65.昭和20年11月 疎開学童、帰る

2019年4月25日

 う~。帰ってこない。夏樹が帰ってこない。遅いぞ。何をやっているんだろう。

 そんな思いを懐きながらも、季節は廻り、早くも11月となっていた。
 戦争が続いている間は、夏樹がいないことにまだ我慢ができた。だけど、いざ終わってしまうと、早く帰ってきて欲しいとより強く思う。
 やっぱり南方からだと時間がかかるのかな……。

 心配していたとおり、配給はかろうじて続いてはいるものの、び延びになったり中止になったりしていて、戦時中より当てにならなくなっている。

 幸いにここは農村で、例年よりも凶作気味だったとはいえ、秋ともなればそれなりの収穫があった。
 都会から買い出しにわざわざ来る人もいたようで、村の人たちも交換で良い着物を手に入れるなどできたらしい。

 戦争が終わって、学童の親がぽつぽつ引き取りに来ることもあって、今では30人ほどに人数が減っている。
 そして、その30人もいよいよ東京に帰ることになった。

 1年と3ヶ月になる集団疎開生活。
 我慢させることばかりだったなと思ったけれど、帰る日が近づくたびに甘えてくる子供が増えてきた。
 普段はしれっと大人ぶった態度をとっているような6年生も、何かあるとやってきて、「こんなことがあった」とか「こんなの採れた」と自慢げにやってくる。

 そんな子供たちを見ながら、少しは母親代わりをできたのかなとも思う。寂しくなりつつも、そんなふうに残り少ない日々を一緒に過ごしてきた。

 とうとう、今日はその出発の日。

 すでに清玄寺を出る時に、松守村の人たちや分校の子供たちとのお別れは済んでいた。ここ黒磯の駅にいるのは、清玄寺寮の関係者だけだった。

 まだ列車が来るまでには時間がある。
 改札に入らずに、私たちは駅前広場の一角で固まっていた。戦争が終わった影響もあるのか、多くの人でごった返している。

 東京から買い出しに来たと思われる野菜を持った人。誰かを探すように、道行く人の顔をのぞいている人。そして、あちこちで思い思いにしゃべっている子供たち。
 和則くんと残ることになっている優子ちゃんも、同級生との別れを惜しんでいるようだ。


 ――出発前のお寺でのお別れの挨拶を思い出す。

 本堂に子どもたちが集まってくるのを、私はご宝前ほうぜん側に座って眺めていた。隣には、ここに残ることになる香代子ちゃんや和則くんたちの姿もあって、どこかうらやましげでいて、それでいて寂しそうな表情を浮かべていた。
 彼らも仲の良い友人との別れは、昨日のうちに済ませてあったみたいようだ。

 大丈夫。また会えるよ。東京の復興が終わったら、みんなを連れて東京に行ってもいい。そう思う。

 そんなこんなしているうちに、全員が揃い、青木先生が感慨深げに小さくうなずきながらみんなを見つめていた。

 あの詔勅を聞いてから、しばらくは先生もかなり思い悩んでいたようだ。
 それもそうだろう。今まで教えてきたことはなんだったのか。これからどうなるのか。その指針を見失ってしまったのだから。

 恵海さんがその相談役になっていたようだけれど、訓示も新たな日本建設を目指すようなものに変化していた。もしここに夏樹がいたら、夏樹もきっとアドバイスをしていたと思う。

「それでは皆さん、これから東京に出発します。
 ここで暮らした1年と3ヶ月のことを、先生は絶対に忘れません。おそらくみんなもそうでしょう――」

 先生の訓示が始まった。そして、恵海さんたちが順番に挨拶をすることになり、最後に私にも順番が回ってくる。
 子供たちの視線を感じながら、立ち上がった。

「今ここに直子さんがいないのが残念です。同じように皆さんの中には、家族を失った人もいるでしょう。兄妹を失った人もいるでしょう。
 愛する人を失った悲しみ。ぽっかりと胸に穴が開いたように、そして、その空虚くうきょな穴に冷たい風が吹き込むように辛い時があると思います。……でもね。無くしたものは。亡くした人は帰ってこないのです」

