4 1台の馬車

 最初に目覚めた地点からギルドホームまで歩いてきたわけだが、記憶の通りなら、さらに真っ直ぐに進むと町の西門があり、そこから街道が延びていたはずだ。最初にその西門から先がどんな風になっているのかを確認しよう。

 林道となってしまっている町の大通りを進む。思いのほか静かだが、よく目をこらせば野うさぎやリスが住み着いているようだ。
 日が差し込んで明るくなっている森。時間はそろそろ13:00となる。まだお腹は空かないけれど、アイテムボックス内に入れていた食料が食べられるかどうかも確認しないといけないな。

 平和な光景に気が緩んでいたのか、西門だった場所の手前に1台の馬車と、たむろしている男たちを発見した時には、向こうにも俺のことが見つけられた時だった。

「誰だ!」
とリーダーらしい体つきの大きな男が、低めの声で威圧するように誰何してきた。
 日本にいる時は、こんなふうに怒鳴られることもなかったため、瞬きする間ではあったが心がすくみそうになった。
 ……ここはファンタズマ。ゲームの中だ。
 そう自分に言い聞かせ、危害を加えるつもりはないということを示すために左右の手のひらを見せ、
「迷子さ。できればここが何処なのかを教えてくれると助かるんだが」
と言いながらゆっくりと歩く。

 向こうのリーダーは、その傍にいた商人らしき男を見る。彼の護衛なのだろう。すると、その商人が俺をじっと見つめる。さしずめ俺が何者なのかを探ろうとしているのだろう。こっちは1人だし、害意がないことが伝わればいいんだが……。
 つとめて曖昧な笑みを見せながら歩いて行くと、その商人の男が、小さく何事かをつぶやいた。それを聞いたリーダーの男はうなずいて、仲間たちにアイコンタクトを取る。

 よかった。雰囲気が柔らかく変わったようだ。

「こんな森の中で迷子っていうのも変わった奴だな。……で、1人かい?」
「ああ」
「まあ、ここは廃墟だが魔物が出ない安全地帯だ。大方、逃げ込んでいる内に方角がわからなくなったんだろう」
「あんた凄いな。そんなことまでわかるのか?」
「こんな時に1人で出てくる奴は、大抵そうだからな」

 そんな会話をするころに、男たちのそばにたどりついた。
 どうやらお昼の準備をしていたようだ。商人らしき男を除いて、おそらく冒険者と思われる男たちが6人。剣を下げているのが3人で、斧が1人で、ナイフが2人。ナイフ持ちの足元に弓があるので、彼らはレンジャー職なのだろう。

「ちょうど昼にするところだったんだ、――よっ」
 リーダーの男が俺に剣を突きつけた。少し遅れて、その仲間たちが俺を囲んだ。
「なかなか上等な服を持っていますねぇ。貴族ではないようですが」
 包囲網の外にいる商人が、俺を値踏みするように見て、腰の月読の刀に目をつけた。
「その武器もいただきましょう。ああ、心配なさらずに。私は奴隷商を営んでおりましてね。――ちゃんと貴方を奴隷に落としてから譲っていただくことにしますから」

 そのセリフを合図に、レンジャーの1人がロープを持って俺に近づこうとした。
「これまたテンプレって言うんだろうなぁ」
 俺はそう呟いて、腰をため、刀を抜き放った。

「野郎! 抵抗すんじゃねぇ!」
「ぶっ殺すぞ!」
と怒鳴りだす男たちに、俺は冷ややかな目を向ける。

 これだけ近づけば、ナビゲーション・ウィンドウでこいつらのジョブとレベルがわかる。
奴隷商人Lv8を筆頭に、剣士、レンジャーで、どいつもこいつもレベルが10ほどだった。
 ゲームで言えば、初めてから5日のルーキーってところか。こんな奴らに俺が負けるわけがない。

