11.王都襲撃

 キャンドルランプのかりが室内しつないらしている。

 テーブルには夕飯ゆうはんのシチューとかためのパンがならんでいる。

 錬金術師れんきんじゅつしのマリーのいえで、ヒロユキとコハルがお夕飯ゆうはんをごちそうになっていた。

 わたしはテーブルのわきで、用意よういされたごはん、といっても木実ナッツるいだけど、をべている。

 正直しょうじきにいって、みんなと一緒いっしょのシチューが食べたいけれど、まあしょうがないよね。ガマンガマン。

 すでに食事しょくじえたおばさんのマリーが、やさしくヒロユキとコハルを見つめている。

 「おかわりもあるからね」

 「ああ。さんきゅ」「うん。おばさん、ありがとう」

 「マリーだよ! マリーっていいな!」

 「あ、うん。マリー」

 がつがつとべていたヒロユキが口元くちもとをぬぐいながら、カラになったおさらをマリーにした。

 「おかわり!」「はいよ」

 マリーがそれをって、台所だいどころのナベからシチューをりつけた。

 コハルはパンをちぎって、シチューをすくって口に入れる。

 「ん~、おいし」

 マリーは、ヒロユキにおかわりのシチューをわたしてふたたびイスにすわった。

 「マリーはいいの?」

とコハルがいうと、マリーはやさしく微笑ほほえんで、

 「ああ。もうおなかいっぱいさ」

と手をのばしてコハルのあたまをなでた。

 マリーが戸棚とだなをながめて、

 「いやあ。今日きょうはたすかったよ。おかげで随分ずいぶんとポーションもできたし、家の中もきれいになった」

としみじみと言い、二人にふりく。

 「二人とも、冒険者ぼうけんしゃ大変たいへんじゃないかい?」

ときくと、ヒロユキがフンッとはなをならして、

 「おれは、エドワードみたいにつよおとこになるんだ。だから弱音よわねなんて言ってられないんだ」

とえらそうに言った。

 マリーがわらいながら、

 「ははは。あのいたずら小僧こぞう目標もくひょうかい? あいつもえらくなったもんだ」

と言うと、コハルがくびをかしげて、

 「おばあちゃんはエディのことってるの?」

とたずねた。

 マリーは微笑ほほえみながら、

 「ああそうさ。あいつやリリーがまだまだ小僧こぞう小娘こむすめだったころからのつきあいさ」

といい、ゆったりとイスにもたれてかるをつぶり、

 「あるとき、薬草採取やくそうさいしゅ護衛ごえいをたのんでね。エディとリリーと、ここから3日ばかりはなれたところまで行ったんだ。……途中とちゅう野宿のじゅくすることになってね」

むかしなつかしむようにいい、目をひらくといたずらっぽくわらい、

 「まあ、危険きけんなところでもないから、リリーと二人で川に水浴みずあびに行ってね。

 ……まだリリーもようやくむねがふくらみかけたころで、どうしたらむねが大きくなるかなとかかれてねぇ。言ってやったんだよ」

 ヒロユキもコハルもおばあちゃんのはなしまれて、じっとかおている。

 マリーはおかしそうに、

 「そこからのぞいている小僧こぞうはそんなことにしないだろうから、どうでもいいだろってさ!」

 その光景こうけい想像そうぞうしたのだろう。ヒロユキもコハルもすこあからんでいる。

 マリーはその様子ようす横目よこめたしかめながら、

 「そしたらあわてた小僧こぞうが、木のっこにつまづいて川にあたまからちてきてね。

 それを見たリリーが、きゃあぁぁとさけびながら小僧こぞうをけり上げたんだよ。

 ……ちょうど小僧こぞうのあごにヒットしてね。そのまま小僧こぞうはおねんねってわけ。

 リリーはそれを見て、またあわててね」

 コハルが「うわぁ」とつぶやいた。マリーが、

 「はははは。それがどうだい。ちゃんとカップルになってるじゃないか。まあ、私は安心あんしんしたけどね」

と笑った。

 ……ふうん。でも、このおばあさんの愛情あいじょうかんじるわね。

 さっきからの雰囲気ふんいきもおばあちゃんとまごって雰囲気ふんいき

 口はわるいときがあるけれど、愛情あいじょうふかひとなんだろうね。

 賢者けんじゃのおじいさんもそんな雰囲気ふんいきだったし、二人はめぐまれているわ。

 夕食ゆうしょくわると、ヒロユキとコハルはいえかえ準備じゅんびをする。

 それを見たマリーが、二人にポーションのビンを一本ずつ手渡てわたした。

 「これっていきな。なにかあったときの保険ほけんさ」

 コハルが、

 「ありがとう。おばあちゃん」とおれいう。

 ヒロユキは、手にしたポーションをしばらく見つめている。マリーはその頭をがしがしとなでて、

 「にすんじゃないよ。いくらでもつくれるんだから、だまってっていきな」

と言うと、ヒロユキはうなづいてカバンにしまった。

 「ありがとう」

 マリーはニッコリわらって、

 「いいってことさ。……また明日あしたまってるからね」

と言う。

 マリーに見送みおくられながら、玄関げんかんからよる王都おうとに出る。

 手をふって、「またあした」と言いながら、ヒロユキとコハルがあるき出す。私はそのとなり。

 路地ろじから大通おおどおりに出ると、ところどころの居酒屋いざかやからかりがもれ、人々ひとびとのにぎやかなこえが聞こえる。

 そら見上みあげると、今日きょうあつくもそらをおおっていてほしは見えなかった。

 コハルがヒロユキに、

 「いいおばさんだったね」

というと、ヒロユキは言葉少ことばすくなく、

 「ああ。そうだな」

返事へんじをした。

 そのとき、私のみみに、何かのごえこえた。頭上ずじょうだ。

 空に意識いしき集中しゅうちゅうすると、どうやら空高そらたかいところをなにかが集団しゅうだんんでいるみたいだ。

 まあ、ここは王都おうと多少たしょう魔物まものならおそってくることはないだろう。

 気にせずに二人のうしろあるいて行く。……えっ?

 そのとき、そらんでいる魔物まもの集団しゅうだんが、ここ王都おうと目指めざして急降下きゅうこうかしはじめた。

 ……ちょ、ちょっとこれはまずいわよ!

 すぐに見えてきた魔物まものは……、フレイムワイバーン。火炎かえんのブレスを空飛そらと蜥蜴とかげだ。

 漆黒しっこく夜空よぞらに、ワイバーンのブレスがあかかがやく。

 それに気がついた騎士きしによる警報けいほうかねが、カンカンカンカンっとりひびいた。

 あわてて居酒屋いざかやから冒険者ぼうけんしゃたちがころげでて、まわりを見回みまわした。

 次々つぎつぎにワイバーンのブレスで建物たてものおそわれる。

 そのワイバーンをたおそうと、外側そとがわ防壁ぼうへきから魔法使まほうつかいの魔法まほういろとりどりの光線こうせんえがきながらんでいった。

 ヒロユキがコハルをしながら、ちかくの建物たてものかげかくれる。

 私はその手前てまえで二人をまもるように身構みがまえた。

 建物たてものったワイバーンが、まわりにブレスをきつける。

 さけびながら建物たてものからた人々が、我先われさきにとげまどっている。

 その人々に向かってワイバーンがブレスをこうとしたとき、一条いちじょう光芒こうぼうがきらめき、力をうしなったワイバーンの巨体きょたい屋根やねからちてくる。

 そのこうには、あっというまにワイバーンを仕留しとめた剣士けんし姿すがたがあった。

 ……なかなかのつよさ。きっとランクのたか冒険者ぼうけんしゃだろう。

 けれど、そらたかいところから次々つぎつぎはなたれるブレスに、王都おうとのあちこちの建物たてものえている。

 まるで地獄じごくのような光景こうけいに、ヒロユキは蒼白そうはくになり、そのうしろでコハルがブルブルとふるえていた。

 ……大丈夫だいじょうぶよ。二人は私がまもるわ。

 そのとき、大通おおどおりを錬金術師れんきんじゅつしのマリーが二人をさがしながらはしってきた。

 「ヒロユキ! コハル!」

 それをたヒロユキが、「ここだ!」とさけんだとき、二人の背後はいごくろがりから、

 「……ケヒヒ。子供こども、みっけ!」

不気味ぶきみこえとともに、おどろおどろしい気配けはいしょうじた。――転移てんい! まずい!

 私は二人にけよった。

 そのとき、建物たてものかべをぶちやぶって二本の巨大きょだいなワイバーンのあしび出して、二人をつかまえる。

 私が即座そくざにコハルにると、二人をつかまえたワイバーンがそらがった。

 ぶわっと身体からだき上がる感覚かんかく

 したからは、マリーの絶望ぜつぼうするようなさけごえこえた。

 つよかぜつつまれながら、二人をつかまえたワイバーンはすごいスピードで王都おうとをはなれていく。

 その背中せなかにはあかい目をした一人の魔族まぞくわらっていた。

 「ケヒヒヒ! けにえだ! 生けにえだ!」

 前方ぜんぽう空中くうちゅうくろ円形えんけいのゲートがあらわれ、まようことなくワイバーンがそこにんでいく。

 転移てんいする独特どくとく感覚かんかくつつまれながら、ゲートからび出ると、そこは黒々くろぐろとした大陸たいりく上空じょうくうだった。

10.砦の戦い 1

 まえで、コハルがせんたくものをたらいでもみ洗いしている。

 そのとなりではヒロユキが洗いわった洗たく物を順番じゅんばんにのばしてしている。

 錬金術師れんきんじゅつしのおばさんは、それを横目よこめながら調合用ちょうごうようのナベに水とすりつぶした薬草やくそうを入れ、魔力まりょくをこめながらかきぜている。

 ナベの中の水がぼんやりとあおひかり、おばさんのかおをしたかららしている。

 あれはポーションをつくっているのだろう。……そういえば騎士団きしだんから大量たいりょうのポーションの注文ちゅうもんていたっけ。きっと南部なんぶとりで必要ひつようなのだろう。

