2.昭和2年 杉並の自宅

2019年4月25日

 1ヶ月が経ち、5月も半ばとなった。
 若葉の美しい季節だけれど、東京ではあまり季節感がわからなかったりする。

 私たちがイギリスに住んでいた時、松本さんという日本人と出会っていた。日本から留学に来ていた三井物産の人で、夏樹と気が合ったために、よく私たちの家に遊びに来たりしていた。

 松本さんは私たちより先に帰国したのだけれど、その人の紹介で、夏樹は三井物産に勤めることになり、また杉並に一軒家を借りることができた。
 なんでも松本さん自身が副業として不動産賃貸をしているらしく、この借家も松本さんのものらしい。

 私たちの戸籍は19歳にいじっているので(帰国後。こればかりは神通力を使っている)、夏樹は財閥の三井物産に勤めることができたはいえ、見習いに近い立場という話だ。

 松本さんもそうだが、エリートサラリーマンは西洋に留学することが多いらしく、初めからヨーロッパで暮らしていた夏樹はヘッドハンティングされた形になるのだろうか。


「――おっ。今日はイワシか」

 夏樹の声に我に返る。そう、私は今ちょうど、割烹着かっぽうぎを着てお夕飯を作っているところ。

 窓の外はもう夕陽色に染まっているけれど、お台所はシェードランプの丸い電球が明るく照らし出している。
 2口あるガスかまどの上には、お味噌汁みそしるのお鍋とイワシを載せた焼き網が乗せられている。ご飯のお鍋は、もう蒸らしているところなので脇にどけてあった。

 ジジジジ……とイワシの脂が焼ける音がして、香ばしい匂いが立ち上っている。

 ふふふ。
 仕事から戻って和服に着替えていた夏樹は、居間で新聞を読んでいたはずだけれど、きっとこの匂いに釣られてお台所まで来ちゃったんだろう。

「ごめんね。もうちょっとだから」
と振り向いて言うと、
「いいよ。ここで待ってるよ」
と、台所の小さな木の丸椅子に座り込んだ。

 微笑みながら、配膳はいぜん台の上においてあるお盆からご飯茶碗ぢゃわんを手に取って、ご飯を盛りつけ、温め直していたお味噌汁をよそう。

 あとはお魚だけなんだけれど……。もういいかな?
 取っ手を持って網を配膳台の方に持っていき、夏樹の目の前でこんがりと焼き目のついたイワシをお皿に取り分けた。

 ゴクリと夏樹ののどが動くのが見える。
「はい。おまちどおさま」
と言うと、待ちきれなかったようで、「じゃあ、早く食べよう」と自分のお盆を持って立ち上がった。

 私も火を消して割烹着かっぽうぎを脱いで自分のお盆を持り、夏樹の後を追って居間に向かう。

 8畳の居間には、既に丸いちゃぶ台が出してあって、その脇に折りたたまれた東京日日新聞が置いてあった。
 向かい合って座り、さっそく「いただきます」の挨拶をする。

 夏樹はさっとお味噌汁を一口飲んでから、すぐにはしをイワシにさして身をほぐしはじめた。
 よっぽどお腹が空いていたんだね。

 お醤油をとって、夏樹のお皿の大根おろしに垂らしてあげると、
「さんきゅ」
と言いながら、すぐにほぐした身の上に大根おろしをちょこんと乗せ、口に運んでパクリと食べた。

「うまい!」

 よかった。
 美味しそうに食べる夏樹の姿を見ると、なんともいえない満足感が心に湧いてくる。

 こうして大好きな人にご飯を作ってあげるのは、私の喜びでもある。まして、こんなにも美味しそうに食べてくれるのなら、うれしさが何倍にもなる。

 ……あ、夏樹が私のために作ってくれたご飯を食べるのも、私の喜びですと補足しておこう。

 私もさっそくイワシの身をほぐして大根おろしと一緒にいただいた。

 じわっと温かい脂が口に広がり、ほんのり焦げた香ばしさと大根おろしとお醤油のさっぱりさと混ざって、なんとも言えないおいしさ。

 そのまま白いご飯をいただく。やはり旬のお魚と一緒にいただくご飯が一番美味しいと思う。
 まあ、欲をいえばカボスかレモンが欲しくなるけれど、残念なことに八百屋さんにはおいてなかったのよねぇ。

