ、最後の要石は破壊した。これでこの世界はむき出しの卵も同然。我らが主による救済破壊を待つがよい」

「どうかな。今度こそ逃がさぬし、……そこにいる男たちは強いぞ。貴様こそ逆に封じられるのではないかな?」

「ふふふ。ならば試してみたらどうだ?」

「よかろう。――王よ。そなたらはあの者たちを援護する歌を。我は行くぞ」

 この気配!

(みんな離れろ! ブレスが来るぞ!)

 念話を送ってばっと離れると同時に、海竜王がブレスを放った。

 しかし、海竜王のブレスがフォラスの障壁にぶつかる。

 くそっ。逆にブレスが邪魔だ。

 ……なんだ? フォラスの瘴気が圧力を増しているような。

 サクラから念話が届く。

(マスター! 大変です。海溝に充満している瘴気が集まっていきます)

(なに?)

 本当だ。霧のように充満していた瘴気がまるで掃除機に吸い込まれるようにフォラスに集まっていく。

 突然、フォラスを中心に爆風のように強烈な波動が放たれた。

 ……く。腕を顔の前に掲げて、その衝撃に耐える。

 海竜王のブレスまでもかき消された後、そこには青白いオーラをまとうフォラスが異様な雰囲気を漂わせていた。

 ――一方、神船テーテュースのブリッジではヘレンが船長席に座っている。

「システム。オールグリーン。戦闘モード移行完了」

 一緒に操縦室にいるカレンが私を見る。

「ヘレンさん。行きましょう!」

 私はいまだに失神したまま倒れているシャロンを見やる。

 彼女は今毛布を掛け、サポートシステムによって身体を固定されている。

 アーケロンの無残な姿。

 そして、それを見て失神してしまった彼女の気持ちが私にはよくわかる。

 私の脳裏に1000年前のベアトリクスだったころの記憶がよみがえった。

 天災に翻弄され、かけがえのない家族を、仲間たちを失った記憶。

 正面のスクリーンにはフォラスの姿が青白く光っていた。

「……ソロネ。エクシア」

 失った弟とその婚約者。二人の笑顔が脳裏に浮かぶ。

 ――そうね。私たちのような悲劇をもう繰り返させない。だから、私を見守って。

「テーテュース発進!」

「イエス! マム!」と応えるシステム。

 目の前の円形コンソールに手を添えて、

「防御結界。強化増幅」

 私の結界魔法をテーテュースで増幅する。蓄積された神力結晶のエネルギーを少しでも節約しておきたい。

 人魚たちの歌による周辺の魔力増幅効果でエネルギーには余裕があるけど、天災フォラス相手では不足するだろう。

「カレン。思念伝達リンクするわよ」

「了解です!」

 思念伝達リンクとは、一対一のダイレクト念話回線を構築する方法。

 私たちチームが念話をできるようになってから訓練したのだ。

(絶対零度ポイントミサイル。マルチ発射。)

(行きます!)

(すぐに波動砲、チャージ開始)

了解サー!」

 船体下部から9本の魚雷が発射され、目の前でふいっと消失。

 即座にフォラスの周囲で炸裂した。

 グオオオンっ。

 鈍い音が響き、ペキペキと氷が伸びていく。

 テーテュースの船首が開いた。

(波動砲。チャージ完了。いつでも行けます)

(撃て!)

 ドンッという衝撃とともに巨大な波動砲の光線が発射され、一瞬、音も聞こえなくなる。

 フォラスを封じた氷を粉々にして、そのまま反対側の断崖に大穴を開けた。

 キラキラと氷の粒が輝くなかで、しかしフォラスは平然とたたずんでいる。

「今ので無傷とはね……」

 これは予想外。さてどうする?

 スクリーンの中で、フォラスがこっちを見て、

「……セルレイオスのおもちゃか。貴様らの相手はこいつらだ。出てこい。我が眷属たちよ」

と言った。

 その手前に黒い球体が現れ、その中からまるで蜂の大群のように、次々に漆黒の魔物と人魚の大群が現れた。

 どの眼も灰色に濁っていて、正常な状態ではない。

 私たちより上層にいるオケアーノス王が、人魚たちに、

「ミルラウスの騎士よ。行け! 婿殿たちはフォラスを!」

と指示を出し、ミルラウスの騎士たちが光り輝く銛を手にその大群に突っ込んでいった。

 一気にこの海域が混戦に突入していく。

 不意に船体が大きく揺れた。

「――ピピピっ。4時の方角より魔法攻撃です」

 確認するとそこには、口のなかに光を湛えた巨大なアンコウがいた。

 幸いに増幅した結界魔法で防げている。

 アンコウがスクリーンで目の前にゆっくりと口を開く。

 するどい牙がならんでいるその奥から大砲のような魔力弾が放たれた。

 ドオオンン……。

 再び揺れる船。

「――結界損傷率20%」

(ホーミング魚雷。あの口の中を目標に斉射!)

