5 当面の目標

 ギルドホームへと戻ってきて、とりあえず2階のギルマスの部屋へとやってきた。階段の途中に、ソファで簡単なバリケードを作っておいたので、多少は動物の侵入を防げるだろう。

「ここがギルドホーム?」
 戸惑っているエルミナに、俺は苦笑しながら説明をした。
「かつて、ここにはファストシティという街があったんだけど、久しぶりに帰ってきてみたらこんな有様でね。……今日たどりついたばかりだから、かなり情報に疎いんだ」
「そうでしたか」

 納得はしてくれたようだが表情が暗い。それもそうだろう。時間的に見てこの廃墟で今晩は過ごさなければならないのだから。
「明日にはここを発つ予定。今晩は、まあ野宿よりはマシだと思っておいてくれれば」
「わかりました」

 部屋の隅にあったソファを見ると、埃だらけで、カビやシミの跡がひどい。
 この世界のことを教えてもらいたいが、その前に野宿の準備をした方がいいか。たしかキャンプ道具一式というセットアイテムがあったはずだ。ファンタズマではこうしたキャンプ道具や釣りなどの採集道具、生産道具などがあって、中にはギルドでキャンプをしている様子を配信している奴らもいた。
 キャンプ道具は趣味アイテムの部類に入るので、初心者用でも高級でも疲労回復効果には同じである。あとは料理の幅を広げるとかのまさに趣味の範囲に入るんだが、それでも結構な人気があった。
 俺が持っているのは残念ながら初心者用だけどな。……これからのことを考えると、街でより上位のものを買っておいた方が良さそうだ。

 そんなことを思いつつアイテムボックスから初心者用キャンプ道具一式を取り出すと、エルミナが、
「え! どこからそれを」
と驚いている。

「アイテムボックスだけど……。知らない?」
「そのようなものは聞いたことも見たこともありません」
「収納が倍になる収納バッグとかも?」
「城にもそのようなものは無かったと思います」
「マジか」

 かえってこっちが驚いてしまった。アイテムボックスとか、ストレージとか、冒険者鞄とか、ファンタズマに有ったはずだ。それにこういうファンタジー世界だと存在していそうなものなのに……。
 だが、ファンタズマとの相違点が一つ見つかったということでもある。同時に、うかつにアイテムボックスを使うと目立ってしまうということでもある。
「厄介な……」
 そのことに思いいたり、思わず呟いてしまった。

 まあ、いま悩んでもしょうがない。
「ちょっと手伝って」と言い、一つ一つ指示をしながら二人でキャンピングテーブルセットを組み立てる。
 屋内だからテントやタープは不要だし、バーベキューコンロやクッカー類も、今日は保存食で済ませるから使わないでおこう。

 エルミナをセットの長イスに座らせて、テーブルにアルミのコップとポットを置いた。
「そういえば、今さらだけど、身体の調子はどう? おなかが空いているとか。ひどいことはされていない?」
「……大丈夫です。おそらく私を高値で売るか、顧客の貴族にでも売るつもりだったのでしょう」
「それはぞっとしない話だなぁ。元王女を貴族に売るってか。……あ、いや、でも知り合いだったら買ってもらって、すぐに解放されたりもしたのか」

 もしそうなら悪いことをしたかもしれない。
 そう思ったんだが、エルミナは首を横に振った。

「いいえ。それはないでしょう。奴隷商には貧しい者たちを救う一面もありますが、あの者たちはまっとうな奴隷商ではないですし、違法奴隷商と付き合いがある貴族にまともな者がいるはずがありません。……王女であった私をいやらしい目で見ていた者もおり、最悪の場合は、想像もしたくないのですが」
「ああ、ああ! わかったわかった。もういいよって、俺が言っていいセリフじゃないな。……まあ、俺としては最近の情報とこの国のこととか教えてくれれば、解放してしまって別に構わない。エルミナは魅力的だから本当はちょっと期待もしていたけど、もし知り合いの貴族で助けてくれそうな人がいるのならそこまで無事に送るよ」

 結構な爆弾になりそうだもんな。元王女って。すごく美人だけどさ。

「残念ながら……。私は王族ではありましたが、奉ずる神への専門的に祈る役目を負っていて、任期があと3年あって婚約すらできない状態でしたから。それに内乱で滅んだ以上は、私の存在は厄介ごとにしかならないでしょう」

 なるほど。日本でいうところの斎宮みたいなもんか。
「じゃあ、これからどうしたいんだ?」
「わかりません。あの時は行く宛てもなかったけれど、とにかく逃げろと秘密の通路に押し込まれ……。そうですね。教会に入って修道女になるのが安全でしょうか」
「修道女ね。なるほど」
 教会っていう組織が腐敗してなければだろうけど、それは俺にはわからないことだ。

 ポットに、別アイテムのアールグレイの茶葉を取り出して投入し、あとは魔力を注げばアールグレィ・ティーができあがる。……まあ、アルミのコップじゃ香りが少しダメになるが、それはそれ、所詮はキャンプ道具だ。
 紅茶をエルミナに勧め、さっそく本題となるこの世界のことについて尋ねてみた。

 ゲームの時と一番大きな違いは、こっちの世界では気候変動があるということだった。考えてみれば当たり前の話だ。
 国としては、シルギース王国の領土内だそうで、連行されていたために現在地がはっきりとはわからないそうだが、エルミナの想像通りだとすると最寄りの街はセカンダリではないかとのこと。

 セカンダリは、ファストシティの適正レベルを超えたプレイヤーが次に目指していた町なので、俺にも場所はわかる。ファストシティとは異なって、順調に発展していたようだ。

 当面の行動についてエルミナと話し合ったが、エルミナの名を使うのは危険なので、これからはミナ、またはミーナと呼ぶことにした。そして、セカンダリでは冒険者ギルドで俺たちの冒険者登録だけをして通過し、隣国のサルマリドという町を目指すことにした。

 旧になるかわからないけれどシルギース王国領内に滞在するのは危険であろうことと、隣国のジルドニア王国でもサルマリドなら辺境の小都市なのでエルミナも露見しにくいだろうということだった。

 なによりもサルマリドは、ダルナー山脈の麓にある湖の畔にある一方で、湖から出ている川を利用した水運で、海に面した港湾都市ゾルバとも2日ほどの日程で行き来でき、さらに隣国の王都ジルドニアへも街道を馬車で4日という好立地だからだ。
 しかも俺の記憶に依ればダルナー山脈にはダンジョンがあったので確認してみたところ、俺の記憶にあるのと同じダンジョンのようだ。しかもゲームと違って、そこにはダンジョン村が形成されているそうで、サルマリドから半日ほどの距離らしい。
 これらの情報を挙げてみると、何をするにしてもサルマリドを当面の滞在地とするのが良いことがわかった。

「サルマリド、ね……」

 ゲームの時にはひなびた漁村だったはずだが、こちらでは随分と発展しているようだ。