56.昭和20年2月11日 恩賜のビスケット

2019年4月25日

 川の土手に冷たい風が吹いている。頬が冷たくなって指先がかじかむけれど、この冷気の中にいる感覚は嫌いじゃなかった。

 足元を滑らさないように、注意しながら土手を降りて行き、下から斜面をじっと見つめる。
「――あった」

 探しに来たのは春の野草。それも一足早くに食べられるハコベ、仏の座などの七草。……さすがに芹はまだ早いようだ。
 雪の間からは、ふきのとうも小さく頭を出している。

 こうして芽を出している野草を見ると、春が着実に近づいて来ていると感じるね。

 子供たちに我慢を強いていた食糧事情だけれど、あと1月もすれば、もっと色んな種類の食べられる野草が芽を出すだろう。のびる、タラの芽なんかは素揚げにしても美味しいだろう。

 畑の白菜も収穫を迎え、ここのところは浅漬けにしたり、雑炊の具にと大活躍だ。村の農家からはミカンをいただいていて、子供たちのおやつにさせてもらっている。
 おもしろいことに、ミカンをくれたのは、学童の親分とケンカをしたガキ大将の家。このミカンは友情の差し入れといえるかもしれない。

 皮は集めて干しておいたので、今晩はミカン風呂にしようと思っている。

 ……お風呂のことを考えたら、早く帰りたくなってきた。

 でも、そうはいかない。もっと食べるものを探さないと。



 かご一杯の野草を背負って、お寺に戻る。
 今日は紀元節きげんせつなので、子供たちは朝から先生に引率されて分校に行っていた。そのためか、今の清玄寺は生気が抜けたような静けさに包まれている。

 勝手口から厨房ちゅうぼうに入ると、ちょうどそこで恵海さんと美子よしこさんが休憩をしていた。

「ただいま帰りました」といって篭を下ろすと、美子さんが、
「たくさん採れましたねぇ」
としみじみと言う。「ええ。思いのほか生えてて」

 野草の処理は後回しにして、私も2人と一緒にお茶をいただくことにしよう。
 美子さんがお茶の準備をしてくれている間に手を洗っていると、恵海さんが、
「そういえば、昨日は宇都宮の方にB29が来たそうですね」
と世間話をはじめる。

 そう。じつは恵海さんが言うように、とうとう長距離きょり爆撃ばくげき機のB29が宇都宮にまでやってきたのだ。……ただし、昨日は去りぎわに爆弾を少し落としていっただけで、さしたる被害はなかったらしい。

「きっと偵察ていさつでしょう」
 そう断言すると、恵海さんは「やはり」とうなずき、心配そうに、
「栃木もこれから空襲がはじまるんでしょうか」
「そう思っていた方が、いざという時に対処できるでしょうね」

 学童用の防空ごうは、幸いにも昨年の12月のうちに、村の男衆に手伝ってもらって境内の端に作ってあった。
 とはいっても、さすがに50人の人数が入るような大きいものは作れないので、3つに分けて掘ってある。
 防空頭巾ずきんも、村の婦人会に応援をお願いして作ってもらってあるし、ひととおりの備えは済んでいた。

「本土決戦が近づいているんでしょうなぁ」
と、恵海さんがどこかわびしそうに言った。

 恵海さんも美子さんも、この戦争が始まってから、めっきり歳を取ったように見える。普段はかくしゃくとしておられるんだけれど、村から若者が出征し、また戦死者の葬儀に行くたびに、色々と思うところもあるのだろう。

 美子さんも気遣きづかわしげに、
「夏樹さまはご無事でしょうか」
と言うので、ニッコリ笑って「大丈夫ですよ。何があってもちゃんと生きて帰ってきますから」と告げる。

 もちろん手紙は1通も届かないけど、戦況がここまで悪くなってしまっては、軍事郵便が届かないのも仕方がないと思う。素人判断かもしれないけど、そう考えれば納得ができる。

