13 船渡し場での騒動

 お互いに照れて気恥ずかしい朝を迎え、食事を済ませてからチェックアウトをして、真っ先に俺たちは川渡の船乗り場へとやってきた。

 大河を渡るだけあって、かなり大きい船で、とりあえず乗船券を買っておいた。
 出港は昼だというので、まだまだ時間がある。そこで船乗り場にあるオープンテラスのレストランで、まったりと過ごすことにした。

 俺は昨日と同様の宵闇の騎士服に月読の刀だが、今日のミナはマジックローブの上から白いケープを羽織り、頭には貴族の女性が被るような羽根飾りのある白と黒の幅広帽をかぶっている。
 さすがに王族だけあって、実によく似合っている。

 ちなみに白いケープは霊峰ファラウスのボスであるホワイトドラゴンの毛を織り込んだ逸品である。幅広帽はさすがに普通の品で特別な効果はないが、これはどっちかというと、ミナの身元を隠すためのもので、そこまでスペックを必要としてはいない。現に髪を結い上げて白いリボンで包んだ上で、帽子を深く被っている。……そうだな。深窓の令嬢といえばわかるだろうか。
 長い髪も美しいが、すらっとしたうなじも実に良い。……なんだか、却って目立っているような気もするが、きっと気のせいだろう。

「まだ2時間くらいあるのか……」
 船に荷物を積み込む人や馬車の列を見ながら、ぼんやりとつぶやく。時折、船会社の警備依頼を受けた冒険者らしき厳つい男たちが、あたり一帯を巡回している。
 優雅にグラスに入ったアイスティーを飲んでいるミナが、
「申しわけありません。私がいるばっかりに、あまり出歩くこともできず……」
「構わないさ。身分証を作ったとはいえ、元とはいえ身分が身分だからね。
 まずはミナが追われないところに行くのが先決だし、ほとぼりが冷めたころに遊びに来ればいいさ」

 亡国とはいえ隣国の、元とはいえ姫だったわけだ。顔こそ、ごく一部の外交や貿易関係者にしか知られていないだろうけど、利用しようという人にとってはその価値は計り知れない。
 ま、ゲスな欲望を満たそうという人もいるだろうけど。……なんだか、奴隷の身分のまま結婚して、昨夜抱いてしまった自分の胸が痛むが、それは彼女も望んだことだ。

 ちろりとミナの顔を見る。
 うん。ミナが美人なのが悪い。きっと。

◇◇◇◇

 それから1時間ほどが経ったろうか。突然、街の方が騒がしくなった。
 何やら人々の一団が船乗り場へと近づいて来ているようだ。
 波止場で作業していた人が、何だ何だとその手を止めて、一段がやってくる方を向いた。
 騎士たちに囲まれてオープン型の馬車に乗っている太った男性。身なりは良さそうだ。
「――鑑定」

エイオン・ガスール
 LV:6/100 ジョブ:領主(セカンダリ)
 称号 傲慢、強欲、色魔

 うわぁ、ヤバイ奴だ。ゲームではセカンダリで領主が関わってくることなどなかったが、リアルでこんな奴が領主だと絶対に近寄りたくないな。

「いた! 伯爵様、あそこです!」

 馬車に併走している男に、何となく見覚えがある。…………もしやミナを捕まえていた奴隷商の男?
 一団が真っ直ぐに俺たちのいるレストランに向かってくる。
 ミナの横顔がこわばっている。
「ミナ?」
「はい。申しわけありません。私が狙いかも……。あの男、あの粘ついた視線に見覚えがあります。どこかの夜会で見かけたかもしれません」
「……そうか。とりあえずレストランを出よう」

 心配そうなレストランの人に声を掛けてテーブルに代金を置き、ミナの手を引いてテラスを出たところで、一団が立ち塞がった。半円状になって俺たちを囲んでいる。

 家令らしき壮年の男が居丈高に、
「こちらは、この街の領主ガスール伯爵です。どこぞの騎士くずれのようですが、たかが冒険者が面と向かって相対してよい方ではありません。控えなさい」

