39.昭和19年5月上旬 夏樹、崖崩れと泥濘

2019年4月26日

 今日も今日とて雨が降る。

 俺たちは遮蔽物しゃへいぶつの多い林道をやって来たけれど、雨が降り出すと林道ここだけでなく、平野部の道路もひどくぬかるみ、まるで遠浅の泥の海を走って行くような感じになる。
 あれではたとえジープであっても、一度はまり込んだら動けなくなりそうだ。

 コイレンタックを出発した俺たちの小隊は、夜間の林道を歩き続け、2日めにようやくトルブン隘路あいろ口を越えてチュラチャンプールの集積所に到着した。
 ここには俺たち輜重兵しちょうへい第33連隊の本部がある。

 ところが連隊副官の逸見中尉が教えてくれたところによると、後方輸送の状況が良くなく、ここの物資も補給量が減っているらしい。
 弾薬はまだしも、医薬品は消毒薬こそまだまだあるが、アメーバ赤痢やコレラ、マラリアの薬が残り少なくなっている。そして、食糧についても缶詰や圧搾口糧携帯用ドライフードと呼ばれる携帯食があるものの、今後の補給の見込み、さらにインパール攻略の見込みが立たないことから、支給量を絞っているとのことだ。

 そこで小隊15人をさらに半分に分け、俺を含めた8人でさらに後方の3299高地まで補給に向かうことになった。
 およそ片道100キロの道程。夜間8時間を休憩しながら行くとして、1日30キロ歩く計算で4日ほどかかるだろう。


 夕方になり、そろそろ出発しようと陣地の中を歩いていると、トラックに群がっている兵士たちが見えた。

 何だろうと思って見てみると、それは傷病者たちだ。おそらくこれから後方の病院に送られるんだろう。

 そういえばここから3299高地までは第3中隊が輸送担当になっているはずだが、町田の姿を見なかったな。
 マラリアのせいで30人いた運転手が1人になったと聞いたが、あいつもマラリアになっているんじゃないだろうか。

 キニーネやバグノン注射よりも錠剤のアテブリンが良いとか、コップ一杯の酒が効くとは聞くが、病気に無縁な俺と春香はそっちの知識はほとんどない。
 ただ耳から血まじりの体液が出るような場合、脳にまで行ってしまい異常な行動をするらしい。もちろんそうでなくても悪感おかんを伴った高熱になる辛い感染病だ。

 のほほんとした彼奴あいつの顔が思い浮かぶ。
 トンザン戦の後に、エナンジョンまで補給に戻った部隊がいると聞いたが、案外ずっと後方のラングーンの病院で、看護婦相手に鼻の下をのばしているかもしれん。
 もっとも、そんなことを考えても不安は消えないか……。


 あつまっている傷病者の中に、3299高地の戦いの時、ごうの中で一緒に戦った兵士がいることに気がついた。向こうも俺がわかったようで、
「あんたか」
と言い、右手を挙げてくれた。しかし、その腕にはひじから先が無い。

「これじぁ、もう銃は撃てない。内地に帰ることになったよ」
 その表情はあの時の苛立っていた時とは打って変わり、穏やかなものだった。
「あんたらの武運長久を祈ってる。じゃあな」
 そう言うと足を引きずりながらトラックの荷台に載っていった。

 今さらながらに集まっている兵士を見る。

 両手で杖をつきヨロヨロと足を引きづりながらやってくる兵士。
 真っ青な顔にぎょろりと目を光らせて、あごを吊るように包帯で顔をグルグル巻きになっている兵士。
 まるでギブスをめたように足が太くなっていて、血と泥で複雑な色になっている者。

 足には何も履いていないが、異様な色に足がれ上がってびっこを引いている者。
 腕をグルグル巻きにして肩から吊っている者。うつむきながら杖をつき、亀のようにゆっくりと歩いてくる者。
 えぐれた肉が頬から垂れている者。何度目かのマラリアになったのだろう、紫斑しはんの浮いている者。まともに歩けずに担架たんかで運ばれてきた者。

