8.小学校4年生 夕食

01第一章 時を超えて

「す~す~」

 俺の部屋で春香がごろんと寝入っている。静かな寝息に時おり含み笑いが混じっていた。宿題が終わったと思ったら、春香は大きなあくびをしてそのままコテンと寝てしまったのだ。

「まったく、子供だなぁ」

 当たり前の事をつぶやいて、俺はベッドからタオルケットを引き抜いて春香にかけてやった。
「くふふふふ」
 急にまた・・笑い出した。寝ながら器用な奴だなぁと思いつつ、その寝顔を見ている。この頃はこの頃として、幼いけれど可愛らしく見える。……いや、決して俺はロリコンじゃ無いぞ。これは春香だから可愛いって思うんだからな。
 と誰に対してかわからない言い訳をしてみる。あるいは子供の体に精神が引きずられているのかもしれない。

 机の上の時計を見ると、午後4時40分を指していた。

 確か春香のとこのおばさんのパートが終わるのが午後6時だったはず。おじさんの帰りが8時だったはずだ。
 そんなことを考えていると、部屋をノックする音がした。

「夏樹。春香ちゃん。お夕飯できたよ~」

 母さんだ。

 俺は立ち上がってドアを開ける。「春香は寝ちゃったよ」

 部屋に入ってきた母さんは、春香のそばに座り込んで寝顔を眺めた。
「あら~。……やっぱり女の子は可愛いわねぇ」
 寝ている春香の頭を優しく撫でながら、母さんは俺を見た。むっ? からかおうとしている顔をしているぞ。
「夏樹。あんた、気がきくじゃないの。ふふふ。……こんないい娘だもの、これからも大事にしなさいよ」
 タオルケットのことか? 俺は、なんだか妙に照れくさくなって赤面してしまった。
「わ、わかってるってば。ほらっ。俺が春香を起こすから母さんは下に行っててよ」
 そういうと母さんは満面の笑みを浮かべながら部屋を出て行く。
「はいはい。お邪魔虫は失礼しますよ~」

 あのねぇ。と、とにかく春香を起こそう。

 心の中でそう思った俺だが、いざ春香を起こそうとそばに座るとまじまじをその寝顔に見入った。

 ……どんな夢を見ているんだろう。

 そう思いつつも、春香の肩をやさしく揺すった。
「春香。起きて。……夕ご飯できたってさ」
 春香は一瞬眉根をひそめたものの、むにゃむにゃといいながら目を開いた。肩を揺すっていた俺と目が合う。しばらく無言で見つめ合うと。急に春香が飛び起きた。頬が赤く染まっている。

「あ、ああ……。お、おはよう。なっくん」

 そのほほ笑ましい様子に、自分でもあたたかい目をしているのがわかった。

「おはよう。春香。夕ご飯だってさ」

 俺の顔を見て、春香はますます赤くなった。

「……うぅ。恥ずかしい」
「いいじゃん。可愛い寝顔だったよ」
「そ、そう? えへへ」
 先に立ち上がった俺は、春香の手を取って立たせてあげた。春香はようやく落ち着いたのか。居住まいを正して、足下に落ちたタオルケットを拾った。
「これ、なっくんでしょ? ありがとう」
 俺は、いいってと言いながらタオルケットを受け取り、二人でキッチンに向かった。

「うわぁ」

 ダイニングテーブルに座った春香は、ハンバーグを見て目を輝かせている。まだ父さんが帰ってきていないので、夕食は俺と春香の分だけが用意されていた。メニューは、デミグラスソースのかかったハンバーグだ。……母さんったら、春香の好物に急きょ変更したな。

 俺と春香は互いのうちで夕ご飯をご馳走になったりしていたので、どっちの親も俺たちの好物を把握していたりする。

「ほら。冷めないうちに召し上がれ」

 母さんの声に、春香がキラキラした目で俺を見つめる。わ、わかってるって早く食べようって言うんだろ?

「「いただきまーす」」

 箸でハンバーグを一口大に切り分け、口に入れる。デミグラソースの濃い味わいとハンバーグの旨味が口の中で混ざる。
 旨いのはもちろんだが、子供に戻って最初の夕ご飯。懐かしの母さんの手作り晩ご飯だ。そう思うと不思議な感動がわき起こってくる。
 ちなみに目の前の春香は、俺の表情を気にしがらも嬉しそうに食べている。
「おいしいね。なっくん」
 春香がそういうと、オーバーなくらい母さんが喜ぶ。
「あらまぁ。春香ちゃん。うれしいわねぇ。よかったわ」
「おばさん。すごく美味しいです」
 母さんはニコニコしながら春香を見つめていた。

 夕ご飯が終わり、春香が食器を下げるのを手伝っていた。俺はテレビの電源を入れる。いくつかチャンネルを回してNHKのニュース番組にかえた。

「それでは次のニュースです。――――」

 そのままニュースを見ていると、怪訝な顔をした母さんが話しかけてきた。

「夏樹。あんた、急にニュースを見だしてどうしたの? 熱でもある?」

 あっ! しまった。いつものクセでニュースにしてしまった。……子供の頃はニュースなんて見なかったよな。
 振り向くと、春香も微妙な表情で俺を見ていた。「なっくん。すごいね。ニュース見るんだ?」

 母さんが春香に笑いながら話しかける。
「春香ちゃん。きっと夏樹は春香ちゃんがいるから格好つけてるんだよ。だって普段はアニメしか見ないんだから」
 俺は慌てて母さんに反論する。
「ちょ、ちょっと母さん。それはないでしょ」
 そんな俺の様子を見て、母さんと春香が同時に笑い出した。
「な、なんだよ。……そんなに俺がニュース見るの変か?」
 春香が俺のそばにやってくる。
「ううん。変じゃないよ? ごめんごめん。……なっくんって、なんだか急に大人っぽくなった気がするよ」
「そ、そうか?」
「学校でもそんな気がして……。えへへ。でもそんななっくんもいいなぁ」

 後半は呟くような小さい声だったが、俺の耳にはばっちり聞こえていた。

 妙に照れくさくなった俺は、当たり障りの無いコメディにチャンネルを変えるとソファに座ってテレビを見る。その隣に春香も座って一緒にテレビを見た。
 なんとなく背後で、俺たちを見て母さんがニコニコしている気がした。

 しばらくすると玄関のチャイムが鳴った。
「ごめんください。春香を迎えに来ました」

 あ、おばさんが来た。洗い物をしていた母さんが手をタオルでぬぐうと玄関に向かう。俺と春香もその後をついて行った。

「お母さん。お帰り!」

 春香が言う。おばさんは申し訳なさそうな顔で母さんに挨拶をした。
「いつもいつも春香がお世話になって済みません」
 母さんが右手をふる。「いえいえ。うちの夏樹こそお世話になってますから。お互い様ですよ」
 それからしばらくお礼の応酬が続いたが、その間に俺と春香は俺の部屋に戻って春香の宿題をカバンに入れた。
 玄関に戻り春香が靴を履く。
「おばさん。ご馳走様でした。なっくん。また明日ね」
「春香ちゃん。またおいでね」「うん。春香。また明日」

 俺は玄関の外に出て、春香たちが帰るのを見送った。……といっても、はす向かいだから直ぐだけどね。

 ――――。

 次の日、学校に行く途中で、春香から週末に泊まりに来てとお誘いが来た。

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