小道を歩いて行くと、寒さが少しずつやわらいで温かくなってきました。地面にはタンポポや菜の花が明るい黄色い花を咲かせています。
アーサーと手をつないでいたエリザベスが、
「なんだかウキウキしてきちゃった。あ、見てウサギもいるよ。」
と草むらを指さします。先を行くキツネがふり返って、
「春の女王の城館に近づいたからね。見てごらん。梅もさくらも桃も咲いているよ。」
と言いました。
道の先には、木々にはうすいピンクの花が満開になっています。木と木の間を鳥やリスが飛びかっていて、その下にも多くの動物たちがのんびりと過ごしていました。
その中を通りぬける小径をキツネと2人が進んでいきます。アーサーもエリザベスもいつの間にかほほえんでいました。
やがて木々の枝のすき間からこぢんまりした城館が見えてきました。
illustrated by petite pomme
ところがキツネがとつぜん立ち止まりました。
「どうしたの?」
とエリザベスが声をかけますが、キツネはじいっとお城の方を見ています。2人もそれにつられて目をこらしながら城館を見ましたが、特におかしなところはありません。
キツネが「急いだ方がよさそうだ」と言い、川ぞいの小道を早足で進みはじめました。あわてて2人もそれについて行きます。
途中で息をあらげはじめたエリザベスでしたが、がんばってキツネについて行き、とうとう城館にたどり着きました。
大きく立派な扉には、花咲く木々や動物たちが浮き彫りにされています。
「きれいなお城だなぁ。」
アーサーがそう言った時でした。城館の扉がギイィィーと開いて、中からあわてた様子の女性がすがたを見せたのです。
その女性は、頭に小さなティアラをした春の女王でした。女王は、2人とキツネを見ると、自分の指輪をエリザベスに投げわたし、
「急いで夏の女王の下へ! すぐに立ち去りなさい!」
と大きな声を上げました。
アーサーが「え? どういう……」と言いかけたとき、春の女王はだれかに呼ばれたかのようにさっと後ろを向き、
「急いで!」
とふり返らずに言うと、後ろ手に扉を閉めました。
その時、とつぜん、周りがうす暗くなります。キツネは緊張した声で、
「その指輪をなくすんじゃないぞ! 2人ともこっちへ急いで!」
とあわてて手前の川べりに走って行きます。
エリザベスは春の女王の指輪を手ににぎり、
「一体何なの?」と言いながら、どこかおびえています。アーサーがむずかしい顔をしながら、エリザベスの手を引き、
「こっちだ!」とキツネを追いかけて城館からはなれました。
2人がはなれるとすぐに、城館の扉のすきまから黒い霧がプシューとふき出てきました。
ふり返ってそれを見たキツネが、2人に、
「走って! そこの小舟に飛び乗るんだ!」
と言います。2人とも何が何だかわかりませんでしたが、言われたとおりに川に止まっている小舟に乗り込みます。
キツネがさん橋の杭にかけられていたロープを口にくわえて小舟に飛び乗ると、小舟はスウーッと川の流れにのって動き始めました。
2人が小舟の中から城館をふり返ると、すっかりと霧に包まれて不気味な雰囲気になっています。周りの満開だった木々も白くなっていき、まるで黒い霧と白い木だけの白黒の世界になったようでした。一体何が起きているんだろう。2人にはさっぱりわかりません。
そして、黒い霧が少しずつ城館の周りの森へと広がっていっているようです。
その光景を見た瞬間、とエリザベスは得体の知れない恐怖を感じて体を小さくさせました。そのエリザベスを包みこむようにアーサーがぎゅっと抱きしめていました。
2人と一匹をのせた小舟は、霧から逃げるように、どんどんと下流の方へ流れていきました。
◇◇◇◇
春の女王は、城館の広間で黒い鎧を着た男と向かい合っています。男は顔をかくす兜をしていて、その顔は見えませんでした。
「冬の女王はもう石にされてしまったのですね?」
男はうなづきました。
「そうだ。……安心するがいい。この世界がほろびるわけではない。ただ眠るのだ。」
女王は哀しげな表情で男を見ました。室内に黒い霧が立ちこめていきます。
「虚ろの王よ。そなたがここにいること。それ自体が私は哀しいのです……。」
女王は足元から少しずつ石になっていきます。まるでお祈りをするように両手を胸の前でにぎり合わせる女王。首まで石になった時、「人々に夢を――」とつぶやいて、とうとう春の女王は石の像になってしまいました。
虚ろの王と呼ばれた男はしばらく石像を見つめていましたが、やがてマントをひるがえしました。
そして、「――次は夏の女王だ」と言い、霧の中に消えていきました。