 血の臭い、嘔吐物おうとぶつの匂い、汗とあかの匂い、汚れきった泥と軍服の匂い。複雑な臭気が一帯に混じり合っていた。

 目を覆いたくなるような、痛ましい一団が次々に荷台に載っていく。言葉なんて出てこなかった。何を言っても上辺うわべだけの軽い言葉になってしまいそうで。

 痛みにうめき声を上げている者もいるが、多くの者はただじっと我慢している。
 むしろ死体の方がきれいかもしれない。そんな彼らを見て、痛ましいなんてそんな言葉で済ませられるか?
 できるわけがないだろう。……だが、それでも彼らは生きているんだ。

 やり場のない怒りと何ともいえない思いが胸の中で混じり合って、あまりのムカつきに吐き気を催しそうになる。
 乗り切れない兵士を整理している衛生兵らしき奴を見ながら、彼らが無事に後方の病院に行けることを祈らずにはいられなかった。



 チュラチャンプールの連隊本部を出発し、俺たちは再びアラカン山系を走るインパール道を行く。

 雨季になり道は様相を一変させていた。くるぶしからすねくらいの深さにまで道がぬかるみ、所々を小さな川ができていて山上から流れている。

 それでもマイル表示が、41/1から41/2と数が増えていき、41/7の次に42マイルに変わると、少しずつ前線から離れているんだという実感が得られる。
 国境を示すサインには弾痕の跡が残っていたが、時々、俺たちを追い越していくトラック、また逆に対面から来るトラックとすれ違いつつ、とにかくひたすら3299高地を目指した。

 どれくらい歩いただろうか。突然、工兵が待機している、関所のようなところに出た。事情を話すと、この先に爆弾坂といって道が完全に崩れている所があるから気をつけろという。
 なんでも敵の爆撃機によって道が流され、工兵で橋を架けてはまた破壊されの繰り返しになっているらしい。
 トラックの通行は不能で、この爆弾坂を境に、それぞれの区間でピストン輸送をしているらしい。

 おそらく運ばれてきた傷病者だろう。かなりの人数がたむろしている。歩けようが歩けまいが、この区間は徒歩で行くしかないのだ。

 折悪おりあしく雨足が強くなってきた。前も見えないほどの豪雨となって、たちまちに道の上に大きな川ができる。
 その途端、少し先の山肌が崩落した。ドドドドと地響きを立てて流れていく土砂。巨大な岩がごろんごろんと転がっていった。
 ……もしあそこにいたら。そう思うと恐ろしい。

 小1時間ほどだろうか。雨が止んできた。すると工兵たちが「行くぞ」と言いながら、道の補修に出発していった。

 まだ崖崩れの危険があるが、そんなことは言っていられないのだろう。
「夏樹さん、俺たちも――」
 そういう年下の言葉に仕方なく俺も腰を上げた。

「おおいっ、手伝ってくれ」
 大きな岩を崖下に落とそうとしている工兵たち、俺たちも一緒になってその岩を押す。
 何本もの丸太を差し込んで、てこの原理で転がそうとする。「行くぞっ。せーのっ」
 相撲の押し出しのように全身で岩を押し、どうにか崖下に転がすことができた。

 こんな作業がまだまだ続くのだ。
 去り際に工兵が更なる危険箇所を教えてくれた。
「あっちは地雷が埋まってる。それと敵機が時限爆弾を投下していってるから気をつけろ」

 俺はもう諦めにも似た気持ちでそれを聞いていた。泥と崖崩れ、地雷に爆弾。街道荒敵戦闘機らしはやってくるし、道路状態は最悪だ。

 こんな状態で戦争が継続できるのか? この先も戦い続けられるのか?
 もはや天長節は過ぎてしまっている。連隊本部で聞いた噂によると、ますます牟田口司令官は発狂したように怒鳴りまくっているらしい。

 攻撃の重点を俺たち弓33師団に置くとして、わざわざパレルに向かった戦車隊を550キロの距離を遠回りさせてこっちに追及させ、さらに自らこっちに向かっているとか。

 ならば、この道を見るがいい。前線の惨状を見るがいい。
 いかに無謀むぼうな作戦かを、自らの目で確認するがいい。
 傷ついた将兵を、病に倒れた仲間を。
 そして、前線で飢餓きがに耐えながら戦っている皆の姿を見るがいい。



