9 魔術師協会

 杖の看板の建物は白いモルタル作りの四角い建物だった。
 ダークブラウンの扉を開けると、中は天窓から光が差し込み、さらに魔導ランプに照らされたホールになっている。床は板張りになっていて、壁には赤い絨毯が掛けられていた。
 ホールにいる人は魔法使いギルドらしくローブを着てスタッフをもった人が多い。年齢は様々だが、性別は男性の方が少し多いだろうか。
 左手奥には売店らしきものがあるが、まあそれは後回しだ。

 カウンターには、制服を着た若い女性がいた。明るい茶色の髪を肩口で切りそろえたその女性は、受付嬢をやっているだけあって可愛らしい。
「登録をお願いします」
「かしこまりました。――お2人ともでよろしいですか?」
「はい」
「こちらが申請用紙になります」
と渡された紙は、日本語で書かれていた。……やっぱりゲームの世界なんじゃないかって疑惑が心の中に生まれるが、とりあえずペンを取った。

 名前はまあいい。ジョブ欄も……、って今の俺はクロスナイトだったな。でもまあ、魔法も使えるから登録には差し支えないだろう。
 属性か。2次職の魔道士も司祭も成長させたし、3次複合職の賢者も育てていた。だが、この世界の魔法のレベルがわからないから、あんまり書きすぎると良くないだろう。ただでさえ元王女のミナがいるのだ、これ以上の面倒ごとはゴメンだ。
「ううん……」
とうなりながら、ひとまず水属性とだけ書いておく。「では、これで」

 ミナの方も書き終えたようで……と、その時、視界にミナの申請書の名前欄が目に入った。――ミナ・ハーカー・D・オルロック。
「へ?」
 思わず出た変な声に、ミナが不思議そうな顔をして、
「どうかしましたか?」
「あ、いや、その」と言いながら、彼女の耳元で「名前」とささやくと、
「ああ。そのことですか。ちょっと早いですけど、再登録も面倒でしょうから」
と何でもないことのように言う。

 それはそうなんだが……。これってもう夫婦って名乗っていることを意味するんだが。
 まあ、その方が問題が少ないかもしれない。

 受付嬢が俺とミナの用紙を受け取って、目で内容を確認してから、
「ご夫婦でしたか。……それでは希望者に属性判定と魔力量調査をしていますが、いかがされますか?」
 ミナはまだしも、俺はマズいな。様々な魔法職を転職してきた累積魔力量はそれなりにある。
「それは結構です」
「……わかりました。それでは確認として魔法実技試験を行います。あちらの入り口から修練場へどうぞ」
「了解」

 指示通りに受け付けカウンター横にある廊下を進む。途中でミナが「実技試験とは何をするのでしょう」と聞いてきたので、実際に魔法を使えるのかどうかを確認するのだろうと答えると、なるほどと納得していた。

 属性判定も魔力量調査も断ったから確認が必要になったのだろうけど、まあそんなに大したもんじゃないはずだ。
 とりあえずアイテムボックスから取り出した樫の木のスタッフを、ミナに渡しておく。

 廊下の突き当たりは露天の広場になっていて、どうやらそこが修練場なのだろう。一部区画には射撃場のようなレーンと標的となる人型の人形があった。

 出口脇の扉から、さっきの受付嬢が出てきて、
「それでは実際に魔法が使えるのかを確認します。攻撃魔法、防御魔法、回復魔法、強化魔法などのどれか一つで良いので見せてもらいます」
「俺は攻撃魔法にしよう。ミナはどうする?」
「そうですね。私は回復魔法にしたいと思います」
 そういえば回復士だったもんな。

「わかりました。それでは――」
「ああ、いや、俺が」と言って、俺は自分の手の平を剣で少し切った。
 思いのほか深く切りすぎたみたいでプシューッと血が吹き出て、思わずあせる。

 やばい。気が遠くなってきた。貧血に……。「ひ、ヒール!」
 温かい光が俺の手に集まって、たちまち傷口が塞がっていく。それがなんだか心地よい。

「ありがとう。ミナ」
「ありがとう、じゃありません! 焦りましたよ。デルモント様」
 怒ったようにいうミナに、俺は、
「すまん。自分でもちょっと切りすぎて焦ったよ」
「もう! 気をつけて下さい!」
「すまん」

 そこへ受付嬢が苦笑いをして、
「はは。回復魔法を確認しました。……あの、あれだけ出血して大丈夫ですか?」
と気遣わしげな表情で訊いてきた。
 俺は懐から出したと見せかけて、アイテムボックスからポーションを取り出すと、それを呷った。
「ちょっと血を流しすぎましたけど、これで大丈夫ですよ」
 そう言って笑いかける。

 さて次は俺の番だ。「俺は攻撃魔法にします」と言って、レーンに立つ。

「もう初めても?」
「はい。構いません」

 それならば。
 俺は右手を真っ直ぐに人形に向けた。初歩より少し上のレベルの魔法にしようか。
「ウォーター・ジャベリン」

 かかげた右手の先に水球が生まれ、それが人形に向かって飛んでいく。見る見るうちに細長い槍の形になり、そのまま人形を貫いた。次の瞬間、バシュッと人形が内側からはじけ飛んだ。

「これは凄い。あの人形の芯は中級魔法にも耐えられるのに……」
「すまん。やりすぎたか?」
「いいえ。スペアはいくつもありますので」

 基準がわからないが、今のはアロー系統の次に覚える単体攻撃魔法だ。ゲームだと初歩の次の初級魔法に当たる。ということは、ゲームの初級=この世界の中級魔法に当たるのか。

 戻りましょうとの指示に、俺とミナは再び元のカウンターまで戻る。受付嬢もすぐに戻ってきて、俺たちにカードを渡してくれた。
「魔法を確認しましたので、次に説明ですが――」

 その説明によると、第8位から第1位までの階級制をとっていて、その位階に応じて年会費が決まっているらしい。俺たちは第8位になるので年200ゼルで、ほとんど義理として集金しているような額だ。
 位階を上げるには協会で依頼を達成して、その功績が認められれば協会の方から位階を上げる申し出をするらしい。
 とまあ、いわゆるファンタジーものによくあるような設定なわけなので、以下省略しよう。

 さっそく初年度分の年会費を支払い、次は錬金術師協会へ。そこでは俺だけが申請をして、実技試験として低級ポーションを作って見せて無事に登録。
 そこも同じような位階制を採用していて、同じように年会費を支払う。

 ちなみに商工会では、行商人登録をして同じように年会費を支払っただけで済んだ。
 行商人の場合も同じように、きちんと仕入れと売り上げの記録を付けておく必要があり、年1回、その台帳を商工会でチェックして会計監査をするとともに、その売り上げに応じた税金を支払う仕組みになっている。
 俺1人だったら面倒だったが、今は従業員1名がいるから、そういう事務関係は任せるつもりだ。

 そして俺たちは商工会の建物を出た。