(了解。発射)

 船体の下部から投げ捨てるように魚雷が放たれ、一拍おいてからスクリューが動きはじめる。

 そのままアンコウに向かっていくミサイル。

 アンコウはその接近を感知して、すぐに離れた。

 しかし追尾していく10本のミサイル。

 やがて、次々にアンコウの背に爆発が生じていく。

 爆音が響くが、その煙の中から再び魔力弾が飛んできた。

 再び結界が揺れる。

「ああん! もうじれったい!」

 コンソールに拳を振り下ろす。こんなにも水中だと戦いにくいのか。

 するとサポートシステムが、

「オートコンバットに移行しますか?」

「はい?」「え?」

 思わずハモる私とカレン。

 そんな機能があるの?

「いいわ。移行して」

「サー。オートコンバットに移行します。殲滅対象:周辺敵対者。予想消費神力エネルギーが足りません。……対象からフォラスを除き、神力30%確保。……殲滅します」

 次の瞬間、激しく船体が揺れる。

 ドドドドドド……。

 スクリーンを見ると甲板から砲台が現れて、神力のこもったミサイルを連続で放ち始めた。

 ドドドドドド……。

「す、すごい」

 カレンがそれをぼう然と見つめる。

 はっ。そういえばアンコウは……。

 振り返ると、とっくにミサイルの攻撃を受け頭部を失ったアンコウが力なく海中を漂っていた。

「あっ。ヘレンさん! フォラスが!」

 カレンの声に再び顔を上げる。

 青白いフォラスが黒い球体に包まれている。

 今度はいったい何?

9-15 アハティオーラの惨状

対フォラスの戦いが始まる。

ここからは視点が切り替わることが増えます。一応、どの視点かわかるように書いているつもりですが、ご了承ください。

(○○視点とかside○○にしないように視点チェンジできるかどうかの挑戦)

