10 教会に行く
隣を歩くミナの様子を横目で確認する。
さすがは元王女というべきか。こうして歩いているだけでも、どこか気品があるように思う。
「ミナ。ちょっといいかな?」
「はい。なんでしょうか」
「お揃いの腕輪か何かを買わないか? 結婚の式はまだのつもりだけど、せめて婚約の証にどうかと思って」
「まあ! いいんですか」
ぱっと顔を輝かせるミナに、内心ほっとする。何しろ、まだ俺なんかでいいのか、これでいいのかって思っているから。
「ですが、デルモント様」
うっ、やっぱりまだ早かっただろうか。
「できれば、この街の教会で2人だけでいいので式を挙げてしまって、私たちの関係を確定させてしまった方がよいかと存じます」
え? それって、いきなり結婚? そりゃ、願ったりだけど……。
「けれど、ミナはいいのか?」
「何をですか?」
「結婚相手が俺なんて」
「……もしかして不安なことがおありなのですか?」
「だって出逢って1日だぞ? ミナの気持ちだって俺にはまだよくわからないし、後からもっと良い男が現れてミナに交際を申し込んできたら、言われたらどうする?」
「そんなの断るに決まっているじゃないですか。……デルモント様。もしや無理矢理の結婚じゃないのかと迷われているのですね。……もっと自信をお持ち下さい」
立ち止まってミナを正面から見つめる。そんな俺を微笑みながら、ミナも見つめ返してくれていた。
「たしかに、私はデルモント様に従属しています。それにもともと自分の気持ちで結婚相手を決められるような立場ではありませんでした。
あのような姿も見られてしまいました。他に行くあてもありませんし、実質、私には今のところ選択肢は1つしかありません。
……ですが、デルモント様は聖人にふさわしく、善良な人のようにお見受けします。そのようにお悩みになっているのが証拠です。今まで若い貴族の、それも公爵や伯爵家の子女とも話したことがありますが、家族や専属の侍女以外にそのように接して下さる方はいなかったですよ。
私のところに近づいてくるのは、打算と嫌らしい下心のある目をする者ばかり。ですから、私から見てデルモント様はとても好ましい殿方に見えます。
それにですね……。今朝の、私を抱き留めて下さったこと。あの時に、こういうのもいいなって思えたのです。そして、私にそう思わせたのはデルモント様なんですよ」
なんだか、何かの補正が入っていないかってぐらい高評価なんだけど……。そんな大したことはしていないし、むしろ吸血鬼にしてしまったし。下心なら俺だってある。無関心を装う童貞スキルで隠しているだけだ。
「よろしいではないですか。愛情なら後から育めば。私には貴方様を愛するようになる自信がありますよ」
やばいなぁ。こんなに美しい女性にそんなことを言われると、今までの自分がちっぽけに見えてくるし、本気で惚れてしまう。
「ミナ……」
なんだか、その名前を呼べるのがちょっとうれしいかも。くすぐったい気持ちが湧き起こってくる。
こんなに美人とだなんて、そんな下心は俺にだってあった。でも、さっきの言葉を聞いているうちに、そんな気持ちは消えていって、一人の女性として尊敬できるっていうか、その心根に惹かれたというか……。
「ふふふ、勝てないなぁ。俺は、もう君を好きになっていたみたいだ。だから、もう迷うのはやめようって思う。……責任取らないといけないしね」
「そうです。責任を取って下さいませ」
「オーケーオーケー。じゃあ、あそこの教会に行くことにしよう」
ファンタズマでも結婚システムがあった。あっちはプレイヤー同士の結婚で、アイテムボックスの共有化などの優遇措置があった。
結婚するには教会で申請すれば良い。神父から簡単な祝福をもらえばそれで済んだはずだ。
教会は街に1つだけあって、ここのような交易都市ともなればそれなりに大きい。
その教会の扉を開けると、中は広い礼拝室になっていた。正面には、ファンタズマと同じく、太陽を背中にした男性の神像が飾られている。
あの神像こそが、ファンタズマ本編のラスボスのデウス。悪落ちしたとかいうわけではなくて、人々に試練を与える意味でプレイヤーに立ちはだかる設定だ。
ほの暗い室内、見上げるとステンドグラスが鮮やかに浮き上がって見えた。
数人の住民が礼拝しているが、その端を通って、シスターに結婚の手続きをお願いする。すぐに正面にいる神父にまで話が通って、俺とミナは祭壇の前に並んで立つように指示された。
どうやら神父は鑑定のスキルを持っているようで、何の書類も書いていないにもかかわらず、俺たちの名前を呼び上げた。
「ここに新郎デルモント、新婦ミナの結婚の儀を執り行います」
と宣言した。
「互いに相手を思いやり、信頼しあい、決して裏切ることのないように務めなさい。それをデウス神に誓えますか?」
「はい。誓います」
「同じく、私も誓います」
「よろしい。それでは祝福を与えます」
そういって、神父は複雑な印を手に結んだ。すぐに天井から光の欠片が舞い下りて、俺とミナに降り注ぐ。
俺の胸から青い光が伸びていき、同じくミナの胸元からも赤い光が伸びてきて、中央で重なり合うや紫の光となって何かの魔法陣を描き、それが消える。
――おめでとうございます。エルミナ・ハーカー・クラリモンドと結婚しました。
システムナビが無事に儀式が終わったことを伝えてくれる。
ミナの方に振り向くと、彼女も俺の方を向いた。後は、彼女の唇に、き、き、キスをするだけ?
そんな経験ないぞ。いいのか俺。キスだぞ。マジか。
うおおぉぉ――っ。まじか! ついに俺キスしちゃうの?
(作者註:うざい)
土壇場になって、なんか凄く緊張するんだが。嬉しいはずなのに、身体が少し震える。
そんな頼りない手を彼女の肘に添え、俺は自らの顔をミナの顔に近づける。
ゆっくりと近づいてくる彼女の顔。そっと彼女が目を閉じた。視界に大きくなる彼女の唇に俺は自分の唇と――ゴチンっ。
唇やわらかっ。――と思ったのも一瞬のこと。ガツンと互いの歯もぶつかった。
すぐに離れて、ミナと同時に自分の唇に手を添える。
同じしぐさをしたことで、これまた同時にプッと小さく吹き出した。
唇を噛んだ時のように痛い。ちょっと血が出たか……。
神父がやれやれと言いたそうな目でこっちを見ている。
だけどな。仕方ないだろ。キスなんてしたこと無いんだから!
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