 私は、よこすわりながら、とおくを見る魔法まほうとりで様子ようすを見ている。

――――。

 上空じょうくうから見ると、石造いしづくりのとりでといっても、あれはひとつのおしろと言っていいくらい大きさなことがわかるわ。

 ちょうど街道かいどうが山と山のあいだせまいところをとおるところに、それをふさぐようにとりでができている。

 両側りょうがわの山にも石壁いしかべやトンネルがられているから、とりでの一部になっているみたい。

 見たところ、魔族軍まぞくぐんは、がいこつへい、オーク、オーガ―、トロールにくわえ、ゴリラやトラの魔獣まじゅうなどで、おおよそ10万といったところね。

 たいするサウスフィールぐん冒険者ぼうけんしゃもあわせれ7万人。

 このは大きいけれど、とりでがあるから充分じゅうぶんたたえるでしょう。

 それより魔族軍まぞくぐんには、とくつよい力の反応はんのうが5つ、サウスフィール軍の方は4つ。うち一つはキョウコのものね。

 あっ。魔族軍まぞくぐんめてきたわ。

 魔獣まじゅうたちが土ぼこりを立てながらとりでにせまっていく。

 その上空じょうくうは、そらべる魔獣まじゅうとそれに魔族まぞくっている。

 とりでからがいっせいにられて、ゆみなりに魔獣まじゅうたちにおそいかかった。

 矢をけた魔獣まじゅうたちがそのたおれるが、後ろの魔獣まじゅうたちはそれをえてとりで目指めざしていく。

 とりで防壁ぼうへきにむかって、そら魔獣まじゅうたちが急降下きゅうこうかしていく。

 魔族まぞくたちの手からさまざまないろこうげき魔法まほうひかりがほとばしって、とりでをおそう。

 どうやらとりでそのものに、なにかの魔法まほうがかかっているみたいで、うっすらと虹色にじいろの光のまくがみえるわ。

 魔族まぞく魔法まほうはそのまくにさえぎられている。

 とりで石壁いしかべのそばにきた魔獣まじゅうたちは、石壁いしかべのデコボコに手をけてのぼりはじめた。

 うえにいるサウスフィールの騎士きしたちは上からったり、魔法まほうこうげきしたり、ふっとうした激熱げきあつあぶらけたりしている。

 こうげきをけた魔獣まじゅうは下にちるが、ゴリラがた魔獣まじゅうなどは器用きようによけながら上にのぼってく。

 そのすきに、魔族まぞく第二陣だいにじんとしてがいこつへいや、よろいたオークなどのぐんぜいがおしよせた。

 ひときわおおきい、赤い色のオーガ―が巨大きょだいなハンマーをって、ズシンズシンと歩いている。目指めざすはとりで石壁いしかべ

 ゴブリンの中には魔法使まほうつかいもいて、石壁いしかべの上の騎士きしたちにけて魔法まほうはなっている。

 巨大きょだいなサイのような魔物まものが、まわりの魔物まものをけちららしながらとりでの入り口の大扉おおとびらっ込んでいこうとしている。

 ゴオォォォン。

 にぶいおとがして、大扉おおとびら巨大きょだいなサイの突進とっしんめた。

 サイはそのに足をみしめて、何度なんどとびらこうげきしている。

 ……あれはまずいわね。

 そこへ、大扉おおとびらの上の石壁いしかべからしろひかりがほとばしって、魔族軍まぞくぐんをなぎはらった。

 まるで巨大きょだいけんでなぎはらったように、大扉おおとびらこうげきしていたサイもそのくずちた。

 あれはキョウコのこうげきのようだ。とりで右壁みぎかべからは、巨大きょだいたまあらわれて魔族軍まぞくぐんはなたれた。

 火の玉がたったところを中心ちゅうしんに、直径ちょっけい300メートルにもなる巨大きょだい竜巻たつまきそらに立ち上った。

 魔物まぞくたちが竜巻たつまきい込まれ、くされ、そらき上がっていく。

 すごい魔法まほう

 あれは……コハルたちがお世話せわになった魔法使まほうつかいのおじいさんじゃない。

 やっぱり賢者けんじゃばれるだけあって、強力きょうろくこうげき魔法まほうっているわね。

 そこへ魔族軍まぞくぐんからも強烈きょうろく青白あおじろい光がとりでかっていく。

 こおりこうげき魔法まほうだ。はなったのは強力きょうりょくな力を持つローブを魔族まぞくだ。

 こうげき魔法まほうとりでまえあらわれた光のかべふせがれた。

 あれは……。

 とりでに一人の白いローブの少女しょうじょ両手りょうてをかかげている。この少女の結界魔法けっかいまほうだ。

 右手みぎての山の中でもたたかいがつづいている。

 山の中をすすんでいる魔獣まじゅうたちと対峙たいじしているのは、冒険者ぼうけんしゃたちだ。

 その中にはエドワードたちの姿すがたも見えるわ。

 たくさんのへびあたまを持つヒュドラが、火をきながらまわりの木々や、魔物まもの冒険者ぼうけんしゃたちにおそいかかる。

 そこへ地面じめんからいくつものツタがび出してヒュドラにき付いていく。リリーの魔法まほうだ。

 うごきを拘束こうそくされたヒュドラがもがくが、そこへエドワードが魔力まりょくをまとわせた大剣たいけんりかかる。

 エドワードのりょうサイドには、大斧おおおのを持ったゴンドーや、大盾おおたてを手にしたフランクがいる。

 くるしまぎれにヒュドラがほのおくが、フランクが大盾おおたてふせいだ。

 ……激戦げきせんつづけられているわ。

 そうやってたたかいをながめていると、コハルがやってきた。

 「ユッコ。そろそろごはんにしよっ!」

 その声にわれもどして、私はち上がった。見上みあげるとコハルが笑顔えがおで見ている。

 この笑顔えがおまもるために、今、とりでではげしいはげいがつづけられているんだ。

――――。

 キョウコは、じっと目の前の魔族まぞく大軍たいぐんをにらみつけている。

 たたかいがはじまって、や10時間じかんった。

 サウスフィールぐんは、交替こうたいしながらもよくたたかってくれている。

 今のところ、戦いは一進一退いっしんいったいそらくらく、夜戦やせんに入っている。

 戦場せんじょうをながめて、注意ちゅういすべきてきは、大きなレッドオーガに強力きょうりょく魔法使まほうつかい、そして、目の前の魔族軍まぞくぐんおくにいるくろよろい人物じんぶつだ。

 このほか、伝令でんれいつたえるところによれば、山中さんちゅうには巨大きょだいなクモの魔物まものあらわれて、冒険者ぼうけんしゃたちとはげしいたたかいをり広げているらしい。

 さっきまで、もう一人のつよ魔力まりょくを持つ魔法使まほうつかいの気配けはいがあったが、いつの間にかいなくなっているようだ。

 たいするサウスフィールぐんは、勇者ゆうしゃであるキョウコ、賢者けんじゃマーロン、聖女せいじょリリア、そして騎士団長きしだんちょうアルスが人々の希望きぼうとなっている。

 きっこうしている戦況せんきょう。このままだと泥沼どろぬまとなるだろう。

 両軍りょうぐんともに、そろそろ戦況せんきょうえる一手いってしいところだろう。

しかし、その一手は魔族軍まぞくぐんからはなたれた。

09.キョウコ・カタギリという少女

――――。

 二人のおとこがヒロユキとコハルにんでいきそうなとき、一人の少女しょうじょが男をあっというまにノックアウトした。

 くるっとかえった少女しょうじょは、

 「大丈夫だいじょうぶだった?」

とヒロユキとコハルを心配しんぱいしていたが、どこにもケガがないとわかると、

 「そう! よかった」

かがやくような笑顔えがおを見せた。

 「私、片桐京子かたぎりきょうこじゃなかった……、ええっとキョウコ・カタギリよ。よろしくね」

という少女に、コハルは、

 「私はコハル。冒険者ぼうけんしゃよ」

一礼いちれいする。

 ……あれ? ヒロユキは? と思って見上げると、ヒロユキは赤くなってかたまっていた。

 キョウコがヒロユキに、

 「きみはなんていうのかな?」

微笑ほほえむと、ヒロユキがあわてたように、

 「お、おれはヒロユキだ」

返事へんじをした。

 キョウコはおもしろそうにヒロユキを見ていたが、路地ろじから衛兵えいへいが出てくるのを見て、

 「そこにのびているわ。あとはよろしくね」

指示しじを出した。

 衛兵のひとたちは、「はい!」とみじかく返事をすると、地面じめんにのびている男二人をなわでしばり上げ、どこかへれていった。

 キョウコは、くるっとこっちをみて、

 「見たところ、おつかいの最中さいちゅうかな? よし! おねえさんも手伝てつだってあげよう」

と言うと、コハルのっていたカゴをさっと手にとって、

 「さ。どこに行くのかな?」

くびをかしげた。

 コハルが、

 「え―! たすけてもらったのにわるいよ」

というが、キョウコは、「なんでもないよ」とゆずらない。

 とうとうコハルはあきらめて、

 「じゃあ、お姉ちゃんにおねがいします」

 「ん~! かわいい! 私もこんないもうとほしいかったぁ」

と笑った。

 ヒロユキはあかくなって緊張きんちょうしていたけれど、家まで荷物にもつはこんでくれたキョウコは、私の前にしゃがみこんで、

 「ねぇ。あなたはペットかしら?」

と言って、そっと手をばしてきた。

 私の首元くびもとをそっとなでてから、そっと背中せなかをなでる。私はなでられるままにしながら、キョウコの様子ようすをうかがった。

 ……キョウコは、にへらっとだらしない笑顔えがおを見せながら、

 「うんうん。いい毛なみ。けものくさくもないし。……むふふ。モフモフね」

 その笑顔と言葉ことばいた瞬間しゅんかん背筋せすじがぞぞぞっとふるえたのは仕方しかたがないと思う。

 思わずちょっと視線しせんをそらしたすきに、キョウコにつかまってしまった。

 「むふふふ。つ~か~ま~え~た~」

 キョウコの手が私の身体からだをなでる。って、あ、ちょっと! どこさわって……、だめだって!

 一生懸命いっしょうけんめいもがいて、キョウコのの手からげ出して、コハルのうしろにかくれる。

 コハルの背中ごしに、キョウコの、

 「あ~ん。もうにげられちゃった~」

という残念ざんねんそうなこえが聞こえる。

 そっとコハルの背中ごしに見ると、キョウコが猟師りょうしのように私を見つめていた。

 ……やだよ。そっちに行かないからね!

 するとキョウコはくちびるをとがらせて、

 「ちぇ~。きらわれちゃった」

とわざとすねたかおをする。コハルがあわてて、

 「お、お姉ちゃん。こんどユッコにさわらせてっておねがいしておくね」

となだめる。……勝手かって約束やくそくしないでほしいわ。

 でもそれを聞いたキョウコは、

 「お、本当ほんとう?」

とニヤリと笑った。

 ううぅ。いやがっても、私は召喚しょうかんされてるから、コハルにお願いされちゃうとガマンするしかないのよね。

 「ま、今日きょうはいきなりすぎたかな。ごめんね」

とキョウコは私の顔をのぞき込んだ。……まったくしょうが無いわね。

 私はぺろっとその顔をなめると、キョウコは笑って、

 「くすくす。よかった。ゆるしてくれたみたいね」

と言ってはなれる。

 そのままヒロユキに、

 「ねぇ? 二人だけでんでるの?」

と言う。

 きゅうはなしかけられたヒロユキが、れて目を見れないようで、そっぽを向いて、

 「みんなはとりでの方にたたかいに行ったんだ。……エドワードたちはつよいから、魔族まぞくなんかにけないよ。きっとかえってくるさ」

 キョウコは、ちょっと表情ひょうじょうをこわばらせたが、

 「……そっか。……そうだよね。大丈夫だいじょうぶだよ。きっと帰ってくるよ!」

はげますようにう。

 でも私には、それがから元気げんきのように見えた。キョウコの目がなにかにおびえるようにおよいでいる。……そうか。この子も戦場せんじょうに行くのね。

 なんだか急にこの子に何かしてあげないといけないがする。なんだろ? この気持きもち……。

 不思議ふしぎ焦燥感しょうそうかんとともに、尻尾しっぽの毛を一本抜いっぽんぬくとそこに魔力まろくを込めて、キョウコに気づかれないようにそっとキョウコのかみにまぎれこませた。

 無事ぶじ魔族まぞく撃退げきたいできますように。そうねがいを込めて。

――――。

 それから二日たって、王城おうじょうから勇者ゆうしゃひき騎士団きしだん本隊ほんたいが、南部街道なんぶかいどうとりでかって出発しゅっぱつすると発表はっぴょうがあった。

 人々ひとびと勇者ゆうしゃ登場とうじょうにおどろき、対魔族たいまぞくふだとしてさっそく出陣しゅつじんすると聞いて、まちのあちこちで歓喜かんきの声を上げてさわいでいた。

 大勢おおぜいの人々がその勇士ゆうし一目見ひとめみようと大通おおどおりのわきめかける。

 ヒロユキとコハルは、マリーとばれた錬金術師れんきんじゅつしのおばさんにれられて見送みおくりにている。

 うう。人ごみがすごくて、ここからじゃ見えないわ。……うん。私だって見たいんだもの。ここはちょっとズルをさせてもらおうかな。

 私はそっとコハルのそばをはなれると、ちかくの建物たてものと建物の隙間すきまに入り、かべにそっと前足まえあしをかけた。

 かべをけって、となりの建物のかべをけって、またかべをけって……。三角飛さんかくとびのようりょうで、建物のすき間で、りょうサイドのかべをけりながら上にのぼっていく。

 屋上おくじょうまでとどいたところで、一番いちばんはしっこから大通おおどおりを見下みおろした。

 大通りのわきあつまったたくさんの人々が歓声かんせいを上げている。その中を一人の騎士きし先導せんどうして4れつならんだ騎士きしたちがすすんでいく。

 歩兵ほへい弓兵きゅうへいつづき、騎兵きへいがつづいていくが、騎兵きへい集団しゅうだんの前に一人の少女しょうじょうまって先導せんどうしていた。

 遠目とおめにその女性じょせいを見つめる。黒髪くろかみのまだあどけない少女。白銀はくぎんうつくしいよろいにつけ、人々に手をっている。あれは……キョウコだわ。

 人々が、

 「勇者ゆうしゃさまぁ!」

とさかんに声をけている。

 キョウコの後ろには二列で馬に乗った騎士きしたちが続いている。馬上ばじょうのキョウコはりりしく、気がついたヒロユキとコハルが、ぶんぶんと手をっている。

 二人に気がついたキョウコが、二人にわかるようにニッコリわらう。そして、何かをさがすかのようにきょろきょろと……、あれって私を探しているわよね?

 私はここよ。

 そうねんじたとき、キョウコが私を見上みあげ、目がった。

 キョウコが私にかって笑顔えがおで手をる。私は尻尾しっぽりかえした。

 それを見たキョウコがわらいながら、正面しょうめんきなおって馬をすすめていった。

 いくさにおもむく少女。

 人々の希望きぼう一身いっしんけてとおざかっていく勇者ゆうしゃ背中せなかは、年相応としそうおうに小さく見えた。

08.強制依頼

 次の日は、めずらしくエドワードたちと一緒いっしょにギルドにいくことになった。

 エドワードたちも、ちょっとやっかいな依頼いらいえたばかりみたいで、できたら簡単かんたん依頼いらいを引き受ける程度ていどで、少しゆっくりしたいそうだ。

 時間じかんは朝の8時。ギルドのいそがしさがひと段落だんらくするころをねらって向かうと、とちゅうから様子ようすがおかしいことに気がついた。

 フランクが、
「お、おい。エドワード。なんだあの人ごみは?」
というとエドワードもいぶかしげに、
「……もしや魔獣大暴走スタンピートか?」
とつぶやいた。

 そこへギルドの中から、受付うけつけの女性のさけぶ声が聞こえる。
「……ギルドからの強制依頼きょうせいいらい発動はつどうされました! ランクC以上の冒険者ぼうけんしゃはギルドうらの修練場しゅうれんじょう集合しゅうごうしてください!」

 リリーが、
「ランクCね。私たちもいかないと……」
と言った。

 エドワードたちの冒険者のランクはA。もちろんヒロユキとコハルは初心者しょしんしゃもいいところだから強制依頼きょうせいいらい対象外たいしょうがいとなる。まあ、今の二人に魔獣まじゅうたたかうなんて無理むり

 けれど一緒いっしょのパーティーのことでもあるので説明せつめいきに、みんなについて私たちもギルドに入り、そのまま修練場しゅうれんじょうに向かった。

 修練場に入ると、すでにそこには300人をこえる冒険者が集まっていた。私たちは修練場の壁際かべぎわ移動いどうする。もちろん私は、いつものようにコハルのそばでちょこんとすわっている。ヒロユキは相変あいかわらずのむすっとした表情ひょうじょうで、コハルは心配しんぱいそうに集まった冒険者をながめていた。