「そうですか」
という美子さんに、
「気をつかわないでください。私には夏樹が生きているってことは、わかるんですから」

 恵海さんがうなずいて、
「うん。そうだ。御仏使さまですからな。我々はここをお守りして、お帰りを待つだけだ」
「そうです。その通りです」

 そうは言ったものの、寂しさは消えない。けれどそんな気持ちはぐっと飲みこんで、2人には言わなかった。


 夜の食事は、主食は水団すいとん、おかずとして野草のおひたしに、煮大豆をつぶしてして、すりおろしたジャガイモと混ぜ、お好み焼きもどきを作った。

 大豆を工夫すればお肉のようになった気もするんだけど、やり方がわからない。それに調味料もほとんどないから、味付けにも非常に苦労する。
 そんなわけで不本意な料理なわけですが、それにも慣れてしまった。残念なことにね。

 ただそんな申しわけない食事以上に、子供たちはこの後のことが気になっているようだ。そそくさと食事を終えて、食器を下げ終わると先生が立ち上がった。

「さて、皆さん。昼の紀元節でお話があったように、本日は恐れ多くも皆さんに、皇后こうごう陛下よりお菓子を賜っています」

 そう。皇后陛下から子供たちにと、ビスケットの恩賜おんしが用意されているのだ。
 皇后陛下は昨年の12月23日、まだ立太子はされていないが、皇太子殿下平成天皇が11歳の誕生日を迎えられた際に、疎開している子供たちを思って御歌みうたをよまれたという。

  疎開学童のうへを思ひて
 つぎの世をせおふべき身ぞ たくましく
  たしくのびよ さとにうつりて

 そして、親元を離れて疎開している子供たちに、25匁93.75グラムのビスケットを下賜かしくださることとなったのだ。

「皇后陛下の御歌にあるように、このビスケットには、次の日本を背負う皆さんが、強く、そして正しく伸びていくようにとの願いが込められているのです。
 この御心を拝して、おろそかにすることのないようにして、大切にいただくようにしてください」

 先生の訓示が終わると、「御賜おんし」と印刷された封筒を、直子さんが子供たちに配っていく。あの中に15枚ずつのビスケットが入っているのだ。

 ここだけの話。本当は1人20枚ずつだったんだけど、先生の判断で1人15枚ずつとし、残りは地元の村の子供たちに分けて下さっている。

 配りおわると解散となり、とたんに子供たちは封筒を手に、笑顔で部屋に駆けていった。
 それを見て、先生が「こらぁっ。走るんじゃない」と怒っていたのが、妙におかしかった。
 まあ、今日くらいは目くじらを立てることもないでしょう。

 厨房にもどる途中で女子の部屋をのぞくと、東京の方に向いて正座をして食べている子もいれば、数人で集まってカリカリと、まるでリスのように、ちびりちびりかじっている子たちもいた。

 子供たちを思いやる皇后陛下のお心に、私も頭が下がる。同時に、子供たちに我慢をさせてしまっている自分が情けなくなる。仕方が無いこととはいえ、ね。

 ……これが平時なら砂糖も充分に手に入る。小麦粉だって。ハチミツだって。だけど今は闇市で買うにしても高すぎて手が出せない。
 せめてもう1年、準備期間があれば甜菜てんさい栽培さいばい量を増やせたから、もっと砂糖が手に入ったはずだったんだ。
 ないない尽くしだけれど、そんなことは子供たちには関係ないこと。

 だから尚のこと、今回のビスケットは私にとってもありがたい。あんなに嬉しそうな子供たちの表情を見られたんだから。



 さて今日は、ビスケットだけでなく、お風呂もいつもとは違ってミカン風呂にしている。
 男子は清玄寺のお風呂だけど、女子は蔵のお風呂と分けてみた。蔵に子供を入れるのは今回が初めてだ。

 こういう季節風呂は先月の松の葉を使った松湯からなんだけれど、やはり人数が人数だけに風呂を分けた方がいいと判断したんだよね。
 ちなみに松湯は温まるし気持ちもすっきりするので、子供たちにも好評だった。
 2月だと大根湯もあるけれど、大根は食べる方に回すからね。それでミカン湯となった次第です。

 というわけで、私は蔵の方のお風呂の係。私と夏樹の住居だし、まあ当然でしょう。

 蔵の風呂は、もともと私と夏樹の2人用だからそれほど広くはない。風呂の手前の居間では火鉢に炭を入れて寒くないようにしているので、交代で入ってもらうことになる。
 浴槽には、乾燥させたミカンの皮を入れた麻袋を沈めてあり、良い香りが蔵中に漂っていた。
 女の子は20人いるので、10人ずつ交代の予定になっていて、すでに前半の組がお風呂から上がって宿舎に戻ったところだ。

