7 出発

 

 こんなにスタイルが良く美人の女性。元よりないがしろにするつもりもないし、ぶっちゃけ童貞、インドアの俺が女性に強く出られるわけもない。
 ただ無意識下では、俺の従属になっているから、結婚となっても力関係は維持できるだろうと打算が働いているのも事実だったりする。
 その上で、いきなりだったけれど、一世一代のプロポーズになっていたわけだが、ミナの反応は非常にドライなものだった。

 俺なんかのプロポーズでいいのかと聞いてみると、元より自分の意思など関係なく嫁がされるのが普通らしく、むしろ俺がしたのが結婚の申し込みと知って好感をもたれたようだ。
 なんとなく機嫌が良さそうなミナだけれど、元の世界の俺の顔だったら拒否されていたんじゃないかって思う。

 あんな痴態を見せてしまったので責任を取ってもらわないと困りますと再び言われたが、プロポーズしたお陰か彼女の表情は柔らかい。

 ……まさか今日が満月で、しかも血の衝動なんてものが実際に発動するとは思いもしなかった。
 だが、こんなに美人な嫁さんができたということで、内心は舞い上がっていた。これで俺も勝ち組って奴だ。
 しかも元お姫さま――逃げようとしていた王女がらみの面倒も、覚悟を決めた以上はもはやどうでもいい。

 とりあえず、その日は夜も遅くなっていたので、そのまま別々の寝袋で就寝することになった。
 ああ、それから、ドラマチックな何かがあったわけではない。
 ただ何となく、俺もミナも〝これから先、どうしたらいいかな~〟となっていたところを、心が定まったことで不安がなくなったくらいだ。(もちろん、別の不安はあるけれど)

 というわけで何事もなく朝が来た。
 魔物を警戒して寝袋を使わなかった俺は、身体に掛けていた毛布を畳むとアイテムボックスに仕舞う。

 王女の寝袋がモゾモゾと動き出したのはちょうどその頃だった。
「あれ? 出口はどこ? え? え?」
 マミー型シェラフだったのが災いしてか、寝ているうちに身体が回転してしまったのだろう。寝袋の顔があるべきところから、王女の後ろ頭が見えていた。
 近寄って「ちょっとじっとして」と声を掛け、チャックを下ろしてやると、ようやく王女が頭を出した。さなぎから羽化しようとしている昆虫のように見えなくもないが、振り向いた王女があわてて姿勢を正そうとして失敗。バランスを崩して倒れかかったので、さっと抱き留めてやった。

「――あ」
と胸もとから王女の小さな声が聞こえた。
 腕に王女の胸が当たっていて、ふにゅっとした柔らかさと存在感に、内心ドキドキしながら、
「あわてなくていいから、ゆっくり足を出してごらん」
 真っ赤になった王女が「はい」と言いながら、ゆっくりと寝袋を脱ぎ去った。その間も、胸の感触に心臓の鼓動が痛いほど脈打つ。
「す、すみませんでした」
「いいって。慣れないとそうなることがあるし」
「はい」
 乱れた髪に1枚羽織っただけの寝間着代わりのワンピース。そして、その布地を押し上げる胸。
 さっきまではその谷間を、少し奥までのぞき込むことができてて……。思わず鼻血が出そうになった。

 あっさりしてはいたが、これは押し倒してしまっていいのだろうか。……いいや、それは我慢すべきだろう。
 彼女は少しは意識しているだろうし、納得もしているだろうけど、まだ俺を好いてくれてはいない。
 俺はかなり意識しているけど、まだ彼女の本当の性格も知らない。今ある抱きたいって欲望だけで、彼女の初めてを奪うのは気が引ける。

 できるならムードのあるところで、互いにその気になってから……、こんな言い訳をしているから、いつまでも童貞なんだろうけど、それは言わないでほしい。

◇◇◇◇
 幸いにも、アイテムボックスに宝箱から入手したまま放置していた女性用装備があったので、それをミナに渡して着替えさせた。
 いずれもLv30程度のプレイヤーが使うような品質なので、レベル6のミナを守る意味でもちょうど良い。

 フード付きのマジックローブを着て、ボブスレイ・キャットの革靴を履いたミナは、姿格好だけ見れば一端の冒険者に見える。
 訓練としてでも護衛術としてでも鍛えたことがないという王女。ミナ自身のレベルはわずか6だが、ジョブは回復士えジョブレベルは8だと言っていた。
 しかし、今では〝賢者の弟子〟という見たことがないジョブになっている。俺のナビゲーションによる簡易説明によると、四元素魔法と回復魔法に適正があるらしいが……。

 そのことを教えると、ミナは首をかしげ、
「賢者の弟子ですか? 私が……」
「聞いたことは?」
「ありません。そのようなジョブが……。もしやデルモント様は賢者でいらっしゃるとか」
「いいや。俺のジョブはクロスナイト――。いや、待てよ」

 ミナが驚いて「クロスナイト? それは伝説の?」とか言っているが、俺はそれよりも大事なことを思い出していた。

 クロスナイトに転職する2つ前のジョブが賢者だった。
 ミナが、4次職の聖人のではなく、賢者の弟子というのがよくわからないけれど、俺と血の契約を結んだせいでジョブも変化したのかもしれない。まだ聖人はほとんど育てていないからか?