 ふむ。集まった冒険者。
 およそ100人くらいの冒険者があつままった時点じてんで、ギルドのドアから一人の男性だんせい受付うけつけ女性じょせいれて出てきた。その男性を見て、だれかが「ギルマス……」とつぶやいた。

 男性は、
「ではさっそく強制依頼きょうせいいらい内容ないよう発表はっぴょうする。……すでに知っているとおり、現在げんざい魔族まぞく軍勢ぐんぜい南部なんぶ港町みなとまちロミニールにめ込んだ。偵察ていさつしたものによれば、現在、魔族軍まぞくぐんは、ロミニールからこの王都おうとに向かって進軍中しんぐんちゅうとなっている」

 ……魔族まぞく軍隊ぐんたいが現れてから、どうも世の中がさわがしく、王都の治安ちあんわるくなっているみたい。それもそうよね。ここに向かって軍隊ぐんたいうごいているっていうんだから。

 ギルマスの男性は話をつづける。
「そこでみんなに緊急きんきゅう強制依頼きょうせいいらいだ。王国の騎士団きしだんとともに南部街道なんぶかいどうとりででの防衛戦ぼうえいせん参加さんかしてもらう。そこでふせげなければ、この王都にめ込まれてしまうだろう。……人々をまも最後さいごとりでだ」

 ギルマスの話を聞いているうちに、普段ふだんはおちゃらけている冒険者たちの表情ひょうじょう真剣しんけんなものになっていく。

 このロンド大陸たいりく東西南北とうざいなんぼくから魔族まぞくが攻め込んでいる今、人々のげる場所ばしょなどどこにもない。もしとりでを守り切れなかったら……、この国はほろぼされるだろう。んでいる人々も、多くがころされるだろう。

 自分じぶん大切たいせつな人。普段ふだんから一緒いっしょにバカをやっている友人。近所きんじょの人。……今まで当然とうぜんのようにそこにあった平和へいわ生活せいかつがなくなってしまうことだろう。

 ヒロユキはどこか思いつめたようすで、そのとなりのコハルは不安ふあんかくせていない。
 ギルマスの男性が言うには、出発しゅっぱつ明朝みょうちょう馬車ばしゃはギルドで用意よういするとのこと。それまで各自かくじ準備じゅんびをととのえるようにだって。
 それを聞いたみんなは、三々五々さんさんごごらばっていった。

――――。
 家にかえってきたみんなは、一言ひとこともしゃべらないでテーブルにつく。全員ぜんいん着席ちゃくせきしたところで、エドワードがヒロユキに、
「ヒロユキ。おれたちがいないあいだ、おまえがコハルとユッコを守れ」
しずかにいう。ヒロユキはうなづいた。

「……わかった」
 ヒロユキのとなりにすわっていたゴンドーが、ニッコリ笑って、
「女を守るのは男の役目やくめだ。たのんだぞ」
といって、ヒロユキの背中せなかをバシンとたたいた。

 コハルがおそるおそる、
「みんな大丈夫だいじょうぶだよね?」
とたずねると、リリーが微笑ほほえんで、
「もちろんよ。コハル。私たちは絶対ぜったいもどってくるわ。……あなたもいない間のこと、たのむわよ」
「うん。わかったわ」
 どこかまずい雰囲気ふんいきね。でもそれも無理むりはないか……。エドワードたちが戦場せんじょうに行くんですものね。

 その空気くうきやぶったのはソアラだった。ぱんっと手をたたいて、
「やめやめ! こんなくらい空気。アゲアゲで行こうよ」
と言うと、フランクが、
「そうだな。……深刻しんこくになっても仕方しかたないな」
苦笑くしょうした。

 その日は、先勝せんしょうパーティーをすることになって、ヒロユキとコハルはリリーに言われておつかいに出る。今は王都も治安が悪くなっているので、ゴンドーがついてきてくれるとのこと。……たぶん、明日からのことを考えて四人だけの時間をつくっておきたいんだと思う。
「じゃ、いってきまーす」
 リリーさんに見送みおくられて、私たちは家を出た。

 明日からのエディたちが必要ひつようとするものはとくにないので、今夜こんやのパーティーで使つかうおにく野菜やさい、おさけ順番じゅんばん予定よていになっているみたい。

 魔族まぞくが攻めてきている時期じきだから、普段ふだんはにぎやかな王都もどこかしずんだ雰囲気ふんいきだ。道行みちゆ人々ひとびと表情ひょうじょうもどこかくらい。ずっと山にいた私にはよくわからないけれど、これが戦争せんそうの空気なのかな。

 八百屋やおやさんを出てお肉屋にくやさんに向かう途中とちゅう、ゴンドーが、
「ちょっとそこによるぞい」
と言い出して、大通おおどおりから路地ろじへと入っていった。
 しばらくすすむと一軒いっけんの家がある。ゴンドーはその家のドアをドンドンとたたいた。
「お~い。ばばあいるか?」
 すると中からドタドタとあるおとがして、
「だれがばばあじゃ!」
と一人のおばあさんがび出してきた。

 すぐさまゴンドーを見て、
「ゴンドー、きさま、いつも言っておるじゃろうが! わしをばばあとぶな!」
と言って、手にっている大きなつえでゴンドーのあたまをぶったたいた。

「いて。ってそれはいいんだ。ばばあ、ちょっと入れさせてもらうぜ」
「だから、ばばあとぶな!」
「いいから、いいからよ」

 おばあさんをしのけて、無理矢理むりやりゴンドーがなかに入っていく。
 ヒロユキとコハルはかお見合みあわせて、
「どうする?」
「どうするったって、入るしかないだろ?」
と言いながら、ゴンドーにつづいて中に入っていった。

 私も入ると、中ではおばあさんがイスに座ったゴンドーをにらみつけていた。
「こんなご時世じせいに、一体いったいなんじゃ!」
 てるようにいうおばあさんに、ゴンドーは、
「わりいな。マリー。おめえにたのみがあるんだ」
「……ゴンドー、おまえ何のつもりじゃ」
「ははは。俺たちな。明日あしたから南部なんぶとりでに行くんだよと」

 それを聞いたおばあさんはうでんだ。それからも二人ははないをつづけた。

 二人を見たヒロユキとコハルが、
「なんだろな。あのばあさん……」
「う~ん、だれだろうね?」
「ゴンドーの恋人こいびと?」
「え~。さすがにそれは……、あっ、でもドワーフって長寿ちょうじゅだったよね? ひょっとしてひょっとするのかな」

 ……いや、コハル。それはいと思うよ。あのおばあさん、錬金術師れんきんじゅつしみたいよ。それもうでのいい。

 さっきまで話をしていたヒロユキとコハルの声がしなくなったので、見上げると、ゴンドーとおばあさんがそろってヒロユキとコハルをにらんでいた。

 ゴンドーがぼそっと、
「お前ら、なんかへんなこと言ってなかったか?」
「そうじゃ……、だれがこのハナタレの恋人こいびとじゃと?」
 ヒロユキが「げっ」とあおざめ、コハルがガバッとあたまを下げた。
「ご、ごめんなさい。……中が良さそうだったし」
 今度はゴンドーが舌打したうちをして、
「けっ。たんなるくされえんだ」
「そうじゃ。エドワードの小僧こぞうがガキのころからのな」
 へぇ。エドワードの子どものころからの、ね。

 おばあさんがなつかしそうに、
「いやぁ、あんなにかわいい子どもだったのが、こんなにふてぶてしくなるとはね。時間じかんながれというのは残酷ざんこくなもんじゃな」

 ゴンドーが、
「なつかしそうにいうことか!」

 しかし、おばあさんはかいさないという様子ようすで、
「で、なんじゃたのみというのは? さっさと言え」
「……おれらがいない間。この二人をにかけてしいんだ」
 おばあさんは、「ふん」といってヒロユキとコハルにちかづいてきた。じっと二人の目をのぞき込む。

「ふむ。いいじゃろ。……二人とも明日あしたから昼間ひるまはここにるがええ」
と言って、ヒロユキとコハルのあたまをなでた。
 おばあさんがかえると、ゴンドーはだまった頭を下げていた。

 ……ふふ。お節介せっかいないい人たちばかりよね。賢者けんじゃマーロンさんといい、このおばあさんといい。
 あれ? おばあさんがわたしを見ているわね。

「このキツネ……。いやなんでもない。気のせいじゃろう」
 う~ん。おじいさんのときもそうだけど、どうも年配ねんぱいの人はかんがするどいみたいね。なんとなくだけど、私の正体しょうたいがついているのかしら?

「あ、あの。よろしくおおねがいします」
 コハルがおばあさんに頭を下げる。おばあさんがにっこりわらって、
「いい子じゃのう。まさかおぬしらのもとでこんなに素直すなおな子がそだつとはのう」
 ゴンドーが、
「うっせぇ。ばばあ」

 おばあさんがぎゅいんっとゴンドーのところにいって、げんこつをとした。
「だから、ばばあとぶな!」

 それからゴンドーは、おばあさんと少し話があるようで、先にものませてからここにるようにと言った。

 ヒロユキが、
「じゃあ、行ってくる!」
と言って、コハルと一緒いっしょに出て行く。私もゴンドーとおばあさんをかえってから、コハルをいかけてそとに出た。

――――。
「よしと。これで買い物はわりね」

 コハルがバスケットをおもそうにってヒロユキのとなりをあるいている。ヒロユキも同じようなバスケットを持って歩いている。

 ふふふ。おもそうだけど、まあこれくらいはね。がんばってもらいましょう。

 おばあさんのいえに向かって歩いていると、不意ふいに私のみみはしっている複数ふくすうの人の足音あしおとが聞こえてきた。

 むっ? 気になって普段ふだんっている気配感知けはいかんちでさぐる。どうやらひったくりのようね。追いかけているのは……、一人?

 路地ろじから二人の男がび出してきた。そのままこっちに向かってくる。
「どけどけ!」
 ヒロユキとコハルは突然とつぜんのことで、とっさにうごけないでいる。このままじゃぶつかっちゃうわ!
 私はそっと二人の前に魔法まほうのバリアをった。

 そのとき、ヒロユキとコハルの前に一人の少女しょうじょび込んで来て、男たちに立ちふさがった。
いかけっこはおしまいよ! パラライズ!」
 少女の手にパリパリと電撃でんげきがまとわりついた。目にもとまらない右ストレートの二連撃にれんげきが、見事みごとにひったくりのあごにヒットした。
「あ、が……」「ぐ」

 みじかくうめいて男たちはくずれるようにたおれこみ、そのでぴくぴくとひしている。うん。見事みごとわざね。

 私はび出してきた少女を見上みあげる。黒髪くろかみのきれいな少女。10代後半だいこうはんといったところかな。
 それよりも、ものすごいつよい力をかんじるわ。魔力まりょくもあの賢者けんじゃのおじいさん以上いじょう。……この子、いったいだれ

 少女はほこりをはらうように、両手りょうてをぱんぱんとはらうとかえってニッコリわらった。

大丈夫だいじょうぶだった?」

――――。
 今日は、おどろきの出会であいがあったわ。あの少女が勇者ゆうしゃですって! 成人せいじんしたころの女の子なのに、強い力をかんじたわ。
 でもこの世界せかいの人っぽくないのよねぇ。不思議ふしぎ空気くうきを持っているけど、なんだか仲良なかよくなれそう。
 魔族まぞくとか魔王まおうとかのつよさがわからないけど、あの勇者の女の子はもっともっと強くなれそうで、ちょっと安心したわ。

07.勇者召喚

 エドワードたちが無事ぶじかえってきてから一ヶ月がすぎたある日のこと。

 いつものように、朝食ちょうしょくの後でヒロユキとコハルと一緒いっしょ魔法使まほうつかいのおじいさんのところへ行くと、おじいさんはひどく真剣しんけん表情ひょうじょうで私たちをっていた。

 おじいさんの表情を見た二人がとまどっている。おじいさんは、だまって二人を家に入れると、
「おぬしらはもういたか?」
ときいてきた。ヒロユキが、
「何のこと?」
と聞きかえすと、おじいさんはしばらくだまっていたけれど、
魔王まおう復活ふっかつしたようじゃ。そして、どうしたわけか南の港町みなとまちロミニールが魔王軍まおうぐんにやられた」

 それを聞いた二人がおどろいている。コハルが、
「魔王軍? 本当ほんとうに?」
と言うと、おじいさんは真剣な表情でうなづいた。そこへ家のドアがノックされた。

 おじいさんが出ると、そこには三人の騎士きしが立っていた。
「マーロンどの。至急しきゅうしろへおしください。王が賢者けんじゃどのの知恵ちえをおりしたいと」
「……そうか。わかった。すぐにまいろう」
「はい。では私どもは先にもどっております」

そういって敬礼けいれいしてはなれていく騎士きし見送みおくり、おじいさんはすぐに二人に言う。
「すまぬ。二人とも。わしはこれから行くところがある。……おそらくしばらくもどってこれぬから、自由じゆうにほかの依頼いらいをしてかまわぬ」
 ヒロユキとコハルがおじいさんを心配しんぱいそうに見つめる。