 しばしお夕飯を食べながら、今日の出来事をお互いに報告していく。
 夏樹の方は特に問題なく職場にとけこめているようだ。ただし来年には20歳になる。徴兵ちょうへいになったら最短でも2年のブランクができるから、特に大きな仕事の担当にはならないらしい。

 正直、徴兵と聞くと複雑な気持ちになる。
 国民の義務だとはいえ、2年も離れて暮らすのは寂しい。休日もあるとはいえ……、今から心構えだけでもしておいた方がいいかもしれない。

「春香の方は変わりはなかった?」
「あ、そうだ。清玄寺せいげんじ恵海えかいさんから手紙が来てたよ」

 清玄寺とは、栃木県那須塩原なすしおばらの方にある古いお寺だ。
 歴史は平安時代にさかのぼることができるけれど、地方のひなびた、といったら失礼だけれど、こじんまりしたお寺。

 その正体は平安時代に私たちが来たときに建立したお寺だったりする。私たちのことは開基檀那かいきだんなの一族として、代々の住職さんの間で口伝として伝わっているらしい。
 帰国してから、お寺あてに挨拶の手紙を送ったのでその返事だろう。

 茶簞笥だんすの上に置いておいた手紙を夏樹に手渡すと、器用に端っこをほそく切り、中の手紙を読みはじめた。

「うんん? ちょっとこれは……」
と夏樹が目を丸くするなり、とまどったようにつぶやいて、私に手紙をよこす。

 どうしたんだろう? 何か問題でもあったのかな。

 そう思いながら、私も手紙に目を通した。

――
拝啓 時下、初夏のこういよいよ御清適せいてきだん慶賀けいがたてまつそうろう

 陳者のぶれば野衲やのう当代住職じゅうしょくの久保田恵海えかいと申し候。御仏使ぶっしさまにかれましては無事に帰国のおもむき、また勿体もったいなくも御挨拶あいさつの状をたまわり、まことにかたじけながた仕合しあわせに存じ候。

 かねてより、夏樹さま、春香さまなる御仏使ぶっしさまが人の姿をかり遊行ゆぎょうせる故に、来寺らいじおりは仏をむかえるごとくにせよと口伝せられてより、先代も未聞みもんの事にそうらえども、野衲やのうの代にその時にあたり喜び入り候。

 ついては是非とも御来臨らいりんたまわりたく、してお願い申し上げ候なり。その節は万事、遺漏いろう無きよう準備いたしたく御連絡をなし下されたく候。

 尚又なおまた代々お預かり候と伝える所の小作地については、今後はその小作料を御仏使さまにお納めいたしたく存じ候。
 れについても何方いずかたに送金すべきか御指示たまわりますよう願い上げ候――。


 …………。
 一度通しで読んでから、もう一度はじめから読む。

 ええっと。おかしいわね。確かに私たちがお寺を建立はしたけど、いつの間に人外仏の使い扱いになっているのかしら。
 間違いじゃないといえば間違いじゃないのだろうけど。

 江戸時代に一度帰ってきた時も、ひどい飢饉ききんの時で、お金に困っていた人たちから田んぼを買って、それを小作地としてお寺のものにしたことはあるけれど、その時だって開基檀那かいきだんなの一族という扱いだったはず。

