54.昭和19年12月 懸案事項

2019年4月25日

 昭和19年も暮れの12月に入ったある日の夜。点呼集合の前の自由時間。
 清玄寺に、村長さんと川津さん、駐在さんがやってきて、10日に1度の疎開学童に関する連絡会議を行った。

 すっかり夜も冷えてきていて、今も火鉢の上に載せた鉄瓶の口から蒸気が立ちのぼっている。

 先生、そして、寮母から学童の様子について報告。それが終わると、直子さんが経理の報告をはじめた。

「先月の食費が900円で済みました。月並み予算で1020円の予定だったのですが100円も安く済んだのは、収穫した作物をうまく取り入れることができたからです」

 うん。うちの畑が役に立って何よりですな。
 ただし冬に入った今、春になるまでは、おそらく購入費も月並み予算をオーバーするだろう。そのことを考えれば、節約できる時にしておくのがいいと思う。

 司会の青木先生から、
「それは重畳ちょうじょう。――ほかに報告事項は何かありますか?」
と言われたので、私は手を挙げた。
「はい。私から1つ」
「春香さん、はいどうぞ」
「関連してこれからの食糧備蓄びちくについてですが――」


 この辺りでは年末頃から雪が積もる。畑では白菜を植えたけれど、量はそれほどでもない。畑で取れる野菜が減れば、食べられるものが減っていくのは当然、想定されることだ。
 春になれば野草が採れる。だから、冬場をどう乗り切るか。食材をいかにやりくりするかというのが問題だ。

「白菜は1月に収穫できるように計算はしていますけど、量はそれほどありません。ジャガイモ、にんじんはおがくずに沈めて冷暗所に置いているので、細々と使えばどうにかなります。村からもサツマイモを少しいただいて、干しいもも作ってあります。
 大根も漬物にしてあるのでそれを上手く使うことになると思いますが、問題は主食とタンパク質です」

 松守村では畑作中心だから、どうしても主食の問題がある。

「主食は配給頼みになります。ほか小麦粉、ソバの実はある程度の量を清玄寺で備蓄しています。本来、飢饉に備えてのものですが、お寺から買い入れる形で食いつないでいくことになるでしょう。
 が、それでも足りないと思っています」

 私は川津さんを見た。
「川津さん、村の中で余剰分の小麦を確保できないですか? それと特に大豆は何とか手に入れたいんです。場合によっては他の村にも問合せできないですか?」

 うちでは大豆を作ってないんだ。でも貴重なタンパク源だから、どうにか確保しておきたい。
 無理なら、タンパク質を別のもので補わなければいけないだろう。ソバで補えるといえば補えるけれど、アレルギーの問題があるからあまり宛てにはしたくない。


 川津さんが手元に何か書き込んだ。
「小麦、大豆ですか……。いくらか心当たりがあるので問い合わせますよ。ただ、その経費はいくらほどをお考えなのか……」
 直子さんが難しい表情をしている。
「う~ん。そうですね。4ヶ月分として1000円といったところでしょうか」

 その計算を聞いて、やっぱり厳しいなって思う。やれるところまで頑張るしかないけどね。

 青木先生が、
「春香さんの指摘は極めて重要な案件ですな。川津さんと直子さんとで打合せをしてみて、次回にまた経過報告をしてください。
 そういえば、他の学寮では寮母同士が、それぞれ担当する子供たちを依怙贔屓えこひいきしているという話も聞きます。ここではそんなことはないので、ありがたく思っております」

 急に先生が頭を下げられたので、私たち3人の寮母も「いえいえ」とばかりに頭を下げる。
 ほっと場がなごんだところで、先生が「……他には」と問いかけると、すかさず川津さんが、
「来月の15日。新年早々ですが、東京から移動文化隊が来ると連絡がありました。なんでも分校の体育館で歌や講談を披露ひろうしてくれるそうで、清玄寺寮の子供たちもいかがです?」

 移動文化隊か。吉本とか東宝とかが村々を回っているって聞いたことがある。
 ここ松守村に来るのは初めてだ。ちょっと楽しみかも。講談だけでなく、演劇や漫才なんかの時もあるらしいね。

「移動文化隊ですか。それは助かります」
「じゃあ席を確保しておきます。詳細がわかり次第連絡しますよ」
「よろしくお願いします」

 子どもたちも村の生活が3ヶ月になるけれど、どうしても娯楽ごらくが少ないからねぇ。配給で少年倶楽部くらぶとかの雑誌をもらったりもするんだけど。お手玉、あやとり、メンコ、そして、双六。
 ……あ、そういえば良く絵を描いている子がいたっけ。もし闇市で画材を手に入れられるようならば、少し買っておこうか。