「な、なあ。じいさん。まさか魔王軍と戦うなんて言わないよな?」
「そうよ。あぶないことしないよね?」
 騎士にマーロンとばれたおじいさんは、やさしくほほえんで二人のあたまをなでた。
「ふふふ。わしにまごがいればおぬしたちのようじゃったかもしれぬのぅ。……大丈夫だいじょうぶじゃよ。二人は安心あんしんしているがいい。仲間なかまもおるじゃろ?」
 二人はだまってうなづいた。

 それを見たおじいさんは、つくえの引き出しをけてがさごそと何かをさがしているようだったが、何かを手に戻ってきた。
 おじいさんはヒロユキに一本の短剣たんけんとネックレスをわたし、コハルにはふるびたつえとヒロユキとおそろいのネックレスを渡した。
 おじいさんは二人をやさしげに見つめ、
「よいか。それらはすだけじゃからな。わしが戻るまで大切に使つかってくれ。よいな?」
と言う。

 う~ん。あれは……。
 どうやらあの短剣はミスリルの短剣のようね。ヒロユキには勿体もったいないんじゃないかしら?
 それにコハルの杖も年をから作った杖みたいで、魔法使いにとってはかなり良いしなよ。ネックレスも水色みずいろ宝石ほうせきがはめられているけど、あれもマジックアイテムっぽいわね。
 そんなに二人におおばんぶるまいするなんて、よっぽど気に入られたのね。

 おじいさんと一緒いっしょいえを出て、とりあえず私たちは家に戻った

――――。
 港町みなとまちだったところはきつくされて焦土しょうどとなっていた。
 建物たてもの破壊はかいされてすみとなり、ぷすぷすとけむりが立ち上っている。きている人は一人もみえない。

 町の広場ひろばだったところに、一人のくろずくめのよろい騎士きしがいた。そのまわりにはたくさんのがいこつ兵士へいしがいる。
 騎士きしくろいかぶとの隙間すきまから、あかい光がもれている。

「ふん。たあいもない。よわっちいやつらだ」
とつぶやいた。

 そのすぐとなりの空間くうかんがかげろうのようにれて、ぼろぼろのローブを銀髪ぎんぱつ男性だんせいあらわれた。

「カロン。油断ゆだんはするな」
 銀髪ぎんぱつの男が黒騎士くろきしに言うと、カロンとばれた黒騎士くろきしは、
「はははは。バアルよ。おれをバカにしているのか? 人間にんげんなどという虫けらなぞ、何もこわくはないぞ」
大笑おおわらいした。バアルと呼ばれた銀髪の男は沈黙ちんもくまもっていたが、カロンの笑いがわるころ、
勇者ゆうしゃがいてもか?」
とぼそっと言うと、黒騎士カロンはとたんに殺気さっきだった。カロンの全身ぜんしん不気味ぶきみあかく光る。

「ほう? どこぞで勇者ゆうしゃ召喚しょうかんされたか……。ふ、ふふ。ふはははは! のぞむところだ。魔剣まけんダーインスレイヴのエサにしてくれよう」

 バアルはそれをだまっていていたが、
「まだだ。だが近いうちに召喚しょうかんされるだろう」
と言うと、すうっと姿すがたした。

――――。
 おしろ謁見えっけん

 玉座ぎょくざすわっている王様おうさまが、目の前のおじいさんの魔法使いに、
「よくぞ来てくれた。賢者けんじゃマーロンどの」
こえをかける。マーロンは一礼いちれいして、
「王よ。用件ようけんはわかっておる。……勇者召喚ゆうしゃしょうかんじゃな?」
 すると国王こくおうはうなづいて、
「そうだ。マーロンどのは魔王軍まおうぐん侵攻しんこうけていることをっておるか?」
南部なんぶみなととされたとは聞いたがの」
説明せつめいしよう。2ケ月前にヒルズ村が廃村はいそんとなったが、それから一週間後いっしゅうかんご国南部くになんぶ港町みなとまち一夜いちやにして滅亡めつぼうした」
「うむ。そこまでは聞いておる」

「魔王軍の侵略しんりゃくけているのは我がサウスフィールだけではない。北のノースランド、東のイースト王国、西のウェスタンロードのそれぞれが攻められておる」
 それを聞いたマーロンがおどろきの表情ひょうじょうで、
「なんと? ロンド大陸たいりく四方しほうでか」
とつぶやくと国王がうなづいた。

「とくにイースト王国おうこくはすでに国の半分はんぶん魔王軍まおうぐんのものとなった。……我が国でも港から一直線いっちょくせんに魔王軍がこの王都おうと目指めざしているのだ」
「……現在げんざいはどこまでておるのじゃ?」
 ところが国王はマーロンのいにこたえず、
「1週間後に、南部街道なんぶかいどうとりでにて魔王軍とぶつかることが予想よそうされておる。……そこをかれれば、次の決戦けっせんはこの王都となろう」
「そこで勇者召喚か……。わかった。すぐにでもりかかろう」

「すまぬ。……すでに我々われわれ人間にんげんほろぶかどうかに直面ちょくめんしようとしているのだ」
「いや。あやまるのは勇者どのにするべきじゃ。……我らの都合つごう勝手かってび出すわけじゃからな」
「うむ。……たのむぞ」

 国王の言葉ことばにマーロンはふたた一礼いちれいすると、すぐに謁見えっけんを出て行く。
 それのうし姿すがたを国王はいのるように見つめた。

――――。
 王城おうじょう儀式ぎしき

 普段ふだん正月しょうがつ建国けんこくまつりのときに、かみいのりをささげる場所ばしょだ。
 円形えんけい広間ひろま外側そとがわに、おごそかな彫刻ちょうこくのあるはしらがきれいにならんでいる。
 広間のゆかには、マーロンの手によって魔方陣まほうじんえがかれていた。

 マーロンはその魔方陣の手前てまえに立ち、後ろをかえる。そこには国王や王女おうじょ騎士団長きしだんちょうをはじめとする20人の騎士きしたちがならんでいた。
 それを確認かくにんすると、マーロンは魔方陣にきなおる。

 しばらく目をつぶり、気持きもちをかせ、目をひらく。しわがれた口から、りんとした声で呪文じゅもんがとなえられる。

「いくせんもの世界せかいをこえて――――」

 ながい長い呪文じゅもんがよみあげられるにつれて、魔方陣まほうじんが光っていく。その光りが人々ひとびとかおらすが、国王らは真剣しんけん儀式ぎしき見守みまもる。

 マーロンのからだから魔力まりょく湯気ゆげのように立ちのぼり、ひたいからあせながちた。

たれ! 救世きゅうせいものよ。われらのみちび加護かごけし勇者ゆうしゃよ!」

 呪文じゅもんとなえおわると同時どうじに、魔方陣まほうじん強烈きょうれつな光をはなち、儀式ぎしきが光りにつつまれた。
 2びょう、4秒と時間じかんがたち、ようやく光りがおさまると、魔方陣まほうじんの上には一人の女子高生じょしこうせいがたたずんでいた。

 ぼうのついたアメをなめていた女子高生じょしこうせいは、おどろいたかおでマーロンや国王らを見つめた。
「な、なに? ここ?」

――――。

 ここのところ、世界中せかいじゅうのあちこちから物騒ぶっそう雰囲気ふんいきがする。まがまがしい力をった魔物まもの魔族まぞくらしきものが戦争せんそうこしているみたい。

 おじいさん魔法使まほうつかいが「賢者けんじゃ」ってばれてびっくり。しかも今日きょう午後ごごに、おしろからつよ魔力まりょく波動はどうかんじて二度にどびっくりしたわ。

 ……あれは私が召喚しょうかんされた時と魔法まほうだとおもう。
 今度こんどは何が召喚しょうかんされたのかしらねー。

06.王都サザンロードでの暮らし

 ヒルズ村を出てから一ヶいっかげつがたった。

 無事ぶじ商業都市しょうぎょうとしソルンにげることができた私たちだったけれど、エドワードたちはさらに王都おうと移住いじゅうすることを決断けつだんしたわ。

 というわけで今は、王都サザンロードで一軒家いっけんやりてらしているってわけ。生活せいかつをはじめてすぐに、ヒロユキとコハルは正式せいしき冒険者ぼうけんしゃギルドに登録とうろくした。

 ちなみに私も登録して腕輪うでわをもらったわ。なんでもこれをしていないと、野良のらのキツネとまちがわれて、りの対象たいしょうになってしまうかららしい。

 今の生活は、早朝そうちょうにヒロユキとコハルのたたかうための訓練くんれんを見て、日中にっちゅうは二人がけた街中まちなか依頼いらいについていって、夕方ゆうがたにはみんなでごはんをべるというらしをおくっている。
 はやく二人にはつよくなってもらいたいところね。

――――。
「せりゃあぁぁ」

 ヒロユキが気合きあいを入れて木剣もっけんでエドワードにりかかる。エドワードは余裕よゆうをもって、サイドステップ一つでそれをよけると、手にした木剣でヒロユキのけんながし、そのままヒロユキの剣を上にきとばした。

 無防備むぼうびになったヒロユキのあたまに、エドワードがチョップする。
「いってぇ!」
 両手りょうてで頭をおさえてうずくまるヒロユキに、エドワードは、
「まだまだだな」
と言ってわらっていた。

 ふふふ。ヒロユキったらすっごくくやしそうなかおをしてる。がんばれ少年しょうねん

 そう心の中でヒロユキを応援おうえんしながら、となりで神経しんけい集中しゅうちゅうしているコハルの様子ようすを見る。コハルは杖を両手でつよくにぎりしめていて、じぃっとその先端せんたんを見つめている。

 背後はいごにはリリーが立っていて、
「はいはい。もっとかたの力をぬいて。……そのままで呪文じゅもんとなえるのよ」
「は、はい! わ、わが魔力まりょくよ。水となれ」
 すると杖の先から、水がちょろろろとび出した。みじかい呪文じゅもんの一番かんたんな水の魔法まほうね。

 それをみたエドワードが手をたたいて、
「おお! 成功せいこうしたな」
とコハルをほめる。

 ふふふ。コハルの方は順調じゅんちょうのようね。まだまだあまいところもあるけれど、もうちょっと魔力をった方がいいわね。

 その時、家の裏口うらぐちのドアがひらいてソアラが顔を出した。
「そろそろ、今日の訓練くんれんはおわりにしたら?」
 エドワードがニカッと笑った。「おお。そうだな」

 それからみんなで中に入ってテーブルにすわって朝食ちょうしょくる。
 エドワードがパンにジャムをぬりながら、
「そうそう。今日はおれたちかえってこないからな」
 それを聞いてヒロユキとコハルがびっくりして、
「「え?」」
と声をもらす。エドワードがリリーに、
「なんだ。まだ言ってなかったのか?」
いかけると、リリーはばつがわるそうに、
「う、うん。まだ言ってなかったわ」
 フランクが苦笑くしょうしながら、ヒロユキとコハルに、
依頼いらいでね。まりになりそうなんだよ。でもまあ一晩ひとばんだし、ユッコもいるから大丈夫だいじょうぶだろ?」
と言う。

 ヒロユキがむすっとして、
「ユッコは関係かんけいないじゃん」
と言うが、ミルクのカップをったソアラが笑いながら、
「そう? ユッコはたよりになるわよ。……ホント、普通ふつうのキツネにおもえないくらいよ?」
 コハルはうなづいて、エドワードに、
「うん。わかったわ。帰りは明日あしたになるのね?」と言うと、エドワードは、
「そうだ。というわけで明日の訓練はなしだ。留守るすたのむぞ」
と言った。

 朝食がおわって、エドワードたちはさっそうと出発しゅっぱつする。ヒロユキとコハルはそれを見送みおくってから、二人でギルドに向かった。今日の依頼をさがしに行くためだ。
 二人がえらんだのは倉庫整理そうこせいり依頼いらいだ。依頼主はとしよりの魔法使まほうつかいですって。
 受付うけつけのおねえさんから行き方をおそわり、二人は気合いを入れてギルドから出た。

――――。
「うひょひょ。かわいい子どもがきたもんだのう」

 二人を見た魔法使いのおじいさんはそう言って笑顔えがおを見せた。そして、その視線しせんが私にとまる。
「うん? んんん? このキツネは……」
とつぶやく。あれれ? おかしいな普通ふつうのキツネにしか見えないはずだけど、もしかして正体しょうたいがバレた?ちょっとあせる私だったが、おじいさんは目をこすり、
「気のせいかの? ワシよりはるかに魔力があるように見えたんじゃが……」

 二人はおじいさんの指示しじとおり、書類しょるいがいっぱいになったはこ倉庫そうこから出したり入れたりしている。

 私はってそれを見守みまもりながら、おじいさんの本棚ほんだなをちらりと見上みあげた。透視とうし魔法まほうをつかって、ここに座ったままで本棚にならんでいる本を順番じゅんばんんでいく。

 ふむふむ。わたしのいたところと魔法の使つかい方もちがうのかぁ。こっちだといちいち呪文じゅもんとか魔方陣まほうじん必要ひつようだなんてめんどくさいわね。……あ、でもあれは。なーるほど、この世界せかい地理ちりってこんなふうになっていたのね。

 二時間にじかんくらいそうやって本をぬすんで、上機嫌じょうきげん尻尾しっぽりながらコハルたちの様子ようすを見ると、二人はつかれてゆかにへたりこんでいた。

「はぁはぁ。……まだあるの?」
 弱音よわねくコハルに、おじいさんは笑いながら、
「うひょひょ。つかれたか? そうさな。おひるにするか。ついておいで」
と言って、一人でさき台所だいどころかった。

