55.昭和20年1月 移動文化隊

2019年4月25日

 暗いステージ。スポットライトの中で部隊長役の男性がイスに座り、その正面に若い兵士が立っている。

 移動文化隊の演目は、岸田国士の『かへらじと』だった。

 2人の青年、志岐しき大坪おおつぼ参弐さんじは友人同士だったが、小学校の頃、弓矢を作って遊んでいた時に、志岐の放った矢が参弐の目に当たってしまう。参弐は片目の視力を失ってしまった。
 時が流れ、その怪我のせいで参弐はとうとう兵隊になることはできなかった。一方の志岐は兵隊となり、召集によって出征することに。

 志岐の妹おふくは、参弐に思いを寄せていた。それを知っていた兄の志岐は、参弐に妹をもらってもらいたいというが、参弐は自分みたいな風来坊ふうらいぼうにはと断ってしまう。

 やがて出征した志岐の戦死の公報が届いた。
 悲しみに暮れる家族に、志岐の死にざまを伝えるために、結城少佐がやってきた。その回想シーンがはじまる。


 出征した志岐は、まるで自ら死に急ぐような行動を取ったという。

「志岐、わしはなあ、こうしてお前の顔を見ていると、ちょっとに落ちんところがあるんじゃ。……「死にたい」と思っとりゃせんか? 本当のことを、儂だけに言ってみい」

 すると若い兵士は少し言いよどんで、
「自分のような者は、本当に死ななければ……どうせ満足な働きはできんと思っとります」
「死ぬことが1人前の御奉公だというのか?」
「1人前の働きだけでは、自分には足りないのであります」
「うむ、そのわけは?」

「子供の時分、まちがって友達の眼に弓の矢をあてて、とうとうその男は兵隊になれませんでした。
 そいつは許してくれましたけれども、自分の罪は消えません。その友達の分もぜひ働いてと思うと、もう、弾丸にあたって、死ぬよりほかありません。
 自分などは、それ以上に立派なことはできません。…………遮二無二しゃにむにに戦って死のうという一念だけが。やっと、自分を、これならっ、と思う兵隊にしてくれるような気がするんであります」

 そして激しい風の日。敵陣に突撃をしたとき、志岐は突出して突っ込んでいく。それを見ていた部隊長は思わず「やられる」とつぶやいた。
 次の瞬間、ゆっくりと志岐は倒れた。

 劇の中の女性たちがすすり泣きをする声がする。せきを切ったように男性のむせび泣きが響く。
 聴衆の村の人たちもそれにつられて涙を流し、鼻をすすっていた。

 やがて結城少佐は帰ると、その場にいた若い衆が、そういえば召集になった日から志岐の様子が、どこか普通じゃなかったと言う。
 それを聞いていた参弐さんじは内心で決意を固めたのだろう。解散になって人々が帰っていったその後で、参弐の父が志岐の母親に申し出た。おふくを嫁に欲しいと。

 その場で照れてしまった2人。おもはゆい微笑みをわし、帰って行く参弐さんじ親子を、おふくはじいっと見つめて見送ったところで、劇の幕が下りたのだった。

 ステージ上が明るくなり、出演した役者さん達が挨拶のために全員出てくる。村の人たちは、惜しみない拍手が送り続けていた。



 興奮冷めやらぬ雰囲気のままに、子供たちと清玄寺に戻る。みんなはそのまま点呼集合となったけれど、私たち寮母は宿直室に集まってお茶をしていた。

「いやぁ、良かった」
 安恵さんが余韻よいんひたりながらそうつぶやくと、直子さんも微笑みながらうなずいている。

 安恵さんはプロの演劇が初めてだったらしく、感動もひとしおだったに違いない。
「志岐、格好よくないですか?」
「わかる。わかるよ。安恵さん」と相づちを打つと、
「そうですよねっ」
と意気込んだ安恵さんは、芝居がかった男口調で、
「1人前の働きだけでは、自分には足りないのであります。生きてかえるということは、なんとしても、できんのであります」
と志岐の口真似をする。