 そっと目を閉じる。まぶたのうらに直子さんの顔を思い浮かべる。笑顔の直子さん、そして、焼けただれつつも、安らかに眠っていたあの顔を。

「――世界は変わりゆくもの。その悲しみもやがてやしていけるでしょう。
 皆さんには未来がある。誰かと巡り会い、そして恋に落ちることもある。心にあいた悲しみの穴は、誰かの愛によって埋めることができる。私はそう思います」

 目を開けた。体はまだ痩せたままだけれど、どの子もたくましくなった。……本当にたくましく。

「そして、誰もが誰かの特別になることができる。皆さん一人一人が、誰かの悲しみの穴を埋められる人になることができるんです。
 誰かの穴を埋めるとき、同時に皆さんの心に開いた穴も埋まっていく。それってとても素敵すてきなことだと思う」

 つぶらな瞳で見つめる子供たちに微笑みかける。

「戦争に敗れ、町はボロボロになったけれど、ここが私たちのスタート地点なのです。地面に倒れた人が、再び地面を踏みしめて立ち上がるように。ここから私たちが、日本が、再び立ち上がるんです。
 この変わりゆく世界で。転変しつづける世界で、私はみなさんと出会うことができた。その縁を大切にしたいと思います。
 そして同時に、みんなもお友だちと。この清玄寺寮で暮らした人々と、松守村の人々と出会った。その縁を大切にして欲しい。それが愛ってことだと思います」

 広い世界。夏樹と2人で歩き続けてきた歴史。多くの別れと、たくさんの愛の形を見てきた。
 恋人、夫婦、家族、友情……。縁って不思議なものだと思うし、人と人との繋がりの根底には愛がある。今はそう信じられる。

「だからどんなに辛いことがあっても、自分が1人だと思わないでください。この広い世界の、どこか片隅で1人ぼっちだなんて思わないで。
 私がいる。みんながいる。まだ見ぬ誰かがいる。……人生ってね。そんなに悪いものじゃないんですよ。それを忘れないで欲しい。そう願っています。
 ――さあ、いよいよ出発です。いつでもまた松守村にいらっしゃい。ここは貴方たちの家でもあるんだから。お手紙を待っています。向こうに帰っても元気でいてください」

 途中でうるっと来てしまい、目をこすりながら自分の席に座る。
 夏樹。私、間違っていないよね。これでいいよね。

 気がつくと、子供たちも胸にこみ上げてくるものがあったようで、何人も目をこすっていた――。

 お寺の外にはすでに村の人たちが集まっている。役場の村長さんから、分校の子供たちまでも見送りのために来てくれていて、そのざわめきが本堂にまで伝わってくる。

 お別れの挨拶が終わり、順番に1列になって本堂から玄関へ向かう子供たちの一人一人と、短く言葉を交わしたり握手したりして別れをしむ。
 低学年の子よりも6年生の女の子の方が甘えん坊みたいで、抱きついてきたので、思わず小さく笑いながら抱きしめ返してあげた。

 それで、そのまま黒磯にお見送りをするために、私たちもついてきたんだよね。

 駅前を眺めていると、青木先生が挨拶にやって来て、
「春香先生。本当にお世話になりました。あなたがいてくれて本当に良かった」
と言う。私は右手を差し出して先生と握手をした。

