39.高校3年生 入試当日、結ばれる二人

01第一章 時を超えて

 翌日、試験の時間まではまだ余裕があるが、早めに試験会場として指定された大学の学部棟へと向かう。

 幸いに雪は降らなく、電車も予想通りの時刻に駅に到着した。駅から、春香と一緒に出て商店街を歩く。二月上旬といえば一年でも一番寒い時期だ。

 「寒いね」

 手袋をした手をさらにり合わせながら春香がつぶやいた。

 「ほら」とホッカイロを渡してやる。

 「ちゃんとお腹にも貼ってきたか?」

 「うん。大丈夫だよ。……試験中にお腹痛くなったら大変だもんね」

 そんな会話をしながら大学のキャンパスに向かう。周りには同じ方向へ向かう受験生が大勢いた。微妙に緊張している顔。友達と会話している人。眠そうに目にくまをつくっている人など様々だ。

 春香がいつものように腕を絡めてきた。笑顔で、

 「さ、私たちも行こう」

という春香に俺はうなづいた。

 商店街を抜け、今は枝ばかりの桜の並ぶ通りを歩き、大学の門前へたどり着いた。

 どこかピリピリした空気を感じながら構内へと足を踏み入れる。さあ、ここからが本番だ。

――――。

 一通りの試験が終わり、当初の予定通りに大学の門のところで春香と待ち合わせをする。

 俺の方が先に来たようで、春香が来るのをじっと待つ。

 ううっ。この時期は足下が寒いぜ。早く温かいものが飲みたいね。

 そう我慢しながら待っていると、向こうから春香が歩いてきた。

 緊張から解かれて緩んだ表情の春香が、

 「お待たせ!」

と笑顔で俺の前に立つ。

 「その様子なら上手くいったな?」

 「うん。もちろん! 夏樹は?」

 俺はサムズアップして、

 「完璧!」と笑うと、

 「よかったぁ。ってか夏樹に心配はいらないって思ってたけど」

とおどけたので、頭をなでなでして、

 「それでも心配して欲しいけどね」

という。春香は照れくさそうに俺の手を払い、

 「ちょ、ちょっと恥ずかしいよ」

と俺の腕に自分の腕を絡めて歩き出した。って、こっちの方が恥ずかしいんじゃないか?

 可愛らしく首をかしげる春香に微笑み返しながら、駅へと向かって歩き始めた。

 新宿駅に着く頃にはちょうど夕飯時でお腹も空いていた。

 「折角だから、ちょっと奮発してうなぎを食べにいこうよ」

 「えっ? うなぎ? 高くない?」

 「大丈夫。おいしいものを食べて帰っておいでって、少しお金預かってるから」

 「本当? いいの?」という春香の手を取って、小田急百貨店のエレベーターに並んだ。

 エレベーターガールのお姉さんが、てきぱきとお客さんを整理していて、春香があこがれを込めて見ていた。

 時間が時間だけにエスカレーターの中はぎゅうぎゅうだ。俺は壁際で春香と向かい合って、ぎゅっとくっついてる。腕の中で春香がえへへと照れ笑いをしていた。

 浮遊感を残してエレベーターが十二階のレストラン街に到着すると、人々がさあっと出て行く。俺たちの流れにしたがってフロアに出て、早速、うなぎ料理のお店の双葉に向かった。

 新宿でうなぎ屋さんだと、勿論、ほかにもお店はあるけれど、やっぱり学生にとってはデパートの中のお店の方が安心できるし、入りやすい。

 「いらっしゃいませ。二名様ですか?」

と和服の女性に尋ねられたのでうなづく。

 案内されて壁際の席で向かい合って座った。おおよそ六割くらいの席が埋まっている。

 メニューを開いて、

 「俺が決めちゃってもいい?」

と春香にきくと「うん」とうなづいた。

 早速、店員さんを呼んで、

 「松を二つで、両方とも肝吸いともずく酢をつけてください。……以上でお願いします」

店員さんはにこやかに注文を繰り返して、厨房へと戻っていく。

 春香が回りを気にしながら、

 「いやあ、まさかこういうお店に来ることになるとはねぇ」

 「ははは。でも今日くらいはさ」

 「うん。まるでお父さんと来ているみたいだよ」

そう言って目を細める春香に、

 「お父さんじゃなくて、彼氏とか旦那とかいって欲しいなぁ」

と不満げに言うと、春香は、

 「そうだったそうだった。ね。私の旦那様」

と苦笑した。

 先にもずく酢が出されてきたので、それを食べながら周りのテーブルを見ると、サラリーマンやどこかの奥様方などばかりで、ネクタイを緩めた男性の三人組がビールを飲んで少し陽気になっている。

 その光景にどこか懐かしさを感じながら、春香とおしゃべりをしていると、鰻丼うなどんが運ばれてきた。

 朱色のどんぶりの蓋を開けると、大きなうなぎが二切れ並んで入っている。

 「うわぁ」

と春香が目を輝かせて、うれしそうにどんぶりを見た。

 ぱっぱっと山椒を振ると、タレの香ばしい匂いに山椒の香りが食欲をかき立てる。

 「「いただきます」」

 うなぎを箸で切り分けて、ごはんと一緒に口に入れる。口の中に熱々のごはんとうなぎが混じり合い、得も言われぬ旨みとなって口に広がる。

 「う~ん。おいしい」

 目の前の春香がうれしそうにつぶやいて、次々に口に入れていった。

 腹ぺこの俺たちは、しばし無言で食べ続けた。

 箸休めにお新香を食べ、肝吸いを飲む。春香はお吸い物の中の肝を見て、ちょっと迷っていた。

 ……おいおい。子供じゃないんだから、大丈夫だよね?

