11 指輪とペンダント
2人だけの結婚式だったけれど、教会を出たところで、ミナの方から俺の左腕に腕を絡めてきた。
「折角ですから……」というミナに微笑みかける。
彼女の柔らかい身体を感じる。おお! これがリア充か!
帰り道の市場で、これから必要になるだろう食料品などを購入し、夕方近くにおやじ亭へと戻った。
「お帰りなさい」と娘さんが出迎えてくれる。そのまま視線が俺の左腕に移動し、
「あら? 少し雰囲気が変わったような……」
と訝しげな表情になる。
「ちょうど良かった。娘さん、今日は夕食はいらない。教えて欲しいんだけど、記念日を2人で祝うときに使うような食堂ってどこかないかな?」
「ははあ、なるほど。それでしたら――」
なかなか鋭いようだけど、やっぱりお店の情報は彼女のような若い女性に聞くのが一番だ。
とりあえず鍵を受け取って、荷物を置きに部屋へと向かうことに。その後で、すぐに食事に出かけるつもりだ。
「――ああ、そうだ。ミナ、ちょっといい?」
「ええ。大丈夫ですけど」
「俺たち結婚したから、ミナにも俺のアイテムボックスが使えると思うんだ。頭の中でアイテムボックスと念じてみてくれないか」
「本当ですか? ……アイテムボックス。――わっ、本当に出ました!」
さっそく実践したミナの前に、アイテムボックスの入り口が表れた。
「イメージ次第で、その入り口の場所と大きさは変えられる。他の人に見られると面倒だから、さっき買ったポシェットの中で開けられるよう練習してくれ」
「はい! これはすごい」
「それと中身なんだが、ごちゃごちゃと色んな物を詰め込んでいるんだ。強力な武器とか、呪いのアイテムなんかもあるから、知らないアイテムを取り出すときには事前に言ってくれ」
「はい。わかりました。――た、たしかに竜の心臓とか、オリハルコンとかありますね。ちょっと信じがたいですが」
「ちょっと以前、仲間とね。ちなみにその竜の心臓は呪いのアイテムってわけじゃないけど、錬金素材の一つだ」
「はあ。すごいのですね」
「ハイポーション程度なら、素材も軽いし、作るのも大変じゃないから自由に使って構わない。ただエリクサーは素材が重いから、自分が怪我をして必要とする時以外は、俺の許可を得てからにしてくれ」
「大国の国宝に匹敵しますよ。そんなの怖くて使えませんよ」
「はは。そうか」
俺がエリクサーを作れると教えると卒倒しそうだな。
ちなみにファンタズマのジョブシステムとは別に、生産については、NPCから手ほどきを受けることで各種生産スキルを取得する。あとはそのスキルを使いまくって、いろんなアイテムを作りまくればスキルレベルが上がっていくというわけだ。
俺の生産スキルは錬金術のみだけど、その応用範囲は広い。
こうして異世界に来ることになるのであれば、もっと他のスキルも身につけておくべきだったとも思う。調理とか木工とか、鍛冶なんかもやっておけばよかったかも。
今さらか。でもまあ、どうにかなるだろ。
「ああ、そうだ。本当は式の後ですぐに渡せば良かったんだけど……」
俺はそう言いながら、アイテムボックスからセリエールの指輪と、氷水竜のペンダントを取り出した。
ファンタズマにも各種状態異常があって、その強度には深度1~4までがある。深度4になると時間経過での解除は不可能だ。
セリエールの指輪は、赤い精霊石の力で各種状態異常を深度2つ分下げてくれる効果がある上級下位のアイテムだ。つまり深度2以下は無効化し、深度3は深度1レベルに低減する。
氷水竜のペンダントは、シルバレスト山脈に棲む氷水竜フルガルンからドロップする中級アイテムで、以前のイベントの時にやりこんだせいで、在庫が20個もある。
竜種は、その身に宿した膨大な魔力を凝固したドラゴン・ジュエルという宝石を体内に作る。ドラゴンによってその色と効果が違うが、フルガルンのは青みがかった白い宝石で、麻痺と魅了の完全耐性を持っていた。