 正面からじっと見つめて、いたずらっぽくわざと微笑みかける。
「先生。向こうで良い人を見つけて結婚なさってください」
と言ってあげると、照れくさそうに笑っていた。

 そのあと、安恵さんとも言葉を交わし、先生は村長さんの方へと歩いて行く。

 隣の安恵さんが、
「……とうとうこの日が来ましたね」
とどこか寂しげに言った。彼女にとっても、もうこの子供たちは家族か親戚のように感じているにちがいない。

 私はふふっと微笑んで、「今晩はうちできのこ鍋でも食べない? もうお酒も大丈夫だったよね?」
「ちょうど1週間前で20歳になりましたから」「じゃ、決まりね」

 こういう時は一緒に飲むに限る。きのこ鍋を囲んで、恵海さんたちも入れて騒がしく夜を過ごそうじゃないか。

 ――不意に子どもたちの一角いっかくから大きな笑い声があがった。一体なんだろう?
 微笑みながら、そちらに顔を向ける。

 その時、視界の端っこで軍帽を着た男の人の姿が通りすぎていった。


 ……え?


 ドキンと胸が鳴って、あわてて振り向いたけれど、確かに見たはずのその姿はどこにもなかった。
 必死で目で人混みを探すけれど、軍人などどこにも見当たらない。

 胸が喪失感そうしつかんで締めつけられる。右手を胸元に当てながら心の中で自嘲じちょうする。

 とうとう幻を見るようになっちゃったか……。

 そんな私を見て、安恵さんが心配そうに「春香先生?」と声を掛けてくれた。そのとき、青木先生の声が響きわたった。
「そろそろ時間だ。みんな中に入りますよ!」

 気を取り直して駅の方に向き直ると、ちょうど列車がホームに入ってくるところだった。



 その日の晩、清玄寺に村長さんたちをまじえ、みんなできのこ鍋パーティーをした。

「はい。どうぞ」
と恵海さんにおしゃくをすると、
「ああ、こりゃ。御仏使さまについでもらうなんて」
と言われる。

 すでにお酒が回っているようで、目もとが赤い。まあ、村長さんたちも似たようなものだけどね。

 酔っ払った恵海さんが、
「それにしても、この寺も静かになっちゃって……。なんだか寂しいですなぁ」
 優しげに微笑むその目は、私の好きな夏樹の目にそっくりだ。
「……元に戻っただけなんですけど、子どもたちがいるのが当たり前になっちゃいましたからね」

 穏やかな表情で恵海さんとのやり取りを見ていた村長さんが、
「それで、これからどうなさるおもりでしょう」
と尋ねてくる。
 近くにいた美子さんや川津さんも知りたそうに私を見ている。――大丈夫。そのことはもう考えているから。

「今のところですが、恵海さんと美子さんには申しわけないですが、清玄寺に孤児院を作りたいと思っています。……まあ、人数はこれ以上増えないと思いますけど」
「ふむ。この恵海、承知いたしましたぞ」
 見ると美子さんも微笑んでうなずいている。この人たちって、私のやることに全肯定だよね……。

「孤児院の経費は、私の所の畑を利用します。名義は私のままですが、実質はお寺のものとしてください」
「それはかまいませんが……」
「それともう1つ、ご相談があります。大きな話になるんですけど」

 この相談は、これからのお寺と村の関係を変えることになるかもしれない。でも必要なことだと思っている。

「小作に貸している畑をそのまま開放しましょう。あわせて皆さんの借金しゃっきん減額げんがくを行い、檀家組織の見直しをしておいた方がいいと思います」

 やはり想定したとおり、誰もが驚いて私の相談に聞き入っている。
 体制を変えるってことは大きな変化になる。村で受け入れられるには、本来、時間がかかることだ。
 でもね。これから農地解放が行われたはず。

 どっちにしろ小作に畑を開放することになるし、通貨も円が基本単位になっていくわけだから、借金も圧縮される。ならばその前に下準備をしておいて、お寺の運営を支える手段を講じておいた方がいい。
 もちろん、人々の負担が重くなりすぎないように考えながらだけど。

「檀家から地区ごとに講を組織し、畑を開放し借金を減額する代わりに、各家庭に一定額の割り当て金を設け、それを講から毎月お寺に納め、清玄寺の運営資金にててはどうかと」
 恵海さんがあごを撫でながら、ふむぅと考え込んだ。村長さんも手元のお猪口ちょこを見つめながら、吟味ぎんみしているようだ。