 見ていると、思い切っておつゆと一緒に口に入れたようで、

 「ふ~ん」とだけつぶやいた。きっとこんなもんかと思っているんだろうね。

 すっかり食べ終わると、春香は満足したように息を吐く。

 「お姫様は満足ですか?」

とおどけて言うと、

 「うん。満足満足。おいしかったよ」

と笑みを見せた。食事が終わって時計を確認すると六時三〇分だった。そろそろホテルに戻ろう。

 お会計を終えて、帰りはエスカレーターで降りる。

 「そうだ。春香。どっか寄る?」

と聞いてみるが、

 「ううん。もう疲れたから帰ろうよ」

とのこと。エスカレーターからディスプレイされている服を眺めながら、一階まで降りた。

 相変わらずの人混みの中を、春香と腕を絡めながら歩いてホテルに向かう。

昔、出張したときは決まって仕事帰りにバニラアイスを買って、ホテルで食べていた。不意にその習慣が出てきて、どうしてもバニラアイスが食べたくなった。

 春香を連れてホテル近くのコンビニによることにする。

 カゴを持って目当てのバニラアイスが残っているのを確認。先にドリンクコーナーに行って、思わず昔の癖で発泡酒に出かけた手を押さえて炭酸飲料をカゴに入れた。

 そこへ春香が、

 「一緒に買ってもらっていい?」

とジュースを持ってきたので、「いいよ」とカゴに入れてやる。

 スイーツコーナーで春香と顔をつきあわせ、

 「どうする?」

 「もちろん、買う」

と言って、二人で選んだのはジャンボシュークリームだった。

 「勉強中によく食べたよね」

 ははは。確かに。よく夜のおかずで母さんが用意してくれていたよね。もうあとは合格発表を待つのみだが、ホテルで二人でなかよく食べよう。

 もう買う物はないかな。そう思ってレジを待つ人の後ろに並ぶ。春香が、さっと棚に何かを取りに行った。何か買い漏れでもあったかな?

 顔を赤らめてさささっと戻ってきた春香が、商品をカゴに入れる。その商品を見て、

 「は、春香?」

と困惑して春香を見ると、真っ赤になって、

 「いいからいいから、ね?」

と俺の背中に隠れた。これ買うの? でも今から戻して来てって言えないよ。このコンドーム……。

 「はい! 次の方」

 無情にも店員さんが俺に呼びかけた。仕方なくカゴを差し出すと、店員さんがピクッと一瞬だけ微妙な表情で、バーコードリーダーを宛てていく。

 「――一一〇円。一三〇円。合計で二千五百六十円です」

 うう。恥ずかしいよ。どう見ても、今からって見えるよね。

 俺がお金を用意している間に、店員さんが例の商品を黙って紙袋に入れてビニール袋に入れている。

 「ありがとうございました」

という微妙に元気な声を背に、俺と春香はそそくさとコンビニから外に出た。

 ホテルへの道すがら、互いに意識してしまい。黙ったまま歩く二人。

 ホテルの入り口が見えてきたところで、春香が俺の手を引っ張る。

 「あのね。私はいつでもいいよ。……べ、別に今日じゃなくても」

と俺の耳もとでささやいた。

 落ち着かないままに受付で鍵をもらって、とりあえず部屋に戻る。

 「春香。そっちに行ってもいい?」

と廊下できくと、春香はビクッとなって小さくうなづいた。

 自室に戻った俺はベットに腰掛ける。

 うん。いつまでもヘタレてるわけにはいかないよな。それにとっくに一緒になる覚悟は決めているはずだ。

 ここはシングルだから、それほど部屋の防音ができているわけじゃない。ちょうど春香の部屋が角部屋。きっと春香はそのことまで考えていたに違いない。

 俺は受験の時より緊張しながら、着替えをもって春香の部屋に向かった。

 コンコン。

 「はい」

 春香がドアを開けてくれる。中に入って、シュークリームとかを冷蔵庫にしまう。

 ベッドの前で向かい合い、無言のまま見つめる。

 春香が、

 「先にシャワー……」

と言いかけたのをさえぎって、がばっと抱きしめて口づけた。そのまま、春香の背中に手を回し、ゆっくりと唇を離した。

 腕の中の春香は赤くなりながら、

 「んもう。シャワーくらい浴びさせて」

と言うが、

 「ダメ」

と再びキスをする。ぐいっと持ち上げてそのままベッドに押し倒した。

 俺の下で春香が熱い目をして、俺を見上げる。くすっと笑って、

 「ふつつか者ですが、よろしくお願いします。……優しくしてね」

 俺は春香の額にキスを落とすと、

 「ずっと俺のそばにいてくれ。愛してる」

と言って、唇を求め春香を抱きしめた。吐息を漏らす春香をいとおしく感じつつ、絡み合うように俺と春香は結ばれた。

――――。

 荒げる息のまま俺は春香の隣に横になると、春香がゆっくりと寄り添ってきた。再び口づけを交わす。狭いシングルベッドの中で汗ばんだ肌と肌が絡み合う。

 「えへへ~。しちゃったね」

と笑う春香に、

 「大丈夫か?」

と声を掛けると、

 「うん。まだちょっと痛いけど、大丈夫」

 再びキスをして、

 「ようやく一つになれたな」

 「うん。うれしいよ」

 春香の額に前髪が汗で張り付いている。色っぽい表情の春香が幸せそうな顔で微笑んだ。

 俺も微笑み返して、

 「愛してる。俺の春香」

と言って口づけをした。春香が俺の頭に腕を絡め、

 「私も愛してるよ。私の夏樹」

と春香の方からキスをしてきた。

 唇を離すと、どちらともなく笑い出した。

 「幸せだな」「うん。すっごい幸せ」

 そして、再び俺たちは体を重ねた。

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