昼下がりになって、浴衣を着た春香がおばさんと一緒にやってきた。
「なっくん。早く行こう!」
白地に紫の桔梗の絵柄をした浴衣、ワンポイントの小花柄のついた紺色の帯が、春香によく似合っている。髪はアップにしてあって、ちょっとだけ色っぽいと思ってしまった。
俺は、市松模様の浴衣に同じく紺色の帯をしめ、団扇をもって玄関に出て行く。今日は七夕。お寺でお爺ちゃんお坊さんが子ども会をしてくれる。
これから高台のお寺で七夕のお話と、焼きそば、スイカ、ラムネを配ってもらい、一緒におもちゃを作ったりする。暗くなる頃には、町の真ん中を流れる川で花火大会があり、高台のお寺からはよく見えるんだ。
残念ながら、うちの父さんと母さんは家でまったりと過ごすらしく、俺は春香とおばさん(春香の母)と一緒にお寺に行く約束をしていた。
俺に続いて居間から母さんが出てくる。
「すみませ~ん。今日は夏樹がお世話になります。って、あら~。春香ちゃんってば今日は特別かわいいわねぇ」
うん。それには同意する。
「夏樹もそう思うでしょ?」
「うん。思う思う」
そう言うと、春香が照れながら、ちょこんと顔をかしげる。
「うふふ~。本当? うれしいな」
すると、にこにことしていたおばさんが、
「あはは。春香ったら。でも夏樹君も今日はかっこいいぞ」
おばさんがそういうと、春香がはげしく首を縦に振る。
「うんうん。なっくん、かっこいい!」
「そ、そうか。ありがとうな」
小さい女の子でも褒められるとうれしくなるな。
母さんからお小遣いをもらい、春香と手をつないで玄関を出た。おばさんは俺たちの後ろから歩いてくる。
もう7月7日。日中の最高気温は29度とか30度前後で、かろうじてまだ初夏といえるだろうか。今日は幸いにも快晴で、彦星と織り姫も無事に逢瀬を迎えることができるだろう。
昼下がりのむんむんとした熱気のなか、俺たちは裏山に向かって歩いて行った。
お寺の石段では、すでに同じ小学校の子が遊んでいる。たくさんの子供たちが来ているようだ。
石段をのぼって玄関前の広場に出ると、遊び回っている子供たちの間で、そこではおじいちゃんお坊さんの奥さんと檀徒さんが子ども会の準備をしていた。奥さんのおばあちゃんがたらいに水を張ってドリンクを冷やし、檀徒さんはトレニア台を設置してかき氷の機械を用意している。
奥さんに挨拶をした後は、まず本堂で仏様にご挨拶、それから再び外に出て履き物をはく。それからぐるっと建物を回るように歩いて行くと、縁側を大きく開いていた広間に出た。広間はおおよそ40畳ほどの広さがあり、そこでは低い飯台が並べられていて、おじいちゃんお坊さんが低学年の子供たちと何かを作っていた。
縁側で履き物を脱いで中に入る。おばさんは、お坊さんの奥さんのお手伝いをするそうだ。
「こんにちは!」
春香と二人でおじいちゃんお坊さんに挨拶をすると、いつもの通りニカッと笑顔を見せてくれた。
「おうおう。よく来たな。……ちょうど良かった。今、おもちゃのアクセサリを作ってるんだが、一緒にどう?っていうか、小さい子たちの面倒を見てもらいたいんじゃが……」
おじいちゃんお坊さんはきれいな頭をかきかき、そう言った。
見ると、低学年の子供たちは言うことをきくわけでもなく、それぞれが自分勝手に何かを作っている。
ああ。これはお爺ちゃんお坊さん一人だけじゃ大変だ。
「は~い。わかりました」
春香はそういうと、立ち上がって手をぱんぱんと叩いた。
「みんな~。一緒におもちゃを作りましょう!」
そう言った。俺もその隣に立って、大きな声を上げる。
「ちゃんと良い子にして、みんなで遊ぼうな!」
すると、うわぁっと小さい子たちが寄ってくる。
「さ、おじいちゃんお坊さん。教えて下さい」
俺がそういうと、おじいちゃんお坊さんは手元の紙粘土と紙を高く掲げた。
「よ~し。じゃあ、おもちゃを作るぞ! やり方は簡単じゃ! まず紙で型を作り、その周りに紙粘土で覆って、乾いたら色を塗っておしまいじゃ!」
おじいちゃんお坊さんが、あらかじめ作っておいたであろう指輪を、みんなの見えるように持ち上げる。
「こんな風に、綺麗な石とか埋めるといい感じになるぞ。……注意だが、一つ目、大きい子は小さいこの面倒を見ること。二つ目、新聞を下に敷いてやること。三つ目、終わったら片付けをきちんとすること。いいかの?」
「「「はあい!」」」
女の子たちが可愛らしく手を上げて返事をした。
早速、俺と春香は紙と紙粘土を少しとって、隣の飯台に移る。ここはすでに新聞が敷いてある。
「ふんふん、ふ~ん」
俺は鼻歌を歌いながら、紙を丸めて心棒を作り、そこに紙粘土で覆っていく。当時、最新鋭の戦闘機F15イーグルを作ろうと思う。
だいたい覆ったところで、割り箸の角っこを使って模様を描いていく。
「思ったより上手くいったな」
完成品を見て一人でつぶやいた。それを横で見ていた春香が、
「うわ~。すごいよ、なっくん。本物みたい!」
目を丸くして見ていた。周りの男の子たちも、「すげー」「兄ちゃん、かっけぇ」とか言っている。機嫌を良くした俺は、「ふはははは。どうだ、すごいだろ」と胸を張った。
すると、縁側から大笑いする声がした。
そっちを見ると、「ぶふっ。夏樹。なにやってんの。夫婦で子守か?」と宏が笑っていた。
「おう。和菓子屋もどうだ? 一緒に」
と俺が言いつつ、隣の春香の様子を見ると、春香が赤くなって何かをつぶやいていた。……あれ? どうした?
