1 ファンタズマの終わり
フルダイブ型VRMMORPG「ファンタズマ」
様々な種族になり、幻想世界ファンタズマを冒険しようというキャッチコピーのもとで流行したゲームだ。
どこかのデスゲームと化した小説と違って、安全が確立されていたことから普及が進み、一時期は80万人のプレイヤーが登録していたというこのゲームも、次々に開発される次世代ゲームに押され、遂にそのサービス最後の日を迎えた。
久しぶりにログインした俺は、懐かしいギルドホームのホールを眺め、今は無き仲間の姿を思い浮かべる。
石造りの室内には深紅の絨毯が敷かれ、天井から吊り下げられたシャンデリアが煌々と輝いている。
ギルド長のフェンリルさん、副長のカメラ好きのケルビンさん、
受付カウンターの奥の壁には、ギルド名である「血の盟約」と書かれたサインボードが掲げられていた。入団条件は吸血鬼種族であること。ギルド長はフェンリルという、ファンタズマ70万人の中でもトッププレイヤーの1人だった。
ソファに座ってステータスボードを開き、フレンドリストを開くと、ギルド長としての責任を感じてか、フェンリルさんはログインしているようだ。
早速、フレンド通信を送る。
「フェンリルさん、お久しぶりです」
「デルモント君もログインしていたんだ。今はギルド?」
「ええ。最後の日なので……」
「そっか。知っていたらギルドホームに残っていたんだけど、今、ボス巡りをしててさ」
「そうですか。ちなみに今は?」
「天界」
「うわ~。さすがというか何というか」
レベル制限が少しずつ解放されてきたこのゲームは、最終的に150が最高レベルとなっていた。で、天界は推奨レベル140の最高難度のステージじゃないか。
ちなみに俺のキャラは途中からログインしなかった期間があって、レベル98。ゲーム内では中堅といったところだ。さすがに合流は厳しい。
「せっかく最後の日だから、挨拶でもと思っていましたが」
「社会人も多かったから途中から誰も来なくなったし、私もログインしなくなっていたからねぇ。でも、久しぶりにメンバーと話せて良かったよ」
「俺もです。また別のゲームで会えたらいいですね」
「うん。――ああっとゴメン。ちょうどデウスのところに来たから」
「わかりました。じゃあ、攻略がんばってください」
「うん。行ってくるよ。じゃあ」
「はい。それでは」
プツリと声が途切れ、再び静かになる。
時計を確認すると23:40になっていた。あと20分。ソロで戦うのかどうかわからないけれど、高難易度ボスのデウスを倒すには、時間的にギリギリだろうか。
「でもまあ、フェンリルさんならやるだろうな」
そう独りごちて、俺はギルドホームから外に出た。
始まりの町ファストシティの町並みは、ちょうどゲーム内時間も夜だからか、人通りが少なくなっていた。
街灯に照らされた石畳の道を、ゲームのスタート地点である広場に向かって歩く。途中で見かけたプレイヤーが、懐かしそうに町並みを見ている。おそらく自分と同じように、最終日だからと久しぶりにログインをしているのだろう。
社会人になって最初にはまったゲームだった。途中で、新しいゲームにのめり込んでいったけれど、このゲームも思い出がたくさんある。
広場に到着し、ベンチに座って噴水を見る。視界に浮かぶナビゲーション・ウィンドウの時計を見ると、23:58になっていた。
日々、社会が変化していくように、ゲームの世界も技術革新がめざましく、どんどん新しいゲームが出ていた。しかし、このファンタズマも古いとはいえ、ゲーム史上に残る名作だ。このゲームの終わりは、1つの時代の終わりとも言えるだろう。
23:59
残り1分。
明日も早い。ゲームが落ちたらすぐに寝ないといけない。
そんなことを思いながら、時計表示を見ていると、24:00の表示に切り替わった瞬間、異変が起きた。
アラームが鳴り響く、ぎょっとして立ち上がり掛けたところで「システム・エラー」というウィンドウがいくつも表れて視界を埋め尽くす。あわててステータスボードを開いて、俺はログアウトを押そうとした。
その瞬間、視界がブラックアウトし、俺はログアウト特有の意識を引っ張られるような感覚で……。
気がつくと森にいた。
「――は?」
新緑の時期のように木々の緑がまぶしい。
木漏れ日が差し込んで、地面にまだら模様の影を作っていて、草の影からは、うさぎがとびだした。
いつのまに、俺、寝落ちしていたか? っていうか、ここどこだ?
森の中特有の湿めり気のある空気が、木や土の匂いを運んでくる。
どう見ても森の中です。おかしいな。俺、さっきまで……。ファンタズマにログインしていたはず、だよな。
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