2 森の中の廃墟は拠点としていた街だった

2021年7月9日

 

 よく見たら木々の間から、蔦に覆われた建物がいくつか見える。
 森に飲みこまれた廃墟か。夢を見ているって感じでもないんだが……。

 そう思いながら立ち上がった時に気がついた。手が色白い。明らかにいつもの自分の手ではないが、見覚えのある手。

 ……デルモントになってる? まさかな。

 しかし無意識のうちにステータスボードを開く操作をしていた。すぐに目の前に見慣れたウィンドウが現れる。どうみてもファンタズマのステータスボードだ。
 ファンタズマはサービス終了したじゃないか。違うゲームでも起動してしまっていたか? と思いつつウィンドウを下に見ていくと、ログアウトボタンがあるのを見つけた。……ただしグレーアウトしていて反応はない。

 デルモント・D・オルロック
 LV:98/150 ジョブ:クロスナイトJLV:88
 所属ギルド:血の盟約
 ――――
 ――

 なんとなく嫌な予感がしてきた。これは、もしかしなくてもそうなのでは……。小説でよく見る異世界転移というやつでは。

 そんな俺の困惑など知らぬとばかりに、さわさわと葉ずれの音が聞こえてくる。

 急に実感がなくなってきた。
 どうしたらいいんだ? これが途方に暮れるということか。……しかしだ。とりあえず落ちつけと、自分に言い聞かせる。

 このまま混乱していても、何も進まない。まずは現状をありのまま受けいれて、それからどうするかだ。

 よし。気を取り直していこう。
 どうやら俺は、ファンタズマによく似た、あるいはファンタズマの世界に転移してしまっている。
 今はその理由とかはどうでもいいが、まずは無条件でそのことを認めよう。そうしなければ始まらない。

 改めてステータスボードを見ると、時間は10:05となっていた。大丈夫。時間はまだある。
 ログアウトはできない。死に戻りも試すわけにはいかない。死ぬのは嫌だ。となれば、とりあえずこの世界で生きていくのが当面の目標となる。

 そこまで意識して自分の思考を誘導してから、さらに考える。

 ステータスを見る限りでは、どうやら今の自分の体はデルモントのものになっているらしい。鏡がないから確実なことはいえないけれど、肌の色といい服装といい、これもまた認めてよいだろう。

 ひとつ助かったのは、種族が吸血鬼とはいえ、ファンタズマの吸血鬼の特性が採用されているということか。

 一般に、ファンタジー物語での吸血鬼は太陽の光を浴びたら消滅してしまう設定が多い。
 しかしファンタズマでは、プレイヤーが操作する種族ということもあって、朝六時から夜六時まではHPとMP以外の全ステータスが―15%、夜六時から朝六時までは全ステータスが+15%となるという設定だった。
 いや、ちょっと待てよ。……少しだるさを感じるだろうか。だが、感覚的な違和感は大したことないようだ。

 次に安全の確保か。こんな森の中で、無防備なままでボウッとしているのは危険だ。
 改めて周りをよく見てみると、なんとなくどこかで見たことがあるような気がしなくもない。とはいえ、探索をする前にまず武器を装備した方がいいだろう。
 もしここがファンタズマの世界なら、あれができるはずだ。

 ――アイテムボックス。

 そう念じると、目の前に新しいウィンドウが開いた。思ったとおりだ。
 リストをスクロールして、ゲームの時と同じであることを確認し、1本の剣を選択した。光とともに手の中に剣が現れた。

 吸血剣ヴァンスレイブ。
 黒地に赤いラインの入った刃を持つ片手剣で、ドレイン特性を持っている。装備者が吸血鬼のみという縛りがあるけれど優秀な剣だ。

 ファンタズマのジョブには、最初から就いている1次から、1次のジョブレベルカンストの30で転職できる2次、2次職のジョブレベルカンスト60で転職できる3次、同じく3次職のジョブレベルカンスト90で転職できる4次職までが実装されていた。

 高位の職になれば、それだけ上の職になるためのジョブレベルが必要となるようだが、実際はそこまで大変でもない。
 というのも初期ジョブレベルというのがあり、2次職は31から、3次職は61からと初期ジョブレベルが設定されているからだ。もちろんレベルが高くなればそれだけ多くの経験値が必要なので、どっちにしろジョブレベル90まで育てるのは容易ではないんだけどな。

 取得ジョブによって上位派生や複合派生職などがあり、その職歴によって成長の度合いが変化する。
 取得したジョブは、ステータスのジョブ欄にセットすることで育てることができる。

 俺の場合、3次職賢者の上位派生4次職の聖人も取得しているが、今は2本の剣を操る3次職クロスナイトを先に育てたいので、クロスナイトをセットしている。
 予定ではクロスナイトの次は同じ3次職のホーリーナイト、ダークナイトを取得して、その複合派生である4次職の剣聖にするつもりだった。

