18.地下のダンジョン
「うわあぁぁぁぁぁ」
二人が長い長い滑り台から広間に飛び出して、そのままゴロゴロと転がってとまった。
私はすぅっと滑り台から降り立ち、すぐに広間を見回した。
高さはおよそ10メートル。広さはよくわからないけど、半径1キロメートルのほぼ円形。
地下のはずだけど、天井の中央にある巨大な石が太陽のように光り輝いている。
そのお陰か、広間には植物が生い茂って林を形成しているところと、草原になっているところ、水場になっているところの三つのエリアがあるようだ。
生き物の気配がいくつも感じられる。
一体ここはどういうところだろう?
滑り台の出口は草原になっているところに面していて、二人は草むらの中に転がっている。
すぐに二人のもとにいくと、案の定。ヒロユキは目を回していて、コハルは気を失っているようだ。
まわりを警戒していると、森の入り口のそばに一軒の小屋があるのが見えた。
ここの環境だと、確かに生活できそうだけど、誰か住んでいるのかしら? それとも住んでいたのかしら?
ヒロユキに回復魔法、コハルに気つけの魔法を使うと、しばらくして「ううぅん」といいながら、二人は立ち上がった。
コハルが、
「こ、ここは?」
とまわりを見回す。
ヒロユキが天井を見上げて、
「洞窟の中みたいだな……。落っこちたのか?」
と難しい顔をした。
そこへ草原のオオカミが数匹近づいてきた。
その吠え声に気がついたヒロユキは、腰に手をやって、そこに剣がないことに気がついた。
「やばい! ……あそこの小屋に逃げるぞ!」
そういってコハルの手をとって駆けだした。
私は二人の後を追いかける。
途中で飛びかかってきそうなオオカミがいたので、ギロっとにらんで脅すと、ビビッて尻尾を隠しながら逃げていった。
その間に二人は小屋の中に飛び込んだので、私もそのあとに続く。
ヒロユキがあわてて小屋のドアを閉めた。幸いにして、小屋の中には誰もいなかった。
二人はあわてて内側のかんぬきをかけ、ヒロユキが、そうっと窓の雨戸のすき間から外をのぞく。
私には見えないけれど、気配から、オオカミたちは私のひとにらみで、みんな逃げかえっているわ。
「い、いないな……」
「本当? よかったぁ」
そういってへたり込む二人を横目に、私は小屋の中をながめる。
一つのベッドにテーブル。壁には、剣、弓、斧などの武器や道具が掛けられている。
隅には水瓶があるけれど、中はとっくに空になっている。
……見たところ、住んでいたのは一人。それも男ね。
詳しくはわからないけど、100年は誰も住んでいなかったような気がする。
へたり込んで、いまだに息の荒い二人に気がつかれないように、そうっと浄化の魔法で小屋の中をきれいにする。
ちょっと強めに魔力を込めたから、水瓶や武具もすぐに使えるように清潔になっているわ。
さすがに寝具は一度洗ったほうがいいだろうけど。
ようやく息をととのえたコハルが立ち上がって、
「結界かなにかあるのかな?」
ヒロユキが壁の武器を見ながら、
「そうかもな。……あの武器、使えるかな?」
という。
それから二人は小屋の中のものを調べはじめた。
その間に、私は小屋の周り100メートルに結界を張っておく。
その時に気がついたけど、裏に小さな崖があり、そこにわき水があるようだ。
……どうやら新鮮な水には困らないですみそうね。
安心したところで振り向くと、ヒロユキが剣を手にとって鞘から抜くところだった。
きれいな刀身には細かいキズこそあるけれど、まだまだ使えそう。
ヒロユキは剣を手に握ると、まわりにぶつけないように2回ほど振る。
「うん。どうやら使えるみたいだな」
そういって剣を鞘に納め、腰にくくりつけた。
コハルは弓と矢筒を取ってきて、弓の弦を調べている。
ヒロユキと同じように、二、三度はじいてみると、ビイィィンと音が鳴った。