 セルレイオスの聖域から戻った俺たちだったが、すでにコーラルさんたちの姿も気配もなくなっていた。

 長い長い役目を終えたのだろう。

 さっきまで水精霊珠の神殿だったのに、完全な廃墟となっている。積み重なってきた年月に無性に寂しさを覚えたものの、急いで俺たちの船テーテュースに戻った。

 テーテュースに乗り込んだ俺たちは、すぐに大海溝アハティオーラを目指して出発する。自重なしに船の機能を利用して高速航行をさせている。

 操縦室のスクリーンから、甲板でシャロンさんが心配そうに流れていく海を眺めているのが見えた。

 見守っていると、そこへサクラ、シエラ、カレンの3人が近づいていった。

 シエラが、

「心配だよね」

と声をかける。

 ちらりと3人を見るシャロンさんは、

「……なんでもないわ」

とぶっきらぼうに返事をした。

 操縦室で盗み聞きしているみたいで気がひけるが、まだシャロンさんはどこか頑なな態度で自ら壁を作っているようだ。

 サクラがニコッと笑みを浮かべ、

「まあまあ、とりあえずそこのイスに座ってお茶でもしようよ」

「私は――」と断ろうとするシャロンさんだったが、無理矢理サクラが手を引っ張ってイスに座らせていた。

 シエラやカレンもイスに座る。

 サクラはマジックバックから彼女自慢のお茶のセットを取り出して、そばのテーブルに並べた。

 いつも使用している白の陶磁器と違い、透明なガラス製だ。

 それを見てカレンが目を輝かせ、

「今日はそっちのお茶にするのね」

と嬉しそうに笑っている。

 つづいてサクラが取り出したのは、地球で言う中国茶の工芸茶。丸薬のように丸められたお茶っ葉を入れた茶筒だった。

 ニィッと笑ったサクラが、

「まあ、楽しみにしててよ」

といいながら、ガラスポットに少量のお湯を入れ、そこへ丸いお茶っ葉の珠をチャポンと入れた。

 そして、その上からゆっくりとお湯を注いでいった。

 カレンがうれしそうにしながら、シャロンさんに、

「見ててごらん。びっくりするから」

という。シャロンさんは不機嫌そうな表情だったが、じいっとガラスのポットを見つめていた。

 ポットの中のお茶の粒が、まるでつぼみが花開くようにゆっくりと少しずつ広がっていく。

「うわぁ」

 それを見たシャロンさんが驚きの表情を浮かべた。

「へへへ。お花みたいでしょ」

 サクラの自慢にシャロンさんがうなずいている。

 カレンもうれしそうに、

「私、サクラちゃんのお茶が好きなんだよね」

という。

 サクラは十分にポットの花が開いたところで静かにお茶をカップにそそいだ。

 シエラも自分のカップを手に取り、ん~といいながら香りをかいでいる。

 その様子を見て少しリラックスしたのか、シャロンさんが、

「そういえば、このチームって人種がバラバラですね」

 シエラがうなずいて、

「ジュンさんとノルンさんが、……だいぶ怪しいけど、人間族。ヘレンさんは、……だいぶ怪しいけど覚醒してからは魔族。サクラちゃんは妖怪族のネコマタ。私が竜人族でカレンちゃんはハイエルフ。そしてセレンさんが人魚族。確かに人種がバラバラだよね」

「冒険者のチームってそういうものなんですか?」

「ん~、どうかなぁ。人間族、猫人族、犬人族あたりで混合チームというのはあるかもしれないけど。私たち竜人族や、もちろん妖怪、エルフ、人魚族なんて、まず出逢うことないよ」

 その言葉に納得したシャロンさんがカレンを見る。

「それにしてもハイエルフってエルフより上の種族ですよね?」

「え、ええっと。そうなのかな? あまり意識したことはないけど」

「すごいです。っていうか、私、あの海溝から出たことがないから、こんなに色んな種族の方に会うのも初めて」

 ――シャロンさんは何かを感じ取っていたのかもしれない。今もどこかそわそわしているようだ。

 確かにさっきから俺の首筋にもビリビリと何かを感じる。間違いなく何かが起こっているに違いない。

 甲板のお茶会を眺めながら、

「悪いが急いでくれ」

 そっとサポートシステムに指示を出した。

 適当なところで、サクラへ念話を送ってお茶会を止めさせるか……。

――――

 アハティオーラまでもうすぐというところで、俺は異変に気がついた。

 なんだ? 海溝の奥で何かが光ってるぞ?

 ……嫌な予感が現実になったな。

「全員。戦闘準備をして操縦室に集合してくれ」

 艦内放送をしてから、サポートシステムに光っている箇所をズーミングさせる。

 振動や土ぼこりがあがっているようだが、そのすき間から、ずたぼろになったダイオウイカの姿が映し出されていた。

 サポートシステムが、

「強い瘴気を魔力の集中を感知しました。戦闘中の模様」

 なに? 瘴気だと。

 あわててスキル瘴気視に切り替えてスクリーンを見ると、海のあちこちから瘴気がアハティオーラに流れ込んでいっているのが見えた。

 おいおい。谷底に霧が立ちこめるように、海溝の底に瘴気がどんよりとたまっていやがる。

 そこへノルンたちが飛び込んできた。

「大変よ! シャロンちゃんが一人で飛び込んだわ!」

「なにぃ! ……セレンは!」

「追いかけてる」

 あわててスクリーンを確認すると、確かにものすごいスピードで泳いでいるシャロンとセレンの二人の姿が見えた。

 ……あの方向。ダイオウイカのところか!