 そんなわけで、2本の剣を装備してこそのクロスナイトではある。
 しかしこの現実になった世界で、いきなり二刀流は扱いきれない可能性がある。まずは1本を装備して、おいおい二刀流で戦えるのか確認するのが良いだろう。
 防具については、今の宵闇の騎士服が手持ちで一番よい装備なのでこのままで問題は無い。
 ともあれ戦闘はなるべく避けて、安全な場所を確保するのが最優先だ。慎重に気配をころしながら探索するとしよう。

 手入れするものなどいない森で、今、自分がいるのは獣道沿いのようだ。目の前には建ち並ぶ木々と、長くのびている下生えの草と藪。その向こうに森に埋もれた人工の建物があるようだが、あそこへは藪を掻きわけて行かねばならない。
 それは重労働になりそうなので、ひとまず獣道沿いに左手の方へと進むことにした。

 ふかふかのじゅうたんのような土を踏みながら、音を立てないように進む。
 ときおり邪魔をする、体にかかる位置にある枝は剣で切り落とし、少しずつ歩いていくと、やがて獣道から山道といえるくらいに広がっている道につながっていた。

 左右にはいくつかの建物が見えるが、どれもみな緑に飲みこまれたように蔦が這っていたりする。
 ただ、どこかで見たことがある気がするんだが……。

 そう思いつつ更に進んだ時だった。右手に見えてきた建物が視界に入った瞬間、俺の足が止まった。蔦が数本かべを這っていて、入り口の扉もどこかへ行ってしまっているようだが、忘れることなどない。
 そこは廃墟と化していたが、俺たち血の盟約のギルドホームだった。

 そうか、どこかで見たことがある建物群だと思っていたが、……ここはファストシティだったのか。
 とすると、ここはプレイしていた頃よりもずっと未来の世界ということになる。いや、それとも俺と同じく転移して顕現した時に森に飲みこまれたとかか。

 だが、知っている所だとわかったのは良かった。
 さっそくギルドホームに入ろう。あそこならば入り口さえ塞げば安全だろうし、気分的にも落ちついていられそうだし。

 そう思いつつ、俺はその廃墟へと足を踏み入れた。

 ホールの中央にはシャンデリアが落下したままになっていて、部屋の隅にも石などが転がっている。ソファからは草が生えていて、まさに廃墟の光景だった。
 まるで何百年も過ぎたような光景に、言いようのないわびしさを感じる。
 だが今は、気を取り直して探索を続けよう。

 急なことにも対応できるように剣を抜き身のままで持ち、俺は奥の階段から2階へと向かった。

 2階の廊下は窓が取れてしまっていて、外から日が差し込んでいた。片隅には、すでに住人がいなくなった鳥の巣なんかも転がっている。
 このフロアには、ギルマスの執務室ほか、20人ほどだったメンバーの私室が並んでいたはずだ。まずは自分の部屋へと行き、外れかかっている扉をどかして中に入る。

 埃が舞う室内。ここは確かに自分の部屋だ。
 メインシナリオ、サブシナリオで得た観賞用アイテムが飾られている室内を眺めてから、ひとまず他の部屋を先に探索することにした。
 数回しか訪れたことがないけれど、他のメンバーの部屋も俺の部屋と同じ程度、廃墟になっていた。何かが潜んでいることもなかったので、簡単に中を確認するだけにして次はギルマスの執務室に向かう。
 奇跡的に残っていた扉を開けて、中に入ると、その部屋は他の部屋よりも状態が良いようだった。

 大規模レイドなど、ギルド単位で動く時には何度となく集まってミーティングをした部屋。吸血鬼ギルドとしてのロールプレイの一環として、下のホールと同様に石造りの部屋に真っ赤なじゅうたんが敷き詰められ、天井からは小さいけれどシャンデリアがつり下がっている。
 ギルマス用の大きなデスクの向こうには、俺たちギルドメンバーの集合写真が絵となって描かれていた。

 そのデスクに腰を掛けて、室内を見回した。……ゲームが現実の世界となってから、まだ間もなくて特段の感慨などはないが、誰もいなくなって廃墟となったギルドホームの姿には思うところがある。
 だがしかし、当面はこのギルドホームを拠点にするのが安全だろう。

 改めてメンバーが集合した絵を眺める。

 もしかして自分のようにこの世界へと転移してきた人がいるんじゃないだろうか。
 何の根拠もない思いつきだったけれど、俺だけがファンタズマの世界に転移して一人ぼっちとは思いたくなかった。

 どんな小さなものでも、痕跡を見つけられれば……。
 そう思って室内を改めて見回す。

 うん?

 ふとギルマスのデスクに一冊の本があることに気がついた。あのアイテムは……日記か?

 ゲームの中ではイベントアイテム以外で見たことがないが、俺の記憶が確かなら日記だったはず。
 なぜこんなところに、といぶかしく思いながら開くと、最初のページにフェンリルさんの名前が記されていた。