ついで矢筒に残った矢を調べて、
「こっちも大丈夫そうよ」
といい、矢筒を背中に背負った。
「じゃあ、ちょっとまわりを確認しよう。……ユッコ。警戒を頼むぜ」
私はヒロユキの声にうなづいた。
ヒロユキがかんぬきを外して、そっとドアを開け外をのぞく。
慎重なのはいいけど、大丈夫よ。
私はそのすき間から外に出て、二人を振り返った。
それを見た二人はおそるおそる外に出てくる。
歩き始めた私の後ろを、二人はまわりを警戒しながらついてくる。
小屋を一周すると、ヒロユキが、
「やっぱり結界でもあるのかな? オオカミが一匹もいないや」
といって、ようやく肩の力を抜いた。
コハルが、
「わき水もあるね。よかったわ」
といい、さっそくわき水を手ですくって顔を洗った。
「うひゃぁ。冷たい!」
それを聞いたヒロユキもやってきて、わき水を口に含んで飲み込んだ。
「……うん。飲めるみたいだな」
そうやって水を飲んでから、私たちは小屋に戻った。
二人はこの小屋の持ち主が誰なのか、なにか手がかりがないかどうか探している。
「あっ。これ!」
道具袋を探していたコハルが手帳を発見した。
ヒロユキが、
「でかしたぞ!」
といってやってくる。
二人はベッドに並んで座って、手帳をのぞき込んだ。
私もベッドに飛び上がって、二人の背中越しに手帳を読んだ。
――――
この手帳の持ち主は、オブライエンというダークエルフの男だったようだ。
ここの大陸で使われている年号がわからないから、何年前の人なのかはわからないけど。
たまたま私たちと同じように、光る石を見つけて触ったところ、例の落とし穴というか滑り台に落ちたようだ。
オブライエンは狩人だったので、武器を持っていたことが幸いし、さらに森の民であるダークエルフだったので、ここで生活する分にはそれほど困ることはなかった。
手帳の内容のほとんどが、ここから脱出するための出口にチャレンジした記録だった。
――ここにきて1143日が過ぎた。チャレンジも325回になる。
例の分かれ道を左に行くと、こう配が上に向かっていることがわかった。出口はこちらだろう。
前回は右に行ったが、向こうは下に続いていた。最深部には立派な扉があったが、その向こうからは普通じゃない気配がしたから、あそこはこの洞窟のボスがいるのだろう。扉越しでも感じる強大な力に、とても私一人では戦えるとは思えない。
ダンジョンによっては、一番奥のボスをたおすと、その向こうに出口につながる転移魔方陣があるという。もっと私に力があればそれも可能だったろうに。
――1256日目。
前回は広場でゴーレムと戦う羽目になった。相手の動きはおそいが、武器が壊れないか心配しながら戦ったので、うっかりと攻撃をまともにくらってしまった。
雷魔法でやっつけたが、身体が回復するまで時間がかかってしまった。
洞窟には罠がないようだが、予想外に強い敵が現れるので気が抜けない。
今回は、ゴーレムと戦った小部屋からさらに上を目指す。……ああ、早く地上に戻りたい。
――1543日目。
途中で大きな部屋があり、そこに出てくる部屋の主をたおすことができない。くそっ。
今度こそ。……今度こそ、あのキメラをたおして、その向こうへ行ってやる。
だが奴は強い。念のため、予備の装備をここに置いておく。
早く地上の生命力に満ちた風を、全身で感じたい。
――――
「……」
「……」
なるほどね。このオブライエンさんが無事に地上に出られているといいけどね。……でも、そうか。ダンジョンね。その可能性は高いわね。ただ、そうなると……。
最悪の場合、地上のあの石もダンジョンの一部。罠だとすると、脱出不可能のトラップだという場合もあるわけ。そんでもって、そうなると……、出口は一番奥のボスの向こうにある転移魔方陣だけ、という可能性が高い。
私が本当の力を出せば余裕だと思うけど。……う~ん。