2.迷宮の奥底

 奇しくもここはかつてミスリルが採れていた廃鉱山だった。
 あらかた掘り尽くしたために廃坑となり、やがて異界化してダンジョンとなっていた。

 魔物が発生するようになっていたが、たまに冒険者が魔物の素材や残った僅かなミスリル鉱石の破片を求めて侵入し、それが結果的に魔物の被害を抑えることになっている。

 もともとミスリルの鉱脈があったのは、ここが竜穴と呼ばれる太い地脈の吹き出し口であったせいだったが、やがてその地脈の力でダンジョン・コアが生成され、ボスとしてスケルトンキングが生まれていた。

 ダンジョンコアの部屋の手前にボス部屋が作られ、スケルトンキングはそこのボスとなった。
 コアルームの中央では光を帯びた大きなクリスタルが宙に浮いたままで、ゆっくりと回転している。今、そのそばにはリオネルがいた。
 そう。リオネルはここのダンジョン・マスターだった。

 とはいえこのコアの部屋は、知らないものが一見すれば、どこかの実験室かと思ったろう。
 幾つもの試験官、瓶に入った魔物素材。棚には希少な鉱石や薬草が並んでいて、特に目を引くのは大きい円柱型の透明な培養槽である。
 人間すら余裕で入るそのガラスには透明な液体が満たされていて、その真ん中に白い小さな人形ひとがたが浮かんでいた。

「うん。順調だ。このままいけば、あと3か月ほどで次のステップに進めそうだ」

 リオネルは満足そうに微笑むと、培養槽の手前に設置された作業台から右手を離した。

 傍らの空中には直径50センチメートルくらいの透明なオーブが浮かんでいて、その中に青白い光が漂っている。

 リオネルがオーブに優しげに話しかけた。
「エリザ。見えるかい? 新しい君の身体だ」
 するとオーブの中の光がまたたいた。

『まだよく見えないけれど、貴方の魔力が小さな人の形に集まっているのが見える。……これが私の?』
 オーブに封じられているのはエリザの魂だった。肉眼がないけれど、魂が繋がっているリオネルの魔力を感じ取っていたのである。

「そうだよ。特別製のホムンクルスだ。僕の魔力だけでなく地脈からも力を引っ張ってきているんだ。
 次のステップでは君の魂を定着させる。定着すれば、今度は眼を通して人間だった時と同じように世界を見ることができるよ」

 リオネルの言葉を聞くや、オーブが輝きを増した。きっと喜んでいるのだろう。

『待ち遠しいわね。あなたにも触れるのかな?」
 リオネルは苦笑しながらかぶりを振った。
「まだちょっと無理だね。君の魂が完全に定着するまで、予想では27日の時間が必要だ」
『え? じゃあその間はずっと水槽の中ってこと?」
「そうなるよ。でも、僕もずっとここにいるし、水槽越しでもお話ができるよ」
『……それはうれしいんだけどさ』
「うん」
『恥ずかしいわ』
「え?」
『だって、私、裸でずっと見られてるってことでしょ?」

 リオネルは狼狽して、両手を体の前で震わせた。

「いやいやいやいや。それはそうだけど。ちゃんと定着したか、不具合がないか経過を見ないといけないし。それに計算だとその頃には4歳くらいの子供の身体のはずだしさ。
 ……ここには僕しかいないし、君の婚約者なわけで、それはちょっと我慢してほしいっていうか。僕はロリコンじゃないけど、君の身体ならうれしいかもしれないって、何言ってんだろ」

 アンデッド・キャスターになってから言葉遣いも乱暴になっていたけれど、エリザと話している時は以前の彼となってしまうようだ。

『ふふふ。慌てちゃって。――乙女としては恥ずかしいこと、この上ないけれど。仕方ないか。お医者さんに診てもらっているつもりでいるわよ。それなら慣れてるから。
 それにこんな形になっても、貴方と一緒になれるわけだしね』

「あ、ああ。僕もうれしいよ。……あの処刑場の魔法陣は誰が設置したのかも目的もさっぱりわからないけれど。あの時、君の魂を見つけた時、君も処刑されたってことがわかった。ショックだったよ。
 でもね。今は違う。これは奇跡なんじゃないかって。理不尽に殺された僕の一族を哀れに思召した神様の仕業じゃないかって。そう思ってる」

