映像化の問題かぁ……。

あたたかいと思ったら急に寒くなったりする。今年の冬は落ち着かないですね。

ドラマ「セクシー田中さん」を巡って原作者が亡くなられ、まったく知らない漫画・ドラマではありましたが、ショックを受けました。ご冥福をお祈りします。

原作者、脚本家、出版社、テレビ局のどこに問題が潜んでいたのか。色々と考えさせられました。

時間芸術であるドラマにするにあたり、決められた尺のなかでどう展開し、どこで話を区切るのか。これは雑誌連載も同じ制約がありますね。さらに各出演者の事務所からの要求に応えなければいけないとか、そもそも原作通りにはできない。原作者と脚本家の対立が問題じゃなくて出版社とテレビ局(プロデューサー)の問題だ。批判すべきは脚本家がインスタに上げた投稿だ、などなど。多くの方がコメントを寄せられています。

原作者が最初に提示した条件がまったく守られない。これが原作者の悩みのおおもとだったのでしょう。というか改変がどうのこうのを論じる前の問題で、提示された条件はちゃんと守ろうよ。手を入れるなら原作者の理解を得る。コミュニケーションがちゃんと取れていなかったことも明白。

ですが、また起きるでしょうね。きっと。

出版社もテレビ局も、真相を説明するつもりがあるかわからない。これからも出版社と局を通した伝言ゲームでやっていくんでしょうし、今回の件もただ時間が過ぎて風化するのを待っているんじゃ……。

そもそも作品の精神性やメッセージ性や思想性を大事にする原作者側と、エンターテイメント性を打ち出したいテレビ局側とで価値観や方向性が一致できるのかも疑問。作品と自身とを切り分けられる作者さんなら可能かもですが、できない人もいると思います。

これからは、原作者さんが自身の属する協会に相談するだけじゃなく、弁護士同伴の上で契約に臨む時代になるんでしょうかね。

【追記】小学館の編集部からのコメントが出ました。また脚本家の方からも初めて聞く話ばかりとのコメントも。関係者から少し事情を聞いたという方のコメントを見ると、はっきりとは書いていませんが、ボタンの掛け違いがあったような印象です。

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