 最初に切りかかってきたのは背後と左手の剣士だったが、それを無視して刃を返し、スキル・回転斬りを放つ。
 衝撃波が走り抜け、男たちは吹っ飛んで動かなくなる。
「包囲していたのがあだになったな」
 峰打ちだから殺してはいない。が、それを奴隷商人に教える義理もない。刀をぐいっと突き付けると、その奴隷商人は「ひ、ひいぃぃ」とへたり込む。
「この落とし前をどう着ける?」
「わ、わわわかりましたぁ! あの馬車にいる奴隷を差し上げますので、どうかお許しを!」

 奴隷などいらないが……。案内役としては調度いいか?
 俺がそうやって迷っている間に、その奴隷商は自らの左手に刻まれた魔術刻印に右手の指を添え、
譲渡ハンド・オーバー
とコマンドワードを唱えると、その刻印に光が走って俺の左手と繋がった。

「これは……」
「あの馬車に奴隷が1人乗っています。その奴隷の主であることを示す刻印です」

 ほお。あのゲームにはそんな設定はなかったが……。そもそも奴隷なんていなかった。
「奴隷にも種類がありますが、あの者は第一級奴隷。持ち物であり、何をしても良い。生かすも殺すも自由です。……あれはオークションで高く売りさばくつもりでしたが、私は命の方が惜しい。元より、あれを見つけたのは偶々にすぎない。だが、くそっ。くそっ。くそおぉぉぉぉっ。おい! お前ら! さっさと起きろ。貴様らが弱いから大損だ!」

 後半、独り言からいきなり激高しだした。護衛の奴らを無理矢理立たせ、その奴隷商人は、俺を憎々しげに見ると、
「くっ。……あの馬車も全部差し上げる! もうこれでいいですな!」
と勝手に何かを勘違いしたようだが、そのまま護衛の奴らを引き連れてズンズンと林の中へと消えていってしまった。

「なんなんだ。あいつら」

 まあ、何事もなくっていうか。あの馬車にいる奴隷を確認しないと。
 ちょっとドキドキしながら、馬車に近寄ってドアに手をのばす。――さて、どんな人だろう。

 ドアを開けた途端、ガタッと物音がした。いくつもの木箱の向こうのようだ。
 乗り込んで、音がした方へ行くと、そこには1人の女性が……。

 まじか。すっげぇ美人。

 おびえた表情をしているが、艶やかな金色の長い髪、そして澄んだ青色の瞳に透けるような白い肌。二十歳になったぐらいか。やべぇ。見たところ胸も大きくて。――こんな人、どうしたらいいんだよ!

◇◇◇◇
「え、ええっと、君、名前は?」

「きゅ、吸血鬼! ……もう終わりだわ」

 なに1人で完結してるんだ。――ってそうか。先にこっちが名乗るのが礼儀ってもんか。

「俺はデルモント・D・オルロック。改めて訊こう。名前は?」
「わ、私はエルミナ・ハーカー・クラリモンド。シルギース王国の王女です」
「王女? は? まじ?」

 おいおい、あの奴隷商人。思いっきり厄介ごとの種じゃねぇか。戦争でも起こすつもりだったのか?

「――とはいえ、もうシルギース王国は政変が起きて、私以外の王族はすべて死にましたが」
 それは重いよ。重すぎるよ。この人、独りぼっちじゃんか。
「君の主人となった俺が言えることじゃないけど、とりあえずもう安全だ」
 俺の奴隷だからな。自分で言っててひどいなって思う。……ああ、これから先がとてつもなく不安だ。
「……そうですか」と言う彼女が、俺の左手を見ていよいよ表情を暗くした。

「ここじゃ落ち着かないから、必要なものを持ってギルドホームに行こう」
 そう言ってエルミナを馬車の外へと連れだし、車体から馬を外す。残りをアイテムボックスに収納したら彼女は目を丸くしていたが、それを無視して彼女と馬を連れて、元ファストシティの中へと戻ったのだった。