耳を澄ませると、
「夫婦で子守りって。ふふ」
とつぶやいている。
……まあいいか。俺は春香が自分の世界に入り込んでいるうちに、こっそりと紙を紐状にして春香の左の薬指の大きさを測った。
春香は何を作っているのかな? そう思って手元をのぞき込むと、我を取り戻した春香は俺と同じく指輪を作っていた。俺は思いついて、鉛筆で、自分の作った指輪の内側に読めるか読めないかぐらいの小さい文字を刻んだ。
―なつき&はるか―
う~ん。どうにか読めるかな?
ちょっと自信も無いが、春香に見られないようにF15イーグルのパーツのようにそばに置いておいて、乾くのを待った。
その間に小皿と絵の具を持ってくる。F15の方は大きいし、今度じっくり塗ろう。指輪の方は……、今日の浴衣に合わせて薄い水色でいいか。
「ふんふんふんふん……」
機嫌が良さそうな春香の鼻歌を横で聴きながら指輪が完成した。春香が作った指輪はちょっと大きめで、マリンブルーと白が交互に塗られている。
へぇ。いいデザインかも。
そう思っていると、春香が俺の方を急に向いた。
「はい。なっくんにあげる」
「……へ?」
間抜けな声を出している俺をよそに、春香が俺の左手をとって、勝手に薬指に青と白の指輪を嵌めていく。
「う~ん。ちょっと大きいかな?」
「は、春香?」
「どう? なっくん。似合うよ!」
置いてきぼりにされた俺だが、自分の左手を眺めて、ちょっとにやけてしまった。……そういうことなら。
俺はそう思って、自分の作った水色の指輪を取り出す。
「じゃじゃ~ん! 次は春香の番だ」
そういうと、春香は驚いたように目を丸くする。
「はいはい。左手出して」
そういってこわごわと差し出された左手をとって、薬指に嵌めてやる。こっちはちゃんとサイズを測ったからぴったりだ。春香は、自分の左手の指輪をうっとりとみている。
「すごい。ぴったり」
俺たち二人を見ていた周りのちびっ子たちが、大きな声で騒ぎ出す。
「うわぁ。兄ちゃんが姉ちゃんと結婚しちゃった!」「まじか!」
「二人で指輪してる!」
それを見ていた宏が俺たちのそばに来て、
「へぇ。やっぱりお前ら、そういう……」
そういって、面白ろいものを見たとばかりにニヤリと笑った。
それからみんなでお片付けをして、準備ができたと奥さんが言ってきたので、みんなで本堂前の広場にあつまった。
「ほいほ~い!では、恒例の七夕祭りを始めるぞ!」
お爺ちゃんお坊さんがそういうと、みんなが一斉に歓声を上げた。檀徒さんがCDラジカセをつけると、お琴の音楽が流れ出した。
「そもそもが、七夕というのはな。恋人のデートの日なんじゃ!………………。」
と、お爺ちゃんお坊さんは彦星と織り姫の話を始めた。段々と暗くなってきて、提灯の電気が祭りの雰囲気を醸し出す。
特に女の子がキラキラした目でお話を聞いている。俺はそうっと春香の様子をうかがうと、春香の瞳に提灯の明かりが映り込んでドキッとするくらいかわいいと思った。
お爺ちゃんお坊さんのお話が終わる頃には、まだ完全に暗くはなっていないものの町の方で花火が上がり始めた。
ひゅ~~~~。 どぉ~~ん。
みんなは、奥さんや檀徒さんからラムネをもらって縁側に座ったりして、思い思いに歓声を上げながら花火を見ている。
「春香。私はここにいるから、夏樹君とみてらっしゃい」
おばさんは疲れた様子で縁側に座り、春香にそう言った。
春香はうれしそうに、
「うん。わかった。……なっくん。あっち行こう!」
というと、俺の手を取って歩き出す。……ああ、こっちは桜の木の方か。
暗くなってきてはいたが本堂前広場の明かりがここまで届いている。桜の木の下にあるベンチに春香と二人で並んで座り、ラムネを飲みながら花火を見上げた。
「かぎや~~」「たまや~~」
夜空に誰かの声が響く。
眼下の町を見下ろすと、真っ暗ではあったが所々で懐中電灯を持って道路から花火を見上げている人々が見えた。
時期的にはちょっと早い夏。だけど、この花火は、この町の風物詩になっている。
どお~~ん。 ぱちぱちぱちぱち。
春香が俺の方を向く。
「むふふ~。なっくんてば~。ちゃんと小さい頃の約束覚えていてくれたんだねぇ」
そういって俺に身を寄せてくる。
「ま、まあな」
忘れるわけがない。俺はそのために時間を超えてきたんだから。花火に照らし出された春香の横顔を見ながら、幸せなひとときを過ごした。
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