7.タイムリープ

01第一章 時を超えて

 光の回廊を行く。ただただ光に包まれて、足元もよく見えないまま歩いていく。やがて上下左右の感覚があやふやになってきた。それでも俺は足を前に動かし続ける。この先に行けば、春香に再会できる。あの哀しみを止めたい。その思いで歩き続けた。
 ――回廊の奥から、更にまぶしい光がこちらに向かって飛んできた。俺は意識を失った。

「お~い!起きなさい!」

 急に母さんの声が聞こえた。
 まぶたを開けると、そこは俺の部屋のベッドの中だった。母さんが、どんどんと扉を叩いている。「早く起きなさい!」
 え? なんだ? え? え? 混乱しながらも、俺は上半身を起こして慌てて返事をする。「おはよう。母さん。もう起きた!」
「さっさと着替えてご飯食べなさい!」
 母さんは扉の向こうでそう言い捨てると階段を降りていった。

……実家? いや、なんかちょっと違うような。

 部屋を見回し、そして自分の体を見つめると、目に入ってきたのは子供の手だった。俺は自分の顔を触る。
 ひげが生える前のすべすべした肌。のど仏が出ていなくて高い声。ベッドの隣の机の上には黒いランドセルが置いてあった。

「ま、まさか。小学生まで戻ったのか?」

 違和感の正体はこれか? だが、まさか……。
 ベッドから降りて鏡をのぞき込むと、そこには少年の姿があった。

「何てこった……」

 慌ててデスクに張ってある時間表を確認すると、そこに見えたのは「4年生時間割」の文字。……天帝釈様。戻りすぎです。小学校4年生からやり直すことになるとは。

「と、すぐに着替えて下に行かないと」

 こんなことをしている場合じゃなかった。俺はタンスの引き出しを開けて着替えを取り出そうとする。

「うっ」

 そこにはヒーローのTシャツとか半ズボンだ。靴下までキャラクターが描かれている。
「まじか……。今さらこれを着ろと」

 愕然としてしまったが、急がないと母さんにどやされる。俺は引き出しからあんまり目立たなさそうなTシャツと長ズボンを取りだして着替えた。
 急いでランドセルを持って部屋を出てキッチンに向かう。

「おそーい! 何やってたの! ……ほら。急いで。迎えにきちゃうよ」

 キッチンに入った俺を出迎えたのは、壁の時計を見ながらイライラしている母さんだった。
「ごめん。おはよう」「いいから。急いで!」「は~い。……いただきます」
 俺はランドセルをソファに置くと、席についてトーストにバターを塗りかじりついた。母さんがグラスに牛乳を注いで、俺の目の前に置いた。「ほらほら。来ちゃうよ。春香ちゃんが」
 その言葉が終わらないうちに、ピンポーンとドアホンが鳴った。

「はいは~い」

 母さんが急いで玄関に向かった。玄関の方から元気な女の子の声が聞こえる。「おはようございます。なっくんは?」
「ごめんね~。まだ朝ご飯食べてるの。上がって待ってる?」「う~ん……。そうする」

 がたがたと音がして、ちっこい女の子がやってきた。「なっくん。おはよう!」

「ああ。おはよう。は、春香ちゃん」

 俺は急いでパンをそしゃくしながら挨拶をした。口の中のパンを牛乳で流し込む。食べ終わって、手についたパンくずを落とす。女の子はあれっと首をかしげた。「――ちゃん?」

 あ、そうだった。この頃、呼び捨てで呼んでたっけ。知らんぷり、知らんぷり。

 女の子は俺のそばに立っていて、俺が食べている様子をニコニコしながら見ている。
「ごちそうさま~。……春香。おまたせ」「うん。大丈夫」
 俺は女の子に玄関に先に行っているようにお願いして、急いで洗面台に行って歯磨きをする。

 ……早くこの状況になれないと。

 そんなことを考えながら、口をすすいで洗面所を飛びだした。

「いってきま~す!」

 春香と一緒に道路に出て驚いた。町が大きく広く見える。そうだ。昔はこんなに広く見えたんだった。そのまま春香と一緒に小学校に向かう。
 高校生の女子生徒が自転車で通り過ぎていく。十字路にさしかかると、ランドセルを背負った男の子がやってきた。

「おはよう!……今日もやけるねぇ」

 男の子の言葉に春香が赤くなった。……えっと、こいつは誰だっけ?

