4.先導者

「何者だといわれても……」

 たやすく見知らぬ相手に自分の職やスキルを明かすような者はいない。ならば、この答え方も自然なもののはずだった。
 しかし、フードの人物は引き下がらず、リオネルの驚くようなことを言いはなった。

「アンデッドが白昼堂々と街を歩くか。……そっちの娘も人間じゃないな」

 リオネルは驚愕するとともに、そっとエリザをかばう。ここで慌てると余計にマズイ状態になるだろう。
 しかも周りの人たちが注目をしてしまっていた。

「僕がアンデッド? 冗談にしても――」
「無駄だ。私の魔眼はごまかせないぞ」

 内心で舌打ちをする。こんな田舎に魔眼持ちがいたとは想定外だ。
 となれば、言い逃れはできない。何の魔眼か、どこまでバレているのか。
 ヴァンパイアくらいに勘違いしているならば、まだ人間と親交があるが……。しかしヴァンパイアは、こんな日中から活動することもない。

「その巨大な魔力。とても普通の人間が持ちえるものじゃないし、貴様の身体が透けて見える。……何者だ?」

 マズイな。リオネルは思った。よりによってエリザの解析眼と同系統の魔眼か。
 自身の魂がアストラル界にあることすら、なかば見破られている。それで対処されるようなものではないが、このまま相手に主導権を握られるのは危険だ。

「なるほど。確かに魔眼持ちのようだね。……だけどね。確かに普通の人よりも魔力があるけれど、それをもって僕たちが魔物だと決めつけるのはどうなんだい? だいたい、この街には単に買い物に来ただけさ。終わったら何もせずにすぐに退去するよ」

 リオネルとしては、すでに復讐を果たした今は、ただ穏やかな暮らしに戻りたかった。無闇に人を殺すようなことをするつもりもなかった。
 何よりまだエリザは完全じゃない。無用な争いは極力避けたいところ。もう彼女を離さないために。残されたたった一つの幸せを壊されないように。

 なんにせよ、どうにかしてこの場を切り抜けなければならない。背後で体をこわばらせているエリザをかばいながら、リオネルは考え続けていた。

 幸いなことに、周りにいる他の冒険者たちは状況がまだよく掴めていないようで、遠巻きに見ているだけだ。
 しかし、フードの人物はすぐに行動に出た。
「セレス」

 後ろに控えていた女性冒険者が聖印を握りしめた。
「――この地は神の恩寵まします。不浄を許さず。浄化の光よ。満ちよ」

 問答無用に詠唱をはじめたため、リオネルはエリザを抱きかかえ空に逃れる。

「逃がさない!」
 そこへフードの女性がおびただしい数の魔法の矢を放った。空中に逃げるリオネルの身体に次々に突き刺さる。

「リオネル!」
 リオネルに抱えられているエリザが悲鳴を上げた。「大丈夫だ」とささやき、障壁を張るリオネル。突き刺さった矢もすうっと消えていった。

 いくつもの魔法の矢が途切れることなくリオネルの障壁にぶつかり、光のかけらとなって消えていく。

「はああぁぁぁぁ!」
 下から力を振り絞る声がするや、魔法の矢の圧力が強くなった。
 それでも障壁を打ち破るまでには至らないが、バチバチバチバチと激しく音が鳴り、微かに衝撃が伝わってくる。

 放っているフードの人物はいったい何者だろう。ここまで魔法を放ちつづけられるなど、並大抵の冒険者ではない。自分たちほどとは思わないが、少なくとも宮廷魔術師並みの力があると思われる。

 しかし、脅威ではないとしてもすぐに離脱をしたほうがよい。すぐに飛翔魔法で離れようとするリオネルだったが、残念ながらセレスの魔法の方が早かった。
「レヴナ・シュミレー!」

