5 当面の目標

2021年7月9日

 ギルドホームへと帰ってきた。
 馬を適当に1階ホールに放しておき、エルミナを連れて、とりあえずギルマスの部屋へとやってきた。玄関にはソファで簡単なバリケードを作っておいたので、多少は動物の侵入を防げるだろう。

「ここがギルドホーム?」

 戸惑っているエルミナに、俺は苦笑しながら説明をした。

「かつて、ここにはファストシティという街があったんだけど、久しぶりに帰ってきてみたらこんな有様でね。……今日、ここに着いたばかりだから、かなり情報に疎いんだ」
「そうでしたか」

 納得はしてくれたようだが表情が暗い。時間的に見て、今晩はここで過ごさなければならないってことがわかったのだろう。
 廃墟で、初めて会った男と過ごすなんて、王女だったころには想像もしなかったに違いない。

「明日にはここを発つ予定。今晩は、まあ野宿よりはマシだと思っておいてくれれば」
「わかりました」
 
 部屋の隅にあったソファを見ると、埃だらけで、カビやシミの跡がひどい。
 早くこの世界のことを教えてもらいたいが、その前に野宿の準備をした方がいいか。たしかキャンプ道具一式というセットアイテムがあったはずだ。

 ファンタズマではこうしたキャンプ道具や釣りなどの採集道具、生産道具などがあって、中にはギルドでキャンプをしている様子を配信している奴らもいたしな。〝ファンタズマ、ひとり歩き〟〝キャンプ飯三昧inファンタズマ〟〝無人島生活〟とか、結構な視聴者数を獲得していたっけ。

 キャンプ道具は趣味アイテムの部類に入るので、初心者用でも高級アイテムでも、基本的な疲労回復の効果は同じである。
 違うのはオプションだ。料理の幅を広げるとか、コンテナハウスとかコテージにするとかの世界で、まさに趣味の範囲に入る。まあ、それでもリアルで揃えるといくらかかるかわからないわけで、ファンタズマのキャンプアイテムは、大人気のシリーズだった。

 ……とはいえ、俺が持っているのは残念ながら初心者用と一つ上のグレードのモンゴル・パオテントだけどね。
 今後のことも考えて、調理道具とか揃えておいた方がいいのかもしれない。

 そんなことを思いつつアイテムボックスから初心者用キャンプ道具一式を取り出すと、エルミナが目を丸くして驚いた。
「え! どこからそれを」
「アイテムボックスだけど……。知らない?」
「そのようなものは聞いたことも見たこともありません」
「収納が倍になる収納バッグとかも?」
「城にもそのようなものは無かったと思います」
「マジか」

 かえってこっちが驚いてしまった。アイテムボックスとか、ストレージとか、冒険者鞄とか、ファンタズマに有ったはずだ。それにこういうファンタジー世界だと存在していそうなものなのに……。
 だが、ファンタズマとの相違点が一つ見つかったということでもある。同時に、うかつにアイテムボックスを使うと目立ってしまうということでもある。
「厄介な……」
 そのことに思いいたり、思わず呟いてしまった。

 まあ、いま悩んでもしょうがない。
「ちょっと手伝って」と言い、一つ一つ指示をしながら二人でキャンピングテーブルセットを組み立てる。
 屋内だからテントやタープは不要だし、バーベキューグリルやクッカー類も、今日は保存食で済ませるから使わないでおこう。

 エルミナをセットの長イスに座らせて、テーブルにアルミのコップとポットを置いた。シングルバーナーを取り出して、水を入れたポットを乗せて火を点けると、またまたエルミナは驚いていた。

「そういえば、今さらだけど、身体の調子はどう? おなかが空いているとか。あいつらに、ひどいことはされていない?」
「……大丈夫です。おそらく私を高値で売るか、顧客の貴族にでも売るつもりだったのでしょう」
「それはぞっとしない話だなぁ。元王女を貴族に売るってか。……あ、いや、でも知り合いだったら買ってもらって、すぐに解放されたりもしたのか」