「う、うるさいよぅ。啓介君ったら。近所なんだからしょうがないでしょ」

 あ、そうか。啓介だ。……うっわぁ~。あいつ小さい頃、こんなんだっけ?
 なんだか不思議な気分だ。脳裏に小さい頃のみんなの姿が浮かび上がる。思い出そうとしていたが、ぼうっとしているように見えたようだ。気がつくと、啓介も春香も俺を見ていた。

「おい。夏樹、大丈夫か?」「なっくん。どうしたの?」
 俺は苦笑いをした。「あ、ごめんごめん。ちょっと考えごとをしていて」
「そうか? まあいいや。……行こうぜ」

 三人になった俺たちは小学校へと向かう。懐かしい玄関で靴を履きかえて、明るい廊下を歩いて行く。少し緊張しながら教室に入った。春香は少し離れた席だ。
 にぎやかな小学校の朝。かつての同級生の小学生の姿を見つめながら、時間になるのを待った。やがて若い頃の先生が入ってきて、朝礼。そして最初の授業がはじまる。

 ええ。特に授業は書くことはありませんよ? むしろ退屈でストレスになりそう。

 放課後になるとすぐに春香がやってきた。

「なっくん。かえろ」

 それを周りの男子と女子がニヤニヤして見ている。……そうだった。この頃、春香はずっと俺にべったりだったような記憶がある。

「いいなぁ。夏樹はモテモテじゃん」

 左の席の男子、――名前は省略、がからかう。おいおい、いくら春香とはいえ、こんな年頃の子に好かれてもね。
「ははは。じゃ、また明日な」
 日本人らしく、微妙な笑いで返すが相手は気にしていないようだ。そのまま玄関を出て、春香と一緒に下校した。

 俺の家から見て、春香の家ははす向かいにある。……だが、確か高校になって父親が亡くなった後は、もっと離れたところに引っ越したらしかった。

「ねぇ。なっくん」

 もうすぐ家だというところで春香が話しかけてきた。「うん? どうした?」

春香を見ると何だか言いずらそうにしている。

「あのね。今日さ。遊びにこない? ……一緒にゲームやろうよ」

 俺はちょっと考えた。この頃、まだ俺は習い事をしていなかったはず。大丈夫かな。
「いいけど。母さんに聞いてからでいい?」
「うん。もし駄目だったら、そっち遊びに行ってもいい?」
「へ? どうしたの?」
 思わず聞き返した。いや普通、駄目だったらどっち行っても駄目でしょ。
「今日さ、お母さんもパートで遅くって誰もいないの」
「ああ、そう……」

 そういえば春香の家は共働きだっけ。うちは父さんが中堅の会社の役職を持っているので、母さんは専業主婦でもやっていけたけれど、生きがいがないっていって短い時間だけパートに出ていた。
 昔はそんな理由もあってか、よくお互いの家に遊びに行ったり泊まりっこもしてたなぁ。なんだか遠い日の記憶を見ているようだ。

「うん。いいよ。春香」

 そういうと春香はうれしそうに笑った。

 幸いにその日は母さんが自宅にいる日だった。聞くと、「じゃあうちに呼んだら、あちらさん帰り遅いでしょ。春香ちゃんの夕飯も用意しておくから」と軽い調子で答えた。
 それから春香と一緒に春香の家に行き、必要な道具、宿題など、を持って俺の家に戻ってきた。

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