「あー、なんだ。その。実は賢者のジョブも経験してたから、その関係かもしれない」

 そう話すと、ミナが目を丸くして深く頭を下げた。

「賢者様でいらっしゃいましたか。シルギース王国にもお一人だけおりましたが、そのお歳で賢者でいらしたとは。私もそのような方に嫁ぐことができて幸いです」

「えー、なんか他人行儀だな。もっと素の言葉は聞きたいっていうか。今は聖人も育てている最中だけど」

「せ、聖人! これは大変な失礼を!」
 いきなりその場で跪こうとするミナを慌てて止める。

「いや、だからさ。そういう丁寧な言葉づかいはやめてくれ。もっと自然に、いきなり夫婦の会話ってのは無理だろうけど、せめて友人のように話しかけてくれ」
「ですが……」
と言いよどむミナに、
「ミナのお母さんは、お父さんにどんな風に話しかけていた? それを真似すれば良いさ」
「母は、公の場では丁寧な言葉遣いでしたが、家族だけの時は……。なるほど」

 そうつぶやいたミナは、顔を上げると、
「聖人様には恐れ多いですが、それがご希望とあらば。たしかに夫にする言葉遣いではなかったですね」

「う~ん。まだちょっと固いかな。でもまあ、自然となるか。……ミナ。改めてよろしく」
「はい。デルモント様」
「デルモントでいいよ」
「これは私の癖でもあるので。それに従属しているのでしょう? ご主人様の方がよいですか?」
「そ、それはちょっと魅力。でもそうだな。それなら当面はデルモント様で。慣れてきたらデルモントでも、デルでもなんでもいいや」
「はい。わかりました」
「俺の方は、もうミナって呼んでいるけど、それで良かった?」
「もともと父と母からはそう呼ばれていたので、かまいません」
「そっか。じゃあ、そう呼ぶことにしよう。本名だと余計な問題を招き寄せそうだし」
「……ああ。それはそうかもしれませんね」
「もちろん、ミナは俺が守る。まあ俺自体のレベルは98の中堅レベルだけど」
「きゅ! 98! それはほとんど人としての上限に近いではないですか!」
「あれ? まさか上限解放クエストって知らないのか?」

 レベルキャップは100と130と150があり、今は150が限界レベルのはず。俺の場合、まだレベル100には行っていないけど、ギルド仲間の力を借りて、先に上限クエストをクリアしてある。

 ちなみに使える魔法を尋ねてみると、地水火風の4元素魔法の初歩的なものだけ身につけているらしい。
 彼女はまだ知らないけれど、従属種吸血鬼となったために、種族魔法である血魔法も使えるようになっているはずだ。

「はあ。やはり聖人という方は凄いのですね」
「今は先にクロスナイトを鍛えているけどね」
「クロスナイトというのも伝説のジョブなのですが」
「ミナも鍛えてもらうけどね」
「これからを考えるとそうですね。私も今までのように守られてばかりと言うわけにはいかないでしょうし。……がんばります」

 うん。なんだか少し打ち解けてきたみたいだ。
 セカンダリの町までは移動優先だが、早いうちに彼女を鍛えないといけないだろう。

 遅くなるといけないので話はそこまでとし、ギルドホームを出た俺たちは奴隷商人と遭遇した西門から外へ出た。

「召喚。スレイプニル。Lv40」
 コマンドを入力するように唱えると、目の前の地面に魔法陣が浮かび上がり、そこから大きな一頭の馬が現れた。脚は8本で白い毛をした立派な馬だ。
 とある草原ダンジョンに出てくる魔物で、召喚契約を結んで呼び出して移動手段とするのが定番だ。

「これは!」と驚くミナに、俺はどや顔を見せ、
「スレイプニルのグラニだ。これに乗って行くよ」
と告げる。
 ブルゥと鼻を鳴らしたグラニが俺に近寄り、その鼻を押し当ててきた。その力に少しよろめいてしまうが、どうやら甘えているようだ。
「よしよし」と声を掛けながら、首筋やたてがみを撫でてやった。

 ミナは馬に乗ったことがないらしいので、先にミナをグラニに横乗せにし、そのすぐ後ろに俺が跨がった。見方によっては、俺がミナを横抱きにしながらグラニに乗っているように見えるだろうか。

 バランスをくずさないように俺の胸に寄りかかる元王女。
「なんだか恥ずかしいです。……でも、ちょっとうれしいです」
 胸もとでそんなことを言うミナが可愛らしい。俺は腕の中のミナの柔らかさにドキドキしながら、グラニを前に進ませた。

 ファストシティの西門をかすめるように通っていた林道を、南の方へと進むと、ほどなくして森の出口に出た。
 目の前を広い草原が広がり、その奥にまた別の森が、そしてその向こうに雪を冠した山々が見えた。
 ゲームの時によく見た景色だが、不思議な感動が胸のうちに広がっていく。風が遠くから草をなびかせながら渡ってきて、馬上の俺たちを包み込んでそのまま通り抜けていく。

「……いい天気だ」

 気分は上々。さあ、セカンダリに向けて出発だ。