11.王都襲撃
キャンドルランプの明かりが室内を照らしている。
テーブルには夕飯のシチューとかためのパンが並んでいる。
錬金術師のマリーの家で、ヒロユキとコハルがお夕飯をごちそうになっていた。
私はテーブルの脇で、用意されたごはん、といっても木実類だけど、を食べている。
正直にいって、みんなと一緒のシチューが食べたいけれど、まあしょうがないよね。ガマンガマン。
すでに食事を終えたおばさんのマリーが、優しくヒロユキとコハルを見つめている。
「おかわりもあるからね」
「ああ。さんきゅ」「うん。おばさん、ありがとう」
「マリーだよ! マリーっていいな!」
「あ、うん。マリー」
がつがつと食べていたヒロユキが口元をぬぐいながら、カラになったお皿をマリーに差し出した。
「おかわり!」「はいよ」
マリーがそれを受け取って、台所のナベからシチューを盛りつけた。
コハルはパンをちぎって、シチューをすくって口に入れる。
「ん~、おいし」
マリーは、ヒロユキにおかわりのシチューを渡して再びイスに座った。
「マリーはいいの?」
とコハルがいうと、マリーは優しく微笑んで、
「ああ。もうおなかいっぱいさ」
と手をのばしてコハルの頭をなでた。
マリーが戸棚をながめて、
「いやあ。今日はたすかったよ。おかげで随分とポーションもできたし、家の中もきれいになった」
としみじみと言い、二人にふり向く。
「二人とも、冒険者は大変じゃないかい?」
ときくと、ヒロユキがフンッと鼻をならして、
「俺は、エドワードみたいに強い男になるんだ。だから弱音なんて言ってられないんだ」
とえらそうに言った。
マリーが笑いながら、
「ははは。あのいたずら小僧が目標かい? あいつもえらくなったもんだ」
と言うと、コハルが首をかしげて、
「おばあちゃんはエディのこと知ってるの?」
とたずねた。
マリーは微笑みながら、
「ああそうさ。あいつやリリーがまだまだ小僧や小娘だったころからのつきあいさ」
といい、ゆったりとイスにもたれて軽く目をつぶり、
「あるとき、薬草採取の護衛をたのんでね。エディとリリーと、ここから3日ばかりはなれた所まで行ったんだ。……途中で野宿することになってね」
と昔を懐かしむようにいい、目を開くといたずらっぽく笑い、
「まあ、危険なところでもないから、リリーと二人で川に水浴びに行ってね。
……まだリリーもようやく胸がふくらみかけたころで、どうしたら胸が大きくなるかなとか聞かれてねぇ。言ってやったんだよ」
ヒロユキもコハルもおばあちゃんの話に引き込まれて、じっと顔を見ている。
マリーはおかしそうに、
「そこからのぞいている小僧はそんなこと気にしないだろうから、どうでもいいだろってさ!」
その光景を想像したのだろう。ヒロユキもコハルも少し赤らんでいる。
マリーはその様子を横目で確かめながら、
「そしたらあわてた小僧が、木の根っこにつまづいて川に頭から落ちてきてね。
それを見たリリーが、きゃあぁぁとさけびながら小僧をけり上げたんだよ。
……ちょうど良く小僧のあごにヒットしてね。そのまま小僧はおねんねってわけ。
リリーはそれを見て、またあわててね」
コハルが「うわぁ」とつぶやいた。マリーが、
「はははは。それがどうだい。ちゃんとカップルになってるじゃないか。まあ、私は安心したけどね」
と笑った。
……ふうん。でも、このおばあさんの愛情を感じるわね。
さっきからの雰囲気もおばあちゃんと孫って雰囲気。
口は悪いときがあるけれど、愛情の深い人なんだろうね。
賢者のおじいさんもそんな雰囲気だったし、二人は恵まれているわ。
夕食が終わると、ヒロユキとコハルは家に帰る準備をする。
それを見たマリーが、二人にポーションのビンを一本ずつ手渡した。
