15.ヤノール温泉郷(現在は魔族領)

 

「きゃああぁぁぁぁぁぁ!」

 ゴーッと言う音とともに女性の歓声が響き渡る。目の前にある大きなレールを、大勢の人を乗せたゴーレム列車が猛スピードで駆け抜けていった。

 魔族領には、魔王アキラ陛下が整備させた温泉がある。その1つが今来ているヤノール温泉郷だ。

 はっきりいって、ここは温泉と聞いて普通想像するようなところではない。なぜなら、一般の温泉にあんなゴーレム列車もなければ、目の前にあるような大きくて長いすべり台ウォータースライダーはないのだから。

 かく言う私も、これまた魔王が作らせた水着を着てプールのへり (プールって書いちゃった) に腰掛けて、巨大なパイプ迷路のようなスライダーの5つ並んだ出口から、女性がペイッとはき出されるのを見ていた。

 あのスライダーの中には上まで汲み上げた温泉が常時流れていて、その受け皿となっているこのプールも、水ではなく温泉の水が使われている。無色透明で肌に優しく、湧いたときは40度の温度だったそうだけれど、それに加水しているらしい。膨大な湯量が湧き出しているそうなので、それでこうした温泉パークが可能となっている。

 ドボンとプールに落ちた若い女性たち、2人は人間でもう3人は犬耳やネコ耳の獣人族、はグループで来ていたらしく、あはははと楽しげに笑いながら一緒になって上がってきた。

「楽しそうだな」

と言いつつ、歩いて行くその女性たちを見ているロナウドに「いつまで見てんの」と言う。

 普通、水着って言ったら、それは確かに身体にピッタリとしているけれど、首元から太もものなかばまで覆うものだ。浜辺にいるときは更に一枚上から羽織ったりするわけで。

 それが、ここのレンタルの水着って言ったら、トップスとショーツタイプとに分かれているのや、上下つながっているけれど胸元を強調していたり、腹部の両サイドが丸見えのものだったりと、とにかく肌の露出が多すぎる。貴族の淑女の感覚で言えばはしたないどころではない。……ただデザインはいいんだよね。

 そんな彼女たちの水着に、男性が目を引き寄せられるのは仕方ないかもしれないけれど、ロナウドはダメだ。チラ見ぐらいなら許してあげるけど、私だって恥ずかしいのを我慢してセパレートタイプのを着ているのだから。

「もっとこっちを見なさいよね」

「いや、その……」と困っているロナウドが、「セシルのを見てると触りたくなってくるから」「お前はサル発情したか!」

 思わず言葉を荒げてしまったけれど、別に本気で怒っているわけじゃなくて照れ隠しも入っている。こんなやり取りができるのも、一緒に居る時間がそれだけ長くなってきたからだろう。

 この前も、歌をハミングしながらロナウドの所に行ったら、ロナウドも同じ歌を鼻歌で歌っていて、しかも歌っているパートも同じだった。2人してそれに気が付いて、お互いにおどけていた。きっと私のことはロナウドがわかっている。そしてロナウドのことは私がわかっている。そんな夫婦になりつつあるんだと思う。

 そうこうしている内にも、どんどんスライダーの出口から若い男性やら女性やら、子どもやら年配の男女まで飛び出してきていた。誰もが心底楽しかったようで笑顔になっている。

 この温泉郷には、このスライダーのほかにも、さっき見たジェットコースターという名前のゴーレム列車や、大きな船を釣り上げて前後に大きく揺らすパイレーツなる乗り物、また海のように波が発生している温泉プールもあれば、川のように流れているくねくね曲がった温泉プールがある。どこもかしこも若い男女のペアや女性のグループ、家族連れがいて、いかにも楽しそう。

 施設は沢山あるけれど、やはり一番人気はこのスライダーらしい。というわけで、そろそろ私も覚悟ができたので挑戦してみたいと思う。

「お、行くか?」というロナウド。本当はもっと早くにスライダーに乗りたかったろうに、私を待っていてくれたのだ。なにしろ、一番最初にジェットコースターに乗ったら腰が抜けて立てなくなってしまったのだ。お姫様抱っこされてしまい、恥ずかしいのなんの……。

 そんなことがあったのだから慎重にもなる。

 でももう大丈夫。滑って降りるだけだし。風魔法で空を飛ぶなんて事はいつもやってるし。「女は度胸、女は度胸」とつぶやきながら乗って、腰を抜かしたことなど決して思い出してはいけないのだ。

 ――私は過去を振り返らない女。少なくとも今は。

 ロナウドと一緒に白い鉄パイプで組み上げられた足場を、階段にそって登っていく。列は途切れることなく続いていて、私たちも前の人に続いて順番が来るのを待ちながら少しずつ進んでいった。並んでいる人は若い人が多い。中には子どものグループもいて、おしゃべりをしている。色んな種族が仲良くこうして並んでいるのを見ると、平和になって良かったと思う。