「俺のしているアクセサリーと同じもので、こっちは各種状態異常をある程度軽減してくれる。こっちは麻痺と魅了の完全耐性の効果がある。見た目も綺麗だし、夫婦になった証としてミナに身につけてほしいんだ」
「各種状態異常を軽減ですか? それって一国の国王が身につけるような品ではないですか! ……いったいどこで」
「過去の冒険で入手したんだ。氷水竜のペンダントはまだ10個以上あるけど、指輪の予備はこれだけだ。
実はさ。俺の故郷では夫婦になった男女は同じ指輪をする風習があるんだ。だから、ミナにはして欲しい」
「デルモント様……。それは、うれしいです」
そう言いながらミナの左手をとって、その薬指にセリエールの指輪をはめた。
そして自分の右手の薬指から、すでに装備していた同じ指輪を一度抜き、ミナに渡し、左手を彼女に預ける。先ほどと同じように、ミナが指輪をはめてくれたところで、互いに左手薬指の指輪を見せ合った。
「この赤い石が精霊石で、深度2つ分まで状態異常を軽減してくれる」
「……先ほどの発言を訂正します。そのような品、伝説か物語の中でしか出てこないです」
「そうか? まあ、入手するには冥界の低層に行かなきゃいけないから、貴重なのは貴重だけど」
「め、冥界! デルモント様と一緒にいると、いちいち常識が崩れそうです。聖人様であるだけでなく、冥界に行ったことがあるなんて、神様のお一人だったりしませんか」
「なんかくすぐったいけど。そこまで強いわけじゃないよ。俺のところのギルド長なんか、天界も1人で旅できるくらいだし」
「て、て、天界とは、もしやデウス神のいらっしゃる?」
「そう。その天界。俺はまだもうちょっと強くならないと無理だな」
「そんな恐れ多い! ……私は、とんでもないお方に嫁いだのでは」
「言っておくけど、ミナのレベルも上げるよ。そのうち2人であちこち行きたいし」
「……大丈夫でしょうか」
「ああ、これでも血の盟約で後輩の面倒も見たことがあるし、無理はさせないから。
というわけで、氷水竜のペンダントだ」
チェーンの留め金をといて左右の手で持ち、ミナの背後にまわってペンダントをつけてあげる。
滑らかで白い首筋と、チラリと見えた胸元にドキリとするが、これも夫の役得だろう。
ミナはペンダントトップのフルガルンのドラゴン・ジュエルを見て、
「これも由来を聞くのがちょっと怖いです」
と言うので、思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「シルバレスト山脈の氷水竜のドラゴン・ジュエルだよ」
「……気が遠くなりそうです」
苦笑いを浮かべ、俺はミナを振り向かせるとゆっくりと口づけをした。(今度は失敗しなかったけど、ちょっとずれた)
「じゃあ、レストランに行こう」
「はい」
夕飯には少し早い時間だけれど、予約をしているわけじゃないから混み出す前に行った方がいいだろう。
改めて部屋を出て鍵を掛け、俺たちは1階の食堂に向かった。
ニヤニヤしている娘さんから、
「いってらっしゃ~い。ご両人」
と声を掛けられ、照れ隠しに手を振ってそそくさと宿を出る。
ずっと彼女なしだったから、ひどく気恥ずかしい。隣にいるミナを見て、ドキドキするし、こんな俺と結婚してくれて女神のようにも思えてきた。……とりあえず拝んでおこう。
「それは何かの儀式ですか?」
「いや、ミナが女神様に見えたから、ちょっと拝んでみた」
するとポンッと真っ赤になって、
「からかわないでくださいよ。デルモント様だって、聖人様で英雄様で、騎士様で……」
とまくし立て始めた。
「まあまあ、周りもあるからそれくらにして。――行こう」
そういって左腕をちょいと曲げる。そこへミナが腕を絡めた。
「これからよろしくな」
「私こそよろしくお願いします」
顔を上げると、まだ夕食には微妙に早い時間だが、どことなく夕方特有のせわしない雰囲気がただよっていた。
俺とミナは少し足早に教えてもらったレストラン〝フルール〟へと向かった。
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