08.強制依頼
次の日は、めずらしくエドワードたちと一緒にギルドにいくことになった。
エドワードたちも、ちょっとやっかいな依頼を終えたばかりみたいで、できたら簡単な依頼を引き受ける程度で、少しゆっくりしたいそうだ。
時間は朝の8時。ギルドのいそがしさがひと段落するころをねらって向かうと、とちゅうから様子がおかしいことに気がついた。
フランクが、
「お、おい。エドワード。なんだあの人ごみは?」
というとエドワードもいぶかしげに、
「……もしや魔獣大暴走か?」
とつぶやいた。
そこへギルドの中から、受付の女性のさけぶ声が聞こえる。
「……ギルドからの強制依頼が発動されました! ランクC以上の冒険者はギルドうらの修練場に集合してください!」
リリーが、
「ランクCね。私たちもいかないと……」
と言った。
エドワードたちの冒険者のランクはA。もちろんヒロユキとコハルは初心者もいいところだから強制依頼の対象外となる。まあ、今の二人に魔獣と戦うなんて無理!
けれど一緒のパーティーのことでもあるので説明を聞きに、みんなについて私たちもギルドに入り、そのまま修練場に向かった。
修練場に入ると、すでにそこには300人をこえる冒険者が集まっていた。私たちは修練場の壁際に移動する。もちろん私は、いつものようにコハルのそばでちょこんと座っている。ヒロユキは相変わらずのむすっとした表情で、コハルは心配そうに集まった冒険者をながめていた。
ふむ。集まった冒険者。
およそ100人くらいの冒険者が集まった時点で、ギルドのドアから一人の男性が受付の女性を連れて出てきた。その男性を見て、だれかが「ギルマス……」とつぶやいた。
男性は、
「ではさっそく強制依頼の内容を発表する。……すでに知っているとおり、現在、魔族の軍勢が南部の港町ロミニールに攻め込んだ。偵察したものによれば、現在、魔族軍は、ロミニールからこの王都に向かって進軍中となっている」
……魔族の軍隊が現れてから、どうも世の中がさわがしく、王都の治安も悪くなっているみたい。それもそうよね。ここに向かって軍隊が動いているっていうんだから。
ギルマスの男性は話をつづける。
「そこでみんなに緊急の強制依頼だ。王国の騎士団とともに南部街道の砦での防衛戦に参加してもらう。そこで防げなければ、この王都に攻め込まれてしまうだろう。……人々を守る最後の砦だ」
ギルマスの話を聞いているうちに、普段はおちゃらけている冒険者たちの表情が真剣なものになっていく。
このロンド大陸の東西南北から魔族が攻め込んでいる今、人々の逃げる場所などどこにもない。もし砦を守り切れなかったら……、この国はほろぼされるだろう。住んでいる人々も、多くが殺されるだろう。
自分の大切な人。普段から一緒にバカをやっている友人。近所の人。……今まで当然のようにそこにあった平和な生活がなくなってしまうことだろう。
ヒロユキはどこか思いつめたようすで、そのとなりのコハルは不安を隠せていない。
ギルマスの男性が言うには、出発は明朝、馬車はギルドで用意するとのこと。それまで各自で準備をととのえるようにだって。
それを聞いたみんなは、三々五々に散らばっていった。
――――。
家に帰ってきたみんなは、一言もしゃべらないでテーブルにつく。全員が着席したところで、エドワードがヒロユキに、
「ヒロユキ。俺たちがいない間、お前がコハルとユッコを守れ」
と静かにいう。ヒロユキはうなづいた。
「……わかった」
ヒロユキのとなりに座っていたゴンドーが、ニッコリ笑って、
「女を守るのは男の役目だ。たのんだぞ」
といって、ヒロユキの背中をバシンとたたいた。
コハルがおそるおそる、
「みんな大丈夫だよね?」
とたずねると、リリーが微笑んで、
「もちろんよ。コハル。私たちは絶対に戻ってくるわ。……あなたもいない間のこと、頼むわよ」
「うん。わかったわ」
どこか気まずい雰囲気ね。でもそれも無理はないか……。エドワードたちが戦場に行くんですものね。
その空気を破ったのはソアラだった。ぱんっと手をたたいて、
「やめやめ! こんな暗い空気。アゲアゲで行こうよ」
と言うと、フランクが、
「そうだな。……深刻になっても仕方ないな」
と苦笑した。
