5.ダンジョン強化

 ダブリンの町の冒険者ギルド。
 その会議室を閉め切って、壮年のギルド長が1つのパーティーから話を聞いていた。

 対面しているのはフードの人物のパーティーだ。
 8つある冒険者の階級でもっとも上に位置するアダマンタイト級冒険者のパーティーで、さらにリーダーのアナスタシアは教会から「先導者」に認定された魔法剣士である。

 現在、勇者認定された者はいないが、先導者はその勇者に準じる者として認定された称号である。
 選出には複数の枢機卿か大司教の推薦が必要で、正義を重んじ、討魔伏悪の功績の優れた人々の模範となる者に与えられる称号、それが「先導者」だ。
 概ね、一時代につき多くても3人ほど。今はアナスタシアともう一人だけだ。そんなアナスタシアが率いるパーティーが事件を起こしたと連絡があり、正直にいってギルド長は面食らっていた。

「――すると、その2人がアンデッドであったことは間違いないと?」
 確認するようにいうギルド長に対し、アナスタシアは首を横に振る。
「いいや。はっきりしているのは男だけだ。もう一人の少女は人間でないことはわかるが、正体は不明だ」
「町に侵入した目的を買い物だと言っていたと。これは確かなのか?」
「……ああ。本人が言っていたし、調べてみたら奴からハイポーションを買い取った薬屋があった。おそらく貨幣に替えるのが目的だったのだろう」
「ハイポーションだと?」
「そうだ。現物も確認して鑑定済みだ」
「いったいアンデッドがどうやって……」
「なんでも錬金術師を名乗っていたらしい」
「なるほど」

 ギルド長は手元の書類を確認する。

「浄化魔法を放ったとあるが、本当に無傷だったのか? 位階はいくつの魔法だったんだ?」
 その質問に答えたのは、実際に魔法を放った神官のセレスだ。
「第5位階のレブナ・シュミレーですよ」
「な! 馬鹿な。レブナ・シュミレーっていったら、かのデュラハンですら浄化できる魔法じゃないか」
「残念ながら、それは充分に力を込めればの話です。今日の場合は……、せいぜいがレブナントやファントムを浄化できる程度でしょうか」
「充分すぎるっ。……あ、いや。しかしまったく無傷だったと」
「はい」
「ううむ。そんなことがあるのか?」

 高位アンデッドを浄化できる程度の魔法を食らって無傷。ギルド長にはわけがわからなかった。デュラハンですら浄化できなくとも大ダメージは必至だろう。

「それは本当にアンデッドだったのか? 信頼に足る証拠はあるのか?」

 本来ならば先導者のアナスタシアのやったことを否定することになるから、こんなことは尋ねられない。
 しかし、話を聞く限りでは、どう見てもアンデッドと判断できる客観的な材料がない。

 もし勘違いであれば、この町はハイポーションを作れる錬金術師を1人失ったことになる。それは先導者の大失態となるだろう。

 アナスタシアははっきりと言った。
「私の鑑定眼以外にはないな」
「君の鑑定眼を信頼していないわけじゃないが……。やや早急に過ぎないか?」
「それは否定しない。だが、あの反応はゴースト系のアンデッドのものだ。
 しかもあの様な尋常ならざる魔力を内包している奴だ。先手を打たねば被害が大きくなると判断した」
「それを誰が証明できる?」

 ギルド長の追及に、眉をしかめたアナスタシアたちだったが、セレスがはっきりと、
「――私が証明します。我が信仰にかけて」
「そこまで言うのなら信用するが。……だが、第5位階もの浄化魔法が効かなかったことについてはどう説明する?」
「それは――」

「先導者の認定は教会の権能だから何も言わん。だが、こっちは領主に報告せねばならん。その上で言うが、浄化魔法が効かないアンデッドというより、アンデッドではなかったと受け取るのが自然だ。
 ……それに神聖属性浄化魔法の力の淵源である神の力まで否定することになっては、まずいんじゃないのか?」

 鋭い指摘に返答できなくなってしまうセレス。たしかにギルド長の言うとおりである。
 第6位階まである魔法のうち第5位階などという、ほぼ最上位の浄化魔法がアンデッドに効かないとなれば、返答次第では自らの信仰を否定することにもつながってしまう。それならばアンデッドではなかったと判断する方がまだマシである。