 ヒロユキもコハルもつかれてなかなか立ち上がれないでいる。私は笑いながら、こっそりと魔法で二人の体力たいりょく回復かいふくさせた。

 ヒロユキがよろよろと立ち上がって背伸せのびをする。
「ふぅぅ。……コハル。行こうぜ」
そういってコハルに手をさしのべると、コハルはその手をつかんで立ち上がった。
「うん。午後ごごもこんなかんじなのかな?」
とおそるおそる言う。ヒロユキは、「へっ」と言って、
「これくらいなんでもないさ」
とひとさしゆびはなの下をこする。まったくおとこの子ったら、すぐつよがるんだから。……でもまあこっそりと手助てだすけしてあげるからがんばってね。

――――。
 その日の仕事しごとわるころには、二人はもうしゃべることもできないほど、つかれ切っていた。
 おじいさんは笑いながら、二人に二本の液体えきたいの入った試験管しけんかんわたす。

「ほら。これを飲みな。回復の魔法薬ポーションじゃ」
 ヒロユキがおどろいて、
「え? だっておれたちおかねないぜ」
 コハルもおそるおそる、
魔法薬ポーションて、あの魔法薬ポーションよね?」
とたずねた。
 おじいさんはうなづいて、
「どの魔法薬ポーションかしらんが、その魔法薬ポーションじゃ。……とはいっても効果こうか一番低いちばんひくいやつじゃがな」
と言って、無理矢理むりやり、二人にまさせる。

 どうやらあの魔法薬は、おじいさんの手作てづくりらしいわ。それでもき目は充分じゅうぶんだったようで、いきえだった二人が、普通ふつううごけるくらいには回復かいふくしているみたい。

 ……なかなか面倒見めんどうみのいい魔法使まほうつかいね。おじいさんにとって、二人はおまどさんってかんじなのかも。
 内心ないしんでそうほくそむ。

 夕食ゆうしょく用意よういしてくれているみたいで、おじいさんは二人をふたたび台所にれて行って、一緒いっしょに食べ始めた。

 おじいさんがスープをみながら、
「それにしても、おぬしら二人っきりで生活せいかつしとるのか?」
とたずねると、ヒロユキは、
「エドワードたちとんでる。すっげー腕利うでききなんだぜ」
 コハルも、
今日きょう明日あした依頼いらいでいないの。でも、私たちにはユッコもいるから大丈夫だいじょうぶよ」
と言うと、おじいさんは破顔はがんして、
「そうかそうか。……じゃあ、明日もここにるか?」
 するとヒロユキはまずそうに、
「うっ。あ、明日もあれやるのか?」
と言うので、おじいさんは笑いながら、
「いいや。明日は魔法薬ポーションつく手伝てつだいをしてもらおうかの」

 えっ? 魔法薬ポーション? そんなの二人に手伝てつだわせて大丈夫なのかしら?

 そんな私の気持きもちをよそに、二人はかおかがやかせて、
魔法薬ポーション? ……マジか?」「本当ほんとう?」
と聞き返し、おじいさんがうなづくと、
「「やるやる!」」
元気げんきに引き受けてしまった。

 おじいさんは、ひげをなでながら、
「ついでに少し勉強べんきょうおしえてやろうかの。……これから世界せかいれそうだしの」
と小さくつぶやいて、私の目を見てウインクした。

 王都はすごい都会とかい。人もおおいし、おみせも多い。さいわいにいい魔法使いのおじいさんに出会であえたわ。
 私もこの世界せかいのことを調しらべられて一石二鳥いっせきにちょうってやつね。
 でもこのおじいさん、そこらへんの魔法使いよりも強い魔力を持っているみたいだけど、いったい何ものかしら? 

05.脱出行

 森の中を、巨大きょだいぶたあたまを持つ人型ひとがた魔物まものであるオークが集団しゅうだんすすんでいた。
 じゃまなしげみは手にした大きなナタで切りはらい、時にはほそい木を切りたおして進んでいく。

 そのオークたちの後方こうほうくろよろい一匹いっぴきのオークがいる。かおにはどこかのたたかいの切りきずあと片目かためがつぶれており、のこされた目がまっかがやいている。
 そのよこ空中くうちゅうにはぼろぼろのローブを着た不気味ぶきみ銀髪ぎんぱつの男がいていた。手にはひねくれたつえを持っている。

 男は、
「わかっているな? かならず見つけるのだ」
と黒いよろいのオークにげると、オークはうなづいて、
「ぶひぃ!」
こたえた。男はそのままちゅうけるようにえていく。
 黒い鎧のオークは背中せなかの巨大なけんはなつと、
「ぶひぃぃぃ」
大声おおごえを上げ、まっすぐにある方向ほうこうへと剣をかかげた。それにまわりのオークたちが返事へんじをして、一心不乱いっしんふらん進軍しんぐんをはじめる。
 その行軍こうぐんは、まっすぐヒルズ村に向かっていた。

――――
 森の監視かんしになった冒険者ぼうけんしゃ全部ぜんぶで八人。二人ずつペアとして四チーム体制たいせいだ。私とソアラはもう一人の男性の冒険者と一緒いっしょにBチームになった。

 Bチームの担当たんとうする監視地点かんしちてんは、村から2キロメートル地点の小高こだかおかだ。そこからなら広い範囲はんいを見ることができるから、いち早く異常いじょう発見はっけんできる。さいわいに丘までは細い道ができているので歩きやすい。

 とはいうけれど、私がちょっと集中しゅうちゅうして気配けはい感知かんちするエリアを広げればいいのよね。というわけで、さっそく実行じっこうしよう。

 ……意識いしきを集中すると、そんなに苦労くろうすることなくオークの集団しゅうだんのいる場所がわかった。距離きょりはだいたい15キロメートル。情報じょうほうより近いけれど、あの旅人たびびとげてくる間にも村に向かって進んでいたのだろう。

 それより気になるのは、オークが四〇〇匹どころじゃなくて五〇〇匹、大狼おおおおかみが三〇匹、そして、オークの中につよい力を持った存在そんざいが二つ。一つはオークキングだろうけれど、もう一つはなんだか不気味ぶきみ雰囲気ふんいき

 森の中だけど、休憩きゅうけいなんてしなさそうね。とすると村に来るのは……、明朝みょうちょうの早い時間になりそう。みんなの避難ひなんに合えばいいけど無理むりそうね。

 オークの進軍しんぐんを感じてか、森のなかの動物たちはすでに避難ひなんしているようだ。みょうしずかな森を進み、監視地点の丘に到着とうちゃくした。
 一本の木に到着し、ソアラが器用きようにロープをかけて私をっこして木の上にのぼっていく。その後に男性も登ってきた。

 ソアラは太いえだ密集みっしゅうしているところでっこちないようにロープでハンモックをつくる。どうやら男性と交替こうたい休憩きゅうけいしながら監視かんしをするようだ。

 ソアラが、
「マルコ。最初さいしょは私が監視かんしするわ」
というと、こしにつけたポーチからつつを取り出した。あれは望遠鏡ぼうえんきょうね。マルコとばれた男性は、「まかせた」といってハンモックに横になる。

 さっそくソアラが望遠鏡でっぱのすきから眼下がんかの森を観察かんさつしはじめた。う~ん。おそらくこの望遠鏡を使ってもこの丘から2キロメートルの範囲を見るのが限界げんかいね。

 私はそのそばでちょこんとすわる。ソアラが望遠鏡をのぞいたままで、
「ユッコ。ごめんね。こんなところまでれてきて。……でもあなたがいてくれると何だか心強こころづよいわ」
と話しかけてきた。くすっ。こんなに危険きけん状況じょうきょうだもんね。不安ふあんになるわよね。
 私はそっと尻尾しっぽでソアラをなでる。望遠鏡をのぞいているソアラがフフフと笑った。
 そのまま私はソアラと一緒に木の上で監視かんしをつづけた。

 その後、男性と交替し、再びソアラの交替時間こうたいじかんとなった。もう夜になっているが、満月まんげつだから森の様子がよく見える。
 マルコがパンをかじりながら、
「今のところ、まだ異常は無いようだ」
というと、ソアラも望遠鏡をのぞきながら、
「う~ん。そうみたいね。……このまま朝まで何にもないといいんだけれど」
と答える。ソアラはすでに交替前にパンを食べていて、私も少し分けてもらった。

 ソアラはそういうが、どうやらそううまくは行かないようよ。なぜなら、もうオークたちは3キロメートル地点に近づいている。きっと後1時間もすれば望遠鏡で見える距離きょりになる。

 おや? いくつかの気配けはいがオークの本隊ほんたいとはべつ移動いどうをはじめている。これは……、大狼ね。数は、一、二……、五匹。よりによってこっちに三匹向かってきている。

 仕方しかたないわね。私は立ち上がって、ソアラのほっぺたをなめる。
「ユッコ?」
 けげんな声を上げて私を見るソアラのおでこのペシっと前足をせてから、私はロープの所に行く。じっと見るソアラに一つうなづくと、そこからえだを伝いながら下にりた。
 そのまま、「ユッコ!」というソアラを無視むしして森の中に走り込む。

 魔法まほうで自分の姿を透明とうめいにして、ソアラたちから見えないようにする。同時どうじに体内で魔力まりょくをぐるぐるとめぐらして、運動能力うんどうのうりょく強化きょうかする。静かに、素早すばやく。満月だけど木々の葉っぱにさえぎられてまっくらな森の中を進んでいく。

 気配感知けはいかんちに大狼の接近せっきんを感じたところで、木々の上にけ上がり、忍者にんじゃのように枝から枝へとんでいく。

 大狼。体長たいちょうやく3メートルで、三〇センチメートルほどのきばするどつめ武器ぶきだ。体毛もかたくて、しつわるい剣ならばかえしてしまうほどだ。

 やみのなかに大狼おおおおかみの「はっはっはっ」といういきづかいと赤く光る三対さんついの目が近づいてきた。

 ……悪いけど、すぐにわらせるわ。

 私は普段ふだんかくしている尻尾しっぽを出して、魔力を込めた。ギュンッと大狼のところに飛び込んでいき、尻尾をたたきつける。

 三匹さんびきの大狼が、木々をたおしながら真横まよこんでいく。折れた木がズウンと音を立てて地面にたおれた。
 すっと地面にりた私は、ゆっくりと大狼をいかけて近寄ちかよった。さあ、反撃はんげきしてこい。

 …………うん? なんだか静かなんだけど。

 油断ゆだんせずに進んでいくと、三匹の大狼は仲良なかよく木の下に倒れていた。目には光がない。

 だらしないわねぇ。
 私はため息をつきながら、残り二匹の気配をさぐると、森の別のところで、別の監視役かんしやくの冒険者と戦っているようだ。ただそっちは冒険者の方がけそう。
 意識いしき集中しゅうちゅうして、その戦いの場に瞬間移動しゅんかんいどうする。

 ギュンッと視界しかいが切りわり、目の前ではきずだらけの冒険者が剣をいて一匹いっぴきの大狼と対峙たいじしている。

 ぐるるるるとうなる大狼に冒険者は絶望ぜつぼうした表情ひょうじょうだ。私は無造作むぞうさに大狼に下にもぐり込んで、大きなおなかをり上げた。
「キャウン」
 おなかをられた大狼は真上まうえき上がり、私は即座そくざに飛び上がって、今度こんどはその頭をとす。ズシンという音とともに大狼は地面にたたきつけられ、地面にひびれがはしる。

 今、透明とうめいだから大丈夫だいじょうぶだと思うけれど、すぐに最後さいごの大狼のところへ瞬間移動しゅんかんいどうする。

 そこはすでに冒険者が二人とも地面に倒れていて、今まさに大狼がとどめをそうとしているところだった。

 なんだかめんどくさくなってきた私は、尻尾しっぽから雷撃らいげきはなつ。暗闇くらやみをまばゆい光が走り、大狼をつらぬく。ビリビリとふるえる大狼だったがさけぶこともできずに、プスプスとけむりを出しながらまっ黒焦くろこげになってくずれるように地面に倒れた。

 たおれた冒険者に近寄る。まだ生きてはいるようだが、すでに意識いしきはない。体のあちこちにきずっている。

 だまって回復魔法かいふくまほうをかけると、あたたかい光が二人をつつみこみ、きずなおっていく。最後に尻尾でほっぺたをビンタして目をまさせると、すぐに瞬間移動しゅんかんでソアラのいる木の下に転移てんいした。

 自分にかけた透明化とうめいか魔法まほう解除かいじょし、えだつたいながら上に登った。

「ユッコ! よかった。……もしかしておトイレだった? 心配しんぱいしたよ!」
と私を見たソアラが私をきしめた。

 その間、マルコが望遠鏡ぼうえんきょうをのぞき込みながら、
「静かに! 今、地響じひびきと何かがひかったぞ」
と小さくさけぶ。

 それをいたソアラが、はっとしてマルコのとなりから森をながめた。

 ごめん! それ私のせい! 
と思いつつ、そしらぬふうをよそおって、ソアラのとなりに座る。

 不意ふいに私の耳にふえの音がこえる。ソアラが、
「どうやら他のチームのところにてきあらわれたみたいね」
予想よそうより早い。……撤退てったい合図あいずだ。村に戻ろう!」
 マルコがそう言うと、ソアラが私を抱っこしてそのまま木から飛び降りた。
 すぐにマルコも飛び降りてきて、ならんで村に向かって走る。
 私がたすけた冒険者たちもどうやら無事ぶじのようで、村に向かっているようだ。ちなみにオークの本隊は、もうここから2キロメートル地点。村から4キロメートルだ。