 よっぽど感動したんだろうね。

「はあぁ。軍人さんはやっぱり格好いいなぁ。私もああいう人のところにお嫁にいきたい」
とつぶやく安恵さんだけれど、それはよく考えた方がいい。……自分の世界に入っちゃっている今は、そんなことを言っても無駄だろうけど。

 死に別れるのは辛いことだ。
 あの志岐も、すでに死ぬ覚悟を初めからしていたからこそ、妹を嫁がそうともし、そして、自らは誰をめとることもなく戦地に行ったのだ。
 決して、ああいう軍人のところに嫁ぎたいと、安易にかるがるしく言ってはいけない。もし嫁ぐのならば、安恵さん自身も相応の覚悟をしないとダメだと思う。

 先月の大本営発表では、レイテ沖の海戦で日本軍が大きな戦果を挙げたとあった。けれど私はその発表自体が嘘だと思っている。
 かつてのタイムリープ前の日本で、レイテ島から送られた父の葉書の番組をやっていた覚えがある。激戦のレイテ島。もし私が太平洋戦争の各戦いの知識があれば、もっとはっきりわかったのだろうけど、おそらく玉砕したんじゃないかと思う。

 それに、危険が迫っているのは前線だけではない。銃後の私たちも危険が迫っている。それも本土空襲だけでない。先月12月の7日には東海地震があったばかりで、まだまだ余震が続いているという。

 結婚するにも過酷な時代か……。

 さて点呼集合が終われば子供たちは就寝時間となるけれど、6年生の男女は、来たる受験にそなえ、さらに1時間の勉強時間が許されていた。おそらく、そろそろこの部屋にやってくることだろう。

「失礼します」
と廊下から声がかかったので、「どうぞ」と返事をすると、案の定、6年生たちがやってきた。

 隊長の笠井くんや優子ちゃんの兄・石田和則くんたち、男の子4人。そして、宮田香代子ちゃんや大森鈴子ちゃんたち、女子4人の計8人。さすがにこの人数が集まると、この部屋も狭く感じる。

 大きなテーブルを囲んで、それぞれが自習道具を取り出した。勉強を始める子供たちを横目に、火鉢の上の鉄瓶から急須にお湯を注ぎ、温かいお茶をれてあげる。

「ありがとうございます。春香先生」
という笠井くん。
「がんばりなさいよ」
「はい」

 部屋の中が暖かいせいか、窓はすっかり曇っていた。指先でぬぐうと、その向こうには漆黒の夜を背景に粛々しゅくしゅくと雪が降っている。

 受験日は3月上旬で、試験会場は東京。残り2ヶ月を切っていた。
 疎開してるからといって、学業が疎かになってはいけない。私たちにできるのはサポートだけだけど、最後まで受験勉強を頑張ってほしい。

 頭をつきあわせて勉強している子供たちを見ていると、昔のことを思い出してしまう。
 そう。夏樹と一緒に勉強した日々を。

 もともとは私の両親が共働ともばたらきで、ちょうど夏樹の家がはす向かいだったこともあって、親が帰ってくるまで夏樹の家にお邪魔していた。夕ご飯までご馳走になったりしてて、お義母さんも私の大好物を完全に把握していたっけ。

 その延長で、小学校3年生ぐらいから夏樹の部屋で勉強したり、時には私の部屋で勉強をするのが普通になっていたんだよね。
 わからないところは夏樹に教えてもらったりして、そのままお泊まりすることもあったけど、あの頃は楽しかったなぁ。

 中学1年生の入学式の日に夏樹から告白されて、それまでのなあなあな関係から一歩踏み込んで恋人同士となりました。余計よけいに甘えん坊になったのはそれからだと思うし、それ以後もお互いの部屋で勉強してたんだよね。


「――急にニヤニヤしてますね」
「思い出し笑いをしているんではないでしょうか?」

 思い出に浸っていると、不穏な言葉が聞こえてきて現実に戻る。
 見ると、直子さんと安恵さんが私をチラ見しながらコソコソと話し合っていた。しかも聞こえるように丁寧語で。