「これ持っていきな。何かあったときの保険さ」
コハルが、
「ありがとう。おばあちゃん」とお礼を言う。
ヒロユキは、手にしたポーションをしばらく見つめている。マリーはその頭をがしがしとなでて、
「気にすんじゃないよ。いくらでも作れるんだから、だまって持っていきな」
と言うと、ヒロユキはうなづいてカバンにしまった。
「ありがとう」
マリーはニッコリ笑って、
「いいってことさ。……また明日まってるからね」
と言う。
マリーに見送られながら、玄関から出て夜の王都に出る。
手をふって、「またあした」と言いながら、ヒロユキとコハルが歩き出す。私はそのとなり。
路地から大通りに出ると、ところどころの居酒屋から明かりがもれ、人々のにぎやかな声が聞こえる。
空を見上げると、今日は厚い雲が空をおおっていて星は見えなかった。
コハルがヒロユキに、
「いいおばさんだったね」
というと、ヒロユキは言葉少なく、
「ああ。そうだな」
と返事をした。
そのとき、私の耳に、何かの鳴き声が聞こえた。頭上だ。
空に意識を集中すると、どうやら空高いところを何かが集団で飛んでいるみたいだ。
まあ、ここは王都。多少の魔物なら襲ってくることはないだろう。
気にせずに二人の後を歩いて行く。……えっ?
そのとき、空を飛んでいる魔物の集団が、ここ王都を目指して急降下しはじめた。
……ちょ、ちょっとこれはまずいわよ!
すぐに見えてきた魔物は……、フレイムワイバーン。火炎のブレスを吐く空飛ぶ蜥蜴だ。
漆黒の夜空に、ワイバーンのブレスが赤く輝く。
それに気がついた騎士による警報の鐘が、カンカンカンカンっと鳴りひびいた。
あわてて居酒屋から冒険者たちがころげでて、まわりを見回した。
次々にワイバーンのブレスで建物が襲われる。
そのワイバーンを倒そうと、外側の防壁から魔法使いの魔法が色とりどりの光線を描きながら飛んでいった。
ヒロユキがコハルを押しながら、近くの建物の影に隠れる。
私はその手前で二人を守るように身構えた。
建物に降り立ったワイバーンが、まわりにブレスを吐きつける。
叫びながら建物から飛び出た人々が、我先にと逃げまどっている。
その人々に向かってワイバーンがブレスを吐こうとしたとき、一条の光芒がきらめき、力を失ったワイバーンの巨体が屋根から落ちてくる。
その向こうには、あっというまにワイバーンを仕留めた剣士の姿があった。
……なかなかの強さ。きっとランクの高い冒険者だろう。
けれど、空の高いところから次々に放たれるブレスに、王都のあちこちの建物が燃えている。
まるで地獄のような光景に、ヒロユキは蒼白になり、その後ろでコハルがブルブルと震えていた。
……大丈夫よ。二人は私が守るわ。
そのとき、大通りを錬金術師のマリーが二人を探しながら走ってきた。
「ヒロユキ! コハル!」
それを見たヒロユキが、「ここだ!」と叫んだとき、二人の背後の暗がりから、
「……ケヒヒ。子供、みっけ!」
と不気味な声とともに、おどろおどろしい気配が生じた。――転移! まずい!
私は二人に駆けよった。
そのとき、建物の壁をぶち破って二本の巨大なワイバーンの足が飛び出して、二人を捕まえる。
私が即座にコハルに飛び乗ると、二人を捕まえたワイバーンが空に舞い上がった。
ぶわっと身体が浮き上がる感覚。
下からは、マリーの絶望するような叫び声が聞こえた。
強い風に包まれながら、二人をつかまえたワイバーンはすごいスピードで王都をはなれていく。
その背中には赤い目をした一人の魔族が笑っていた。
「ケヒヒヒ! 生けにえだ! 生けにえだ!」
前方の空中に黒い円形のゲートが現れ、迷うことなくワイバーンがそこに飛び込んでいく。
転移する独特の感覚に包まれながら、ゲートから飛び出ると、そこは黒々とした大陸の上空だった。