43.大学1年生 引っ越し

01第一章 時を超えて

 三月の下旬。この時期は引っ越しシーズンだ。

 俺と春香の引っ越し荷物はすでに昨日のうちに業者が取りに来た。

 今日は引っ越し先のアパートで荷物の搬入と整理となる。

 アパートは国分寺の駅から徒歩三〇分ほどのところにある。

 二階の部屋で2LDK、バストイレ付き。六畳の和室と洋室が一つずつ会って、約九畳のダイニングキッチンにベランダ付き。敷地内に駐車場がある。

 ここって高そうな気がするが、父さんと母さんが笑って教えてくれなかった。あとでインターネットで調べたところ、管理共益費込みで家賃六万五千円だった。大学への通学には少し苦労するが、二人暮らしということを考えるとこんなものかもしれない。

 「ふぃ。……まあ掃除はこんなもんかな?」

と母さんが腰に手を当ててつぶやいた。

 そう。今日は引っ越しの手伝いに母さんが一緒に来てくれている。朝からざざっと掃除をして、もうそろそろトラックが来る時間のはずだ。

 俺はアパートの窓に合わせて新しく買った紺色インディゴ・ブルーのカーテンを取り付けながら、

 「お疲れ。どうにか間に合ったね」

と言った。春香が母さんからぞうきんを受け取って流しに持って行く。母さんも流しに行って手をすすぐと、ビニール袋からペットボトルのお茶を取りだした。母さんがお茶を一口飲んで、部屋を見渡した。

 「このカーペットも良い感じね」

としみじみ言った。

 丁度、部屋の壁が白かったこともあり、寝室にする予定の和室のカーペットはライトブラウンを選択。インディゴのカーテンとよく似合っている。ちなみに洋室はフローリングなので本棚を置いて勉強部屋にするつもりだ。

 今日も良い天気だ。下の駐車場には、俺たちの乗ってきたダイハツのムーヴの一台だけが停まっている。

 あの車は、父さんの会社の人で買い換えるという人から安く譲ってもらった車だ。前の人は女性だったみたいで、中は綺麗でタバコの匂いもない。走行距離こそ、そこそこ行っているが、俺たちには丁度良いだろう。

 いつの間にか、そばに母さんと春香も来ていて、一緒に外を眺めていた。苦笑しながら窓を開けて三人でバルコニーに出る。

 バルコニーから街を眺めながら、日当たりが良いとか、あそこにスーパーがあるから後で行こうとか話をしていると、引っ越し屋さんのトラックがやってくるのが見えた。

 「どうやら来たみたいだ」

と二人に言って、先に玄関から外に出て下に下りていく。

 「どうも! お待たせしました!」

 四〇代くらいのおっちゃんが、体育会系の元気な声でトラックの運転席から下りてきた。

 俺は頭を下げて、

 「お世話になります」

と言って、部屋の位置を指さした。おっちゃんは、

 「おっ。丁度良く窓の下が駐車場ですね。……バルコニー側から入れちゃいますか?」

 「あっ、そうですね。そっちの方が楽ですね」

 おっちゃんは、「じゃ」と言って運転席に座ると、巧みにトラックを動かして駐車し、荷台のリフトの位置を微調整しはじめた。

 俺は部屋に戻って、母さんと春香にバルコニーから搬入すると伝えると、早速、窓を取り外して搬入しやすいように準備をする。

 バルコニーから下を見ると、おっちゃんが手を振って、

 「じゃ、行きますよ」

と言い、荷物を載せたリフトを上げる。

 四人で手分けして段ボールを次々に運び入れる。合間に、タンスと食器棚に冷蔵庫と液晶テレビを運び込む。冷蔵庫といってもそれほど大きくないし、タンスも高さが1メートル五〇センチくらいで軽いものなので、さほど苦労せずに中に配置することができた。