「ノルン。悪いが下のエネルギー結晶に神力を充填してくれ。おそらく奴がいる」

「――了解」

 ほかのみんなも心配そうな表情でスクリーンに映るシャロンとセレンを見ている。

「ヘレン! 二人を見ていて危険が迫っているようだったら、テーテュースの武装で攻撃してくれ。……ブースターで急がせるが、頼むぞ」

「わかったわ」

 船長席に座り、

「ブースター、オン! 急いで二人を追え!」

 ブースターとはこの船の機能の一つで、船尾からロケット噴射のような水流を放出して速度を上げる機能だ。

 グンッという加速度Gとともにテーテュースがすさまじいスピードで二人を追った。

――――必死にシャロンを追いかけるセレン。先ほどから、

「クラーケン! クラーケン!」

と叫ぶ声が聞こえている。

 前を泳ぐシャロンの叫び声だ。

 彼女は脇目も振らずに泳いでいる。

 全速力の私でも少しずつしか距離を詰めることができないとは、正直に驚いている。

 しかし……。私は眼下の海溝をちらりと見る。

 海溝の下はなにやら霧が立ちこめるような不気味な雰囲気で、……どうやら瘴気が立ちこめているようだ。

 この場にいることは危険だ。早く彼女を連れてテーテュースに戻らないと。

 不意にその瘴気から、魚が飛び出してシャロンに襲いかかった。

 しかし、前しか見ていないシャロンは気がついていない。

 すぐにトライデントを構え、

「アイスランス」

と詠唱破棄で氷の槍を放つ。

 今まさにシャロンの飲み込もうとした魚に突き刺さるアイスランス。

 その脇をシャロンが素早く通り抜けていく。

 危機感をいだきながらも、とにかく追いかけるしかない。

――――俺たちがシャロンさんとセレンに追いついたのは、二人がダイオウイカのもとにたどり着いたのとほぼ同時だった。

「ヘレンとカレンはここで周辺警戒。そして、結界を張ってくれ。他のみんなは行くぞ」

「「「はい」「ええ」」」

 ノルンたちを引き連れてすぐにセレンのそばに行く。

 その向こうではシャロンさんが、必死になってクラーケンの名前を呼んで顔を叩いていた。

 しかし、すでに事切れていて反応はなく、海の水にゆらゆらと揺れているだけだ。

 やがて叩く手が止まった。クラーケンにすがりついている。

「クラーーケーン! ……ううう」

 ……くそっ!

 あれから何が起きたってんだ。

 拳に力がこもる。

 ふと見ると、シエラが泣きそうな表情で、シャロンさんに近づいていく。

「シャロンちゃん……」

 そういってシャロンさんの肩に手を添えるシエラ。彼女は顔を上げると、今度はシエラに取りすがって泣き続けた。

 シエラが俺を見る。

(ジュンさん。……私は、許せません)

 念話に込められたシエラの思い。俺もよくわかっている。

 シエラは目の前で父を殺されているんだ。それも天災の攻撃からシエラを守って。

 黙ってうなづきかえし、ノルンに、

「アーケロンが心配だ。クラーケンをアイテムボックスに納められるか?」

「……言いにくいけど。ああなってしまったら多分できる」

 生きているものはアイテムボックスに入れられない。つまり、そういうことだ。

「セレン。アーケロンが心配だ。シャロンをなだめてくれないか」

「わかったわ」

 ほかのみんなには出発の準備をさせ、俺はセレンとシャロンさんがやってくるのを待つ。

「シャロン。……今は急ぐぞ」

 無言でうなづくシャロンさん。セレンが寄り添いながら船に戻った。

 シエラの時と同じように、またも仲間の大切な人を守れないのか。

 ノルン。お前の知り合いを……。

「ジュン。冷静に……。私は大丈夫だから」

 クラーケンを収納したノルンが、握りしめた俺の拳に手を添えた。

 そうだな。

 今はとにかく自分のできることをするしかない。

「ノルン。ありがとう。――行くぞ!」「ええ」

 急速潜行して、アーケロンの住居に向かう俺たち。

 次第に激しい戦闘の跡が見られるようになった。

 あちこちで崩れたり、穴が開いた断崖。

 凍り付いた岩。そして、海溝の底から涌いて出てきているような瘴気の煙。

 ……シャロンには見せない方がいいかもしれない。

 この先に待つ戦いにそなえ、シャロンには操縦室にいてもらい。ヘレンとカレンに様子を見てもらっている。

 その他のメンバーは息を潜めるようにスクリーンを見ていた。

「ヘレン。カレン。シャロンとテーテュースを頼むぞ」

「わかってる。大丈夫よ」

 今のシャロンは、修道女であるヘレンの沈静魔法で落ちついているが、やはりアーケロンのことが心配なのだろう。じっと住居の方向を見つめていた。

「あ」

 シャロンが何かに気がつき急に身体を震わせたと思ったら、その場で意識を失った。

 あわててカレンが受け止めてそっと床に寝かせる。

 目の前のスクリーンにシャロンが気を失った原因が映し出された。

 崖に叩きつけられたアーケロン。

 甲羅も割られ、足のヒレもちぎれてぶらさがり、その腹に巨大な黒い槍が深々と突き刺さっている。

 槍を持っているのは……、

「「「海の悪魔フォラス!」」」

 即座に俺たちは操縦席から飛び出した。

――――

 フォラスのもとへ向かいながら封印術式を解除する。

 光の衣を身にまとい、一気にフォラスに切りかかった。

 ふところに飛び込んでの突きは先端がフォラスの障壁に突き刺さったが、奴にまでは届かなかった。

 俺を見てニヤリとわらうフォラス。

「遅かったな。……すでに最後の要石も破壊したぞ」

 なんだって? ここに要石が……。いいや、それは後だ。

 今はこいつを倒す!