『貴方の家族が次々に捕らえられて、訳が分からないうちに私もつかまって。今日は誰それが処刑されたって聞かされて……。
 伯父様も、おば様も、そして……、とうとう最後に残った貴方の番になって。あの日は悲しくて悲しくて。でもね。次は私の番だって言われたとき、ああ、これでおしまいなんだ。来世で貴方に会えるといいなって』

 リオネルがオーブをつかまえて胸に抱きしめた。
「僕はさ。処刑台の上で明日は君の番だって言われて。伯爵への恨みで狂いそうになりながらも、それでも誰かが君を救ってくれることを祈った」
『リオネル……』
「まあ、それは叶わなかったけれど。でも、今はこうして僕らはここにいる」

 胸の中のオーブの光がゆっくりと明滅した。

『そうね。――――うん。やっぱり貴方に早く触れたいな。今度は健康な身体なんだよね?』
「当たり前だ。病気になんかかからないさ。……ああ、これは言っていなかったけど。君は僕と魂が紐づいているから、魔法が使える。それに魔眼持ちになるよ」
『魔眼?』
「そう。詳しくは魂を移すときにしよう」

『え~? ちょっとそれは先に説明を……』

 先に教えてほしいというエリザの言うことも最もだが、リオネルには教えたくても教えられない理由があった。
 魔眼といってもホムンクルスに宿るのはその因子であって、実際はエリザの魂が定着した時に、その魂に合った魔眼に変化するのだ。つまり、何の魔眼になるのかはエリザ次第であって、現時点ではわからなかったのだ。

「そいつは後のお楽しみだね」
「ふうん」

◇◇◇◇

 それから3か月が過ぎ、いよいよエリザの魂をホムンクルスに移す時がやって来た。

 ホムンクルスの身体は予定どおり、おおよそ4歳児の大きさに成長していた。今はつるんとした人形の体だが、エリザの魂を移せば性別ができて女性体になるだろう。

 リオネルは、作業台に設置してある台座にエリザのオーブを置いた。その台座からコードがホムンクルスの水槽にまでつながっている。

『わ~、緊張する。いよいよ。いよいよなのね!』
「……エリザ。はしゃぎすぎ」
『だって、この日が来るのをずっと待ってたんだよ』
「その気持ちはわかる。僕もそうだから。だからこそ、慎重にやろう」
『はいはい。でも貴方がやってくれるんだから、そんなに心配はしてないよ』

 リオネルはそれでも慎重に器具の接続を確認し、そして、オーブにそばの台座に慎重に載せた。

 これからする作業は、絶対に失敗するわけにいかない。外部から不測の事態を起きる危険性を避けるため、この部屋全体に結界を張ってある。
 軽く魔力の導通テストを行い、すべての準備に納得したところで、いよいよ魂の移行にかかる。

「――行くよ」
『うん』

 リオネルの魔力がぐんぐんオーブに注がれていき、そしてそのままコードから水槽へと伝わっていく。魔力経路をたどって先へ先へとのびていき培養槽に。そして、目指すホムンクルスの身体へと到達した。
 このままホムンクルスの身体全体に浸透させれば第一段階は終了。次は魂の移動だ。

 オーブの中のエリザの魂を魔力でコーティングして、慎重に魔力経路へと紐づける。
 よし。あとは魔力経路の中を通していけば……。

 と、その時、ダンジョンの侵入者が5つ上のフロアに入ってきたことを知らせる警告灯が点滅した。

 面倒なタイミングで。……だがここのダンジョンに住み着いてから、ボスの部屋までたどり着いた冒険者は今のところいない。

 それに今日ばかりは邪魔をされたくなかったこともあって、ボスのスケルトン・キングのほかに、配下として5体のスケルトン・ジェネラルを配置もしてある。生半可な冒険者では打ち破ることはできないはずだ。

 本来、ダンジョンのルール上の問題として、ボス部屋とコアの部屋とをつなぐ扉を無くすことはできない。しかし今はその扉すら高度な幻術で隠蔽していた。

 たとえボスが退治されても、リオネルを上回る魔力の持ち主でなければ、この部屋への扉を見つけることは不可能だろう。

 リオネルの見守る中で、エリザの魂がゆっくりと魔力経路を進んでいく。その光がオーブからコードを伝っていき、とうとう水槽へとたどり着いた。
 水槽の中に入り込んだ光が、ゆっくりと液体の中を沈下していき、ホムンクルスへと到着。そのまま中に吸い込まれていく。

 ――第二段階終了。
 あとはこのままホムンクルスを魔力で包み込みながら、地脈のエネルギーを自身の魔力と混ぜ合わせながら水槽内に満たし、エネルギーを活性化させ、魂が定着するのを待つだけだ。

