07.勇者召喚
エドワードたちが無事に帰ってきてから一ヶ月がすぎたある日のこと。
いつものように、朝食の後でヒロユキとコハルと一緒に魔法使いのおじいさんのところへ行くと、おじいさんはひどく真剣な表情で私たちを待っていた。
おじいさんの表情を見た二人がとまどっている。おじいさんは、だまって二人を家に入れると、
「お主らはもう聞いたか?」
ときいてきた。ヒロユキが、
「何のこと?」
と聞きかえすと、おじいさんはしばらくだまっていたけれど、
「魔王が復活したようじゃ。そして、どうしたわけか南の港町ロミニールが魔王軍にやられた」
それを聞いた二人が驚いている。コハルが、
「魔王軍? 本当に?」
と言うと、おじいさんは真剣な表情でうなづいた。そこへ家のドアがノックされた。
おじいさんが出ると、そこには三人の騎士が立っていた。
「マーロンどの。至急、城へお越しください。王が賢者どのの知恵をお借りしたいと」
「……そうか。わかった。すぐに参ろう」
「はい。では私どもは先に戻っております」
そういって敬礼して離れていく騎士を見送り、おじいさんはすぐに二人に言う。
「すまぬ。二人とも。わしはこれから行くところがある。……おそらくしばらくもどってこれぬから、自由にほかの依頼をしてかまわぬ」
ヒロユキとコハルがおじいさんを心配そうに見つめる。
「な、なあ。じいさん。まさか魔王軍と戦うなんて言わないよな?」
「そうよ。危ないことしないよね?」
騎士にマーロンと呼ばれたおじいさんは、やさしくほほえんで二人の頭をなでた。
「ふふふ。わしに孫がいればお主たちのようじゃったかもしれぬのぅ。……大丈夫じゃよ。二人は安心しているがいい。仲間もおるじゃろ?」
二人は黙ってうなづいた。
それを見たおじいさんは、机の引き出しを開けてがさごそと何かを探しているようだったが、何かを手に戻ってきた。
おじいさんはヒロユキに一本の短剣とネックレスを渡し、コハルには古びた杖とヒロユキとお揃いのネックレスを渡した。
おじいさんは二人を優しげに見つめ、
「よいか。それらは貸すだけじゃからな。わしが戻るまで大切に使ってくれ。よいな?」
と言う。
う~ん。あれは……。
どうやらあの短剣はミスリルの短剣のようね。ヒロユキには勿体ないんじゃないかしら?
それにコハルの杖も年を経た木から作った杖みたいで、魔法使いにとってはかなり良い品よ。ネックレスも水色の宝石がはめられているけど、あれもマジックアイテムっぽいわね。
そんなに二人におおばんぶるまいするなんて、よっぽど気に入られたのね。
おじいさんと一緒に家を出て、とりあえず私たちは家に戻った
――――。
港町だったところは焼きつくされて焦土となっていた。
建物は破壊されて炭となり、ぷすぷすと煙が立ち上っている。生きている人は一人もみえない。
町の広場だったところに、一人の黒ずくめの鎧を着た騎士がいた。その周りにはたくさんのがいこつ兵士がいる。
騎士の黒いかぶとの隙間から、赤い光がもれている。
「ふん。たあいもない。よわっちい奴らだ」
とつぶやいた。
そのすぐとなりの空間がかげろうのように揺れて、ぼろぼろのローブを着た銀髪の男性が現れた。
「カロン。油断はするな」
銀髪の男が黒騎士に言うと、カロンと呼ばれた黒騎士は、
「はははは。バアルよ。俺をバカにしているのか? 人間などという虫けらなぞ、何も恐くはないぞ」
と大笑いした。バアルと呼ばれた銀髪の男は沈黙を守っていたが、カロンの笑いが終わるころ、
「勇者がいてもか?」
とぼそっと言うと、黒騎士カロンはとたんに殺気だった。カロンの全身が不気味に赤く光る。