その日は、先勝パーティーをすることになって、ヒロユキとコハルはリリーに言われておつかいに出る。今は王都も治安が悪くなっているので、ゴンドーがついてきてくれるとのこと。……たぶん、明日からのことを考えて四人だけの時間をつくっておきたいんだと思う。
「じゃ、いってきまーす」
リリーさんに見送られて、私たちは家を出た。
明日からのエディたちが必要とするものは特にないので、今夜のパーティーで使うお肉や野菜、お酒を順番に買う予定になっているみたい。
魔族が攻めてきている時期だから、普段はにぎやかな王都もどこか沈んだ雰囲気だ。道行く人々の表情もどこか暗い。ずっと山にいた私にはよくわからないけれど、これが戦争の空気なのかな。
八百屋さんを出てお肉屋さんに向かう途中、ゴンドーが、
「ちょっとそこによるぞい」
と言い出して、大通りから路地へと入っていった。
しばらく進むと一軒の家がある。ゴンドーはその家のドアをドンドンとたたいた。
「お~い。ばばあいるか?」
すると中からドタドタと歩く音がして、
「だれがばばあじゃ!」
と一人のおばあさんが飛び出してきた。
すぐさまゴンドーを見て、
「ゴンドー、きさま、いつも言っておるじゃろうが! わしをばばあと呼ぶな!」
と言って、手に持っている大きな杖でゴンドーの頭をぶったたいた。
「いて。ってそれはいいんだ。ばばあ、ちょっと入れさせてもらうぜ」
「だから、ばばあと呼ぶな!」
「いいから、いいからよ」
おばあさんを押しのけて、無理矢理ゴンドーが中に入っていく。
ヒロユキとコハルは顔を見合わせて、
「どうする?」
「どうするったって、入るしかないだろ?」
と言いながら、ゴンドーに続いて中に入っていった。
私も入ると、中ではおばあさんがイスに座ったゴンドーをにらみつけていた。
「こんなご時世に、一体なんじゃ!」
吐き捨てるようにいうおばあさんに、ゴンドーは、
「わりいな。マリー。おめえに頼みがあるんだ」
「……ゴンドー、おまえ何のつもりじゃ」
「ははは。俺たちな。明日から南部の砦に行くんだよと」
それを聞いたおばあさんは腕を組んだ。それからも二人は話し合いをつづけた。
二人を見たヒロユキとコハルが、
「なんだろな。あのばあさん……」
「う~ん、誰だろうね?」
「ゴンドーの恋人?」
「え~。さすがにそれは……、あっ、でもドワーフって長寿だったよね? ひょっとしてひょっとするのかな」
……いや、コハル。それは無いと思うよ。あのおばあさん、錬金術師みたいよ。それも腕のいい。
さっきまで話をしていたヒロユキとコハルの声がしなくなったので、見上げると、ゴンドーとおばあさんがそろってヒロユキとコハルをにらんでいた。
ゴンドーがぼそっと、
「お前ら、なんか変なこと言ってなかったか?」
「そうじゃ……、誰がこのハナタレの恋人じゃと?」
ヒロユキが「げっ」と青ざめ、コハルがガバッと頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。……中が良さそうだったし」
今度はゴンドーが舌打ちをして、
「けっ。単なるくされ縁だ」
「そうじゃ。エドワードの小僧がガキのころからのな」
へぇ。エドワードの子どものころからの、ね。
おばあさんがなつかしそうに、
「いやぁ、あんなにかわいい子どもだったのが、こんなにふてぶてしくなるとはね。時間の流れというのは残酷なもんじゃな」
ゴンドーが、
「なつかしそうにいうことか!」
しかし、おばあさんは意に介さないという様子で、
「で、なんじゃ頼みというのは? さっさと言え」
「……俺らがいない間。この二人を気にかけて欲しいんだ」
おばあさんは、「ふん」といってヒロユキとコハルに近づいてきた。じっと二人の目をのぞき込む。
「ふむ。いいじゃろ。……二人とも明日から昼間はここに来るがええ」
と言って、ヒロユキとコハルの頭をなでた。
おばあさんが振り返ると、ゴンドーはだまった頭を下げていた。
……ふふ。お節介ないい人たちばかりよね。賢者マーロンさんといい、このおばあさんといい。
あれ? おばあさんが私を見ているわね。
「このキツネ……。いやなんでもない。気のせいじゃろう」
う~ん。おじいさんの時もそうだけど、どうも年配の人は勘がするどいみたいね。なんとなくだけど、私の正体に気がついているのかしら?