 「う~ん。冷蔵庫はこっちが良いかな。それともこっち……」

 キッチンスペースで春香が悩みながらブツブツとつぶやいている。ドアを開ける向きとか、自分の動きとかを考えて慎重に位置を決めて居るみたいだ。

 俺はおっちゃんと二人でベッド台を運び込んで寝室に設置。ちなみにシングルが二台だからね。まあ、くっつけて置くから同じ事かも知れないけれどさ。

 広く感じた部屋が見る見るうちに段ボールで一杯になっていく。

 洋室に段ボールを運んでいた母さんが、

 「あんた! 何この重い段ボール? 腰が痛くなりそう」

と悲鳴をあげた。俺は慌てて、

 「ああ! それは本だ。俺が運ぶから母さんは春香と台所の方を頼む」

と言って、段ボールを受け取り、次々に洋室に運んでいく。

 その間、おっちゃんは脱衣所で洗濯機の設置をやってくれた。

 途中で休憩を挟みながら、分解した本棚やらダイニングテーブルとテレビ台を運び。昼過ぎにはすべてを運び終えた。

 おっちゃんとみんなとで段ボールの口数などを数えて確認し、書類に完了のサインをする。

 「じゃ、どうも!」

と元気な声で、おっちゃんがトラックで帰っていくのを見送り、俺は部屋にとって返した。

 玄関から入ると、もう段ボールだらけの部屋が視界に入る。

 母さんが、

 「ほらっ。ぼけっとしないで急がないとおわんないよ!」

と言った。「わかった!」と段ボールの林の中に入り、とりあえず寝室の周りから荷ほどきを始めた。

 段ボールを開けて、衣類を順番にタンスに入れていく。

 「わっ」

 とある衣類の段ボールを開けると、春香の下着がどっさりと出てきた。白やらピンクのブラやショーツ、キャミに紛れて、大人びた黒のレースのブラとショーツまである。……もしや勝負下着?

 手の動きが止まった俺を見て、母さんがやってきて段ボールをのぞき込み、

 「春香ちゃんの衣類は私がやるから、あんたは自分のやんな」

と言うと、次々に春香の下着をタンスにしまっていった。

 俺は自分の衣類を入れ終わると、工具箱を探し出して、分解していたハンガーラックやダイニングテーブル、そして、洋室の書棚を次々に組み立て始めた。その後は、食器棚と書棚に突っ張り棒をかませたり、開いた段ボールをつぶして束にしたり、必要な物をメモに書き込んだりする。

 その間に、電気屋さんとガス屋さんが来て、それぞれメーターの確認と、ガスコンロの調整をやってくれた。

 午後四時ごろになり、母さんが、

 「私、そろそろ帰んないと……」

と言い出した。来るときは車で一緒だったけれど、母さんは今日中に新幹線で帰ることになっている。確かに、今年の十月になるまで新幹線は品川駅には停まらないから、そろそろ駅まで送らないといけない。

 春香が、

 「じゃあ、お見送りします」

と言って、ちょうど買い出しもしないといけないので、三人で駅に向かうことにする。

 行き帰りのルートを確認しながら、交番の位置や途中のお店の位置を確認しながら歩いていると、春香が少しうつむき始めた。

 「どうした?」

 「うん。なんだかほら。親元を離れて暮らすんだなって思ったら、ちょっと寂しくなっちゃった」

 それを聞いた母さんがにっこり笑うと、

 「んもー。春香ちゃんたら可愛いわね。……まあ、私たちもおばさんも寂しいのよ」

 「おばさん……」

 「違う違う。春香ちゃん。お義母さんって呼んでちょうだい。……ま、夏樹と春香ちゃんとで二人暮らしだから、まだ安心してるのよ。一人暮らしなんて言ったら、私も春香ちゃんのお母さんも、もっともっと心配してたわよ?」

 春香がうなづきながら、俺の手をぎゅっと握った。俺は春香の手を握りかえしながら、

 「母さん。向こうのお義母さんにも大丈夫だよって言っといてね」

と言うと、母さんはうなづいた。

 駅まで行って、母さんが改札口を通って行ってしまうのを見送り、俺と春香は買い物をしながらアパートまで歩く。

 アナウンスやお店の音楽、車の音など、街の喧騒に包まれるが、返ってどこか心細さを感じる。親元を離れるってことはこういうことだ。俺は、春香と腕を組みながら、タイムリープ前のことを思い出していた。

 春香が、

 「ん~。買い物はこれで終わりかな。……あのさ。夏樹。今日はお弁当でもいい?」

と言った。確かにあの家の中の状態では料理なんてできない。

 「じゃ、そこのほっともっとで何か買っていこうよ」

と俺は春香と一緒に目の前のお弁当屋さんに入った。

 お弁当を注文して、出来上がるのを待ちながら、

 「明日の朝ご飯も、パンか何かを買っていこう。って、お茶のペットボトルとかもいるか」

 「あっ、そうだ。早く電気ポットを探さないと……」

 「うわ。やることがまだまだあるじゃんか」

 電子レンジは出したんだが、電気ポットはまだだ。それにバスタオルとかも出さないと。ええっとどの段ボールに入れたっけな……。

 そんなことを二人で話しているうちに、お弁当ができてきた。

 片手で洗剤やらの入ったビニール袋を持ち、もう片方は弁当の入ったビニール袋を持つ。弁当を持つ手に春香が手をそっと添えていて、春香の反対側の手にはトイレットペーパーを持っている。

 春香が、

 「ふふふ。こうしていると本当に新婚さんみたいな気分になるね」

と笑った。

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