24.中学校2年生 林間学校3

01第一章 時を超えて

 「よかった。まだ居てくれて」

 鈴木はそういうと春香たち女子を見つめた。

 何か問題でも発生したのだろうか?疑問に思った俺だが、鈴木はうれしそうに、

 「今日のウォークラリーは、俺たちの班が学年トップだって!」

それを聞いて、みんな半信半疑だ。

 「……まじ?」「ホント?」「ってか、きちんと点数ついてたんだ」

 俺は春香と目を見合わせてにっこり笑う。「やったね。夏樹!」「ああ」

 ひとしきり喜んだ俺たちだったが、連絡事項として具合の悪い子やケガをしたら直ぐに報告するようにとのこと。それからすぐに女子のシャワーの順番が回ってきたので、春香達はそっちに向かった。

 「ふぅ。とりあえず初日は無事に終わったな」

 そういって、鈴木は大きくため息をつく。長岡が、

 「明日は、確か河原で自然観察と魚のつかみ取りだっけ?」

と言うので、俺が、

 「ああ。それで午後は早めに戻ってきて、キャンプファイヤーの時のダンスの練習。そして、キャンプファイヤーとその後の肝試しってところだな」

と言った。鈴木が真剣な顔で、

 「夏樹。さっきはありがとうな。塩水飲んでかなり楽になったよ」

と言う。見ると長岡も頷いていた。

 「いいって。あのまま具合悪くなってたらどうしようかと思ったよ」

とおどけて言うと、二人とも苦笑していた。

 「ま、そのお返しって訳じゃないけど、明日のつかみ取りは俺と長岡にやらせてくれ」

と鈴木が言う。

 そう。明日の魚のつかみ取りは各班2名ずつ代表が出て班対抗で行われる予定だ。正直、釣りとか罠を作って魚を捕ったことはあるが、つかみ取りは経験が無い。二人の申し出をありがたく受けることにした。

 「ああ。俺も助かる。頼んだぜ」

と言って、握り拳を差し出すと、二人も握り拳をコツンとぶつけてきた。

 「まかせろ」「俺たちも少しは格好いいところを見せないとな」

 二人の返事を聞きながら、昼食で取った魚を焼くはずだから責任重要だよなと思いつつ、ま、捕れなくても弁当が有るからいいかと思い直した。

 それから、俺たちもシャワーを浴びてテントに潜ったが、闘志をみなぎらせた二人はなかなか寝付けなかったようだ。

――――。

 朝が来た。

 二人は遅くまで寝付けなかったようで、まだ寝袋の中でもぞもぞしている。

 木々の葉っぱでよく分からないが、どうやら今日も天気が良く暑くなりそうだ。

 俺は、先に起きて管理棟で班員の分の朝食弁当のパンと牛乳を受け取り、テントに戻ってきた。

 どうやら、まだ他の班もほとんど出てこなくて、起きている人はちらほらとしか見えない。

 再び水場にとって返してヤカンに水を入れてテントに戻る。弱く火を起こして、鍋に俺と春香の分の牛乳を入れて少し水を足す。

 途中で砂糖を加えながらゆっくりとかき混ぜていると、女子達がやってきた。

 「おはよう」

 春香が俺のすぐ横に座った。遠藤さんは俺たちのテントの方に行き、

 「お~い!そろそろ起きなよ!」

と声をかけている。

 俺は片岡さんに、みんなの分の朝食のパンを渡して配ってくれるように言う。片岡さんが、

 「あれ?夏樹君は何作ってるの?」

ときいてきたので、

 「俺と春香の分でホットミルクさ」

と言った。するともう2つの牛乳を渡してきて、

 「じゃ、私と遠藤さんの分も使って良いよ」

と言うので、改めて鍋に牛乳を足して砂糖を加えて味を調えた。

 鈴木と長岡が起きてきて、大きく背伸びをする。この頃にはどの班も起きてきて、もそもそと朝食を食べ出していた。

 片岡さんが人数分の紙コップを並べてくれたので、それに完成したホットミルクを入れていく。

 それからみんなでパンを食べて、今日のスケジュールを確認した。

 春香がホットミルクを飲みながら、幸せそうに目を細めている。

 「う~ん。まさかこんな所でホットミルクを飲めるなんてねぇ」

と言っている。ふと見ると、その向こうで遠藤さんと片岡さんもおいしそうに飲んでいた。

 鈴木と長岡はパックの牛乳だが、紙コップ半分ぐらいずつホットミルクを入れてやった。

 ある意味で優雅な朝食を終えて、すぐに火を消し鍋を洗って、出発の準備を整えた。

 二日目のレクレーションはクラス毎に違う。

 俺たちの班は河原だが、他の班では林道の散策、自然木を利用した工作、明治以降の入植地であるこのキャンプ場の石碑巡りなど、様々だ。っていうか、俺のクラスは良い方だと思う。

