アーサーたちは小舟に乗って川をくだっていきます。次第に川はばが広くなっていき、気温も上がり、お日さまの光もギラギラと強くなっていきます。川ぞいの林からはたくさんのセミが鳴いています。
川べりの近くで漁をしている人たちや、洗たくをしている女性もうす着になっていきます。アーサーとエリザベスもすでにコートを脱いでいました。
エリザベスが手でぱたぱたと風を作りながら、
「なんだか急に暑くなってきたね」とアーサーに言うと、横からキツネが、
「もう夏の女王の城館が近くなってきたからね。」
と言いました。
エリザベスが何かに気がついたように指をさしました。
「見て! お兄ちゃん! 海だよ!」
その先には大きな海が広がっているのが見えます。アーサーが思い出したように、
「そうか。そういえば夏の女王の城館は海岸ぞいだったっけ。」
とつぶやきました。
しばらくすると飛んでいるカモメのすがたが遠目に見えてきました。かなり海に近いところまで来たのです。
川の流れもゆるやかになり、小舟は自然と川岸の方へとちかよっていきました。小さな砂利になっているところで舟は停まり、キツネが器用にひょいっと飛びおりました。
つづいてアーサーがおりて、両手でエリザベスを抱っこして舟からおろします。
ちょうどそこから道がのびています。キツネがその道の入り口で、
「さあ、こっちだ。」
と先を歩いて行きます。
アーサーは歩きながら、
「それにしても、春の女王は大丈夫なのかな? なんだか黒い霧におおわれたみたいだけど……。」
とキツネに話しかけます。
キツネは前を向いたままで、
「今、この国には危機がせまっているんだよ。……くわしくは夏の女王に聞いた方がいい。」
と言いました。
冬の女王が塔から出てこない。そして、黒い霧に包まれた春の女王の城館。あわてて指輪をわたした様子から、何か大変な事が起きている。それは2人にもよくわかりました。
道は海に面して切り立った崖に出て、その先は夏の女王の城館に続いています。
こい青色の空にモクモクとした白い雲があざやかです。
城館の扉にあるノッカーをたたくと、中から小さなティアラをした女性が出てきました。夏の女王です。夏の女王はあざやかな青色のドレスを着て、2人を見てニッコリと笑いかけました。
「あらあら。小さなお客さんね。……さ、入って!」
夏の女王の案内のままに、アーサーたちは見晴らしのいいテラスへ行きました。
イスにすわると、夏の女王がそばのサイドテーブルからティーセットを持ってきて、アイスティーをいれてくれました。
2人がアイスティーを飲んでいる様子を、夏の女王がうれしそうに見ています。
「それで2人はどうしてここへ?……もしかして、春の女王がここへ来るように言ったのかしら?」
2人はコクリとうなづきました。夏の女王は、
「季節廻る塔にはもう行った? 冬の女王には会えた?」
とたずねましたが、2人はそのような塔には行っていません。
アーサーが、
「いいえ。女王さま。僕たちは春の女王のところにしか行っていないのです。」
とこたえると、キツネが女王を見上げて、
「女王よ。虚ろの王が目を覚ましたのだ。」
と告げました。
それを聞いた夏の女王は急に真剣な表情になりました。女王はじいっとキツネを見つめ、一つうなづくと、
「虚ろの王が目を覚ました、か。滅びを呼ぶ虚ろの王が……。」
アーサーがたずねます。
「女王さま。その虚ろの王というのは一体なんなのですか?」
それから女王は2人におそろしい王の話をしてくれました。
「人はだれもが夢や希望をいだいて生活しているのよ。だけど、やがて現実の生活にすり切れ、努力しても壁にぶつかって夢を失ってしまう。
夢を失えば、想像力の翼も折れてしまう。そして、物語の紡ぎ手がその力を失う時。――虚ろの王が人々の心の闇からやってくる。
虚ろの王は、この世界の時を止め、すべてを石にして……、返り見られなくなった物語は永遠に止まってしまうの。」
夏の女王は痛ましげな表情でテラスの向こうを見ました。
「あなたたちの話を聞いてわかった。……すでに冬の女王も春の女王も石となってしまったと思う。」
そして、自分の指から青い指輪を取り外してエリザベスにわたしました。
「私はここをはなれることはできない。あなたたちは秋の女王の下へ行きなさい。」
その時、不意に強い一陣の風が吹き抜けました。テラスから見える遠くの海に数本の竜巻が生まれました。
夏の女王はピューッと指を吹き鳴らすと、奥の部屋から一本の角を生やした白い馬のユニコーンが現れました。
「ユニコーンのセディナよ。2人を秋の女王のところへ連れて行きなさい。虚ろの王がここに来る前に!」
遠くの空に現れた黒い雷雲が見る見るうちに広がっていきます。その黒い雲を見ていると、なぜか世界の終わりが来るようで急に怖くなりました。
2人はまるで金縛りにあったように、その黒い雲から目がはなせません。そこへキツネが、
「急ぐんだ。手おくれになる前に!」
と強く言うと、はっとしたアーサーがエリザベスの手を引いてセディナのせなかに乗せ、自分も急いでその後ろにまたがりました。
女王が叫びます。「さあ! 行きなさい!」
2人は一生懸命に「女王さまも!」と呼びかけましたが、テラスから吹きこんでくる強い風にさえぎられて女王までとどきません。
セディナが2人を乗せて走り出します。城館の回廊を通りぬけ、扉を けり開けて、強い風の中をキツネとともに。
アーサーたちがいなくなったテラスで、夏の女王は黒い雷雲に乗って近づいてくる虚ろの王を見ながらも、そっとほほえみました。「――二人とも、たのんだわよ。」