8 セカンダリ
スレイプニルなどに乗っていると目立って仕方がない。そんな理由から、途中から街道ではなく草原の真ん中を突っ切るように走ったが、特に何事もなく大河の手前にあるセカンダリの街が見えてきた。
騒ぎにならないようにスレプニルを帰還させ、それから街道に出て、馬を連れながら歩くこと2時間、ようやく街に到着した。
大河を背にして発展してきたセカンダリは、その立地から想像できるように、元々は川渡しの村が始まりという設定だった。今では単なる川渡しだけでなく、上流方向や下流方向にむかう船もたくさんあるから、大きな交易拠点となっているのだろう。
見たところではゲームの時以上の大きさになっているように見える。正直、驚きだ。魔物の襲撃を防ぐためか、10メートルの高さはありそうな外壁に囲まれていて、街道から繋がる入り口には重厚な扉が設置されていた。
今は街道を行く馬車の列が並んでいて、手続きをしているようだ。
「あ~、そのなんだ。身分証明書なんてないんだが大丈夫かどうかわかる?」
「私にきかれても……」
それもそうか。元王女だもんな。
ゲームの時は特に手続きなんてなかったし……、ともかく行ってみるしかないか。
というわけで馬車の後ろに2人で並ぶ。手続きはスムーズに進んでいるようで、ほどなくして俺たちの番が来た。
簡単な鎧を着た兵士が、
「身分証はあるか?」
俺も少し尊大な口調に変えて、
「しばらく森に引きこもっていたので、身分証は持ってないんだ」
「そうか。街中で犯罪をおかしたり、騒動を起こさないように。……荷物は身の回りのものだけのようだから、2人分の税をはらってもらうが、滞在予定はどれくらいだ?」
「今のところは一週間くらいのつもりだが、長期になるかもしれない」
「それならば1人30ゼルか。どこのでもいいからギルドか協会に登録しておいた方がいいと思うぞ」
「そうだな。検討しよう。……それと安全で手頃な宿を教えてくれないか」
「ああ、それなら――」
2人分の60ゼルをアイテムボックスから出して支払い、俺とミナは中へと入った。
おそらく国境を越えるのにも身分証は必要になるだろう。それならば早めにどこかに登録しておいた方が何かと便利なはずだ。
ともあれ、まずは薦められた宿へと向かい部屋を取ることにしよう。
この大通りを中央に向かって15分ほど歩いたあたりの右手。〝おやじ亭〟とかいう変な名前の宿だというが……。あれだろうか。
右手に連なる店の間に挟まるように、こぢんまりとした木造2階建ての建物が見える。入り口に吊り下げられていた看板に〝おやじ亭〟と書かれていた。
「ここですね。……なんだかドキドキします」
「ああ、そっか。ミナはこういう宿は初めてか」
「はい」
リアルだと俺も初めてだけどな。
それはともかく、扉を開くと1階はカウンター付きの食堂になっていた。
テーブルを拭いていた高校生くらいの少女が、
「いらっしゃいませ」
と明るく笑顔で迎えてくれた。
茶色の髪を三つ編みにして、エプロンをしているところを見ると、ここの従業員なのだろう。
「部屋を頼みたいんだけど」
「はい。ちょっとお待ちを」
と言いながらカウンターに駆け寄り、「お父さ~ん! 泊まり客よ」と奥の厨房に向かって声を掛けていた。壁向こうから「わかった。すぐにいく」と男性の声がする。
すぐに出てきたのは、赤茶色のベストを着た50代ほどで、頭の中央部の髪が薄くなってバーコード状になった男性だった。
「1泊100ゼル。朝か夕のどちらか1食はサービスしてやるが、どうする?」
「普通は朝夕2食付きじゃないのか?」
「ここの飲んだくれじゃ、朝食べないか、夕食べないって奴が多くてな」
ああ、なるほど。それはわかる気がしなくもない。
外で飲む奴も多いだろうし、宿泊代に込みになっている金額だとたいした夕食にはならないはずだ。それに飲み過ぎた次の朝は食べられないだろうし。
「なるほど。……それじゃ、とりあえず2人で3泊で」
そう言いながら、カウンターに600ゼルを置くと、