 いつの間にこんなに大事おおごとに……。


 手紙を見ながら困惑していると、夏樹がせき払いをして、
「まあ、なんていうか……。とりあえず開基檀那の末裔まつえいだって返事しておこうか?」
「そ、そうね。とりあえずそれでいいんじゃない?」
「だな。――ふぅ。まったく焦ったよ。いきなり御仏使ぶっしさまなんて」
 そう言って笑う夏樹だけれど、その笑いはどこかぎこちない。私はただ苦笑いを浮かべるだけだった。

 ちょっと微妙な空気になったけれど、ご馳走さまをしてから食器を下げた。
 私が洗い物をしている間に、夏樹は戸締まりをしてから、お風呂の準備をしてくれている。
 今はまだガス給湯の時代じゃないから、まきや石炭をくべてお湯を沸かさないといけない。これはちょっと大変なんだよね、湯加減の調整が。

 洗い終わった食器をいて棚に片づける。住み始めて1ヶ月が経ったので、だんだんとこの家にも慣れてきた。
 この家は、上から見ると凵の字型に廊下があって、左上の廊下の先に北向きに玄関がある。

 左側・西側廊下の外側には、玄関の南側に4畳半の小部屋、洋間と続き、凵の内側には8畳の居間と6畳の奥の間がある。私たちが寝室にしているのはこの6畳間だ。

 右側・東側廊下の外側には、北の方から勝手口のあるお台所、風呂場、トイレとなっている。

 洗濯物は、お風呂場で洗ってから庭に干している。まだ洗濯機もない、というより家にある電化製品は電灯とラジオだけ。
 これはどこの家もだいたい同じで、お金のあるところは他に蓄音機があったりする程度なんだよね。

 ここは都市部だから、お台所にはガスのかまどがあるけれど、農村部や地方だと昔のままのかまどだと思う。もちろん、私は昔のかまども使い慣れているから、どちらでも平気ではあるのです。

 さてと、どうやらまだお風呂は沸いていないようなので、シンクにたらいを置き、そこにキュウリと瓶ビールを入れて、上から水を細く流しっぱなしにする。こうすればお風呂上がりには、よく冷えたビールをいただけるだろう。キュウリ? キュウリはお味噌を添えてさかなにする予定。

 そのまま奥の間にお布団を敷いていると、夏樹が呼びに来た。
「お風呂いいよ」
「ちょっと待って。すぐに敷いちゃうからさ」

 もちろん布団は2つぴっちりと並べて敷いている。大きめの布団だったら1つでもいいんだけど、そんなサイズ無いしね。ダブルサイズとか、セミダブルでもいいからあると便利なのに。

 それから着替えの浴衣とバスタオルをもって、二人で脱衣場に向かった。

 脱衣場の裸電球の下でシュルルルっと帯を解き、着物を肩からするりと脱いだ。簡単にたたんで洗濯カゴに入れておく。
 隣では夏樹も着物を脱いでいるところ。

 考古学者として発掘調査で飛び回っていた夏樹は、特段の筋肉質というわけじゃないけれど、ほどよく締まったいい身体をしている。
 ……って、私ったら何をいってるのでしょうかね。

 視線を感じて顔を上げると、夏樹がじっと私を見ている。ちょっと恥ずかしくなって、わざとらしく「えへへ」とごまかし笑いをして、タオルで身体を隠しながら先に浴室に逃げることにした。
 もっともすぐに夏樹もやって来たわけですが。夫婦だもん。問題はありません。

 手桶で浴槽よくそうのお湯をすくって洗い場を流し、ついで夏樹の肩から流してあげる。自分もザバァッと肩からお湯を掛けて足から浴槽に入った。


 2人並んで浴槽の縁に寄りかかりながら、立ちこめる湯けむりをぼんやりと見つめる。こうしていると、今度は箱根あたりの温泉に行きたくなってくるね。

「ふ~ふ、ふんふん――」

 気がつくと鼻歌をうたっていた。宇多田ヒカルさんの『FINAL DISTANCE』。カラオケでは上手く歌えなかったけれど、その歌詞メッセージが、メロディーがとても好きだった。
 すぐに夏樹もハミングして合わせてくる。……ちょっと調子外れだけど。