 左の拳で奴の障壁をぶん殴り、その反動で距離を取る。

 ノルンはアーケロンの所ヘ行っている。

(サクラ。結界を張れ)

(了解です。マスター!)

 同じく光の衣をまとったサクラが、クナイを投げ、印を結ぶ。

「四神結界。封!」

 クナイに縫い付けた符が基点となり、奴を封じる多面体の結界のできあがりだ。

 フォラスが「準備は終わりか?」といい、右手を挙げた。

「お前たちもここで終わりだ。……ふん!」

 その手から黒い稲妻が俺たちに襲いかかった。

9-14 激動のミルラウス

「騎士団よ、急げ! 先遣隊せんけんたいは海竜王様とともに直ちに出発だ!」

「「「おう!」」」

 騒然とするミルラウスの宮殿。

 多くの人魚の騎士だちが、男女を問わずに都市の外にたたずむ巨大な海竜王リヴァイアサンのもとへと集っていく。

 海竜王のそばには立派な鎧に身を包んだオケアーノス国王の姿があった。

「……国王よ。もう時間が無い。我は行くから後から騎士団を編成してついてくるのだ!」

「はっ!」

 そこへ一人の男の人魚が急いで泳いでくる。

「国王様! 先遣隊がノーチラス1号への乗船を完了しました!」

 その眼下には数隻の流線型の船の停まっていて、そこへ準備のできた人魚騎士たちが乗り込んでいった。この船がノーチラス。魔導文明期の遺産で海中を進むための襲撃艇しゅうげきていだ。

「よし! ではさっそく、海竜王様とともに先に行け!」

「はっ!」

 男の人魚がもどると、一隻のノーチラスが浮かび上がってきた。

 海竜王が、「行くぞ! アハティオーラへ急ぐのだ!」とまるで空を飛ぶように泳ぎだす。それについていくノーチラス1号。

 海竜王と一隻はあっというまに見えなくなっていった。

 オケアーノス国王は、その姿を見送る。

「……フォラスが再び現れたか! 今度こそ滅ぼしてみせる」

 拳が白くなるまで強く握り、再び騎士たちに「急げ!」と叱咤しはじめた。

 集結していく騎士団を、宮殿のテラスから王妃エウローパとアシアーが心配そうに見つめていた。

「海の女は決して取り乱してはいけませんよ」

「……はい。お母様」

「大丈夫。きっと戻ってきます。フォラスを倒して……」

 エウローパはアシアーを安心させようとしているようだが、その実、自らに言い聞かせている。

 千年以上にも及ぶフォラスとの戦い。

 今までも多くに人魚たちが戦い、そして、命を失っていった。そのなかには初代建国王も入っている。

 それだけフォラスは強い。しかしまた、負けるわけにも逃げるわけにもいかないのだ。

 ――騒動の始まりは海竜王の帰還だった。

 人間形態の男の姿で戻った海竜王は、余裕のない様子で国王の下へと駆け込んできた。

「オケアーノスよ! フォラスが現れるぞ。急いで騎士団の編成をせよ!」

「フォラスですと! はっ。かしこまりました!」

 あわてて部屋から伝令の騎士が出て行く。

 オケアーノスも自らの武具を取りに部屋から出て行き、その場には海竜王とエウローパ王妃だけとなった。

 エウローパが海竜王にたずねる。

「フォラスはいずこにあらわれるのでしょうか?」

「……アハティオーラのアーケロンのところだ」

「それはセルレイオス様から?」

「そうだ。……あそこにはな。最後の要石があるのだ」

 海竜王の言葉を聞いて、王妃が驚いた。

「要石……」

「ああ。ノーム、グレートキャニオン、エストリア、デウマキナの4つは既に破壊されてしまった。残る最後の一つが破壊されてしまえば、この世界を護る結界はなくなりむき出し状態となる」

