4 1台の馬車

2021年7月9日

 最初に目覚めた地点からギルドホームまで歩いてきたわけだが、記憶の通りなら、さらに真っ直ぐに進むと町の西門があり、そこから街道が延びていたはずだ。最初にそっちを確認しよう。

 林道となってしまっている町の大通りを進む。思いのほか静かだが、よく目をこらせば野うさぎやリスが住み着いているようだ。

 日が差し込んで明るくなっている森。時間はそろそろ13:00となる。まだお腹は空かないけれど、アイテムボックス内に入れていた食料が食べられるかどうかも確認しないといけないな。

 平和な光景に気が緩んでいたのか、西門だった場所の手前に1台の馬車と、たむろしている男たちを発見した時には、向こうにも俺のことが見つけられた時だった。

「誰だ!」
とリーダーらしい体つきの大きな男が、低めの声で威圧するように誰何してきた。
 日本にいる時は、こんなふうに殺気混じりで怒鳴られることもなかったため、瞬きする間ではあったが心がすくみそうになる。

 ……ここはファンタズマ。ゲームの中だ。

 そう自分に言い聞かせ、危害を加えるつもりはないということを示すために左右の手のひらを見せ、
「迷子さ。できればここが何処なのかを教えてくれると助かるんだが」
と言いながらゆっくりと歩く。

 向こうのリーダーは、その傍にいた商人らしき男を見る。彼の護衛なのだろう。すると、その商人が俺をじっと見つめる。
 それもそうだ。こんな森の廃墟の中から得体の知れない男が現れたら、誰だって不審に思うだろう。こっちは1人だし、害意がないことが伝わればいいんだが……。

 つとめて曖昧な笑みを見せながら歩いて行くと、その商人の男が、小さく何事かをつぶやいた。それを聞いたリーダーの男はうなずいて、仲間たちにアイコンタクトを取る。

 よかった。雰囲気が柔らかく変わったようだ。

「こんな森の中で迷子っていうのも変わった奴だな。……で、1人かい?」
「ああ」
「まあ、ここは廃墟だが魔物が出ない安全地帯だ。大方、逃げ込んでいる内に方角がわからなくなったんだろう」
「あんた凄いな。そんなことまでわかるのか?」
「こんな時に1人で出てくる奴は、大抵そうだからな」

 そんな会話をするころに、男たちのそばにたどりついた。
 どうやらお昼の準備をしていたようだ。商人らしき男を除いて、冒険者と思われる男たちが6人。剣を下げているのが3人で、斧が1人で、ナイフが2人。ナイフ持ちの足元に弓があるので、彼らはレンジャー職なのだろう。

「ちょうど昼にするところだったんだ、――よっ」
 リーダーの男が俺に剣を突きつけた。それを合図に、男の仲間たちが俺を取り囲む。

「なかなか上等な服を持っていますねぇ。貴族ではないようですが」
 包囲網の外にいる商人が、俺を値踏みするように見て、腰の月読の刀に目をつけた。

「その武器もいただきましょう。ああ、心配なさらずに。私は奴隷商を営んでおりましてね。――ちゃんと貴方を奴隷に落としてから譲っていただくことにしますから」

 そのセリフを合図に、レンジャーの1人がロープを持って俺に近づこうとした。
「これまたテンプレって言うんだろうなぁ」
 俺はそう呟いて、腰をためて刀を抜き放った。

「野郎! 抵抗すんじゃねぇ!」
「ぶっ殺すぞ!」
と怒鳴りだす男たちに、俺は冷ややかな目を向ける。

 これだけ近づけば、ナビゲーション・ウィンドウでこいつらのジョブとレベルがわかる。
奴隷商人Lv8を筆頭に、剣士、レンジャーで、どいつもこいつもレベルが10ほどだった。
 ゲームで言えば、初めてから5日のルーキーってところか。こんな奴らに負けるわけがない。

 最初に切りかかってきたのは背後と左手の剣士だったが、それを無視して刃を返し、スキル・回転斬りを放つ。
 衝撃波が走り抜け、男たちは吹っ飛んで動かなくなる。
「包囲していたのがあだになったな」
 峰打ちだから殺してはいない。が、それを奴隷商人に教える義理もないだろう。刀をぐいっと突き付けて睨みつけると、奴隷商人は「ひ、ひいぃぃ」とへたり込んだ。