 その他にも平成の日本で流行っていた歌。好きなドリカムの歌。長い長い旅の間に聞いた歌。いくつものメロディーが蘇ってくる。

 ああ、気持ちいいなぁ。

「お先に」と夏樹が洗い場に出た。私は身体を起こすと、浴槽の縁の上で腕を組みあごを乗せた。

 夏樹がヘチマスポンジに石けんをつけ、左腕から順番に洗っていくのを何とはなしに眺めていたけれど、ふと思いついてガバッと立ち上がった。

「髪の毛、洗ってあげる!」
「へ? 髪の毛」
「うん」

 湯船から出て、夏樹の後ろに立つ。はいはいと言いながら、なし崩し的に前屈まえかがみにさせて木桶で頭の上からお湯をかけてあげる。

 まだシャンプーは開発されていないので、石けんを手で泡立てて髪に乗せた。
 最初は泡を髪に馴染ませるようにゆっくりと、そして、指を広げて髪のすその方から差し入れて、地肌をマッサージするように細かく洗う。

「あ~、これはいいな」

 下で夏樹が気持ちよさそうにしている。ほら、理髪店で頭洗ってもらうと気持ちいいでしょ。あの要領よ。

 夏樹の髪は、一本一本が太くって固めの髪質。実は後頭部の首筋に近い方にほくろが隠れている。私しか知らないほくろだ。

 ちなみに夏樹はよく私の背中、肩甲骨の下あたりにキスしてくれるんだけれど、どうやらそこにほくろがあるらしい。
 自分では見えないけれど、2人だけが知ってるお互いのことって他にもあると思う。

 でもね。それが愛しいと言って、わかってもらえるかな。
 この広い背中も、隠れているほくろも、大きな手も全部が、私にとっては大切でとても愛しいと思える。

 最後に泡を流して終了だけど、今度は夏樹が私の髪を洗ってくれるという。

 場所を交替してイスに座り前屈みになると、
「上を向いてくれるか」
と言われた。
 上? 疑問に思ったけれど、言われたとおりに真上を向いた。

 目の前で夏樹が微笑みながら見下ろしている。
「髪も長いし、こっちの方が洗いやすいよ」
 あぁ、なるほど。そうかもしれない。かつて拾い子を育てたときも、抱きかかえて こんな風に髪を洗った覚えがある。

「……それにこっちの方が春香の顔が見られるしね」
「あ、はい。そうですか」
 うれしくなるけれど、お湯が目に入っちゃうから私は目をつぶった。

「流すよ」と声をかけられてから、おでこから頭のあたりに丁寧にお湯がかけられる。
 案外これって、信頼してないと怖いね。でも大丈夫。ほら、前の方に垂れてこないように慎重にかけてくれている。

 少し時間をおいて、髪に何かがのせられた。石けんの泡だろう。目をつぶったまま、すまし顔でいると、今度は頭のサイドから指が頭皮を撫でるように差し込まれた。

 そのまま力強く、マッサージのように地肌を指がなぞる。
「うわぁ……」

 気持ちいい。

 前の方から、頭頂部、そして後ろの方と指が移動していく。後ろの方を洗われたときは、首筋にぞくそくと心地よさが走った。
 その後は長い髪をすくい上げられ、どうやら毛先まで丁寧に洗ってくれているようだった。
 こうしていると、なんだか心までみほぐされていくみたいな気持ちになる。

「春香の髪って絹糸きぬいとみたいだな」

 突然、夏樹がそんなことを言い出した。

「え? 突然なに? 今は若いからでしょ」
「ははは。そりゃあそうだけどさ。こうして濡れていると特にそう思うな」
「そう?」
「――流すぞ」「うん」

 ざあっとお湯がおでこの生え際のあたりにかかり、そのまま髪を伝って後ろに流れていくのがわかる。何回かそれを繰り返し、まだかなって思い始めた頃に、急に唇をふさがれる。
 驚きにピクッとなったけれど、そっと目を開けると、目を閉じた夏樹の顔があった。