「あ、あの。よろしくお願いします」
コハルがおばあさんに頭を下げる。おばあさんがにっこり笑って、
「いい子じゃのう。まさかお主らのもとでこんなに素直な子が育つとはのう」
ゴンドーが、
「うっせぇ。ばばあ」
おばあさんがぎゅいんっとゴンドーの所にいって、げんこつを打ち落とした。
「だから、ばばあと呼ぶな!」
それからゴンドーは、おばあさんと少し話があるようで、先に買い物を済ませてからここに来るようにと言った。
ヒロユキが、
「じゃあ、行ってくる!」
と言って、コハルと一緒に出て行く。私もゴンドーとおばあさんを振り返ってから、コハルを追いかけて外に出た。
――――。
「よしと。これで買い物は終わりね」
コハルがバスケットを重そうに持ってヒロユキのとなりを歩いている。ヒロユキも同じようなバスケットを持って歩いている。
ふふふ。重そうだけど、まあこれくらいはね。がんばってもらいましょう。
おばあさんの家に向かって歩いていると、不意に私の耳に走っている複数の人の足音が聞こえてきた。
むっ? 気になって普段は切っている気配感知でさぐる。どうやらひったくりのようね。追いかけているのは……、一人?
路地から二人の男が飛び出してきた。そのままこっちに向かってくる。
「どけどけ!」
ヒロユキとコハルは突然のことで、とっさに動けないでいる。このままじゃぶつかっちゃうわ!
私はそっと二人の前に魔法のバリアを張った。
その時、ヒロユキとコハルの前に一人の少女が飛び込んで来て、男たちに立ちふさがった。
「追いかけっこはおしまいよ! パラライズ!」
少女の手にパリパリと電撃がまとわりついた。目にもとまらない右ストレートの二連撃が、見事にひったくりのあごにヒットした。
「あ、が……」「ぐ」
短くうめいて男たちはくずれるように倒れこみ、その場でぴくぴくと麻ひしている。うん。見事な技ね。
私は飛び出してきた少女を見上げる。黒髪のきれいな少女。10代後半といったところかな。
それよりも、ものすごい強い力を感じるわ。魔力もあの賢者のおじいさん以上。……この子、いったい誰?
少女はほこりを払うように、両手をぱんぱんと払うと振り返ってニッコリ笑った。
「大丈夫だった?」
――――。
今日は、おどろきの出会いがあったわ。あの少女が勇者ですって! 成人したころの女の子なのに、強い力を感じたわ。
でもこの世界の人っぽくないのよねぇ。不思議な空気を持っているけど、なんだか仲良くなれそう。
魔族とか魔王とかの強さがわからないけど、あの勇者の女の子はもっともっと強くなれそうで、ちょっと安心したわ。