 キャンプ場の出口から二列に並んで河原に向かう。

 俺は春香の横に並び、靴擦れした春香の足の様子を見ながら歩いた。

 「もう大丈夫だよ」

といって春香は笑っているが、ここで靴擦れを悪化させると後が大変だ。

 出発前に春香のかかとを見て、すでに固くなってきているのを確認して一安心する。

 「歩いてて痛くないか?」

 「うん。大丈夫だって」

 そういう春香の様子を見るが、確かにもう痛くはないようだ。俺と春香の後ろを歩く片岡さんが、

 「愛の勝利だね」

と冗談めかしていうと、春香が照れながら、

 「えへへ。夏樹のお陰だよね」

と言っている。俺は気恥ずかしかったのでスルーしたが、スルーし切れていなかったかも。

 さて、キャンプ地から30分ほど歩くと緩やかに流れる川が見えてきた。今通っている市道から、川へと向かう林道へと入っていく。途中でアシタバを見つけたのでいくらか採取しておき、進んでいくと、すぐに広い河原へと出た。

 河原には大小様々な石が転がっている。見ると、川の一部が石でせき止められており、その前にキャンプ場の管理人の人がにこにこと笑いながら俺たちを見ている。

 担任の女の先生がお辞儀をしながら、管理人の男性の所へ行き何事かを話し合っている。

 どうやら管理人の人は、つかみ取りのために、川の一部をせき止めて沢山のマスを放流したようだ。

 「うわぁ。たくさん泳いでいるね」

 みんなで川面をのぞき込んでいると、女子の誰かがそうつぶやいた。

 管理人の人と話し終えた先生が、俺たちに、

 「はい。まずは自然観察だよ」

と言った。

 俺たちは管理人の人の前に集まって、それぞれ近くの石に腰掛ける。

 管理人の人が、キャンプ場の生態系、山に於ける木の役割と水の循環。海との関係などを説明してくれた。

 それが終わると、先生が、

 「スケッチブックは持ってきた?じゃあ、この河原で気になったものを絵に描いてね。……あまり遠くへ行かないように注意して」

 その指示に、みんなはスケッチブックを手に三々五々に散らばっていく。マスの泳いでいる所へいく人たちが多いようだ。なかには、河原全体の風景を描いている女子もいれば、川の側の石をひっくり返して生き物を探している男子もいる。林側の草むらの側でしゃがみ込んで何かを観察している男女もいれば、何を描いていいかわからずにうろうろしている人もいる。

 俺と春香も泳いでいるマスを描くことにしたが、その前に採取したアシタバを川の水で洗い、拾った枝にくくりつけて乾燥させておいた。そして、大きな石に並んで腰掛けながら泳いでいるマスを描く。

 「ふんふんふ~ん」

 隣で春香が機嫌良さそうに鼻歌を歌っているので、俺もそれに併せて鼻歌を歌う。

 スケッチブックにB6の鉛筆で、ささっと泳いでいるマスを描き、陰影を落として指でこすり、日の光の反射するところを消しゴムで消していく。

 発掘された遺物を描くことにも慣れているので、こうした絵を描くってことはそれほど苦にはならない。それでも過去の遺物資料と水の中のマスとでは雰囲気が違う。流れる水の中を上手に位置を変えずに泳いでいるマスに、確かな生命の息吹を感じて不思議な気持ちになった。

 一時間ほど、自然観察と称するスケッチ大会が終わり、先生の前で班ごとに整列する。

 「よ~し。それじゃぁ。これから班対抗のマスのつかみ取り大会をします」

 みんなが歓声を上げるなかで先生が説明を続けた。

 「取った魚は、それぞれの班でお昼のおかずにするからね」

 管理人の人が笑いながら、せき止めている川に近寄って靴を脱ぎズボンをめくりあげて素足となり、お手本として一匹を捕まえてくれた。

 「水深は20センチメートルくらいだから大丈夫。こういう風にやれば捕まえられるからね。数は沢山用意してあるから、どんどん取ってください」

 そういって、管理者の人は捕まえたマスを再び水に放流し、川から出てくる。

 先生が補足する。

 「川縁に各班の人に、このバケツを持って待機してもらいます。水に入った人が捕まえたら、すぐにバケツに入れること。よかったら、早速、班代表の人は準備して」

 

 俺たちの班は、つかみ取りが鈴木と長岡、バケツは遠藤さんが持ってくれることになった。

 残りは応援かな?

 鈴木と長岡からリュックを受け取り、遠藤さんのリュックを持った春香と片岡さんと一緒に、水のかからない位置に下がる。

 各班代表の総勢12名が川沿いに整列する。班によっては女の子のペア、男子と女子など、意外に女子もチャレンジするようだ。

 代表の後ろにはバケツを持った6人が待機している。

 その様子を確認した先生が、手にした笛を吹く。ピー―!

 「はじめ!」

 その声を合図に、歓声を上げながら代表者が一斉に川に入っていく。

 バシャバシャ!