――――。
 村に戻ると、緊急きんきゅうかねがカンカンと打ちらされていた。夜中にもかかわらず人々がわらわらとうごめき、松明たいまつらされながら村の北に向かっていた。

 村の入り口でギルマスがっていてくれて、
「どうやら来たようだな。予想よそうより早いが、ぎりぎり準備じゅんびととのったところだ。お前たちもすぐに自分のパーティーの所へもどれ」
その指示しじにしたがって、ソアラと二人でエドワードやコハルのつ家まで走った。

 私たちがいない間に避難ひなんする順番じゅんばんが決まっていたようで、村人たちのれつ要所ようしょに冒険者の馬車が配置はいちされた。

 ちなみに私たちの馬車は一番後ろだ。御者台ぎょしゃだいにはゴンドーが手綱たずなにぎり、荷台にだいの後方にはエドワードとフランク、リリーの三人が陣取じんどって、後ろから来る魔物まもの警戒けいかいしている。ソアラは中央ちゅうおうで、左右の森の様子を見ている。……ま、ここらへんは大丈夫だいじょうぶよ。だって気配感知に引っかからないもの。

 私はコハルのそばで座り込むと、コハルがやさしく私の背中せなかをなでてくれた。
「ユッコ。私たち……、大丈夫かな?」
不安ふあんげなコハルの声を聞いて、見上みあげると心配しんぱいそうなコハルがこわばった表情ひょうじょうで私を見ていた。

 私は立ち上がって、コハルのほっぺたをぺろんとなでると、コハルがぎゅっときしめてくる。
 そばでは毛布もうふにくるまったヒロユキがじっと見ている。が、両肩りょうかたを抱いてふるえているようだ。そっと尻尾しっぽをヒロユキの足にきつけると、ヒロユキと目が合った。

 私は気がつかれないように、そっと催眠さいみん魔法まほうを二人に使つかう。ヒロユキとコハルは少しずつまぶたが下がり、その場で二人がうようにねむりはじめた。
 ソアラがその様子を見ていたが、気にせずに私も二人の頭のそばで身体をまるめ、そっと目をつぶった。
 馬車の振動しんどうを感じながら、気配感知で周りに魔物がいないかどうか気をつけつつ、眠ったふりをする。

 ……大丈夫。このまま無事ぶじにソルンまで行けそうだわ。

――――
 オークたちがヒルズ村になだれ込んだのは、村人むらびとたちが避難ひなんえてから三時間たったあとだった。
 すでにもぬけのからになっている村だったが、オークたちが家の中に入り込んでその場にあるものを破壊はかいしていく。まるで何かをさがしているようだ。

 オークキングはその様子を見ていたが、ふとよこを見る。すると、そこの空間くうかんがゆらぎ、ボロのローブの男が現れた。満月まんげつの光に男の銀髪ぎんぱつがキラリと光る。
 男はオークキングに何かを言うと、再びその場から姿をす。

 森からはなれた木々きぎの中のほこら。
 葉っぱのすきから満月の光がんで、幻想的げんそうてき光景こうけいになっている。

 そこへローブの男が現れた。
 男はほこらへ近づこうとするが、その前に光のかべが現れた。
「ふん。こんなものでおれふせげるとでも思っているのか?」
 男は光のかべに手をえた。その手のひらから黒い光があふれ出し、光のかべにヒビが入っていく。

 パリーン。

 まるでガラスがれるような音がして、光のかべ粉々こなごなえていった。男はほこらに近づき、石のとびらひらく。
 ほこらの中には白く光る宝玉ほうぎょくがあった。
 男は、ニヤリとわらい宝玉を手に取る。

「ふははは。忌々いまいましい神力しんりょく封印ふういん宝玉ほうぎょくをついに見つけたぞ。……これで魔王まおうさまが復活ふっかつする。人間にんげんどもよ。絶望ぜつぼうせよ。お前たちの平和へいわな夜は今日が最後さいごだ」

 月の光をびて、男の目が赤く、まがまがしく光る。笑いつづける男の周囲しゅういに黒いけむりのような瘴気しょうきが立ちこめていった。

04.危機の知らせ

 村への帰り道。不意ふいに右手奥の方から不思議ふしぎな力を感じて、私は立ち止まった。

 森に入ってからずうっと周囲しゅうい気配けはい感知かんちしていたけれど、その気配感知の地図のなかに突然とつぜんあらわれた不思議な力。……気になる。

 立ち止まった私を見て、いっしょに歩いていたソアラが、
「うん? なにかあったの?」
と私を見おろした。
「クウン」
とないて、気配のする方を向く。
「あっちの方向ほうこう……」とソアラが言いながら、後ろのエドワードを見ると、エドワードはだまってうなづいた。

 ソアラはうなづき返すと、
「みんな。私はユッコと様子を見てくる。ここで待機たいきしていて」
と言い、「行こう。ユッコ」と気配のする方へと歩き出した。
 心配しんぱいそうなコハルをちらりと見てから、私もソアラを追いかけた。

 おおよそ五〇〇メートルほどすすむと、不思議な気配の正体しょうたいがわかった。そこにあったのは、
「ほこら? ……聞いたことないわね」
ソアラは首をかしげながらも、ほこらの周りにわな危険きけんがないかどうかを慎重しんちょう調しらべている。大丈夫だいじょうぶよ。私の感覚かんかくにはなにもひっかからないから。
 私はそう思いながら、すたすたと無造作むぞうさにほこらに近寄ちかよった。

 頭上ずじょうには木々のみどりが日の光をさえぎっていて、小さな石のほこらが忘れられたようにさびしくたたずんでいる。
 そよそよと風が枝をらす音がするが、ほこらのまわりには生き物の気配はない。まるで時間じかんがそのまま止まったような錯覚さっかくをおぼえる。

「あ。こら。ユッコったら、まだ安全あんぜん確認かくにんできてないのに……」
と言いながら、ソアラもやってきたけれど、ちょっとだけほこらをながめて、
「でも危険はなさそうだね。ちょうどいいからみんなも呼んできて、ここで休憩きゅうけいしましょ」
 そういってソアラがみんなをびにもどっていった。

 一人になった私はそっとほこらを一周いっしゅうしてから、正面しょうめんの石をそっとさわってみた。

 ――この感覚は……。きよらかな川の水のような、天地てんちにみちる魔力のような神聖しんせいさと安心感あんしんかんをくれる不思議な力の波動はどう
 どこかなつかしい力に、私は目をじて記憶きおくをさかのぼる。はるかな昔、まだ私という意識いしきが生まれるとおいかなたの記憶。

 そのとき後ろから、
「あっ。……こんなところに、ほこらなんてあったか?」
とエドワードの声がする。かえるとみんながならんで立っていた。
 コハルがしゃがんで両手りょうてを開き、
「ユッコ」
と私の名前を呼ぶ。そっとコハルのところに戻ると、コハルがそっと私を抱っこしてくれた。

 ――そのとき、私の脳裏のうりに何かがひらめいた。……あの不思議な力。あれは神力しんりょくだわ。

 ほこらを中心に思い思いに座り、みんなが休憩きゅうけいをしている。
 ヒロユキが、
「で、このほこらって何のほこら?」
たずねる。ソアラが苦笑くしょうしながら首を振り、
「さあて何だろうね? でもこういうのは下手へたさわらない方がいいんだよ」
こたえると、リリーがヒロユキに、
「よく言うでしょ? さわらぬかみにたたりなしって」
と言いふくめるとヒロユキがつまらなさそうに、
「ふぅん……」
とほこらを見上みあげた。

 エドワードが、
「ま、でも村に戻ったら村長そんちょう古老ころうに聞いておこう。正体がわからないと不気味ぶきみだからな」
と言うと、ソアラとリリーがうなづいていた。
 うでんでいたゴンドーが、
「このほこらの様式ようしきからいって、エルフのものでもないようだ。過去の土着どちゃくの神さまがまつってあるのかもしれん」
とぼそっとつぶやいた。

――――
 ほこらを出発しゅっぱつして村へと戻った私たちは、早速さっそく冒険者ぼうけんしゃギルドのヒルズ村の支部しぶへと向かった。

 村へと入ると、なにやら村の様子がさわがしい。
 エドワードが、
「なんだ? なにかあったのか?」
とつぶやくと、きっとするどい目をして気合きあいを入れ、
はやく行くぞ! なにかいやな予感よかんがする」
 みんなの先頭せんとうを切って走り始めた。それを追いかけてみんなも走る。

 とくに近くに危険な感覚はないけど……。
 私も、ざわつく心にどこかあせりながら、コハルの横を走った。

 冒険者ギルドの前の広場ひろばに村人たちが集まっていた。ギルドの入り口のところにギルドマスターの男性だんせいと村長のおじいさんが立っている。ギルマスはヒゲの引きまった肉体にくたいの男性で、人間の年齢ねんれいはよくわからないけど五〇さいくらいだと思う。

 ギルマスは、おれたちを見て、
「おう。お前らもどったか。ちょうどいい」
とニカッと笑った。そのとなりで表情ひょうじょうをこわばらせている村長さんが、
「ロナウド殿どの不謹慎ふきんしんですぞ」
抗議こうぎするがギルマスのロナウドは無視むしをして、両手りょうてらしてその場にあつまった人たちに注目ちゅうもくをうながした。

 その場がしずかになったところで、ロナウドの後ろにひかえていた眼鏡めがね女性じょせい。ギルマスの秘書ひしょのアイリさんが、
「それでは集まっていただいた理由りゆう説明せつめいします」
宣言せんげんした。
 だれかがゴクリとつばをむ音がきこえる。
 アイリさんのこえひびわたった。

「今から二時間前に重傷じゅうしょう旅人たびびとがこの村にけ込んできました。かれからもたらされた情報じょうほうにより、ここから南方なんぽうに五〇キロメートル地点ちてんにおよそ四〇〇ぴきのオークの集団しゅうだんがいることが判明はんめいしました」

 とたんに村人たちがざわめきはじめた。私の頭上でもフランクさんが、
「四〇〇匹だと?」
呆然ぼうぜんとつぶやいている。
 四〇〇匹か。おおいわね。片付かたづけるのに一苦労ひとくろうしそう。
 そんなことを考えていると、ふたたびギルマスが手を打った。

「みんな! 聞いてのとおりだ。規模きぼからいってオークキングが発生はっせいしている可能性かのうせいたかい。……でだ。そうすると必然的ひつぜんてきに、ちかいうちにこの村にかって進軍しんぐんしてくるだろう」

 ギルマスのロナウドのおっちゃんの言葉ことばに、何人かの女性がふらっとたおれかけた。
 誰かが、
領主りょうしゅさまに騎士団きしだん要請ようせいは?」
とたずねると、村長が、
「すでに要請ようせいはした。それと同時に北の商業都市しょうぎょうとしソルンにけ入れの要請ようせいをしている」
「ソルンに?」といかける声に、ギルマスが、

「みんなもってのとおり、この村を拠点きょてんにしている冒険者ぼうけんしゃはわずか三〇人。警備隊けいびたいと言っても村のわかしゅうでせいぜい二〇人ってとこだろう。……はっきりいって村をてて避難ひなんするしかない状況じょうきょうだ」
と言う。ふたた人々ひとびとさわぎ出した。

はたけは? いえはどうなるんだ?」
「私たちは?」「ここを捨てるのか!」

 徐々じょじょさわぐ声が大きくなっていくのをギルマスは目を閉じてやりごし、
しずまれ!」
と目をクワッと開いて大声おおごえさけんだ。さわがしかったその場に静寂せいじゃくがおとずれる。

 村長が、
「みなの気持きもちはようわかる。ずっとこの村で生きてきたんじゃ。……だがの、オークは四〇〇匹。しかもオークキングがいるとなっては、この村の貧弱ひんじゃくさくと冒険者、若い衆でははなしにならんよ。それにソルンの太守たいしゅはワシのいとこじゃ。安心してソルンにげる。これは決定けっていじゃ」

 ギルマスがつづいて、
出発しゅっぱつ明朝みょうちょう予定よていだが、オークの動向次第どうこうしだいでは夜中やちゅう、または今日きょう夕方ゆうがたになるかもしれん! 各自かくじ荷物にもつはできるだけ少なくしてほしい」
説明せつめいする。つづいてアイリさんが、
「冒険者はこのあとに集まってください。……それでは解散かいさんしてください」
と言う。

 人々がさわぎながらあわてて自分の家に戻っていく。その場にのこったのは村長とギルマスとアイリさん。そして、三〇人の冒険者だった。

 ギルマスのところに集まると、即座そくざ役割やくわり発表はっぴょうされた。
「わりいな。みんな。緊急依頼きんきゅういらいだ。この場には8パーティーがいるが、それぞれ2人から3人ぐらいずつ出してくれ」

 そのほか、ギルマスの説明によれば、ギルドで所有しょゆうしている馬車ばしゃと村で保有ほゆうしている馬車が合わせて8だいあり、うち5台を食料輸送しょくりょうゆそう。1台は村長とギルドの書類しょるい記録きろく運搬うんぱん、のこり2台を妊婦にんぷおさな子供こども輸送ゆそう使つかうとのこと。
 かくパーティーから選抜せんばつした人たちで、村周辺むらしゅうへん監視かんし食料しょくりょうや水を馬車へせる作業さぎょうをするそうだ。