「この落とし前をどう着ける?」
「わ、わわわかりましたぁ! あの馬車にいる奴隷を差し上げますので、どうかお許しを!」

 ほお。あのゲームにはそもそも奴隷なんていなかったんだが……、この現実だと違うのか? ふと思いつく。案内役としては調度いいのかもしれない。

 俺がそうやって迷っている間に、その奴隷商は自らの左手に刻まれた魔術刻印に右手の指を添え、
譲渡ハンド・オーバー
とコマンドワードを唱えると、その刻印に光が走って俺の左手と繋がった。とっさに避けようとしたけれど、追尾するように光が曲がって左手に宿る。

「これは……」
「あの馬車に奴隷が1人乗っています。その奴隷の主であることを示す刻印です」

 どうやら迷っているのを見て、気が変わらないうちに契約魔法を使ったようだ。

「奴隷にも種類がありますが、あの者は第一級奴隷。持ち物であり、何をしても良い。生かすも殺すも自由です。……あれはオークションで高く売りさばくつもりでしたが、私は命の方が惜しい。元より、あれを見つけたのは偶々にすぎない」
 徐々に声が小さくなり、自分に言い聞かせるように奴隷商人が呟きだした。「だが、くそっ。くそっ。くそおぉぉぉぉっ。おい! お前ら! さっさと起きろ。貴様らが弱いから大損だ!」

 独り言からいきなり激高しだした奴隷商人は、護衛の奴らを無理矢理立たせ、俺を憎々しげに見る。あっけにとられていると、さらに舌打ちをして、
「くっ。……あの馬車も全部差し上げる! もうこれでいいですな!」
と吐き捨てるように言った。
 どうやら勝手に何かを勘違いしたようだが、そのまま護衛の奴らを引き連れてズンズンと林の中へと消えていってしまった。

「なんなんだ。あいつら」

 まあ、何事もなくっていうか。あの馬車にいる奴隷を確認しないと。
 実はちょっとドキドキしながら、馬車に近寄ってドアに手をのばす。若い女性だったら良いなと思っていることは否定しない。
 ――さて、どんな人だろう。

 ドアを開けた途端、ガタッと物音がした。いくつもの木箱の向こうのようだ。
 乗り込んで、音がした方へ行くと、そこには1人の女性が……。

 まじか。すっげぇ美人。

 おびえた表情をしているが、艶やかな金色の長い髪、そして澄んだ青色の瞳に透けるような白い肌。二十歳になったぐらいか。やべぇ。見たところ胸も大きくて。――こんな人、どうしたらいいんだよ! 交際歴ゼロの俺には難易度高すぎるぞ。

◇◇◇◇
「え、ええっと、君、名前は?」

「いやあぁぁぁ! 吸血鬼ぃぃ。……終わりだわ。もう終わりだわ」

 いやちょっと、叫ばれるし。いきなり躓いた。そうだよな。所詮、見た目が変わっても、中身は俺だもんな。

 って、いやいや。この人、なに1人で完結してるんだ。――ってそうか。先にこっちが名乗るのが礼儀ってもんか。

「俺はデルモント・D・オルロック。改めて教えてくれないか。名前は?」
「わ、私はエルミナ・ハーカー・クラリモンド。シルギース王国の王女です」
「は? 王女? まじ?」

 おいおい、あの奴隷商人。思いっきり厄介ごとの種じゃねぇか。戦争でも起こすつもりだったのか? 

「とはいえ、シルギース王国は政変が起きて、私以外の王族は、おそらくもう……」
 それは重いよ。重すぎるよ。っていうか、余計に危険な気がする。どうすんだ、この状況。
 ……ああ、だけど、この子ってひとりぼっちになったのか。現実逃避してる場合じゃないか。

「君の主人となった俺が言えることじゃないけど、とりあえずもう安全だ」
 言った瞬間、自己嫌悪で下を向きそうになる。はあぁぁ。

 そりゃそうだ。奴隷にした俺が安全だなんて、どの口で言っているのかって話だよな。これから先の不安しかないぜ。
「そうですか」と言う彼女が、俺の左手にある刻印を見ていよいよ表情を暗くした。

 空気を変えようと、エルミナに手を差し出した。
「ここじゃ落ち着かないから、必要なものを持ってギルドホームに行こう」

 まだ気持ちの整理はついていないようだったけれど、彼女は俺の手をとって立ち上がってくれた。どっちにしろ、ここにはいられない。そのことは彼女にもわかっているのだろう。
 そのまま馬車の外へと連れだし、繋がれていた馬を外してやる。残った車体をアイテムボックスに収納したら、目の前でいきなり消えたせいか、彼女は目を丸くしていた。
 こっちではアイテムボックスはほとんど知られていないのか。……そんなことを思いながら、彼女と馬を連れて元ファストシティの中へと戻ったのだった。