「まいどあり。――2階の1番奥の部屋だ」
手渡された鍵を受け取った時、小さな声で、
「あんた、吸血鬼だろ? 面倒ごとはなしで頼むぜ」
と言われた。
「驚いた。どうしてわかった?」
と尋ねると、にやりと笑みを見せて、
「そりゃあ、長くやってればな。……この街じゃ、バレても差別はないが、何かあった時は疑われることもあるだろうから、注意するに越したことはないぞ」
「忠告、感謝する。それで尋ねたいんだけど、魔術師協会と錬金術師協会、そして商工会の場所を教えてほしい」
「ふむ。それなら前の通りをまっすぐに行ったところに噴水広場がある。その広場に面して、3つともあるぞ」
「感謝する。さっそく行ってみることにするよ」
そういって渡されたばかりの鍵を再び戻した。ついでに、ここまで連れてきた馬だけれど、ここからは必要ないので、しかるべきところに売ってもらうよう代行をお願いしておいた。
後ろで待っていてくれたミナに、
「とりあえず部屋は確保したから、先にいくつかの協会で会員登録をしてこよう」
「会員登録ですか?」
「ああ。身分証がないと面倒だからな」
「それもそうですね」
納得したミナを連れて、マスターと娘さんに「気をつけて」と見送られ、再び外へと繰り出した。
中央に向かうにつれて、行き交う人が増えていく。見たところ、ヒューマン種のほかにも獣人種やエルフ、ドワーフ、ハーフリングがいるようだ。どこかの商会で働いていたり、馬車で何かを運んでいたりと、多くの人々が動いている。
やがて宿のマスターが行っていた噴水広場に到着し、ゆっくりと見回すと、杖の看板とポーション瓶の看板、そして道具袋をシンボルにした商工会の看板が見つけた。
そちらに向かって歩こうとしたところで、ミナが何かを見ているのに気がついた。
視線をたどると、1台のワゴン型屋台があった。淡い緑にピンクの縁取りをしたワゴンで、どことなく可愛らしい。
「ちょっと寄ってみようか」
「いいんですか?」
「行ってみたいんだろ?」
「それは、まあ」
「遠慮する必要はないさ。ただし、ここの治安がわからないから、1人になるのはやめて欲しいかな」
「はい」
ん~。折角だし……。
思い切って左手をのばしてミナの右手をとる。「あ」と小さな呟きを無視して、彼女の手を引いて歩き出した。
すべすべした柔らかい手。女の子と手を繋ぐのなんて、どれくらいぶりだろうか。そう思うと少し気恥ずかしい。
そのワゴンで売っていたのは、キャラメルポップコーンと蜂蜜を混ぜたレモン・ウォーターだった。
食品やアイテムはゲームと同じなのか。それは助かるな。
そう思いながらポップコーンを1つ、ドリンクを2つ注文した。とある遊園地のワゴンで売っているポップコーンと同じように、ここのポップコーンも1人で食べるには多すぎる量なのだ。
並べられているテーブルの一つに2人でつき、ドリンクに口を付ける。爽やかなレモンの酸味と蜂蜜の甘さがほどよくミックスされていて、今日みたいに晴れた日に飲むのにはちょうどいい。
「……おいしい」
ぽつりとつぶやいたミナの口元が緩んでいる。楽しそうな様子だけれど、おそらく今まではこうして庶民に交じって飲み食いをすることなどできなかったこともあって、新鮮なんだろう。
「なら良かった」
ポップコーンもお気に召したようだけれど、さすがに今ここで食べきるのは無理だろう。少しだけ食べてから、専用の入れ物のふたを閉めて、まず魔術師協会から行くことにした。
ちなみに冒険者ギルドに登録しないのかという疑問があるかもしれないが、そのような何でも屋ギルドはゲームの中に存在しなかったから除外している。
魔物退治ならハンターギルドという具合に、依頼は種別ごとに専門のギルドに集まるのだ。
もっともゲームの世界ではないから、この世界になら冒険者ギルドがあるかも知れないが、それはわかった時に登録するかどうか検討すれば良いだろう。
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