 もしそうなら悪いことをしたかもしれない。
 そう思ったんだが、エルミナは首を横に振った。

「いいえ。それはないでしょう。奴隷を扱う商人には貧しい者たちを救う一面もありますが、あの者たちはまっとうな奴隷商ではないですし、違法奴隷商と付き合いがある貴族にまともな者がいるはずがありません。……最悪の場合は、想像もしたくないのですが」
「ああ、ああ。わかったわかった。もういいよって、俺が言っていいセリフじゃないな。……まあ、俺としては最近の情報とこの国のこととか教えてくれれば、解放してしまって別に構わない。エルミナは美人だからこのままでも良いかなって思ってるのが本音だけど、もし知り合いの貴族で助けてくれそうな人がいるのならそこまで無事に送るよ」

 結構な爆弾になりそうだもんな。元王女って。

「残念ながら……。私は王族ではありましたが、奉ずる神に専門的に祈る役目を負っていて、任期があと3年あって婚約すらできない状態でしたから。それに内乱で滅んだ以上は、私の存在は厄介ごとにしかならないでしょう」

 なるほど。日本でいうところの斎宮みたいなもんだったのか。それに自分の立場を理解していると。

「じゃあ、これからどうしたい?」
「わかりません。あの時はとにかく逃げろと秘密の通路に押し込まれ……。ええと、そうですね。教会に入って修道女になるのが安全でしょうか」
「修道女ね。なるほど」
 教会っていう組織が腐敗してなければだろうけど、それは俺にはわからないことだしなあ。

 ティーポットに、嗜好品アイテムのアールグレイを入れ、湧いたばかりのお湯を注ぐ。あとはシステムウインドウの時計表示で時間を計ればいい。
 まあ、アルミのコップじゃ香りが少しダメになるが、それはそれ、所詮はキャンプ道具だ。……町についたら普通の食器も購入しよう。

 紅茶をエルミナに勧め、さっそく本題となるこの世界のことについて尋ねてみた。

 ゲームの時と一番大きな違いは、考えてみれば当たり前の話だが、こっちの世界では季節の移り変わりがあるということだ。
 国としては、ここはシルギース王国の領土内らしく、連行されていたために現在地がはっきりとはわからないそうだが、エルミナの想像通りだとすると最寄りの街はセカンダリではないかとのこと。
 そういえば、さっきもシルギース王国って言っていたけど、ファンタズマにはなかった国だ。ここの世界の政治関係も調べておく必要がある。

 セカンダリは、ファストシティの適正レベルを超えたプレイヤーが次に目指していた町なので、俺にも場所はわかる。こことは違って、順調に発展していたようだ。
 
 当面の行動についてエルミナと話し合ったが、エルミナの名を使うのは危険なので、これからはミナ、またはミーナと呼ぶことにした。そして、セカンダリでは冒険者ギルドで俺たちの冒険者登録だけをして通過し、隣国にあるサルマリドという街を目指すことにした。

 旧になるかわからないけれどシルギース王国領内に滞在するのは危険であろうことと、隣国のジルドニア王国でもサルマリドなら辺境の小都市なのでエルミナの存在も露見しにくいだろうということだ。

 なによりもサルマリドは、ダルナー山脈の麓にある湖の畔にある一方で、湖から出ている川を利用した水運で、海に面した港湾都市ゾルバとも2日ほどの日程で行き来でき、さらに隣国の王都ジルドニアへも街道を馬車で4日という好立地。こっちの世界にバカンスというものがあるのなら、人気がありそうなところだ。

 しかも俺の記憶に依ればダルナー山脈にはダンジョンがあったはずなので、それをエルミナに確認してみたところ、やはりダンジョンがあると聞いたことがあるらしい。しかもゲームと違って、こっちではダンジョン村が形成されているそうだ。実際は、ダンジョンで手に入れた物を整理して、どこかへと輸送する役割と、探索する人々をバックアップするための村なのだろう。
 とまあ、これらの情報を挙げてみると、何をするにしてもサルマリドを当面の滞在地とするのが良い。

「サルマリド、ね……」

 ゲームの時には湖畔の小さな村だったはずだが、こちらでは随分と発展しているようで楽しみだ。