 絶句する王妃。そこへ国王が鎧を身にまとって戻ってきた。

「お待たせいたしました。海竜王様」

「うむ。……王妃よ。裏を返せばフォラスを滅ぼすチャンスなのだ」

 海竜王が部屋から出て行くと、オケアーノス国王は王妃と抱き合い、

「留守を頼むぞ。フォラスを滅ぼせば海流の異変も納まろう。今度こそ逃すわけにはゆかぬ」

「わかっています。……あなた。ご武運を。あの地には今、婿殿たちとともにセレンもいます」

「ああ。こういう時に婿殿たちがいてくれるのは心強い。これも海神様の思し召しやもしれぬ」

 離れた国王は海竜王を追って部屋から出て行った。

 入れ替わるように飛び込んで来たアシアーとともに、エウローパは宮殿のテラスに向かい騎士たちが出発していくのを見守っていたのである。

――――

「――ダークランス」

 頭上にいるぼろぼろのローブを着たフォラスから5本の黒い槍が飛んでくる。

「マナバリア:フォートレス」

 対峙するアーケロンが冷静に防御魔法を展開。

 みずからの攻撃を防がれたフォラスは愉しそうに笑った。

「フハハハ。思わぬ守護者がいたものだ。……だがちょうどいい。楽しませてもらおう」

 そういって右手を掲げ「イビル・サンダー」とつぶやくと、その指先から黒い稲妻がほとばしった。

 マナバリアをつきぬけて稲妻がアーケロンに襲いかかる。

「ぐぐぐぐ……」

 稲妻に打ち据えられ苦悶の声を上げるアーケロン。しかし、その体の周りに魔方陣が浮かび上がる。

「レインボーブラスト」

 魔方陣から四大属性の魔力が光線となってフォラスに飛んでいった。

 しかし、その魔法はフォラスの周りに浮かんだ黒い光のバリアによってさえぎられる。

 そこへダイオウイカの触手がフォラスに襲いかかった。

 バリアを抱きかかえるようにダイオウイカがフォラスを捕まえ、そのまま崖にたたきつける。

崖にめり込んだバリアだったが、その中からダークランスが射出され、ダイオウイカに襲いかかった。

 交わし続けるイカだったが、よけ損なった一本が一本の触手を崖に縫い付けた。

 その頭上に瞬間移動したフォラスがイビル・サンダーをダイオウイカに放つ。

 しかしそこへアーケロンが割り込んだ。

「アンチ・サンダーマテリアル」

 魔法で作った黒い板がフォラスの稲妻を吸い込んでいった。

 その間にダークランスを抜いたイカが離脱していった。

 アーケロンが叫ぶ。

「クラ! そのまま1番から3番まで起動!」

 その声がトリガーとなり、突然フォラスの頭上に魔方陣が現れ魔力の網が射出された。

「ぬぅ。この網。魔力を吸うか……」

 崖に縫い付けられたフォラスがうなる。

 さらにフォラスを中心に魔方陣が描かれ、ゆっくりと回転をはじめた。

 アーケロンが呪文を詠唱する。

「海や地脈に流れる魔力の流れよ。――集いて彼を封じるくさりとなれ」

 魔方陣から鎖が何本も飛び出してフォラスを絡め取る。

「――封印陣」

 カッと魔方陣が強い光を放ち、フォラスの身体を飲みこんでいこうとする。

 抵抗するフォラスに、アーケロンが、

「幻獣をも封印する魔方陣よ。あんたも温和おとなしく封印されな!」

と言い捨てた。

 しかし、次の瞬間、大きな黒い槍がアーケロンの腹を貫いた。

「ガフっ」と血を吐くアーケロン。

 フォラスが「ふんっ」と気合いを入れると、その身を縛っていた鎖も魔方陣も光を失ってボロボロに崩れていく。

 苦しむアーケロンが、

「……9番、起動」

とつぶやいた。

 海溝のあちこちに設置された宝玉から、フォラスに向かってマシンガンの如く魔力弾が連射される。

 しかし、フォラスはその弾幕をその身に受けながらも微動だにしない。

「うっとうしい!」

 海溝中のあちこちで連鎖的に爆発が起こった。

 その間にアーケロンが自らを回復魔法で癒やす。

 フォラスは、アーケロンを包む回復魔法の光を見下ろしながら、

「ではもう少し本気を出そう」

 不気味な瘴気がゆらゆらと立ち上り、その眼が赤く光った。

 ゆらりと身体が揺れたかと思ったら、右手がぐいんと10メートルも伸びてアーケロンを打ち据える。