 私たちのパーティーからは、フランクとソアラが行くことになった。フランクは力仕事ちからしごと、ソアラは監視役かんしやくになるだろう。私もコハルからはなれてソアラのところに行こうと思う。

 エドワードはさすがにリーダーなので行かせられない。ゴンドーとともに自分たちの馬車に荷物にもつせる手はず。そして、リリーとヒロユキ、コハルの三人は備蓄びちくしてある食料などの準備じゅんびだ。

 エドワードがフランクとソアラに、
「いいか。気をつけろよ。絶対ぜったいに生きて脱出だっしゅつするぞ」
と言うと、二人とも力強ちからづよく、
たりまえだ」「もちろん」
とうなづいた。私がだまってソアラのそばに行くと、コハルが心配しんぱいそうに、
「ユッコ……」
と心配そうにつぶやいた。ソアラが私を見下みおろして、
「ユッコもてくれる?」
と言うので、私はだまって前足まえあしをソアラのくつの上にのせた。ソアラはうれしそうに、
たのむわよ」と言ってからコハルに、
「ユッコ。りるわね」
「うん。ソアラもユッコも気をつけてね」

 それから、私はフランクとソアラと一緒いっしょにパーティーのホームである家から出て、ギルドに向かった。

03.森での魔物退治

 今日はみんなで森に来ている。

 どうやら、朝早くに村の冒険者ギルドで魔物退治まものたいじ依頼いらいを受けたようだ。
 対象たいしょうの魔物は、トロールという頭がわるいけど怪力かいりき半巨人はんきょじんだ。三日前ほどに森で狩人が見かけたらしい。
 目撃情報もくげきじょうほうでは一匹だが、あれは人間などぺしゃんこにできるだけの怪力を持っているから、人間にしてみれば要注意ようちゅういよね。まあ頭が馬鹿ばかだから、どうにでもなるんだけれど。

 「今日はソアラとコハルのユッコに期待きたいしようか」
 赤髪あかがみのリーダーのエドワードが背中せなかの大剣の位置を調整ちょうせいしながら、私にそういった。

 コハルが、
 「うん。……ね、ユッコ。私たちはトロールを退治たいじに来たの。ほかにも何か変わったこととかあったら教えてね」
と私の頭をなでながら言った。

 今日はヒロユキもコハルもかわ胸当むねあてをしている。やはり森の中だから危険きけんがいっぱいあるからね。他のメンバーも戦うための装備そうびを身につけている。

 ふいっとレンジャーのソアラの方を見上げると、ソアラもにっこり笑って、
 「よろしくね」
と手を振った。
 どうやらソアラがみんなより前を歩いて、敵や異常いじょうが無いか確認かくにんし、進む方向ほうこうを決めていくようだ。
 私は、周りに注意を払いながらソアラの横を歩くことにする。

 じゃ、まず手始てはじめに。

 内心でそうつぶやきながら、私は森の気配けはいさぐろうと神経しんけいませた。感覚かんかくがどんどんと広がって行くようなイメージで、森の様子ようすを感じていく。
 密集みっしゅうする木々。そして、木の上のリスやネズミ。草のかげの虫に地中のモグラ。……さまざまな動物の気配がする。

 この技術スキルを「気配感知けはいかんち」っていうんだけど、私の気配感知は半径はんけい50キロメートルの範囲はんいを軽くカバーできる。やろうと思えばいくらでも範囲を広げられるけど、それをやると頭がつかれちゃうのよね。

 とまあ、私の気配感知によれば、この森はここから30キロメートルはなれた隣村となりむらまで続いているようで、目当めあてのトロールはここから3キロメートル先にいるみたい。他にもみにくみどり小鬼こおにであるゴブリンの集落しゅうらくが二つ。おおかみれが四つ。そのほか、シカやイノシシまで数えるとかなりの生き物がいる。それに……、トロールは一匹じゃなくて二匹いるみたい。大丈夫かしらね?
 危険きけんなのはトロールとゴブリン、オオカミくらいか。ま、何とかなるでしょ。

 ソアラはとりあえず森をまっすぐにおくに向かって歩いている。しげみを揺らして音を立てないように、同時に何かの痕跡こんせきがないかどうかを調べながら歩いている様子は、かなり熟練じゅくれんした狩人のようだ。こうしてみると、思いの外、レベルの高いパーティーなのかもしれない。
 とはいえ痕跡こんせきを見つかるまで進むのもめんどくさいので、そっとソアラに気づかれないようにトロールの方向へ誘導ゆうどうすることにする。

 わざとなんでも無いところでにおいをぐようなふりをして、つづいて空中の匂いを確かめるふりをする。そんな私をソアラが見ていることを確認して、ふいっとトロールのいる方向へ歩き出すと、だまってソアラが私についてきた。

 歩き始めて一時間ほどしたところで、ソアラは立ち止まり、そこで休憩きゅうけいをすることにした。
 ヒロユキとコハルは、なれない森のなかを歩き続けたので、かなりつかれている様子。そっとコハルのそばに行き、気取けどられないように二人に回復魔法かいふくまほうをかける。
 コハルはあせをふきながら、水筒すいとうを取り出して水をひとくち口にふくんだ。さすがにほかのメンバーはまだまだ大丈夫だいじょうぶそうだ。

 エドワードがソアラに、
 「どうだ? なにか痕跡こんせきはあったか?」
とたずねると、ソアラが、
 「木のみきに何かがぶつかったようなあとがいくつかあるわ。……それにユッコが何かをかぎ分けているみたい」
と答えると、リリーが感心かんしんしたように、
 「さすがはキツネね。こういうときはたよりになるわ」
と言っている。
 私は聞こえないふりをしてコハルのそばでおすわりをする。

 ……うん? トロールが動き始めたわね。距離きょりは、ここから500メートル。

 私はふいっと立ち上がって、トロールのいる方向をじっと見て体をこわばらせた。
 それを見たソアラが気になったようで、私の見ている方向へと視線しせんをのばす。

 「……いた。トロールよ」
 そのソアラの声を聞いて、みんなは即座そくざ休憩きゅうけいを切り上げて戦う準備じゅうびをする。

 見つけたトロールは、身長しんちょうが4メートルほどで見た目はおでぶさんだ。体はよごれた緑色をしていて、髪の毛は一本もない。知性ちせいのかけらもない目をして、腰蓑こしみのだけをつけ、手にした棍棒こんぼう無造作むぞうさに物をなぐったりしている。うう。私の敏感びんかんな鼻にはやつのくさい体臭たいしゅうがつらい。

 ここから見えるのは一匹だが、もう一匹はさらに300メートルほどはなれた岩陰いわかげ腰掛こしかけているようだ。

 エドワードが大剣をき、指示しじを出す。
 「ソアラ。お前は矢でトロールの目ねらえ。俺とフランク、ゴンドーで飛びだして奴の攻撃こうげきをさばくから、その間にリリーの魔法でやっつける」
 エドワードのにぎこぶしの上にみんなが手をせて円陣えんじんを組んだ。
 「いくぞ」
 「「「「おう!」」」」
 小さい声で気合きあいを入れ、みんなが森の中へらばっていく。

 ヒロユキとコハルはお留守番るすばん。もちろん私もだ。ヒロユキは強がってにらみつけるように、コハルは両手を合わせていのるように、トロールの方をじいっと見ている。

 急にトロールが目を押さえてあばれ出した。目が見えなくなって無茶苦茶むちゃくちゃにこんぼうをり回している。あたれば一撃いちげきで人間などっ飛んでいくだろう。
 それを大剣を手にしたエドワードと大きなたてをかまえたフランクが上手じょうずに受け流しては、すきを見つけてトロールに切り込んでいく。
 トロールが「うごおぉぉぉ」とさけびながら、こんぼうを上から地面にたたきつけた。その衝撃しょうげきで地面に震動しんどうがひびく。そのとき、トロールの頭にかみなりが落ちた。リリーの魔法だ。
 トロールは頭の電撃でんげきで身体がしびれて動けなくなり、そのままひっくり返った。そこへゴンドーが大斧を振り上げるのが見えた。

 急にしずかになる戦場せんじょうに、どうやらゴンドーの一撃でトロールの息の根を止めたことがわかる。

 「やったぁ! 行こう、コハル!」
 ヒロユキがそう言って茂みの中に入り込んだ。コハルも「うん」と言ってすぐに続く。
 私も二人の後からついていった。

 トロールと戦ったところに到着とうちゃくすると、あばれていたトロールのせいで周りの木々がれていた。
 肝心かんじんのトロールだけれど、仰向あおむけに倒れたところを急所きゅうしょに大剣の一撃を受けて事切こときれていた。

 「すげぇ!」
さけびながら、ヒロユキが茂みから飛び出していく。エドワードたちはトロールの様子を調べていた。目の前のコハルがおそるおそるトロールに近寄ちかよっていった。その足下にはトロールが使っていた馬鹿ばかでかいこんぼうが落っこちている。

 ソアラが、
 「これで依頼達成いらいたっせいね」
と言うと、トロールの耳を切り取っていたフランクがヒロユキとコハルに、
 「すごいだろ? もう死んでるから大丈夫だいじょうぶだぞ?」
と笑いかけた。
 ヒロユキが感心かんしんしたように、
 「さすがはエディたちだなぁ」
うでを組んで言うと、リリーが、
 「討伐証明とうばつしょうめいの耳も取ったし、そろそろ火葬かそうにするわよ?」
と言うと、みんながトロールよりはなれた。こういう魔物はきちんと火にやいいたり神聖魔法しんせいまほうをかけて浄化じょうかしないと、ゾンビになってよみがえるからだ。

 みんなが離れたのを確認したリリーが火の魔法を唱えようとしたとき、私の気配感知にもう一匹のトロールが近づいているのが感じられた。
 ソアラは……、まだ気がついていないみたい。仕方ない。私はソアラのそばに行って前足でソアラの気を引く。
 「どうしたのユッコ?」
 ソアラがそういって私を見下ろす。私はソアラと目を合わせてから森の奥の方を向いた。ソアラが私の視線を追って森の奥の方を見た。
 「いけない! もう一匹のトロールがくるわ!」
 その声に、エドワードたちがあわてて戦闘態勢せんとうたいせいに入る。今度のトロールはすでに私たちをてき認識にんしきしているから、さっきのようにらくには倒せないだろう。

 エドワードが、
 「ヒロユキ! コハル! お前たちはうしろに下がれ!」
と叫ぶと、ヒロユキとコハルがあわてて死体の向こう側に回り込もうと走り出した。
 がさがさと茂みが揺れる音がして、振り下ろすこんぼうと共にトロールが飛び出てきた。

 そのとき、走っていたコハルが、
 「きゃっ!」
と言って落ちているこんぼうにつまづいてころんだ。いきおいがついてコハルが一回転すると、トロールと目が合った。トロールがコハルの方に向いて歩いてくる。
 「いやぁぁぁ!」
 コハルの叫び声があがる。あぶない!

 トロールのこんぼうがコハルめがけて振り下ろされる。私は急いで走り込んでいく。
 ――間にあって!
 そのままコハルに体当たいあたりをして吹っ飛ばすと、トロールのこんぼうが私のおなかにヒットした。

 「ユッコ!」
 私の名前を呼ぶコハルの叫び声が聞こえるが、かるい私の身体からだ回転かいてんしながら吹っ飛ばされ、森の茂みの中に突っ込んでいく。のわー! 目がまわ……らないけどぉ。

 バサバサバサっ。
 草むらに無事に着地ちゃくちして、ほっと息をいた。……よかったわ。コハルは無事のようね。

 いかに馬鹿力ばかぢからのトロールの一撃とはいえ、古代竜こだいりゅうの本気の一撃をもえる私には全然ぜんぜんきかない。
 せいぜい自慢じまんの美しい毛並けなみがよごれるくらいだ。それもいやだけど。

 茂みの向こうからは、エドワードたちの、
 「ヒロユキ! コハル! 早く下がれ! 行くぞ! フランク!」
 「弓技狙きゅうぎねらち」「……うぼおぉぉ」
 「今だ。剛剣ごうけん!」 ズバシャアァァ!
 「渾身こんしん一撃いちげき! おらぁ!」
と戦う音が続いて聞こえる。
 やがてズウゥゥンと地響じひびきを立ててトロールがたおれた音がした。どうやら無事にやっつけたようね。

 すぐにだれかが走ってくる音がして茂みをけてコハルが飛び込んで来た。
 「ユッコぉ!」
 私を見るや飛びつくようにぎゅっときしめてくるコハルに、私はただそのままの姿勢しせいで抱かれるままにした。

 がさがさと音がして、他の人たちもやってくる。
 リリーが私を見て、自分のむねに手を当てて安堵あんどいきをはく。
 「よかった。てっきり死んじゃったかと……」
 大丈夫よ。あれくらいじゃアザにもならないわ。そう思いつつ、目の前にあるきじゃくっているコハルの首筋くびすじをペロンッとなめた。
 「きゃっ」
と言って、コハルが少し力をゆるめた。

 ソアラがそばに寄ってきて、私のおなかを確かめる。
 「ん~。怪我けがは何にもないみたいね。モロにくらったと思ったけど……」
と首をかしげるソアラに、フランクがあごに手をやりながら、
 「っかかったってだけだったのかな? ラッキーだったな」
と言うと、コハルがうなづいていた。
 それはそうと。ソアラさん? ニマニマしながら、私の背中をなでるのはやめてちょうだいよ。

 こうして私たちは二匹のトロールを無事に退治たいじして、その日は早々そうそうに村に帰った。

02.異世界ですって!