「ほう? どこぞで勇者が召喚されたか……。ふ、ふふ。ふはははは! 望むところだ。我が魔剣ダーインスレイヴのエサにしてくれよう」
バアルはそれをだまって聞いていたが、
「まだだ。だが近いうちに召喚されるだろう」
と言うと、すうっと姿を消した。
――――。
お城の謁見の間。
玉座に座っている王様が、目の前のおじいさんの魔法使いに、
「よくぞ来てくれた。賢者マーロンどの」
と声をかける。マーロンは一礼して、
「王よ。用件はわかっておる。……勇者召喚じゃな?」
すると国王はうなづいて、
「そうだ。マーロンどのは魔王軍の侵攻を受けていることを知っておるか?」
「南部の港が落とされたとは聞いたがの」
「説明しよう。2ケ月前にヒルズ村が廃村となったが、それから一週間後、我が国南部の港町が一夜にして滅亡した」
「うむ。そこまでは聞いておる」
「魔王軍の侵略を受けているのは我がサウスフィールだけではない。北のノースランド、東のイースト王国、西のウェスタンロードのそれぞれが攻められておる」
それを聞いたマーロンが驚きの表情で、
「なんと? ロンド大陸の四方でか」
とつぶやくと国王がうなづいた。
「とくにイースト王国はすでに国の半分は魔王軍のものとなった。……我が国でも港から一直線に魔王軍がこの王都を目指しているのだ」
「……現在はどこまで来ておるのじゃ?」
ところが国王はマーロンの問いに答えず、
「1週間後に、南部街道の砦にて魔王軍とぶつかることが予想されておる。……そこを抜かれれば、次の決戦の地はこの王都となろう」
「そこで勇者召喚か……。わかった。すぐにでも取りかかろう」
「すまぬ。……すでに我々、人間が滅ぶかどうかに直面しようとしているのだ」
「いや。あやまるのは勇者どのにするべきじゃ。……我らの都合で勝手に呼び出すわけじゃからな」
「うむ。……たのむぞ」
国王の言葉にマーロンは再び一礼すると、すぐに謁見の間を出て行く。
それの後ろ姿を国王は祈るように見つめた。
――――。
王城の儀式の間。
普段は正月や建国の祭りの時に、神に祈りを捧げる場所だ。
円形の広間の外側に、厳かな彫刻のある柱がきれいに並んでいる。
広間の床には、マーロンの手によって魔方陣が描かれていた。
マーロンはその魔方陣の手前に立ち、後ろを振り返る。そこには国王や王女、騎士団長をはじめとする20人の騎士たちが並んでいた。
それを確認すると、マーロンは魔方陣に向きなおる。
しばらく目をつぶり、気持ちを落ち着かせ、目を開く。しわがれた口から、りんとした声で呪文がとなえられる。
「いく千もの世界をこえて――――」
長い長い呪文がよみあげられるにつれて、魔方陣が光っていく。その光りが人々の顔を照らすが、国王らは真剣に儀式を見守る。
マーロンのからだから魔力が湯気のように立ちのぼり、ひたいから汗が流れ落ちた。
「来たれ! 救世の者よ。我らの導き手。加護を受けし勇者よ!」
呪文が唱えおわると同時に、魔方陣が強烈な光をはなち、儀式の間が光りに包まれた。
2秒、4秒と時間がたち、ようやく光りが収まると、魔方陣の上には一人の女子高生がたたずんでいた。
棒のついたアメをなめていた女子高生は、驚いた顔でマーロンや国王らを見つめた。
「な、なに? ここ?」
――――。
ここのところ、世界中のあちこちから物騒な雰囲気がする。まがまがしい力を持った魔物や魔族らしきものが戦争を起こしているみたい。
おじいさん魔法使いが「賢者」って呼ばれてびっくり。しかも今日の午後に、お城から強い魔力の波動を感じて二度びっくりしたわ。
……あれは私が召喚された時と似た魔法だと思う。
今度は何が召喚されたのかしらねー。