01.プロローグ

2020年12月14日

 青く晴れ渡った空を強い風が吹いていた。
 この日、ユダ王国のイェルサレムに驚くべき情報がもたらされた。――北のエフライムとアラムの2つの都市国家が、アッシリアに抵抗するための同盟を組んだのだ。
 南にはアッシリアと双璧をなす強国であるエジプトがある。おそらくはそのエジプトが中東を支配下に置こうと、諸国に働きかけて同盟ができたのだろう。

「この国はどうなるんだ?」「アッシリアに勝てるわけがないぞ。馬鹿な奴らめ」
「まずいぞ。奴らがエジプトと同盟を組んだら、俺たちは、イェルサレムは孤立してしまう」「王はどうするつもりだ」

 アッシリアの属国であったユダ王国にとって、周囲の国が反アッシリア同盟を組んだことは、2重の意味で自国の危機に直面したことになる。
 1つは同盟諸国が、親アッシリアであるイェルサレムに攻め込んでくる危険。
 そして、もう1つはアッシリアの鎮圧軍が、同盟にくみしていないイェルサレムにも攻め込んでくる危険だ。

 たちまち騒然とするイェルサレムの人びとの間を、一人の男が王宮に向かって悠然と歩いていた。

 人びとの声を耳にしながらも、王宮に向かうその男の歩みは止まらない。
 何故ならば、その男にとって、この状況は驚くべきことではなかったからだ。予言者イザヤは、こうなることをすでに知っていたのである。

 西にあるペリシテも、東にあるロトの子孫の国であるモアブも、そしてアラムも滅ぼされ、このイェルサレムを除き、周辺諸国はみなアッシリアの支配下になる。
 すべては主の予言のとおりに。

 エフライムとアラムの同盟は、両国の破滅のはじまりである。決してアッシリアは2国を許さないだろう。だからこそイザヤはこうして王宮に向かっている。
 主のみ言葉をアハズ王に伝え、決して反アッシリア同盟に属することがないように進言しなければならないのだ。

 王宮の書記を勤めていた経験があるイザヤは、すでに予言者としての名を馳せていたこともあり、すんなりとアハズ王の前に通された。
 石造りの部屋。階段の上に設置されたイスに座ったアハズ王は、緊張のせいか、あせりのせいか、顔をこわばらせていた。

 その王の前にうやうやしく膝をついたイザヤは、まっすぐ王を見上げて告げた。

「王よ。予言を伝えます。
『気をつけて、静かにし、恐れてはならない』
 彼らはあなたにむかって悪い事を企てて言う。
『われわれはユダに攻め上って、これを脅し、われわれのためにこれを破り取ろう』
 しかし主は言います。
『この事は決して行われない。また起こることはない』『アッスリヤはわが怒りのつえ、わがいきどおりのむちだ。わたしは彼をつかわして不信の国を攻め、彼に命じてわが怒りの民を攻め、かすめ奪わせ、彼らをちまたの泥のように踏みにじらせる』と」

 すでに初老の域に入っていたアハズ王は、イザヤの言葉をかみしめるように考え込んだ。
 予言は人を介する。そして、その言葉の意味には現在や未来のことが含まれている場合もある。意味を取り違えてはならない。

「それはつまり、我らは同盟に参加せずに静観するのがよいということか……」
 確認するように問いかけたアハズ王に、イザヤは堂々と答える。
「そのとおりです。王よ。いかにエジプトの後ろ盾があろうと、アッシリアにこうしきることは不可能でしょう。
 もし我がユダ王国も同盟にくみすれば、我が国は滅亡することになるでしょう」

 アッシリアは決して慈悲をかけない。
 侵略した土地の住民は、子供すらも虐殺するか、または完全に別の土地に強制移住させて奴隷とする。それがの国のいつものやり方だ。故にまた周辺諸国から恐れられていると同時に恨みも深い。

 アハズ王は覚悟を決めた顔つきになった。
「イザヤよ。主の言葉に従うことにしよう。いかに同盟諸国の軍がイェルサレムを取り囲もうと、我が国は同盟には参加しない」
 王の返事を聞いたイザヤは安心したように微笑んだ。
「それがよいでしょう」

 さっそく文官たちに指示を与えている王を横目に、イザヤは一礼して王の前を辞する。
 王宮の廊下を歩くイザヤはしかし、表情を引き締めていた。今回は大丈夫だろう。滅びの選択肢はついえた。
 だが……。

 イザヤの目には見えていた。イェルサレムが強大な軍勢に囲まれて、多くの人びとが連れて行かれる様子が。

 それはまだ先のこと。アッシリアが滅んだ先の未来のこと。苦難の時がやってくる。だが、その苦難の時をも超えた遠い未来には――――。