 アーケロンの巨体に比してあまりにも小さな拳だったが、殴られたアーケロンの顔がゆがむ。

「ぐぐぅっ」

「どうだ? 瘴気を打ち込まれた気分は?」

 フォラスの周囲が黒い瘴気で濁っていく。

 海溝の底や断崖からもゆらゆらと瘴気がにじみ出て、霧のように立ちこめていった。

9-13 水の精霊珠

「ジュン!」という声とともにセレンが俺に抱きついてきた。

 頭を俺の胸元にすりつけている。その背中をそっと撫でてやった。

 そっと顔を上げたセレンが珍しくいじらしい表情になって、人差し指で俺の胸に「の」の字を書く。

「あなたの愛で心が満たされちゃった……。こんどは身体の方も満たして欲しいな」

 チョップ!

「あたぁっ!」

「時と場所を弁えろって」

 そっとみんなの方を見るとノルンとヘレン、サクラの三人は苦笑しながら肩をすくめ、シエラとカレンは赤くなっている。

 ……あれ? アーケロンのところのシャロンさんは両手で顔を覆って指の隙間からのぞいているみたいだ。

「みろよ。みんなも呆れてるぞ」

 するとセレンはツンッと口を尖らせて、

「だって。人魚は肉食なのよ」

と言うと、俺の隙をついてギュウウゥゥっと唇を押しつけてきた。

 愛してる! っていう気持ちが伝わってくるような長いキス。

「ぷはぁっ。……今はこれで我慢してあげるわ」

 セレンはすっきりした顔をすると、ノルンのとなりに行った。

 気を取り直して、ウンディーネたちが俺たちの正面にずらっと並んでいる。

 代表らしき一人が、

「試練は合格。ただし、精霊珠はそのミルラウスの姫でないと力を引き出すことはできないわ」

と言う。

 祠の周りの水がグルグルと渦巻きはじめる。

 そして、俺たちの目の前に一枚の扉が現れた。

 きっとこの先に精霊珠があるのだろう。

 お礼を言おうとウンディーネを見ると、なにやらニヤニヤしているように見えた。

 ……なんだ?

 いぶかしく思いつつも、セレンを先頭に俺たちは扉をくぐった。

――――全員が扉をくぐって行った後の広間。

 ウンディーネが「コーラル」と呼ぶと、そばにコーラルが現わした。その後ろには、他の巫女らしき女性たちの姿も見える。

 ウンディーネは優しく彼女らをながめ、

「長い間、ご苦労様でした」

「いいえ。ウンディーネさま。」

「そなたたちに感謝します。あの天災の襲撃から、よくぞ今日までここを護り抜きました」

「はっ。これでようやく予言を果たすことができましたわ」

「……では貴女たちの魂は、私たちが責任を持って送りましょう」

 コーラルたちが小さな光の珠になり、それをウンディーネたちが優しくかき抱くように胸に抱える。

 先ほどとは別の新しいゲートが現れ、ウンディーネたちはそこへ入っていく。

「さあ、ガフの部屋でゆっくり休むのですよ」

 やがて新しいゲートは姿を消し、ジュンたちの通った聖域へのゲートだけが残された。

――――

 扉を抜けたところはどこかの池の中だった。

 ざばぁっと水面から顔を出すと、目の前には白亜の神殿があった。

 海の中で結界に覆われた場所らしく、空気があり、ところどころから滝のように水が流れている。

 結界の向こうでは、まるで水族館のように美しいサンゴや色とりどりの魚が群れをなして泳いでいた。

 そばで何かの作業をしていた女性が驚いてこっちを見ている。

「あ、――ええ?」

 どこかで見たことがあるような……。

 ノルンがぽつんと、

「ここって……、海神セルレイオスの神域みたいね」

といった。

 え? そ、そういえば、この神聖な空気は確かに……。すると、この女性は海神の使徒のマールさんか!

 マールさんがあわててこっちにやってきて、

「え、ええっと。今日は裏口からどうしたんですか?」

ときいてきた。

 う、裏口か……、ここ。

 ってそれどころじゃなくて! セルレイオスの神域につながってたのかよ!

 池から出た俺たちは、久しぶりに空気の中を自らの足で歩きながら神殿の中へと案内された。

 前を歩くマールさんが、

「ちょうど今、セルレイオス様はいらっしゃらなくて」と申しわけなさそうに振り向いた。

「え?」

「神界へお出かけなんです」

 神界? そんなところがあるのか?