 リオネルは作業台にある魔法陣に手を乗せ、ダンジョンコアに接続している地脈を操作する。

 地脈のエネルギー量は膨大だ。しかも勢いが強く繊細な操作が難しい。それはアンデッド・キャスターになったリオネルであっても、不可能なくらいに。

 そこでリオネルは、地脈を直接利用するのではなく、いったん別の魔力貯蔵装置に流し込み、そこでリオネルの魔力となじませてから水槽へと流し込むようにした。これならば出力の圧も量も、操作が格段に楽になるのだ。

 さっそくその貯蔵装置を操作しエネルギーパスを繋げると、水槽内の溶液が輝きを増していく。赤から黄色、黄色から緑、緑から青へ。次々に色を変えていき、そして最後に細かな光のかけらとなって溶液の中をキラキラと漂いはじめた。

 あとはこのまま定着を待つだけ。

 心の中でエリザに応援を送りながら、リオネルは少しの異変も見逃さないつもりで、じいっとホムンクルスを見つめ続けている。
 その視線の先で、水槽内の光のかけらが少しずつホムンクルスに吸い込まれていく。リオネルは感じていた。少しずつホムンクルスの存在感が増していくことを。人形に魂が宿っていくのを。

 やがてホムンクルスの表面がうっすらと光を帯び、顔も判別できなかったのっぺりした人形に変化が現れはじめた。凹凸が生まれ、少しずつ人間らしくなっていく。
 髪の毛がするすると伸びてきて、眉や目ができ、鼻が隆起して可愛らしい唇がかたどられた。明らかにエリザの面影がある。

 まだ4歳相当ということで子供らしい体つきだけれど、リオネルは、これがエリザだと思うと不思議な感動をおぼえていた。
 たまらなく愛おしい。これでまた彼女を抱きしめられる。彼女の声を聞くことができる。ガラスを隔ててはいるが、すぐ手の届くところに彼女がいる。それがうれしい。

 ホムンクルスだから、錬金素材や魔物の心臓ともいうべき魔力結晶を吸収することで成長することができる。もっとも最盛期の状態まで驚くべき速さで成長したあとは、身体の変化はなくなるはずだ。
 とはいっても予定では27日間、完全定着まで経過観察が必要となるから、すべてはその後のことになる。

『んん~。んん~』
 どうやら魂と身体の同調がはじまったようだ。ホムンクルスのエリザは、口をへの字にして力を込めて手足を動かしはじめている。まるで寝起きの悪い子供みたいな動きだ。

「どうだい? 違和感はないかい?」
『ん~。ちょっと……、待って』

 そんなやり取りをしている間にも、次第に動きが滑らかになっている。
 やがて瞼が震え、ゆっくりと目を開いた。左右で瞳の色が違う。どちらも人間だったころの瞳の色とも異なっている。それを見てリオネルは、両方とも魔眼であることに驚いていた。

『あぁ。リオネル。貴方が見える。貴方の顔が見える! ――こんなことって。奇跡だわ!』

 青と空色の瞳を持つ目が泣き出しそうにゆがむ。いや、液体の中だからわからないだけで、事実涙を流していたのだ。
「エリザ……」
『またこうして貴方と会えるなんて……』
「僕もだよ。エリザ」

 今までも魂の状態で会話はしていたけれど、現実にこうして相手を見ると激しく心が揺さぶられる。
 相手を求める気持ちが強くなる。

 たまらずリオネルは水槽のガラスに手を触れた。中にいるエリザも小さな手を伸ばして、ガラス越しで手のひらを合わせあう。

「早く触れたいな。この手でキミを抱きしめたいよ」
『……私もよ』
「ま、もう少しの我慢だ」『うん』

 リオネルとエリザは微笑みあって離れる。しばらく見つめあった後、エリザがもじもじと体を縮こまらせた。
 それを見たリオネルが慌てたように、
「どうした? どこは違和感があるのか? 感覚の同調がおかしいのか?」

 心配するリオネルにエリザは、
『うぅ。やっぱり恥ずかしい。貴方の視線を感じるっていうか』
「ぶほっ。へ、変なことを言うなよ。もっと大きくなったら、そのわかんないけど」
『……早くここを出たいわね。乙女的に』
「そ、そうだね。頑張るよ」

 水槽に覆いをつけた方がいいのだろうか。迷うリオネルであった。