 俺は仰々しく右手を握ってそれを胸に当てて一礼した。
 礼儀なんて知らないが、それっぽく見えれば良いだろう。

「あいにくと、我が主以外に頭を下げるつもりはない。他国の者と容赦願おう」

「――いいでしょう。ならば伯爵から命令です。そこの女は貴殿が奴隷にして良い者ではない。ただちに伯爵に献上しなさい」

「断る。故あって解放はしていないが、我が妻である。献上などする理由はない」
 突然、馬車上のガスール伯爵が怒鳴った。
「妻だと! 馬鹿なことを抜かしおって! 元々は、この者が私のために連行していた奴隷だ。それを横取りした罪は深いぞ!」

「ほう。――伯爵殿はああ言っているが?」とミナに話しかけると、彼女は俺の言葉に少し視線を落として身をかがめた。

「かの奴隷商が貴方様に襲いかかり、それを許されるために私を譲渡されたではないですか。私の所有権は、我が夫である貴方様にあります。これはこの国の法にも定められたことです。
 貴方様。我が騎士よ。私の身も心も貴方様と共にあります。どうか我が身を守られますように」
「もちろんだ。妻よ。そなたの騎士として、そなたを守ろう」

 騎士物語の主人公になった気分でそう宣言すると、周りの観衆から、ほうっと声が聞こえた。
 それをぎろりと睨んだ伯爵が、しびれを切らしたのか、
「ええい! 黙れぇ! こちらには貴様らに奴隷を奪われたという奴隷商がいるのだ。――者ども、かかれい!」

 ぷはっ。〝者ども、かかれい〟なんて、時代劇かよっ。
 ――だが、伯爵の連れてきた騎士たちが一斉に剣を抜いた。ああ、こっちは洒落にならん。
 彼らも命じられているにすぎないし、下手に怪我を負わせると、ゲス伯爵に口実を与えることになる。三十六計、逃げるにしかず、だ。

 俺はミナを抱え上げた。
「しっかりつかまっていなさい」「はい。あなた」
 やってくる騎士たちに向かって走り、彼らの手前で大きくジャンプ。そのまま一群を飛び越えて、街中へと走り込んだ。

「逃がすな!」「まてぇ」
 後ろからそんな声が聞こえてくるが、待つはずもなし。建物と建物の間に入って、交互に壁を蹴りながら屋根の上に上がる。そのまま屋根から屋根へと飛び移り、大河沿いにある別の広場へと飛び降りた。

 突然、上から飛び降りたため、近くにいた人たちが驚きの声を挙げるが、かまわずにミナをお姫様抱っこしたまま走る。
「ミナ。船はまた今度だ」
「はい。このまま逃避行ですね」
「ああ、だが河は渡るぞ」
「え? どうやって……」
 キュキュっと急停止して、ミナに微笑みかける。
「こうするのさ。――召喚コール・サモンバヤール」

 目の前の地面に魔法陣が浮かび、光とともに一頭のヒポグリフが現れる。
「ブルルゥッ」と鼻を鳴らして、頭を突っ込んできて甘えるヒポグリフに、慌ててミナをおろし、首筋を撫でてやった。
「……ヒポグリフ」
「ああ。名はバヤールっていう」
 芦毛グレーの馬体に大きくつぶらな瞳。ふいっとミナの方を見たので、
「俺の妻だ。仲良くしてくれ」と言うと、言葉がわかったようで、ミナに近寄ってその匂いを嗅ぎながらぐるっと一周した。
「あの……、その」
「大丈夫だ」

と、そんなことをやっている時に、追いかけてきた騎士たちの声が聞こえてきた。急がねば。
「さ、行くぞ」と声を掛けると、承知しているとばかりにバヤールが乗りやすいように身をかがめた。先に跨がり、ミナの手を引いて引っ張り上げる。
 そのまま横抱きにしたところで、バヤールが立ち上がった。

「いたぞ!」「なんだあの魔物は――ヒポグリフだと?」
 騎士たちの声を後ろに、バヤールを掛けさせる。広場にいた人たちが左右に分かれて道を開け、その前でバヤールが翼を広げた。
 そして、空に向かって駆け上がっていく。腕の中でミナは「わあぁぁぁ」と声をあげた。

 周囲の建物よりも高く駆け上がり、そのまま広場をぐるっと一周する。半ばまで騎士たちが追いかけてきているのを見下ろし、そのまま河の方へと進路を変えた。

 離れていくセカンダリ。ゲームで慣れ親しんだ街だからか、もっとゆっくり滞在したかったのが正直なところだ。
 けれどまあ、ほとぼりが冷めた頃にまた来ることにしよう。もちろんミナと一緒に。