 ……いや待てよ。もしかして、それってヴァルガンドに来る時の白い部屋かもしれないな。

 あそこも普通の空間じゃなかったっぽいし、聖石もあった。それに、その後の経緯を見ても間違いなさそうだ。

 ただどの神様が俺をこっちに連れてきたのかはわからないが……。

 ちなみにカレンとアーケロンのところのシャロンさんは、ここが海神の神域と知り、とたんに緊張でギクシャクしながらついてきている。

 カレンよ。テーテュースの巨大ロボ変形機構や大陸破壊ミサイルみたいな謎ギミックを見ればわかるだろう?

 セルレイオス神はいたずら好きなんだから、そんなに緊張しなくてもいいんだぞ。

 そうこうしている内に、俺たちは一つの部屋に通された。

 そこには中央に台座が在り、濃紺に輝くビー玉ほどの大きさの宝玉が安置されている。

――水の精霊珠

 アトランティス滅亡後に、海神セルレイオスに管理が委託された精霊珠。

 精霊界から水精霊ウンディーネがヴァルガンドに力を与える出入り口となっている。

 ナビゲーションで確認するまでもなく精霊珠だ。

 マールさんはどこからかネックレスを用意して、その先端のくぼみに水の精霊珠をはめ込んだ。

 ちゃんと嵌まったかどうか確認をして、セレンに近寄る。

「そろそろ皆さんが取りに来るからと、セルレイオス様が事前に準備なさっていましてね。……まあ裏口からとは想定外でしたが」

 ……まあそうだよな。

 ここへは、俺たちが管理している楽園島パラディーススにも出入り口があるから、普通は正面そっちから来ると思うだろう。

 マールさんがペンダントをセレンにかける。

「うん。似合いますよ」

 確かに。どこか神秘的な雰囲気を漂わせていて、見た目だけは聖女のようだ。もっとも内面は超がつく積極的だが。

 セレンがこっちを見る。

「今、変なこと考えたでしょ?」

 い、いやそんな。思わず目線を反らせると、

「ふふふ。もう私は離れていても貴方のことを近くに感じ取れるのよ。念話よりも深く……」

 こわっ! どう猛な笑みを浮かべてるぞ。

 ノルンがパコンとセレンの頭を叩いた。

「ほら。そこまでよ」

 マールさんがくすりと笑い、

「へぇ。これだけ奥さんが多いとなかでいさかいもありそうですが、皆さんは仲良しのようですね」

 俺はうなずいて、

「ああ。これも男の甲斐性カリスマってやつかな」

と胸を張ると、ノルンがため息をついた。

 ヘレンがぼそっと、

「ノルンが私たちの中心になっているからよ」

とつぶやいたが、俺は聞こえないぞ。

 絶対に俺のカリスマのはずだ。決してノルンに敷かれているわけじゃ……、

「ジュン。あなたも黙って」

 ……はい。

 っと、そうじゃなくてだ。

「マールさん。ありがとう。……それでセルレイオス様は不在だけど、俺たちは戻ってもいいのかな?」

 セルレイオスの帰りを待つってなると、どれだけ待機していないといけないのかわからないからな。

 マールさんはにっこり笑って、

「ああ、全然だいじょうぶですよ。皆さんが来るのを予見していて出かけちゃうセルレイオス様が悪いんですから!」

 ……おい。扱いが軽くないか?

 いちおう創造神直下の陸海空を支配する神の一柱だよな?

 手を振ったマールさんが、

「あ、そこのもう一人の人魚族の方」

とシャロンさんに声をかける。

 神域の住人であるマールさんにびびっているようだが、恐る恐る前に出てきた。

「あなたにはセルレイオス様からこれを授けるようにと」

「え?」

 銀色に光る腕輪。渡された本人も驚いている。……どれどれ。

――海神の加護の腕輪――

 装備者に海神セルレイオスの加護を与える腕輪。魔力操作や生命力、水中活動補正極大

 加護を与える腕輪。会ったこともないだろうに、ますます謎だが神様のすることだ。何かの理由が……。いや、これからわかるのか?

 マールさんに促されて、シャロンさんは左腕に装着した。

「本当はゆっくりしていただきたいんですが、急いで帰った方がいいとの伝言ですからすぐに出立するのがいいと思いますよ」

 そういうのは先に言おうよ。

 ……俺たちは伝えられた海神の言葉に慌ただしく裏口から遺跡へと戻ったのだった。