 ジレンマに陥ったセレスを見て、アナスタシアは舌打ちした。
「……わかった。今回の件は未だ調査中ということにしておいてくれ。奴を探して討伐して証明する」
「それはいいが、きちんとアンデッドである証拠を揃えてくれよ。間違えて才能ある錬金術師を殺したとなっては、君たちが逆に処罰されるぞ」
「わかってる! いくぞ!」
 息を荒げ、その場を立ち上がったアナスタシア一行が出て行くのを見て、ギルド長はため息をついた。

 面倒な事になった。
 魔眼で見ただけではアナスタシア本人にしか真実が証明できない。それにハイポーションを作れるほどの錬金術師を失うには、より確かな証拠が欲しい。
 もちろんいざとなれば、おそらくもみ消しをすることになるだろうが、その場合、アナスタシアの評価はかなり下がるだろう。

「こっちはこっちで調査しておいた方がいいな」

 最悪、教会と対立するやもしれない。だがギルドの立場としては守らねばならないルールがある。……せめてギルド中央本部に助っ人を依頼しておくことにしよう。
 ギルド長は内心でそう決心した。

◇◇◇◇
 一方のリオネルたちは、ダンジョン最深部のコアの部屋にいた。

 ダンジョンでのドルクたちとの出逢いはまだしも、ダブリンの町で会ったフードの人物とセレスと呼ばれた神官たちとのいざこざは、人間と同じ姿でも、社会に紛れて生きていくのは難しいということを突きつけてくれた。

 しかし、それで諦めるというわけではない。存在のあり方は変わったとはいえ、それでも精神は人間のままだ。世捨て人のように暮らすにはまだ早い。もっとも伯爵家を滅ぼしたので王国から出て、他国に居を構えるのがよいだろうが……。

 ただそれでも、まず鑑定や分析の魔眼や鑑定スキルそのものへの対策を講じないといけない。
 他にもエリザの強化と大人化が急務となる。

「そのためには、まだここから離れるのはなぁ」
 錬金術に地脈を利用するための装置といい、モンスターを利用したエリザの強化にしろ、まだしばらくはこのダンジョンを拠点にしたい。
 となれば、討伐隊が組まれたときのために、ダンジョンの強化もしておく必要がある。いざという時の転居先、脱出方法も用意しておかなければならない。

「やらなきゃいけないことが一杯だ」

 思わずリオネルはつぶやいた。それを聞いたエリザが背中をビタンと叩く。
「私も一緒だから頑張ろう。ね?」

 エリザは変わらないな。
 学生時代、同じ言葉でリオネルを励ましてくれたことを思い出す。彼女の言葉にどれだけ励まされたことか。
 ……そうだな。ああ、その通りだ。2人が安全に暮らしていける目処が立つまで、歩みを止めるわけにはいかない。

 リオネルは気合いを入れなおして、まずは当面のダンジョンの強化をエリザと打ち合わせることにした。

 その結果、この廃坑ダンジョンに様々な変更を加えられた。

 まず中層以下の階層に枝道となる細い通路を増やし、より複雑な迷路に仕立て上げ、新規に作った通路には考え得る限りの罠を張り巡らせた。
 そして、コアルームを現在地よりも下層の、新たに作った迷路の先に移転。旧コアルームにはダミーのコアを設置。さらに目くらましのために、コアの力で強力な魔物を創り出して複数の大部屋に配置した。ボス部屋と勘違いできるように、その大部屋の奥に宝箱を用意した。
 当然これだけのことをするにはコアのエネルギーが足りない。しかし、それはリオネルの無尽蔵の魔力を流し込んで力業で成し遂げたのだった。

 さらにリオネルとエリザの拠点は、コアルームとは別に用意。そこへ行くためには、水没した通路をくぐり抜けた上で、行き止まりに見せかけた崩落現場から抜け道を通らないとたどり着けないようにした。
 それでもいざという時のための脱出路として外につながる転移魔法陣を用意。行き先はコアルームを含めた複数を設定し、実際は脱出した後で出口の魔法陣を破壊すれば追跡は防げるという案配だ。