 泥まみれになりながら、3299高地近くの川にまでやって来た。
 この川も雨季になって水量が倍に増えているようだ。

 英印軍が作っていた吊り橋が破壊されて川に半ば沈んでいる。そこにロープが架けられていて、そのロープを頼りに渡れるようになっていた。
 さらに工兵たちが作った仮設の橋もあるようだったが、今は橋脚きょうきゃくごと流されてしまっているらしい。

 こっちの川岸には、トラックに乗れなかった傷病者だろうか。それともここの警備兵だろうか、疲れ切った様子で木の下で寝そべっている者たちがいる。
 やむなく敵の吊り橋の残骸ざんがいを渡ることにした。滑りやすく危険ではあるが、一人の落伍者らくごしゃも出ずに渡りきり、ようやくの思いで3299高地に到着することができた。


 さっそく倉庫に向かうと、そこで3人の兵士が倉庫係と何かを話している。
「ですが、糧食の補給がないとキーゴンまで行けません」
「そうはいうが、通過部隊に支給する分はないんだ。……ちょうど師団の青砥あおと大尉が来ているから、相談してみてくれ」
「――はい。わかりました」

 そういって下がっていく兵士。何があったのか倉庫係に聞いてみた。
 今の3人は、後方の病院を退院して前線に追及したのだそうだ。ところが戦死者3名の遺骨を後方のキーゴンに届けるよう命令が出て、再びインパール道を下がってきて、糧食が尽きたという。
「前線では3分の1定量、4分の1定量の食事で戦っていると聞く。補給はできるだけ前線にしてやらないと」

 どこもかしこも食糧不足だ。予め懸念けねんしていたことが、現実になってしまっている。
 あの時、すぐにでもインパールには入れるさ、なんて言っていた戦友たちも、まさかここまで激戦になるとは思いもしなかっただろう。

 しかし、今さらやめることはできない。泥にまみれた戦場だろうが、行けるところまで行くしかないのだ。


 その後、糧食、医薬品、弾薬を補給した俺たちは、チン族の人々を雇って一緒に人力輸送をしてもらうことにして、3299高地を後にする。


 陣地の出口に向かって歩いていると、誰もいない陣地の片隅で一人の若い兵士が、空を見上げながら戦陣訓をえいじていた。

 ――大日本は皇国なり。万世一系の天皇かみにましまし、……戦陣の将兵、よろしく我が国体の本義を体得し、牢固不抜ろうこふばつの信念を堅持けんじし、誓って皇国守護の大任を完遂かんすいせんことをすべしっ。

 およそ戦闘は勇猛果敢ゆうもうかかん、つねに攻撃精神をもって一貫すべし。攻撃にあたりては果断・積極・機先を制し、剛毅不屈ごうきふくつ、敵を粉砕ふんさいせずんばやまざるべしっ。

 信は力なり。自ら信じ、毅然きぜんとして戦うもの常によく勝者たり。必勝の信念は千磨必死せんまひっしの訓練に生ず。すべからく寸暇すんかを惜しみ肝胆かんたんくだき、必ず敵に勝つの実力を涵養かんようすべしっ。

 戦陣深く父母の志を体して、よく尽忠じんちゅうの大義にてっし、――もって祖先の遺風いふうを顕彰せんことをすべし。

 死生を貫くものは崇高なる献身奉公ほうこうの精神なり。生死を超越し一意任務の完遂に邁進すべし。
 身心一切の力を尽くし、従容しょうようとして悠久の大義にくることを悦びとすべし。
 ……恥を知る者は強し。つねに郷党きょうとう家門の面目を思い、いよいよ奮励ふんれいしてその期待に答うべし。
 生きて虜囚りょしゅうはずかしめを受けず、死して罪禍ざいかの汚名を残すことなかれ――――。


 風に乗って聞こえてきたその言葉は、自らの心をきつけようとするものか。決死の覚悟をしようというものか。
 まるで若い兵士の心が叫んでいるようで、その声は妙に寂しげに、むなしく俺の耳に響いた。


 ――さあ、行こう。
 みんなが待っている。増田が待っている。
 早く物資を。早く薬を持っていかなければ……。