 部屋の中のキッチンには、二人の男性と二人の女性がいた。

 男性の一人はがっしりした体つきの二十代後半くらいで、赤いかみをしていて、かたわららに大きな剣を立てかけている。意志の強そうな顔をしている。
 もう一人の男性も二十代後半くらいのようだ。やや細身ほそみながらもほどよく筋肉のついた男性。にこやかながらも、するどく私を見ている。

 二人の女性も二十代後半に見える。二人とも町娘風まちむすめふうの布の服を着ている。一人は長いストレートの黒髪。もう一人は栗色くりいろのボブカット。
 二人とも魔力まりょくを感じるけれど、黒髪の女性の方が大きい。きっと魔法使いなのだろう。

 ボブカットの女性は、どこか雰囲気ふんいきがたまに森に来た狩人かりうどているわ。む。私を見て手をにぎにぎしているのを見た途端とたん、全身に悪寒おかんが……。そういえばボブカットの女性だけ、私を見る目がちょっとちがうような気がするわ。だ、大丈夫かしら?

 どうやらこの家は、冒険者ぼうけんしゃのチームの建物のようね。大剣たいけんの男がリーダーなのだろう。

 大剣の男が、
 「おいおい。コハルの横のキツネは?」
と言うと、ドワーフのゴンドーが、
 「コハルが召喚したキツネだってよ」
と答えた。すると黒髪の女性が、
 「え? コハル! あなた、一人でやっちゃダメって言ったじゃない!」
けわしい目でコハルを見た。

 コハルを見上げると、
 「ご、ごめんなさい。リリー」
あやまっていた。するともう一人の男性が面白おもしろそうに、
 「まあまあ。エディもリリーもそこまででいいだろ? 見たところキツネのようだし。それに……、ヒロユキがやれってうるさく言ったんだろ?」
と言うと、ヒロユキがびくっとなって、
 「だってさ。コハルったらシルフを呼び出して見せるっていうんだぜ? たまたま召喚魔法の適正てきせいがあるからってさ」
 ボブカットの女性が、
 「ほらね。……ヒロユキ。あなた、後でお仕置しおき」
 「う。わ、悪かったよ。」

 エディと呼ばれた大剣の男が手を打ちらして、
 「まあいいだろう。ただし二人とも後で反省はんせいだ。……で、そのキツネは単なる普通ふつうのキツネなのか?」
 するとリリーと呼ばれた長髪の女性が私の近くにやってきた。魔力の動きを感じる。っと、私はあわてて偽装ぎそうのスキルを発動はつどうする。

 その途端、しゃがんだリリーが「アナライズ」とつぶやいた。リリーの視線しせんが私をじっと見つめる。この女性のアナライズの魔法がどれだけのレベルかわからないけれど、私のレベルの偽装スキルを突き抜けることは無理むりだと思うわ。

 リリーが、
 「う~ん。本当に普通のキツネね。……ね、コハル? あの本に書いてあった召喚魔法を使ったのよね?」
 「うん。そうだよ」
 「そう……。あの魔方陣は魔力のある生物を呼び出す魔方陣だったはずだけど。まあ、こういうこともあるのかな?」
 首をかしげながらリリーが立ち上がり振り返ると、ボブカットの女性がやってきて、
 「ね。ね。さわらせてよ! ……んふ~。もふもふ」
 うげっ。わきわきした手がびてくる。あわててコハルの後ろにかくれると、ボブカットの女性が、「ああぁ」と残念そうな声をらした。

 黒髪のリリーが、
 「ソアラ。ほらほら。こわがっているわよ。もうちょっと仲良なかよくなってからモフモフさせてもらいなよ」
 ソアラと呼ばれたボブカットの女性はため息をつくと、
 「ううぅ。そうね。……よし、あきらめないぞ」

 ……いや、それはちょっと。あきらめてください。

 私の内心の声をよそに、リリーが、
 「ほら、エディもフランクも待っているから、すぐに食事にしましょう」
とソアラを立たせた。ヒロユキとコハルもいているせきについた。

 う~ん。私はどうしよう? 魔力から生まれた私はエネルギーをまわりの自然から吸収きゅうしゅうするから、とくに食事の必要はないんだけど。それって普通ふつうのキツネじゃないよね。
 するとリリーが私に気がついて、お皿におかずをとりわけて床に置いてくれた。
 ま、いいか。
 人間たちが食事しょくじをはじめたタイミングに合わせて、私もお皿の料理を食べ始めた。

 頭上ずじょうのテーブルの上から、
 「なあ。それでこのキツネ。名前はなんていうんだ?」
と誰かが言い出した。コハルが「う~ん」と考え込んだ。私は、あわてて念話ねんわの魔法を発動はつどうして「ユッコ」とコハルに送る。リリーには……、大丈夫。魔法が気づかれていないみたい。
 コハルがはっと気がついたように、
 「ユッコよ」
と明るくこたえた。

――――
 それから3日間。みんなの会話を聞いて、何となく状況じょうきょうがわかってきた。

 どうやらここは私のいた世界とは別の世界のようだ。
 なんでもこの世界には三つの大陸たいりくがあって、ここはそのうちの一つでロンドという大陸らしい。大きさは北アメリカ大陸くらいの広さで、中央に島のある大きなみずうみがあって、その周りに東西南北にそれぞれ一つ。つまり、四つの国が広がっている。

 かつてはこのロンド大陸は全体で一つの国だったそうで、その首都しゅとが中央の湖にあったそうだ。それが今から千年前、当時の王様の子供たちがそれぞれ東西南北に国を分割ぶんかつして独立どくりつした。
 王家の本家ほんけは今も中央の湖をおさめている。この中央の湖を「湖の国」、その北を「ノースランド」、東を「イースト王国」、南を「サウスフィール」、西を「ウェスタンロード」という国になっている。

 もともとは同じ家族によって治められていた五つの国だが、一〇〇年もたったころにはそれぞれが戦争せんそうを行う時代になった。三〇〇年前、当時は互いに争っていた五カ国だったが、西の海の向こうの大陸オーカーから大軍が押し寄せて大戦争となった。

 戦争は一〇〇年続き、五カ国が協力きょうりょくしてオーカーの軍勢ぐんぜいね返して、ロンド大陸を守り抜いた。それから五カ国の王家が互いに結婚けっこんり返して一つの大きな家族みたいになり、ここ二〇〇年は大きな戦争もない平和がつづいている。

 会話を聞いている限りでは、この世界には普通の動物のほかに魔獣まじゅうとか魔物まものと呼ばれる生き物がいるそうだ。あちこちに住んでいるが、特に北の大陸には強力きょうりょくな魔物が多いらしい。
 ……どうやら人間の考えでは、人間と同じような姿形をしているもののてきとなっている種族しゅぞくがいて、そういう種族のことを魔族まぞくといっているようだ。魔族には魔王まおうなる存在がいるらしく、時には魔物を自由自在にあやつっているそうだ。

 魔獣や魔物は動物とちがって魔法を使うらしく、魔族や魔王となるとかなり強力な魔法を使い、どことなく出てきて人々をおそうそうだ。
 それによって、ロンド大陸から北の海にあるダッコルト大陸に住む人々が魔王軍に攻めほろぼされ、魔獣と魔物の支配しはいする魔大陸となっている。ただし、伝説ではその時に勇者ゆううしゃと呼ばれる人が現れて、死闘しとうのすえに魔王を倒したと伝えられている。
 まあ、実際じっさいはダッコルトがどういう状況になっているのかは誰も知らないので、くわしいことはわからないようだし、魔獣や魔物がどういう風に生まれるのかもよくわかっていないらしい。

 この家は、ロンド大陸の南方なんぽうの国サウスフィールの東部にあるヒルズという村にある。ここに住んでいるのは冒険者ぼうけんしゃのパーティーらしい。

 冒険者とは、国家の枠組わくぐみをこえた組織そしきである冒険者ギルドに登録とうろくした人々のことで、ギルド支部しぶによせられた人々からの依頼いらいを受けて、それをこなすことによってお金をる何でもさんだ。

 ちなみに、ここの冒険者はリーダーが大剣士のエドワード、サブリーダーが魔法使いのリリー。盾役タンクのフランク、レンジャーのソアラ、大斧使おおおのつかいのゴンドーの五人。ヒロユキとコハルはこの五人にひろわれた少年と少女で見習みならいらしい。

――――。
 「ヒロユキ、コハル。いるー? 村へおつかいに行ってきてちょうだい」
 うらにわで、リリーのお手伝いをして洗濯物せんたくものを取り込んでいると、今晩こんばんの料理当番のソアラがやってきた。

 ヒロユキがめんどくさそうに立ち上がると、「ええ~」と不満ふまんげに言う。リリーは苦笑くしょうしながらも、
 「めっ! ……これも修行しゅぎょうよ。ここはいいから行ってきなさい」
と軽くしかった。

 コハルは、「は~い」と言いながら立ち上がって裏口うらぐちのソアラのところに向かって行った。
 私ははなれたところにすわってながめていると、コハルが手招てまねきした。

 「ユッコ。行こう」
 うん。こうして見ているだけだとヒマだし、私も村を見てみたいわ。

 立ち上がってユッコの近くによると、ヒロユキもしぶしぶついてきた。
 コハルがカゴを片手に、リリーとソアラに、
 「行ってきまーす」
と手をふった。
 はじめての村へのおつかい。私はうきうきして、尻尾しっぽをふりながらコハルの横に並んだ。

 のどかな田舎いなかの道。天気も良く、やわらかに通り過ぎる風が気持ちいい。
 ヒロユキが、
 「冬も終わって、もう春だなぁ」
とつぶやいた。
 そう。どうやらこの地域ちいきには、ちゃんと春夏秋冬の四季しきがあるようね。
 コハルがクスッと笑いながら、
 「もう早朝の水くみも寒くないね」
というと、
 「まあな。……でもすぐにあつ時期じきになるからなぁ。ずっと春だったらいいのに」
とヒロユキがぼやいた。

 村とはいっても50けんの家がある。代々だいだいつづく村長さんの家を中心に、中央広場のまわりにお店が並んでいる。
 少しはなれると、それぞれの家が田畑たはたに近いところに建っていて、数軒の家があつまっている所もあれば、間隔かんかくをおいてぽつんぽつんと建っている家もある。その外側には狩猟しゅりょう生計せいけいを立てている人たちの家があって、私たちが住んでいるのもそうした村はずれの方らしい。
 木や漆喰しっくい、石をんだかべなど、イメージは地球でいうヨーロッパの田舎町だ。
 木々の中にはピンクや黄色、白色のたくさんの花をつけている木がある。……ピクニックみたいで気分がよくなるわ。

 二人は、軒先のきさき野菜やさいを並べたお店に入った。
 おばちゃんが、
 「あら。コハルちゃんにヒロくん。おつかいかい?」
と二人に声をかけている。

 冒険者なんて、一般の人からはいやがられることもありそうだけど、どうやらコハルたちのチームはこの村に受け入れられているみたいね。
 二人が野菜を仕入れている間、私は並んでいる野菜をながめていた。
 ふむふむ。見覚みおえがある野菜もあるけれど、世界が違うからどんな味がするんだろう? それに野菜の値札ねふだの文字は見たことがないわ。

 おばちゃんから受け取った野菜をカゴに入れ、ヒロユキがそれを持つ。……ううむ。やっぱり文字とかも読めるようになっていた方がよさそうね。うはっ。魔法書といい、知らないことが多くてワクワクしてきた。冒険者っていってたわよね? ということは色んな所へ行くってことよね!
 どうやら知らずにうちに尻尾をふっていたみたいで、ふと気がつくとコハルが温かい目で私を見つめていた。
 「ユッコってばごきげんみたいね」
 「うん? そう? 俺にはよくわからんけど」
 「んもう。絶対ぜったい、きげんが良いって! ほら、あの尻尾」
 「れてるな」
 「うん。揺れてるよ」
 ……ピタ。思わず尻尾を止めて二人を見上げると、コハルが苦笑していた。
 「あちゃぁ。見過ぎちゃったかな? ごめんね」
 お店を出ようとすると、お店のおばちゃんが、
 「あ、そうそう。こないだながれの冒険者が言っていたらしいんだけど、王都のうらない師が魔王復活まおうふっかつ予言よげんをしたそうよ。こわいわねぇ」
雑談ざつだんのように話しかけてきた。
 コハルが、
 「え~。そうなの? でも魔王って言われても実感じっかんがわかないよ」
と言うとヒロユキが、
 「へっ。今度は俺が勇者になってたおしてやらぁ」
つよがった。それをおばちゃんがほほましくながめていた。

 ……魔王ねぇ。そういえば私のいた世界にもいたなぁ。挨拶あいさつに来た時に、「人間と仲良なかよくやんなよ」と言っておいたから、かれは人間と戦争なんてしなかったけれど。そういえば私を一目見てなぜか緊張きんちょうしていたっけ。思い出すと笑いがこみ上げてくるわ。

 「あっ。ユッコが笑ってる」
 顔を見上げるとコハルがにこにこして私を見ていた。
 な、なによ。ちょっと思い出し笑いしただけじゃない。私はちょっと恥ずかしくなって、ふいっと顔をそらした。