 セレスと呼ばれた女性が手に掲げる聖印が、白銀のまばゆい光を放つ。
 その場に太陽のような強く圧力の感じられる光が生まれた。

 思わず、「――くっ」とつぶやいて、エリザを強く抱きしめる。
 神聖な光はあっけなく空中の2人を包み込んだ。

 まばゆい光に包まれた長い時間。ようやく光が収まったとき、2人は元のままで空に浮かんでいた。

「「え?」」
 それを見て、攻撃を加えたフードの人物とセシルの声が重なる。

 しかし、リオネルはそれどころではなかった。何らのダメージはなかったが、このままここにいては何がどうなるかわからない。
 早くこの場を離れなければ――。

 地上では冒険者たちが動揺しているが、それには気が付かないままに即座に森の方へと空を飛んだ。

 森の奥深いところまで飛んで、そのまま木々の中に紛れるように着地をする。
 すぐにエリザが手を伸ばしてリオネルの身体を撫でまわし、ケガや異変がないかどうか確認し、ようやく安堵した。
「無事でよかった……」
 抱き着くエリザを抱きしめ返しながら、リオネルも内心でほっと胸をなでおろしていた。

 実は人間が言うところのアンデッドの認識には、まったく存在の在り方が違う複数の魔物が混同して含まれていた。

 1つはヴァンパイアなどの長命で高度な知識を持つもので、この場合独自のコミュニティを作り、人間と交易をする者もいる。どちらかといえばエルフなどと同じ扱いの者たち。
 もう1つはゾンビなどの怨霊化した屍の類で、これにはゴーストなども入る。

 後者にとって聖属性の浄化魔法は必殺ともいえる魔法だが、前者にとっては弱点にならない。
 ではリオネルにとってはどうかというと、エリザもそうだけれど、神聖属性の魔法はまったく障害とならないのだ。

 その理由は、2人は通常の生命体ともアンデッドとも生命の在り方が異なっていて、本質たる魂はアストラル界にあるからだ。つまり、魂ある生きた人間とも、魂ある死者とも違うのだ。
 それはつまり、世界の壁を越える特殊な魔法や武器でなくてはダメージを与えることはできないということを意味する。

 死から蘇ってはいるものの、存在の形からいえば生ける死者のリビングデッドではなく、不滅者を意味する方のアンデッドと化しているのだ。

 このことは言わばアンデッド・キャスターになった副作用ともいえるもので、魔法陣からもたらされた知識にもなかった。そのために先ほどは大いに慌てたものだ。

 ……それにしても。まさかあっという間に人間ではないとバレるとは思いもしなかった。
 しかも問答無用で攻撃されるとは。前にダンジョンであったドルクとはまったく対応が違う。普通の冒険者とはあんなにも攻撃的なのだろうか。

 エリザの髪を撫でていると、
「ごめんなさい。私が町に行きたがったから……」
「いいや。まさかあんなところに魔眼持ちがいるとは想定外だったよ」

 大人の身体になったら町で服を買う。その予定も変更せざるを得ない。……あるいは違う町に行くか。
 それもいいかもしれない。エリザの身体が完全体になれば、ここのダンジョンに固執する必要も無いのだから。

 だが、完全体になるにはまだ時間がかかる。。
 まだ2人の住まいが廃鉱ダンジョンの中とは知られていまいが、行方を捜されることは確実だろう。これからは今まで以上に警戒しなければならない。

 しかしどうしたものか……。
 こちらから攻撃する意志はなくとも、あのようにアンデッドというだけで襲われてはどうしようもない。
 ましてやあの聖印は、教会のもの。つまり、あの浄化魔法を放ったのは神官だということ。
 教義に神を冒涜する不浄の者と指定されたアンデッドに対しては、どこまでも追いかけてくるにちがいない。
 実際はリビングデッドとは違うのだが、吸血鬼もいまだに発見されれば討伐対象となって教会の聖騎士が出動する事態となる場合がある。おそらくは今回も……。

「ともかく家に戻ろう。エリザが元の大きさになるまで、外に出ないで引きこもっていた方がよさそうだ」
「……うん。そうだね」

 表情を曇らせるエリザ。だが、優先順位を間違えるわけにはいかない。――守り切らねばならない。なんとしても。

 リオネルは、ダンジョンを強化することを決心した。