 「そっちそっち!」「うおっ!」

 代表者が逃げ回るマスを追いかけて、タイミングを計って手を伸ばす。

 「くそっ!」「とれた!」

 水がバシャバシャとはじけ飛び、川縁にいるバケツ組にまで懸かっている。

 鈴木と長岡が二人で川縁にマスを追い込み、二人で一斉に水ごとはじいた。

盛大な水しぶきが上がり、川縁にいた女子達が「きゃー」と声を上がる。

 マスが川縁に打ち上げられて、それを素早く遠藤さんの持つバケツに入れていった。

 応援組もその様子を見ながらテンションが上がり、笑いながら応援している。……あ、長岡が川の中でひっくり返った。

 「あははははは!」

 びしょ濡れになった長岡が、やけくそといった風にマスにつかみかかる――。

 さて、俺たちの班の成果はマス5匹だった。残念。あと1匹で一人一匹となったんだが。まあ、楽しかったから問題はないだろう。

 川から上がってきた鈴木と長岡にタオルを渡す。長岡は、「ううぅ。パンツまで濡れてる」と、もうびっしょりになっている。

 幸いにリュックの中に着替えが用意してはある。が、着替える場所がない。どうしたもんかと思っていると、管理者の人がポップアップテントを用意してくれていたみたいで、無事に長岡は着替えをすることができた。

 それから俺たちはバケツを持ってキャンプ場まで戻り、お弁当が配られてお昼となった。

 女子達がまごまごしているなぁと思ったら、春香が、

 「あのさ。夏樹は魚さばける?」

と聞いてきた。って、そうか、マスをさばけないのか。

 「わかった。俺がやるよ」

といって、俺は鈴木と長岡に火起こしをお願いして春香と一緒に水場に向かった。

 見ると、どの班も女子がどうしようという様子でたたずんでいるところを、担任の女の先生が捌きかたを教えていた。

 「ちょっとここを借ります」

 一声掛けてから、まずバケツの中の魚を綺麗に水洗いして調理台に並べた。

 春香から渡された包丁を手に、一匹ずつはらわたとエラを綺麗に取り、用意された串に刺していく。

 その様子を見ていた先生が、

 「あら?夏樹君は上手ねぇ」

と目を丸くして見ていた。

 「あはは。こういうの好きなんですよ」といいつつ、さっさと五匹を処理し終えた。

 気がつくと、その場にいたクラスの女子連中が俺を見ている。

 「うん?どうした?」

と俺が聞くと、近くにいた女子が、

 「うちの班のもやってくれない?」

と言うと、「あ、ずるい」という声と共に一斉にやってくれと言う。

 「え、え~と……」

 困った表情をしていると先生が笑い出した。

 「ま、まあしょうがないわね。じゃ、私と夏樹君とではらわたを取るまではやるから、あとは班で塩焼きにするなり、串焼きにするなりしなさい」

と言う。女子達にそれぞれの班の魚を綺麗に水洗いしてもらい、できたものから順番に捌いていく。

 先生も手際が良く、って主婦だから当たり前か、30分ほどですべてのマスの処理を終えた。

 「ありがとうね。夏樹君」

という女子達のお礼を背中に聞きながら、俺と春香はテントに戻った。

 テントに戻ると、男子達が未だに四苦八苦して火を起こそうとしていた。

 遠藤さんと片岡さんの視線が怖い。俺は春香に魚に塩を振っといてと頼んで、二人と交替してかまどの前に座った。

 「ああ、なるほど」

 どうやら二人は今まで火起こしの経験が無かったようだ。いきなりこんな太い薪につけようとしてもそれは無理だ。

 俺はかまどの中を綺麗にして余分な木材を取り出し、上の網を取り外す。改めて杉ッぱに火をつけて、細い枝から火をつけていく。その都度、鈴木と長岡にやり方を説明していく。

 火が起きたら、串を刺した魚を並べて焼き具合を見る。

 「ん~。そろそろいいかな」

そうつぶやいて、魚をみんなに渡していく。片岡さん、遠藤さん、そして、鈴木に長岡。最後の一本は俺と春香だ。

 「なあ、俺はいいからこれやるよ」

といって鈴木が自分の分の魚を渡してくるが、俺は手で制した。

 「いいって。少しはいちゃいちゃさせろよ」

と、わざとおどけて言った。串をもって一口食べてから春香に差し出すと、春香はそのままぱくりとかじりついた。

 「うん。おいしい」「ああ。塩加減もちょうどだ」

 弁当をつつきながら二人で交互に食べていると、遠藤さんが、

 「はあ。まったくあんたたちは幸せそうでいいわねぇ」

と言う。隣で片岡さんも「小学校の時より遠慮が無くなってる」という。

 「そうかな?」

と春香が首をかしげると、だまって遠藤さんがその頭にチョップをして突っ込んだ。

 「あたっ」

 大げさに額を抑える春香にみんなは大笑いした。

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