「今すぐにどうこうと言うわけではないですが、検討しておいてください」

 清玄寺も、この村も、戦後体制に移り変わっていくべき時がすぐにでもやってくる。
 否応なく、中央から地方へと。既存の価値も社会も大きな変化が訪れるのだ。

「――あははは。あったね。そんなこと!」
 安恵さんの明るい笑い声が聞こえてきた。彼女は子どもたちと同じ鍋をつついている。
 20歳になって初めてのお酒のようで、酔っ払ってご機嫌なようだ。――明日、大丈夫だと良いけど。
 初めてのお酒で、初めての二日酔ふつかよい頭痛に苦しむ未来が、容易に想像できるよ。

 くすっと口の中で笑って、私はお猪口を口につけた。すっかりぬるくなったお酒だけれど、ふくよかでどこか優しい味わいが舌に広がっていく。
 お猪口の底に残ったわずかなお酒が、部屋の明かりを反射して妙になまめかしく見えた。

「世界は移りゆくもの、か……」
 無意識のうちに、そうつぶやいた。


 それから恵海さんと村長さんたち総代そうだいさんとで、話し合いが進んでいったようだ。
 そして1月後、暮れも押し迫ったある日の夜、檀家だんか総会がお寺の本堂で開催された。

 雪の降る静かな夜で、筆頭総代の村長さんから、清玄寺に孤児院を作ることが伝えられ、あわせて、小作農の件、檀家月並金の創設がみんなに告げられた。

 その場に私も座っていたけれど、借金を大幅に減額するとあって、おおむね受け入れられていったようだ。
 最後には座談会のようになって、村の人たちからは東京から買い出しに来る人について相談があったりした。まあ、そちらは私が口を出すことじゃないだろう。

 こうして開設された孤児院は慈育園と名付け、当面は学寮と使用していた宿舎、いわゆるお寺の客殿を利用している。
 今のところは、宮田香代子ちゃんに、石田和則くんと優子ちゃんの兄妹、そして泰介くんと景子ちゃんの兄妹、菜々子ちゃんの6人。
 将来、もし村で孤児が出た場合は、ここで引き取ることになっている。今は清玄寺で運営だけれど、将来は公立の孤児院となっていくだろう。

 この前、豆炭まめたんを入手することができたので、いそいそとこたつを出すことにした。
 かつて学寮の宿直室だった部屋で、そのこたつに足を入れ、子どもたちの綿入れをっている。
 そばの火鉢にかけた鉄瓶の口からは、うっすらと蒸気が立ち上っていた。外は今日も雪。窓辺の障子しょうじからは冷気が忍び込んでくるようだ。

「ん~。ここはヒヨコにしようか?」
 手元の布地を景子ちゃんに見せておうかがいを立てると、うんと小さな頭でコクンとうなずいた。

 こたつの天板では、香代子ちゃんと和則くんがノートを開いて恵海さんから、漢字の書き方を教わっている。その脇では優子ちゃんと菜々子ちゃんが、美子さんに教わりつつお手玉で遊んでいた。そこに景子ちゃんも加わっていく。

 中等学校はこの辺りの村をまとめる百村もむらにある。和則くんと香代子ちゃんは今そこに通う中学生になっていた。

 手元の布に針を刺す。小さい子の笑い声が響いて、とうとう中学生の2人から静かにするようにと怒られている。
 ふふふ。……なんて平和なんだろう。

 まだまだ学校教育も変化していくし、どうなるかわからない世の中ではあるけれど。今この部屋の時間は穏やかに流れている。

 ちらりと恵海さんと美子さんの様子を見るも、2人は2人で楽しそうにしていた。
 自然と口角があがってきた。きっと今、私は微笑みを浮かべていることだろう。

 これで後は――。あなたが帰ってきてくれたら万々歳ばんばんざいなんだけどね。ミサンガを見てそう思う。
 昭和20年の暮れの夜は、こうして過ぎていった。