 ちょっと恥ずかしい。右手で鼻から下を隠してうつむいてしまう。……半分わざとですが。

 そんな私を見て、2人がプッと小さく吹き出した。すると、香代子ちゃんが気まずそうに、
「あのぅ。寮母先生。――うるさいです」

 頭を下げるしかない私たち3人だった。



 今日の宿直の直子さんが夜廻りに行った。彼女が帰ってきたら、6年生の勉強時間も終わりとなる。
 そろそろ片付けを始める子供たちだったけど、ぐうぅぅとお腹を鳴らせた男の子がいた。……まあ、それもわかる。私は厨房ちゅうぼうから大根の漬物つけものを持って来てあげた。

「時間があれば、米ぬかでクッキーを作ってあげるんだけどね」
 もう勉強道具を片づけ始めているみんなにも、漬物を出しながらそういうと、大森鈴子ちゃんが、
「クッキーかぁ。食べたいなぁ」
とつぶやいた。

「本当は全員分作ってあげたいけど、そこまで量がね……」

 冬場にそなえて食糧備蓄びちくを進めていたけれど、やはり人数が人数だけに、想定よりも食材の減りが早く、その分、食事の量を減らさざるを得なくなっていた。
 正月に配給になったお餅を出したけれど、あれが久しぶりのご馳走だったんじゃないだろうか。

 石田和則くんが、
「……ここだけの話。先生とか寮母先生が、届いたお菓子とかを自分たちだけで食べてるとかって噂もありました」
 それを聞いて安恵さんが憤慨ふんがいして、
「私たちはそんなことしてないっ」
と言う。
「安恵さん。本当に疑っていたら和則くんだって黙っているって。お話ししてくれるってことは信用してくれているってことだよ」
と言い聞かせてなだめる。まあ、実際に青木先生はどうしてるかはわからないけれどね。

 すると和則くんは少し照れたようにうつむいて、
「だって……。春香先生は優子を助けてくれたし」
とぼそっとつぶやいた。

 私は微笑みながら、
「前につるした干し柿も、あと2週間くらいで食べ頃になると思う。それに白菜もそろそろ収穫を迎えるから、食事の量も増やせるようになる。それまで我慢して欲しいな」
と言うと、みんな神妙そうにうなずいていた。
 春になれば食べられる野草も芽を出す。あと2ヶ月の辛抱なんだ。

「そうだ。どうせこの機会だ。食べたいものってどんなのがある?」
と尋ねると、まあ、出てくる出てくる。ハンバーグ、牛飯、ケーキ、クッキー、チョコレート、キャラメル……、そして白飯。

 白飯は厳しいけれど、肉にお菓子といったところか。ふうむ。

 あれも美味しい、これも食べたいと話している子供たちの顔を見ながら、なにか1つでも叶えてやれないかと思う。
 少しずつせてきちゃっているんだよね。何かいい方法はないだろうか……。

 安恵さんが、
「そういえば男子は、やっぱり士官学校を目指すの? 志岐さんは一等兵だったけど、将校を目指すのかな?」
と尋ねると、何人かは試験を受けたいと言う。

 将校教育課程に進みたいとはいっても、すぐに終戦になるから難しいだろうね。この子たちは狭間はざまの学年になっちゃって少しかわいそうだ。
 学校制度も、戦争が終わればその内容もガラッと変わるだろう。時代のせいといえば、そうなんだろうけれど、翻弄ほんろうされるこの子たちにとっては他人事ひとごとじゃない。

「あのね……。みんな、ここだけの話だよ」
 そう切り出すと、子供たちの視線が集中する。
「この部屋の外で絶対に言っちゃいけない。いい?」
 どの子も何を言い出すんだろうという表情で、戸惑いながらコクンとうなずいた。

「どんな状況でも生きるっていう気持ちを持ちなさい。泥をすすろうとも、病にむしばまれようと、最後の瞬間まで生きようっていう気概きがいをもちなさい」

 今日の劇とは違うことを言っている。本土決戦、一億総玉砕が標語になっている現在。こんなことを言ったと外に伝わると、私は非国民と言われてしまうだろう。それでも、これから社会に出るこの子たちに伝えておきたいと思う。