 こうしてコアと地脈の力を利用したダンジョン強化により、いつしか難攻不落のダンジョンができあがっていた。

 そして、1週間が過ぎた。
 日課となった培養槽でのエネルギー吸収により、エリザの身体は13歳ごろにまで成長していた。胸も膨らんできていて女性らしい丸みを帯びてきている。当然、裸の姿を見られるのを嫌がったので、培養槽は顔の部分を除いて覆いをしてあった。

 まるで温泉にでも浸かっているように、目を閉じて身体を液体にゆだねていたエリザが何かに気がついたように目を開けた。

「リオネル。――彼らが来たわ」

 すぐさまコアを操作して空間スクリーンを喚び出すリオネル。そこにはダンジョンに入ろうとしている1つの冒険者パーティーの姿があった。そう。街でリオネル達に攻撃を加えた先導者アナスタシアのパーティーである。

「まずは鑑定してみてくれ」
「もうしてるよ。名前が、あの一番強そうな女性が〝先導者〟アナスタシア、私たちに浄化魔法で攻撃してきたのが高司祭のセレス・ローレン、剣士がリック・ガラハルド、魔法使いがフィリップ・モラリス。……先導者以外はみんな伯爵以上の貴族家の人だわ」

 もともとこの国の貴族家であった2人ではある。当然、先導者の称号は知っていた。しかし同時に2人の出身は西部貴族である。
 先導者のパーティーは北部貴族の人たちで、年齢もリオネル達よりも若い。どこかで会ってはいるだろうが、顔と名前が一致するまでではなかった。

 先導者だけが家名を読み取れないところをみると平民出身のようだ。けれど、教会に先導者と認定されている。さらに貴族家の青年たちが付き従っているところからすると、よほど優秀なのだろう。

 厄介な人たちに目をつけられてしまったようだ。彼らが何をしにダンジョンにやって来たのか。まず間違いなく、その理由はリオネルとエリザを探し出して討伐するために来たのであろう。

「強いのだろうね」
 そうつぶやいたリオネルの声には緊張の色を帯びていた。すでにダンジョンの改造はほとんど終わっている。初見でここまではこられないと思うが、それでも彼らなら自分たちのいるコアルームにたどり着くのではないかという不安がある。

 その緊張がエリザにも伝わったのだろう。本人の希望により、エリザは日課であるエネルギーの充填を取りやめ、自ら培養槽から出てきた。すぐさま自らの魔力でワンピースをつくって身にまとい、スクリーンを見ているリオネルの隣にやって来る。

「どう?」
「今から襲撃を加えるところだよ」

 スクリーンの中で慎重に進んでいる一行。先頭を行くアナスタシアが立ち止まった。〝来たな〟

 途端に闇の中から姿をあらわしたのは、もともとダンジョン内に生息していた魔物のロックリザードだ。
 なるほどとエリザは思った。あれは岩石の鱗を持つ中型の魔物で、しかも元からダンジョン内に生息していた魔物でもある。彼らの力を測るのには丁度よい。
 スクリーンをよく見てみると、さらに天井付近にはケイブバットの群れまで現れた。

 ロックリザードがアナスタシアめがけて突進した。彼らの仲間には盾役はいない。だがものの見事に散開して、リザードは彼らの間をすり抜けてから向きを変える。
 その隙を突いて、アナスタシアたちが攻撃を開始。
〝フリーズ〟
〝リック、行くぞ!〟〝おおっ〟

 魔法使いのフィリップの氷結魔法によって、向きを変えている最中だったリザードの足が凍らされ、そこへアナスタシアと剣士リックが左右から襲いかかった。
〝はぁっ〟〝ふんっ〟

 ほぼ同時に振り下ろされた剣。リックはリザードの尻尾を断ち切り、アナスタシアは剣に付与した魔力で光の刃を伸ばしてリザードの首を断ち切った。
 ゴロンと転がる頭。そして断ち切られた尻尾はのたうち回っている。

「あっけなくやられたか。……強いな」
 スクリーンを見ていたリオネルが、そうつぶやいた。エリザもそう思う。

 ロックリザードを倒した彼らは、素材を剥ぎ取るでも無く、そのまま放置して通路を進んでいった。