14.一人ぼっちになった日
見慣れたお城の私の部屋。
午後の礼儀作法の講義が終わり、護衛兼侍女のイアンテにいれてもらった紅茶を飲みながら、窓の外を眺めていた。
ここからはお城の庭園だけでなく、騎士たちの訓練場も見える。イアンテに言わせると、騎士たちが私の姿を見ると、より一層、訓練に力を入れるとか。私なんて普通の女子にすぎないから、そんな風にいわれると少しくすぐったい。
「今日も訓練に力が入っていますね~」
外を見ていたイアンテが、ダークエルフ特有の銀髪を掻き上げて言う。
「あなたの恋人もいるんじゃない?」
「いいえ姫さま。腐れ縁の幼なじみであってですね。決して姫さまが思っているような関係では……」
「あらあら。でも私知っているのよ。あなたが毎日お弁当を作ってあげてるって」
「それは! ブラッドが一人住まいで、しかも好き嫌いが多くてですね。あいつの母親から頼まれているからです」
「ふふふ。もう親公認の仲ってわけじゃない」
「だ~か~ら、違うんです。というか、どこから聞いたんですか」
そんなふうにイアンテをからかっていた時だった。
ドオ~ン。ズズズウゥゥン。
大きな爆発音と地響きが起きた。初めてのことに身体がすくむ。窓の外を見ると、お城の複数の場所から黒い煙が立ち上りはじめた。
瞬時にイアンテの雰囲気が変わる。
「近衛たちがいますが、念のため、避難しましょう」
と言う。
いったい何が起きているのか。わからないけれど、こういう時はイアンテの指示にしたがうのが一番だ。
すぐにイアンテの先導で廊下に出ると、再び爆発音が。しかもお父さまがいらっしゃるはずの執務室の方向だ。
「こっちです!」
イアンテに手を引かれながら、それとは逆方向に向かう。お父さまのところには近衛騎士団長がついている。だから大丈夫なはず。そう言い聞かせて、ドレスの裾をつかんで走る。
お城に攻め込まれることなど想定していない。だから緊急時の決められた避難場所なんてない。今、私たちが向かっているのは王族用の庭園にある小さな礼拝堂だ。あそこから外に脱出する隠し通路があったはず。
奥向きの侍女たちが右往左往しているのを、イアンテが、
「どこでもいいから部屋の中に入って鍵を掛けなさい。近衛が来るまで開けてはなりません」
と指示を出していく。
彼女たちが慌てて近くの部屋に入っていく、その脇を私は駆け抜けた。
柱の並ぶ回廊から庭園に出ると、もう一つの回廊からお母さまが走ってくるのが見えた。
「お母さま!」
と声を掛けたときだった。お母さま達の後ろから、騎士の一隊がやってきて、後ろからお母さまたちに襲いかかったのだ。
「エルミナ! 逃げて!」
そう叫んだお母さまを、その背後から騎士の一人が剣で貫いた。ガハッと血を吐き出すお母さま。「いやあぁぁぁ!」と叫んだが、すぐにイアンテに手を引かれて礼拝堂の中へと連れ込まれる。
「なんで。なにが起きているの。なぜ近衛がお母さまを!」
「姫! 落ち着きなさい。まずは逃げるのが先です」
混乱する私にきつい口調で言うイアンテ。すぐに礼拝堂の入り口のかんぬきを閉めるや、右手の壁の仕掛けを動かして隠し通路の入り口を開けた。
場所こそ知っていたけれど、この通路を使うのは初めてだ。「行きますよ!」
暗い入り口にためらっている私を引っ張りながら、イアンテが脱出用に用意してあった魔法のカンテラを手にして中に入る。すぐに内側から操作して、入り口を塞ぎ、下へと続く階段を二人で駆け下りていく。
ところどころで、壁向こうで誰かが戦っているのが聞こえる。うめき声がきこえ、壁にぶつかるドシンと言う音。恐ろしいことが起きている。お母さまも殺されてしまった。けれど、泣いている暇はないとイアンテが言う。
泣き叫びたい。けれど、イアンテの背中を追いかける。気がつくと、涙があふれていた。
それから階段を降り続け、どれくらい経ったろうか。一番したに着いたようで、そこから狭い通路を進む。幾度も曲がり、そして、途中に小さな部屋があり、そこに用意されていた汚れたフード付きのマントを上から被った。
「姫さま。もう少しです。出口は城の東側にある薬草園に出るはずです。そこの小屋に隠し地下室がありますので、ひとまずそこに避難します」
「わかりました。イアンテ。頼みます」
「姫さまは私がお守りしますから、ご安心を」
頼もしいイアンテの言葉。実は彼女のレベルは42で、騎士団や近衛の団長よりも強かかったりする。
一度、出口の前で止まり、イアンテが外の様子を窺っている。
「――行きましょう」
どうやら大丈夫なようだ。それでもイアンテは油断せずに、手にナイフを持って先に外へと出た。
私も外に出ると、そこは背の低い草木が綺麗に並んで育てられている場所だった。初めて見るけれど、これが薬草の畑なのだろう。
「こちらで「そこまでだ」」
イアンテの言葉を遮って、茂みに隠れていただろう男たちが起き上がった。鎧を着ているわけではないが、イアンテが気づけなかったのだから、かなり手練れなのだろう。
そこへとさらに馬を駆った一団がやってきた。
「くっ。追っ手のようです。――姫さま。お逃げください。この場は私が何とか致します」
そう言い捨てると、イアンテは騎士の一団がやってくる前に、取り囲んでいる男たちに襲いかかった。
イアンテ!
そう叫びそうになったが、戦っているイアンテと一瞬だけ目が合う。逃げてと強く訴えるその目に、私はすぐさま走り出した。
私の後ろを、何人かの男が追いかけてくる。しかし、すぐにうめき声が聞こえるや、その気配はなくなった。
それでも走る。林に入る。逃げ続ける。
後ろから、何かの合図らしき火魔法が打ち上がった。
一瞬振り返った私は、木の根に足を取られて転び、態勢を崩したままで川の中へと転落した。
深くて流れが速い。必死で顔を上げて息をしようとするが、服が流れに巻き込まれ沈みそうになる。
必死で泳ごうとした私だったが、口の中に水が飛び込んできた瞬間、意識がなくなった。
(書かないですが、このあと奴隷商に捕まりました)
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