「戦地では今もなお、敵の銃弾で倒れている兵士がいるでしょう。死ぬとわかって、突撃している兵士もいるでしょう。……自ら体当たり攻撃をしている飛行士だっている」

 海軍の神風特別攻撃隊も、陸軍の万朶ばんだ時宗ときむね、聖武、桜花等も、人間魚雷の回天かいてんによる体当たり攻撃もすでに始まっている。立派な青年が、その若い命を1個の流星に変えて、爆弾に変えて突撃していっているんだ。

「でもね。どの兵士も、天皇陛下はもちろん日本のため、残された家族のため、銃後の私たちを守るために。この国の未来を守るために、命をかけているのよ」

 片道分の燃料を積んだ飛行機で、魚雷で、最後に想うのは妻や我が子、故郷くにに残してきた親のことじゃないだろうか。

「だから、みんなは、決して生きることをあきらめちゃだめ。この戦争で死んだ多くの兵隊の命を無駄にするような、そんな生き方はしては絶対にいけない。そう思う」

 理想論かな? でも亡くなっていった人々に恥じるような生き方は、この子たちにしないでほしい。きっと想像している以上に大変なことだと思うけど。

「もちろん人は、常に前に進んでいけるわけじゃない。海にも引き潮や差し潮があるように、時には立ち止まったり、少し戻ったりすることも当然ある。
 ジレンマを覚えるかもしれない。どうにもならなくて、苦しんで苦しんで……。でもね。その時間が、その先へ進むための助走になると思う。だから――」

 私は子供たちの顔をじっと見つめる。純真で澄んだ目を持つ子供たち。

「お天道てんとさまに胸を張って、最後の時まで。血を吐こうが、地面をいずりまわろうが、生き抜きなさい」

 思いのままにしゃべってしまったけれど、気がついたらこの部屋にいる誰もが私の言葉に飲みこまれしまったように黙りこくっていた。
 少し語ってしまった自分が恥ずかしい。

 微笑んで、
「どうしても自分の力じゃ駄目だと思ったら、周りの大人を頼りなさい。私でもいいし、清玄寺でもいいから。頼れる人を探すこと。でも忘れちゃいけないのは、立ち上がるのは自分の力でってことだよ。……わかった?」

 黙ったままで首肯しゅこうする子供たち。安恵さんも神妙な表情でうなずいていた。

 話が終わったタイミングを見計らったかのように、直子さんが部屋に戻ってきた。
「……うん? なにか空気がかなり違うような」
と言う直子さんをよそに、私は手をパンパンと鳴らし、「さあ、もう寝る時間。おやすみ」と子供たちを部屋から追い出した。

 怪訝けげんげな直子さんの視線に追われるように、安恵さんを残して私も離れに戻ることにする。
「じゃあ、また明日。おやすみ!」

 きっと安恵さんが話しちゃうだろう。直子さんにも外でしゃべらないようにって、ちゃんと口止めしてくれているといいけど。

 そんなことを思いながら暗い廊下を1人歩いて行く。つやつやした木の床。時おり、キィと音が鳴る。
 大寒だいかんの時期になったからか。一段と冷え込んできたようだ。このまま深夜を過ぎると、音も凍るような寒さになるだろう。

 あの子たちが生きる道は、決して平坦へいたんな道じゃない。戦後日本の復興。想像もつかないほど苦難の道を歩き続けることになる。

 もしかしたら大人を恨むかもしれない。残酷な運命を呪うかもしれない。時代を、社会を憎むかもしれない。
 それでも生き抜いてほしい。最後のその瞬間に、自分の人生に誇りを持てるように。精一杯、生きて欲しい。そう思う。

 だって辛い日々でも、幸せはきっと訪れる。誰かと巡り会える。愛することだってできるはずだ。
 砂浜に色んなものが流れ着くように。時代の流れが、運命の波が、あの子たちに新たな出会いを運んでくることだろう。

 だからその時まで、一生懸命に勉強してほしい。学問を、生き方を、そして苦難の道の歩き方を。
 冷たい空気に包まれながら、私はそう願うのだった。