 段々高くなっていく視界。上からは温泉郷内の様子がよく見える。そしてとうとう順番がやって来た。2人まで一緒に大丈夫ということなので、もちろんロナウドと2人で滑ることに。

 私が座り、そしてすぐ後ろにロナウドが座る。彼の脚に挟まれるかたちで私たちはパイプの中に滑り降りた。「うおおおぉぉぉ!」と耳元で大きな声を上げるロナウド。うるさかったけれど、自分も「きゃああぁぁぁぁ」と叫んでいた。整然と前後に並んでいた私たちだけど、最初のカーブで体勢が崩れてバラバラになり、パイプの中でぐるぐると2人回るように滑り降りていく。楽しい! 「あははははは」と無意識のうちに2人して笑っていると、次の瞬間、ドッパーンと出口から放り出されてプールの中に突っ込んだ。

 笑いすぎて乱れた息を整えながら、顔を出したロナウドと目を合わせて再び2人して大笑い。なるほどこれは大人気なわけだ。「すごかったぁ」という言葉しか出てこない。

 魔王め、やるな! けれど良い仕事してる。

 満足するまで遊び尽くした後は隣接して立てられている宿泊施設に向かう。すでにチェックインは済ませてあるので水着のままで部屋に向かい、シャワーを浴びてから普段の服に着替えた。

 時間もすでに夕刻。食事は最上階の15階だというので、初めて見るエレベーターなるものに乗る。チンッと音がして扉が開くと、そこはぎゅうぎゅう詰めで10人くらいが入れる小部屋になっている。扉の脇にボタンが並んでいて、これが現在の階層を示しているらしい。

 さっそく15階のボタンを押すと扉が閉まり、身体が持ち上げられる感覚に。これもゴーレムで動かしているのだろうけど、ちょっと凄すぎないだろうか。まるでここだけ違う世界にいるような感覚になる。

 最上階は展望フロア兼大食堂になっていた。ルームキーを見せて窓辺の席につくと、そこからは温泉郷がよく見渡せた。夕焼けの暖かい色が温泉郷のスライダーやジェットコースターを照らし、そこから影が伸びている。おそらく世界でここでしか見ることが出来ないだろう不思議な光景。人工物の妙な趣きがある。

 メニューを開くと、肉料理、魚料理、それもグリルから煮込み料理まで多彩な食事がとれるようだ。それもお手頃な価格帯。ドリンクメニューも充実してはいたが、さすがにワインは「グラスワイン (赤)」とかしかなくて、銘柄ワインは置いていないようだ。

「なんだか色々あって迷うなぁ」

 そう言って苦笑するロナウドだが、目をさまよわせながら楽しそうだ。

 一風変わっているのが「日本料理」と書いてあるカテゴリ。なんでも魔王が暮らしていた異世界の料理らしい。ただフリージア情報によれば、次に行く予定のノブヒム温泉の方が日本料理の質が良いとのことなので、ここでは別の料理を頼むことにしよう。

 そんなわけで私は「本日の魚のグリル」、ロナウドがサーロインステーキのセットを注文。最初のドリンクとしてグラスビールを持って来てもらい、さっそく乾杯をする。

「楽しかったな」というロナウドに同意しつつ、一緒に持って来てくれた茹でた豆をつまむ。メニューに「とりあえずセット」とあったやつだけれど、この豆が意外に美味しかった。

 にぎやかな食堂の雰囲気に浸りつつ手元のグラスを見ると、グラスの表面に水滴が付いていた。夕陽に照らされて、琥珀色のビールが透き通るように輝いている。うん、この時間も心地よい。

 ほどなくして運ばれてきた魚のグリルは、ヤノールが内陸部にあるせいか少しぱさついていたが、添えられていた専用ソースがよく工夫してあって楽しめた。それがわかった時点で、この温泉郷のコンセプトがわかった気がした。

 ここは貴族向けというよりは一般向けで、普段とは違う遊びや料理を楽しめるようにし、夢のような時間を提供するための施設なのだ。

 食事に満足して部屋に戻る。ここには大浴場もあるようだけれど、今回はお風呂備え付けの部屋にしてある。黒い石をはめ込んだ床にタイルを貼ってある壁。陶器のような浴槽には適温に調整された温泉が掛け流しとなっていた。

 細長い浴槽にロナウドの前に座って後ろに寄りかかる。お腹に回されたロナウドの腕に手を添えると、彼の息づかいを首元に感じた。

「ここは良いところね」

「……そうだな。楽しかったよ」

「温泉のイメージから完全にぶっ飛んでるけどね」

 そう言って2人して小さく笑う。

 大きな窓からは、いまだにライトアップされている温泉プールが見える。呆れたことにまだ遊んでいる人たちがいるようでジェットコースターが動いていた。……いいや、夜は夜の楽しみ方があるのだろう。

 ――また遊びに来よう。それも今度は他の冒険者仲間を誘って。

 そう思いつつ、私はロナウドの胸に頭を預けるのだった。

 

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