 夏樹がいれば竹とんぼとかのおもちゃを作ってくれたんだろうけど……。女の子の作るようなお手玉とかなら作れるけれど、男の子のおもちゃは私には作り方がわからないんだよね。
 今度、恵海さんを通して、村の人で作ってくれる人がいないかきいてみよう。

 あ、そうそう。次回が年内最後の会議となるので、少しお酒を出す予定であることを伝えて解散となった。



 さて定例の会議が終わり、先生は夜の点呼集合に、私はお寺の門まで役場の人たちをお見送りに行くことにした。

 半纏はんてんを着込んでマフラーを首に巻く。土中の水分が固まっているのか、いつもよりも地面が固くなっているような気がした。

 提灯ちょうちんを持って暗い境内けいだいを先導しているときに、村長さんが、
「子供たちが来てから4ヶ月。早いものですな」
「本当に、慌ただしくてあっという間ですよ」
「ははは。御仏使様もきとされてますな」
「いや、ですからその御仏使様呼びは……」
 恵海さんと美子さんのはもう諦めたけど、さすがにそれ以外の人からはね。

 村長さんは愉快そうに微笑んで、
「まあまあ。ここの子供たちも、一時は村の子とケンカもしたようですが、今では仲が良くなっているようですな」

 そうそう。村のガキ大将と、学童の親分とが一対一でケンカをしたんだよね。
 きっかけは学童の4年生の女の子が、村の子からちょっかい出されたことだったんだけど。

 村のガキ大将は、都会のもやしっ子と馬鹿にして、親分の方が逆上したらしい。体格では村の子の方がよくて、学童の親分も散々殴られてしまった。
 ただ、それでもガキ大将に立ち向かい続け、2人のケンカは、ちょうど通りかかった香織ちゃんが介入するまで続いた。

 面白いのが、それから2人は互いを認め合うというか、仲よくなっちゃって。たまに学童の子たちが、村の子からおやつを分けてもらっているらしい。
 子供の、それも男の子の世界というのは面白いもんだ。


「それよりですな。……ちょっとよろしいですか?」

 村長さんはそう言いつつ、川津さんや駐在さんにそこにいるように言い置くと、内緒話でもあるようで少し離れたところに私を連れて行く。

「先生が春香様に好意をお持ちのようです。あの方は村の者ではないから、何か行動にでるやもしれません」
「――え」

 一瞬なにを言っているのかよくわからなかったけど、それって身の危険があるってこと? あの先生が?

「根掘り葉掘り、春香様のことを尋ねられた者がいます。恵海さんや美子さんのそばにいる限りは問題はないでしょうが、用心に越したことはないかと思いますよ」
「は、はい」

 嫌だな。そんな風に言われちゃうと、急に怖くなっちゃうよ。
 行動って何をするのかわからないけど、一応これでも軍人の妻だから、強引に迫ってくるようなことはしないと思うけど。

 よく考えてみたら、仕方の無い部分もあるのか……。男一人でそういう欲望を発散できる場所もないからなぁ。
 他の2人の寮母よりは私の方が歳が近いというわけだ。

 死別したり離別して女やもめになってしまった女性を紹介する?
 でも村での生活に、あの先生が溶け込めるとも思えない。疎開が終わったら東京に戻るんだろうし。

「わかりました。大丈夫だとは思いますけど、気に留めておきますね」
「ええ。――では、これにて失礼します」

 帰って行く村長さんたちを見送り、お寺に振り返る。
 折しも本堂から子供たちの「おやすみなさい」の声が聞こえてきた。どうやら点呼集合が終わったようだ。

 しばらくそのままたたずんでいると、本堂の明かりがパッ、パッと消えていき、辺りには静寂が漂った。
 暗がりに佇む本堂。その向こうの宿舎からは温かい光が漏れていた。


 これから本格的な冬になる。その前に準備できることはやっておかないといけない。忙しい日々がつづくだろう。

 ……はあ。今日は宿直当番だっけ。そろそろ戻らないと。

 そうは思うものの、どういうわけか、すぐに戻る気にはなれなかった。

 冷たい風がヒュオオオと音を立てて、私の体を包みこんだ。ぶるっと震えて、マフラーで口元を隠す。

 今年ももう終わり、また1つ年が過ぎていく。終戦まであともう少し。……けれど、夏樹からの手紙は相変わらず途切れたまま。
 私の手紙も向こうに届いているのだろうか。遠く隔てたこの距離がうらめしい。

「本当に。今ごろ何をやっているのかな」
 ひとごとれてしまった。

 澄んだ空気にキラキラと輝く星空を見上げ、私はしばらく夜風に吹かれていた。