 もうっ。
と、ちょっと思ったけれど、離れていった夏樹がにこっと笑っているのを見ると、しょうがないなぁと思ってしまう。

「まったく……」
といいながら、甘えたいのは自分も一緒なんだよねと思い返す。今度は私が身体を洗っているところを、夏樹が湯船のなかから幸せそうに見ていた。

 お風呂からあがって浴衣に着替え、お台所から冷やしておいたビールとキュウリをお盆に載せて居間に向かう。

 廊下がギシギシと音を立てる。縁側の障子も今は薄暗くなっていた。
 この障子の向こうにはガラス戸が閉めてある。風や雨の日にはさらに雨戸を閉めるんだけれど、今日は穏やかな夜のようだ。
 カエルが鳴く声が聞こえてくる。

 居間のふすまが開きっぱなしになっていて、明かりが廊下に漏れている。中では夏樹が、恵海えかいさんの手紙を読み返していた。

「やっぱり気になるの?」
「いや、なんていうか……。小作料だけいくらか受け取っておいた方がいいかと思ってさ」
「え? そう? そこまで困っているわけでもないけど」
「そうか? 俺の給料が月に65円だろ。この時代って、平成の日本から比べて給料で3000分の1だから、換算して月収およそ20万円。……副業が無いとちょっと厳しくないか?」

 ああ、なるほどね。
 この時代、パートというか、女性の働き口はあってもほとんど二束三文みたいなお給金なのよねぇ。薄給もいいとこ。だから私が働きに出てもあまり意味がないからしていない。
 それでも今のところ、家計の面でそんなに困っているわけではない。

 グラスにビールを注ぎながら、
「大丈夫よ。物価は感覚的に2000分の1だから、2人だったら月に50円でもどうにかなるわよ」
と言うと、夏樹はこっちを見て、
「本当?」
「本当」

「ならいいか……。いざとなれば、どうにでもなるし。でもなぁ。わずかでも受け取っておいた方が、外からおかしく見られない気もするんだよな」
「賃貸物件の副業みたいに?」
「ああ」

 今度は私のグラスに夏樹がビールを注いでくれる。
 そのまま軽く乾杯の仕草をして、グラスに口をつけた。このビールは大瓶38銭だから、平成の日本だと760円。ちょっと割高だから、週に1回だけの贅沢ぜいたく
 毎日晩酌してるわけでもないし、普段は日本酒にしてもいい。う~ん。

 夏樹が言った「いざとなれば、どうにでもなる」ってのは、私たちは本来、普通の食事は不要なのだ。
 年齢だって変えられるし、風呂だってトイレだって不要といえば不要にできる。神様なんだから。もちろん極限の時以外はそんなことはしないけど。

 ただねぇ。たしかにご近所さんとか職場の人から見て、お給金と生活レベルが合致していなければ、変に思われる可能性はあるかも。
 副業があるとだけ言っておけば、怪しまれないといえば怪しまれないように思える。

 でも、まあ最後は。
「夏樹に任せるよ」
 こう言うしかないかな。

 お寺の方が生活が厳しいかもしれないけど、夏樹に任せておけば負担にならない程度の割合に調整してくれるだろうし。

 私はキュウリで味噌みそをちょこっとすくってかじりついた。冷えていてうまい。ポリポリ、しゃくしゃくと食べていると、夏樹が何か言いたげにしていた。

 キュウリはまだあるよ?

 そう思いつつ、食べかけのキュウリに味噌をつけて、夏樹の方に差し出してみた。一瞬きょとんとした夏樹が、苦笑しながら口を開けパクリとかじる。
 その様子が妙におかしくって、いつの間にか私は「ふふふ」と笑っていた。