 どうやら後半の組の子が来たようだ。玄関の方から、
「ご免ください」
と声が聞こえたので行ってみると、宮田香代子ちゃんに引き連れられた女の子たちがいる。

「どうぞ。上がって」
と声をかけると、初めての蔵を興味深そうに見回しながら中に入ってきた。
 靴をきちんと出船でふねの形にして、居間に上がってくる。

 香代子ちゃんが、
「ここの中ってこんな風になっていたんですね」
「普通の蔵とは違うから驚いたでしょ。ここはね。私と夫が住んでいたのよ」
「へぇ。蔵に……」
「みんなで最後だから、私も一緒に入るね」
 そう言うと3年生の女の子が、
「春香先生も? やった」
と小さくつぶやいた。

 蔵の鍵を閉めて、みんな揃って居間で服を脱ぐ。タオルを手にお風呂場に入っていくと、ミカンの良い香りが私たちを出迎えてくれた。

「ん~。良い香り」
 そうつぶやいて、手桶ておけで肩からお湯を流す。女の子たちにも順番にお湯をかけて、小さい子から湯船に入れてあげた。

 5年生、6年生になると、少しずつ胸もふくらんできている。なぜか私を見て恥ずかしそうにしているんだけど。なんでかな?

 先に身体を洗うへちまスポンジに石けんを含ませてから、
「はい。この石けんつかって」
と香代子ちゃんに渡してあげた。

「ねえねえ。春香先生って本当はどこかの華族かぞくの家柄だったりは……」
「え? 華族? ぜんぜん違うよ」
「そうですか。てっきり……」
「――私たちはね。今でこそ鬼畜きちく米英っていわれているけど、昔はそのイギリスに住んでいたの」

 それを聞いた皆が驚いた表情で私を見る。これは言わない方が良かったかな?

「あっ、別にスパイとかじゃないからね。イギリスに住んでいたのは戦争が始まるずっと前だし、さらに昔をたどれば、ここ清玄寺の開基檀那かいきだんなにつながるんだから」

 つながるっていうか本人だけどね。

「なるほど。それで住職さんとか村の人が……」
「ははは。まあ、そういうわけですね」

 それだけの理由じゃないけど、仏の使と見なされているなんて理解できないだろう。

「それに、その外国での経験やたくわえが役に立ってるのよ」
「あの温室ですか?」「そうそう」

 あそこではハーブと冬場のための野菜を栽培している。スペースに限りはあるけれど、子供たちもその恩恵に預かっているわけだ。

「冬の間にみんなが食べた野菜のいくらかは、その温室で採れたもの。他にも運転もしてたから免許も持っている」
「ふうん」

「今は男の人が戦場に行っちゃって、挺身隊ていしんたいとか勤労報国きんろうほうこくとか、女の人が列車を運転したり、バスを運転したりしているでしょ?
 香代子ちゃんたちも、しっかりと勉強して色んな経験を積んでおいた方がいいよ。……女性がちゃんと一人前として働く時代はもう来ているんだから」
「……はい」

 と、変な話になっちゃったね。というわけで……。

 私は泡をつけた手を握り、親指と人差し指でわっかを作った。
 うすく張った石けんの幕にふうっと息を吹きかけると、大きなシャボン玉がふわっとできる。
 手で風を送って、低学年の子が入っている湯船に飛ばしてやると、みんなうれしそうな目でシャボン玉を見ていた。

「香代子ちゃんもやってみる?」
「えっと……はい」

 それを見て、一緒に身体を洗っていた高学年の子たちも挑戦するが、なかなか上手くできないようだ。

「そっと、そっと息を吹くんだよ」

 だんだん遊びになってきたけど、今はそれでいい。6年生だけに将来のことを考えちゃうんだろうけど、まだ皆は子供なんだから。

 一生懸命にシャボン玉を作ろうとしている子供たちを見て、私はそっと微笑む。こういうお風呂もいいもんだよね。